private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over14.1

2018-02-25 12:03:27 | 連続小説

「あっ、いかんいかん、お嬢ちゃんのスクーター、整備場の奥にしまっといたからよ。帰る時に忘れずにな。言い忘れるところだった」
「すいませーん。いろいろとご迷惑をおかけしましたー」
 さっきまでの憎まれ口はどこへやら、朝比奈が女子高生を気取って殊勝にアタマをさげる、、、 女子高生でいいのか。
 
オチアイさんは照れくさそうにして、朝比奈の動作を見ることもなく、手を振りながらガレージをあとにした。こちらは男前を気取っているのか、もう拘わりを持ちたくないのか、、、 両方だな、きっと、、、
「 …あのさあ、ホシノォ」
 オチアイさんがいなくなったのを見計らって朝比奈が口を開いた。いったい何を言い出すつもりなのか。とりあえずさっきの行動の説明とか、続きでないのは確かだ。
 カラダを寄せるその先が、おれの自分勝手な想像とはかけ慣れているとは思いもせず、言い出しからして重い話であろうとは想像できた。あんまり重過ぎると、おれ、持ちこたえられないからな。ただでさえ諸問題が山積みなのに、、、 きっと潰れるな。
「オトコがさあ、みんなホシノみたいだったら。私の人生もずいぶんとラクだったのかなあ、なあんてね、思った」
 はあ、これはどうなんだ? どうっていったって、オトコとして楽だとか言われて喜んでいいのか、、、 安全パイ宣言だな、、、 だとしても聞いた側の権利ってやつを行使して、文句を言われる筋合いがないとして、コッチの勝手にさせてもらえりゃ、そいつを含めて言った側の責任だなんて、都合のいいときだけ責任問題にまで発展させちゃうけど、、、 悪いね、いつも一方通行で。
 
つまりさ、おれみたいなのが彼氏なら、朝比奈はラクに生きられて、人生もバラ色になるってことだろ、、、 ずいぶん着色したな、、、
「どうしてみんな、私のことほっといてくれないんだろう。それが、ある意味、贅沢な悩みではあるのはわかってるんだけどね」
 それは難しいモンダイだよな。そりゃ、ひとを外見で判断してはいけないと、小学生の頃から、道徳の時間とかに言われてたし、血気盛んな野郎どもが朝比奈を見て何もせずに放っておくのなら、ビョーキかアッチかのどちらかだって思われてもしかたないわけで、それを見たほかのオンナどもは面白いわけがなく、どちらにしろ関わろうとするか、足を引っ張ろうとするかの動機にはことかかない。
 なんにしろ、他人からほっとかれる方が多いおれとしては、朝比奈の悩みを共感するのは難しいけど、確かに、変に不特定多数にからまれることを思えばラクはラクだ、そのぶん拡がりもない。
 
そんな朝比奈特有の悩みも、本人の口からは言いづらい話しだし、何を言っても高慢に聞えてしまうから、そうそう口に出せるものでもないとすりゃ、自分の身の内に隠しておくしかない。そいつの納まり場所が膨れ上がりゃ、もう吐き出すしかない。今日の出来事がそのきっかけになったとしてもおかしくないわけで、そこにおれがたまたまいただけだと考えればいい。
 
いくら朝比奈だって、、、おれが勝手に朝比奈をそう決めつけてるだけなんだけど、、、誰かに拠り所を求めたとしても咎められないだろうし、おれがいまできることは受け止めて、受け入れるぐらいのもんで、状況と感情が、朝比奈の態度と言動を緩め、しもべとしての扱いとして命じられれば、拒むことなくその役回りを演じる、、、 そうやって人間は、見知らぬ男と女が一緒になって繁殖してきたんだから。
 思い込みでいいんだ。しょせんは自分都合の勝手な思い込みで、それがうまく回れば良い結果を生むだろうし。勘違いなら悲しい結末が待っているだけだ。そう、ただそれだけのことだ。だからおれは取り合えず『うーん』と、いう抽象的な言葉を選んだ。関心があるとも、ないとも。その先を聞きたいのか、そうでないのか、どちらにでもとれそうな便利なあいづちだった。
 
