private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over03.21

2018-11-25 09:32:54 | 連続小説

 夕食が済むのを待ちわびるようにして母親が、『今日、庭先にネコの死体があってね… 』。そう切り出した、、、 いちおう食事の時間を避ける配慮はあるみたいだ。
 父親は眼鏡の上から目を覗かせて、湯呑に入ったお茶をそそくさと飲み始めた。この後の展開を予想してそうそうにこの場を立ち去ろうとしている。母親は新しく入れた緑茶をその空になった湯呑に注いだ。
 おれはすかさず裏の空き地に埋めてきたことを伝えて間を持たせようとしたら、母親は微妙に頬が緩んだ表情をして、対する父親はこれまた微妙に顔をしかめて、最後まで話も聞かずに、『そんなことせずに保健所に連絡すればよかったんだ』と、そっけなく言い返す。
 母親は、『そんなことしたら生ゴミみたいに扱われて処分されるのよ。いやじゃない、そんなの。夢見が悪そうで… 』。眉間にしわを寄せて首を振って応戦する、、、 顔のシワが目立つようになったから余計なシワを増やさなくても、と思ったけど口には出さない、、、 だいたい夢見が悪いのはおれだろ。
「生ゴミと変わらんだろ」
 父親はそう言い捨てて、注がれたお茶に見向きもせずに、いそいそと居間に閉じこもろうとするのを、『そんなことより、突然死体が現れたのよ。いったいどうゆうことだと思う?』。父親を逃すまじと、追いかけながら母親が話しを引っ張ろうと続ける。
 きっとそこから近所の話とか、町内の話とか、、、 話っていったってどうでもいいウワサ話やボヤキなんだけど、、、 そういう展開に持って行くつもりだ。
 もちろん父親はそんなのに関わりたくない。どちらも他人事なんだ。実行したおれにとって、あのネコのおだやかな顔を思い出し、保健所で処分されていたと思うと、本当に悪夢にうなされそうで、、、 どんな処分かわからないので、すごい方法で殺されるイメージしか浮かんでこない、、、
 裏庭であってもちゃんと埋葬できてよかったと、自分が関わったと思えば、もう死んでしまっているとはいえ、あのネコが悲惨な末路を迎えずに済んだことに安堵するばかりではあるけれど、それだって人間どもの責任のなすり付け合いのうえで出た結論であって、ネコにとってどちらが良かったかなんてわかるわけないし、ましてやおれが決めることでもない。
 どれだけネコのことを思っていたからって気持ちが通じるはずもなく、かわいそうだなんて考えること自体、かわいそうだと思える自分に自己満足してるだけなんだよ、、、 誰だって自己満足で自分のいい人づくりの思い出としている。
 それをわかったうえで、あえて言わせてもらえれば、人前に死体をさらした時点で、ネコは自らの処遇を放棄してしまったんじゃないかって。自然の中で生活することを選んだならば、もうそいつは致命的。人前にさらさず死んでいくのが野生の掟なんだ、、、 実家でぬくぬくと育てられてるおれが言う立場じゃない。
 せめて自分はそんな状況にならないようにと、死にザマについて決めてみた、、、 そうやってひとつ心に決めては、前に決めたことを忘れていく、、、 前に決めたことがなんだっかった忘れてるし、だいたいそんな先のこと覚えているわけがない、、、 死ぬことに遠いと思ってる人間の浅はかな考えだった。
 母親は、『おとうさんたら… 』と、お決まりのセリフで、しぶしぶ台所に戻って来た。どうやら、相手にされず、言いたいことの半分も言えなかったらしい。
 おれは母親に、死んだネコが生ゴミみたいに扱われるってどういうことか聞いてみた。母親は、どうやらそれも父親に話したかったのに、あえなく袖に振られたもんだから、おれが訊いてきたのをいいことに、『それがねえ… 』。と、うれしそうに話しはじめた。
 それは簡単に説明すると、機械に放り込んで、潰して、丸めて、焼くというわけで、そのまま料理でも作れそうな工程だった。そして本当に母親が言いたかったことは、死んでいなくとも飼い主のいない動物はそうやって処理されるってことで、声が届かないように、防音にしてあるんだけど、やっぱり少しは耳に届くんだと、うれしそうに話してくる、、、 なにがうれしいんだ?
