大福 りす の 隠れ家

小説を書いたり 気になったことなど を書いています。
お暇な時にお寄りください。

--- 映ゆ ---  第124回

2017年10月30日 22時20分11秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



『---映ゆ---』 第1回から第120回までの目次は以下の 『---映ゆ---』リンクページからお願いいたします。

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- 映ゆ -  ~ Shou ~  第124回




「ねぇ翼君、例のゲームどうなってるの?」 雅子が和室の座卓に茶を置くと座った。

「うん、毎日やってるよ」 渉の巫女姿をアニメ化したRPGゲーム。

翼の隣に座る渉がチラッと翼を見て言う。

「悪趣味」

「なんでだよ。 渉ちゃんの巫女姿可愛いよ」 

以前、翼の友達が作ったゲーム。 主役のキャラクターは渉の巫女姿の写真を参考に出来上がっている。

「そうよ。 小母さんも翼君がスマホで撮った渉ちゃんの写真を元にしたキャラクターって言うの? 見せてもらったけど可愛く出来てたじゃない」

「巫女姿の渉ちゃんが馬に乗って敵をバンバン倒していくってところが現実の渉ちゃんとちょっと違うけどね」

「当たり前。 そんな残酷なことしないもん」

「あ、それと村人にいっぱい聞いて回って、それをヒントに敵地へ乗り込むってのも違うな」

「どういう意味よ」

「ヒントをもらって考えて行動するんだよ。 渉ちゃんにはそんな回転するアタマないでしょ?」

「あるわよっ!」

「これこれ、兄妹喧嘩するんじゃないの」

「だって小母さん、翼君って絶対に私のことをお姉さんだって敬ってないだもん」

「え? 今、小母さんが兄妹喧嘩っていったのは、兄と妹の喧嘩って言ったんだけど?」 

思いもしないことを言われてすぐに渉の頭が回らない。

「小母さんナイス。 ね、渉ちゃんには回転するアタマがないでしょ?」 

言われ、翼をひと睨みすると雅子へ顔を向けた。

「え? あれ? えっとそれじゃあ・・・あ! 小母さんどういう事!?」

「だって、そう見えちゃうんだもの」

「私、男じゃないもん!」 

雅子の言った兄妹喧嘩のそれぞれのポジションは、翼が兄で渉が妹という意味で言った。 実際に渉がどれだけ翼より年上であっても、体格的にも、精神的なものも、どこか残るかもし出す幼さの雰囲気も渉の方が翼より幼く見え、感じる。
だが渉にしてみれば、あくまでも翼より年上だ。 だからして妹ではなく兄の方と思ったようだ。
雅子と翼が目を見開いたあとに噴き出した。

「違うわよ。 そんな意味じゃないから」 言いながらも笑いが堪えられない。

「あー、渉ちゃん、ウケるー。 どうしたらそんな風に考えられるんだろう」 腹を抱えて畳の上を転がっている。

と、その時、和室の襖が開いた。

「おっ? なんだ、賑やかだな」 宮司が和室に入ってきた。

「あら、どうしたんですか?」 腹筋が笑っているのを押さえながら雅子が問う。

「翼を借りたいんだけど?」 雅子を見て言うと、次に翼に向かって言った。

「翼ちょっと手伝ってくれないか?」

見られた翼が絶え絶えに、腹を抱えていた手を収めると大きく息を吐くと起き上がった。

「はーい。 身体も鈍ってきたから丁度いいや」

「翼・・・鈍って来たから丁度いいって・・・」 

こめかみに手をやる宮司と二人で家を出て行った。

「力仕事かしらね?」 二人を目で見送った雅子が言った途端、電話が鳴った。

「あら?」 一言残すと台所に電話を取りに行く。

渉はチビチビとお茶を啜って雅子の電話の返事を聞いている。

「ああ・・・それじゃあ、ええ、ええ、分かったわ」 話が終わって電話を切って渉に振り返った。

「渉ちゃん悪いんだけど、ちょっと一人で家に居てくれる?」

奏和に渉の身体がすぐれないから無理をさせないように、見遣っていてくれと言われていた。

「え? どうしたんですか?」

「ちょっと出てくるけど、すぐに帰ってくるから」 車のキーを手に取る。

ちょっと出る。 それは神社からどこかに出るということ。 それは車で出なければならない。 
奏和に言われた。 身体のすぐれない渉。 その渉を引き回すことは出来ない。 車に乗せて渉と一緒に出掛ける方が、渉の身体が疲れるだろうと思った。

「あ・・・お散歩とかはしていいでしょ?」 磐座に行くのもお散歩だ。

「身体に無理がかからない程度ならね」 散歩くらいは、奏和が言う程には無理をさせていないだろうと思う。

「はい」 と返事をすると「小母さんもみんなも心配し過ぎなんだから」 と付け足した。

「じゃ、すぐに帰って来るからね」

「はい、行ってらっしゃい」 

雅子を玄関まで送るとすぐに部屋にコートを取りに走った。
コートを身体に引っ掛け、ソロっと玄関を開ける。 翼もいない、無人になってしまう家。 鍵をかけるといつもの場所にカギを隠すように置いた。
誰にも見つからないように、木の陰に隠れながら少しずつ進んでいくと、授与所に座っているはずのカケルの姿がない。

「社務所に何かを取りに行ってるのかしら」 辺りを見回す。

「奏ちゃんも居ない」 

境内の端に添って、手水舎の後ろから一気に山の中に走り出した。 山の中に入るとハァハァと息を上げながら膝に手をついた。

「体力なくなっちゃった・・・」 ゴクリと唾を飲むとまだ上がる息のままフラフラと歩き出した。


「クッソ、順也のヤツ遅すぎるだろっ!」 

社務所から出てきた奏和がスマホを確認するが着信がない。 ダウンジャケットの内ポケットにスマホを入れると、足早に境内を歩き家の玄関の戸に手をかけた。

「あれ?」 戸に鍵がかかっている。

「まさか?」 縁側のある方に走った。

宮司と雅子、奏和が家に鍵をかけるとそのまま持って出るが、渉たちが家に鍵をかける時には、縁側の方にある決められた場所に鍵を隠す。

「あった・・・」 

決められた場所に鍵が隠されていた。 と言う事は、渉が鍵をかけたという事だ。 雅子と共に行動を一(いつ)にしていないということが。

「っつ、渉・・・」 鍵を握りしめるとダウンジャケットのポケットに入れて走り出した。

境内を走ると、宮司の手伝いで歩いていた翼が目に入った。

「翼!」 翼が奏和を見止め、なに? といった目で見る。

「すぐに翔にそのまま社務所に居るように言っておいてくれ、すぐにだぞ! それと、母さんが帰ってきたら、渉のことは心配いらないからって伝えてくれ!」 鍵は持って出た。 渉が一人で出たとは思わないだろう。

「え? 奏兄ちゃんは?」

「ちょっと用を思い出した。 お前が親父の手伝いを全部手伝っておいてくれ」

「えーーー!? 俺一人でー!」 境内に居る参拝者が振り返る。

「バカ! 境内で大声出すな! 頼んだぞ!」

「え? あ! ・・・奏兄ちゃんの方が大声じゃんか!」 山へ走り去る奏和を見送ると、渋々踵を返してまだ社務所に居るカケルに伝言を伝えに行った。

「くそっ! 渉・・・」 一気に磐座まで走る。

山の中では時折、散策の声が聞こえるが、みな山の上の方に行っているようで、渉の居るであろう磐座の方からは人の声が聞こえない。
短い下り坂を一気に飛び降りて川の流れが見えた。

「居てくれ!」

すぐに磐座の前で手を合わす渉の姿が見えた。 途端、渉の姿が歪みだした。

「渉!!」 飛び込むように渉の腕をつかんだ。

段差のある向こう側に突っ込んだつもりで、こけないように思いっきり手を突っ張った。 ・・・つもりが何の手ごたえもない。

「へっ?」


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--- 映ゆ ---  第123回

2017年10月26日 22時42分05秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



『---映ゆ---』 第1回から第120
回までの目次は以下の 『---映ゆ---』リンクページからお願いいたします。

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- 映ゆ -  ~ Shou ~  第123回




それぞれが片付けなくてはならない場所に向かったが、手伝おうにも要領を得ない翼と渉は和室に入っていった。

「ねぇ、渉ちゃん。 渉ちゃんも白無垢にしようよ。 絶対いいと思うよ」

「・・・」 横目で翼を見る

「その目なに?」

「誰のための白無垢よ」

「俺との結婚に決まってんじゃん」

「翼君・・・」 大きく息を吐き翼を見た。

「昨日も言ったよね。 翼君とは有り得ないって。 翼君には可愛らしい彼女―――」 翼が口をはさんだ。

「イヤだよ。 渉ちゃん以外は考えられないよ」

「翼君・・・」

「渉ちゃん・・・あの時、泣いちゃったよね」

「え?」

「嘘ついたよね」

「え? なに?」

「新婦さんを見て、あんまりキレイすぎるから見とれちゃった。 ってウソ言ったよね」

「え? 嘘じゃないよ」 心が焦る。

「嘘だよ」 

「そんなことないもん。 キレイだから見とれ ―――」 またもや翼が渉の言葉を切った。

「俺に嘘ついても分かるよ」

「なによ、どうしてそんな嘘をつかなくちゃなんないのよ」

「渉ちゃん・・・自分に白無垢が着られないって思ってるでしょ」

翼の言う通りだ。 白無垢は渉の憧れだった。 幼少期から神社へ出向くと時折白無垢を着た花嫁を目にしていた。 とっても綺麗な姿。 自分も大きくなったら白無垢を着たいと思っていた。 ウエディングドレスより色打掛より白無垢が着たい。 そう思っていた。
 だが、誰に言うのも恥ずかしい。 だからそれを翼にだけ口にしていた。 訳の分からない翼は何ともなしに聞いていたが、今の翼はその言葉の意味が分かる。
が、オロンガへ行ってシノハと共に居るということは、白無垢を着られないということだ。 そんなことは考えてもいなかった。 だが、今日、白無垢を着た花嫁を見た時、敢えて思い出した。 自分の憧れを。 その憧れを思い出し、すぐさまそれと決別した。 だから涙が流れた。 幼い頃より憧れていた白無垢との訣別の涙が。

