private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over15.32

2019-08-25 14:14:26 | 連続小説

 おれは膨らみきった期待は速攻でしぼんでいき、おずおずと座席にすわりこむしかなく、でっ、おれはどうすればいいんだ。たしか、このレバーをこうして。
「あわてないで、わたしがちゃんと教えるから。ただし教え方にもんくつけないように」おてやわかにお願いします。
「まずはここに手を、そう、そうして包み込むようにしてつかむ」こうかな?。
「強くしないで。力むと思いどうりに動かせない。力を抜いて手のひらでころがすようにする。相手のことを思ってね。無理強いはだれも喜ばないよ」そうか、優しくころがすのか。
「それでもう一方の手は、ここに添えて、あんっ、ツメ立てないで」おっと、おもわず力が入ってしまった。無理強いはダメだったな。
「そうよ、どこも同じよ。そしたらコッチを押し込んで」おしてみた。感覚は鈍い。グニャっとした感じで、そのまま押さえつけてかないと戻されそうだった。
「それで、そこまでしたら初めてコレをココに入れる」朝比奈は、おれの手に手を添えて導いてくれた。入れた感触はたよりなくホントに奥まで入っているのかよくわからず、これで本当に大丈夫なのか心もとなかった。
「大丈夫よ。ちゃんと入ってるから」そうか、これでいいのか。
「次は、ソッチで煽って」おれは、何度か足首を動かし、微妙に上下してみた。そりゃ、名門スポーツカーの雄叫びとまではいかないが、これはこれで素敵な叫喚をあげている。カンツォーネに勝るとも劣らぬ美声ではないだろうか。
「そう、頂点に達したところでコレを抜いて、コッチをさらに押し込む。そうすれば出発進行っ」おっ、たしかに反応よく動きだした。
「あとはね、押して、入れて、押し込んで、抜くのを繰り返すだけ。どう、簡単なもんでしょ?」それが簡単なのかどうか、いまのおれにはまだわからない。でもそれで朝比奈が満足してくれるならおれはやるしかない。
 とにかくチンクはゆらゆらと走り出した。言われたとおり同じ動作を繰り返し、レバーを1から2に入れてみた。クンとスピードがあがったけど朝比奈のようにキビキビとした走りにはならない。朝比奈は低速じゃグズグズしてるって言ってたけど、おれの能力では性能を引き出すにいたらない。
 とにかくそんな調子でグランドを2周ぐらいした。それからまっすぐ走ってもう一面のホームベースにたどり着いたとき、おれはブレーキを踏んでクルマを止めてしまった。
「終わっちゃったね。なんだか線香花火が落ちたときと似てるみたい」

 そう朝比奈は言った。おれも夏の花火が終わってしまったときの、もの悲しさを感じていた、、、 だいたいおれのなんて線香花火みたいなもんだし、、、 
 クルマを動かすのは、自分の意思にそって物事を思いどおりに動かす行為であり、人間にとってカタルシスを与えるみたいだ。それはこれだけの運転であっても理解できたから、そりゃマサトやツヨシがのめりこむのも無理はない、、、 だけどおれには、、、
「しょうに合わない。 …ってとこかな」
 さっきもし、久しぶりに全力で走ってなかったら、もう少し感想も違ったのかもしれない。人間が自分の能力以上を、自分の努力だけで成し遂げなけられなきゃ、それでもなお、大きな力や必要な動力を得たいと考えるなら、きっとこういう機械が必要なんだ。
 それを認めてしまうと、おれがここまでやってきたことって、なんなんだろうかと鼻白らんでしまう。だったら勉強できないおれが機械の力を借りて、いくらでも難問喚問を説いてしまえるようになるのとおなじことじゃないかなんて、、、 そういう屁理屈だけは一人前に思い浮かぶ、、、
「文化ってさ、そういうものでしょ。その中で、またルールが決められて、一見平等を見せびらかしておきながら、やはり勝つ者が決まっているとか、ホシノがそう感じたんならそれはそれ、別の力をみせればいいじゃない」
