大福 りす の 隠れ家

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--- 映ゆ ---  第58回

2017年03月13日 22時20分16秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



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- 映ゆ -  ~Shinoha~  第58回




タイリンが少し離れた後ろにいる馬上の男に振り返り走り寄る。

「サラニンさんお願いです、止めてください! これじゃあシノハさんが一方的にやられてるだけです!」

秀麗な顔を持つ男、シノハの戦い方をしなやかと言ったサラニン。 ゴンドューの村の3人の内の一人。

「やられてる? ・・・まぁ、そう見えなくもないかな? なぁ、バランガどう思う?」 秀麗であり爽やかな顔を、どこか食えない面立ちのバランガに向ける。

「まだいいだろう」 あっさりと答えた。

「バランガさん、まだって。 ・・・もうこれ以上は・・・」 バランガに希求の目を送る。

「タイリン、シノハのことは誰よりも我たちがよく知っている。 心配するな」 ジャンムの後ろで髭面、強面のクジャムが言った。

「うん?」 小さい声が漏れた。 サラニンが片眉を上げ訝しげに斜め前を見ている。

「おい」 言うとバランガに顎で先を示した。
村人が皆、心配気に見守っている中、一人の男の口がほころんでいるように見える。 バランガがその男を見遣ると、不気味な笑いを浮かべた。

その時

「ドンダダ! 受け取れ!」 ファブアが槍をドンダダに投げた。

「ファブア! 何てことするんだい!」 女たちが口々にファブアを罵る。

受け取ったドンダダ。 一瞬、迷いが見えた。 だが、勝負がつかない、引くにも引けない。 どんな形をもってしても決着をつけたい。
ドンダダが構えることなく片手で槍の真ん中を持ち、その腕を肩の高さまで上げるとシノハに光るその穂先を向けた。

「戦え。 これ以上逃げてばかりだとこれを使うことになる」

「何度も言ってるだろう。 戦う気はない」 ドンダダの前に立ち、槍を見せられようが、変わらぬ気持ちを直言する。

「それは、これを使ってもいいという事だな」 シノハの表情は全く変わらない。

ドンダダが槍を構えた。 シノハが間合いを取る。 拳で戦っていた今までとは間合いが違う。 空気が張りつめた。
だが、ゴンドューの村の2人は小首をかしげる。 残りの一人クジャムは表情すら微動だにしない。

「おかしいなぁ・・・」 秀麗な顔を持ったサラニンが言う。

「ああ、あれじゃ突いていくれといったもんだ」 バランガが答える。

「シノハさん! 戦って!」 今度はシノハに教えてもらっていた男たちが言い出した。

シノハがチラッと男たちを見たその隙を突いて、シノハの肩に槍が突くように伸びてきた。 身体を捻ってそれをかわすが、槍はすぐに引かれて今度は反対側のシノハの腹を目がけて伸びてきた。 槍が避けたシノハのマントをかすめる。 

ドンダダは止めることなく次から次へ突いてくる、襷掛けに薙いでくる。 シノハのマントも衣も所々切れはじめてきた。 そして二人の息も段々と上がってきた。
タイリンが居ても立ってもいられず、オロオロとしだす。

槍がシノハの胸元を突いてきた。 身体を少し横に振ると前に屈めて腕を上に差し出した。 槍を引かれる前に、その腕ですぐさま槍の柄に絡め脇でおさえた。 

「やっとやる気になったか?」 息を上げながらドンダダが満足そうに言う。

「いい加減にしろ」 こちらも息が上がっている。

シノハの返事を聞いてドンダダが勢いよく槍を引いた。 シノハがすぐに槍を放した。 このまま持っていれば槍の穂でやられる。

「あーあ、なんであのまま槍を取り上げないんだよ」 バランガが言う。

「・・・そう言えば、だれかシノハに槍を教えていたか?」 サラニンが二人の様子を見て言う。

「え? 知らないよ。 まぁ、少なくとも俺は教えてないけど・・・ん? そう言えば誰も教えてないか?」

「多分そうだな。 さっきから全く間合いが取れていない。 だれも馬と拳と剣しか教えていなかったな」
槍は突く、剣は切る。 長さも違えば、次に出る手も全く違う、それ故、間の取り方、かわし方も根本的に違う。

「クジャムどうする?」 サラニンが聞く。

「・・・あと少し」 

サラニンとバランガ二人が目を合わすと肩をすくませ、タイリンとジャンムが泣きそうになっている。

右に出すと見せかけた槍が左を突いてきた。 シノハの頬を槍の穂先がかすめた。 穂先に当たった髪が宙に舞う。 そして頬に一筋の血が流れた。
女たちは泣きそうになり、男たちは声も出せない状態だ。
しだいに腕にも槍の穂先が触れて血が出てきた。