 そりゃ、殺すならどこで、どう殺したって同じだし、担当者だってできれば自分で手をくだすより、見えないところでそうなってもらったほうがいいわけで、もちろんおれだってその仕事に就いたなら、同じ気持ちになるはずだ、、、 最後の断末魔が聞こえるのは勘弁してほしい。 
 誰からの情報か訊いたら、出どころは町内会の知り合いの息子さんが、そういった処理場で働いていて、いろいろと教えてくれたって。近頃の井戸端会議じゃ、芸能ネタもつきてそんなことまで暴露してるらしく、おれはそんな仕事は御免こうむりたいと首を振った。
「イチエイ。いつまでも子供っぽいこと言ってんじゃないわよ。人間がしていることなんてね、しょせん行き着けば、同じようなもんなのよ。誰かが儲かれば、誰かの財布は空になるんだし。カネは天下のまわりものって言うでしょ。自分に回ってくるお金は汚れていないと思うのは、浅はかな考えよ。遣いきれないほど収入がある一握りの人間が、人知れず朽ち果てていく人は大勢いるのを助けようともしない。それをしたら経済は成り立たないのよねえ… ねえ、明日の夕ご飯なにがいい?」
 母親は時にシニカルな言い回しをして世間や社会を皮肉ってみせる。そいう時はおれをイッちゃんとは呼ばず、イチエイと呼ぶ。そして言いたいことだけ言って明日の夕食の心配も忘れない。ここでなんでもイイよというのはバツで、だからって具体的な料理名を述べると、そんなの突然ムリと言われ、だったら訊くなよと言おうものなら、じゃあアンタが作ってちょうだいと言われる。
 この世のオンナの言うことのほとんどは意味などない、まともに取り合わず会話をつないでいればいいんだ、、、 父親を見て学んだことのひとつだ、、、 ああこれで、クラスの女子どころか、全女性から反感を買ったな。日本語だから全世界に広がらなくて良かったのか。おれは台所の隅の段ボールに入っているジャガイモと玉ねぎを見て、カレーなんかがいいんじゃないと言ってみた、、、 具体的か。
 死体処理の経緯を知らない父親は、自室にこもってゴルフクラブの手入れをしているはずだ。今週末はゴルフのコンペがあるって話を夕食時にも嬉しそうにしていて、なにがうれしいのか理解できないおれは、そんな父親の顔を見るのが辛かった。
 いや別に、部長のお下がりのクラブを大切にしているオヤジが見るに耐えないとか、コンペの日になると早朝からクルマにゴルフセット詰め込んで、タクシー代わりにお偉いさんの家を回って送り迎えしているのが情けないとか、父親を貶めるつもりはないけど、、、 貶めてるか、、、 父親にメシを食わしてもらっている分際で。
 とくにパッとした生き方をしているわけでもなく、、、 ほとんどの父親がそうだけど、、、 ありきたりで、どこにでもいそうな、それはドラマなんかで主人公の友達のおとうさんとして出てくる配役にピッタリで。おれも会社勤めをして、そこそこ働いて、たまの休みに自分の好きなことして悦に感じているぐらいしかこの先のイメージができず、定まらない自分の将来に押しつぶされそうになる。
 つまりはおれの未来もそうであり、同じような道をなぞっていったとしても、どこかでそいつを打破する手だてなど何も見出せない、、、 そこにさえ届かない可能性だってあるし。
 おれはあきらかに弱気になっていた。朝比奈のことで、少しは舞い上がってみたけど、本質にある問題が、ひとりになるとあたまを占有しはじめる。
 弱っている人間が考えることなどろくな結果にならず、つまりは無駄なあがき、あと先考えない無鉄砲な行動、ツメの甘い判断。そうして同じような失敗を繰り返し、こんな社会が悪いとか手の届かない力のせいにするぐらいしかできない。
 次の日からもマサトの勧誘は激しさを増すだろう。そんな弱ったおれの心によく響いてくるに違いない。アイツはなにも考えていないようで、結構、ヒトの心理をつくのがうまいのかもしれない、、、 もしくは、おれがそれだけ単純に生きているだけだ、、、
 そうはいっても、すぐに飛びつきゃ、足元を見られるだけで、だいたいマサトの言うように世の中そんなにラクで楽しい仕事があれば、みんなスタンドの店員になるだろうし、ウチの父親だってゴルフのたびに、上司の機嫌を取る必要もない。
 腐っても鯛。弱っててもおれ、、、 比較する意味あるのか、、、 ここは毅然とした態度で、しかたないからやってやってもいいけどね。なんて強気に出てやろうと浅知恵を練ってみた。それに朝比奈が望んでいるならやってみる価値もある、、、 マサトには絶対に言わないけど、、、
 それで朝比奈との関係が盛り上がるとも思えず、自分がのぼせ上がるのとは裏腹に、相手が冷めているのをみれば、どうにも別で埋め合わせが必要になってくるわけで。バイトでもすれば、別の出会いもあるかもしれないし、、、 腐ったイワシほどのプライドもない。
 おれたちは、自分に都合の良いことだけを考えがちで、さらに言えば自分の未来を高く見積もりがちで、さらにおれという人間は、そいつに輪をかけて危機管理など爪の先のほども考慮できず、ひたすらこれまでの成功事例を追いかけていた。成功者が落ち目になっても過去の栄光から抜け出せず、泥沼化し、奈落の底に転げ落ちていく例はよくあるらしい、、、 おれは成功すらしてない、、、 どれだけ痛い目にあっても、なかなかそこから抜け出せない人間なのだ。
