大福 りす の 隠れ家

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ハラカルラ 第61回

2024年05月10日 20時51分10秒 | 小説
『ハラカルラ 目次


『ハラカルラ』 第1回から第60回までの目次は以下の 『ハラカルラ』リンクページ からお願いいたします。


     『ハラカルラ』 リンクページ




                                  



ハラカルラ    第61回




潤璃の話を静かに聞いた水無瀬。 村という中に生まれたわけではなく、村での生活という事をよくは知らないが、それでも青門以外の三門で数日暮らした。 それとなくではあるが、門を持つ村の存在の在り方は分かったつもりでいると言い、潤璃の行動を肯定する言葉を続ける。

「村の在り方に意見をするということは、簡単ではないということは理解しているつもりです」

潤璃が小さな声で「有難う」と言った。

「いいえ、こちらこそお話を聞かせてもらえて感謝をしています。 それでと言っては何ですが、一ノ瀬さんと同じお考えをお持ちの方をご存じありませんか?」

「・・・そういう人間を集めるってことかな?」

「はい。 僕は白門の村の人間ではありません。 村外の人間一人が何か言おうとも通じないでしょう。 僕が百人いてやっと村の方一人分になるかならないか程度です。 ですから出来るならば村の方々が立ち上がっていただけると嬉しいんですけど。 決して強要をするものではありません」

今は朱門と黒門の協力を得て白門の動きを止めているが、それまでに白門はハラカルラの生き物たちを手にし研究を重ねてきている。 いつまで朱門黒門の協力を仰げるかは分からない、そうなれば白門はまた同じことを繰り返す。 一刻も早く白門を止めたい、それには内側から変えることが必要だと続けた。

「黒門? さっき黒門に拘束されていたと言っていたはずだが」

潤璃の返事の間が無くなってきた。 それに今の返事から、朱門と黒門の長が白門を訪ねてきたことは聞かされていないようである。

「はい。 黒門も黒門で門の在り方がありまして」

それは決して悪い在り方ではないのだが、結果として拘束という形になってしまっていた。 そこを譲る気はないが、拘束されている間に黒門がハラカルラのことをどれだけ想っているかということを聞かされていた。 あってはならない形をとっていたとしても、黒門とて白門のしていることを聞けば止めたいと思うはず。 そこで朱門の長から話を持っていってもらい協力を仰いだと話した。

「あくまでも僕はいま表面には出ていません。 いま出ると話がややこしくなりそうなので」

黒門の拘束中に白門に攫われ、その白門からは自らの足で逃げ出した。 そんな状態で姿を現してしまっては、また争いごとが起きてしまうかもしれないからだと話す。

「白門がまた拘束すると? 情けない話だが有り得なくはないか」

あの村はそういう村だ、と小声で続けたが、水無瀬がミニチュア獅子のことを話し拘束は避けられるようになったと言うと、驚いた顔をしている。

「ご存知かどうかわかりませんが、白門にいらっしゃる広瀬さんという方が大学の先輩なんですけど、大学で僕に近寄ってきた時、獅子にやられていました」

驚きの顔が上書きされている。 その潤璃を置いて水無瀬がそれにと、そういう意味では少し前までは姿を隠していたが、今は違う意味で表面に出ないようにしていると言う。 水面下で白門の人間と接触をしたいからだと。

