private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over21.1

2018-07-29 21:35:16 | 連続小説

 それでだ。それで、ガソリン入れるならスタンドにいかなきゃならないし、スタンド行くならわざわざ知らないところに行くよりもバイト先に行けばいい。なんといっても鍵のありかも知っているから、勝手に給油することもできる。てことは、うまくすりゃタダになるな、、、 そいつはまずいか、、、
「行かないとね。わたしのスクーターも置いてある。それは、つまり、引き取る必要があるからだけど。ついでにわたしにも入れてくれる? タダで」
 そりゃ入れろと言われれば、喜んで入れるけど。こんなんでよければ、、、 タダで、、、 ただ、、、 この場合のただは、しかしと同義語の接続詞だ、、、 そこにはひとつ問題がある。問題というほどたいそうなハナシじゃないけど、つまりマサトの言うところの“おわかれ会”なるものが、まだやっているのだろうかが気になるところだ。
 もう、おひらきになっていたとしても、そこにみんながいれば、目の前で堂々と給油できるほど無神経でもない。いや、オチアイさんの手前、そんな傍若無人な振る舞いができるわけがない、、、 客として入れてもらえばいいんだけどな、、、 それではタダにはならんけどな。
 
そして朝比奈とふたりで朝帰り、、、 正確な意味ではないが、朝に帰えってくれば、朝帰りでいいはずだ、、、 してマサトの前に現れた日にゃ、なに言われるかわかったもんじゃない。それも永島さんのクルマに乗っての御登場だ。
 
つまりそれは、おれはマサトがこの夏に手にしようとしてた、クルマとか、彼女とかをたずさえてマサトの前に現れることになり、そんな悪趣味な行為をするのはおれの性格にあわない。
「いろいろと、面倒なこと考えてるのね。まわりからどう見られているかとか、そういうのに振り回されて生きていくがやっぱりお好みなの?」
 
おれは理解できてたこともうまく活用できないから、前に宣言した言葉だってそのまま行動にうつせない。そのうえ同じようなことをなんども確信を持って言う。そのくせそれとは別に違うことを思ってしまう。でも、まあそれが人間だ。ストーリーの中にいるようななんの間違いもおこさない完璧な人間ではない。
「そうね。そんなに簡単には変われはしない。変わるって言い方も正しくないのかもしれない。次の段階に行くって言った方がいいのかしら。たとえば進化するとか。だからね、変わろうなんて思わずに、バージョンアップしたと思えばいい。ホシノは、もう何にだってなれるんだから。なってみればいい」
 
いやいや、朝比奈のように自由気ままに振るまっても許されるような存在ならば、おれだってそうしている。世の中でそうである人間は少数だ。よほどの大物か、よほどの嫌われ者のどちらかだ、、、 完璧にセリフをこなしていく朝比奈はやはり別格だろう、、、
「それは、どうも… 」
 その返答には、なんの感情も込められていなかった。そこを察するところ、自由に振るまえる以上に、理不尽な制約にしばられているんだと言わんばかりに。きっとおれが知る以上に周りの目にさらされて、好奇の目で見られて、イヤらしい目で、、、 それはおれも同じだけど、、、
「 …そうねえ、ホシノがそう思うんならそうすればいい。アイツらもそうだけど、男の子はそういうのを中心として生きている。ある意味それだけが生きてく理由でもある。女性は男の添え物だった。いままでは。オトコの遺伝子が多くに種を植え付けることを主観としていても、オンナの遺伝子はそうではない。神の采配は永遠にうまることはない。そのうち逆転すればわたしもおもしろいのに」
 また、おれを苛めるようにコトが大きくなっていった。おれが大勢の女に好奇の目で見られるなんて、神がどう采配したってありえないだろう。あれ、でも、男だって色男とかだと大勢の女にキャーキャー言われてるじゃないか。ああ、でもあれは、イヤらしい目で見られて、スキさえあれば襲ってやろうとは思ってないだろうしな。
「主観はなく、踊らされていることに誰も気づかない。ハリウッドの映画じゃみんなその手のストーリーばかり。タバコを吸いたくなるように、コーラを飲みたくなるように、映像は女を欲求のはけ口にする。そうして女に見限られた男の主人公がもてはやされるようになっていく。なんにしろ、わたしたちがかかえるには大きすぎる問題だ。わたしたちは差別する生き物なんだって。肌の色の違い、性別の違い、生まれの違い、なにひとつ公平ではない」
 そうに違いない、時おりおれたちは自分では解決できない以上の問題をかかえこむ。天はひとに、、、 いまはそれはいいか、、、 そんな大きなことまで考えるより、当面おれが直面する問題はマサトの質問攻めぐらいだろうが、なに言われてもかまわんけど、それにいちいち答えるのが面倒で、どっちにしろまともに答えるつもりもないけど。
 
おれはしかたなく観念して、ドアを開けてもう一度クルマに乗り込む。えらそうに朝比奈に助手席をすすめようとすると、朝比奈は運転席をゆずれとばかりに閉めた運転席のドアを開いてきた。だったらおれはそのまま居座って、うしろから羽交い絞めにでもしようかと思ったんだけど、ようしゃなく左足を突っ込んできた。
 