 世の中に合わせないのは自分というアイデンティティを失いたくないという、若気の至りでしかない。いつかは折り合いをつけて調和する日がやってくる。その時は、その時で、もう若くないんだからとか、もっともらしい言い訳で落ち着くはずだ。
 どうやら人が生きていくには、暗黙のルールというモノがあって、それに従わないと世間に顔向けができないなんて、いつか常識ではなくなる日がやってくるのかもしれないけど、いまはまだしっかりと根付いている、、、
 パタンと扉を閉じると感情の扉も閉じられる。そんなまじないのような、自己暗示のような、そうでもしないと自分を保たれない。そして無感情にスイッチを押す。ポッチ。保健所に努める息子さんの気持ちがおれに響いてくる。パタン、ポッチ。パタン、ポッチ。それだけが彼の人生で、母親に言わせればその人生に誰もが大差ないのだと。なんてバカなこと考えてたら、風呂も入らずに寝てしまった、、、 母親は3回言ってきかない場合は放置するというルールを厳格に守っている、、、


Starting over03.12

2018-11-18 13:57:07 | 連続小説

 電車を降りたマサトは、案の定、おれの部屋に転がり込もうと必死で、あの手この手で誘いをかけてくる。どうしても、そのクルマを今日中に予約しようってハラが見え見えだ。
 子供のころ、下校途中の駄菓子屋の店先でラスイチになったベビーカステラを目にして、急いで家に帰り、母親にそれを口実にお小遣いをねだっていたころとなんら変わりない。
「だってよ、ありゃ、本当に掘り出しモンなんだ。 …ベビーカステラ? なんだ、そりゃ? そうじゃなくてさ、絶対に好きなヤツが見かけたら横取りされちまうって」
 そりゃそうだろ、マサト以外の、そのクルマに興味あるヤツ全員がそう思ってるよ、、、 マサトが駄菓子屋に駆け込む前に、おれがちゃっかり先に横取りしたように。
 道順からすればマサトの家に先に着くので、おれは当初の予定通り、まあ、おまえの家でちょっと休んでこうと、おうかがいをたててみた。
「今日ダメなんだ。水道工事しててさあ、断水。茶もだせねえし、こんな日にオマエ連れてったら、カアちゃんの逆鱗に触れると思うけど、それでもいい?」
 いいわけない。茶なんか出なくてもいいけど、、、 だいたいこれまでそんな施し、受けたことがない、、、 マサトのカアちゃんを敵に回すのは避けたい。おれたちはお互いの家で迷惑がられ、悪友のレッテルが貼られている。何をしたってこれ以上、好感度が上がるわけもなく、せめておれの嫌悪感が増さないようにはしたいところだ、、、 我が家でのマサトの嫌悪感が増そうと一向にかまわんけど。
 マサトは最初からその口実を考えてたように、よどみなく、スラスラと喋っていた。おれが家に上がり込むのを予測していたようだ、、、 マサトに先読みされているなんて、おれも地に堕ちたもんだ、、、 おれの家は、水道工事はしていないだろうな。
 ならばおれもなんとかマサトを振り切ろうと、いろいろと口実を考えてみたけど、いまさら何を言っても疑われそうで、、、 おれはウソをつくのがヘタで、顔や、言葉遣いですぐにわかるらしい、、、
 ようやく絞り出した文句が、昨日からネコの死体が庭にころがっててさあ、縁起悪いんじゃない? なんて言ってみようとしたけど、やっぱりウソっぽいし、ネコの死体って、小学生並みの発想だし、逆に興味持たれても困るし、見に来られてもそんなもんないし、、、 ネズミの死体なら物置探せばありそうだ、、、 なのでなにも伝えられないまま、マサトの家を通過して歩き続けていた。
 おれがそんなこんなで悶々としてるってえのに、マサトは電車の中でもさんざん見せられた自動車雑誌を丸めて、肩を叩きながらやけにうれしそうだ。
「なあ、クルマ見に行こうぜ。それで、そのすぐ先がスタンドだから、そのままバイトの面接行けばいいし、イチエイもあのクルマ見れば絶対欲しくなるって」
 まあよく、そんな都合のいいお願いができるもんだと感心してしまう。とにかくここは一拍間をおく必要がある。暑いからさ、おれの家で麦茶でも飲んでさ、、、 って、自分から誘ってどうする、、、 だって、このままマサトのプランAに巻き込まれるのはゴメンだ。
 マサトは、そうかあ。なんて、やけにうれしそうで、勝算ありといったとこか。意気揚々とおれの家の扉を開けた。そしてそのまま下を向いき、しばしそこに立ちつくした。いっこうに歩を進めないマサトの脇にまわり、何かあったのかと覗き込む。
 もし、おれの浅はかな、苦し紛れな、口から出まかせな、そんなヨコシマな気持ちが天に通じてしまったんなら、本当に申し訳なく思うことしきりだ、、、 もっと有効な願いが天に届いてほしい、、、 おれの家の庭先はネコの死体が転がっていた、、、 これが正夢ってやつか、、、 寝てないけどな。
 おれにとっては幸運だった、、、 という言い方は失礼なんだろうけど、、、 ネコとマサトにとっては不運だったと言うべきか。つまり幸運と不運は紙一重で、どちらか一方が良ければ、もう一方は悪くなるってことを理解して、誰かの成功ってヤツは多くのひとの挫折から成り立っていると、、、 そこまでのハナシか?