 ああ、そうなんだなあ、やっぱり巨人が勝って、横綱が優勝して、卵焼きがうまいのも文化の恩恵なんだなあ。そうだ、それに文句言うなら、それにかわる代替え案が必要なんだった。
「いろいろと捉えかたはあるんだから、それはそれでしょうけど。でっ、どうする? キョウコさんにもらったクルマ。マサトくんにあげちゃうとか?」
 そう言って、含みを持った笑い方をする。それはなあ、いくらなんでも大盤振る舞いっていうか、キョーコさんに顔向けできなくなるから。やるならツヨシのほうがまんだマシかなあ。
 きっと、朝比奈はわかっていたんだな。おれには重すぎるキョーコさんからの贈り物を、どうするか考えあぐねていたおれに実際に体験させ、考えさせ、判断させた。そう、いつまでもダラダラと結論を出さないおれには、これぐらい追い込まれたほうがちょうどいいんだ。
「そう、そうねえ。じゃあもう少し考えてから結論出してみればいいんじゃないの。遅考が必ずしも悪いってわけじゃないから」
 で、あいかわらず朝比奈にうながされて、おれは再度チャレンジしてみることにした。エンジンは温まっているままだ。もう一度エンジンを(ハートに)かける(火をつける)ところかは始める必要はない。教え方がヘタな朝比奈の言うとおりに手ほどきをうけ、なんとかもう一度、発車できるまでになった。
 おれがヘタなせいもあって、ときおり朝比奈から出される艶声は、セミの鳴き声にかき消されていくなかで、おれは三速に入れたり、二速におとしたり、回転数にあわせて力がでる領域ってヤツを教えてもらいながらそのポイントを探していく。不器用に乗りこなしていたって、口うるさく言うわけでもなく、それもいいんじゃないってぐらいの顔をしてくれたからあせらずにすんだ。
 そして何周かしたところで、ふいにエンジンが止まってしまった。やりかたがまずかったんだろうけど、もうこれで十分なんじゃないかとも思った。どうやら朝比奈はまだまだものたりなそうで、こっちに目配せしてくる。かんべんしてくれもうこれ以上は、なれない動きでカラダがどうにかなっちまう。朝比奈につきあって満足させようとすれば、夜までかかってもかなえさせられそうにない。
「やっぱり、着替えもってきたほうがよかったかもね」
 いや、そこまで用意周到だとおれもさすがにつらいし、どうして、おれみたいなヤツにここまでしてくれるのかよくわかっておらず、朝比奈ならもっとふさわしいオトコがいくらでもいると、、、 このチンクの先輩とか、、、 はずなのに。
「おとこにはわからないから、おんな心。とかって聞いたことある? だからそんなもんは気にする必要はないの。女に寄り添うことだけが優しさじゃなく、だったら自分を見せたらいいんじゃない。男女のあいだにも正解なんかないんだから。でしょ?」

 でしょって言われても経験のないおれにはあいまいにうなずくしかできず、そう言ってもらえればおれのほうとしてはずいぶんとラクだんだけど、だいたい世の中はセオリーにはめたがるしな。そうでないと判断できないヤツラがおおすぎるから、、、 おれを含めて、、、
 クルマが止まってしまうと暑さだけがきわだってくる。そりゃそうだ、ホロを開けた天井からは太陽がギラギラと射し込んでいる。このままじゃ干からびてしまうなあなんて思ってると「木陰に行きましょ」と言い放って、さっさとクルマから出てしまった。おれもしかたなく、、、 しかたなくないけど、便宜上そうなるだけで、、、 ついて車外に出た。
 グラウンドに取り残されたチンクは、あきらかに浮いており世間離れした光景を自分たちが残していったことに、変な自己満足と、不安が入り混じった思いになった。
 朝比奈はそんなことに気も止めず、ずんずんとひとり歩いて行く。一歩木陰に入るだけで外気が変わる。陰のせいだけじゃなく、木々から発せられる酸素が熱気を緩和しているようだ。
「クルマ。あのままにしておいても大丈夫。だれも来やしないから」おれの気持ちを、あいかわらずズバッと言い当てる朝比奈。
