private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over28.11

2020-05-30 12:52:14 | 連続小説

 陽が沈んだあとも心地よい水温で、足を入れてても気持ちがいいんだけど、さすがに長時間ではふやけてくるから、プールサイドに移動して脚を伸ばして甲羅干し、、、 陽は照ってないから干せないけど、、、 をした。
 適度に冷えた脚が、まだぬくもりを残すコンクリートから熱を吸収して、これはこれでまた気持ちがいい。今日は久しぶりに走ったし、歩いたし、フェンスよじ登ったし、運動したあとだからよけいに爽快感がある。
 部活のときってハードな練習のあとにはアイシングもしたし、大切な試合の前にはなれない冷温の交換浴をして、疲労を積極的に抜くといいだなんて、聞きかじりでやってみたら体調くずして、なれないことはやるもんじゃないと教訓をまなんだ。
「そういうのって、ただたんに気持ちいいからやってたらた、またま効果があるってあとから知ることのほうが多いんじゃない。マリイさんから、のどに良い飲み物とか、肺活量がアップする運動とか、そうね、いろいろと、教えてもらったりしたけど、すでにやってたこともあったり、それは自分が本能的におこなっているのかもしれないし、心地いいから続けていたのがたまたまそうだったとか。知識として習得したこととか、言われてやってみたことって、どこかに強制力を感じて、それを無理にやるのがかえって苦痛なる。これも感じかたひとつなんだろうけど」
 感じかたで忘れられない記憶がある。その日、シューズを忘れてどうしようかって困ってたら、先輩が声をかけてくれて、そのひとと足のサイズが一致してるって以前はなしたことがあったのもあるんだけど、もう捨てようとしてロッカーに入れっぱなしになっていたシューズを、よかったらやるよって言ってくれた。
 使い古されてクタクタになっていたボロシューズで、今日一日履ければいいんだからって使ってみたらやけにフィットして走りやすく、自分のために開発され、熟成されたように思えたほどで。なによりも履いてて気持ちがよかった。シューズなのにサポーターを巻いているような感覚。
 それで、それからも自分のは使わずに、そのまま練習のときに履いていたら、タイムも目に見えてアップしていった。そうすると先輩が、どうしたんだえらく調子いいじゃないか、おれのシューズのおかげか? なんて笑って、おれもそうかもしれませんねって言ったけど、何がどう違うのか自分でもわからないままだった。
 感覚的な身の受け取り方って不思議なもんだなって、何が原因で結果が出るのか、その時のタイミングがボロいシューズだっただけで、でも本当の要因は別のところにあるのかもしれないし、ただ変化した自分に対して、その拠りどころが欲しくて、シューズに答えを求めていただけなのかもしれないのに。
「どうしたって、結論に対して原因がわからないままの状態に、非常な不安を覚えるものだから、こじつけでもなぜそうなったのかを自分に納得させる必要がある。自分の経験値にあてはまるものがなければ、本で調べたり、人に聞いたり、歴史に学んだり。そこにつけこむのは神の名を借りた迷信とか、進言とかね。自分の能力の進化だって信じられればいいんだけど、なにをしたからそうなったのかわからないって、偶然と実力のハザマで、どちらに振ったかで今後の自分の成長の度合いも変わってくる」
 そう、おれたちは都合のいいときだけ神に頼り、ダメになったときに神を捨てる。シューズの摩耗がひどくなり、アッパーとソールに亀裂が入ってきて、さすがに走るのには耐えられない状態になっていた。
 同じメーカーの同じシューズを購入して柔らかくなるように、足にフィットするように、手でもんだり、形をはめて伸ばしてみたりしたけど、同じ感覚は二度と戻ってこず、タイムがその時以上に良くなることもなかった。
 はたしておれのタイムがあがったのがあのシューズのせいだったのか、たまたまそういう時期だったのか、単にめぐりあわせだけだったのか、そういうのに引っぱられると過去の栄光と道具だけにすがりついてしまい、成長の本質を見逃してしまうってあるんだ。
 だから今回も、そこは過大評価せずに、偶然の一致ってことにしておこう。自分のからだにフィットするってのは、主観でありつつも客観であるのかもしれない。どれだけ自分が自分のからだについてわかっているのかなんて、思い込みの内でしかないんだから。こういう感覚が大切なんだ。実測ではなく速かったって感じを求め続けることが。
「そうね、そもそも基準値を置くことで、それ以上か、以下かってことに、こだわってしまい別の新しいモノが生まれる要因にはなり難い」