スラリとした無駄のないきれいな太ももが目の前にして、むしゃぶりつくのは無理だとしても、頬ずりぐらいはできたらいいな、なんて一瞬でも思ったのが間違いで、すかさず高圧的な冷たい目線に耐えられずに、すごすごと助手席へ移動していった、、、 貝殻に隠れるヤドガリのように、波打ち際のサワガニのように、、、 
「しょせんはその程度の欲望なんだ? 悔い改めなさい。わたしはそうでも良いと言ってるでしょ。愛でてるだけじゃ気持ちは同調しない」
 そう言って、右足を揃えて運転席に座った。朝比奈の言うところのなにが良いのか、とまどうしかないおれだけど、ただ異様に欲望は高まっていった、、、 朝だからなのか、、、 
 
ふつうに考えればスタンドまで運転してくれるってことで、おれはてっきり自分からやっていいような気持ちになっていたのに。
「当たり前でしょ、ホシノ、基本まっすぐしかできないんだから。それにね、いま調子に乗り始めてる一番危険なときだから。いいとこ見せようとか思ってるでしょ。わたし以外の誰かにも」
 ギクっ。こうして朝比奈の超能力か、おれが3歳児なみにわかりやすいのか、、、 両方だな、、、 そのおかげで、おれのマインドはワイドオープンしているのだ。
「だったら、もっと開いてみたら、いろいろと… 手の中にあるものだけを積み重ねた宝物で満足してしまっているでしょ。本当に必要ならば、どこか別の場所から探してこなければならない時もある。なにが必要かなんて自分ではわかっていない。わかっている気になって、手の中の宝物だけを大切にしている。もっと大切なものがほかにもいっぱいあるのに、手を少し伸ばすだけ手に入るのに、目に映っていなければ手も伸ばせない」
 きっと、いろいろな示唆を含んでいる言葉なんだろうけど、おれのあたまにはなにも残っていかない。目に映っているはずの朝比奈も精神的な距離は遥か彼方だ。
「行くわよ」
 朝比奈は、しなやかな手つきでシフトノブとハンドルを扱っていく。まっすぐ突き進むだけしか能のないおれにはできない芸当で、おれにはまだ必要のない運転技術だ。
 
ああそうか、そういう他人事の関心しか持てないうちは、自分の持てる能力しか発揮できないってことで、目の前にある生きた教材を活かす気が少しでもあれば、見えてない宝物も見えるようになってくる。
 クルマに魔法をかけた朝比奈は、昨日の夜とは打って変わって、なめらかに正確に安全に乗りこなしていた。なんだよ、こういうのできるんじゃん。最初からしてよ。
「いろいろとね。あるでしょ、気分的なこととか、いい娘だけでいても楽しくない、突っ張ってるだけも面白くない。人間はもっと自由なんだから。そうである自分に満足したり、そうであってほしい自分を演じているうちはなにひとつ楽しめてない。これもまた… 」
 この世の中に正しいことなど、うんぬんかんぬんってやつで、おれはまだその境地に達していないので、最後までセリフを言うにはためらわれる、、、 おれの進化はまだ先のようだ、、、


Starting over20.3

2018-07-22 17:42:00 | 連続小説

 しょうがないから、、、 ガソリンなきゃ走れないから、しょうがないってのも変だけど、スタンドに向かうことにした。
「さすがに… 」
 そう朝比奈は切り出した。おれはなんだかほめられるような気がしたから、すぐに朝比奈の方に顔を向けた、、、 飼い犬が、飼い主に褒美を貰えると思ったときのように、、、 そうするとそれを悟ったのか、すぐに言葉をためらって口角をあげる。よく見ると小さなエクボができていた。
「 …さすがにね、はしることに関しては、これまでのことが… そうね、ムダじゃなかったって」
 予想していたよりは、ほめられたのか、けなされたのか、微妙な言葉しかいただけなかった。
 
走るっていったって、自分で走るのとクルマを走らせるのと、どれだけ共通点があるっていうんだろうか、当のおれ自体がわかってないから、余計にほめられた気がしなかったのかもしれない。そんなのが本当に役立っていたのだろうかって、おれは実感のないほめ言葉にはいつも懐疑的だ。
「だから、そう思ったから、言うのやめようかって。ホシノがおなか空かしたワンちゃんみたいだから、わたしとしてはちゃんとほめてるつもりなんだけど」
 はやりおれは朝比奈のイヌ程度だった、、、 それで十分だけど、、、
「技術的なところはなんとも言えない。精神的な部分は、戦うという行為においては共通しているから、これまでの蓄積はムダじゃないって思う。そういうのだけは一日、二日でどうにかなるもんでもないから。機械を介してはしるっていうのは、これまでの行為とはあまりにもかけ離れているから、どう動かせばスピードにつながっていくのか、理論と行動を一致させるのは難しかしいのはわかる。そんな中で確実に自分のものにしていったのは、速く走るための勘所を知っている。そこがね、 …さすがだって… 言いたかった」
 言わせてしまった、、、 そして、おれはひっそりとニンマリする、、、
 朝比奈はおれが夜通し走り続け、それなりに手ごたえをつかんでいった工程の一部始終を見ていてくれたのはもちろんだけど、そんなに知りもしない部活時代のおれの気持ちまでくみ取ってくれて、今日との成果と結び付けて一緒になって喜んでくれた、、、 くれたよね、、、 その事実が嬉しく、いまの段階ではなんのために速く走ろうとしているのか、その目的はすり替えられていて、いまではクルマで走る機会をつくってくれた皆様に感謝するしかないと、、、 おもにキョーコさんに、、、
 そう言われて思い返してみれば、自分がどれほどうまくカラダを使えていたのか正直確信は持てなくて、自然にカラダが馴染んでったってほうが正しいんじゃないだろうか。本当に朝比奈が言ったように、クルマをおれのカラダの延長線としているのかなんの自信もなく、そう言われて思い込むしかできない。
 