「いつだって自分のしたことが、それがキッカケでなにかが起こるだなんて、みんな自分の影響力が、あるときはすごすぎるほど膨張し、そうでなければあまりにも孤独で存在価値をなくしてしまう。他人の意思なんてなるようにしかならないんだから、そんなとこまで考える必要もないし、責任を感じなくてもいい」
 市営グラウンドにクルマを放置することが、大したことなのかそうでないかは、そのひとの考え方の差なんだろうけど、そう言いきられれば、大丈夫なんじゃないかって思うしかない。
「あのね。そう、あたしね。夏休みが終わったら、もう、学校に行かないんだ」


Starting over15.22

2019-08-18 09:16:17 | 連続小説

 朝比奈がかけ足を本当に望んだわけじゃないのはわかっている。ただ単に楽しんでるだけだ。つまりおれはそれにノッかって、朝比奈の期待を裏切らないように、そしておどけてみただけだ。そういうのがこの状況にハマってると、おれは漠然と思ったんだ。
 水道のある場所はすぐに見つかった。コンクリの造形に上には水を飲むまあるい蛇口がついていた。その下に通常の、、、 そういう表現が稚拙だけど、通常としか言いようがないじゃないか、だいたいヘビの口ってなんなんだよ、、 だからまあ蛇口がついていて、開栓口をひねって水を出す。おもったより勢いよく水が噴出して飛沫が自分にもかかったけど、それはそれで気持ちが良かった。
 あいかわらず、セミの鳴き声はうるさいし、木洩れ陽の反射も目に厳しかった。そんなひとつひとつの現象が、きょう一日の思い出となって、いつの日かあんなことがあったなあって思い返す日がくるんだろう、、、 たぶん今日は特に記憶に残りそうだ。
 ハンカチを流水にかざすと、またまた水が飛んできた。でもそれは朝比奈のニオイつきで、さっきの水よりゴージャスに思えた、、、 ゴージャスって表現も古いか、、、 でもまあそんな表現が一番似合っている気がするんだよ。
 言われたとおりに固くしぼって、母親が洗濯を干すときのようにパンパンって水気を払ってみた。そうするとまたいい香りが漂ってくるからいいもんだ。さてもう一回、駆け足のふりしてクルマに、、、 春空色のチンクに、、、 戻っていく。
 行くときは窓からのぞいてた顔は、こんどは天井から、、、 ホロをあげた天井から上半身を出して右手を振っている。右手ってことは好意を持ってるってことだよな、左手はおあいそっていうか、サヨウナラの意味もあるっていうし、、、 そうじゃなかったけ?
 いやその光景を見れておれはうれしいんだけど、どっかに人の目があるかと思うと気が気じゃないから、おれはいつのまにか真剣に走りだしていた。いくらなんでもそれはヤバいって。朝比奈って意外と天真爛漫なのか。
 当の朝比奈は、そんなおれをおもしろがってるらしく、こんどは両手を振りはじめた。そうすると腕の動きにあわせて胸のあたりも、、、 ぼやかして言っても、胸なんですけどね、、、 右に左に振れたりして、だからおれはうれしさ半分、心配半分。はやく車内に戻ってもらいたく、だから自然と一歩、二歩すすむごとにスピードが増していった。
 この感じ、身に染みていたはずなのに、実際やってみると、もう大昔のことのようにも思えるし、足の裏から届いてくる反発力と、上半身の自重が骨盤で重なって重力を感じなくなってくるのは、脳が覚えている。
 だから考える前にカラダが反応していた。おれのカラダが脳の越えていく瞬間、この時間が好きだったことを思い出していた。だから、もっと、もっとスピードを上げるように要求してくる。
 足の裏が跳ね上がる。尻に付くぐらいに。そうしておれはあっというまにチンクに到着した。朝比奈はそれを見届けると、吸いこまれるようにスポッと車内に吸い込まれ、またまた窓から顔を出す。
「なーんだ。走れるじゃん。医者の言うことも当てにならないもんね。それともホシノが臆病なだけだったのか、なっ?」
 おれは息を切らしていた。窓に手をかけて下を向いたまま顔をあげられなかった。大きく息をして、言葉もでてこなかった、、、 
