一粒のからし種

地上のどんな種よりも小さいが、蒔くと、成長して〜葉の陰に空の鳥が巣を作れるほど大きな枝を張る。マルコ4:32

K山教会へ

2012-05-17 | イエス・キリスト

K山教会へ行くご奉仕は2度目です。

娘を教会の先生のお母様に託し、

K先生、U子さんと、車に乗り込み、出かけました。

皆で交代で赴くK山教会のことを

覚えることができ、

奏楽をなすことができ、(ヒムプレーヤーですが)

感謝でした。

 

門からの長い長い坂道。

ここを登るときにたちのぼる

暗い思いを

胸に刻む。

 

門を入ってから、しばらく車で走った後「あと1km」と出る

暗さ。

バスも通っていないその先にある、

S河療養所に、

隔離された建物の集落がある、この切なさは言葉にならない。

 

慣れてはいけないと思った。

 

男性2名、女性は今日は1名。

そこに私たちU教会の3名が合流させて頂いて。

「とても頼れるのは、医者じゃなくて、

25年間、ずっといてくれる、歯医者の先生。感謝してるんです。」

と、兄弟が礼拝後、お話してくださった。

 

心や、体が不安なとき、自分たちを知ってくれるのは、

時々くる医者ではなく、ずっとずっと一緒にいてくれた一人の歯医者さんだと。

心に思いめぐらして、ここに記録します。

 

 

 

 

 

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C念姉を天に送る

2012-05-17 | イエス・キリスト

C念姉を天に送りました。

5月9日でした。

前夜式、告別式が、U教会で行われました。

讃美歌を歌い、送り出したのです。

耳に声が聞こえました。

C念姉が礼拝に来た時に座る席も憶えていました。

礼拝前に「歌舞伎揚げ」をお茶菓子に、と、

台所に置いて、嬉しそうな表情をなさっていました。

幼いJが騒ぐと、手抜きなく怒ってくれました。

91才でした。

C念姉を天に送りました。

 

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「霊性の躍動」

2012-05-16 | イエス・キリスト

 1年間かけて、伊豆の教会が集まって、大会を開いたのが、4月30日。

心に残る、とても尊い会になりました。富士や、西伊豆や、下田、様々な所から142名、集まりました。

 ヤコブの格闘の場面を通して、神様に、執拗に祈るとき、

「神様の意志は変わらないが意図は変わる」

という言い方で、

「くつがえす祈りを神は求めているんじゃないか?と思うのです」

と、講師のO宮溥牧師が語りました。

 

 また、チラシを配って人を招く、というよりは、

心でその人を神様の元に連れていく「執り成し」

の大切なことを教えてくださいました。

 

 「祈れない、という人にアドバイスを」

との質疑では、

「時を定めて祈る」「聖書の箇所を必ず読んでから祈る」、また、

「祈れない時は祈れ!」とのフォーサイスの言葉を教えて

頂きました。

 

 「くつがえす祈り」をしていいんだ、よかったんだ! と思ったとき、

あきらめそうになっていた幾つかの祈りが、全くあきらめなくてよいことなのだとばかりに

湧き上がってきました。あの人のこと、このこと、あのこと、あの大事なこと、病気の方の癒し、

様々に。原発が無くなりますように。その祈りが実は真っ先に湧き上がっていました。

 

 神様と格闘して腰をくだかれたヤコブを真似するほどに、しつこく、しつこく、

神様に願い頼んだ経験。「まだまだ」ということに気づかされました。

一緒に聴いたF姉も、素晴らしい報告を次の礼拝でしてくださっていました。

 

 祈るって難しい。簡単、とも思えるのに。

神様の前に沈黙した私が祈り出すということ。

私の力ではできないこと。

神様の呼びかけに対して、手を挙げるようなこと、祈り、であること。

応答だと。

応答できるよう、神様にもっと

心を開けますように。

 