 朝比奈はいつだって、いまの能力にプラスアルファした成長を望んじゃいない。別の方法や、まったく違った方向からやり直して、いまを超えることを考えている。やりかたはどうだっていい。いまより成長できている自分があればいいんだ。
 校庭からの部活の生徒の声も、いつしかなくなっていた。おれはもうその渦中にいないことに寂しさを感じていた。ひとの声がとぎれて静けさが広がっていくと、物悲しさがただよってくる。みんなや先生が迷惑するだろうと遠のいた足は、本当は自分がその場でなにもできないことを再認識したくないからだ。
 夕方から鳴きだしたセミの声も、ヒグラシに代わっていたんだ、、、 夏の終わりが近づいているといやでも認識させられる。その場にいたときはなにもかも普通すぎて目にも耳にもとまらないあれこれが、いまはすべて特別なこととして記憶に刻まれていく。
「ヒグラシってさ… 」
 そう切り出してきた。朝比奈がセミについてなにを話そうってんだと、おれはけげんな顔をしていたんだ。だからなのか朝比奈も続きを話すのに少しためらいがあったみたいで、おれがまた気のないふりをして、視線を切るまであいだがあいた。
「 …初夏から鳴いてるんだ」
 えっ、そうなの? 思いもよらぬ物知り博士っぽい情報は、これまでにない種類のネタだった。バツが悪そうにくちびるが尖っていた。それも可愛すぎて、おれはそのくちびるをいただいてやろうかと身構えたところで長い脚が、、、 すっかり水気が飛んだ脚が、、、 脇腹をおさえてきた。
「いろいろと勘違いするのもホシノの主観ひとつだけど、べつに昆虫情報を伝えたいわけじゃなくて、初夏は他のセミが、つまりアブラゼミが、それがうるさすぎて聴こえないだけで、ヒグラシも鳴いてるの。夏が終わるにしたがって、ほかのセミがいなくなり、ヒグラシの声だけが残り、それがいつしか晩夏の象徴になっていくプロセスがね、いろんな示唆をふくんでいるようで面白いのかな」
 この国の民の指向としては、どうしたって少数派には肩入れしたくなるし、最後に立場が逆転して風物詩として語られる存在になるなんざ、この国民性の琴線にふれやすいデキたストーリーじゃないか。
「桜があれだけ愛でられるのも、冬から春に切り替わるあの時期に、パッと咲き、そして儚いほどパッと散るところが美しくもあり、無常を感じるところでもある。そのなのも含めてそういうのって人の感じ方だけで、自然はあくまでも、ただ単に自分の生態をまっとうしているだけなのに」
 それを感じられるのが人間だけで、じゃあ人間が表現する生態は、いったい誰が関心を持ってくれるのかといえば、それはやっぱり人間でしかないわけで、どんなカタチで心を動かしてくれるのかは、やはりその人の持つ人間性が大いに影響をおよぼすだろう。
 自分の立場を考えればそれは相当に難しい状況で、華やかさはあっても、それはハナに着くもので、人の情に働きかける儚さも、弱い立場から逆転するストーリーを持ち合わせているわけでもない、、、 どちらかといえば強者の立場だ、、、 イテッ、、、 するどく鋭利なヒジが飛んできた。
「それは自分が一番わかってるよ。でも、いまさらね、人格を変えることも、他人に迎合することも、ありもしないストーリーをでっちあげることもできない。いまの自分をつくっているのは、良くも悪くもこれまでの自分でしかない。なにかを成し遂げるために、それを曲げたって、それは過去の自分の信念を裏切ることでもあり、未来に得るものもない」
 ああ、なにを聞いても耳が痛い。おれにこの芯の強さがあれば、もっと有意義な陸上部生活が送れたはずだ、、、 してないから、いまのおれがある、、、 教訓通り。
「そんなのは、誰にだって、もちろんわたしにだってあるよ。どれだけ完璧にやっているようでも、あとから考えれば、もう少しこうしておければよかったとか、もっと別の方法があったとか、やりきったと思えたことは一度もない。自分に厳しいのも、ありもしない理想を求めてるのかもしれない。でもね、そうね、でも、それがなくなっちゃもう、生きてる意味はないから、レベルがどこだとしてもそこは変わらないんじゃないかな」
 だからこそ、自分を高めようともせず、誰かをおとしめるこで自分のポジションを確保しようと、時間と生命を消費しているヤツらを理解できず、悲しみとしてみている。対立するのではなく、自分を見せることでそれを理解して欲しいと思っている。それを明日、成し遂げることができるか、、、 なんだか盛り上がってきたなあ。
「だれも自分をわかってくれないのはあたりまえだし、共感があってもどこまで本当かはさだかではない、かえって、その気持ちが相手を不安にさせることだってある。感情だけがわたしたちの喜怒哀楽を制御している。その背景にあるものはひとそれぞれ、それがあるときだけ、ひとつになってしまう。それが、ねっ」
 音楽の力だと、、、 できすぎじゃない?