 おれが手にしていたハンカチは朝比奈に取り上げられ、おれの首とか、ひたいにニジみ出た汗が拭きとられていった。そんなつもりでハンカチを濡らしてきて欲しいと頼んだわけじゃないはずだ、、、 なのに、そうなってしまっている、、、
「まあ、そうね。自分で使うつもりだった。ホシノがね、ふざけて小走りするから、どこまでやれるのか見てみたくなって。まさかね、ここまでやるとは。ホシノだってそう思ったでしょ」
 そうだよ、かばって、気にして、優しくして、負担かけないで、そんなのしてて、腰に手当ててトントンとかして、普通にしてても痛いときもあったけど、なんかいまは走れてしまった。それなりのスピードで。
 朝比奈がバイクや、チンクをその性能を目いっぱい使ってカッ飛ばしているのを見て、、、 一緒に乗ってて、、、 血が騒いだっていうか、カラダが疼いたっていうか、それがまったくないわけじゃないんだと思う。
「なんだかねえ。とにかくクルマんなか入んなよ。いつまでもそんなカッコウしていると腰に悪いぞ。たぶん」
 顔をあげると朝比奈は、水で冷やしたハンカチで首元とか腕とかにあてて、にじんだ汗を拭きとりながらカラダを冷やしていた。胸元を拭きだしたとき、タイミングよくキッと鋭い眼光がおれを射抜き、おれはすぐに目をそむけた。目はそむけたもののアタマのなかはフル回転で、きっと朝比奈ってこういう順番でカラダ洗ってるんだろうなあと、お風呂場シーンを想像していた、、、 ノビ太か、、、
 だからおれは、朝比奈の方を見ないようにしてシートに座った。すると目の前にハンカチがぶら下がった。よく考えればおれが最初に汗ふいてもらって、そのあと朝比奈につかわせるのも悪かったなって、こりゃもうひと往復しないといけないな。そうするとまた汗かいちゃって、もとの木阿弥だな。
「そうじゃなくってね。ほらっ」
 そう言って、朝比奈は背中を向けた。ああ、そう。背中拭けってことか。えっ!! いいのか。ハンカチづたいだとしても朝比奈のカラダに、しかも生肌にふれちゃったりしちゃったりすることになる。
 ブラジャー、、、 じゃなくて水着は、、、 首と肩の下でリボン結びにされているしろもので、ひもを引っ張ったらポロリと、その、、、  いやいやそんなことしたら、眼光で射抜かれるどころかモリで射抜かれるな、、、
 おれは手を震わせながら、朝比奈の背中をポンポンとハンカチを当てていった。すると冷たい、とか言って背中をそらすと、盛り上がっていた背骨の部分がひっこんで背中に筋があらわる。それがまた色っぽいじゃねえか、、、 オヤジか、、、 
 いやあ、あたまのなかはもっとオヤジで、手がすべったってごまかせば、ちょっと脇の下から五合目ぐらいまでなら登頂できるんじゃないかと想像してたら、さっきよりよけいに手が震えてきてこれは本当に手がすべりそうだとかえって慎重になってしまった、、、 小心者だな。やっぱり、、、
「キッカケはつくってるんだけどね。ホシノはなかなか曲がってくれそうにないな」
 はっ? おれはカオを見上げた。だけど、前を向いている朝比奈の表情は見えない。えっ、なに。なんのキッカケ? どういうこと? おれはハンカチを手に、固まっていた。
 好意的にとっていいならば、それはこれだけアピールしてるんだから手ェ出しなさいよってことだし、冷静に考えれば、朝比奈ほどのハイグレード女子が、、、 そういう言い方すると、女性を男子の物差しで表現するのは許せないとかヤリ玉にあげられるんだな、、、 この時代はまだ平穏だ、、、 おれみたいなヤツに言い寄る理由が見えないから、単にからかわれているだけとか、モノ笑いのネタにされるんだろうとか、、、 ああ、ネガティブな方向にしか考えがいかない自分がまたそれに拍車をかけている。
「でっ、どうするの?」
 そう言って、ハンカチをおれから取り上げる。やっぱり母親がするみたいに、外に向かってパンパンと水気を払った。どうするって言われましても、はやり据え膳食わぬは男の恥とか、また時代錯誤の言葉を持ち出してしまうおれ。