上書きをされていた潤璃の顔が戻っていく。

「そういうことか、分かった。 うん、水無瀬君の名は私も伏せておく。 それにしても烏は・・・いや、あの大きな獅子を作ったくらいなのだから出来なくはないのだろうが」

潤璃が “うん” と言った。 かなり打ち解けたようである。

「その烏から聞いたことがあります。 ハラカルラは泣いてでも人間側が変わるのを待っていると」

虚を突かれたように息を飲み目を大きく開けている。 きっと今夜は表情筋が筋肉痛を起こすだろう。
三秒、いや五秒が経っただろうか、潤璃が大きく息を吐いた。

「ネットワークとまではいかないし、村を出た者たち全員ではないが連絡を取り合っている。 声をかけてみるよ」

少なくとも潤璃は立ち上がるに必要な要素を持っているということ。 立ち上がり切れるかどうかはこれからの流れで変わるかもしれない。

「有難うございます」

「いや、礼を言わなくてはならないのはこちらの方だ。 水無瀬君はどこの村の出身でもないのだろう?」

「はい、ですが縁があったんでしょうね、縁が無ければハラカルラに繋がらないと烏がよく言いますから」

自分の口から出た “縁” という言葉。 それが数瞬頭の中を支配する。

「連絡先を教えてもらえる?」

勿論ですと言い、スマホを操作しながら潤璃に問いかける。

「そのネットワークに木更彩音(きさらあやね)さんという方はいらっしゃいますか?」

「彩音?」

下の名で呼び合っているのか。 やはり近い年齢なのだろうか、少なくとも小学校は一緒に登校していたのだろうか、今も付き合いがあるということなのだろうか。

「僕が村を出た方の連絡先を知りえたのは、現段階で一ノ瀬さんと木更さんだけです」

潤璃の兄が彩音の連絡先を知っているはずはない。 やはり水無瀬は潤璃のことを兄から聞いたのではないということか。 それとも潤璃のことと彩音のことはそれぞれ別の人間から聞いたのだろうか。

(犯人捜しは必要ないか)

ラインに互いを追加する。

連絡をした相手が水無瀬に手を貸す、いや、白門の人間として水無瀬の後ろ、若しくは前に立つと言えば、新たに作るグループトークに入ってきてもらうようにし、水無瀬が姿を出していいと思える時が来たら潤璃からグループトークに招待すると言いながらスマホを置き続ける。

「彩音はネットワークに居ないけど私から連絡しておくよ」

「あ、有難うございます。 助かります」

「私のようにいつまでも疑いの目を向けられるのはこりごりだろうからね」

「そんなことは・・・」

当たらずも遠からず、である。
別れ際になりやっと、と言っていいのだろうか潤璃が名刺を差し出してきた。

「お偉いんですね」

名刺には “部長” と書かれていた。


ライの運転する車の中である。

「はぁー、疲れた。 ってか、最後の最後にどっと疲れた」

部長職と話していたのかと思うと、自分の人間性が見られていたような気分になってしまった。 それにあの社名。

「でもまぁ、木更さんの手間が省けたことは大きいか」

この疲れは何度も経験したくないものである。

「おっと」

「うん?」

「いや、高校生ズに連絡を入れなくちゃ」

大人達が動き出してくれるかもしれないのだ、高校生が無理をして白門に睨まれるようなことがあってはならない。 そこのところを説明したうえで当分動かないでいてもらう、と水無瀬が言う。
ハンドルを握りながらチラリと水無瀬を見て頬を緩めたライ。

「練炭が水無瀬に会えるのはまだ先だな」

「ん? ごめ、なに?」

水無瀬は指先に集中している。 高校生が傷つかないように言葉を選びながら打っているのだろう。

「何でもない」



「おお、鳴海やっと来たか」

「お早うございますぅー」

「何じゃその腑抜けは」

昨夜は朱門の村に着いてからどっと疲れが出た。 駆け引きが必要な会話はもうしたくない。 やはり数字遊びの方がどれだけ楽か。 雄哉にこれを言うと、会話ほど楽しいものはないだろう、と言うだろうが。

「人間界で動こうと思うと疲れるんですよ。 あ、獅子、有難うございました。 動いてくれましたから俺も動きやすかったです」

「だろうて、だろうて。 わしのすることに抜かりはないからの」

矢島に言われていたことが抜けていたではないか。
そして今日も指を動かしながら口と頭も動かされた。 ハラカルラの言葉の練習である。

「うん?」

ハラカルラと烏がハラカルラの言葉で言った時だった。

「え? おかしいですよね、それって」

「何がじゃ」

水無瀬が最初に来た時、烏は『お前たちの世でいう世界というものをハラカルラと言う。 正しくはそうではないが、お前たちの耳に分かる、口で言える言葉で表すならばそうなる』 そう言っていたが違うではないか。

「分かるように言い直すとハラカルラではなく “はーぅわぁーあーうーぅわぁー” ってなりませんか?」

一つ一つを区切ることなく、ゆっくりと流れるように口から出す言葉。 紡ぐように発音してしまってはハラカルラの言葉になってしまう。 それになによりハラカルラの言葉には舌の動きがなく “らりるれろ” などと発する言葉はない。