おれがクルマを支配していったのならばいいんだけど、クルマがおれのカラダをいいように使っていったのならば、ひいてはおれが永島さんや、キョーコさんに操られているってことになるわけで、案外そっちが正しいのかもしれないなんて、とかく自分の能力に懐疑的になればなるほど、暗黒面に精神を持ってかれがちだ、、、 ほめられてすぐで申し訳ないくらいに、、、 
 
練習している時って自分の能力を過大評価し続けられて、そのまま一心不乱にできちゃうんだだけど、練習後になるとその熱から醒めていく、、、 なんにしろ総括は苦手だ。
「モノにだって、そうね、魂が宿っているだろうし、特に本人の思い入れが強ければ強いほど、そういうのってありえるでしょう。ナガシマさんってひとが手塩にかけて作り込んだクルマを思いを持って手放して、はたしてホシノが選ばれたのか、このクルマに乗る人間を選んでいるのか。手なずけれるかどうかはホシノの腕次第なんだから、まだ迷いがあるうちはクルマに乗せられてるんでしょうけど… 」
 そうでしょうね。おれは自分がうまくやれてるつもりだったけど、クルマに自分の未知の力を引き出してもらったって考え方もできる。モノが持つ力、そのモノを大切にしていた人の力、そういうのが脈々と引き継がれるってのもあるだろう。
 よく聞くのが武士の時代の名刀とか、その妖気に囚われて、本人の意思にかかわらず人を斬ってしまうってやつ。それのクルマ版ならおれは永島さんの妖気にとり付かれて、自分の能力以上を出してクルマを走らせていた。時間も時間だし、時期も時期だし、そういう魔界に取り込まれていたとしてもおかしくない、、、 のか?
「 …でも別にいいんじゃないの。モノが… クルマが、ホシノが持ってる力を引き出してくれたとしても、その力を持っていたのはホシノだし、あつかう能力を伸ばしていけたのもホシノなんだから。タイミングって重要で、どんなに能力があったって、発揮する場所がないまま埋もれていくひとなんてごまんといる。ホシノは今日、そのタイミングに巡り合えた。それってすごく重要で、貴重なことなんじゃない」
 そうだろうか、朝比奈だって、おれが見る限りこのクルマを自分の手足のように、そうだ、朝比奈のほうが先にこのクルマを思う存分乗りこなしていたじゃないか。意思を継ぐのを決めるのは自分ではなく、クルマや永島さんの思いであるなら、朝比奈にだって十分その権利は、、、 権利なのか、、、 あるはずだ。
 おれはきっと五万の内の一人だ。
「そのゴマンじゃないけど」
 なぜ、漢字までわかるんだ。しょせんおれが言うことだからって、そこまで読んだ上のツッコミだろうけど、これじゃあいいコンビじゃないか。
 朝比奈は急に遠い目をして寂しげになる。おれのとんちんかんな受け答えのせいでも、お笑いコンビを組むのを嫌がったわけでもなさそうで、首筋から手を差し込んで髪の毛をとかして、それから首をくるりと回す。そんな一連の動きの中にも多くの意味合いが込められているようで、なのにおれはそこからなにも読み取ることはできない。
「それはね… そうね、まだ、その話しは早いんじゃない、ホシノには。わたしはこのクルマでは戦えない。そう決まっているから」
 そんな朝比奈の言いかたは前も聞いた。言葉になんの説得力も論理性もないのに変に納得させられ、朝比奈が早いといえば早いんだし、決まってるって言えば決まっている。
 夏休みの感想文をまともに書けたことがないおれは、みんなが良いと言えば良かったと書いて、わかりづらいって言えばそう書いた。流されやすく、権力者にはさらに弱い、、、  もうすぐ夏休み、終わるな、、、 最後の夏休みだったけど、それなりに思い出はつくれたような。
 いや、いや、これから本番だろう。でっかい仕事がまってるんだから。なんだかそういうのも含めて、おれは生きている充実感をひしひしと感じていた。こういうのって自分で無理やり目標をかかげるより、ひとから押しつけられたほうがかえってヤル気になったりする、、、 ケツをたたかれないと前に進めない、、、
 なにかを成し遂げるために生きていく。おれたちってそういう目先の目標をつなぎ合わせて生きている。知らないうちに、知っていながら。そいうのってあればあったでうっとうしいんだけど、なければないで、流れていく時間に乗せられて生きてるようで、自分で時間をつくるって行為を放棄してるようで。
「いいんじゃない、そいうの。なんか官能的で、すごく人間っぽい。わたしは、ホシノと一緒だったら、もっと強い時の流れを感じられるんじゃないかってそう思っている。ひとりでもそうである時間は経験できた。わたしの場合はステージで唄うこと。バンドが奏でるメロディに合わせて自分の時間をコントロールしていく。その時間は他では感じられないほど心地よく、重たくて尊いもの。ホシノは走ることで同じようなことを成し得てきたんでしょ。目標を与えてきたのは、自分以外の権利を持っていた人間なのかも知れないけど、目標と日々戦ってきたのは間違いなくホシノだったんだから。これを体験してしまえばそれ以外のことがまったく無意味に思えてくる。だけど、それ以外の平凡があってこそ、その時間が貴重であるのもまた真実。夏休みの比重が重いのは、それ以外が単なる日常だから、それが現代のわたしたちに与えられた砂漠に浮かぶオアシスとして、すり替えられた幻想だとしても」
 タイムにしろ、記録にしろ、勝敗にしろ。成し遂げてもつねにその先があり、手が届きかけても消え去ってしまう砂漠のオアシスみたいなもんだ。どこに行き着けば、なにを手に入れれば満足できるのか。満足したときはもう次がないのなら、そこから先の人生に何の意味があるのかって、、、 それほど意味のあるこれまでの生きざまでもない、、、