「するの? しないの?」
 そりゃ、したいです、、、 けど、、、 ここで? ですか。
「ここが安全でしょ。じゃあ変わって」
 そう言って、おれはクルマの外に追いやられた。朝比奈は運転席から助手席に移動して、そしてシャツを着た。あれっ、ああそう、着てしまうんだ。朝比奈はクイックイッと親指で運転席を指す。そうか、運転するかってことか、、、 あたりまえだな、、、 そのためにここまでしたんだから。


Starting over15.12

2019-08-11 10:03:43 | 連続小説

「大丈夫。コレ水着だから。汗かいて服に染みちゃうと帰りに困るからね、着替え持ってきてもよかったんだけど、大荷物でスクーター乗るの好きじゃないの」
 そうか、水着か。それなら大丈夫だ、、、 いやいや、大丈夫であるわけがない、、、 これがまた水色の色地に白い水玉が描かれたブラジャー、、、 いや水着か、、、 は、朝比奈の放漫で豊満な胸をつつみ隠してはいるものの、その谷間に、その盛り上がりに、いやがおうにも目がいってしまうじゃないか、、、 いやじゃないけど、、、 大好きだけど、、、
「そんなことより運転するから、ちゃんと見ててよ」
 いわれなくても見てます。しっかり見てます。いやいや、逆に見れんな。変に横ばかり見てたらあきらかに覗き込んでるって思われるし、これでは一瞬たりとも前を向いた顔を動かせないじゃないか。
 つまりは運転に集中させるための作戦ではないかと勘繰りたくなるぐらいだ、、、 いやあ、最初にしっかり見といてよかった、、、 それだけでも今日はフルコースディナーが待っているぞ、おれ。
 海外のリゾート地ならこんな風景はありがちで、オープンカーに太陽燦々で、水着のオトコと、オンナがドライブってのも絵になっていいだろ、、、 映画や写真で見かけただけで、実際にそんなことがおこなわれているかは知らんけどさ、、、
 しかしここは、とある市内の公園だ。こんな姿をさらけだしていいのだろうか。そりゃ朝比奈は絵になるからいいけど、相手がおれじゃあ様にならない。それに、いまはひとがいないからいいようなものの、餓えたオオカミさんたちがたむろしてたら、赤ずきんちゃんはぺろりと食べられてしまうのでは、、、 おれが阻止するのか、、、 できるのか。と心配ごとばかりが先走る。
「だいじょうぶよ。のぞきこまれなきゃ、わかんないもんよ。あっ、天井のホロあけて。そうすると風が入って気持ちいいし、それに会話がしやすくなるから」
 ホロなんか開けたら、それこそ上からのぞかれるんじゃないかと心配してみたけど、それじゃあネットによじのぼりゃなきゃならないし、わざわざそんなことするよりクルマに接近したほうが早いだろうな、、、 でも、おれなら上から派だけど、、、
「上からどうするって? ほら、エンジン音が大きくなるから早くして」
 たしかにエンジンがかかってからは、うるさいなと思える音が室内にこもっていた。それでも会話がしづらいほどではない。おれは手を伸ばしてホロを留めてある金具をはずし、うしろにずらしてまとめあげた。からだを起したときに朝比奈の胸の谷間を俯瞰からのぞきこんだのは言うまでもない、、、 言ったけどな、、、 さすが上から派。
「じゃ、いくよ」行きましょう。
 朝比奈は右足を踏み込み、左足首を少しあげた。クルマはグッと加速する。クルマが走り出すとエンジン音がさらにけたたましくなる。たしかに、さっきのままだったら、会話に支障をおよぼしたかも。しかし、そもそも会話する状況になるのか。
 ハンドルを持つ左手を離し、おれたちのあいだにあるレバーを、、、 さっきエンジンをかけたときに使ったモノとは別のヤツで、これは父親のクルマにもついていた、、、 手首で返しながら、脚を右、左、右の順ですばやく動かした。もう一段階スピードがあがり、中心に位置したメーターもビンっとオッ立ったてて、野球グランドを仕切っている金網のあいだを通り抜け、中に入ってしまった、、、 えっ、入っていいのか!?