 マサトが怨霊とか悪霊とかタタリみたいなのを信じてるなんて、これまで聞いたことなかったけど、どうやらそういう類の人間だったらしく、今日は気運が悪いからオレ帰るわ。といってあっさり引き返してくれた。人間は見かけによらないし、くされ縁の幼なじみの知らない側面を今頃知るところとなるなんて、、、 別に知らんくてよかったんだけど、、、
 おれだって気味が悪いのは同じだし、できれば避けて通りたいところだけど、自分の家は避けて通れんし、やっぱり人として丁重に埋葬してやるのが情けってやつだろう。それが本人の、、、 人じゃないか、、、 希望なのかはわかんないけど、おれの希望をかなえてマサトを追い払ってくれたし、そんな恩返しも含めて。
 おれはきっと何度もこんなことして何かを埋葬してきたんだと思う。その割には何を埋めてきたかなんてまともに覚えちゃいない。生き物を飼ったことはこれまでもあるし、それが死んでしまえば埋めただろうし、何度かあったそんなこととしてそれぐらいの記憶にしか残っていないだなんて、おれが飼った生き物達には本当に申し訳なく思う、、、 きっと死んだ日には大泣きしたはずだ、、、
 おれはネコの死体を包もうと、月末に廃棄するために束ねてあるはずの新聞紙を物置から引っ張り出そうと、ようやくその場を離れる決意をした、、、 ネズミの死体を捜す手間もなくなってよかった、、、 スコップとビニール袋を準備していると、物音に気づいた母親が、戸口から顔だけ出して、何してんの? なんて、のんきな声をかけてくるもんだから、ネコの死体、いままで気づかなかったのかと、家から一歩も外に出てないのかって、あきれてみせた。
「そんなことないわよ、ちょっと前に買い物から帰って来たところよ」
 と特に感情の起伏もなく言ってのける。
 あっそう。じゃあ、できたてか、、、 死にたてか、、、 ホヤホヤか、、、 生温かいのかどうかは触ってみればわかるけど、ゴキブリも殺せないヤワなおれは、とても触れる度胸はなく、スコップですくって古新聞の上にのせるのが精一杯だ、、、 これが丁重なのかは疑問が残るところだ。
「やあねえ、じゃあ、さっき死んだのかしら? それとも、通りがかりにだれかが捨てていったのかしらねえ」
 母親はそう言って迷惑がるだけで、ネコのことなどどうだっていいみたいだ。
「暑いからすぐに嫌な臭いするわよ。さっさと裏の空き地にでも埋めときなさい。腰痛めないように気おつけてね」
 余計な言葉で締めくくって、母親は家の中に入っていった。
 そのネコは極めて平穏な顔をしていた。目を閉じているからそう見えるだけかも知れないけど、死因がなんなのかなんて、おれなんかにわかるわけないし、とりあえず外傷は見当たらないから、内部的な問題なのだろうか、苦しんだようにも見えない、、、 苦しそうなネコの顔なんて見たことないけど、、、 なんだか、昼寝しているぐらいにしか見えない、、、 昼寝しているネコはみたことある。
 持ち上げたときには、新聞ごしでも体温は感じられなかったし、身体が硬直しているのは包みの外からの感触でもわかった。顔を覆うともはや単なる固形物となってしまい、動く気配はない。まちがいなく死んでいるんだ。それなのに、その表情が死とは無縁のように、おれのあたまに残っている、、、 死体との遭遇がそれほどあるわけないのに、、、 それほどあっても困るけどな。
 同じ体勢のままネコを見つめていたら腰がうずきだしたので、おれは意を決してビニール袋にその固形物を放り込み、スコップを手に取った。
 穴を掘っていて、さっき思い出しかけていたこと、死んでいった生き物たちをこの空き地いろんなものを埋めてきたことを思い出した。思い出したのはそこまでで、どこになにを埋めたのか、それが死んだ生き物だったのか、大切な宝物だったのか。それさえも思い出せない。