Starting over27.31

2020-05-23 12:13:39 | 連続小説

 ふたりで学校のまわりをぐるりと一周した。運動場からはクラブ活動の生徒の声が届く、校舎からはブラスバンド部の管楽器の音色がこぼれてくるし、こりゃやっぱり校庭に入るのは難しそうだ。
 おれなんか陸上のヤツらと顔を合わせば、退部以来顔も出したことがないのに、いまさらなんだって言われるだろうし、顧問の先生にとっちゃもっとも現れてほしくない厄介者だから、煙たがれること必至。
 朝比奈はそんなことおかまいなしに、観光でもしているように興味深々で闊歩している。おれなんか部活の練習で、学校の周りをランニングするなんてイヤになるほどやってきた、、、 ほんとうにイヤだったんだから。
「思ったより広いね学校って。一周するのにこんなにかかるなんて思わなかった。こういう視点から校舎を見ることもなかったから、そりゃホシノみたいに毎日何周も走るのは遠慮しときたいけど」
 今日、公園走ったのとはわけがちがうしな。たしかに朝比奈からは体育系の香りはしないけど、なんでもそつなくやれそうな気がすし、勝負したら負けそうな気がする。そういう存在感を醸し出す雰囲気って大会なんかでは大切なんだ。
「そう、なの。わたしは初めてだからめずらしいだけなんだけど、そりゃ来る日も来る日も息切らしながら何度も見たい景色ではないな。なんだかさ、昔のままの格子アミになってるところ、コンクリの壁が歪んでいるところ、新しくスチールで目隠しのフェンスになっているとこもあって混沌ぐあいがすごいな。どういう意図をもってこの状況になりえたのか、この外壁の補修経歴があれば見てみたいぐらい」
 どんな意図があってこういった外観になったのであろうが、毎日、毎日苦痛とともに見てきた風景には何の思い入れも持てなかった。むしろ、ああまだここか、とかまたここかとか距離を測る場所でしかなくなっている。それがおれの人生にも反映されているって言われているようだ。
「そういう感じかたが自然に出てくるのって成長なのか… あっプールがある」
 緑色のスチール柵に覆われた中から、水を弾く音や、ラストーと声がとどく。水泳部が練習してるんだ。夏だしな、ここ走るときだけは楽しみっだったと、埋もれた記憶がよみがえってきた。柵とコンクリート隙間が、少しあたまをさげると目線の位置にきて、中の様子が伺えたんだ、、、 コイケ先輩スタイルよかったな、、、
「ハハッ、よかったね。いい想い出もあったみたいで。水泳部、もうすぐ練習終わりそうだし、ココにしようか。涼むのにも丁度いい」
 プールで、丁度いい、ここで、なにするんの、まさか、おれとふたりでプール遊びを楽しみたいとか、水着ないしなあ、もしかしてハダカのままでとか、それでそのあと、あんなことやこんなこと、、、 ああ、こういうときだけ思考のスピードが速くなる。
「そうね、明日のイメージを高めながら涼をとるってとこかな。この展開は予想してなかったから、今日は水着持ってない。よってホシノの妄想は成立しない」
 ハワワっ。昨日は野球グランドでまさかの上半身水着ドライブで悩殺されたし、今日も図書館の公園でショートパンツとノースリーブで刺激的だったが、まさかの学校のプールっていうシチュエーションは予定になかったか、、、 あたりまえ。
 朝比奈はコンクリの壁に背を持たせかけ、遠い街並みを見ていた。キラキラと太陽を反射する窓ガラスや瓦、鉄のフレームなんかが視線に入るたびに目をかしめさせた。光の強度も夏休み前よりは鈍っているようだ。夏休みがもうすぐ終わろうとしている。
 プール、子どものときよく行ったな。小学生なんか夏休み中は、近くの区民プールまで自転車こいでほとんど毎日行っていた。子供が多すぎたから30分で出ないといけなかったからあっというまで甲羅干しするまもなかった。
 それでもプールのあとに近所の駄菓子屋で飲んだチェリオの味は格別だった。あのとき以上のうまい飲み物はあれから味わったことがないし、あのころのおれは、それが生きてるって一番実感するときだった、、、 もちろんそれだけでは終わらない。
「それがよくある夏休み想い出だね。ドラマや映画、ひとの話から知りえる世界だな、わたしにとってはね。学校のプールには入ったけど、市営プールとか行ったことはなかった。家の方針でねスクールに通ってたんだけど、そういった細部な差異が大きくなってから共感を得られない要因になるなんて親は思わない」
 朝比奈のスクール水着は、さぞかし見ごたえがあるだろうなと思いつつ、家の方針、、、 これは深く訊いちゃいけないところだ。星野家でも独自のルールがあるように、朝比奈家にもその家系を維持するためのルールはあるはずだ、、、 もっと厳格な。
