private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

昨日、今日、未来22

2024-03-03 18:06:07 | 連続小説

「わたしはどうすればいいの。ひとりじゃ、なんにもできないよ」
「そうねえ、みんなそう思ってるでしょ。だから何もしない。そして何も変わらない、、 自分の世界なのにね。変えようと思えば変えられるのにね、、 」カズさんはそう言った。
 自分の世界だと言われても随分と極端過ぎて、全てを受け入れることができない。誰かの見た目が若くなったり、年不相応に成長したりなんてことは、これまで体験したこともなければ、聞いたこともない。
「そうね、体験していないのも、聞いていないのも、みんなスミレが主体としてのことだからね。それ以外の人たちには、それ以外の世界があるんだから」
「そうなんだろうけど、、 カズさんは、どうしてそうやって、わたしに伝えようとするの?」
「それはね、、 」 おやじさんが代弁しようとする。「、、 それは、スミレちゃん、君が望んだからなんだとしか、言いようがないんだ」
 結局そこに行きついてしまう。自分が望んだと言われても、肯定も、納得もできない。自分の望んだとおりに世界が動けば誰も苦労しない。事実なっていない。そんなことができるのは神様ぐらいのものではないか。
 カズさんは目を閉じて澄ましている。スミレがそう考えるのも当然だといった面持ちだ。
「腑に落ちないのも無理はないけどね。人は唯一無二なんだよ。スミレはスミレであり、それ以外の誰者でもない。それはつまり神と同じなんじゃない」
 またまたカズさんは、とんでもないことを言い出した。
 人が神と同じなら、この世は神だらけで、神だけが存在している。では普段、自分達が祈りを捧げているのは誰なのだ。それが隣のおばちゃんであったり、おじちゃんでも変わらなくなってしまう。
「それは概念が違うんだよ」と、おやじさんが口を挟んできた。
 なにかこれまでの飄々として表情ではなく、厳格な物言いに変わってきた。例えば祖父とか、師匠とか、そういった人生の酸いも甘いも知り尽くした人が言っているように聞こえた。
「それも概念ね。神と言う言葉はスミレにイメージしやすくするために使っただけで、従来の定義とは別のところにあると考えて。アナタを理解できるのはアナタだけで、アナタを信じられるのもアナタだけ。アナタが理解すればそれは全て真実であるし、アナタが信じればそれは全て可能になる、、 なんて言われてもピンと来ないでしょうけどね。なにもアナタを説得するつもりはないのよ。そうね、いくらなんでもね。ただ、スミレがそれを信じるようになれば、少しは生きやすいように変わるんじゃないかしらね。少しはね、、 」
 信ずれば実現できる世の中を、誰も信じないから実現できていない。自分の人生なのに誰かが何とかしているのだろうと、他人事になっている。カズさんはそう言いたげだった。
「わたしが望んだから、カズさん達と出会えたとして、わたしが望まなかった場合、ふたりはどうなっていたのかしら? だって、カズさんの言う通りなら、みんなの人生がわたしのために有る訳じゃないでしょ?」
 そこがスミレには釈然としない。その人たちはスミレに人生を問うたりしない。ましてや都合よく若返ったり、もとに戻ったりもだ。
「そうねえ、スミレだってお友だちを介して人を紹介されたり、クラスで一緒になったから知り合ったり、それに知らない人と不意に出会うことだってあるでしょ。そんなとき、いちいちその人がなぜ自分と出会ったのかなんて考えないでしょ?」
 人生には影響を与える人が何人かは現れるものだ。それは例えば、学校の先生、クラブの顧問、歴史の偉人、芸術家でも、アーティストでも。心を震わす言葉を与えてもらい、人生の分岐点になったりする。
 なぜ自分の前に現れたのかとは疑問を呈さない。理屈ではわかるが、それにしても今の状況に当てはめようとするには無理がある。
「刺激が強すぎるのもよくないものでね。印象には残るけど、その分、警戒心もわきやすい。自然な状態で相手の心に入り込める方がいいけれど、スミレはもうその段階じゃないでしょ?」
 乾いた心に染み込ませる言葉は、多少浮わついていても効果がある。我が道を得たりと気持ちだけが先走り、得てしてそんな時は言葉に惑わされて失敗してしまうものだ。
「それでいて本当に大切な人との出会いに、人は時として鈍かったりする。素直になれない自分が、そのチャンスを遠ざけてしまう。多くの場合、そうなる方が多い。それは恋愛についても同じことがいえる、、 ねえスミレは恋したことあるの?」