「いいの、いいの。このクルマ、低速でグズグズ動かしていると、ぜんぜん言うこと聞いてくれないから、これぐらい踏み込んで高回転域に入れたほうがキビキビ走ってくれるの」
 エンジンの回転数のこと訊いたんじゃないけどね。
 この野球場は、南側と北側にホームベースや、ネット裏があり、二面取れるようになっている。だから外野のあいだを抜けたボールは、もう一面の別の試合をしているとこまで転がっていき、混乱と喧騒をまねくはずだ。
 だからホームランはランニングホームランしかありえない。疑似体験しかできない野球場でも、効率を考えればしかたなく、それでも楽しむ方法がお互いに認識確立されていれば、物事は成り立つだろうな。
 クルマは外周をフェンスに沿って進んでいく。左手のレバー操作はその後もなんどかおこなわれ、それでスピードを調節しているのは父親のクルマでも見たことがある。こうして走っていると、陸上でトラックを走っていたときを思い出していた。やっぱりこういうのって基本なんだろうか。
「ホシノはそうなるの? わたしならすぐにインディカー500のインディアナポリスを連想したけどね。コーナーにバンクがついてないから進入時にギアをおとさないといけないのがちょうどいい練習になりそう。野球場ってグランドの整備のためにクルマで地面ならしたりするから、誰も気にしないでしょ。しばらく走ってても大丈夫なんじゃない」
 そうなんだ、そう言われりゃあ野球中継で、イニングのあいだに広告をまとったクルマがグランドを一周するの見たことあるな。本当のグランド整備のひととか、管理人が出てきたら一発でアウトなんじゃないか、、、 野球だけに、、、 つまらんか。
「なにごちゃごちゃ言ってるの。本気出して飛ばすわよ」
 グランドを2周したところで朝比奈はそう言った。えっ、これ以上スピード出すの? 本気とかって、どんなもん? なんて身構えてると、目の前にフェンスが近づいてるのに、これまでと違ってレバーに手を伸ばさない、、、 つまりスピードが落ちない。
 ぶつかるっ!! って思った瞬間に、朝比奈はハンドルを回し、そしてすぐに戻す。クルマは後輪の方をすべらせてフェンスに沿って進んでいった。クルマってハンドル回してなくても曲がるもんなのか。
「これぐらいのスピードならね、きっかけをつくってやれば、あとは力のバランスで回ってくれる。そして… 」
 後輪が安定したと思ったら、もう一度ハンドルを回しクルマは加速しながら曲がっていく。一塁側のベンチ前から、バックネットを越えて三塁側のベンチ前に差しかかかると、ブレーキを踏んで、今度はグッとスピードが緩まった。左手がレバーをつかみ操作する。そして一瞬だけハンドルを切る。今度はさっきより力強くクルマが曲がりながら進んでいった。
「これがパワードリフト。単純に速く走るならコッチのほうが効率的」
 なんだろう、つまりカーブを曲がるのにいろんな方法があるってことか、これまで父親の運転するクルマじゃあ、カッチコッチするレバーを倒して、ブレーキを踏んで安全に曲がれるスピードになってからハンドルをグルンと回していた。同じ乗りモノであるはずなのに、こんな曲がり方があるなんて、まったく別モノじゃないか。
 前面からフェンスが消えて目の前が開けると、エンジン音が一層とけたたましくなりグンとスピードがあがった。すぐにもう一面のバックネットが迫ってくる。今度はなにが起きるのか戦々恐々と見ていると、もう一本別のレバーをつかんで引き上げる。クルマはクルリと反転してホームベースの後ろでとまった。
「ははっ、思ったより楽しかった。コレ、思いどうりに操れるから。サイズもいいし、サイコーだね」
 朝比奈が思いどうりに操れないモノなど、この世にあるんだろうか。はじめて運転するクルマを自分の手足のようにあつかってしまうなんて。おれもおなじで手足のようにつかわれている、、、 ぜひおつかいください。
 なんて思ってたら、ハンカチを取り出しておれに渡してきて、水道で濡らしてきてとおれをクルマの外に追いやった。ちゃんと固くしぼってねと念押しも忘れない。おれは早速手足としてつかわれて本望だった。
 たしかに言われなきゃビショビショに濡れたハンカチを持って戻ってきて、役立たずになるところだ。おれがとぼとぼと歩きだすと、かけあしーっと声がかかった。振り向くと、春空色のチンクの窓に両手をくべて、首をかしがせている、、、 可愛いじゃねえか、、、 しょうがないのでおれは、腰に負担がない程度に小走りをはじめた。