「当たり前じゃろうて」

「はい?」

「わしがエッセントを加えんはずが無かろうて」

それを言うならエッセンスだ、何度心の中でこの種類の突っみを入れなければならないのか。

「どういう意味ですか?」

「ここまで言って気付かんとはなぁ、情けない」

「すみません・・・」

情けないとまで言うのならば、十分に納得できる説明をのたまってくれるのだろうな。

烏曰く、まず “ラ” という言葉。 それはラの音。 人間が生まれて産声を上げるその音が少々のズレはあるものの、音階でいうラの音であるという。

「人間の始まりの音を組み込んだ」

ハラカルラの言葉の中のどこにラがあるというのか。 組み込んだではなく捩じ込んだの間違えではないか。

一般にラの音を “ラ” と発音するのはイタリアやフランスであって世界共通ではない。 “ラ” の音である音名は日本なら “イ” となり “A(エィ又はアー)” としている国もある。

現代日本では音名を “ラ” と発音してドレミ唱法を用いているが、それは明治の末ごろからの話であり、それまではヒフミ唱法が用いられていた。

『お前たちの世でいう』 と烏がいうのは “ラ” と発音するところ、又は国だけに限られるということになってくる。 そうなれば日本として考えた時、烏は明治末以降に “ラ” をハラカルラの名前に用いたということになってくるが、そうではなくイタリアやフランスで使われている音名を用いたということなのだろうか。 だがいつハラカルラと名付けたのかは分からないが、音名が出来るずっと以前からハラカルラと呼んでいたはずである。

(まぁ、烏相手なんだから、そこのところはグレーでいいか)

突っ込んで聞くとウザがられるだけである。 そして今度はこっちがウザくなる。 負の連鎖になるだけである。
以前、烏たちが言っていた鳩やタコ、猿やナントカのナントカなどが仕切っている所では違う発音になっているのかもしれない。
そしてあとは以前に聞いた紡水の時の台詞と同じであった。

「語呂がいいだろ」

なにが『お前たちの耳に分かる、口で言える言葉で表すならば』だ。 “違う発音になっているかもしれない” ではなく、絶対に鳩やタコ、猿やナントカのナントカが仕切っている所では全く違う言葉で呼ばれているはずだ。
だがあの時に黒烏の周りで水はざわつかなかった。 嘘ではないということになるが、首を傾げたくなるほどの違いである。 とは言え、先ほど水無瀬が口にした言葉では会話がしにくいのは確かである。

「鳴海、手が止まっておる」

「・・・はい」

黒烏、お前もな。


翌日も同じようにハラカルラの言葉を習いながら指を動かしていた。
穴から戻ってくるとラインに着信が入っていた。

「一ノ瀬さんだ」

潤璃からは木更彩音と話したと書かれていた。 その木更は水無瀬の役に立ちたいと言い、白門を自分たちの手で変えたいとも言っていたそうである。 ネットワークの方はお互いの考えを分かってはいるが、繊細な話になるからと一斉に連絡するのではなく、一人一人と繋がって話を進めていくと書かれていた。
時間がかかるかもしれないが、それが一番の安全策と思える。

夕飯の席で潤璃からの連絡の話をし「僥倖に巡り合えたかもしれない」と水無瀬が言うと、ライが横目で水無瀬を見ながら「僥倖じゃないだろ」と言い白飯を口に入れた。

「なんでだよ」

不吉なことを言ったライが白飯を嚙み砕き飲み込む。

「水無瀬の努力の賜物だろ」

「え?」

「言えてるわね」

「そんな、おばさんまで」

「こんな時に謙遜なんていらないのよ」

「そうそ、こういう時はナギみたいに偉そばってりゃいいんだよ」

テーブルの下から大きな音が聞こえ、水無瀬の横でライが悶絶している。

「確かにライの言う通り。 水無瀬のような発想は少なくともこの朱門にはなかったし、それに元白門の一ノ瀬っての? その人たちにもなかったはず。 だから今まで放ったらかし状態だったんだろうからね」

「うん、これからは一ノ瀬さんたちが動いてくれると思う。 だから言ってみれば俺は火付け役だったってとこだろ」

そしてそれにと続ける。 上手く潤璃を紹介してくれたのは高校生一ノ瀬であって、その高校生一ノ瀬を見つけたのは朱門であり水無瀬自身は何も動いていないという。

「ったく、謙遜もそこまでいくと嫌味に聞こえるわ」

「なんでだよ」

「水無瀬に言われるまでこっちは気づかなかったんだから」

茸一郎と稲也が見聞きしていたことは朱門の誰もが知っていた。 だが話はそこから次へとは繋がらなかった。

「もう、あなたたちは。 少しは仲良くできないのかしら」


自分の部屋と言っていいのだろうか、水無瀬が与えられた部屋で一ノ瀬の名刺を手にしている。
株式会社Odd Number 開発部部長 一ノ瀬 潤璃

肩書はどうでもいい。 気になるのは社名である。 株式会社Odd Numberこれは教授からランクを上げて勧められた内の一つの企業であった。 そして教授自身の一番推しでもあった。
一ノ瀬が居るからとコネを使おうとか、反対に希望するに躊躇するといったようなことは無いが、それでも気になるではないか。