 なにか目印を立てて埋めたはずだけど、年月の風雨で消えたのか、おれの記憶不足で消えたのか、もはやなにもなくなっていた。きっとこのネコだってあっというまに忘却の彼方に消えてしまう。
 いつだって自分の都合で物事を進めていくのは人の悪しき習慣で、人とそれ以外の場合であれば、そいつは特に顕著に現れるものなんだ。
 個体から不明物になってしまったビニール袋をぶら下げて、おれは母親に言われたままに裏の空き地に向かい埋葬をはじめることにした。
 猫だから穴を掘るのにそれほど手間取らないだろうと、高をくくっていたらそうでもなく、途中で土が固くなり、これじゃあ本当に腰を悪化させそうで、背を伸ばして少し休むことにした。
 穴の中にビニール袋を置いてみたけど、これじゃあ土を山のように盛らないと隠れそうにもなく、ため息をつく。
 見渡した久しぶりの裏の空地は、子供のころから遊び場として駆け回っていた場所で、そしてきっとおれの人生に関わったいろんなモノが埋まっていて、それはほとんどマサトと共有した時間で、どうやらこの先もそんな日々が続いていくのだと、うっすらではあるけれどイメージできてしまうのがなんとも、進歩がないやら、安心するやらで、まだまだおれたちの腐れ縁は切れそうにもない、、、 当面の課題はこの夏休みだ、、、
 それにしても多くの空地や、広場が、マンションとか、ショッピングセンターとか、駐車場になって消えていったのに、ここだけは、なぜか一向に人の手が入らない。
 母親が言うには、昔に一家心中があって、家が燃えちゃって、みんな縁起悪がって近寄らないのよと、なんだか子供ダマシみたいな説明をされたけど、、、 たぶん口から出まかせだ、、、 あれから変わったことといえば、雑草が多くなったことと、遊んでいる子供が見あたらないことだけだった。
 そんな空地は、もう過去とは切り離れて別の空間になっている。たしかにおれたちが駆け回った場所なのに存在としてあるだけで、なんの接点も見いだせない。変な感傷にひたるのは人間の側だけで、それもおれのふがいない記憶だけの中にある。
 自然とか、時間とか、そんなことにいちいち関わっちゃいられないんだ。もう何度こんなことを繰り返せば、おれはまともな人生をすごせるんだろう。


Starting over02.31

2018-11-12 20:02:14 | 連続小説

「おまえってさ、朝比奈と会話できるんだな。 …すげえ」
 こらこら、マサト。本人を前にしてそんなぞんざいなモノの言いかたしちゃあ、、、 もっとも会話っていっても、一方的に問い詰められているだけで、会話としてなりたっていないが、、、 心優しいおれは、ふたりのあいだに入って注意してあげようかと、そう思って見上げると。
「どうした? イチエイ。朝比奈なら、さっき帰ってったぞ」
 あっそ。そうなのね。うーん、あのね、オマエがこなけりゃ、ガソリンスタンドの件から少しでも親睦を深めて、クラスの女子全員を敵に回した分のモトを取るつもりだったのに。これじゃ二兎追うものは、一兎も得ずになってしまうじゃないか、、、 おっ、めずらしく最後まで言えた、、、 
 とにかくマサトと絡んでるとロクなことはないって見本みたいなできごとで。朝比奈がいなければもうこれ以上の長居は無用とばかり、帰ろうとするオレの手を引き寄せて、マサトはまだ何か言いたげなようだ。
「言いたげじゃなくて、言いたいことがあるから来たんだよ。はるばる隣のクラスから。最速帰宅できる10分の電車をパスして」
 はるばる来なくていいし、さっさと電車に乗って帰ればいいのに。どうせさっきのハナシの念押しに来たんだろう。そんなに早く結論でないって、、、 いや、朝比奈の期待? に応えるのならバイトするのもアリだな、、、 さて、どうしたものか?