「翼君ったら何言ってるの?」

「渉ちゃんは誰にも渡さないよ」

「・・・バカじゃない?」

「だから、どうしてそれを言うのー!?」


新郎新婦を見送り、片付けを終えた奏和が和室に入ってきた。 すると隕石でも落ちてきてそれに頭をぶつけたかのように畳に伏せっている翼が目に入った。

「あれ? 翼、なに打ちひしがれてんの?」

「渉ちゃんが虐める」

「虐めてないしっ!」 翼の言葉にすかさず渉が答えた。

奏和にしてみれば、どんな状況であれ翼がずっと渉についていてくれていたかと思うと、二人の掛け合いに言葉を挟んだ。

「昼飯の用意をしなくちゃいけないな。 翼、母さんを呼んでくるから、渉を見ておいてくれよ」

奏和の言いように渉が引っ掛かった。

「奏ちゃん、その言い方なに?」

「あ・・・いや、」 ついうっかり出てしまった言葉。

「まるで私が幼児みたいじゃない!」

「そんなこと言ってないだろ」 

「いや、幼児だし」 渉の、奏和の言葉に翼が乗る。

「はぁ-!? 新郎新婦にまともに声もかけられなかった翼君に言われたくないしっ!」

「あれは・・・経験だよ」

「なにそれ? 私がオバさんって言いたいの?」

「そんなこと言ってないじゃん」

「たしかに、友達の結婚式にいっぱい出たわよ」

「いや、だから・・・」 

翼と渉の言い合いに奏和が割って入った。

「っとに、お前ら二人でやっとけ。 とにかく母さんを呼んでくる間、大人しくしとけよ」

「奏ちゃん、それは翼君に言ってよ!」

「お前ら二人だよ!」 言い残すと和室を出た。

「なんで翼君と一括りにされるの?」

「いや、渉ちゃん。 それって俺に失礼じゃない?」


「遅くなっちゃったわね。 今日はお疲れさま、渉ちゃんは夕べ食べなかったんだからいっぱい食べてよ」 ストーブで十分に温まった台所のテーブルを囲う椅子には、翼と渉が並んで座っている。

「小母さんは?」 テーブルには雅子の茶碗が置かれていない。

「翔ちゃんと代わってくるわ」 聞いた渉に雅子が答えた。

「え? ・・・姉ちゃんが来るの?」 嫌そうに翼が言う。

「ついでに奏和も呼んでくるから4人でお昼ご飯を食べておいてね」 雅子に代わって用をしている奏和のことを言うと、雅子が台所をあとにした。

「プッ、奏ちゃんはついでだって」 翼を見ながら渉が言う。

「・・・ついでの奏兄ちゃんもだけど、姉ちゃんが来るのが嫌だなぁ・・・」

「なんで?」

「小言を言われそうだもん」

「言われるようなことをしたの?」

「俺に思い当たることがなくても言ってくるんだよ」

「それって、翼君がお片付けできてないからじゃないの?」

「え?」

「カケルは潔癖症とまではいかないけど、乱れてるのが嫌だからね」

「知ってるよ。 でも俺、ちゃんと片付けてるよ」

「翼君のそれとカケルのそれに違いがあるんじゃない?」

「姉ちゃんに合わせるって無理だよ」


翼が部屋を汚しているというわけではない。 キチンと片付けている。 それは渉も知っている。 が、カケルの思う綺麗とは違う。 どちらかと言えば、翼の部屋は渉の思う綺麗に片付いているというのに近い。

「翼君はちゃんとしてるよ。 でも、カケルの整理整頓までは遠いもんね」

「姉ちゃんが厳しすぎるんだよ」

「私には甘いんだけどね」

渉の部屋と翼の部屋はさして変わらない。 無駄もないし、散らかってもいない。 が、机の上にある物が机に平行に並べて置かれていない。 渉と翼にとってそれはどうでもいいこと。 でも、カケルはそれが許せない。

「はっ! なんで適当に置いてるの?」 翼の部屋を訪問したカケルが言う。

「リモコンぐらいそこいらに置いててもなんでもないでしょ」 翼の部屋のテレビとエアコンのリモコン。

「だらしがない。 ちゃんと平行に置きなさいよ! それにバッグを地べたに置くんじゃないわよ!」

「いいじゃん。 明日学校に持って行くんだから。 俺の部屋なんだからね! 姉ちゃんが言うことじゃないじゃんかっ!」

姉弟喧嘩の元はいつもこれだった。


まだ巫女姿のカケルと、着替え終わった奏和が並んでテーブルに着いた。

「で? 朝は二人で何をしてたの?」 茶碗を持ったカケルが言う。

「奏兄ちゃんに頼まれ――― 」 まで言うとゴホン! とわざとらしく奏和が咳払いをした。

「なに?」 カケルが隣に座る奏和を見る。

「いや、別に」 カケルを見て言うと、何も話すなと言う目で翼を見た。

隣に座る渉がそれを察したのか、何も気づかないまま話し出したのか、渉がカケルに聞いた。

「カケルは? 久しぶりの巫女さんちゃんと出来たの?」

「うん。 挙式は好きだから今日出来て嬉しかったわ。 小母さんに感謝」

「あ・・・もしかしたら母さんはそのことを知ってて、翔に頼みたかったのか?」

「だと思う」

「そうか・・・。 母さんもナカナカだな」

「うん。 ・・・奏和」

「なんだ?」

「小母さんからの連絡を伝えてくれて有難う」

「なに言ってんだよ。 母さんから言われたんだから当たり前だろう」

「それでも。 有難う」 自分のために奏和が走り回り、あちらこちらに目を光らせていたのを知っている。

翼と渉が二人が話す度に、右に左に顔を振っている。

「ね、渉ちゃんどういうこと?」 翼が小声で渉に耳打ちをした。

「分かんない」 さっきまで口に箸を入れたままの渉が、翼にバレないように箸を動かしながら答えている。

「姉ちゃんが“有難う” なんて言うはずないんだけど」

「翼・・・聞こえてるわよ」 奏和に顔を向けていたカケルが翼を睨んだ。 と同時に、渉が箸を引いた。

「別に、本当のことを言ってるだけだし」 翼の返事にカケルが怒鳴ろうとした時、奏和が割って入った。

「翼、茶碗見ろよ」 顎をしゃくって茶碗を指す。

「へ?」 茶碗を見るとご飯が思ったほど減っていない。

「抜けたことしてんじゃないよ」 奏和が言うがその意味が分からない。 その翼の隣で渉が舌をペロッと出した。

「それに、渉」

「なに?!」 ビクッと肩が上がった。

「少なくとも今ある取り皿の物はちゃんと食べろよ」 大皿に入れられているおかずを、入れた記憶のない取り皿に少しずつ入れてある。 

「え? なんでこんなに乗ってるの?」 翼が渉の目を盗んで入れていた。

「渉ちゃん、ちゃんとぜーんぶ食べなさい。 なんならまだ足すから」

翼が大皿から渉の小皿に色々と入れていたのだ。

翼の顔を横目で見ると「翼君のバカ」 と言ってソッポを向いた。

(さて・・・午後からどうしようか) 目の前で渋々おかずを突きながらチマチマと食べている渉を見る。

(ずっと翼を見張りにつけておくには、渉に変に思われるだろうし、翼にも何か聞かれるかもしれない・・・) 箸を持ったまま、その右手で頬杖をついて渉を目に映す。

(だからと言って目を離すわけにはいかない。 目を離せばすぐに磐座に行くはずだ。 朝も行くつもりだったに違いないからな。 あのイリュージョンをさせるわけにはいかない。 かと言って俺が渉を見ていてその間に翼に『わ』 ナンバーの男のことを言って頼むわけにもいかない・・・) そうなればカケルのことを言わねばならなくなる。

「奏ちゃん」

(・・・どうするか) 

「奏ちゃんてば」

翼とカケルが奏和を見る。
渉が奏和の目の前で手を振るが、自分を見ているはずの奏和が全然気づかない。

「奏ちゃん!」

「え?」 渉の声に気付いて、ずっと見ていたはずの渉を見た。

「なんだ?」 頬杖を外して顔を上げる。

「なんだ、じゃない」

「だって、呼んだのは渉だろう?」

「呼んだよ。 何回もっ!」

「え?」

「じっと見られて気持ち悪いじゃない!」

「え? 俺がか?」

「奏和どうかしたの?」 横からカケルの声がした。

「あ、何でもないよ」 味噌汁の椀を持つとズズズと啜った。

「なんだかヤだなー」 箸を持ったまま翼が頭の後ろで手を組んだ。

「何がだよ」

「大人になっちゃうと、正直に何も話してもらえないんだよなー」

「お前も二十歳を越した大人だろが」

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--- 映ゆ ---  第122回

2017年10月23日 23時06分05秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



『---映ゆ---』 第1回から第120回までの目次は以下の 『---映ゆ---』リンクページからお願いいたします。

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- 映ゆ -  ~ Shou ~  第122回




ガラガラ。 ソロっと玄関の戸を開けた。
玄関を上がり台所のガラス戸を開けると奏和のダウンと自分のコートを脱いで椅子に置く。 台所と和室の間の戸は閉められている。 廊下に出て閉められた和室の襖の前に座った。 中から宮司の声が聞こえる。 そこで一瞬声が途切れたところを見計らって、少し控えめに声をかける。

「小父さん」 

「なんだ? 渉ちゃんか?」 宮司の目に誘われ新郎新婦が襖を見た。

「はい。 あの・・・お嫁さんを」

「うん? なんだ? 入っていいぞ」

片手で少し襖を開け、次に両手でゆっくり襖を開けると、目の前に白無垢姿の新婦が居た。

「キレイ・・・」 渉の言葉に新婦が恥ずかしそうに新郎を見た。

渉の後ろから翼がヒョイと顔を出す。

「渉ちゃんがお嫁さんの白無垢姿を見たいって」 申し訳なさそうに宮司に言う。

「ああ、そういうことか。 渉ちゃん、入ってくるといいよ」 一人でも多くから祝ってもらうことで、これから先の二人の糧になるだろう。 そう、念押しにもなるだろう。

膝行(しっこう)で進むと新婦をまじまじと見て、両手をそろえて畳についた。

「おめでとうございます」 頭を深々と下げる。

宮司が驚いて大きく目を開けた。 

(翔ならともかく、渉ちゃんがこういうことをするのか?) と、襖の向こうで同じように驚いて突っ立っている翼に気付いた。

「つ・・・翼も入るか?」

「あ・・・はい」 我に返った翼が一歩和室に入り、襖を閉める。 そのまま渉の横に座ると新郎が目に入った。

「わっ、カッコイイ」 

言われた新郎が恥ずかしそうに頭をかくと、新婦がその新郎を見て微笑んでいる。

「あ、おめでとうございます」 こちらは渉と違って軽く頭を下げた。

「有難うございます」 新郎新婦が同時に答える。 と、新婦が渉をじっと見て声をかけた。

「あの?」 

新婦の様子に翼が渉を見ると、渉の目から大きな一粒がポタリと落ちた。

「渉ちゃん?」

「・・・」 涙が落ちたことも気づかずじっと新婦を見ている。

「渉ちゃんどうした?」 宮司の声。

(渉ちゃん・・・) 思うところがある。 翼が渉の肩を軽く揺すった。

「・・・あ、ごめんなさい。 あんまりキレイすぎるから見とれちゃって」 

「有難う」 誇らしげに言ったのは新郎だ。

その新郎を見ると宮司が笑みを漏らした。

(渉ちゃん翼、有難う) 念を押せたと思った。 これで間違えなどおこさないだろう。 間違えをおこしそうになったとしても、この二人に祝ってもらったことを思い出すだろう。  夫婦になることを祝ってくれた人が居るのだということを。


