大福 りす の 隠れ家

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ハラカルラ 第59回

2024年05月03日 20時29分45秒 | 小説
『ハラカルラ 目次


『ハラカルラ』 第1回から第50回までの目次は以下の 『ハラカルラ』リンクページ からお願いいたします。


     『ハラカルラ』 リンクページ




                                  



ハラカルラ    第59回




以前、白門は一枚岩ではなかったとライから聞いた。 そこのところを詳しく訊いてみると、くすぐってみると動く可能性があるのではないかと思えた。
ただそこはかなりセンシティブな箇所である。 一言を間違えてしまっては完全にこちらに耳を傾けてくれなくなるだろう。 相手は多感な時期の高校生というだけに耳を傾けないどころか、バリケード並みを張られてしまう可能性があるが、反対に言えばくすぐりようで自己確立に舵を切らせることが出来る可能性も捨てきれない。

「そういうことか、分かった。 で、頼みたいんだけど」

僅かではあるが、今できることはライから聞いた話の可能性にかけるしかない。

「んー、分かった。 長に訊いてからまた連絡する。 夜になるけどいいか?」

「OK、頼むな」

朝から農作業を手伝っているのか、これからハラカルラのパトロールをするのだろう。 白門の見張りは今、黒門のはずである。 スマホをタップし通話を切る。

「さて、今日はどうしようか」

ライに頼んだことで少し気が楽になってきた。 大学に行こうか。


就職室に入り色んなパンフレットを見る。 パソコンの前にも座ったが、コレというところが見つからない。 コレというのは心動かされるところということである。 確かに給料のいいところはあるし福利厚生もイイ感じのところはあるのだが、どうしてだろうか心が動かされない。
脇に置いた雄哉がピックアップしてくれたパンフレットを見る。 そして雄哉おススメのアウトプットをしたもの。

「先生に訊いてみるか」

立ち上がり就職委員である教授の部屋に向かった。
パンフレットと雄哉おススメを見せると、教授からはどれもいいのではないかと言われ、その中でもいくつかをピックアップしてくれた。

「君の希望する時間拘束がないということを考えるとここしかないけどね」

ここというのは雄哉おススメである。

「初めて聞く形態ですけど、ここって怪しいところではないんですか?」

「ああ、そんなことはないよ。 時間をフリーに使いたいって学生はここを選んでいるね。 でも収入的には期待できない。 君が収入を考えているのなら他のところをお勧めする。 サラリーマンになるってことは時間拘束があるってことになるけどね」

そして教授が言うには、独り身の間はいいが水無瀬もいつかは家庭を持つだろう、その時に雄哉おススメで働いていては、生活が苦しくなるだろうということを言われた。 そして水無瀬の成績から見るともう少しランクを上げてもいいだろうということで、何枚かをアウトプットしてくれた。


夜になりライから連絡があった。 長の許可は取れたということで、明日、茸一郎と稲也が早々に動くということであった。


早朝、白門の村の山が見える道路に二台の車が停まっている。 それぞれの運転席におっさんが座り、助手席には茸一郎と稲也が座っている。

「顔で判別は出来んだろう、どうする気だ」

あの時、白門の村を下見に行った時は暗くて顔など見えなかった。 だが声は聞いた。

「声で判別できます」

そして稲也の乗る車でも同じような会話がされている。

「ぼんやりとですが顔は見えました」

茸一郎と稲也がじっと白門のある村の山を見ている。 あの時、白門の村に忍び込んだ時、茸一郎は藻が入ったバットを持つ青年二人が高校生だというのを聞いていた。 今日は平日、必ず学校に行くはずである。
この辺りの地図を調べると高校は三校あったが、どこもそこそこ離れていて徒歩圏内ではなく自転車かバスに乗っていくはずである。 となれば早い時間に村を出るはず。 車内で三十分が過ぎた頃、茸一郎と稲也が同時に言った。

「出ます」

畦を三台の自転車が走って来た。 ヘルメットを被りリュックを背負って大きな声で話しながら自転車をこいでいる。

「公立の方か」

私立であればリュックではなく制鞄であるはず。 三校のうちの一校が公立高校で一番近くにあった。

茸一郎が車に手をつき後ろを向く。 後方から稲也が歩いて来ている。 公立高校であるのならば稲也が乗っていた車の方にはやって来ない。
畦をどんどんと走って来た自転車がもうそこまで来ている。 畦を通り越した稲也が白々しくUターンをする。 畦から三台の自転車が出てきて左折をする。 稲也がそっと顔を確認する。 茸一郎が耳を澄ましているが、澄ませるまでもなく高校生たちの声は大きい。