「そういった家にまつわる課題は多かれ少なかれ誰にだってあるもんで、それを全員横並びで語ろうとすると、様々な偏見がうまれながらも経済的には効率はよくなる。だからね、この世は平均という名の強制的な基準が存在し、そこにはまらない人間を排除することで基準を保っていく社会的抑圧が発生する。それはみんな自分の弱さからくる不安に立ち向かえないから。むかしから呪いとか、祟りとかと言葉を変えて自分たちの不義の果てを正当化して、無効化してきた文化が根付いている」
 それはプールのことだけに限らず、朝比奈の家の方針や、生活環境、はたまたにじみ出る外観美から、身にふりかかったこれまでの理不尽があるんだろう。親に抑圧されていたのか、その親も含めた家族の血筋に縛られていたのか。
「おかげでね、ひねくれた性格になって、こんな話をする友達もいなかった。ホシノはね、その点、役立ってるよ、大いに。その動機がどこからきているのは詮索しないけど、よけいなこと言わずに話を聞く姿勢は心地よかったりする。言葉にすることで新しい発見もある」
 あっ、やっぱりソコ、、、 
「だってね、わたしたちっていろいろいるから面白くて、発見があり、自己成長につながる。自分と同じ考えの取り巻きのなかで生きていくのは簡単だけど、そこで得られる刺激は皆無にひとしいでしょ。ちがう反応が自分の凝り固まった方向性を広げてくれる。すべてを迎合する必要ない、自分のリテラシーで取捨選択をすること自体が大切なんだけどね。それが極端だとわたしみたいにまわりに誰もいなくなってしまう」
 その点はおれもあまり大差ないな。部活をやめてから特にそう感じるようになってきた。共通の話題がなくなれば話すこともなくなり、話のレベルが自分にあわなければ同意もできない。それは相手にとっても同じだ。
 風がはこぶ空気の匂いが夕方の香りになってくるにつれ、プールから届く水のハネる音も少なくなってきた。今日の練習も終りに近づいているんだなんて思っていると、あがるぞーとか声が聞こえて、ひとが移動していく気配が伝わってきて静けさが残った。
 朝比奈はこちらを向いて時期来たりとばかりにニヤリとした。どこから潜り込むつもりなのか、こうなると、映画のワンシーンのようで、敵の秘密基地に忍び込もうとする屈強なる女スパイ、、、 女スパイって、いい響きだ、、、 とアシを引っ張る役立たずな助手、もしくは物語を悪い方向へ誘導する事件の依頼人、、、 だいたいアクション映画って、ひとりから数人のおバカさんのせいで主人公が窮地に向かって物語が進んでいくんだよな。
 その気になって壁を背にして周囲を気にしながら横歩きしていると、そのほうが目立つなと、一刀両断された。朝比奈はスタスタと一定の歩幅を保ってきれいに歩いていく。おれはしょんぼりしながらそのあとを続く、、、 まさに役立たず、、、
 最後の部員が更衣室をあとにするのを見届け、朝比奈はフェンスをよじ登り始めた。あっそこから行くんだと感心してると、潜り込むって感じがするでしょと涼しい顔で言われた。結構、楽しんでいるようだ。
 身軽にひらりとプールサイドに降り立つ姿は、スパイというより女忍者、くノ一っていうほうがピッタリくる。おれはそのあとをモタモタと追いかけ、なんとかフェンスをまたいで向こう側に飛び降りた。その際、前のめりになり、したたかぶつけたヒザを擦りむいた。
「ホシノぉ、ホントに陸上部だったのか。運動神経悪くないか」
 それは、いろいろな条件のもと、そうなったわけで、その大半は良いとこ見せようとするカッコ付けなんだけど、ご多分にもれず腰のせいにしておいた。
「ほんとお、まあいいけどさ」
 朝比奈はどうでもいいおれの言い訳を、サラリとながして、片手をのばしてバランスを取りながら片方のシューズとソックスを脱ぎ、そしてもう一方も同じようにしてはだしになり、プールサイドに腰かけて足を水につけた。
 おれはプールに転落するのをおそれ、プールとは反対側に向いて腰を下ろし、はだしになってからクルリと向きをかえて足をたらした。夏の日を受けてぬるくなった水でもそれなりに気持ちはよかった。それは隣に朝比奈がバシャバシャと足をバタつかせ、水をかいでいるからだろう。
 プールからは塩素の匂いが太陽の熱とともに昇華してくる。プールサイドの灼けたコンクリートからは水が蒸発する臭いが漂うし、レーンを仕切るプラスチックからも化学物質が気化してるだろう。それもみんな、朝比奈の皮脂が焼けるあまい香りがすべて打ち消していく。
「いいね、こういうの。夏っぽい。いままでの人生の風景にはなかった絵だ。いい記憶になって残りそう」
 キラキラと光る水面に、朝比奈の桜貝のような足のツメが揺らいでいた。海外の絵葉書を見ているようだ、、、 海外の絵葉書、見たことないけど、、、 おれはいい記憶に残すより写真にとって残しておきたいと、さもしい考えしかうかばない。