新郎新婦は、結婚どころか交際さえも親に村に反対をされていた。 田舎の中で対立していた村同士、村の名家の息子と娘であった。 
新郎新婦が、幾度も両方の親を説き伏せようとしても叶わず、村人からさえもキツク言われる始末となっていた。 そしてとうとう家を出ることさえも、通信手段さえも取り上げられた。 
新郎の方は家の中を自由に動けたが、新婦の方は部屋に閉じ込められ、外から鍵が掛けられた。 とは言っても縛られていたわけではない。 部屋の中は自由に歩けた。

そんな満月のある日、深夜に新郎が村人と家人の目を盗むことが出来る隙ができた。 新婦に連絡こそできないが、この時を逃すと後がないと思った新郎が、僅かばかり入った財布を手に家を出て真っ暗闇の中を歩き続けた。 目指すは新婦の家。 普通なら歩いて行く距離ではなかった。 その上、街灯も何もない田畑の道、近道に畔を歩く。 星と満月の光、そして幼い時より歩いていた勘を頼りに歩き続けた。 

そしてやっと新婦の家の前に着いたはいいが、新婦を呼び出すことが出来ない。 どうしたものかと思案していると、どこかで小さく窓を叩く音がした。 新郎が顔を上げ、周りを気にしながら敷地内に入った。 耳を澄ましながら音のする方に歩いて行く。 するとそこに窓越しに見える新婦の顔があった。

「翠!(みどり)」 驚いて窓に走り寄る新郎。

窓の向こうでは声こそ聞こえないが「輝彦さん」 と新郎の名を呼んでいる翠の口の動きが見える。

どうして輝彦がこの日、この時間にここに来たのを翠が知り、窓を叩いて合図を送ったのかは分からない。 もしかして、この日に限らず毎日窓を叩いてたのかもしれない。
でも、翠は自分を呼んでくれている。 もうこの日しかない。 今日しかない、今しかないと思った。 窓は外から鍵が掛けられていた。 その鍵を外し、音がしないようにそっと開ける。

「輝彦さん!」 窓枠に上半身を投げ出すように翠が輝彦に身体を預けた。

ずっと部屋の中で鬱蒼としていた翠がついさっき、輝彦がすぐそこに来たような気がした。 だから合図を送った。 窓を叩いた。 すると間違えなく輝彦が姿を現した。 勘違いなどではなかった。 胸がいっぱいになった。

「・・・翠」 その身体を受けとめるとギュッと抱きしめ、そのまま窓から翠を外に出した。

「翠、いいか?」 たった一言それを聞いた。

輝彦の目を見るとコクリと頷いた翠。 二人は手を取ってそれぞれの家を後にして歩き始めた。
それが今日に繋がっていた。


宮司は二人がここに来た時すぐに覚った。 二人はこの日を最後にその身をこの世から無くすだろうと。
宮司がこの二人の何か一つをも知っていたわけではない。 でも長く氏子や、氏子でなくとも宮司の人柄を知って、相談を持ってくる人々から色んなことを感じることが出来ていた。

宮司なりに二人の気持ちを傷つけないよう、そして二人の覚悟に気付いていないように、生きていくことの大切さ、ご縁があっての人生などの話をした。 それをこの新郎新婦は受けてくれた。
その宮司の話に念を押すように、渉と翼が来たという訳だ。


宮司が時計を見ると、そろそろかと思ったのか、

「さっ、それじゃあもう疲れてきたでしょう。 車を呼びましょうか」 言うと腰を上げて廊下に出ると、隣の台所に行き電話をかけはじめた。

宮司が和室を出ると新郎が翼を見て言った。

「神主さんの息子さんですか?」

「いえ、違います。 息子さんは居ますけど、僕たちは二人とも小さな頃にここで出会って小父さんに・・・あ、神主と家族ぐるみでお世話になってるんです」 渉を見て言う。

「そうですか。 ここは空気も良くて良い神社ですけど、何よりも神主さんのお人柄も出ているんでしょうね」 新郎の言葉に隣で新婦が頷いている。

「ここでお式を挙げられてよかったわ」 今度は新婦の言葉に、そうだね、と新郎が頷く。

「実はね、急に言ってお願いしたんです」

「そしたら快く受けて下さって」 新郎の言葉に続いて新婦が言った。

急に家を出てきた二人には僅かな資金しかなかった。 それを分かって宮司は受けた。

「神様はお二人のお幸せを願っておられますよ」 出された金銭の内、僅かな金銭だけを受け取り、他を返した。

「そんな! これだけでも足りないぐらいなのに!」 新郎が言ったが、宮司が首を振った。

「神様がお二人を祝福されているんですよ」

そんな事実があったが、それを新郎新婦は渉と翼に伝えていないが、聞かずともわかる。

「小父さんらしい」 渉が言うと翼も頷いている。

「私たち・・・ちょっとワケありなんです。 何にも言ってないんですけど、それを察して下さったみたいで」

「ワケあり?」 渉が言うと「これ、渉ちゃん」 と、翼がたしなめた。

「・・・ワケは言えないんですけど、でも今、神主さんとお話しして人の心に触れたって言うか・・・私たちを祝福してくれる人が居るんだって思って・・・」 ここまで言うと新婦の声が震えた。

「有難い神主さんです。 それにお二人にもおめでとうって言ってもらって・・・」

「・・・えっと、こんな時なんて言っていいのかな・・・」 翼がポリポリと頭を掻く。

「翼君ってやっぱりバカ」 半眼で翼を見る。

「こんなところで言わなくてもいいでしょ」

二人のやり取りに新婦が泣き笑う。

「とても素敵な新郎様に、キレイな新婦様。 今日お会いできたことに感謝しています。 末永く、いつまでもお幸せに」 渉がまた畳に手をついて頭を下げた。 慌てて翼も頭を下げる。

「有難うございます・・・」 新婦が目にいっぱい涙をためて揺れる身体を支えるように片手を畳についた。

新婦の様子を見ながら新郎が言う。

「有難うございます。 どんな苦難があろうとも、今日の日のことを心の支えにして二人で乗り越えていきます。 ね、翠。 翠もそう思っただろ?」 新郎が言うと、新婦が顎を引き頭を下げ、何度も頷いた。

襖の向こうで新郎の言葉を聞いた宮司が、肩を降ろしてして襖を開けた。

「すぐに迎えが来るそうです」 言うと、翼を見た。

「翼、小母さんに車が来るって言ってきてくれ」

「はい」 しびれが切れかけていた足でヨタヨタと歩き出すと、玄関を出て行った。

すぐに雅子が家に入ってくると、新婦の手を取り家を出た。
参拝者が新婦を見て「綺麗~」 と言う声を新婦がはにかみながら聞き新郎を見る。 新郎はそんな新婦に温容に答えた。
鳥居ではカケルが待っていた。 渉と翼は新郎新婦の後に続いていたが、鳥居で待っていたカケルが雅子と共に付き添い、新婦が階段を下りるのを手伝った。

そして階段下には車の運転手と奏和、先回りしていた宮司が待っていた。 運転手がドアを開けると新郎が

「有難うございました。 御恩は一生忘れません」 新郎新婦が並んで見送る宮司たちに頭を下げた。

そして去りゆく車を皆で見送った。


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--- 映ゆ ---  第121回

2017年10月19日 22時12分00秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



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- 映ゆ -  ~ Shou ~  第121回




今日は宮司、雅子、奏和もカケルも挙式に出ている。 渉の調子が良いなら、授与所に座ってもらって翼についてもらうことが出来るが、今の渉にはとてもじゃないが頼めない。 授与所は閉まったままであった。

渉と翼が駐車場に停めてある宮司の車の中にいた。

「なんで寒いのに車の中に居なきゃなんないの?」 

「俺だって知らない。 奏兄ちゃんにたたき起こされて、渉ちゃん連れて駐車場に行って車の中に居とけって言われたんだもん」 



渉が起きると磐座に行こうと外に出た。 すると境内に居た奏和に見つかり「朝食は食べたのか?」 と聞かれてしまった。

「えっと・・・うん、まぁ」 と答える渉の目が泳いでいる。

「ふーん、また味噌汁のワカメをお椀にぶち込んだのか?」 腰を開曲げ、持っていた箒の先に顎を預けると渉の顔を覗き込んだ。

「あ・・・うん。 まぁ」 絶対に目を合わせない。

「好きなワカメだから沢山食べられたか?」 目を合わせることに諦めた奏和が顎を預けたまま真正面から渉を見る。

「あ、当たり前じゃない」 チラッと奏和を見ると斜を見た。

「ふーん、今日の味噌汁は俺の好きなジャガイモとタマネギのはずだけどな」 箒の上に乗せてある片方の口角が意地悪く上がった。

「うー・・・」 何をどう言い返していいか分からない、思わずうなり声が出てしまった。

「お前・・・うーじゃないだろ。 もっと、らしく嘘がつけないのかよ」

腕を掴まれ、その腕をグイとひかれた。

「ちゃんと朝飯食えよ」

腕を取ったまま家に入ると台所に渉を残し、翼を叩き起こすと、渉と一緒に朝食を食べるようにと言った。 そしてその後、駐車場に行けと言われたのだ。



「渉ちゃん、寒かったらヒーターかけるよ」 今、エンジンは切られている。

「大丈夫。 奏ちゃんにグルグル巻きにされたもん」 渉のコートの上に奏和のダウンを何枚もギッチリとグルグル巻きにされている。


奏和に言われた通りに駐車場に向かいかけた渉を見た奏和がストップをかけ、自分のダウンを渉の身体に巻き付けたのだ。


「翼君・・・」 助手席で下を向きながら渉が口を切った。

「うん? なに?」 背もたれにもたれ、頭の後ろに腕を置きかけた手が止まり渉を見た。

「昨日はごめんね」 翼が眉尻を垂れて渉の言葉を聞いた。

「渉ちゃんから、ごめんねは聞かないよ」 身体を起こしハンドルに右ひじを乗せた。

「・・・」

「だって、渉ちゃん、何も悪いことしてないでしょ?」

「・・・いっぱい話してもらったのに、翼君の彼女にならないって言ったもん」 俯いたまま言葉を発する。

「うん、そうだね。 そう言ったね。 でもそれは謝ることじゃいんだよ。 それに俺が変えてみせるから安心して」 右ひじをハンドルに乗せたまま俯いたままの渉を見るが微塵も顔を上げようとはしない。