「祈りの中で、霊性が燃えて、

        霊性が躍動するんですよ。」

 

そんな言葉を知りたかった。

神様が今、この半島の地域に、

祈りを注いでくださったから、「あるを得て」いる。

 

最後にO宮先生が言いました。

「霊性の躍動が起こるように、祈っています。

天に召されても。」

会場の人の頭が皆、起きて、

とりこぼさないように、静まって耳そばだてていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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A希ちゃんへ

2012-05-16 | 交わり

 A希ちゃん、PC治してくれてありがとう☆

 音も聴けるようになったし、中身も軽くなったし、

 何より、インターネットに実はつながることもわかって、

 思いがけない来訪時の「診療」になり、感謝しています☆☆☆

 駄菓子菓子!

 なんと、今度は、そのPCのアダプタが切れてしまいました。

 週末にアダプタを購入すれば、やっと使用できることにはなりそうですが。

 お預け状態は続いております。

 夫のPC、無理やり借りて書いているので不機嫌です(笑)。

 一言のお礼を。ありがとう!

 

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憶えておきたい

2012-02-07 | イエス・キリスト

憶えておきたい、今日出会った一文  ・  ・  ・  ・  ・  ・

 

「私は、それらの困難が犠牲であったとは考えていません。

犠牲ということばは、

私たちのために、天から下って死んでくださったお方のために

私たちが何かをする場合、

決してあてはまらないからです。」

 

ある方は、決して、配達でかかった交通費を

受け取らないんです。

「めんどくさいから」

って言うんだけれど、

それは嘘だと思っています。

(だって、その方だって本当にぎりぎりの暮らし。なのに。)

 

なのに、受け取らないんです。

 

その方は、労働をしているんじゃなくて、

愛している、という行動 を しているからなんだ と

今日、このことばに出会って

よく、わかりました。

 

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つれづれなるままに。

2012-01-29 | 恵み

 小さくもかわいいUの町。

 そのU教会で、80周年の記念が1月15日に行われました。

 クリスマス、愛餐会に恵まれて、そして新しい年になって。

 時間に追いつけないのが、今の私流です。

 のろいから、色々なことが。だからペンギンとか、カメとかが大好きなのかも。

 ほっとするんです。

 今はゼニガメとミドリガメを飼っています。

 ごはん、ほとんど食べないね。彼らはこの時期。

 寒いのに、首を出したりして。

 かと思うと、自分の好きな岩陰や葉陰に移動していたり。

 ああ、安心するんだな、冷たい岩の横なのに。もしかすると、お母さんのそばにいるような気がするのかな?