朝比奈は、目をかしませておれの方を見ていた。おれがどんなにうまく立ち回ろうとしても、やはり主導権は朝比奈にある。できればもうこれ以上、おれのヤワなハートを傷つけないで欲しいと祈るばかりだ。
 
「そりゃね、容姿よく生まれてきたことに文句言うつもりはないし、感謝しなけりゃいけないぐらいなのかもしれない。でもね、だからって、ギラついた目で見られることを容認できるほど出来た人間じゃないし、そこまで従わなきゃならない義務もないでしょ」
 おれの指先が、朝比奈の足の先から、うわ向きの胸の先までをなぞっていった。おれだって興味がないわけじゃない。どうやらギラギラしてないことで、それなりの評価を得ているようだ。淡白な眼つきで生んでくれた親に文句言うはずもないし、感謝しなきゃいけないのかも、、、 なのか? などとふざけたいたら、朝比奈の冷たい目線が痛かった。
「そりゃあねえ、ホシノがまったくそういう目をしていないとは言えないけど」
 あっ、やっぱり気づかれてましたか、、、 ですよね。
「当たり前よ。女の子はね、オトコの目線がどこ向いてるか、ちゃんとわかってんだから。でもね、ホシノの場合は、そこに陥ることを認めている。認めたうえで陥らない一線を保とうとしている。マンデヴィルのいうところの経済的でない人間像を地でいっている。そうならね、私としても落ち着けるの。そうじゃない部分で接点を作ろうとしてるって伝わるから。 …マンデヴィル。知らない?」
 おかげさまで、どこのドイツかオランダかってぐらいなもんで。ああ、オランダ人なの、ああそう、、、 単なる偶然だな、、、 つまりは、おれは生産的でない人間だって宣言されて、それが朝比奈に安心感を与えているってわけだ。
「うーん、そうねえ、別にけなしてるわけでもないんだけどね。でも誉めてるわけでもないから間違えないように」
 多くの言いたい言葉は、まだ、奥にひそまったままだった。それだけ朝比奈の許容量は大きいのか。察するならば、ほうぼうをいきり立たせた男どもの好奇の目にさらされ、今日のように親しげに声を掛けられ、拒めばお高くとまっているだとか、相手によっては暴言を吐かれ、いろんな意味でのはけ口となることを強要されてきたがゆえに達観した境地に至ったんだろうか。
「達観も達観。達観するわよ。なんだかねえ、集団心理ってのが見えちゃうと、どうしても素直に従えない子どもだったからね。一度見えてしまえばもうあとはそれの繰り返しだったから、どうしてあなたたちにはわからないのって問いたいぐらいだった。透明でいられるのは幸せであり、時にまわりにとって迷惑でしかない」
 
朝比奈はここまで喋ると、おれの方に困ったような笑いを見せてきた。
「同級生だけってわけじゃない、先生の中にはひどいのもいた。特に子供を手玉にとったようなしゃべり方をする人達はね。ある意味、集団を煽動することに恍惚を得ているように私には見えたから」
 同意したいところだけど、おれは先生って人物をそんなふうに見たことはない。同じ景色を見たって、見える範囲はひとそれぞれ。それでいい、みんなが同じ景色に溶け込むことがどれだけ危険なんだって、これまでの歴史が証明しているんだから、、、 知った口のきき方だけど、具体的な例をあげられるわけじゃない、、、


Starting over13.3

2018-02-18 06:18:52 | 連続小説

 その男はヘルメットも被っておらず、ひとめでその種族とわかる風貌で、そしてすぐに、それっぽい言葉づかいをこちらに向けて、汚い言葉を投げつけてきた。
 育ちのいいおれにはとても直接には表記できないので、言いかえしますけど、『キミにはもったいないぐらいの素敵な女性だから、いつまでも引っ付いて喋ってないで、仕事すませたらさっさとどっかに消えちまいな。このオンナはオレがヨロシクやっとくからよ』 怒りがコントロールできずに最後の方は、ほぼ原文のままになってしまった。
 