 校庭に目をやれば、部活へ向かう生徒と、家に帰る生徒とが入り混り、校門への通りは混雑を極めている。
 おれだって、つい三ヶ月前までは、授業が終われば真っ先に部室に駆け込んで、校庭でランニングを始めていたものだ。そう今日のように、授業なんかに一切の関心を持つこともなく、解き放たれるこの時間を心待ちにしていた。時間をムダに過ごしてきたのはおれも同じで、朝比奈のことをどうこう言う立場じゃない、、、 どうこう言える度胸もない、、、
 あの中にいたはずの自分はもう二度と現れることなく、こうして教室の窓からの単なる傍観者となって、隣でやいのやいのとうるさい、腐れ縁の長さだけが取り柄のマサトのハナシを聞いている、、、 聞いてないけど、、、
「聞けよ、イチエイ。だからさあ、バイトの先輩がさ、いい人なんだよ。面倒見が良くて。それでさ、その彼女さんが、またキレイな人で、時々、差し入れ持ってきてくれたりして。なんていうの、大人のオンナって感じで。いいよなあ、彼女に比べれば朝比奈もまだまだだなあ。オレもあんな彼女欲し… 」
 校庭の隅を、それでも慄然と歩を進める朝比奈がいた。つい目に止まったのか、朝比奈の存在感が大きいからなのか、おれが勝手に盛り上ってるからなのか、、、 
 朝比奈は小魚の群れの中を回遊している捕食魚のようにも見え、小魚たちはうまく敵を避けながら群れをなして漂っていく。その光景を目にすれば、決定的に別の人種なんだって印象づけられるほど、自然なうちに選別されていた。
 それにしてもきれいな歩き方をしている。おれだって、だてに陸上を長く続けていたわけじゃいない。早く走ろうと思えば、きれいな歩き方からはじめる必要があり、そいつはやっぱり無意識にはできないので、それなりに身体の動きをアタマの中でイメージしながらおこなうものだ。
 調子がいい時だと、スッと自然にそのフォームに入いっていける。そうでないと、きれいなフォームがイメージできないし、自分がどんなふうに歩いているかもわからなく、異様にギクシャクした動きのまま、いくらやっても修正できないこともある。
 これはもうアタマで考えれば考えるほど深みにハマってしまい、なにが正しいのかわからなくなっていくから、そういうときは変にもがくよりカラダが自然に動きを思い出すのを待った方がいい。
 ひとの好調を評価するのは簡単なのに、自分の好調を維持するのは困難だ。まわりの見る目が変わってくると、自分も知らずと慢心していく。それが良い面に出ればいいんだけど、たいていがそうでなく余計なプレッシャーとなり、埋められないミゾに自分を保つことができずに自滅していく。
 なんだって一足飛びでは成長はできないんだから、いつだって一歩づつでいいはずなんだ。
 一歩づつ、カタチのいいオシリが無駄な力を使わずに大転子を軽やかに回し、右へ左への動きと連動してセミロングの髪の毛も右へ左へと揺れている。もちろんおれの目は、髪よりオシリにロックオンしているんだけど。
 部活の時だって、アップするフリをしながら、しばらく前を走るケーコちゃんの後ろを追っかけてたこともあった、、、 往来でやれば変質者扱いまちがいなし、、、 いやべつにオシリだけを見てたいわけじゃなくて、速く走るための美しい動きに目が離せず、そのついでで見ちゃうだけで、、、 ウソです、、、 煩悩に勝てるほどの強い意志など持ち合わせているわけがない。
 朝比奈の歩き方は部活のころを彷彿させてくれた。いいオンナってヤツは、やっぱりなにをさせても無敵なんだ。そいつが武器になりハンディにもなる。いいじゃないかそれだって、若いうちだけだ。そんなこと言えるのも、言われるのも、、、 オシリの動きで、そこまで語らなくてもいいかな。
「 …それでさ、約1ヵ月半。みっちり働けば、10万くらいにはなるんだよ。いいだろ。さっきも言ったけど、クルマ買うのにアタマ金にはなるし、セコハンならそれで買えちゃうかもよ。おれさあ、具体的に言っちゃうと、ナナイチ欲しいんだよねえ。通りのU-Carショップに置いてあるの目エ付けてんだ。20万だからさ。二人で10万づつ払えば買えちゃうんだぜ。中古だから予約しとかないと、売れちゃったらおしまいだろ。今日の帰りにでも寄ってさ、予約しようぜ。そしたら夏休み明けには飛ばせるぜ。オレたちのカーライフの華麗なるスタートだ。なっ、これいいだろ? 授業中に勉強もせずに考えたんだぞ」
 考えなくていいから、、、 授業聞いてないの自慢しなくていいから、、、 おれが言うこっちゃないな、、、
 超利己主義なマサトの考えは、そんな都合のいい購入方法を忘れないうちに、念押しついでに言いに来たんだ。授業中から居ても立ってもいられなかった姿が思い浮かぶ、、、 浮かべたくないけど、、、 朝比奈の記憶が薄れていく。