Starting over27.21

2020-05-16 12:30:17 | 連続小説

 熱せされたアスファルトがスニーカーの裏からも伝わってくる夏の午後に、そんな道路をおれたちは歩いていた。どこへ向かっているかといえば学校で、学校に向かっていると知ったのは、通学するときに使っている駅のホームに降り立ったときだ。
 朝比奈のあとついていって、ついていくといった手前、ついてくしなかく、この駅について電車に乗るって言い出すからさすがに不安になってきた、、、 どこ行くんだ、、、 従順な下僕のくせについ聞いてしまった。
「ガッコウ。ホシノは、いつもこうして学校に通ってるんだ」
 最初にガッコウって言われて、学校を想像できなかった。妄想はできても、想像するのは苦手だ、、、 このくだりも多いな、、、 特になにもないところから必要とされているものを生み出すのは苦手だ、、、 この国の教育制度の成果のひとつ、、、 なにもなくても批判や他人のせいにもできる。
 電車がグラリと揺れるたびに両足で踏ん張って、ドアについた手に力をこめる。朝比奈はドアを背に遠くを流れる景色を目で追っている。その表情はおだやかで、おれのムチャな提案もいまやすっかり飲み込んでしまったようだ。
 朝比奈の長い首の中心でのどがこまかく動いていた。夏休みの前に窓の外に目をやりながらしていたコト。
「心が開かれると、自然と歌いたくなる。歌えない場所もあるから声に出すことが叶わないときもある。それが次に歌うときの力量になる。そう、我慢してるんじゃなくて好きなことを蓄えている。でも時々ね、もしかしたらいまがこれまでの最高の声が出るかもしれないって思うことがある。いまを逃したらもう二度と出せないかもしれない。そう苦しくなる気持ちを抜こうとしているのかもしれない」
 電車は通過する小さな駅を抜けていく。ベンチでも待つ人がふっと止まらない電車を見上げる。朝比奈のめずらしく弱気な発言を耳にした。おれにも部活時代にそんなことは何度もあった。練習中にいま大会だったらいいのにと、朝比奈にもそういう気持ちがめばえるんだ。同じような一日のなかで生まれた異質にどう対処すればいいか戸惑っている。
「それ、すごくいい表現。だって、わたしたち人間は同じことを繰り返してることに安心してるでしょ。同じ環境にならない異質を取り除こうとする。もしくは解放しようとあせりだす。それらと交わることによって新しい自分と未来が見えるのに、同じ毎日の中で埋没する安心感から抜け出せないのは、手に入れているものを手放した先が想像できないから」
 そうであれば、おれにとってこの頃は、毎日が新しい一日なわけで、なんとなく当たり前のように迎え入れていたこれまでとは違い、なにが起こるかわからない、日々新しいなにかをしている日々は刺激があった、、、 それがたとえ朝比奈振り回されているのであっても、、、 それもいつかは日常化して埋没していくんだから、そうなる前になんとかしたい。
「集中しているときだけ味わえる感覚ってあるでしょ。すべてが自分の味方をしているように思えてくる。自分がやるべきことをやりきったときだけに訪れる至福のとき。それを繰り返せば同じ状況はいつだって創り出せるのに、どうしても自分への甘さが出るもんだから、その境地に達するのは偶然の一回ぐらいでしか遭遇できず、だからチャンスは何度も訪れるわけじゃないし、来たとしても自分の意に沿ったものとは限らない。いい流れが来てるんだと思うんなら、せいぜいあたまを働かせるべきじゃない」
 朝比奈と一緒だったことで新しく生み落とされたおれならば、ずいぶんと感謝しなきゃいけないわけで、それだけでいいわけじゃないとわかっているけど、ないそではふれない、、、 ない脳はつかえない、、、
「ハハッ、わたしのことは大丈夫よ。ホシノは十分、わたしの脳を刺激してくれてるから。そういう言いかたは遣われているようでイヤでしょうけど、悪いほうに取らないで」
 いえ、そのお言葉だけで充分です。イヌとして仕える身ではありがたすぎるお言葉。ここ一番をモノにする気概がなければ、単なる一回に成り下がってしまい、これまでのおれは、その回数だけを重ねてるだけなんだから。
「ついたわ」
 電車が学校の最寄り駅に着く。朝比奈は半身をずらしてドアから離れるとタイミングよくドアが開いた。そのまま反転してひらりとホームに降り立つ動きもサマになっていて見入ってしまう。それに、それよりもなによりも朝比奈と一緒に登校する、、、 登校ではないけど、、、 一緒に学校に向かうことになるとは夏休み前までありえない状況だ。マサトとなら何度も歩いたこの道も、景色が違って見える、、、 昼過ぎだしな、、、 
「ここの空き地って、なにがあったか覚えてる?」
 何度も、通学で通った道なのに、目の前にある広大な空き地に、以前の建物が浮かんでこない、、、 本当に景色がかわっていた、、、 朝比奈に聞かれるまで気にもしなかった。工事してたっけ。無くなる前まではあって当然で街の風景に収まっているのに、なくなってしまうと空き地であってもなんの違和感もなくなってしまう。
 おれは自分の記憶力を棚に上げて、こうして知らないうちに無くしてきた大切なモノって、これまでも数多くあるんじゃないだろうかと。だとすれば、おれたちは実体のない世界に生きているってことで、本当に必要なものは限られていて、それ以外は夢とか想像の範疇と同じようなものだ。
「朝が来て、学校に行ったらいきなり無くなっていればいいのにってよく思ってた。今日みたいな場面にでくわすことはあるんだけど、なんにしろ無くなって困るのもなんてないわけで、かわりになるモノはいくらでもある。もしくは自分がその中での存在から消えてしまえば、風景自体が目の前から無くなるのと同じで、無くなったモノがなんであれ、依存するヒトの弱さを憂いでいる。その弱さが、モノがなくなるのを怖れて、必要でないものまで作り続けたり、維持したりして、ひいては環境から世界を変えてしまう」
 さっきの話とつながっているのか、その言葉になにが含まれているのかなんて、おれにはわかるはずもなく、もしかしたら学校が生み出す、あまたの人間に対する悲観的なお言葉なのかとか、その生産物になりたくないための途中退学の理由づけとか、そんなふうに考えてみた。
 そういうことだって、漠然とした一回を繰り返してきたから至ったわけで、ムダではないんだって、そう思いたい。なにがベストなのかそれは数字で認識するものではない。すべてはからだに伝わってくる感覚だけがたよりなんじゃないだろうか。
 数字にとらわれるとそこが基準となり、多少の誤差の範囲なら正しくやれていると思いこんでしまい、からだが求めているところとズレていたとしても、あたまが無理に納得させてしまうことってあるはずだ。
「この時間だと誰か彼かいるから。当直の先生、部活の担任とか練習中の生徒。教室には文化部系もいるだろうし」
 そうだろうけど、そこにおれたちふたりでフラフラと校内にいるところを見られれば関係性が疑問視されるな。それで翌日騒ぎを起こせば計画犯だと思われるか、、、 見られなくても計画犯だ、、、 あまりにも不釣り合いなおれたち。意外性しかない。
「片棒は担がせるけど、共犯にさせるのは少し抵抗があるし。内申とか就職に響いても悪いから、それにわたしとしてはホシノのお母さんに申し訳が立たない。なんて、なんにしろ人目につかないほうがいいのは間違いない。ホシノが自分の都合のいいように取るのはかまわないけどね」
 なんだかいい感じじゃないかと、言われなくても自分の都合のいいように取っていたおれは出ばなをくじかれた。母親は朝比奈だけに背負わせちゃ、おとこらしくないとか言い出すだろうから、ここはやはり主犯でもいい覚悟でいかなければ、、、 っておれのほうが目立っちゃダメだろ、、、 足手まといぐらいにしかならんだろうけど。
 正門の前に立ち止まった朝比奈は校舎の屋上を見上げていた。それでおれもつられて見上げていた、、、 なんで、屋上なんだ、、、
「そりゃ、歌うなら屋上でしょ」
 そりゃそうだ。ここが朝比奈にとってのアヴィロードスタジオになるんだから。