朝比奈はなんら動揺したところも見せず、変わらぬそぶりでなりゆきを見守っている。そう、いつもと同じクールでタフな、、、 聞いたような文章だな、、、 言いかえれば、冷静かつ力強いスタイルを保っている。
 下あごをつきだして息巻いている男の荒くれた言葉に、おれはなにも決められずあいかわらず阿呆ヅラしてたたずんでいると、当然のように突然の闖入者は苛立ってくる。ヒートアップした言葉は、言いかえるのも面倒なので原文のままお聞きください。
「オメーよぉ、なにアホずらして突っ立ってんだよ。聞えねえのか? ボケがぁ」
 自分でもそれはわかってるって。だからそうやって心理描写してるんだけど、、、 心の声は聞えないからしかたない。
 
冷静っぽく見えるかもしれないが、実はケツの穴が縮み込んでいて、このピンチをどう乗り切るべきか考えなきゃいけない状況で、あいもかわらず、みごとになんの打開案は思い浮かばない。そんなおれに畳み掛けるようにして、傍若無人なこの男は肉体的に直接攻撃をしかける。
「おらっ、とっとと消えな!」とおれの腹に向かって脚蹴りを入れてきた。結構痛かったけどこれはガマンできた。
「さあ、行こうぜ」と朝比奈の手をなれなれしく引っ張った。これはガマンできなかったみたいで、颯爽と意識が飛んでった。身体とアタマがつながっていない状況ってやつは、さほど人生にそうそうあることではない。はじめてといったできごとにおれは、どこで止めたらいいのか、あと先考えることもなく、それは自分が制御できていないのか、本当の自分が現れたのか、誰かに操られているのかもわからなくなっていた。目の前の映像はテレビ画面を見ているようで、自分の意思とつながっているとは思えない。
 
そこから先の行動は良く覚えていない。気付いたらスタンド裏のガレージの中のクルマの中に二人で座っていた。そう、永島さんのモノだったクルマで、キョーコさんにもらってと言われたクルマの中に。きっと何かに包まれていなきゃ不安でしかたなかったんだ。このクルマがこのために残されたんだとしたら、おれはキョーコさんの啓示の中に生きている。
 アタマは熱っぽかった。何か考えなきゃいけないんだろうけど、血液の流れが大きな音を立て、それをジャマする。熱かったのはアタマだけじゃなく、左手が妙に温かいと感じていたら、どうやらおれは朝比奈の手を握っていた。無我夢中で朝比奈の手を引っ張って、ここまで連れてきて、そのままクルマに乗り込んだみたいだけど、手を握ったままクルマには乗れないはずだ。
「ホシノ… 」
 朝比奈は難しい顔をしていた。こんな表情を見たのははじめてだった。いつもクール、、、 冷静沈着な朝比奈は、それこそ少女の顔になっていた。そりゃそうだ、この状況でそんな態度を取られたらおれの立つ瀬がない。ここはおれが安心させなきゃいけない場面だ、、、 ってなにができる。
「 …アンタさあ」
 朝比奈がナーバスになっていると思っていたのは、おれの勝手な推測、というか希望的観測でしかなく、やっぱり朝比奈はこんなことがあっても朝比奈でありつづけた、、、 少しホッとした。
「思い切ったことするわね。あのバカにホースで水でもかけるようにガソリンぶちまけて、ポケットに手ェ突っ込むから、そりゃ腰も抜かすわ。アイツたぶんチビってたんじゃない。ガソリン被ってるから、バレずにすんだと思ってるかもしれないけどね。タバコすわないからそれはないって思ってても、さすがにホシノがライター出したらどうしようかって、わたしもチョコっとは心配した」
 チビりそうなのはおれの方だ。全身がまだ震えていて、それを朝比奈には知られたくないと思っていても、触れていた左手のことを考えればそれはありえないはずで、それにここまでの行動を目の当たりにしていれば、おれがケンカなれしてないとか、度胸がすわってないとかそんなことはお見通しだ、、、 それでよく朝比奈を安心させるとか、、、
 