 だいたいナナイチって何だ? ナナハンか? ああ、そりゃバイクだ、、、 ってひとりノリツッコミしてみた。
 だからおれの誕生日は12月だって。マサトは免許を持っているかもしれないけど、そりゃ単に、おれがバイトしたら手に入れるはずの10万を、いいように遣おうと画策しただけじゃないか。なにが電車の時間を飛ばしてやってきただ。
 マサトの報われることない夢物語を語り終わる頃には、朝比奈の姿はもう見えなくなっていた。たった一匹の捕食魚は、駅へ向かう歩道の中で、イワシの群れに飲み込まれていった、、、 やっぱり数は力なのか。
 これでもう、この教室の窓際にいる必要もなくなり、、、 本当なら朝比奈との余韻を思い出しながら、ここで優雅な時間をしばし反芻していたところなんだけど、、、 その記憶をもとに楽しい夜を過ごそうと、、、
 マサトには適当に相づちを打って話題を変え、一緒に次の電車に乗って帰ることを提案した。
 なにが不幸って、小学校の頃からの腐れ縁なおれたちは、家も近所で、歩いて5分もしないうちにお互いの家を行き来できてしまう、、、 本当に不幸だ、、、 
 だからここは小細工せずに一緒に帰ったほうが面倒がない。どうせまとわりついてくるつもりだろうから、おれの家にまで押しかけて、それこそやると返事するまで居座られても困る。だったら、コッチからマサトの家に押しかけてのらりくらりっと交わして、適当なところで帰ってしまえとの判断からだ。
 今日は良くても、夏休みになるまでに、何度も返事の請求に来るのは間違いないから、しょせんは問題の先送りでしかないわけで、なぜならおれはヒマで行動範囲のせまい高校生だから学校が終わっても家に居るか、近所をぶらつくぐらいしかすることはない、、、 なのに勉強はしない。
 マサトへの返事も、将来の展望なんてモノも、もう少し、、、 できるだけ長く、、、 できればずいぶん先まで、引き延ばしておきたいだけなんだ。それがおれのいまの精一杯なんだ。 


Starting over02.21

2018-11-04 07:35:15 | 連続小説

 そうとはいえ、朝比奈の口からその言葉を直接に聞くのは、おれのもろい自尊心では支えきれず、どうして知ってるのか訊きたい気もするけど、そうすると腰のことを認めてしまい、それだとなんだかまんまと朝比奈のカマかけにはまってしまったようで、それもまたおれとしては避けておきたい、、、 おれにカマかけする必要性が見えんけど、、、 
 腰のことがあったとしても、おれなんかに言葉をかけたのは、いったいどういう心境の変化なのか。どうせならこれをきっかけに話しかけたいような、もうこれ以上は関わらない方がいいような。ふせめがちなおれは、なにごとにつけてひとに判断をゆだねてその結果に理由づけしていくことしかできない。
 はっきりしない態度は生まれ持ったもので、次のリアクションを遠巻きにうかがっていたら、ほんとうに向こうから寄ってくるではないか、、、 こんなに暑いのに、汗ひとつかいていない。なんかいい香りがする、、、 朝比奈だったら汗だっていい香りなんじゃないだろうか、、、 変態の域に近づいているな。
「ホシノがねえ、そうホシノが、わたしを選んだんだから… しかたないんじゃない?」
 はあ、あぁ、そうですか。そうですよねえ、、、 選んだ? なにを? 選んだような気もする、、、 
 時としておれたちは無力感に陥る。おれなんかはそれと同じかそれより以下で、ある程度、自分の意図した答えが導き出されれば、それを鵜呑みにしてしまい。突拍子もない答えなら、自分の解釈がそのレベルに達していないか、相手の意図するところが伝わってこないと、自分のレベルを疑うしかできない。
 さて今回はどれが当てはまるのだろう。一度も口を聞いたことのない、崇めてきただけの女性から、選ばれたからとか断言されたって、、、 たしかにある意味、選んだのは間違いない、、、 念じたり見つめるだけで気持ちが伝わったり、恋愛が成就すれば、誰も苦労しないだろうし、おれだってそこまで望んでいたわけでもなければ、いくら神の思し召しだとしても、少々やりすぎなんじゃないだろうか、、、 随分やりすぎだ、、、 できすぎだけど、それのっかるのがおれの生き方じゃないだろうか。
 そんなふうに自分を奮い立たせても、おれはやっぱり態度をハッキりさせることができず、朝比奈の次のアクションを待っていた。
 そこへ遠慮なく切り込んでくるのは、さすが朝比奈、、、 誉めるより自分を責めるところだな。
「ホシノだってわかってるでしょ。目の前で起きていることだけが現実ではないし、記憶に残っていることだけが事実ではない。すべては脳内で伝達されてる刺激が錯覚を起こし、それを事象として蓄積してるだけ。ホシノの欠けたピースを埋めようとするエネルギーが強ければ、その思いは叶うんだから」