『違うな』 稲也から茸一郎にラインが入ってきた。 『押忍』 というキャラクターに “押忍” という大きな文字が入った押忍スタンプを稲也に返しておく。

車に戻った二人がまたもや山の方をじっと見る。
五分ほどが経った頃、またもや自転車が四台出てきた。 さっきと同じようにリュックを背負っている。
茸一郎と稲也が先程と同じ行動をとったが、結果も先程と同じだった。 同じことを何度か繰り返している内に、制鞄を持った高校生が何人も歩いて来た。 ネットで制服は確認していて、この制服は一番遠くにある高校で完全にバス通学になる。 稲也はそのまま助手席に座り、今度は茸一郎が稲也の方に歩て行く。 バス停は稲也側にある。

稲也がシートを少し倒し、車の中から顔の確認をする態勢に入る。 茸一郎は畦を越してゆっくりと歩き出す。 走って来た賑やかな高校生たちが茸一郎を抜いてバス停に走って行った。 賑やかすぎて誰がどの声という声の聞き分けは出来なかったが、覚えのある声は無かった。

『居ないな』という稲也のラインに茸一郎が返す。 ずっと続けている『押忍』スタンプ。 押忍キャラクターが長方形の壁のようなものを押していてそれを横から見ているアングル。 大きな文字で “押忍” と書かれた下には “押す” と書かれている。 そのうちに酢のものでも食べている押忍キャラクターに “お酢” と書かれているものが出てくるかもしれない。

「バスがもう来るな」

『車が目立つか、動かすか?』

おっさんたちはラインではなく電話での会話である。

『これも違うな』 稲也からである。 茸一郎が『押忍』のスタンプを返す。 泣きの『押忍』キャラクターのスタンプに “押忍” と大きく書かれている文字の下に小さく “雄泣き” と書かれている。

「じゃ、どこか一周してすぐに戻って来て下さい」

一人二人ならまだしも、稲也はじっと顔を見なくてはならないのだから、出来れば車の中から確認をしたい。
稲也が車を降りる。 さっき見ていた高校生たちの方を見ると互いをつつき合ったり、大声を出して笑っている。

「若・・・」

高校生など、とうに終えた稲也には早朝からそんな元気はない。
車が出ると間もなくバスがやって来た。 そしてそれから二分ほどで車が戻って来た。 丁度その時にまたもや制鞄を持った高校生六人が、二人一組で縦列になり畦を歩いて来た。 先ほどと違う制服である。 自転車に乗っていないということは、この高校生たちはさっきの高校生たちとは行き先が反対になるバス停に行くはずである。 そしてこの高校には普通科もあるが、特進科があり優秀な大学への進学率の高い学校であった。

先程と同じように稲也が助手席から六人の顔を確認する態勢に入る。 茸一郎が畦を通り過ぎる。 さっきのように一人ずつの声が聞き分けられない状態は避けたい。 高校生たちが道路に出てきたくらいでUターンをする。 だがその六人はただ歩いているだけで何も話さなく、さっきのような賑やかさが微塵もない。

(どうする)

稲也に頼るか。 だが稲也とて暗がりで見ただけである、茸一郎の確認も欲しがるだろう。

前から歩いてくる六人。 ふと不自然なことに気づいた。 後ろの二人が前の四人から少し離れて歩いている。
二人、四人と過ぎる。 そして残りの二人とすれ違うほんの数瞬前に、ポケットに入れていた手を出し、その時にわざとらしく見えないように鍵の付いた『押忍』キャラチャームを落とした。
「あ」「あ」 二人の声が合わされたが、合わされたことにより分からなくなり、ましてや言葉として短すぎる。

人が落としたものを拾い上げ声をかける、若しくは声だけをかける、そのどちらでもいい。 「あ」と言ったのだから落としたことは認識しているはず。 認識していても見なかったこととするような人種ではないことを祈る。