「・・・ごめん」

「だから言わないの」

「それと・・・」

「うん? なに?」

「腕、しびれてなかった?」

「腕?」

「奏ちゃんが言ってた。 翼君が抱っこして家まで連れて行ってくれたって。 ・・・私、寝ちゃってたみたいだから・・・その、重かったでしょ?」 やっと翼を見た。 

それに安堵した翼がハンドルに乗せていた右ひじに頬杖をつく。

「プッ、そんなこと気にしてたの? 渉ちゃんくらい片手で持てるよ。 おチビなんだから」 からかうように言う。

「片手では持てない!」 歯を見せて顔中に皺を寄せる。

「そんな顔したら皺が戻らなくなっちゃうよ」

翼の言葉に渉が頬を膨らませると正面を見て、フロントガラスの向こうに見える崖に生える苔を見た。 渉の目線につられて翼も前を向く。

「何時まで居なきゃなんないの?」

「昼までだって」

「え!? 信じらんない。 何時間もココで何しろって言うのよ」 翼を睨みつけると奏和のダウンで組みにくい腕を組んで言う。

翔も勿論だが、渉のことも心配だ。 一人で磐座に行かせないために、翼と一緒に居させようと奏和が思った計画であった。

「俺は渉ちゃんと密室二人っきりで過ごせていいんだけどね。 なんかね、レンタカーに乗ってきた人が居たら足止めしろよって言われた」 

奏和が朝の歯を磨きながら翼になんて言おうかと考えたが、頭が回らなかった。 結局ストレートに言ったのだが、そこは翼も大人になってきていたのか、単に楽天的なのか、奏和に「どうして?」 と聞くことはなかった。

「レンタカー?」

「うん」

「足止めってどうするの?」

「うーん・・・どうしよう? ・・・あ、車を下りて二人でイチャイチャしてるところを見せるとか? 絶対に食いつくよ」 前を見ていた顔を助手席に向けた。

「バカ?」

「また言う! ・・・まっ、その時になったらどうにでもなるよ」

「楽天的だね」

「考えても始まらないこともあるでしょ?」

「・・・うん。 そうだね」 

「へっ? なに? 素直な返事。 何か思い当たることがあるね。 言ってみて」

「ないよ。 ただ、そうだなって思ったの」 横を向くと窓の外を見た。

「カケル・・・元に戻ってるね」

(渉ちゃん、相変わらず話が飛ぶなぁ・・・でも姉ちゃんのことが見えてんだ・・・)

「うん。 でもそれなのにまだ家にいるのが分かんないんだよね。 渉ちゃん、なんでか知ってる?」 言われ、窓から目を外して翼を見た。

「知らないの。 ・・・たぶん奏ちゃんしか知らないんじゃないのかな」

「姉ちゃんが渉ちゃんに言わないことなんてあるんだ」 翼の瞳が違うことを言っているのが分かる。

「うん。 ある。 カケルも私も・・・」

「それってなに?」 渉に体を向け次の言葉を促す。

「・・・私はカケルが好き。 きっとカケルも私を好きでいてくれている。 だから心配をかけたくないの。 きっと今のカケルの抱えていることは、私が心配することなんじゃないのかな。 だから言ってくれないんじゃないのかな」
「・・・そっか」

(渉ちゃんも姉ちゃんに心配をかけたくないから、言わないっていうことか・・・)

「あ!」

「なに?」

「車が入ってきた」

翼がプレートナンバーをすぐに見た。

「ああ、あれはレンタカーじゃないよ」

「そんなこと分かるの?」

「『わ』 ナンバーじゃないからね」 それに男一人と聞いていた。 車の中は子供を乗せた4人家族のようだ。

「へぇー、そうなんだ。 翼君、免許持ってないのにそんなこと知ってるんだ」

「へ? 俺、免許持ってるよ」

「え? そうなの?」

「高校卒業してすぐに取ったよ。 いつでも渉ちゃんとドライブ出来るよ」

「私が持ってないのに、なんで翼君が持ってるのよ」 眉を顰める。

「そんな所で張り合ってどうするの。 いいじゃん、渉ちゃんは助手席で・・・って、渉ちゃんが免許取れるはずないじゃん」

「どうしてよ」

「自転車にも乗れないのに、絶対に合格しないよ」

「イーだ!」 また顔にシワを作って歯をむき出して見せた。



「翔ちゃんお疲れさま。 久しぶりで疲れたでしょう。 あとは小母さんがやっておくから休んできて」 和室に茶を出し終えた雅子が神殿に戻ってきた。

「大丈夫です。 久しぶりだからなんだか嬉しくって、まだまだ動きたい気分なんです」

「はぁー、奏和がそう言ってくれればいいのに」

挙式を終え、親族が居ない新郎新婦を宮司が和室に招いた。 二人だけの挙式で終ってしまってはあまりにも寂しいと思ったのと、気になることがあったからだ。


助手席の窓がコンコンと叩かれた。
翼が前を見ながら話していて、渉がその運転席に座る翼を見ていたから、助手席側から歩いてくる奏和に二人とも気付かなかった。

「あ、奏ちゃん」 

奏和が助手席のドアを開けた。

「サンキュ。 疲れただろう」 渉を見て言ってから、運転席にいる翼を見た。

「来なかったか?」

「来なかったよ」 言った途端伸びをして続けて言う。

「エコノミー症候群になるかと思ったよ」

「悪い。 今まだ家には戻れないけど、社務所にでも戻るか?」

「どうして家に戻れないの?」

「ああ、親父が新郎新婦を招いてんだ」 奏和の言葉に渉が言葉を発した。

「え? お嫁さんまだ白無垢のまま?」

「ああ、だからそんなに長くはないと思うけどな」

「見に行きたい!」

「え?」 

奏和を突き飛ばすようにドアを大きく開けると車から飛び出した。

「ちょっ!! 渉ちゃん!」 翼も車から飛び出ると、奏和にキーを投げ渉の後を追った。

「・・・ったく、アイツらは」

開け放たれた二つのドアを閉めるとキーをかけ、もう一度駐車場に停まっている車のナンバーを見ながら駐車場を出て、神社に向かう階段を上がった。

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--- 映ゆ ---  第120回

2017年10月16日 23時21分39秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



『---映ゆ---』 第1回から第115回までの目次は以下の 『---映ゆ---』リンクページからお願いいたします。

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- 映ゆ -  ~ Shou ~  第120回




「・・・奏ちゃん・・・ごめんなさい」

「なにも謝ることはないだろう」 渉に思うことは言葉通りだ。 だが、渉が言っているのはイリュージョンのことなのだろうか?

「渉、何か言いたいことがあるか? 何でも聞くぞ」 奏和の言葉に掌の中にある渉の頭が僅かに左右に振る。

「渉・・・言いたいことは言葉にしろよ」

「なんでもない」 奏和の身体を押すと顔を離した。 と、同時に奏和の掌が渉の頭から離れる。

「渉・・・」

「奏ちゃんも翼君も優しい・・・。 カケルだって・・・カケルに心配をかけてる」 自分を見た時のカケルの表情が浮かぶ。

「渉、そう思うなら翔に心配をかけるなよ」

「・・・うん」

「なっ、腹減っただろ? 俺も一緒に食べるから」

「いい・・・食べられなから・・・」

「駄目だ。 少しずつでいいから食べろよ。 ほら、付き合うからさ」 渉の好きそうなものを温めなおした。



物音にウトウトしていた奏和が目を覚ました。

「渉・・・?」 耳を澄ますと台所から音が聞こえてくる。

ムクっと身体を起こすと隣に眠る翼を見た。

「何時だ・・・?」 身体を起こして目の前にある時計を見ると5時をさしていた。

「母さんと親父が起きてきたのか・・・」 寝不足の頭を一撫でするとついさっきまでの渉を思い浮かべた。

「渉・・・」 


「奏ちゃん・・・食べ物が喉を通らないの。 だから食べたくないの」

「身体を考えろよ。 食べたくないで終わらせてちゃ駄目だろう。 何でもいいから食べろよ」

「大丈夫よ。 身体は何ともないから」

「何ともなくないだろう。 ・・・分かってるだろ?」

「・・・分かってる。 みんなが何を言いたいか分かってる。 でも、身体の調子が悪いんじゃないの。 ただ、喉を通らないだけの」

「喉の調子が悪いのか?」

「そう言う意味じゃない。 ・・・食べなくても・・・お腹が空かないの。 それに食べたいと思わないし・・・」

「それじゃ、腹が空かなくても食べろ」

「でも、何かを食べたり、飲もうとしたら喉が締め付けられるの」

「・・・それで食べられないのか?」

「・・・うん」

「渉・・・医者に行ったか?」 

さっき聞いた。 渉の父親は無理をしないように出来る範囲で仕事をするようにと言っている。 と言うことは病気を隠しているのではないだろうと思ったが、それでもどこか安心が出来ない。

「やだ、翼君みたいな心配をしないで」

「翼が何か言ったのか?」 翼からは聞いていたがシラをきって聞いてみた。

「翼君も病気かって聞いてきたけど、それは全然ない」

「でも、病院に行かなくちゃ分からないだろ?」

「分かるよ。 自分の身体だもん」

「そういう見過ごしが病を招くんだぞ」

「そういう人もいるかもしれないけど、私は違うよ」

「何をもって言い切れるんだ?」

「だって・・・」 言いかけて口を噤んだ。

「だって、何だ?」

「・・・なんでもない」

(体調の悪さに心当たりがあるのか・・・言えない心当たり・・・。 だったらあのイリュージョンが関わっているのか?)

「言えない理由なら認めない。 ほら、食べろ」 渉の前に唐揚げの皿を置いた。



「くっ、仕方ない起きるか」 ボサボサ頭を乱暴に掻いた。

翼を起こさないように布団を畳んでいると、翼が寝返りを打った。

「・・・渉ちゃん・・・」 寝言を言いながら布団の端を抱きしめている。

「夢を見る程、渉のことがそんなに好きか・・・」 口の端が上がった。


「お早うござい・・・あれ? 翔もいたのか」

「お早う」 雅子が言う。

「ござい、で止めるんじゃない」 宮司の声。

「あ、はい。 お早うございます」

「うむ。 お早う。 翔より遅いがな」

「はい・・・」 バツ悪そうに答えるとカケルを見た。

「渉はどうしてる?」

「ぐっすり寝てるわ」

「そうか」

「じゃ、小父さん先に行ってます」

「ああ、悪いね。 小父さんもすぐ行くから」 言うと奏和を見て「お前も顔を洗ってさっさと行け」 と言い残すと腰を上げた。

テーブルの椅子を引くとドカリと座り、ジャガイモを切っている後姿の雅子に聞いた。

「母さん、今日の挙式は何人くらい来るの?」

「ああ、奏和には何にも言ってなかったわね。 新郎新婦だけよ」 包丁を置くと軽くジャガイモを水にさらす。

「へっ?」

「ご両親も媒酌人もなし。 参列者もなしなの」 水にさらしたジャガイモを鍋に入れると火にかけた。

「なにそれ?」

「う・・・ん、もしかしたら駆け落ちしてきたのかもしれない」 今度はタマネギの皮をむき出した。

「え? 氏子さんじゃないの?」

「うん。 前にここに来て気に入ったからって。 それで最近・・・多分、中国地方だと思うんだけど、田舎から出てきたって言ってたわ」

「なにそれ。 どこから来たってハッキリと言わなかったの?」

「うん。 濁してた。 二人の様子もおかしいし、だから駆け落ちかなって思ったんだけどね」 皮をむいたタマネギを包丁で切っていく。

「ふーん・・・。 なんで母さんは中国地方って分かるの?」

「イントネーションがそうじゃないかって思うんだけどね。 ・・・でも分からないわ」

「あ・・・紗枝小母さんが広島出身って言ってたっけ?」 

紗枝とは雅子の大学時代の友達だ。

「うん。 紗枝ちゃんと似たイントネーションだからそう思うんだけどね。 違うかもしれないわ」 余ったタマネギをラップで包み野菜室に入れ
る。

「でもどうして広島・・・いや、中国地方からどうして・・・そんなに遠くからここに来たの?」 有名神社なら分からなくもないが、地に根付いた普通の神社なのに。
「なにかね、噂らしいんだけど、うちの神社の巫女さんがモデルさんって―――」 雅子の言葉の途中に奏和が割って入った。