 さて、彼女は何をおっしゃっているのでしょう? おれの脳は強すぎる刺激を受けて許容オーバーになり、錯覚と目眩を起こし、なにも蓄積することはなかった、、、 なんてしゃれたへらずぐちをたたいてみた。
 あっ、そうか、そういうことか。朝比奈が教師をやりこめるように、おれをいぢめようとしてるんだ、、、 なんのため? そんなことしも朝比奈にとってなんの得もないだろうに、、、 いやまてよ、つまり授業中の自由を手にするために教師にそうしたように、おれもまた朝比奈に二度と関われないように、隣のわずらわしい物体を排除するために、とことんやり込められているのではないだろうか。
 朝比奈は苦笑しながら、アゴ先で教室を差した。おれが後ろを振り向くと同時に、廊下側に固まっていた女子達が一斉に反対を向く、、、 オマエらドリフのコントか。と、突っ込みたくなるほど一糸乱れぬその動きに朝比奈は首をすくめた。うーん、オンナは群れているとかしましい。ひとりでいるとかぐわしい。神は自分の将来を自分自身では決められないなんて、やけに理不尽じゃないか。
「そうじゃなくて、逆にね。わたしと学校で絡んでもロクなことないから」
 そうかもしれない。でも、絡んでなくてもロクなことはなかったし。だったら絡めたほうが良いのではないだろうか。この勢いにノッかるのもひとつの手だ、、、 いやあ是非とも絡んでみたい、、、 マサトのハナシにノッかるより、残り少ない学校生活を楽しく送れそうだなんて、おれも相当な破滅主義だったんだなあ。
 どうせ最後の夏休みなんだし、、、 なあんて、マサトの時とはえらい違いで、夏休みだって、こんなおれなんかに都合よく使われたくないだろうけど。
「ホシノお、アンタやっぱり、毛色が変わってるな」
 毛色? 毛色って、髪の毛染めてないし。あっ、おれはイヌあつかいなのか? まあ、イヌでもいいか、、、 いや、イヌで上等。今後はイヌとして、よろしくお願いしたいッス。あれっ、イヌは毛色じゃなくて、毛並みだったっけか? それじゃ、毛色が違うってどういうことだ、、、 ことですか?
 おれがどうでもいいことでアタマを働かせてると、朝比奈は止せばいいのに、かたまって仲間の絆を深めあっているかしましい女生徒群を鋭い目つきで睨み返していた。それなのにおれは鳶色の瞳が魅力的だなとか、端が上がった唇が柔らかそうだなと、よこしまな心だけが活発に活動していた。
 バタバタと足音がして、扉が閉まる音がして女子が廊下に出ていった。蜂の子を散らすように、磯ガニな波にさらわれるように、そして朝比奈の眼光に耐え切れない女子生徒のように、、、 そのまんまだな。
 自分が置かれた境遇がいかに特異な状況であったとしても、別に良く見られようとして分け隔てなく人と付き合ってるわけでもなく、これで明日から女子からはスポイルされるだろうし、男子からはやっかみ半分でからかわれること間違いなしだ。
 昔からの性格はたやすく変わるわけはなく、三つ子の魂、百まで、、、 自信がないなら知らないことわざ使わなくてもいいのに、、、 簡単に言えば『血』? 単に八方美人? こんな性格に生んでくれた両親に、プチっとだけ感謝しようという気にはなった。
 どっちにしろ、人の評価っていうのは、自分でどうこうするより、勝手に他人に決められていくものなんだって、あらためて認識するおれだった。
「ホシノ、スタンドのバイトしなよ。それで、わたしが入れにいった時はオマケしてくれ」
 なに? なんでそこにつながる? あっ、そう。やっぱり聞いてたのね。それでガソリン代を浮かせようと粉撒いといたってわけだ。
 ついにおれは妥協できる着地点を見つけて、安易にそれにすがることを選んでいた。平凡な人間であるおれは、ありきたりな結論を早く見つけないと息がつまってしまうんだ、、、 あれっ? でも、それならおれじゃなくても、マサトでもいいんじゃない。
「よう、よう」
 なんだかまたややこしい時に、胡散臭い野郎の呼ぶ声が耳元を濁してくる。せっかく朝比奈の美声のシャワーを浴び、そのまま耳の中に封じ込めておきたかったのに。
 ああそうだ、コイツだ。今回のすべての始まりはコイツの自己開示を強要する言葉から始まったんだ。そして今また、おれの耳がコイツの毒声に汚染されていく。
 二十年ぐらい経っても、高校最後の夏休みはコイツのこのセリフから始まったんだなあと思い返すことになるんだと思うとうんざりしていた。
 できれば朝比奈とのエピソードが先がよかった、、、 で、なんで二十年後なんだ、、、 どうやらおれたちは同じところをなんども繰り返して生きているに過ぎないってことらしい。