 これぐらいならこれまでも走ったことがある。どこからが負担になるのかわからないまま、おびえて生きていくのは別にこれに限ったわけじゃない。


Starting over14.32

2019-08-04 10:26:58 | 連続小説

「さっき、コシ、大丈夫だった?」
 おれはすぐには朝比奈がなんのことを言っているのかピンとこなかった。これだけ話がかみ合わないといいかげんイヤになるだろうと心配になったりして、あせって的を得たことを言おうとするほどによけいに何も浮かばない、、、 腰はいつも悪いんだけど、、、
「そうじゃなくて、歩道に乗り上げた時に腰を浮かせたでしょ。ちょっとね、言おうかどうか迷ってたんだ。あまり気にしてないみたいだから言わないほうがよかったか」
 いいな、なんか、こういうの。特に深刻でもなく、ふたりのあいだで成立するどうでもいいような会話が、この公園のなかでながれていく。なかったな、こんなの。これまで望んでいたわけでもなく、実際になってみたらよかったってだけで、そんなのがどうにも心地いい。
 腰を浮かせる動きは、腰をやる前からやっていた。こんなのは条件反射みたいなもんで、パブロフのイヌとなんらかわらん。男子ならふたり乗りをしたときにガツンと尻、、、 とかタマ、、、 に何度かくらって、小学生のときからそんなことしてりゃ、いい加減それぐらいの反応はできるってぐらいのもんだ。
「そう、条件反射なの。スポーツマンだから、それぐらいはフツウか。だったら、期待できそうだ」
 なにが? 期待してもらうのはやぶさかじゃないけど、何を言われるのかいまは不明だから、きっと期待以上のことを言われそうな。
「このクルマ。ホシノの練習には丁度いいと思ってね。だから、さっきのバイト先の先輩に借りてみたんだけど… 」
 へっ、おれが運転するの。なんで? 朝比奈はなんだかいつもとは違う感じになって、語尾に力がなくなっていった。それは余計な世話を焼いたことへの気負いなのか。はたまた、先輩なる人とのやりとりに対するおれの気の回しを気にしたからか。
「あのひといつもああなの、まわりに気を使わないっていうか、自分のルールでひとと接していいる。でもそれが彼のユニークなわけ、みんながみんなあんなふうだと、世の中は回っていかないけど、でも彼みたいなひともいないと世の中が単純になってしまうのも事実でしょ」
 それは先輩をかばっているというより、朝比奈の価値観を説明しているんだ。あの先輩に対する印象を緩和させ、いろいろな人格を認めるようにうながしている。だからおれも変なヤツのひとりで全然かまわないと。ひとつの言葉からは多くの意味を選択できる。ユニークっておもしろいってことか? こういう言葉って的確に捕らえられれば、あいだは埋まり、取り違えれば溝は深まったりするんだ。
「そう、もっとね。そう、色っぽく音を響かせたかった」
 そう言って、笑った。なにも悪くない。おたがいを否定するような言葉はなにもなかったんだから。
 そこにあるのは古いクルマで、これまた国産ではないはずだ。アメ車みたいにバカでかくなく、小道を走るのに似合いそうだから、きっと欧州の小国のかなって想像してみた。それも偏ったありがちな思考だからつまんないか。
「別に、すべてに意外性をもとめてるわけじゃないから。普遍的な答えはいくつも存在している。これは、イタリアの大衆車。このサイズだけどおとなが4人乗れる」
 車体のあざやかな空色が映えていた。今日の真夏の濃く深い青色とはちがって、明るい春の空の色に思えた。あのオトコのクルマだと思うと、そのセンスを認めるのはくやしいけど、朝比奈にはほんとうによく似合っている。
 白いタンクトップと、ピンクのキュロットスカートをはいている。そのクルマの前に立てば春空の中に浮かぶ白い雲と、地上の花に浮かぶ天使に見えてくる。こんな真昼間じゃなきゃ、抱きしめちゃうところだ、、、 天使抱きしめちゃダメか。
「このクルマ、チンクエ・チェントって言うの。イタリア語で500。500ccのクルマだから、そう名づけられたんでしょ」
 500ccって、軽か。先輩のバイクより排気量が少ないじゃないか。これ日本の公道走っても大丈夫なのかな。それにしても変な名前だ。チン、、、 食え、、、 いいのか?