Starting over20.2

2018-07-15 07:15:36 | 連続小説

 それからも工場の中央通りを何度も往復した。いつしか空が深い紫色に変わっていく。
 
新しい一日がはじまる。それをなんとなく当たり前のように迎え入れていた昨日までと、やるべき目的があって迎えるとでは印象が違うのは、そりゃあ自分本位の感じ方でしかないんだけど、自分がおかれた状況で、自然の営みを見る目もこうまで変わってくるんだって改めてわかった。そしてそこにはなつかしいかおりがする。
 
集中しているときだけ味わえるこの感覚。すべてが自分の味方をしているように思えてくる。自分がやるべきことをやりきったときだけに訪れる至福のときだ。
 
それを繰り返せば同じ状況はいつだって創り出せるのに、自分への甘さが出るもんだから、その境地に達するのは偶然の一回ぐらいでしか遭遇できず、だからチャンスは何度も訪れるわけじゃない。ここ一番をモノにする気概がなければ、単なる一回に成り下がってしまい、おれはその回数だけを重ねてきた。
 
そう思うと走りにもいっそう力が入る。なれてくると一回、一回を漠然と繰り返しがちになってしまう。この一回は唯一の一回なんだって、もういちど引き締めるには自分の見えない内面をコジ開ける必要があり、傍で見ているように簡単ではないんだ。
 
そのあげくベストを尽くせずに悔やんでもやり直すことはできない。だけど新しいもう一回は誰にでもあるんだから、いつだってその先に進む時はできる。誰にだって。
 
そういうことだって、漠然とした一回を繰り返したから至ったわけで、ムダではないんだって、そう思いたい。
 
左手を返してカチリとイチの場所に、、、 一速ってやつだ、、、 一速に入れる。足指の先だけで細かく調整して回転数を安定させる。厚底ではコントロールできないもどかしさから、おれはもう靴を脱いで靴下だけになっている。そうすると細かくエンジンの動きを調節できた。
 
クラッチがつながるときに生じるロスを考慮して少し、、、 これもなんどもやってくうちにわかったことだ、、、 ほんのひとメモリピクリとあがりかけたタイミングで左足を戻して、タイヤにエンジンが生み出したエネルギーをつたえる。それ以上でも、以下でも得られない鋭い加速が得られる回転数と、腰からつたわるこの感触を忘れないようにカラダに染み込ませていく。
 
どこがベストなのかそれは数字で認識するものではない。すべてはからだに伝わってくる感覚だけがたよりだ。数字にとらわれるとそこが基準となり、正しくやれていると思いこんでしまい、からだが求めているところとズレていたとしても、あたまが無理に納得させてしまうようになってしまう。
 
首にかかる重力がこれまでにない強さで、気管が押しつぶされて息がつまった。右足のアクセルをグーッと踏み込んでいく。ペダルの圧力は強すぎもせず、弱すぎもせず、なんのストレスもなく自分の意のままに踏み込んでいけた。
 
これは永島さんの調節、、、 チューニング、、、 のおかげなんだろうけど、期せずして感覚が同じなんだって変な気分だ。
 
意外なところで意外なひととつながっているなんて、そういうこともあるもんなんだって、喜ぶべきなのか悩むところだけど、いまさら自分がこうしたいって思っても自分で調節できるわけもなく、もしくはこのクルマの出来上がり自体が、おれのために組み立てられたんじゃないだろうかと、そんなはずもないことまで考えてしまうほどフィーリングが一致している。走るほどに手に、足に、身体になじんでくる。
 
こんな感じ前にもあった。シューズを忘れてどうしようかって困ってたら、先輩が声をかけてくれた、、、 そのひととしか足のサイズが一致しなかったってのもある、、、 もう捨てようとしてロッカーに入れっぱなしになっていたモノを、よかったらやるよって放り投げてきた。
 
使い古されてクタクタになっていたシューズだったけど、履いてみたら異様にフィットして走りやすく、自分のために開発され熟成されたとしか思えないほどで気持ち悪いぐらいだった。
 