「はっ!?」 背もたれから跳ね起きる。

「そんな話先に言ってよ!」 言うと椅子から立ち上がった。

「なに大声出してるのよ?」 鍋の様子を見ながらタマネギを中に入れようとして落としかけた。

「翔を呼び戻してくる!」

「あら、その噂を翔ちゃんだと思ってるの? まぁ、確かに美人だけど。 でも違うわよ」 出て行きかけた足を止めて雅子を振り返り見た。

「どういうこと?」 開けたガラス戸から手を離す。

「その噂はかなり前だったらしいのよ。 だから今日の新郎新婦が・・・あ、その時は彼氏彼女だったんでしょうけど、その時に一度、うちの神社を見に来たらしいの。 その噂が何かの本にのってたんだって。 でもその後パタっとそれらしい噂もなにもないらしいわよ。 デマだったみたい」 鍋の中にソロっとタマネギを入れる。


「その噂がかなり前って、いつ?」

「去年の夏の初めごろって言ってたかしら? だから、8月ごろに神社に来たって言ってたわよ。 まぁ、その時には翔ちゃんも居なかったから誤解されることもなかったから良かったけど」

(モデルを辞めさせたときくらいか? ・・・それから何もないってことは)

「奏和、戸を閉めてよ」 味噌の準備をしながら言う。

「あ・・・」 開けたガラス戸を閉めた。

(ってことは・・・諦めたか?) 思いながらもあることが頭に浮かんだ。

(いつまでも翔を家に閉じ込めておくことは出来ないよな。 確かめるに越したことはない・・・か。 でも綱渡りだな・・・)

「奏和なに突っ立ってるの? 早く顔を洗ってらっしゃい」

「あ、はい・・・って、新郎新婦だけなら俺要らないんじゃないの?」

「そんなわけないでしょ。 掃除も準備もあるんだから早くしなさい」

「どうだよ」 言うと硝子戸を開け、廊下に出ると玄関を上がったところにカケルが立っているのに気付いた。

「あ・・・聞いてたのか?」 

不安そうな顔でコクリとカケルが頷く。 顔色が悪い。
雅子に聞こえないよう、奏和が硝子戸を閉める。

「大丈夫だよ。 俺が見張ってるから。 それに翔が境内の中を歩き回るわけじゃないんだから大丈夫だ。 翼にも何気に協力させるから」

「・・・うん」


「もう何カ月も前の話だ。 相手だって辞めた翔をいつまで追ってても仕方がないだろ? 多分もう来ないよ」

「だといいけど」

「考え過ぎんなって」

と、硝子戸が開いた。

「奏和何を一人で喋ってるの? ・・・あ、翔ちゃんがいたんだ。 どうしたの?」

「あ、新しいタオルが欲しくて」

「ああ、ごめんなさい。 すぐ出すわね」

「ほら、母さんについて行けよ」

「うん」

カケルと雅子、二人の後姿をチラッと見ると洗面所に向かった。

「さて、翼になんて言おうか・・・」 歯を磨きながら鏡に映る自分を見た。


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--- 映ゆ ---  第119回

2017年10月12日 22時27分23秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



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- 映ゆ -  ~ Shou ~  第119回




笑う翼を横目に、ほんのり頬を紅潮させた渉が話し出した。

「翼君ってあんまりデートに誘わないじゃない?」

「誘っても断るじゃん」

「でも、普通ならもっと強引にじゃないの?」

「あ! 強引に誘ってほしかったんだ。 ゴメン、気付かなくて」

「そうじゃないよ。 だから最初に言ったでしょ。 誘ってって言ってるわけじゃないって」

「あ、そういうこと」 少々期待外れという顔をしながらも、心の底では渉がはしたないことを考えているとは思っていない。

「俺ね、渉ちゃんの嫌がることはしないの」

「ふうーん。 結構してると思うんだけどな」

「んなことないし」

「逢って・・・あとで苦しくなって、泣いたりしないの?」

「へ?」

「あ・・・ほら、今だって抱っこを断られたじゃない? 抱っこしたいと思ってるのに悲しくなって泣かないの?」

「あとでじゃなくて、今泣きたいよ」 また真顔になった。

「やだ、マジ顔やめてよ」 足を少し開いて両方の足に体重をかける。

「渉ちゃんに触れたいよ。 俺も男だからね」 じっと渉を見る。

「だからその顔やめてって」 渉の言葉にニコッと笑って腰に手をやると、いつもの翼に戻った。

「でもね、渉ちゃんの嫌がることはしないの」 

いつもの翼に戻ったのに安堵して渉が言う。

「翼君言っておく。 翼君はイイ男だよ。 カッコイイし優しいし、細かい所に気が付いてくれるし。 でもね私は一生、翼君の彼女にはならないから。 翼君は可愛い彼女を見つけて」

「これだけ言わせておいてそんなこと言うの?」

「あ・・・ごめん。 でもね―――」 

「一つ聞いていい?」 渉の言葉を遮った。

「うん」

「どうして俺の彼女にならないって言いきるの?」

「それは・・・」 身体が僅かに揺れている。

「それは、何かな?」

「翼君だけじゃない」

「うん?」

「誰の彼女にもならない・・・」

「渉ちゃん・・・」 言うと、下を向く渉の前にしゃがんで顔を見上げた。

「渉ちゃん、それが理由で痩せてきちゃったの?」

「・・・」

「病気?」

渉が頭を振る。

「病気じゃないんだね?」

コクリと頷く渉を見て翼が愁眉を寄せた。

「渉ちゃん、ちゃんと俺の目を見て返事して。 病気なの?」 

何度か目を瞬かせると少し顔を上げてソロリと翼の目を見た。

「病気なんかじゃない。 それははっきりと言う。 嘘じゃない。 だから病気の心配はしないで」

「わかった。 じゃ、なに?」

「・・・」 また頭を下げてしまった。

「そっか・・・いいよ、分かった。 今日と明日楽しく過ごそう。 ねっ」 立ち上がりまだ下を向いている渉の頭を撫でた。

(病気じゃなかったんだ。 何かがあったんだ・・・) そう思うと渉が哀しく愛おしい。

「ドワッ!」 渉の声が上がった。

「ドワッて・・・だから色気のある声を出してって言ってるでしょ?」

「翼君!」 思わず翼の腕をつかんでいた。

翼が渉をお姫様抱っこしていたのだ。

「やっぱり抱っこしたくなっちゃった」

「私の嫌がることはしないって言ってたじゃない!」

「嫌がってる風には見えないけど?」

片頬を膨らますと目を外した。

「立ってるのが疲れてきちゃったでしょ?」

「・・・うん。 ・・・バレた?」 目だけ上げて翼を見る。

「渉ちゃんの事なら何でもわかるよ」

(翼君は私のことを分かってくれる・・・なのに・・・) 何を考えてもシノハに繋がってしまう。

翼の肩に手をおくと胸に頬を預けた。

(姉ちゃんにも話せない事か・・・) 渉を抱く手に力が入る。

(翼君は心配してこうしてくれるのに・・・シノハさんは触れてもくれない・・・。 どうして・・・) 涙がじんわりと溢れてくる。 翼の肩から手を離して翼の胸元の服をギュッと握った。

「渉ちゃん、大丈夫?」 顔をうずめている渉がわずかにコクリと頷く。

「もう少しここに居ようか」 階段横の奥にある駐車場の方に一歩出した。

「カケルが心配する」 渉が小さな声で言った。

「そっか、姉ちゃんが心配するね。 でも大丈夫だよ、連絡入れるから」 

駐車場に着くと宮司の車の陰に入った。 胸元に顔をうずめている渉を見下ろすと丁度パタリと渉の手が落ちた。
翼の眉が上がった。

「・・・寝ちゃった。 こんな身体で仕事のしすぎだよ。 体力がなくなってきてるじゃん」 心配をして何を言っても聞く渉ではない、それは分かっていてもつい、言いたくなる。