「偶然って怖いな」

こんな偶然があっていいものだろうか。 よく偶然ではなくそれは必然である、と言うが、それならばこれはどう考えればよいのだろうか。 コネとして使うのか、使わなくとも知り合った人がいるという安心感を持てばいいのか、それとも躊躇すべきなのか。

「躊躇してその後どうする」

―――ハラカルラを選ぶのか

頭ではなく腹の底から聞こえてきたような感じがする。
だがこのまま無料宿泊の無銭飲食は続けられない。 今回いちおう封筒に五万円を入れて『食費代です』とライの母親に渡そうとしたのだが『きゃー、やだー、そんなの要らないー』 と言われてしまい、背中をバンバンと叩かれてしまった。 ましてやライにまで『ここはそういうシステムじゃないから』と言われた。 システムとは何だと思ったが、どう考えても働かなくてはならないのは必須である。


三日、四日と経った。 毎日指先を動かしながらハラカルラの言葉や発音の仕方を教わっていたが、急に白烏が「鳴海はハラカルラの言葉をどこかで聞いたことがあるのか?」 と訊いてきた。

「ありませんけど、どうしてですか?」

白烏が黒烏を見る。 見られた黒烏がゴホンとわざとらしく咳払いをしている。

「アヤツが言いたいのは、鳴海の覚えが早いということだ」

「え?」

「オマエ、今回は楽が出来たな」

ハラカルラの言葉を教えるのは疲れる。 よって二羽が順番に教えているということであって、今回はたまたま黒烏の順番であったということである。

「次は雄哉といったところか。 オマエお気に入りなのだから丁度いいではないか。 まだまだ先の話だろうがな」

白烏は雄哉の力量を知っているからなのか、雄哉に対してなのに珍しく大きな息を吐いている。

「あー、考えただけで疲れるわ」

「そう、なんですか?」

どうしてだろう、一言いっただけなのに黒烏に羽で頭をはたかれた。

「鳴海は何も分かっとらん」

「そうでしょうか」

「前にも言っただろうて、水を宥めるのには時がかかって当たり前、鳴海のように早く出来るものはおらん。 その上、言葉の習得も早い。 もっと自覚を持たんか」

「そんなものでしょうかね」

もう一発はたかれた。

もしかしたら一歳の頃、ハラカルラの異変を感じた時、大きな音を聞いた時にハラカルラの声を聞いたのだろうか。 子供の頭は柔軟だ、知らずその声が頭に刻まれていたのかもしれない。

(うん? どうしてそう思う?)

だがそう考えると、朱門の長や初めて黒烏と会った時にハラカルラの言葉を聞かされたが全く聞き取れなかった。 どういうことだろうか。

―――悲しい

(え?)

―――痛い

(なんだ? このネガティブ連語は)

どちらもハラカルラの言葉。 だがこんなネガティブワードなど烏からは教わっていない。

「あ!!」

「大声を出すな!」

またしても頭をはたかれた。

「鳴海は本当に守り人の自覚が―――」

「思い出しました」

黒烏にハラカルラの言葉を習いだしたのをきっかけに、あの時に聞いた言葉が蘇ってきたのだ。 小さな子供の柔軟な脳みそに刻まれていたのだ。

「わしが話している途中に。 で? 何を思い出したとな?」

「初めてハラカルラの異変を感じた時にハラカルラの声を聞きました」

はぁ? と烏二羽が目を丸くしている。

ハラカルラの言った言葉で “悲しい” “痛い” と発音する。
烏はそんな言葉を水無瀬に教えていない、だが確かにそれは間違った発音ではないし、水無瀬がその言葉を日本語に訳したが間違っていない、合っている。

「驚いたな」

白烏が言うと黒烏も頷いている。

「鳴海にもっと自覚があればのぉ」

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