数日履いていたら、おれのタイムも目に見えてアップしていき、そうすると先輩は、それ返してくんない? と問いかけるいいかたとは裏腹におれの手から奪っていった。
 
おれは同じメーカーの同じシューズを購入して柔らかくなるように、足にフィットするように、手でもんだり、形をはめて伸ばしてみたりしたけど、同じ感覚は二度と戻ってこず、先輩もそのシューズを履いたからといってタイムが伸びたわけでもなく、いつしか見なくなったシューズはその後どうなったのか知ることもなかった。
 
はたしておれのタイムがあがったのがあのシューズのせいだったのか、たまたまそういう時期だったのか、そんなめぐりあわせとかってあるもんだ。
 
だから今回も、そこは過大評価せずに、偶然の一致ってことにしておこう。自分のからだにフィットするってのは、主観でありつつも客観なのかもしれない。どれだけ自分が自分のからだについてわかっているのかなんて、思い込みの内でしかないんだから。
 気持のいい加速とともに朝比奈が置いた2本目の空き缶が接近してくる。回転数が跳ね上がっていくそのタイミングで、アクセルをちょいと戻してクラッチを切る。即座に反応、、、 レスポンスってやつだ、、、 が早く、エンジンは抵抗がなくなって回転数が急降下してくると、もっとも力がでるところ、、、 パワーバンドだな、、、 で、つかまえて2速に入れて次なるスピードの領域を手に入れる。
 
初速よりは楽になったものの次なる力が腰からも首にもつたわってくる。
 
最高だ。地球の果てまでこのまま突っ走れそうな、そんなたわごとが脳裏に浮かぶ。自分でタイムを計っているわけじゃないけどたぶん今日一番の、、、 昨日から走ってるけど、、、 タイムが出たはずだ。
 
こういう感覚が大切なんだ。実測ではなく速かったって感じ。そしてそれはもうこのクルマと、今のおれとではこれ以上出せないタイムなんだって思う。
 
朝比奈もそれを感じたらしく、片頬を持ち上げ笑みを保ちながらおれの帰還を待ち、両手を広げた。この感じを身体に刻み込んでおかなければならない。それでヤツらに勝てるのかどうかわからないけど、いまできる最高をぶつけるしかないんだから。
 
朝比奈は工場を見ながら言った。
「朝が来て、この工場がいきなり稼働を止めたために何かが使えなくなったって、きっと誰も困りはしない。それだけこの世の中にはモノが溢れているし、それが無くたってかわりになるモノはいくらでもある。その創作者が言いたかったのは無くなったモノがなんであれ、依存する人間の弱さを憂いでいるのかも。その弱さがモノがなくなるのを怖れて過剰に生産続けていくいまのシステムを作り出した」
 
そんな意味も含まれていたのかなんておれにはわかるはずもなく、読んだのが子供の頃だからって朝比奈も同じなんだからいいわけにもならず、いま言われたってただ感心するぐらいしかできない。
 
だとしたらモノに依存する生活から抜け出すにはどこかで線を引かなければならない。本当に必要なものはなにもない、あのシューズも、このクルマも。それとともに過ごした時だけが自分の成長と関わりのなかで存在しているだけだ。それなのにこだわりとか、お気に入りとか、そうやってモノとの関係を深めて、なくてはならないモノを想像しては、創造して、でももう引けないところまで来ている。引いたら最後、ゲームから降りなければならないんだから。
「エンプティが灯いてるわよ。ガソリンがなきゃゲームから降りなきゃね」
 
朝比奈はガソリンが空になりそうな時に灯る警告灯を指さした、、、 さっきの引用は前フリなんだね、、、 おれは遊ばれているのかな、、、 それでいいけど。


Starting over20.1

2018-07-08 18:07:38 | 連続小説

「クルマをおれのカラダの延長線とした。のほうが良いんじゃない?」
 その方がいいのかもしれない、、、 いや、いいに決ってる。朝比奈が言うんだから、、、 受験勉強に乗り遅れているようなヤツのたとえなんかよりよっぽど気が利いている。それに競争力を失ってしまったおれの走力を補ってくれるためのクルマだとしたら、カラダの延長線とはまったく言いえて妙であり、ツヨシが言ってたように、未来を見せてくれる乗り物ならば、自分の手足のとして意のままに扱えてこそ、自分で切り開いた未来だなんだから。
 2時間ほど走ったところで朝比奈は手をあげておれを止めた。おれもまたそろそろ一息つけたいと思っていたところで、息もぴったりって、ひとりニヤけてしまった。ただ、クルマを降りる時にはなんだか少しさびい気分にもなった。子供のころ大好きなオモチャを取り上げられるような気分。ほとんど飽きてるはずなのに、それを認められない、親に覚られたくない、悟れればオモチャを取り上げられるような気分。そんな状況を笑い飛ばしたくなる。
 おれたちは路の角にある自動販売機のところまで歩いて行く。口にしなくたってお互いがそうすることが普通であった。ひさしぶりに自分の脚で道を踏みしめると、これまでのスピード感覚との差異で、うまく脚が動かずにふらついていた。
 
この感じも忘れて久しくて、本格的に陸上を始めた時、そんな違和感に途惑いながらも、なんだか新鮮であり、懐かしくもあり、初めて体験することって一生の中で唯一無二の出来事で、本当ならもっと大切にしなければならないイベントであってもいいはずだ。
 