 と想像してみたり。

 カメでも、関係を求めている。

 だから人は、どのような人でも、関係を求め、言葉を求めていると確かに思う。

 言葉が出ない方と、接していると、

 でも、言葉をたやしては決していけないと、今、切に。

 口数は多くなくていい。多いと、耳から言葉、入らないものだから。

 短く、温かく、優しい言葉で・・・・・・。

 疲れて、うまくいかないときも、あるけれど、

 そうなっていきたいと願いながら、

 1mmずつの勉強です。

 今日は久しぶりに、仕事で橙のジャムを瓶詰しました。

 親指をやけどしたら、

 「やけど」がこんなにも痛いんだと思い出し、

 以前、娘の足にポットの湯がかかって大変なことになった日に

 娘がどんなに痛かったかとやっと今ごろ思いやれた私。

 痛い〜と痛がっていたら、

 敬愛するAさん(仮名)、本当に痛いのがわかるみたいに

 私に迫ってきたのでびっくりした。

 「っとにぃ! なにやってんの〜。」

 とか言って、本当に痛いのがわかる表情と言葉。

 あ、そうか、この人はすごいなと。

 人の痛みを瞬時に自分の痛みに置き換えられる、その素早さと深さ。

 これが、常に鈍感な私にほしい、「気持ち」の動きだ・・・・・・

 でも、そういう人が、私の周り・遠くに・近くに・いてくれて、

 私の感じにくい心にいつもいつも、気づかせてくれている。

 感謝。

 カメも、水の冷たさ、あまり感じないみたい。

 そのおかげで、氷が張った池にもいられるようだけど、

 できれば、冷たいよ〜、って顔ができるようになれば、

 カメなりに食欲が落ちたりしないんだろうに。

 夏のカメは小さな餌をいくつもガムみたいに噛んで食べてくれる。

 つれづれなるままに、

 突然書かれた「からし種」。

 12月、祈りの時。

 1月、みんなで元気に。

 ここでは詳しく書けないけれど、

 Jの作文を読み、感動したり。

 塾の先生が、「これ読んでください、本人捨てるって言ってましたけど」。

 感動したのです。

 カメみたいに、

 外側からは何考えているかわからなかったけれど、

 とても温かい血が流れているのを知るかのように

 それがとても美しい「流れ」で。

 神様に、祈っていこうと、新たに思いました。

 祈りは、本当に、聞かれるんだと、またわかったから……

 Jには今、とても素敵な男友達がいて、

 感謝しています。神様に。

 また、このUの町。隣のIの町の存在にも。

 本当に、温かい所。

 住んで9年かな?

 2003年からだから。

 みな、知り合いという不思議。

 ちょっと歩けば誰かが見ていて、誰かが声をかけてくる。

 レジのおばちゃんとも雑談が「在る」。

 無くても、無いなりに、人間同士の気持ちの通いがある。

 娘を名前で憶えていてくれる、知らないおばさんがいる。

 歩くと昭和の香りのビルがいっぱいあって、おもしろい。

 写真に撮るほどかっこよくないけれど、

 人情というほどの風情や情緒まではいかないんだけれど、

 みんな自分をもっている。

 薄味のようでいて、濃くて。

 どの人からも学ばせていただくべきことがあって。

 狭いこと、小さいことが、こんなにすごいなんて、びっくりなの。

 Jは、まだこの町にいる。

 生まれた町ではないけれど、ここが、

 私たちの「ふるさと」になり始めている。

 私はもしかしたらずっと、ここで、

 成長するのかもしれない。

 光栄に感じています。

 2009年から特に強く導かれてきた。

 じわじわ、でも、まだまだ。

 まだまだまだまだ、「この道」の駆け出しです。

 まだまだまだまだ。

 でも、ずっとこの道を追いかけていきたい。

 イエス様が手をひいてくれる限り。

 私が間違えず、ついていけるといいな。。。

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映画をハシゴする

2011-11-13 | Weblog

10月の末に、もう何年ぶりかで、一人の時間を過ごす、

それも大事なことに使う・・・・・・ことができました。

余分に1日、休みが取れたのは、

「この映画観ておいで」と言って背中を押してくれた方が

そのために休みを作ってくださったから。

電車を乗り継いで小1時間・・・・・・三島へ。

本当は沼津でその映画を観るはずでしたが、

急きょ、もう一つ、観ておきたかったものが・・・・・・「ツレがうつになりまして」です・・・・・・

それを観、そして終わった後は思い切ってタクシーを使い、沼津へ。

先にすべての内容を知ってしまったけれど、必ず観ておきたかった「海洋天堂」です。

ハシゴすると、味わいがまざってしまい悔しいのですが、贅沢は言っていられない。

とにかく、両方一気に見たい! の強い思いでした。

 

観てすぐにここに書くことができたら・・・・・・

とにかく、事実は、涙が止まらなくて、涙腺が最後は壊れてしまったこと。

「ツレうつ」の時点で、それはそうなりました。

「海洋天堂」は、本当にいとおしい人を見つめるように

こちらも涙がつーーーっと流れずにはいられない、涙が止まらないので

思い切って鼻をすすっているような状態。

 

自分のために、本当に必要な時間だったということもあったのでしょう。

そして、本当に、私の知らなかったこと、知りたかったことばかりが

「ツレうつ」にも、「海洋天堂」にも、ありました。

 