「渉ちゃん風邪ひくじゃん」 

渉を抱いたまま今来た道を帰り、階段を上がった。

「渉ちゃん・・・軽すぎるよ」 翼が愁色を見せた。


「あ・・・あれぇ?」 渉が布団の上で目を覚ました。

「なんでぇ?」 記憶を辿る。

「えっと・・・翼君と話してて・・・あれぇ?」 記憶が蘇らない。 横を見るとカケルが寝ている。

「ンガッ! カケル!?」 時計を見た。

「エエー!? 深夜?」 時計は午前2時を指していた。

「えっと・・・ワケ分かんない。 でも、喉乾いた」 ゴソゴソと布団から立ち上がると上着を羽織り、台所に水を飲みに立った。 

コップに水を入れると口に含む。

(冷たっ!) 絞られる喉を冷たい水が流れる。 
ふぅー、と息を吐く。

「えっと・・・何がどうなったの?」 コップを置き両腕をさすりながら考えるが、どれだけ記憶を辿っても何も思い返せない。

「たしか・・・翼君に・・・」 眉を顰めた時、廊下で音がした。

「なんだ、渉か」 物音に気付いて奏和が起きてきた。 

渉の心配もあるが、カケルの心配もまだある。 どこであの記者が忍んでくるか分からない。 物音に敏感になってしまっている。

「奏ちゃん・・・」

「腹減ってないか?」 開けっ放しにされていた硝子戸を閉めて台所の中に入ってきた。

「え?」

「晩飯も食べないで寝てたんだから腹減ってるだろ?」

「えっと・・・なにも記憶がないんだけど」

「そうか・・・そうだよな。 寝てたんだから。 どうだ? よく寝てちょっとは身体が楽になったか?」 台所の隅に置いてあるストーブをテーブル脇に置くと点火した。

「え?」

「翼の手の中で熟睡してたぞ」

「うそっ!?」 言いながらも抱っこされていたことを思い出した。

「疲れがたまってるんじゃないのか?」

「そんなことない」

「先週は土日とも休日出勤だったんだって?」

「・・・うん」

「翼の話からすると毎日残業してるみたいじゃないか」

「うん・・・忙しいけど、しなくちゃいけないから・・・」

渉の返事を聞いて奏和が言いにくそうに聞く。

「その・・・小父さんは何にも言ってないのか?」

「パパ?」 目を丸くした。

「ああ。 小父さん心配してるだろう?」

「うん・・・。 心配してるけど、出来る範囲でやりなさいって。 でも、無理はしないようにって言われてる」 

嘘ではないが、言い足りないことがいっぱいある。 が、奏和にしてみれば渉の返事に疑っていたことが少し消えた。

「そっか・・・。 会社勤めの経験がない俺が何を言えるわけじゃないけど、身体を壊すようなことがないようにしろよ」

「・・・うん」

「渉、ほら、ここに座って。 取り敢えず何でもいいから食べろよ」 ストーブ近くの椅子を引いて座るように促すと、冷蔵庫を開け適当に残りものを出した。

「母さんが渉のために腕によりを振るって作った料理なんだから。 翔も渉に栄養をつけさすんだって手伝ってたぞ。 残り物だけどな。 温めるか?」

「・・・」

「渉?」

渉の目に涙が溢れている。

「渉、どうした?」

「・・・なんでもない」

「渉・・・」 

渉に歩み寄ると片手で渉の後頭部に手をやり、自分の身体に抱き寄せた。
渉が小さな頃から、歩いている時にこけて泣いた時、虫が木から渉の肩に落ちてきて恐がって泣いた時、いつも優しい父親に厳しく言われ泣いた時、泣き止まない渉をいつもこうして慰めていた。


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--- 映ゆ ---  第118回

2017年10月09日 22時38分57秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



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- 映ゆ -  ~ Shou ~  第118回




週末、駅で待ち合わせた。

「渉!?」 久しぶりに見る渉が前にも増して痩せている。 それに顔色も悪い。

「どうしたの!?」

「どうって?」 渉には他から見る程、痩せてしまったということも顔色が悪いということも自覚がない。

「どうって・・・」 カケルが今にも泣きそうな目で渉を見る。
「姉ちゃん、そこんところは静かにしておいてあげようよ。 ね、渉ちゃん神社に行ったらみんなで楽しく食事をしようね。 ほら、電車が来ちゃう」 

翼は以前、渉を見ている。 渉の父親に勘違いをされたときである。 
確かにあの時は驚いたが、顔にも声にも出さなかった。 だから心配でデートという名目で渉に逢おうとして電話を入れた。 もちろん渉の身体のことが心配であったが、同時にカケルが今日のことで渉を誘うと思ったからだ。 カケルが渉を見る前に渉の具合を確認したかった。 でなければカケルが驚いて心配をし過ぎると思ったからだ。 もし、渉がデートに応じていたら、今日渉をカケルに会わせなかっただろう。

(渉ちゃん・・・どうしちゃったの・・・) 前を歩く小さな渉の背中が痛ましい。


「翔ちゃん有難う。 来てもらえて嬉しいわ。 でも大丈夫?」 

何故カケルがずっと神社に来ていないのか、はっきりとした理由は知らないが、奏和からは身体の具合が悪いから実家に帰っていると聞かされている。

「大丈夫です。 ヒマにしてますから」

「具合が悪くなったらいつでも言ってよ」

「はい。 でも、全然平気ですから。 小母さん心配しないで。 結婚式は明日ですよね?」

「ええ」

「じゃ、準備してきます」

「ちょっと休んでからにしましょうよ。 あとで一緒に準備しましょう。 ねっ、渉ちゃんも翼君もまだ来てないんだから。 てっきり一緒に来ると思ってたわ」

「あ、一緒に来たんです。 今は階段の下で二人で話してるみたいです。 私だけ先に階段を上がってきちゃったの」

「え? あら、そうなの? なぁに? あの二人、本格的に?」 雅子が嬉しそうに言う。

「残念ながらまだ翼が一方的にです。 でも、今は違うんです。 小母さん、渉が前に見た時より痩せていますし、顔色もよくないんです」

「え?」

「見て驚かないでください。 渉が傷つくかもしれないから。 私、驚いちゃって翼に注意されちゃったんです」

「やっぱりどこか悪いの?」 前に来た時も会社を休んでいたと、メールが入ってきていたことを思い出す。

「うーん・・・。 本人は至って元気だって言うんですけど・・・。 話していてもどこか悪そうなところがあるわけじゃなさそうですし。 それに渉の小父さん小母さんも毎日一緒にいて渉のことは分かっているでしょうから」

「そうね・・・渉ちゃんは実家暮らしだから、真名さんたちが分かっているはずだものね。 何かあったら病院に行ってるでしょうし」

「翼がみんなで楽しく食事をしようって言ってました。 そしたら少しでも食欲も出るだろうって」

「そうね。 それじゃあ腕を振るわなくっちゃね」

「お手伝いします」


先に階段を上がっていくカケルの後姿を二人で見送った。

「珍しいね。 カケルが翼君と二人っきりにさせるなんて」

「そうだね」

(姉ちゃん、渉ちゃんを見てかなり傷ついてるな。 分からなくもないけど)

「渉ちゃん、大丈夫? 階段上がれる? 俺が抱っこしようか?」

「会社でイヤって言うほど階段を上り下りしてるわ」 翼を見て言う。

「じゃなくて、俺が抱っこしたいんだけど?」 言い方を変えたが、本心はもちろん渉を心配してのことだ。

「もう!」 プクッと頬を膨らますと表情を変えて翼を見た。

「なに? 抱っこ?」

「違う。 ・・・翼君」

「うん? なに?」

「どうして私に優しいの?」

「好きだからじゃん」 腰を折って膝に手をつくと渉の目線に合わせて言った。

「ば・・・バカ。 そうじゃなくて・・・じゃあ、言い方を変える。 どうして好きなの?」 

勇気のいる質問だった。 翼が自分のことを好きと認めたことになるから。
渉の質問に翼が両眉を上げた。

「前に言ったじゃん。 姉ちゃんから俺を守ってくれてたって」

「それは小さな頃の話でしょ? それに言ったけど、カケルは翼君を虐めてたわけじゃないって」

「虐めてたよ。 渉ちゃんが守ってくれてた。 今度は俺がありとあらゆるものから渉ちゃんを守るの」

「守るって・・・そんなこと今まで言わなかったじゃない?」

「今までって?」

「小さい頃も言わなかったし、翼君は高校に入って寮生活でしょ? その時も一切連絡とってなかったし、偶然大通りで会ってから連絡とるようになったくらいだし」

「あは。 そう言われればそうだね」

「でしょ?」

「初めて大通りで会った時、渉ちゃんは俺に気付かずに通り過ぎようとしたもんね」

「4年? それくらい会ってなかったんだよ。 それにこんなに変わっちゃって気付くはずないじゃん」

「俺はずっと遠くから歩いてくる渉ちゃんに気付いてたよ」

「私は・・・そんなに背も伸びてなかったし、あんまり変わってないから・・・」

「渉ちゃんも変わってたよ。 おチビには変わりないけど」 茶化すように言う。

「おチビって・・・」 渉が口を尖らせる。

「渉ちゃんスーツ着てお化粧してたんだよ。 薄化粧でもあの頃と全然違ったOLのお姉さんだったんだよ。 渉ちゃんも変わってたよ」 小首を傾げると続けて言う。

「それでも俺は分かったよ」 上目づかいに翼を見ている渉に念を押すかのように言った。

「ホントはね・・・」 渉から目を外して腰を伸ばすと空を見た。

渉がつられて空を見る。

「小さい頃から想ってたことは本当だよ。 でも・・・」 上を見ていた顔を渉に向ける。

「あの大通りで会った時から大人として渉ちゃんのことを考えるようになったの。 久しぶりに二人で神社に来たじゃん?」

「えっと・・・翼君が中学以来きた日?」

「うん。 二人で電車に乗ってバスに乗って。 あの日から渉ちゃんへの想いがどんどん膨らんでいった」

「私が色んな毛をした子たちに絡まれたときの話を聞いて笑ってたじゃない」

「いや・・・さすがにあれはウケたから。 渉ちゃんが無事でいてくれたから言える話なんだろうけどね。 でもね、これだけ白状したんだもん。 これからはウケる話でも渉ちゃんを困らす奴はぶん殴る。 俺が渉ちゃんを守る」

「・・・分かんない。 翼君、彼女も沢山いるのに・・・。 ほら、いつも一緒に歩いてる女の子たちみんな綺麗じゃない?」

「うん、そうだね。 どうしても姉ちゃん見てるから、美人にしか目がいかないけど、それは遊び」

「遊びって・・・」

「大学生だよ。 今遊ばなきゃいつ遊ぶの? 誘ってくるんだもんラッキーじゃん」

「遊び人なんだ」

「まぁね。 美人は好きだよ」

「じゃ、私は論外じゃない」

「渉ちゃんは目の中に入れても痛くないほど可愛いの」 また膝に手を付き渉の顔を覗く。

「それって・・・父親のセリフじゃない?」

「俺は渉ちゃんの男の全部になるの」

「どういうこと?」

「父親、彼氏、兄貴、友達、そして夫」 翼がニコっと笑う。

「なにそれ?」

「誰一人、他の男に介入させない」 さっきと違って真顔になっていう。

「パパが聞いたら怒り出すわ」

「あ・・・小父さんが敵か。 それは厳しいな」 膝から手を離し腰を伸ばした。

「それに兄貴って・・・弟の間違いじゃないの?」 戸籍上の生年月日では翼が年下だ。

「そうだね、弟も含もうか? でも、渉ちゃんって子供じゃない? 兄貴の方が適役だと思うんだけど?」

「子供って・・・んなわけないしっ! 翼君よりお姉さんだしっ!」 ずっと真っ直ぐに立っていたが、片足に体重をかけた。

「そうかなぁ?」

「そうだよ」 

翼の言うことが分からない。 言葉の意味は分かる。 でも腹に落ちてこない。 どうして? ずっと小さなころから遊んでいた翼のことなのにどうして分からないの?
シノハのことは言わずともわかるのに。

「渉ちゃん?」 渉の様子がおかしい。

「あ・・・え? なに?」

「大丈夫?」

「うん。 全然大丈夫」

「渉ちゃん、好きに理由なんてないんだよ」 渉が翼を見上げた。

「好きなものは好き。 好きだから守りたい。 大切にしたい。 傷つけない。 誰にも傷つけさせない。 泣かせない。 分かる?」

「泣かせない?」

「うん、そうだよ。 俺は渉ちゃんを泣かせることなんてしない。 誰かが渉ちゃんを泣かせたら俺はそいつをぶん殴りに行く」

「殴る?」 

もし、シノハのことがバレたら、シノハが翼に殴られるのだろうか。

「うん。 だって許せないでしょ? 渉ちゃんを泣かすなんて」

「ハハハ、翼君が手を上げるなんてことあるのかなぁ?」 取って付けたような言葉になってしまった。 

・・・シノハも翼と同じように考えてくれているのだろうか。 渉が泣いているのをシノハは知っているのだろうか。 うううん、それ以前。 シノハは共に居たいと言ってくれた。 それなのにこけかけた時に手を添えてくれなかった。