朝比奈は、おじいちゃん大丈夫?とおどけて笑った。身体がスピードになれていく。それが正しい状態なのかわからないんだけど、自分自身と何事にも代えがたく、自分としてはうれしい感覚だった。
 自販機の前に陣取った朝比奈は、続けざまに100円玉を投入してコーヒーをふたつ手にした。おれが払うからとか言えば良かったんだけど、ポケットの小銭では間に合いそうにないし、ディバックに入ってる給料袋には札しか入ってないから使えないけど、いいさ、どこかでもっと良いモノをおごってやればいい。朝比奈にお礼する口実はいくらでもあるんだし。
 おれたちはそのまま自販機の前で道路との段差に腰かけて、缶コーヒーのプルトップを開けた。おれは不覚にもキョーコさんと一緒に飲んだコーヒーを思い出していた。女性と一緒にいるのに、別の女性のことを考えるのは不実だと思うんだけど、本当に思ったことは、今日はコーラじゃなくてコーヒーが飲みたい気分だったってことで、これもひとつの人生の通らなきゃいけない路のひとつなんだ
 
朝比奈はプルトップを人差し指に差してコーヒーを飲み始めた。なるほどそうすれば飲み干したあとに缶に戻してゴミにならないなあ、なんて生活の知恵を感心して、おれも真似して小指につけてみた。なんだか結婚指輪みたいなんだけど、反り返ったアルミの開け口部分が鈍く光って安っぽいことこの上ない。
 目を覚ますためのコーヒーのはずだったのに、おれはそれに頼るまでもなく、あたまはふだんよりもハッキリしていた。神経の隅々まで感覚が研ぎ澄まされているのがわかり、冷えた缶コーヒーが指先にしびれるように伝わってくるのが普段ではない感覚だ。こういうのって前にもあった。いまならどんなことも吸収できる。それがわかる。
「そんなに、あわてないで。おなかが空いてるのはわかるけど、カラダに入れても消化できなきゃ実にならない。それに、本当にいま吸収しているモノが正しいのか、問うてみる必要もある。間違ったモノを吸収してもカラダに毒なだけだから」
 きっとこれも、朝比奈の言うところのダブルミーニングってやつだ。おれは自分だけ舞い上がって、うまくできてるつもりでも、傍から見ている朝比奈にはアラがいろいろと目についているんだ。
 
これまでだってそんな失敗を何度も繰り返していた。とくに調子に乗ってうまくやれてるって勘違いしてると、あとからとんでもない状況に陥っているなんてのはよくあった。自分の視界で見えてる部分は、そうなると狭くなっていくばかりで、まわりからみればおれがやっていることが滑稽にしか見えないってヤツだ。
 朝比奈はさすがの洞察力で、しかも丁寧におれのまずいところを説明してくれた。曰く、ギアチェンジのとき回転数を極力落とさないとか、、、 そうか回転数を落とすと興ざめになるんだ、、、 曰く、路面にタイヤを取られてるからハンドルを取られないように強く握れとか、、、 そうか強く握っていて欲しいんだ、、、 なによりも、精神面のゆらぎに左右されて、いい時と悪い時との走りに差がありすぎると、、、 自分の気持ちだけで先走っても相手をおもんばからなきゃダメってことだ、、、 なんて、痛いところをついてきた。
 
