(新) 日本の黒い霧

日本航空123便ジャンボジェット機墜落事故の真相、その他の未解決事件、改竄された歴史について考える。

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JAL123便墜落事故-真相を追う-そしてミサイルは発射された(16)

2011-07-29 21:37:41 | JAL123便墜落事故
※被曝治療、人体の放射化など、核汚染に関する記事は「核汚染日本の再生」カテゴリーをご参照ください。1985年のJAL123便日航機事件と今回の福島原発の件は、根源を同じくする問題であると私は捉えています。

 * * *

このブログに古くからお付き合いしていただいてる読者にとっては、既に目新しい話ではなくなっていることですが、123便の墜落現場には123便以外の多くの機体破片が散乱しており、私たちの現地調査で収集され、その一部については国際軍事評論家のB氏の分析によって機種や所属まで判明していることは、これまでお伝えしてきた通りです。

これまで、私たちの調査活動に対し、一般の方から資料提供を受けることも度々ありました。今回お知らせする情報は、それらの資料の中から新たな墜落機種の断片が確認されたこと、そして、これまで墜落が疑われていた機種について、その信憑性を強化する更なる証拠が見つかったことです。


■報道ビデオに写り込んだ小さな水平尾翼

まず下記の写真1をご覧ください。


写真1:報道映像に映り込んだ小さな水平尾翼
    赤い線と寸法は資料提供者が描き込んだもの
    オレンジ色の線は計測用に筆者が描き加えたもの

資料提供者によると、1990年、TBSの「報道特集」で放映された123便墜落直後の現場ビデオ録画に、123便のものとは異なる機体が映り込んでいたと言います。親切に、赤い線補助線と寸法まで描き込まれていたのですが、実際の画像を見れば分かるように、「100cm(1m)」と「70cm」と記載されている赤線の長さの比率が、目分量でも明らかに間違っているのがわかります。背景に写る樹木の大きさから推し量れば、大体のところ 最長辺で1m前後であることは納得できるのですが・・

とりあえず、補足を入れずにこの画像をB氏に分析していただいたのですが、B氏の見立ては次のようなものでありました。、

「小型戦闘機の水平尾翼に見える。この画像から正確な判別は難しいが、1985年当時、日本周辺に就役中だった機種から選定すれば、アメリカ海軍のA4、または韓国空軍のF-5Eのものである可能性が高い。」


写真2:A4スカイホーク(左)とF-5Eノースロップタイガー(右)
    形状的にA4のものとは言いにくい

それまでの調査で、小型ジェットエンジンのものと思われる小さな径の空気吸入口グリルの断片などが見つかっており、F-5Eが飛来し、撃墜されている可能性は調査当初から考えられていました。しかし、この写真の小型水平尾翼と同様、他の機種(ヘリコプターのエンジンなど)と明確に区別することが困難なため、今に至るまでF-5Eが墜落しているとの明言は避けていました。

ところが、現在、私が避難先にしているフィリピンの公園に、退役したフィリピン空軍のF-5Eが展示されているのをたまたま発見し、水平尾翼の形状がどうなっているか、実際に手で触れながら観察してみることができました。その時、計測メジャーがなかったので不正確ですが手尺で寸法を測りました。測った部分は水平尾翼先端の縁の長さ、および機体側の縁の長さです。


写真3:公園に展示されていたフィリピン空軍のF-5E


写真4:展示機の水平尾翼


図1:水平尾翼の実測値

先端部と機体側の縁の長さを測定したのは、その比率を特定すれば、実寸値が曖昧な写真1からも、F-5Eとの関連が読み取れると判断したからです。そこで、写真1に両縁を示すオレンジ色の補助線を加えて、その比率を測ってみました。なお、尾翼機体側(下側)は枯葉などに多少埋まっていると見てやや下方側に補助線を、尾翼先端側(上側)は明らかに破損しているので、少し上方に補助線を引きました。写真1上の両縁の比率は次のようになります。

     先端側:機体側=1:2.8

一方、実測値から計算した比率は次のようになります。

     先端側:機体側=1:2.8

補助線の引き方に任意性が残ると批判はあるでしょうが、比率は実測値とほぼドンピシャです。これに、機体側縁長がおよそ1m前後であろうという写真からの判断、そして、何より、写真1と写真4とを見比べた時に、その形状がそっくりであるという見た目の判断から、写真1の水平尾翼がF-5Eのものであると、ほぼ断定してもよい条件が揃ったと言えます。御巣鷹事変を巡る新たな軍用機の墜落がこれで確認されました。


■説明困難なF-5Eの飛来と別機種

ところが、F-5Eが墜落していたとすると、新たに、軍事・政治的に説明困難な問題が生じることがわかりました。B氏によると、当時、とりあえず航続可能圏内にF-5Eを配備していたのは韓国空軍だけであり、仮に韓国から飛来していたとしても、長野・群馬県上空で戦闘行動をして本国に帰還するというミッションには無理が多いと言います(カタログ上の航続距離は3700kmあるが、戦闘時はその1/3程度。偵察任務なら飛来可能だ)。また、政治的には、韓国空軍が日本の上空を侵犯するというという国際信用上の重大問題が生じることになります。もっとも、その点に関しては、「韓国空軍は米空軍の指揮下にある(B氏)」という現実から見れば、事実上の米空軍とみなすことは可能です。

もう一つ別の可能性があるとB氏はいいます。米国海兵隊で訓練飛行に使われていた複座のT38がF-5Eとほぼ共通の機体設計であり、それが現地に飛来していたというものです。訓練機とは言っても、訓練飛行だけに使用されるとは限らず、現実には、連絡用途や偵察任務に借り出されるのは、むしろ軍事の常識です。御巣鷹で起きた急変に対し、米国海兵隊が持てる機材を急派し、情報を探ろうとしたのは、韓国空軍のF-5Eの飛来よりもより説得力のある話であると考えられるのです。


写真5:T38タロン複座機

いずれにせよ、F-5E、またはT38という非力な軍用機が現地に派遣されたという事実は、同機の担当任務が極めて限られていたことを物語っています。それと同時に、同機をどうしても派遣しなければならなかった背景として、私は、予測不能の展開に、米国軍内の慌てふためく様子が見て取れるのです(日本・ソ連側もそれは同じだったでしょうが)。

※提供された資料により判明したもう一つの事実については、次回のこのシリーズでお知らせします。


 * * *


これまで、123便の真実追求の大先輩、池田昌昭氏や、私たちの調査チームの他に、この事件を深く追う人々は極めて限られていると思っていました。しかし、これまで複数の資料提供を受けるに付け、この事件を以前から疑い、長い時間をかけて情報収集している方が少なからずこの世に存在していることを知りました。資料提供者には改めて感謝の意を伝えると共に、どうかいつまでも、気の毒な私たちの同胞のことを忘れないでいただきたいとお願い申し上げます。私は日本を助けたいと願っているのです。


PATER CLARIFICA TUUM NOMEN VENIT ERGO VOX DE CAELO ET CLARIFICAVI ET ITERUM CLARIFICABO
「父よ、御名の栄光を現してください。」すると、天から声が聞こえた。「わたしは既に栄光を現した。再び栄光を現そう。」
(ヨハネの福音書 第12章28節)


南の島フィリピンより
管理者 日月土
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