「あ、あの、落ちましたよ」

―――この声だ。

車に乗り込むと稲也から電話が入ってきた。

『多分だと思うけど、最後列の二人だったんじゃないかな』

やはり稲也だけでは確定は出来なかったようである。

「二人かどうかは分からないけど、一人は確実。 あの時の声だった」

『そうか。 そう言えば、なんかクッサい芝居してたよな』

「うるさいわい」

あの高校には特進科と普通科がある。 先に歩いていた四人はその特進科なのだろう、そして最後尾の二人が普通科。 あの時バットを持っていた二人が言っていた台詞を思い出した『難しいことは分からんけど、頭のいい人間が考えるだろうよ』 そう言っていた。
長の話では白門はいい大学に行かせる、研究をさせる、そういう類のことを言っていたという。 白門の村では頭のいい人間が優遇されているのかもしれなく、それと反対の立場にある人間は身を狭くしているのかもしれないと思い、前を歩く四人から少し間隔を置いて最後尾を歩く二人に絞ってクッサい芝居をしたということであった。

「暁高校で決まりだな」

その日、ライから水無瀬に連絡が入った。


翌日。 暁高校。

授業を終え二人で話しながら校門をくぐり、少し歩くと誰かが目の前に立ち塞がった。 互いに横を見て話していた高校生二人が足を止め前を見る。

「あ・・・」

思わず二人の口が開く。

「ふーん、その様子じゃ俺が誰か知ってるみたいだな」

水無瀬にしてみれば見覚えのない顔である。

「ちょっと話したいんだけど付き合ってくれない?」

二人が顔を合わす。

「時間は取らせない。 それとも君たちが藻を獲った時に話していた内容を白門の誰かに言おうか?」

「え・・・」

「ちょっと歩いた先にあるファミレスに行こう」

水無瀬が踵を返して歩き出す。 どうしようかという目を互いに向けている高校生。 だがここで逃げてしまっては、あの時話していた内容を村の者に話されてしまう。 互いに頷き水無瀬の後ろを歩いた。
高校生は必ず後ろをついてくるはず、水無瀬は振り返ることなく前だけを見ている。 そして高校生の後ろには茸一郎と稲也が付いて来ている。

ファミレスに入り席に座った。

「必要はないみたいだけど改めて。 水無瀬と言います」

「あ、はい」

「二人の名前は?」

どうしようという目を互いに向けている。

「名乗られたら名乗るものだよ、教わらなかった?」

「・・・一ノ瀬」

「後藤」

「一ノ瀬君と後藤君ね」

これが大人なら、いや、余裕があれば、どうして自分たちが話していたことを知っているのかと訊いただろう。 あの時水無瀬は一室に拘束されていた、それもモニターで監視もされていた。 この二人もそのモニターで監視をしていたこともある。 外で話していた二人の会話を水無瀬は聞ける状態には無かった。

「さっきは嫌なことを言ってごめんよ。 君たちに付いて来てほしかっただけで白門の誰かにチクる気はないから安心して」

あくまでも “チクる” であって “言う” ではない。

二人が緊張していた表情筋を弛緩させる。 いや、上がっていた肩が下りた、顔だけではなく体全体も緩んでいったようだ。

外から様子を見ていた茸一郎と稲也がファミレスに入ってきて席に着く。 茸一郎は顔を見られている、万が一を考えて高校生二人のすぐ後方の席に着いた。

「アイスココア二つ」

注文をする稲也の声が聞こえた。

(なんでココアなんだよっ)

朱門は全員ココア派なのか?

水無瀬達の前に飲み物が置かれる。 水無瀬はアイスコーヒー、高校生二人はコーラ。

「バスの時間もあるだろうから、単刀直入に言う」

水無瀬が二人を交互に見ながら話しだした。 それは二人が言っていた話である。
『難しいことは分からんけど、頭のいい人間が考えるだろうよ。 でもこの役は二度とごめんだな』
『言えてる。 こういうことだけは高校生に任せるんだからな、後味悪すぎ』
水無瀬が重きを置いて訊いたのは “この役は二度とごめん” “後味悪すぎ” という二点だった。