おれは弱いところを見せないように、でもそれはみんなにバレているって云うのに、それで自分の力が出し切れていないってわかっているても、あいかわらず同じことを繰り返していた。自分以上を出すために、いまの自分の力を出し切れていないなんて、意味がないんだけど、どうしてもそこらか抜け出せない、、、 過去も、今も、、、
「それが、すべて悪いわけでもないの。自分以上を出そうとしない限り、自分の限界は超えられないから。動機が何であれ限界の向こうに行くことだけが、新しい自分を見つけられる唯一の方法ならば」
 ですよねえ、おれもそう思うよ。イイ格好するのも悪くない。それで結果が出ればの話しで、世にいうスーパースターってヤツは、そういうプレッシャーを力に変えるんだ、、、 おれはスーパースターじゃないからな、、、 かすりもしないし、、、
「いいんじゃない。なりきるのも。それが力になれば」
 朝比奈は最後のコーヒーを飲みきった。コーヒーがのどを通るときの皮膚の動きがなんとも艶めかしく、目に焼き付けてあたまのなかで再生してみてると、何度だって飲み込んで欲しくなる。
 飲み終えた空き缶を振ってるのは、おれにも飲み干すように促してるんだろう。
 クルマを降りるまではまだ走り続けたい気持ちもあったのに、いまはこうして朝比奈と横並びでいることのほうが大切な時間に思えた、、、 環境が気持ちを上回っていく、、、 そうして自分史が書き込まれていく。
 おれがしぶしぶ飲みほしたコーヒーの最後のほうは、なんだかやたら甘ったるく感じられた。
 朝比奈はおれの手から空き缶を取り上げ、指から外したプルトップを中に放り込んで、おれの指にかかっていたのも、あえなく外され投げ込まれたのを見ると、おれたちの蜜月が無理やり終了させられたように気分になる、、、 蜜月だったか?
 空き缶をふたつ持った朝比奈はゴミ箱に捨てに行くのかと思ったら、そのままスタスタとクルマのほうへ歩いて行く。置いてきぼりにされたおれは、朝比奈の行動の意味がわからなく、そっちのほうでも置いてきぼりだ。
 朝比奈はクルマの先頭に立ち、意味ありげに一歩だけ歩を進めて、その先に空き缶をひとつ置いた。長い手と足が工場の明かりを背にうつくしいシルエットを映し出した。こちらを向きなおる。
「ここからスタートして」
 そう言って、また歩きだす。もうひとつの空き缶は、伸ばされた手の先にある。おれにもようやくその意図が見えてきた。その先50メートルぐらい歩いたところで、脚を折り曲げることもなく空き缶を据えた。ふたつに折れた身体はバレエのフィニッシュを観ているようだ、、、 バレエ観たことないけど、、、 久々だなこの流れ。
「ここで、セカンドに入れる」
 おれが観賞してるってのに、着々とやるべきことを消化していく。腕を組んで脚を交差してこちらを向いている、、、 おれは感傷しはじめていた、、、
「気持ちいいからって楽しちゃダメよ。パワーバンドをキープしたまま加速する。スピードをロスしないためにクルマのブレを抑える。荒っぽく走れば速く走ってる気になるんだろうけど、無駄な動きはスピードの妨げになるだけ」
 あっ、やっぱり。それ陸上部のときもよく言われてた。自分では気持ちよくいい感じで走ってるって時にかぎって、ムダに大きな動きをしたあげく、さしてタイムも出ていないって。悪い癖だ、自分だけ気持ち良くってもダメなんだ。お互いそうでなきゃ。
「そう、クルマの気持ちも考えてあげて」
 そう、わたしの気持ちも考えて、、、 そういわれた気がした。
 朝比奈は意味ありげに笑っている。おれはなにか間違ったことを言っているのだろうか、、、 正しいことを言えてるつもりもそれほどない、、、


Starting over19.3

2018-07-01 19:21:02 | 連続小説

 なんの因果か知らないけど、こうしてひとからひとへとつながる思いもあれば、どんなに望んでもつながらない思いもあるのは、受け入れる側の思いだってそこに存在するからだ。
 
おれが受け入れる気になったのは、最初のきっかけが朝比奈だったからで、それがだんだんと自分の欲望に変わっていく。世のオトコたちはトリコになったオンナのために命を削っていくものだけど、それって実は本当の自分をカムフラージュするための隠れミノでしかないんじゃないだろうか。
「ひとの思いも、ひとりではなんともならない。どんなに正しいことを言っても、やっても、最初はただの変人にしか思われない。いまの現状に満足している人、これ以上悪くならなければいいと思っている人。一度便利を手に入れたひとたちは、もう二度ともとの世界には戻れない。さっきの工場の物語もそれを示唆している」
 あっ、そこにつながるの。ていうかさっきのハナシ気にしてくれてたんだ。どこまで正しく伝えられたかわかんないけど、、、 もしかして、朝比奈も読んでたのか。
「子供向けの物語であり、その実はかなりシビア。ダブル・ミーニング。昔の創作者は、お上の検閲を通るように、当局の目を逃れるために、子供向けの本に本当に伝えたいことを潜めて作品を送り出すこともした。こういう意味にとれるというのは、どのようにも操作できる。読み解けた人にだけに語られる話しもある。それも含めて国家の管理のなかに組み込まれていて、なんにせよ毒抜きは必要なのよ」
 はて、ハナシが別のところに行ってしまったような。そうでもないのか。やっぱり脳細胞がおれよりキメ細かい朝比奈にはおれより多くのものが見えて、そのアタマで処理し続けているみたいだ。
 
おれたちがどんなに裏をかいて、してやったりと悦に浸っていても、それもすべて織り込み済みってのはよくある話で、それを仕掛ける側も、仕掛けられた側もどのみち誰かに操られているのはかわらない。そんなのをこども向けの物語に仕込ませてどうしようてんだとか、深読みしてもそれ自体が踊らされているにかわりない。
「わたしたち生き物は、食べ物があるうちは文句をいわないものなのよ。どんな労働を強いられても、権力を振りかざされても。まともに食事ができるうちは、争いは起こらない。それが究極のシビリアン コントロール。その食べ物がなんであってもね」
 そうだったのか、それじゃあ、おれたちはヤツらと戦うこともなく、一緒にうまいものでも食えばいいんじゃないだろうか、、、 いやダメだ。腹が満たされれば、お次は性欲を満たしたくなるからな、、、 やっぱり勝負は避けられないのか。
「そう思ったんなら、はじめましょう。すばらしき時間のはじまり。わたしはね、クルマをおりてるからホシノ、自分の思う通りにやってみたら。あんまり仲良くしすぎないでね」
 そんなヤキモチともとれる発言でおれを戸惑わせ、朝比奈はクルマを降りた。いいんだろうか、外に放りだしといておれだけが好き放題、自分のやりたいことやっちゃて。おれが少し困ったようなフリをしていると、朝比奈は前かがみになってウインドウからのぞき込んでいた。指先でトントンとガラスをたたく。前かがみになるとどうしても、ゆったりとしたシャツの胸元から白く柔らかなふくらみが、、、 ああ、目の毒すぎる、、、 毒ってより薬のはずだけど、、、 しかたなく目を泳がせることにした。
「あのね、わたしここで、スタートから見てる。自分の思うまま何度も繰り返してみたらいい。気になることがあったら声をかける。それまでは好きにしてみて。あなたのやりかたでね」
 