Starting over27.11

2020-05-09 10:45:27 | 連続小説

「おとこって、カッコつけだから、いろいろとめんどくさい儀式を持ち込んだりする。そうね、結果が良ければ経過にはこだわらない。そこはホシノの判断だから」
 と、思った通りのドライな反応だった。自分が気づいていない、外から見た印象を伝えて、そんな見えかたにとまどいながらも、見い出してくれたおれに感心するみたいな反応が欲しかったんだけど、、、 めんどくさい儀式で終わった、、、 そんなんで、感心してもらおうだなんて甘い考えだったか。
「芥川の小説に仙人というのがあるけど、ホシノはネズミ遣いの芸人だな」
 アクタガワ、、、 どんな話かしらないけど、たぶん誉められていない。
 おれたちは通りがかりの広場のベンチに座った。途中の自販機で買った缶コーヒーをそれぞれ持って、朝比奈は外したプルトップを人差し指に差してコーヒーを飲み始めた。なるほど、そうすれば飲み干したあとに缶に戻せばいいから邪魔にならないし、飲んでるあいだにジャマなプルトップにわずらうことも、気づかずなくしてしまうこともないから、たいした生活の知恵だと、おれも真似して小指につけてみた。
 なんだかこうしてふたりで同じ輪っかをはめてると結婚指輪みたいだとか、それじゃあ夢見る少女のノリだと、反り返ったアルミの開け口部分が鈍く光って安っぽいことこの上ないのに、そんな同調効果で一体化を喜んでいるのはおれだけで、朝比奈はおれの指先に冷たい視線を送っている。
 それにしても明日の全校集会はユウウツだ、、、 漢字がイメージできなかったから、カタカナにしたらあまり重みがない、、、 どうせ校長とか学年主任とか、これを機にいっそう気を引き締めて、残り少ない学校生活を有意義に、なんてそれぽいことを言うだけだし、そんな正論だけを聞いて終了ーっ、なんて、おれにだって想像できる。
 そうだなあ、そこで朝比奈がマイク取り上げて、カラダが自然と動き出すような一曲を披露するなんておもしろいだろうな。それで生徒も盛り上がっちゃって、全校集会をのっとっちゃうってのは。なんて思ったのは、いろんな失敗をごまかすためもあった。
 昨日、マリィさんとケイさんから訊いた朝比奈のオーディションの話にもつながる。おれはこれまでとかわらずダラダラと、何かが動くの待っているだけだったから、ここはやっぱりマサトを使わせてもらおう。それが持たれつ、持たれつ、、、 持つことはない、、、
 これで普段の貸し借りなしで、お互いさまってやつじゃないか。この先なんど人生の岐路に立たされてもおれは、マサトをダシにしてくぐり抜けていくつもりだ、、、 なんの宣言だ、、、 マサトの事故から発生した全校集会を、これをセングウイッサイのチャンスとばかりにひらめいたのは自分自身でも以外だった。
「千載一遇… 」すかさず指摘された、、、 言えてない、、、 四文字熟語。いろいろと含めて先が思いやられるといった顔つき。
「ホシノさあ、サラッとハードル高そうなこと言ってくれちゃって。あの学校でのわたしの立場わかってるよね? 緊急連絡網にも引っ掛からないコだけど」
 だよ、なあ、だれもが朝比奈の存在を疎ましがっている。そこでなにをやらそうっていうハナシだ。でもそれが、完全に敵対する状況の中で勝負できる。このオーディションの意味ってそういうことだったはず。そこでさっ、ここで一発、朝比奈がでかい花火を打ち上げれば、最後の夏休みの思い出に大きな花火をドーンとあげられるのは、、、 朝比奈だけだ、、、 って、背負わせすぎ。
 どうしたっておれだけが満足するだけの希望的観測なんだろうけど、おれの想いはみんなにも朝比奈の歌声を聴いて欲しいってことだし、それをやって、ニューヨークに行ってしまうのって、すごいカッコよかないだろうか。
「好きなようにいろいろ言ってくれちゃって」
 言葉とは違い、朝比奈の顔は悪い顔をしている。あたまのなかでいろんな打算が練られているんだ。コーヒー飲むとアタマがスッキリするっていうけど、それに頼るまでもなくふだんよりも冴えわたっていそうだ、、、 これってもしかしてやる気になってるんじゃないだろうか。
 めずらしくおれも神経の隅々まで感覚が研ぎ澄まされているのがわかり、指先にまでしびれるように伝わってくるのが普段ではない感覚だ。こういうのって前にもあった、、、 なにかが始まろうとしている感じ、、、 なつかしい。子どもの頃ってこういうのに満ち溢れていた。そのときはわからなかったんだけど、あのころのおれって無敵だったんじゃないだろか。