「ちょっと、変なとこで区切らないで。チンクエ・チェントでしょ。それに軽じゃないし、これでも立派な普通車だから」
 さっき、ヤツとチンクとかトッポなんとかって言ってたな。それのことか。木陰に鎮座したそのクルマは従順なイヌのように見えた。ヤツによく飼いならされているのか、それとも朝比奈にも従ってしまうのか、、、 しまうな、、、 おれなら、きっと。
「略してチンクって呼ばれることが多いんだけど。トッポリーノはチンクの先代にあたるから後継車になる」
 センダイとかコーケーシャとか、あいかわらずよくわからんかった。たぶん先輩・後輩みたいなもんだろな。それにしてもおれが練習するってのはいいとして、朝比奈はクルマを運転できるのか。つまり免許、持ってるのか、、、 
「ホシノ。それはつまんない意見。料理免許がなくても、料理は作れるし、教員免許がなくても、ひとにモノを教えることもできる… 」
 だな。なんかそういうの言われそうな気がしてた。どうしても世間の常識からは脱却できずに、とらわれた発想しかできない。
「 …いろいろとあってね、運転のしかたはわかってる。でも、あたしね。ひとにモノを教えるの、苦手なの」
 あっ、それはわかる気がする。なんでも自分で出来ちゃう人って、それができない人とうまく会話がかみ合わないんだろうな。それにつけてもまた、いろいろだ。そのいろいろを想像すると、なんだか自分の中でモヤモヤしてくる。そうだからってどうするわけにもいかないんだから、そこはもう考えないでおこう。いいじゃないか、いろいろあって。
「どう? 乗ってみる?」
 そりゃ、ノッテみたいけど、、、 どっちに、、、 4人乗りらしいけど、4人で乗るより、ひとりで乗るにこしたことはない。なんだか、いろいろと順番が違うような気がするけど、それを言ったってまた、自分がどれだけ俗世間の風習に縛られているかを思い知らされるだけなんだから。
 朝比奈は、春空色のチンクに片ひじを付いてポーズを取って、それはなんだか、ベッドに誘うポーズにも見え、おれは本能的に、ホルモンの命ずるがままフラフラと引き寄せられていった。
 可愛らしい少女の姿も、色めき立つ女性の姿もあわせもつ、まさに変幻自在、ヤマトナデシコ七変芸ってなぐらいで、とにかくいいオンナだなあ、なんて思いつつ、そのチンクに乗り込んでみた。当然助手席、、、 助手になれるのか知らんが。
 座り込むとドスっと深く沈みこむ。シートが高級なわけじゃなく、クルマがかしいだだけだ。だいじょうぶなのか、このクルマ。なんて思ってると朝比奈がクルマを回り込んで運転席に乗り込んできた。するとバランスがとれてクルマは平行を取り戻した。
「古いクルマだからね。これでバランスがとれていいでしょ。いいわね、バランスが取れてるって。人類繁栄の証みたいで」
 時折、朝比奈は理解できない例えばなしをする、、、 おれのアタマがついていかないだけかもしれんけど、、、 バランスが取れてよかったのか、よけいなことに気を紛らわせなくなったとたん、クルマに乗った時から気になっていた、このクルマに染みついたたタバコの臭いが気になりだした。
 そいつは朝比奈にまとわりつくヤツの影が見え隠れするような。おれは嫉妬しているんだ。あのバイトの先輩とやらは、きっといけすかない野郎で、だけどおれよりイイ男で、大人で、分別もあって、イタ車を痛快に乗り回す、イカした野郎だ、、、 支離滅裂、、、
「エンジン、うまくかかるといんだけど。ここまで乗ってきたから大丈夫だとは思うけど。逆にオーバーヒートの心配もあるから」
 そう、おれがなんだかんだと文句やら因縁やら、嫉妬なんかをしているのはそれなりのわけがあって、運転どころかエンジンのかけ方すら知りやしない、、、 最初にすることってエンジンかけるんだよな?
「このクルマは特別でね、このレバーを引いて」えっ、そんなことするのか。
「コレを半分開ける」おおっ。開いたのか。
「でっ、これをひねると」あっ! そんなひねるだなんて。
「これで、オッケー。簡単なもんよ」簡単だったのか?
「やっぱりかかりやすくはなった。でっ、どうする、続きは?」
 続きって、おれにはもうどうにもできないし、できればそのまま続けてもらえるとうれしいんだけど。
「そんなことだと思った。わかったわ、わたしがするから。ちょっとまってて」
 なんてことを言いながら、朝比奈は手首にとめてあったゴムをはずして、たばねた髪の毛に通してまとめあげた。そして、白のタンクトップを勢いよく脱いだ、、、 えっ、なんで脱ぐ。