「聞いていい?」 今度はもう一方の足に体重をかけた。

「うん。 何でも聞いて」

「先に言っておく。 誘ってっていってるんじゃないよ」

「え!? あらヤだ。 渉ちゃんったら、はしたないことを」

「ば! バカ! そんな意味じゃないよ!」

「あら、残念」 そうは言いながらも顔が笑っている。


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--- 映ゆ ---  第117回

2017年10月05日 22時16分58秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



『---映ゆ---』 第1回から第115回までの目次は以下の 『---映ゆ---』リンクページからお願いいたします。

   『---映ゆ---』リンクページ







                                        



- 映ゆ -  ~ Shinoha ~  第117回




オロンガの村がザワついた。 男も女も動かしていた手を足を止めている。 ポカンと開いていた口がやっと動く。

「お、おい、あの美人はいったい誰だよ!?」 

「俺に聞くなよ。 あんな美人今まで見たことがないぞ」 村のあちこちで男たちが馬にまたがる女を見て呆気にとられながら言っている。

「ちょいと、見てごらんよ。 なんて綺麗な人なんだい」 

「一生に一度はあれだけ綺麗になってみたいもんだよ」 女たちはその美しさに目が釘付けになっている。

背筋を伸ばした馬上のその女は、栗色の髪を高く一つに括り上げ、旅の邪魔にならぬよう編んでいる。 
そして白い筒袖の上衣に翡翠色の袖のない長衣を着、同色の下衣には筒袴を穿いて5人の従者を従えていた。



「婆様、ただいま帰りました」 セナ婆の前に跪いたロイハノが額、口に右手を当て、続けて胸の真ん中で両の手を重ねた。

「長旅、苦労じゃったの。 よく無事に帰ってきてくれた。 怪我などせんかったか?」

「はい。 何事もなく皆無事に帰ってまいりました」 

詳細を問われると“何もなく” ではない。 幾度となく盗賊が現れたが、その度にアシリ一人で対峙し難を逃れてきた。 だがそんな説明をする必要もない。

「そうか。 なによりじゃ。 長(おさ)の所へは行ったか?」

「はい」

「では、もうよいのじゃな?」

「はい」

「疲れておるじゃろうが、話を聞かせてくれるか?」

「その前に」 “才ある婆様” の言葉に反するようで言いにくくはあったが、言っておかなければならない。

「なんじゃ?」

「トンデン村の“才ある者” トデナミ様が従者と共に来られております」

「なんと!?」

「今は長と話されておりますが、もう少しすればこちらへ来られます」

「・・・それでは、トンデン村の“才ある婆様” が村に残られておるのか?」

「はい」

「シノハが “才ある婆様” が日々の祈りを出来るほどにお身体を回復されていれば “才ある者” が、オロンガに来られるだろうと言っておったが、“才ある婆様” のお身体の具合は戻られたようなのか?」

「はい。 お元気にされておりました」

「そうか、そうか・・・。 お元気にされておったか」

「はい」

(何年会っていないだろうか、我が姉様に。 ・・・姉様がお元気でおられる) 大地に風に、水に感謝の意を心より祈った。
セナ婆の姉様であるトンデン村の“才ある婆様” タム婆への想いが暫し続いていたが、すぐに我に返った。

「トンデンの皆もアシリ達も腹が空いておろう。 飯の用意をせねばな。 ああ、その前に湯あみじゃな」

「はい。 アシリが今、女たちに湯あみと寝間屋の用意と共に、飯の用意もさせております」

「シノハが長い間世話になった村じゃ。 くれぐれも丁重にお迎えせよ。 特にトンデンの“才ある者” に失礼のないようにと女たちに言ってくれ」 分かってはいるだろうが、他の村の“才ある者” を迎えるということなど、そうそうあることではない。 念を押さねばいられない。

「はい」 一言残すとその場を立ってロイハノが女たちの元に向かった。



「オロンガ村“才あるセナ婆様” トンデン村の“才ある者” トデナミにございます」

長の家を出ると旅姿から“才ある者” の衣、白い一枚物の衣に着替え、高く括って編んでいた髪を解きおろしてあった。 編んでいたあとの型が残っていて、いつも以上に髪の毛が波うっている。 その髪は腰までの長さであった。
前髪は垂れてこぬよう、硬質の翡翠の髪飾りで後ろに留めている。 首にも同じく硬質の翡翠の首飾りをつけていた。

普段は何もつけていなかったが“才ある者” としての業の時にはいつもつけている翡翠の首飾りであった。 
そして髪飾りは今日初めてつけた。 旅に出る前に、「オロンガの“才ある者” の前にでる時にはこれをつけてくれ」 と、タム婆から手渡された。

そのどちらの翡翠にもセナ婆は覚えがあった。
ずっと昔シノハの爺様、クラノが長い時をかけて心を込めて作っていた翡翠の飾りであった。 遠目からクラノが翡翠を削り、柄を刻んでいる姿を見てはいたが、それがどう使われるのかは知らなかった。
が、ある日、時の婆様であるシュマ婆から言われていた『セナイルと話さぬように』 という言葉を頭の片隅に置きながらも、シュマ婆の目を盗んでクラノがまだ10の歳を越したばかりのセナ婆にこっそりそれを見せに来た。

「セナイル、これをよくごらん」 と、細く綺麗な指を持つ掌の上にある首飾りを見せた。

「クラノがずっと作っていたものですね?」

「ああ、これをタムシルに渡す」

「姉様に?」 驚いてクラノを見た。

「そうだ。 シュマ婆様に聞かれたんだ。 トンデンの村に“才ある者” が身につける石はあるのか、とな。 タムシルがそんな物を身につけているのは見たことがなかった。 だからタムシルに聞いたんだ。 すると、トンデンの村の“才ある者” が代々身につけていたものは、最後の“才ある者” と共に地に埋められたらしい。
その事をシュマ婆様に言うと、シュマ婆様がタムシルの為にこのオロンガの村の一番の石、翡翠で首飾りを作れと仰ってな」

普通なら、その村一番の石を持って“手飾の村” で作ってもらうのだが、当時のクラノは“手飾の村” の人をも上回るほどの手器用だった。 シノハの手器用はクラノのその血を継いだようだ。
クラノの掌の中にある首飾りはいくつも綺麗に丸く削られた珠が繋げてあり、首にかけると後ろから前にかけて段々と大きな粒になってきている。 一番前に来る大きな珠には“果実酒の村” であるトンデン村を象徴するトンデン村を代表する果実の葉の形が刻まれていた。

クラノにしてみれば
『タムシルはタムシルだ。 オロンガ村のタムシルであって、トンデン村の“才ある者、タム” ではない。 だからいつでもオロンガに帰って来るんだぞ』 と言っていた己がこれを作ってしまうと、タムシルがトンデン村の“才ある者” になったと認めてしまうことになる故、作りたくはなかったが、シュマ婆の命に逆らえるわけではない。

「それでは、この石がトンデンの村で代々引き継がれていくのですか?」

「そうだ。 それでな」 言うと、衣の中からもう二つの翡翠を出した。

「これは?」

「俺が勝手に作ったものだ。 一つはタムシルに渡す。 そしてもう一つ、これはセナイルが持っているといい」

「私に?」 手渡された物を見てみると、タムシルに渡すという髪飾りと同じ楕円形の形だが、違う柄が彫られていた。

「セナイルには葉とその実、タムシルにはその実をついばむ鳥。 セナイルとタムシル、いつでもこれで繋がっていると思え」

「・・・姉様にジョウビキ、私にジョウビキがついばむ実・・・」 二つの髪飾りをじっと見て呟いた。

ジョウビキは腹を満たすのに雑食であるが、唯一好んだ実がある。 その実がなる季節には、雑食と言えどもその実以外は口にしない程に好んだ実。 それは今、セナイルが言ったジョウビキがついばむ実であった。
それはこのオロンガにしか生えない植物である。

「ああ、タムシルが才ある女子と分かるまでは、よく肩にジョウビキを乗せてセナイルの守をしてたんだぞ。 セナイルは覚えていないだろうがな」

「姉様がジョウビキを肩に?」

「ああそうだ。 あの誰にも懐かないジョウビキをよく肩に乗せていたんだ。 だから、いつでもタムシルの心はこのジョウビキに乗ってセナイルのところに来る」

「・・・クラノ」 髪飾りから目を外したセナイルの目が潤みクラノを見た。

「こんなことをしてはシュマ婆様に叱られるがな」 言うと20の歳を過ぎたばかりのまだ若かったクラノが両の眉を上げた。

『タムシルの話を聞くとセナイルの心が揺れよう。 セナイルもお前と話すとタムシルのことを聞きたいと思うじゃろう。 お前はセナイルと話すのではないぞ』 と言われていたが、それ以上のことをしているというわけだ。


その翡翠が今目の前に、“才ある者” トデナミの髪に飾られ、首にもクラノが彫った首飾りがかけられている。
無言のタム婆からの声が聞こえる気がした。

「セナイル、わしはずっとこの髪飾りをつけていた。 ずっとセナイルと共に居た。 見てくれ、大切にしてきた髪飾りじゃ。 今、セナイルの元に飛んできたぞ」 と。

(姉様は髪飾りを大切にして下さっていた・・・クラノ、わしらが繋がってこられたのはクラノのお陰じゃ) 
セナ婆の髪飾りは今は大切に編み籠に入れてある。


セナ婆の元につく前、トデナミがセナ婆に会う前の湯あみを断りロイハノに申し出た。

「セナ婆様にお会いする前に、旅の埃を湯で落しとうございますが、一時も早くセナ婆様にお会いしとうございます。 湯あみの時がもったいのうございます故、身体や髪についた埃を落としとうございます。 身体を拭く場所はございませぬか?」 

冷静に言ったつもりだ。 何故なら、トンデンには贅沢に湯浴みなどできる環境には無いのだから。 だが、オロンガは水の豊富な村。 トンデンと比べられるはずもないことは分かっている。 それでもトンデンには痛々しい現況がある。 湯浴みをするくらいなら、のどを潤さねばならない。
トデナミに問われると、ロイハノが先導し、客用屋に向かった。
ロイハノから見ればまだ歳浅い“才ある者” であったが、単に“才ある者” としての“才” はトデナミには十分にあった。 が、それ以上の何かを感じていた。
トデナミと長旅を共にして、それが分かったからこそ“才ある婆様” に会う前に湯あみをしないことを了解した。