「そんなに、あわてないで。おなかが空いてるのはわかるけど、カラダに入れても消化できなきゃ実にならないでしょ。それに、本当にいま吸収しているモノが正しいのか、疑ってみる必要もある。間違ったモノを吸収すればカラダに毒なだけだから」
 きっとこれも、朝比奈の言うところのダブルミーニングってやつだ。おれは自分だけ舞い上がって、うまくできてるつもりでも、傍から見ている朝比奈にはアラがいろいろと目についているんだ。そりゃそうだ、思いつきで言ってることで、でもそれをなんとかカタチにしてくれるのがスーパースターになれるかどうかの分かれ道じゃないか、、、 とか、こんどは押し付けすぎ。
 おれはこれまでだって、そんな失敗を何度も繰り返していた。とくに調子に乗ってうまくやれてるって勘違いしてると、あとからとんでもない状況に陥っているなんてのはよくあった。自分の視界で見えてる部分は、そうなると狭くなっていくばかりで、まわりからみれば滑稽にしか見えないってヤツだ。
 朝比奈はさすがの洞察力で、しかも自然におれのまずいところを示してくれる。いつだって、どこにいたって。空気をつくらなければ興ざめになるんだとか、強く押していけばいい時だとか、なににしても、精神面のゆらぎに左右されて、いい時間と悪い時間とのギャップがありすぎれば、自分の気持ちだけで先走っても相手をおもんばからなきゃ効果はないってとこか。
 おれは弱いところを見せないように、でもそれはみんなにバレているって云うのに、それで自分の力が出し切れていないってわかっていても、それぐらいしかできなかった。自分以上を出すために、いまの自分の力を出し切れていないなんて、意味がないんだけど、どうしてもそこらか抜け出せない。
「それが、すべて悪いわけでもない。自分以上を出そうとしない限り、自分の限界は超えられないんじゃない。動機が何であれ限界の向こうに行くことだけが、新しい自分を見つけられる唯一の方法だとすれば、そうでしょ、いつまでもいい時ばかりを思い起こしてちゃ、それ以上になれない。だからね、むかしは良いものだって、誰もがそう思うものだから」
 唯一の方法でないのかもしれない。でもおれにはそれしか思いうかばない。だからイイ格好するのも善し悪しで、それで結果が出れば正解になる。世にいうスーパースターってヤツは、そういうプレッシャーを力に変えるんだって、いま間近でそれが進行している、、、 おれはスーパースターじゃないからな、、、 かすりもしないし、、、
「そうね、いいかもね、なりきるのも。それが推進力になれば。新しい世界が見えてきそうだな。それはホシノがくれた推進力か」
 朝比奈はそう言ってベンチを立った。朝比奈はおれの手から空き缶を取り上げ、指から外したプルトップを中に放り込んで、おれの指にかかっていたのも、あえなく外され投げ込まれた蜜月は無理やり終了させられた、、、 蜜月だったか?
 空き缶をふたつ持った朝比奈はゴミ箱に向かった。置いてきぼりにされたおれは、朝比奈の動きを目線で追いかけた、、、 いつだって後追いで、そっちのほうでも置いてきぼりだ。朝比奈は一歩づつ、歩を進めて、ゴミ箱の底に空き缶をひとつ置いた。長い手と足が緑葉を背にうつくしいシルエットを映し出した。こちらを向きなおる。
 もうひとつの空き缶は、伸ばされた手の先にある。もう一度、脚を折り曲げることもなく空き缶を据えた。ふたつに折れた身体はバレエのフィニッシュを観ているようだ、、、 バレエ観たことないけど、、、 久々だなこの流れ。
 ゴミ箱の底に置かれたふたつの空き缶は、何かを暗示しているんだろうけどおれにはピンとこない。なんだっていいじゃないか、もうついていくしかないんだから。朝比奈がおれを呼んでる限り、必要としている限り。いまはこうして朝比奈と横並びでいる時間が大切に思えた、、、 置かれた場面が気持ちを上回っていく、、、 こうして自分史に書き込まれていくのかな。
 大きすぎる幸せは持ち切れなくて、どうにも素直に喜べない。それなのに小さな幸せをあきれるほど喜んでしまう、、、 そう、わたしの気持ちも考えて、、、 朝比奈は笑っている。おれはなにか間違った感情を持っているのだろうか。なんにせよ、もう後戻りもできなくなったのは間違いないんだから、、、