槍がシノハの足元を払うように伸びてきた。 素早く飛び上がりそれをかわすと、今度は飛んでいる身体を狙ってくる。 女たちやジャンムが顔を手で覆った。

「馬鹿かっ! あんなに高く飛んで!」 思わずバランガが大声で言うとサラニンが鼻であしらった。

「お前と違うんだ。 飛んでいてもシノハはかわせる」

空中にもかかわらずしなやかに身体を捻り、その身体を横に移動させた。 突こうとした槍が空を突いた。 縦に1回転し着地すると、衣の脇が大きく切れていた。

すぐに喉元へ槍がとんできた。 身体を後ろに逸らしてかわすと、そのまま身を低くし、身体をよじって片足を軸に回転すると前に向き直った。 そのシノハをドンダダが見据える。

「しつこい・・・いい加減やられないか」 肩で息をしている。

その時

「シノハ、これを使え!」 

すぐさま声のした方を見ると、クジャムが目に入り、その手から剣が投げられたのを捉えた。
投げられた剣を受け取る。
ガシッ!
静まった中、重みのある音が響く。

「クッ・・」 シノハの腕がその剣の重さを重々と感じた。

「一度しか使うな」 早々に決着をつけろという事だ。

クジャムの剣は大きな身体に見合った太く重い両刃の剣。

(この剣を使うと簡単に槍の柄を切れる・・・でも、それじゃ駄目だ。 どうする・・・)

「お前の仲間か? 仲間はやる気があるようだな。 せっかく貰った剣だ。 抜け」 ドンダダが剣を使えと促す。
だが、待ってもシノハが剣を抜かない。 剣の鞘を持ち、下に向けたまま。

「お前は全くやる気がないようだな。 それならそれだ!」 言うと真正面からシノハ目がけて槍を突いてきた。

途端、剣を抜かず鞘ごと下から振り上げ、いとも簡単に槍を弾いた。 ドンダダの手から槍が飛んでいく。 
剣を使って切っては剣に頼った戦いとなってしまう。 これほどの剣を使って勝っても何の意味もない。 鞘を使うことで、それを回避した。
槍を弾くと一瞬に鞘から剣を抜き、その剣先をドンダダの鼻先に突き出した。 驚いたドンダダが動きを止める。
時が一瞬止まった。 ドンダダの目が驚きに見開いている。 シノハがそのドンダダを睨みすえる。
そして皆に聞こえる程の大きな声で言った。

「村々の掟によって、申し入れをする!」

村々の掟。 その場がどこであろうと、他所の村の者に対して先に手を出した者が、出された側から改めて勝負を申し入れる事が出来る。 最初の勝負がどうであれ、その時の勝ち負けは関係ない。 出された側が村々の掟によって勝負を申し出たその勝負での勝ち負けが結果となる。

見守っていた村人はあまりの速さに何が起こったのか分からない。 勿論、タイリンとジャンムもだ。 分かっているのは当のシノハとドンダダ。 そしてゴンドューの村の3人、クジャム、サラニン、バランガだけだ。

「戦いを申し入れる!」 シノハの言葉に束の間、静まりかえった。 

シノハが低い声で言う。 

「戦いはドンダダに決めてもらう」 村人の静寂の中その低い声、言葉が響いた。

通常なら、申し入れた方が自分に都合のいい、この戦いなら勝てるだろうという戦いを申し入れる。

「だが、ドンダダに決めてもらう以上、我が勝った時には我の全ての申し出をのんでもらう」 シノハのその言葉にドンダダが息を飲んだ。

「トデナミのことか?」 鼻先に剣を向けられたドンダダが小さな声で言う。

「それだけではない」 ドンダダには見えない申し出。

(トデナミ以外のこと・・・村の者でないコイツがいったい何の申し出だ・・・) 

何を思案していても、申し入れをされてはそれを受けなくてはならない。 その上で、シノハに拳や槍での戦いと決められては、今の戦いからすると勝てる見込みがなさそうだ。 負けて村の者に恥を晒すのはなんとしても避けたい。 己で戦いの種類を決めて勝つしかない。 よってシノハの申し出をのむしかない。

「・・・のもう」 その返事に暫くは動かなかったシノハが、やっと剣をおろした。

「では、なにで戦う」

シノハの言葉にドンダダが一瞬思案した。 拳と槍、そして槍での戦いから見ると剣も使えるのだろう。 剣以外のもの・・・すぐには思いつかない。

「明日、・・・明日、申し入れる」 

「・・・承知した」 ドンダダに最後の睨みを入れると、剣を鞘に戻した。

一呼吸おくと、ドンダダから目を外し、クジャムの元に歩み寄った。

シノハの後姿を見送ると、ドンダダが顔を歪め踵を返した。 ファブアがドンダダに走り寄った。 が、すぐさま肘鉄をくらわされその場に倒れこんだ。
そのファブアの後ろから歩いていた男。

(せっかくドンダダがやられるところを皆に見せるように仕向けたのに。 チッ、予定が狂った。 まぁ、申し入れでドンダダが負ければ同じこと。 それにドンダダが勝った時の手は打ってある。 その時はそっちを使うまでだ。 それにしても申し出とは・・・アイツ、何を考えているんだ) 
シノハの後ろ姿をチラッと見ながら、男がファブアに手を添え起こしてやった。

シノハがクジャムの前に、いや、正確に言うとクジャムの乗る馬の前に歩み寄った。

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