朝比奈はとてもものわかりのよい、都合のいいオンナになっていた。おれがひとりで集中して、トコトンやり抜いていく手段が好きなのを知っているかのように。ここまでおれを導いてくれるってのは、いったいどういうことなんだ。おれのちいさな脳みそで考えても、なんの回答にもたどりつけそうにないのでやめといて、思う存分やらしてもらうか。
「自分の身体で走るのと、クルマを介して走るのは、ぜんぜん違うんだけど、あたまで考えることはそれほど変わりない。そしてそのうちに、いずれも同じに感覚に溶け込んでいく」
 
朝比奈はそう言って後ずさっていった。おれの走りをスタートからゴールまで見渡すには良いロケーションで、夜通し稼動続ける工場から少し外れた脇道では、道を照らす明りとしては充分だった。
 
おれが陸上時代にやっていた方法は、走りながらひとつひとつ課題を出していき、そいつをクリアしていく方法で、トライしては修正していくことでタイムを削っていった。最初はそこそこタイムを縮められるが、あるところまでくるとその幅も少なくなる。そこでどれだけ我慢して続けられるかで、また突然タイムが削れたりする。それがこれまでに培ったおれの経験則だった。
 
そういう経験値があるかないかで気持ちも大きく変わってくるはずだ。先が見えなければ誰だって同じことを続けるのは困難になる。そこで止めてしまうのか、ひとつでも可能性を信じて続けるのか、おれは何度もその場に立たされては盛り返してきた。バカの一つ覚えだとも言えるし、石の上にも3年という言い方もある。なんにしろ結果がすべてなら、おれがやってきたことだってそれほど間違ってはいないはずだ。
 
一夜漬けでどこまでやれるかわからないけれど、その工程をなぞっていくのは懐かしくもあり、そして楽しくもあった。ひとつ課題をクリアすると顔がニヤついてたみたいで、朝比奈の方を向くと、苦笑いを隠すようにして顔を背けるから、そのたびにおれも照れ隠しをするように難しい顔をつくっていた。
 
すべての結果には必ず起因がある。自分の足で速く走るために、ただ足を素早く動かすだけではおのずと限界があり、足を素早く動かすためには骨盤の稼働域を広げ、力任せに足を前に出すのではなく、身体の重心を真下に伝えて効率的に自重を活かし、反転する腰から足をけり出し上体を前に出して、体重をかけた足を後方に置いていくようなイメージで身体を前に進ませる。
 
さらに骨盤をうまく動かすためには、肩甲骨と一体化して回せるようにしなければならないし、そのためには背筋の力が必要で、それを動かしつづけるスタミナがなければならない。
 
そんなことを教えられたり、本で読んだりして自分のものにしようと練習を繰り返していた。それらは当然すべてが噛みあってこそ力が発揮できるわけで、あたまで理解してカラダを動かしているつもりでも、すべてがつながるようになるには、何度もの挑戦と失敗を繰り返していくことが必要だった。
 
それで自分の身になったのか自分ではよくわからない。もっとできたのかもしれない。それは出せたタイムだけが如実に物語っている。
 
クルマを速く走らせるための最初の起因。今回の場合はいかに最短で最高速度まで到達させ、最高速度をいかに長く持続させる方法を見つけ出すことだ。
 アクセルを踏めばスピードは上がる。だからといって上がるまでに時間がかかっていれば勝負にならない。まずは最初にクルマが最も力強く前進するための適切なエンジンの回転数を見つけ出し、タイヤに伝えなければならない。そのあいだにはクラッチとかデフとか呼ばれる駆動機関が存在しているらしく、そこで損失するエネルギーを考慮しつつ、タイヤが地面に食いつきながらも、徐々に摩擦を押さえて抵抗を少なくしていくポイントを見つけ出さなければならないのは、シューズに体重をかけ、グリップを保つことでより遠くまで次の一歩を稼ぐ動作と同じだと思えた。足だけが前に出て上体が反って上滑りしてしまっては力強い加速が得られない。
 
それに、人間と同じで身体を動かしていれば筋肉の可動もスムーズになり、いわゆる温まった状態になっていけばタイムも良くなるように、走りつづけているクルマもしだいにアタリがついてきて、動きがよくなることもあれば、各部所の温度が上がってしまい冷めている時とは挙動が悪くなることもある。
 
タイヤなんてその最たるものだし、それにプラスして路面の状況だってフラットであるとか、路面の状態とか、砂が出ているとかで、蹴り出しの勢いにも影響がある。
 
そんな変わりゆくクルマの状況を身体で感じ、把握した上で次なる手段であり、判断であったり、それを一瞬のうちに決めていかなければならない。
 
同じだった、あの時と同じ。繰り返してやるほどにからだに染み込んでくる。それがいつのまにか、あたまで考えたり判断したりするより、からだが、手が、足が勝手に判断してくるようになってくる。
 
おれはいつしかクルマの一部になっていった。