 


Starting over26.31

2020-05-02 16:24:43 | 連続小説

「おうっ、星野クン。久しぶり」
 
そう言った電話の向こうは学級委員長の窪寺だった。マサトでないことに動揺しつつ、一瞬のあいだにおれは電話の内容をいろいろと思い浮かべた。例えば、なにか頼まれごとを忘れていたとか、夏休み中の回覧物を放置してたとか。
 いや案外、夏休み生活状態の確認とか、勉強のはかどり具合ととか、委員長の責務としてクラスのできないヤツらに注意喚起を促しているなんてありえる。そんな先生の評価をあげるようなポイント稼ぎがうまいヤツだし。
「キミのお母さん若い声だねえ。おねえさんかと思ったよ」たぶん母親にもそれ言ったな、、、
「いやあ、みんななかなか自宅にいなくてさあ、まいったよ」前置きが長い、、、
「緊急連絡網なのに、ボクがほとんど掛けてるんだよ」誉めて欲しいのか、、、
「谷沢クンって、キミの親友だよね」マサトのことだ。シンユウ? ではない。単なる腐れ縁だ、、、
「なんか、カレ、ジコしちゃったみたいで」、、、 ジコ? 自己しちゃった? なにか開示したのか。
「就職に有利だからって免許なんか早くとってもロクなことないね。夏休みにクルマ運転して事故してちゃ就職にもひびくでしょ」免許。クルマ。事故、、、 マサト、まだクルマ買ってないだろ。
 そこで昨日のマサトとの別れ際がフラッシュバックした、、、 クルマのキー、どうしたっけ、、、 わきの下に嫌な汗が出る。朝比奈がしたり顔のままスッと廊下からフェードアウトしていった、、、 さっきから妙に意味ありげな態度だ。
 それにしても、事故って。マサトの様態とかどうなんだ。
「そこまではねえ。入院したって聞いたけど。それでさあ、あしたアサ8時に全校集会するから登校してね。ああ、あと星野クンも次のひとに連絡お願いね。ボクはまだ10人ぐらいに掛けないといけないから。じゃあ、よろしくね」
 そう言って電話は切れた。10人に掛けるのがぜんぜん苦に聴こえない、、、 むしろ楽しげだ、、、 本人の様態も確認せず全校集会とかって、まずはカタチから入るんだよな、それでマサトはいいエサになって教訓のネタになってしまうだろう、そのほうが事故のケガよりもっと痛くからだを傷つける。
 それにしても緊急連絡網か。夏休み前にもらったと思うけど、どうしたっけ。どうせカバンの中に入れっぱなしだ。次に連絡するやつだれだっけ、、、 探すか。あまりにも衝撃すぎて心配事を違うところに求めるパターンだな。
 おれはどうするべきか、、、 もちろん緊急電話のことじゃない。ここは朝比奈に相談すべきか。受話器を持ったまま戸惑ってると、母親が何があったのと興味津々に顔を寄せてきた。おれの電話での反応がいつもと違うから気になっていたんだ、、、 つーかずっと聞き耳立ててたな、、、 おれはそんなまわりの反応に対処できるほど冷静ではいられなかった。
「えーっ、マサトが、クルマで事故。あのコ、クルマ持ってるの?」
 それだ! その言葉でクルマのキーのことを思い出した。そうであって欲しくないと気持ちがあせる。それは自分の失敗がからんでくることに対する罪の意識が背景にある。そう言えば買い物の帰りに救急車とかの音がしてたとか言い出す母親のほったらかして、おれは二階へと階段を駆けあがった。
 あのとき朝比奈は事故現場を避けておれの家に向かった。面倒にかかわるのが嫌だったとそのときは思ってたけど、それだけじゃないような気がしてきた。いやいくら朝比奈だってそんなことを仕掛けられるわけないだろ。
 とにかく今は鍵だ。部屋に戻った俺はあたりを見回す。どこにしまっておいたっけ。あっ、あそこの中だ、とラックに引っ掛けてあるディバックをつかみ取り中を探った。クルマのキーはない。あっ、緊急連絡網あった。おれの次はマサトになっていてそれで最後だから、もう掛ける必要ないじゃん。ホッ。ホッじゃねえって。
 マサトのヤロウ、ねらってやがったんだ。気のないそぶりして勝手にキーを持ちだしていきやがった。キョーコさんから授かった永島さんの遺品をこんなカタチで使うなんて。それで事故してちゃどうしようもないだろ。おれだってキョーコさんに合わせる顔がない、、、 会うことあるのか、、、 この話がスタンド経由でキョーコさんに届く可能性はあるな。
 おれがうかつだったんだ。マサトはクルマを運転したがっていた。それも買いたいと思っていたクルマの先輩格にあたる。永島さんの遺品だし、これだけ条件がそろっていてなにも起こらないわけがない、、、 と、コトが起きてからはどんな紐づけだって可能だ。
 おれがバックを握りしめたまま茫然としていると、たぶん茫然としていた、それ以外に今この状態でおれができることはなくって、だからそこに朝比奈が覚めた目つきでおれを見ていても気づかないぐらいだった。
「お母さんからだいたいの話しは訊いた。ホシノ。ちょっと出ない」
 その言葉でおれはようやく意識を取り戻していた。バックを持ったまま、朝比奈にひっぱられるようにして階段を降り、廊下を進み、玄関を出て家の外に出た。途中母親と目が合った朝比奈は、ちょっと出てきますと声をかけただけなのに、それが正解だと言わんばかりと軽く会釈をするし、玄関の子猫に一瞥くれると、いってらっしゃいとばかりに“ミャア”と声をかけてきた、、、 おいおい、この家の主は誰なんだ、、、 
「カレ、マサトの様態、気になる? 病院もわからないし、行ったとしても今日はまだ迷惑になるだけだから、それは考えないほうが良いね」
 それは正論だ。おれがのこのこ行ったからってなにがどうなるわけでもない。ただ、ケガの程度は知りたいところだ。それは自分のミスがからんでいるからで、そうでなければそこまで心配していないかもな、、、 マサトだし、、、
「そうか、そういうことがあったんだ。で、自分がそのインシデントになっていることに責任を感じている」インシデント、、、 ってなんすか。責任というより失敗をチャラにしたいだけだ、、、
「家に行く途中の騒ぎ。あれがマサトの事故だったのね。わたしがそういうことに首を突っ込むタイプだったら、良かったのかもしれない。それでもその時点でマサトの運命は変わっていないし、病院まで同行できたかもあやしい」
 それはつまり、いまを受け入れて、これからできることを考えろという、これまでどおりの朝比奈のスタンスで、おれがあいかわらずその領域に達していないだけで、終わったことをグチグチと引きずっているからだ。
「でっ、明日は朝から全校集会ってとこでしょ」
 そうなんだ、、、 あれっ、朝比奈には誰が伝えるんだ。おれはポケットにねじ込んだ緊急連絡網を取り出そうと手を入れると、それを朝比奈が制した。
「あたしのところには掛かってこないわよ。どうせ新学期から学校行かないし。担任だって、委員長だって、居たら、いたで面倒だから来てほしくないだろうし。そうでなくとも飛ばされてたでしょう。本来の筋書なら、二学期の初日に、えーっ突然ですが朝比奈さんは家の都合で退学することになりましたー。みなさんは入試、就職活動に向けて時間がありませんよ。一層頑張りましょうー。なんて言って終了にするつもだっのが、よけいな関り事が増えて。まあわたしが全校集会にいなくても気まぐれとか、サボりとかで片づくからなんの問題もないし」
 ああたしかに。それ充分想像がつく。それで余計にヒソヒソばなしにハナが咲いたりするわけで、来なけりゃ連絡したのにどいうことってなり、来たら来たで、連絡してないのにどうやって知ったのとか言ってまた盛り上がる。そうやって女子の連帯が深まるんだな。
「大勢でいるとね、見えるものも見えなくなるのが怖いところね。友達がいないわたしがいうのもなんだけど、もっと違うことに力量を使えばいいのに。とか言っても負け惜しみ感ありありか」
 朝比奈の言いかたはいつもとは違い少し優しげだ。それはきっとそちら側にも未練があるからなんだろうかとか、朝比奈にもそういうふつうらしさがあればいいだなんて、おれの勝手な思い込み。弱いところを見せないから。探したくなるものなのかもしれない。
「なんか、いまホシノ、朝比奈も可愛いとこあるじゃんとか優越感にひたってるでしょ。羨望も、憧れも、本当に欲しいものとはかけ離れていたりする。その奥でうごめいている欲求を知るまでは」
 いいじゃないか、そう思わせておいてくれ。そうでなけりゃ朝比奈に手を貸すって行為自体に動機を見つけられないじゃないか。やっぱりおとこって、、、 おれって、困っている女の子を、弱い女のコを助けるってとこにパワーの源があるんじゃないだろうか。
 つきなみだけど、そうじゃなくてもいいから、そういうことにしといてもらいたいなんて、助けられるのか、おれ。