小さくもかわいいUの町。
そのU教会で、80周年の記念が1月15日に行われました。
クリスマス、愛餐会に恵まれて、そして新しい年になって。
時間に追いつけないのが、今の私流です。
のろいから、色々なことが。だからペンギンとか、カメとかが大好きなのかも。
ほっとするんです。
今はゼニガメとミドリガメを飼っています。
ごはん、ほとんど食べないね。彼らはこの時期。
寒いのに、首を出したりして。
かと思うと、自分の好きな岩陰や葉陰に移動していたり。
ああ、安心するんだな、冷たい岩の横なのに。もしかすると、お母さんのそばにいるような気がするのかな?
と想像してみたり。
カメでも、関係を求めている。
だから人は、どのような人でも、関係を求め、言葉を求めていると確かに思う。
言葉が出ない方と、接していると、
でも、言葉をたやしては決していけないと、今、切に。
口数は多くなくていい。多いと、耳から言葉、入らないものだから。
短く、温かく、優しい言葉で・・・・・・。
疲れて、うまくいかないときも、あるけれど、
そうなっていきたいと願いながら、
1mmずつの勉強です。
今日は久しぶりに、仕事で橙のジャムを瓶詰しました。
親指をやけどしたら、
「やけど」がこんなにも痛いんだと思い出し、
以前、娘の足にポットの湯がかかって大変なことになった日に
娘がどんなに痛かったかとやっと今ごろ思いやれた私。
痛い〜と痛がっていたら、
敬愛するAさん(仮名)、本当に痛いのがわかるみたいに
私に迫ってきたのでびっくりした。
「っとにぃ! なにやってんの〜。」
とか言って、本当に痛いのがわかる表情と言葉。
あ、そうか、この人はすごいなと。
人の痛みを瞬時に自分の痛みに置き換えられる、その素早さと深さ。
これが、常に鈍感な私にほしい、「気持ち」の動きだ・・・・・・
でも、そういう人が、私の周り・遠くに・近くに・いてくれて、
私の感じにくい心にいつもいつも、気づかせてくれている。
感謝。
カメも、水の冷たさ、あまり感じないみたい。
そのおかげで、氷が張った池にもいられるようだけど、
できれば、冷たいよ〜、って顔ができるようになれば、
カメなりに食欲が落ちたりしないんだろうに。
夏のカメは小さな餌をいくつもガムみたいに噛んで食べてくれる。
つれづれなるままに、
突然書かれた「からし種」。
12月、祈りの時。
1月、みんなで元気に。
ここでは詳しく書けないけれど、
Jの作文を読み、感動したり。
塾の先生が、「これ読んでください、本人捨てるって言ってましたけど」。
感動したのです。
カメみたいに、
外側からは何考えているかわからなかったけれど、
とても温かい血が流れているのを知るかのように
それがとても美しい「流れ」で。
神様に、祈っていこうと、新たに思いました。
祈りは、本当に、聞かれるんだと、またわかったから……
Jには今、とても素敵な男友達がいて、
感謝しています。神様に。
また、このUの町。隣のIの町の存在にも。
本当に、温かい所。
住んで9年かな?
2003年からだから。
みな、知り合いという不思議。
ちょっと歩けば誰かが見ていて、誰かが声をかけてくる。
レジのおばちゃんとも雑談が「在る」。
無くても、無いなりに、人間同士の気持ちの通いがある。
娘を名前で憶えていてくれる、知らないおばさんがいる。
歩くと昭和の香りのビルがいっぱいあって、おもしろい。
写真に撮るほどかっこよくないけれど、
人情というほどの風情や情緒まではいかないんだけれど、
みんな自分をもっている。
薄味のようでいて、濃くて。
どの人からも学ばせていただくべきことがあって。
狭いこと、小さいことが、こんなにすごいなんて、びっくりなの。
Jは、まだこの町にいる。
生まれた町ではないけれど、ここが、
私たちの「ふるさと」になり始めている。
私はもしかしたらずっと、ここで、
成長するのかもしれない。
光栄に感じています。
2009年から特に強く導かれてきた。
じわじわ、でも、まだまだ。
まだまだまだまだ、「この道」の駆け出しです。
まだまだまだまだ。
でも、ずっとこの道を追いかけていきたい。
イエス様が手をひいてくれる限り。
私が間違えず、ついていけるといいな。。。