両方が奇しくも同じことを私に。

それは「向かい合う」こと。。

「向かい合ってなかったこと」にも気づいたあと、

「向かい合う」が始まるような、それは、

痛みながら癒されるようなプロセスです。

 

とてもとても良い、お休みができました。

今日は久しぶりにPCができ、うれしくなって、

最近一番心に残ったことを

書いてしまいました。

 

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台風で

2011-09-21 | 交わり

 台風で、紀伊半島が心にかかり、

M先生にお電話できてよかった!

懐かしいお声でした。

「80周年の記念誌で、今M香姉とM先生時代を掘り起こしています」

とお伝えでき、よかった。

 紐解くうちに、そのころの自分たちを拾い上げて

今よりずっと勉強していたことに「うっ」となったりしました。

 

 今は現場に遣わされているんだ・・・・・・

それも嘘ではないけれど、

やっぱりエネルギー源にしっかり根を張っていないと

力が発揮できずもがくことばかり。

 

 隙間の時間、小さい時間であっても、

ストローで吸うように恵みを吸いこまなければ。

その代わり、

ちょっとでも恵みを確実に吸いこんだならば、

本当に豊かな助けを時宜にかなって受け、

重荷は軽荷となって

楽しみさえ加わりました。

 

 小さなメール、小さな目配せ、小さなことを

とりこぼさないように。

 小さなことに本気になれるように。

願っているのは・・・・・・

このブログを始めた頃より本気に、

なっていきたいと思います。

 

 台風で早く帰り、少しの空き時間を得て

今、書いています。

 テレビが時々ザーッと切れてしまうこともあり、

外では目の前の川がかなりの勢いで荒れ狂っていますが

なんとか停電はしていないので。。

 

 台風から皆が守られるようにと願いつつ・・・・・・

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9月

2011-09-21 | 

         誕生月でした

 

誕生月でした

誕生月だと

いろいろな人の声がきこえる

懐かしかったです

神様が与えてくださったのは

申命記8章

まるごと全部でした

 

私が神様から離れないように

神様を忘れないように

というのが 

今年の誕生日に戴いたメッセージでした

 

ということはやっぱり

私は神様から

離れていたんだと

 

それを心配して神様は

私に気づきを与えてくださいました

神様はすべてをお見通しです

 

そして神様は

なお 話しかけてくださる

常に

守り導いてくださることをお止めにならないと

その神様に

応える者になっていかなければ

 

              感謝

 

 

 

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神ともにいまして

2011-06-01 | 交わり

 M栄姉を、みんなで見送ってきました(5月29日)。 広々とした太平洋が見えるお部屋が、M栄姉のお宅でした。1人分の洋風な丸テーブルは、重厚で、今ではどこにも見掛けることができない頑丈な造り。M栄姉、99才。数年前と変わらない肌つや。しっかりとした口調。優しい目。75歳の時、Uの街に来て、早24年。洗礼をお受けになったのは70代になってから。。

 雨で曇った空と海はグレーに一つになっていましたが、その部屋から見える朝日を、皆で想像しました。時には、漁師のS島兄が「今ここにいるよ〜、見えるかい?」と海面からケイタイでM栄姉を呼び出していたといいます。断崖、絶壁。でも10キロ先でも窓枠にしっかりおさまっているから、S島兄を見つけるのはとても簡単だったことでしょう……。

 訪問したときには、引越し準備の真っ最中。少し手を止めさせてしまいました。おとな5名、こども3名での訪問です。。最後に、「神ともにいまして」を歌いました。私はこの曲だけは、アルトで歌えます。ささやかな二重奏です。

 神ともにいまして、ゆくみちを守り、天のみかて(御糧)もて、力を与えませ

 また逢う日まで、また逢う日まで、神の守り 汝が身を離れざれ アーメン

 