戸際にはロイハノが立っている。
セナ婆の前に跪き頭を下げると、重ねた両手先を額に触れ、続いてその手を口に触れると胸の上に重ね合わせた。
跪いた時の姿もそうだったが、婉然たる挙措。 セナ婆が、ほぅ、と息を吐く。

「遠い所をよう来られた」

「突然の訪問をお許しください」

「ロイハノも突然に行かせた。 互い様じゃ」 セナ婆の返事にトデナミが頬を緩める。

「先度は肝要なお話をロイハノ様からうかがい、切に感謝しております。 我が村の“才ある婆様” より、くれぐれも礼を述べてくるよう言いつかってまいりました」

「そうか、ロイハノは全てを話せたのじゃな?」

「はい、我が村“才あるタム婆様” が得心されました」

「・・・そうか。 ではその・・・タイリンと言ったかの?」

「はい。 タイリンのことを村の皆で包むよう、触れを出されました」

「そうか。 オロンガの女の話は役に立ったかのう?」

「セナ婆様のお知恵と、遠路はるばる伝えて下さったロイハノ様には、我が村タム婆様はとても感謝しておられます」

「そうか、お役に立てたか」 セナ婆が目を細める。

「お聞きした語りと共に、これからもタイリンのことは我が村で語り継がれます」

「ああ。 これからたんと語りが生まれてくるじゃろう」

「はい、シノハ様が我が村に居られる間、タイリンのことをとても気にかけてくださいました。 シノハ様のお力でタイリンも随分と変わりました」 

深く意味のある言葉であった。

《何かが変わることがない限り、己で変わろうとしない限り、その赤子はずっとその負い目の中を生きていく。 それぞれに生きたのに、それを全うできなかった負い目。 一からやり直さねばならない。 
この命(めい)を持った者たちはどこかで分かり合っているという。 己の意識のないどこかで》

トデナミはこのことを言っている。 シノハがタイリンに手を差し伸べタイリンは変わった。 早い話、シノハがタイリンと同じ命なのではないかと問うている。

「ああ、礼が遅れた。 シノハが長い間世話になった」 シノハの名を出すつもりはなかったが、トデナミから出た以上は礼を言わねばなるまい。

「とんでもございません。 タム婆様の命を救っていただき、その上シノハ様のお力で村は変わりました。 礼を言っても言い尽くせないのは我が村でございます」

「シノハがトンデンの村を?」 タム婆のことは聞いてはいたが、今トデナミが言った報告は受けていない。

「はい。 シノハ様がいらっしゃらなければ・・・わたくし一人になった折には、村はどうなっていたか分かりません。 寝食を惜しんでタム婆様に添うて下さっただけでもお疲れでしたのに、シノハ様が村とわたくしを救ってくださいました」

「そうか・・・」 遠いタム婆を想う。


シノハの力で村は変わった。 明るくなり、村長が呼びかけていた“月夜の宴” にも行くと言うようになった。 それにこれからは使いにも出られるようにと、長の右腕となったドンダダが男達を鍛えはじめた。 男というものは、やはり力を発散しなくてはならない。 昔からあるトンデン村の技法を若い男たちに伝える。 男たちが生き生きと身体を動かす。 それを見た女たちは喜ぶ。 村に活気が出てきた。


「“才ある婆様” はお喜びか?」

「はい」 

トデナミの返事に目頭が熱くなった。

「セナ婆様・・・」

「なんじゃ?」

「あと一つ、我が村タム婆様から言いつかってまいりました」

セナ婆がゆっくりと頷く。

「シノハの事じゃな」

「はい。 わたくしの双眸でシノハ様を見、タム婆様の言伝をお伝えするよう言いつかっております」 

セナ婆はその言葉の裏に気付いている。
長い沈黙が流れた。 
その沈黙を破ったのは、ロイハノを呼ぶ戸の外の声だった。
ロイハノがそっと戸を開けると、村の女に添われてトデナミの従者が立っていた。

「トデナミ様にご用か?」

「はい」 男のその声が家の中まで届いた。

「・・・申し訳ありません。 少し・・・」 トデナミが言うとセナ婆が頷いた。

跪いていた足を立てると戸に向かって歩き出した。

(なんと流れのある所作を持つ者じゃ) トデナミの流れるような姿に目を奪われた。

ロイハノに一礼し外に出ると声の主、ドンダダに問うた。

「何事です?」

「シノハの姿が見えん。 それに誰に聞いても言葉を濁す。 シノハに何かあったんじゃないか?」

「分かりました。 皆の元に戻って下さい」 

言うと家の中に入りロイハノに一礼する。 戸が閉められる。
トデナミがセナ婆の前にもう一度跪いた。

「申し訳ありません。 従者がシノハ様がどこにも見られないと、シノハ様を案じておりました」

駆け引きが終わった。

「トデナミ・・・」

「はい」

「馬に乗ってもらわねばならん。 着替えて、わしについて来るといい」


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--- 映ゆ ---  第116回

2017年10月02日 22時41分48秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



『---映ゆ---』 第1回から第115回までの目次は以下の 『---映ゆ---』リンクページからお願いいたします。

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- 映ゆ -  ~ Shou ~  第116回





「渉ちゃ~ん」

「なに・・・」 ジョウビキと過ごしていた時である。 よってそっけない返事になる。 

「なに? その、迷惑ですけど? みたいな返事」

「だから、なに?」

「うわっ! 信じらんない。 俺からの電話でその話しかたって」

「じゃ・・・今日は後ろに女の子は居ないの?」

「あ、そういうこと。 やだなー、渉ちゃん。 焼きもち焼かなくてもいいよ。 俺は渉ちゃんだけなんだから」

「・・・そんな意味で言ったんじゃないんだけど」 思わず溜息が出た。

「ね、今週末デートしない?」

「しない」

「あら? 即答?」

「出勤だもん」 少しでも早く仕事のけりをつけてオロンガに行きたい。

「え!? 出勤って言って他の男とデートじゃないだろうね」

「まーったく違う。 って、それであってもなくても翼君とはデートしない」

「素直じゃないんだから」

「100% 本気」

「なんか、気が立ってるね」

「そんなことない」

「じゃ、来週は?」

「デートはしないって」

「じゃ、デートじゃなくて結婚式上げる?」

「ばーか」

「ホントに来週デートしないって言っていいの?」

「え? なにそれ」

「渉ちゃんの一番好きな人は誰?」

「だ、誰って・・・!」 翼はシノハのことを知っている。 まさか見透かされた?

「あれ? 答えられないの?」

「そ・・・そんなことない」

「やっぱ怪しい。 誰か男がいるだろ。 俺、許さないからね」 声色が変わった。

「そんなことないって言ってるでしょ!」

「なくない! 渉ちゃんが姉ちゃんのことを言わないってのは充分怪しい。 姉ちゃんより好きな人が出来たってわけじゃないの!?」

「え? ・・・あ、カケル・・・」 またカケルのことを忘れていた。 落ち込む。

「カケルに何かあったの?」

「教えてやんない」

「ちょ、翼君! カケルがどうしたの?! カケルに何かあったの?!」 あまりにカケルのことを心配をする渉の声が耳に響く。

「渉ちゃん・・・そんなに心配しなくていいよ。 姉ちゃんに何かあったわけじゃないから」

「本当?」

「うん。 心配なんていらない。 ね、来週のデート」

「そんなこと言ってられない。 今週はどうしても抜けられない仕事があるけど、来週はカケルの家に行く!」

「プッ。 ってことは男とデートじゃないんだ」

「だから違うって言ってるでしょ」

「そっか。 でも来週家に来ても姉ちゃんは居ないよ」

「え?」

「だーかーらー。 俺とデートしよう」

「カケルが家にいないってどういう事? 奏ちゃんがどこかに連れて出てくれるの?」

「プワー・・・。 勢揃いの名前が出たね」

「なに? 翼君、ちゃんと説明してよ」

「俺とデートするって言ったら教えてあげ・・・うわっ!」 

翼の部屋のドアが乱暴に開けられたかと思ったら、カケルが入ってきて翼のスマホを取り上げたのだ。

「姉ちゃん! 返せよ!」 スマホの向こう側で姉弟の争う声が聞こえる。

「廊下で聞いてたらアンタってヤツは!」

「盗み聞きかよ!」

「渉にちょっかい出すなって言ってるでしょ!」

「ちょっかいじゃない! 俺は本気―――」

「黙ってなさい!」 カケルの恐ろしい視線が翼に送られ、思わず閉口してしまった。

「もしもし渉?」

「あ・・・すごい会話が聞こえた。 これぞ姉弟喧嘩ってやつなのね」

「あ・・・」 カケルが口淀む。

「こんなこと日常茶飯事よ」

「姉ちゃん、スマホ返せよー!」 後ろで翼の声が聞こえる。

「翼君、いいの?」

「なに? 翼と話したい?」 翼の手を払いながら聞いたが、答えは分かっている。

「1000% 拒否」 

「プッ、翼も嫌われたものね」 100%の上を言ったのかと笑うしかない。

「そう言う意味じゃないんだけどね」

「じゃ、どういう意味? って聞きたいけど、今はどうでもいいわ。 翼が言ってた来週なんだけど奏和から連絡があったの」

話が進行するのを聞いて、翼が諦めるように手を止めた。

「奏ちゃんから?」

「うん。 急きょ神社で挙式があるらしいの。 で、巫女で来てほしいって」

「そっかー。 結婚式には巫女さんが必要だもんね」

「うん。 奏和の話では小母さんは他の神社の巫女さんに来てもらってもいいって話だったんだけど、私を想ってくれてるみたいで、私への連絡を奏和に頼んだみたい」

「そっか・・・」 神社と聞かされたらシノハしか浮かばない。

「渉?」

「・・・」 カケルの声が上の空になる。

「渉?」

「あ、うん? なに?」

「・・・おかしい」

「え? なに? おかしいって、渉ちゃんがおかしいの!?」 

カケルの言葉に翼が声を上げるが、翼などに構っていられない。 取り敢えず翼の頭に拳骨を一つ落とす。 落とされた翼が頭を抱える。

「え? 何が?」 おかしいなどと言われた当の渉が聞き返す。

「渉じゃない」

「え? 何言ってるの? 私だよ。 渉だよ」

「それは分かってる。 渉、何かあった?」

「え? やだな。 カケルったら何を言いだすの? 何もないよ」

「本当に?」

「うん」

「姉ちゃん、いい加減スマホ返せよ!」 カケルの拳骨攻撃から復活した翼がカケルに食って掛かるが、コバエをはじくように手をヒラヒラさせ、尚且つ目で制す。

「うっさい! ね、渉も来ない? 来週」

「うん、行く!」 シノハに逢える!

「待ってるね」 スマホが切られた。

「あ“あ”―!! 何やってんだよ!!」

「ストーカーみたいなことしてんじゃないわよ!」 スマホを翼の目の前に突き出した。

「俺も来週行くからな!」 カケルの手からスマホをもぎ取った。


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