成り行きとはいえ、大そうなことをしでかしてしまった。自分の許容を越えた行動に、慟哭はつきものだ。さっきそれを実践したばかりなのに、許容に収まらないほどの経験値以上であれば学習能力も役立たない。たかだか人の経験なんてそんなもんで、朝比奈はそんなおれを気遣ってくれている、、、 たぶん、、、
「だけど、よかったんじゃない? 人ってさ、突然の行動に本心が出るもんだし、みさかいなかったとしても、わたしを護ろうとしたホシノは」
 疑問形なところや、検体的に見られるのがいまいち不満だけど、多くを望んではいけない。そう言った朝比奈はアツい眼差しとともに、おれの左肩越しからカラダを寄せてきて、おれの不満は吹き飛ぶどころか想像以上の成果だ。
 この場合、身体をカラダって表現するからエロさが増すと思うんだけど、おれ的にはまさにそんな感じで、朝比奈のやわらかな肌が薄手のシャツごしから伝わって、おれの左腕が羨ましかった、、、 おれ自身だから別にいいのか、、、 そう納得すると、いろいろと立ち上がってくるモノが、、、 きっとこのクルマはこのために、、、
「やっぱりここか」
 シャガレた男の声を耳にして、いろいろションボリと貧相なカタチに戻って行くのには時間がかからなかった。
 
こんなもんだ。いい場面になると必ず現れて、物語をなかなか思い通りに進めさせてくれないヤツが登場する、、、 オチアイさん本人には言えない。
「オマエなあ、大したことしてくれたな。おとなしいヤツかと思ってたけど、やってくれちゃって。永島さんがいなくなって、ただでさえゴタゴタしてるんだからよ、カンベンしろよな」
 あっというまに現実に、、、 悪夢のような現実の世界に、、、 引き戻された。朝比奈に寄りそられていい気分になっている自分が悪いんですけど。くっついていた朝比奈は、いつのまにかちゃっかりと座席に戻って澄ました顔をしている、、、 やっぱり抜け目のないオンナだな。
「とりなすの大変だったんだからな。ヤッコさん、いつまでもみっともない姿さらしたくなかったみたいで、そうそうに引き上げてったけどさ、悪態ついてたし、絶対お礼参りにくるだろうな」
 ですよね。そういった風情だったし、そういったお仲間もいそうだし。自業自得なんだからって、やっちまったからにはしょうがないってハラ括るほど男気もないくせに。
 
ひとつ上に立ってすべてを見わたせていたら、世界から争いがなくなるはずだけど、そうじゃないから、世界中で争いがあり、その中のわずかな諍いではあるけれど、おれにもそいつが飛び火しているんだ、、、 と思うことにしよう。
「ホシノ。オマエさ、もうここに来ないほうがいいな。どうせ8月いっぱいでここも閉めることになりそうだし、わざわざ火種を大きくする必要もないだろ。なんか言ってきたら、もう辞めたって言っとくからよ。その先まではなんともならんから、そこまでは責任もてんぞ」
 すいません。オチアイさん。さっきはひどいことを心の中でつぶやいてしまって。いい雰囲気になってるときに顔を出す、馬に蹴られて死んでしまうような男だと少しでも思ったこのおれをお許しください。
「じゃあな、お前ら、いつまでもイチャついてないで、早めに帰れよ… あのさ、」
 早く帰れといいながら、なんだか話が終わらなさそうなんですが。年配のひとってそういうとこあるよね。年配っていっても5歳しか変わらないけど。それにイチャつくとか、そんなこと全然ありませんから。
「オレぐらいの年になるとなあ。こう、夏休みがきて、オマエみたいな新人のバイトが入ってくると、ああ、また一年たったんだって、そう思うわけよ。この一年なにをして、なにを手にできたのかなって。オマエらはまだ、そんな感じ方しないと思うけどさ。だからだ、だからさあ、そうならないうちが実は一番いい時期ってことなんだと思う。いろいろあると思うけどよ、それもいい経験だ。なんていうとオッサンくさいか」
 なんて言うと、朝比奈はじゅうぶんオッサンだよ、と小さいけれど聞えるようにつぶやいた。
 
苦笑いしているオチアイさんが、オッサンかどうかっていうことより、いったいおれたちがその心境に達するまでにあとどのくらいの時間が残されているのかわからないし、いま生きていくことだけで精一杯で、気がつけばオチアイさんの見た景色と重ね合わさっているなんてことになりかねない。
 
限りある期間に咲き乱れ、ひっそりと散っていく桜のはかなさに意味があるように、若者たちのこの時期ってやつにも意味があるんだろうけど、その意味を知る頃にはもう後戻りできないところまで来ている、、、 いつだってそうだ。