 アーメン 

 来年がU教会、80周年です。記念誌を発行しなくては、とのことで動き始めました。「M栄さんの言葉を聴き取りにうかがいますね」とK先生はM栄姉におっしゃっていました。ゆかりの地に引っ越してからは、施設入所になるということ……「老いては子に従え、っていいますものね。」 と言って、ニヤリと笑いました。でも、施設入所の意味をとても重く受け止めていらっしゃるだろうということが、一瞬の間でわかりました。

 自由に出歩いていたM姉。ある1本のバラを見るために、愛知万博に1人で行ってきたことがある姉妹。礼拝に出ることが、ご本人の望む時にいつでもできたら。 そのことが1つ心に残ります。危ないから、と、施設から出られないよりは、危なくても、礼拝に出掛けられる生活を・・・と。

 M栄姉は、Uの街を今日出発されたのです。M栄姉のことを、ずっと祈っていきたいと、思っています。

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kaoriさん作!

2011-05-26 | 交わり

 すごいんです。kaoriさん作の「無」。

 kaoriさん、料理と書道をするときは、この無のような気持ちになるとおっしゃいました。そして何とも言えない、素晴らしいタッチの「無」を完成させることができたというのです!

「癒される」という声があちこちでささやかれているということです。私もまた、本当に癒されています。文字の太さ、たたずまい、柔らかさ、しなやかさ・・・・・・それらが、「無」を包み、私は嬉しい気持ちになってしまいました。

 輝く、ということは、こういうことなのですね。

 灯を台の上に置く、ということなのでしょうね。

 輝くものは輝く、ということなのでしょうね。

 

 メールで頂きあまりに素晴らしいので、ご了承の上、ブログにアップさせて頂きました。

kaoriさん、やったね!!!

 

 

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何の巣?

2011-05-26 | 自然

 鳥の巣を見つけた。部屋から外に出るドアの正面。かわいい、かわいい、小さな巣だ。

「どんな子たちがいたのかな?」

 

 そのことに気がつかなかったから、春になって、もうみんな巣立ってしまったのだろう。ザンネン!

 

 私も子どもたちも気がつかず。洗濯物を干してくれていた夫が見つけた。

 

 今は、私がぼーっと、青々とした緑を眺めるときの、ポイントになってくれている。眠い朝、あのからっぽの巣を見ると、いとおしくなって、思わずにっこりしてしまう。その中に居た子の顔を知らないのに。

 また、そこに、だれか来てくれないかナ。

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祈りの山

2011-05-26 | イエス・キリスト

 今回、初めて赴くことができた教会です。ハンセン病に苦しんだ方……いいえ、そのための国の隔離政策に苦しまれてきた方が、ずっと集ってきた礼拝堂でした。U教会が奉仕の勤めを恵まれています。私は、奏楽の奉仕をずっと願ってきましたが、今年の2月20日。それは叶いました。

 数人の礼拝。もうご高齢のため、今はここでの礼拝は行われず、夫婦棟の平屋の1軒が教会となっています。午後2時30分より、礼拝を共にお捧げしました。「献金の祈り」の深く胸に響くこと。ハッと息を飲みました。

 「……私たちにできることは、座して祈ることだけです。……」

 私の知らない50年も、60年もの時間を、社会と離れたこの地でだけ過ごして来られた方々の思いを想像してみた時、発すべき言葉が見つかりませんでした。

 「瀬戸内海の方の施設に居たときは、橋が無い島に居ましたから、そう簡単に出掛けることができませんでした。」

と礼拝後の雑談の中、語ってくださった女性。とはいえ、実は今でも、ここにたどり着くまでには、門から施設を経て居宅の集まる場所までは、1キロ、2キロとあるでしょう。不自然に作られてしまった村が在り、そこに同じ病の人たちだけが住まわされるという現実が、本当にあったのだ。ずっとずっと、それは。

まっすぐ正面に見渡せば、涼しげな富士山がそびえ、それはとても美しい。その手前に、新幹線の線路が、スゥーッと走って見えていた。今思うと、私は、何も知らないで新幹線に乗っていたんだ、と思った。あの新幹線を眺め、暮らしていた方の気持ちは?  