「二度とごめん、後味が悪い、具体的にどういう気持ちなのか聞かせてくれる?」

「それは・・・なぁ」

一ノ瀬が後藤を見て言うと後藤も頷いているが、頷くだけではなくしっかりと言葉にしてほしい。

「どういうこと?」

「・・・水無瀬さんも守り人なら分かるでしょ、ハラカルラのものを持って出るなんてことしたくないですよ」

一ノ瀬がここまで言ったのだから続きは話してほしいという目を後藤に送る。

「俺らは怪我なんてそんなにしないけど、運動部に入ってるやつとかは怪我もするし、農作業中の怪我だってある。 それをハラカルラに治してもらってるのに、ハラカルラの嫌がるようなことなんてしたくないって思って当然じゃないですか」

「ああ、当然だ。 君たちの言っていることは特別ではない、後藤君の言うように当然のことを言ってるだけ。 聞かせてくれて有難う」

高校生二人がやっと笑顔を見せコーラを口に含んだ。 水無瀬もコーヒーを一口啜り間を置いて続ける。

「そういう風に考えているのは一ノ瀬君と後藤君だけ?」

「誰ともこんな話をしたことはないから分かりません」

「あの後味の悪さはないんです、だから心の中で思っている奴はいると思うけど、聞いたことはありません」

「うん、俺らは学校が一緒だからそんな話もするけど、な。 でも俺たちはみんながそう思っていてほしいとは思ってます」

互いに、どうする? といった目配せも、次はお前が言えという目顔もない。 どうやら打ち解けてくれたようである。

「感覚的でいいから教えてくれる?」

この二人は高校生、言ってみれば親からも年寄りたちからも白門はこうあるべし、と教えられてきたはず。 それなのに教えられてきたことと違う感覚を持っている。 他の高校生たちもそうなのか、親世代はどうなのか。

「うちも誠・・・一ノ瀬ん家の親も村の方針に従うようにっていうことはそれほど言わなかった。 もし親がそんな考えだったら特進に行かされてたと思う」

一ノ瀬のフルネームは一ノ瀬誠というようである。

「え? それだけ出来るんだ」

特進に入るには簡単なことではないことは知っている。 ましてや私立の進学校である。 この二人は成績優秀だということなのだろうか。

「学校選びは親と相談じゃなくて、村に言われたから仕方なく暁を選んだけど、二人ともわざと特進を落ちる点にして普通科に入ったから。 親も普通科でいいって言ってくれたし」

「俺ん家も。 ハラカルラの生き物たちの研究なんてさせられるの嫌だし」

点数を操作できるとは、どれだけ賢いのか。
それにしても白門でのハラカルラのことがなければ、この二人は特進科に入り良い大学を出ていたのだろう。 その大学が公立であれば授業料の負担は少ない。 そうなれば村に頼らずとも親の金で通わすことが出来たはず。 いや、その前に高校を選べたはずだ。 この二人なら私立高校の暁でなくとも公立高校からでも公立の大学に行くことが出来たのかもしれない。

研究をさせられたくなく、これからの白門のすることに加担したくなく、たとえ自ら普通科を選んだと言ってもこの二人の道は白門によって曲げられた。 白門の在り方に人生を左右されてしまった。

「二人の親以外は? その年代とか」

分かるか? といった具合に二人が目を合わせるが、どちらもはっきりと分からないようである。

「多分だけど・・・私立と公立に行ってる高校生の親たちはその可能性はあるかもしれません。 あくまでも暁の特進以外」

「うん、可能性としてあるかな。 その親と高校生。 ただ全員とは言い難いですけど」

「可能性が高い親、高校生に限らなくともその子供。 それとなく訊いてはもらえない?」

「え? どうして・・・」

さすがにその勇気は出ないだろう。 だからと言って水無瀬もここで引けない。 二人の背中を言葉で押す。

「いい? さっき言っただろう、君たちが思っていることは当然のことなんだ。 その当然を実行に移そう。 無理はしなくていい、君たちが絶対だと思える範囲でいい。 君達にも親御さんにも迷惑はかけられないから。 それと分かる範囲でいいから村を出た人の住所を教えてほしい」

村を出るには各々理由があっただろう、全員が全員と言い切ることは出来ないが、白門のやり方に賛成をしているのであれば、参加をしたいのであれば村を出ることなどなかったはず。

最後にもう一度「可能性の高い人が見つからなかったらそれでいいから、絶対に無理はしないで」と言い、水無瀬と二人それぞれ別のラインを作り解散となった。 それぞれ別のラインにしたのは、よく分かりあっている二人といえど、情報を漏らすのである、そんなラインは互いに見られたくないだろうと考えてのことであった。

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