 

 「今は、みんな、この山に来るよ。幼稚園の子どもたちが、お花見に来たよ。」

今や少しずつ、本当に、開かれようとしている。

 きっとあの方たちは、大震災の被災者の人びとのため、座して祈っておられるに違いない。絶対に。あの山は「祈りの山」となっている……! あの方たちは、きっと祈っていらっしゃる。遠い地のために。そのことが「絶対」と言える、思える。  (2月20日 神山教会 訪問。)

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果樹園にて

2011-05-26 | 自然

 だいだいをもいで、山を降りる。今年はこのかごで10カゴぐらいのだいだいに恵まれました。これがみんな、ジャムになるのです。そして、メンバーさんたちの生活の足がかりになるのです。

 3人のスタッフで収穫中、のどが渇いてしまい、だいだいを手で割って食べました。酢にもなるだいだい。でも、思ったより・・・いける! 遠くに海を見下ろしながら、斜面に立って一休憩。咲いているアザミを眺めながら、ゲッセマネで見たアザミと同じだったことを思い出しました。                 

 こんな麗らかな日にも、放射能が流れ出ていること。被災した方が今どこかで、本当に苦しんでいるということ。そのことはずっと、私の頭の中に、重低音で流れていました。(4月20日)

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つぶやく・ ・ ・

2011-05-23 | Weblog

 被災地の方ためにできることは、

 たゆみなく、たゆみなく、たゆみなく、祈ること。

 I市のある福祉事業所さんは、震災の後、

 すぐに「何かできないだろうか」と

 缶バッチを作った・・・・・・。

 いつも細々と作っていた缶バッチ。売って義援金を募るため、

 作った「がんばろう日本」。

 飛ぶように売れ、たくさんの義援金が集まったという。

  「いても立ってもいられない」

 その気持ちに、心動く。

 

 あれから2ヶ月がたつ。

 被災地の方々に疲れが出てくるのはこれから・・・・・・

 私たちは祈り続けなければならない。

 気持ちを1歩、さらに1歩と、寄せていかなければならない。

  

 3月・4月・5月と、個人的には、ぎりぎりの体力で仕事づくし。

 ブログのタイミングも大きく逃していた。

 遅いけれど、今、書きました。

 

 被災地の困難を決して忘れたくない。

 原発の収拾を担う方のためにも祈りたい。

 閉鎖にも莫大な費用がかかり、不毛の地を広げてしまう

 放射能を使わない、エネルギーをと私は強く望みます。

 でも今はとにかく、汚染を食い止めていく知恵を出し合えるように、

 そして作業員さんに守りと助けがあるように、

 祈りたい。

 

 祈りたいと書くこと自体、

 偽善にならないように。

 奥まっているところで、広げていくことが大事。。

 言葉だけにならないようにっ

 いつも覚えておいて、と自分に言い聞かせる。 

 

 今日は仕事で礼拝に出られなかった。

 少し、後ろめたく過ごした。

 6月にはペンテコステの日、特別伝道礼拝がある。。。

 その日も仕事と、もう、わかっています。

 出られないけれど、その日のため、今ゆるされていることだけをしよう。

 

 7月には、

 洗礼者が与えられる予定です!!!

 前回、

 特別伝道礼拝に来られた、方です、

 ハレルヤ!

 

 私の内側にある霊的なものが、今、

 もっと糧を必要としています。

 キリスト者ってどんなだったっけ。

 手探りしています。

 

 愛に仕える者のはず。

 忘れない者、そして忘れていたとわかったら、

 悔い改める者のはず。

 

 もっと生きいきと

 みこころを行うには?

 つながり方。

 結構難しいな。

 

  

 

 

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