 恋愛と言われてスミレはドキッとした。自分はまだ異性を好きになったことがない。
 アキちゃんは、ユータのことが好きでスミレに相談してきた。その時にスミレは誰が好きと聴かれて、ただ黙って場の雰囲気を壊さないようにするためだけに、隣の中学生のマサト君と答えた。
 別に好きでもなんでもなく、その人しか思い浮かばなかっただけだ。好きな異性がいないと変に思われるとか、わたしが教えたんだから、あなたも教えてくれるよねといった、通過儀式的な囲われ方に反発することができなかっただけだ。それなのにアキちゃんは、年上を好きになるなんて、しっかり者のスミレらしいねと言った。
 スミレは自分がまわりから、そう見られていることに愕然もした。取って付けた言葉が自分らしいと言われ、それがしっかり者とか称賛に値するなどあり得ない。
「誰にだって自我はあるし、個性を押し付けられることに反発したり、でもねそれも全部、、 やっぱり、自分なのよ」
 それ以前に、その場を取り繕うために、親友に適当な人を好きだと言ってしまう自分もイヤだった。そしてもっと言えば、スミレがそうなってしまう一番の要因が、好きな人を自分の狭いコミュニティから選ぼうとする視野狭窄な心理にあった。
 それがホントに好きな人が近くにいただけなのか、この中ならこの人がいいという消去法からなるものなのか、それを自分に相応しい人と誤認識しているようで、自分にはしっくりとしなかった。
「身近にいるひとに好意を寄せるのはごく普通な行動で、例えばそこに恋敵がいれば否が応にも希少性が高まってしまう。今手に入れないと自分のモノにはならないと不安に駆られるからね。スミレはそんな集団心理に巻き込まれるのを恐れているんでしょうけど、、 」
 何かこれまでにない視点から指摘を受けてスミレはドキリとした。自分がその輪に入って同じ人を取り合ったりする競合を無意識に避るために、興味のない振りをしているのだ。物欲しそうな自分を誰にも晒したくない気持ちを認めたくないがために。
「、、 とはいえ実際に広い世の中から探しだそうとすれば、それ相応の労力と時間を伴い、あまたの人の中から最も愛せるひとりと出逢うのは、まさに砂漠でダイヤを位の確率でしょうね。労力にかける返礼を、実際より大きく見積もってしまうもので、あとから落ち着いて考えれば、果たしてそこまでの価値があったのかって、、 それで本人が満足ならば回りが口を挟むことではないでしょ。それに、それほど時間をかけているあいだに、なにか正解のポイントか軌道修正することもあるからね」
 ここでも、自分がどこで折り合いをつけなければならない。現状を受け入れるのか、自分の選択に満足できるのか、そこが問われていた。どちらが正解だとは誰も決められないのだ。誰か別のひとを満足させるために自分が生きているわけじゃないのだから。
 まったく世の中はわからないことだらけだと、スミレは嘆いた。
「そうね。上を見ればきりがないし、下を見ても同じこと。最良の決断をしたとしても、あとで失敗だったと後悔することだってある。永遠に求め続けるか、これが最適の判断だと自分を信じることができるか。誰もがその判断をしかねている」
 これもまた当たりハズレがあるということだ。人生すべてにおいて何が出るかわからない。置かれた環境を呪うより、生かされた奇跡に感謝すべきと言われている。
「失敗を成功に変えるのも自分次第なのよ。何でも他人任せにしていれば、何時だって誰もが被害者になれる。今の自分の境遇を愛せた者は、それだけでも幸せになれると、スミレは信じられる?」
 確かに自分の身に降りかかるすべての事象を、避けて生きていけるはずはない。 どうしたって困難に立ち向かう必要性もあるだろう。それが自分の選んだ先に発生した場合に、どのようにして乗り越えるのか。それを受けて境遇を愛せと言われても、すぐにその境地に達することは難しいだろう。
「そりゃ、カズさん、いまのスミレちゃんにそれを求めちゃ酷ってものですよ。カズさんの時代にはそれこそ親が決めた相手や、権力者の利権のために見も知らないところに嫁がされるなんてのが当たり前で、誰もがそうであり、選択肢は限られていたはずです。この時代の自由な恋愛が可能な人たちに同じように考ろといってもアタマがついてきませんよ」
 カズさんは寂しそうな顔をした、時おり見せるその表情は、嫌なことを思い出しているのか、自分の思いが伝わらないからなのか。それだけでなく、最も深淵な問題を嘆いているようにもみえる。
 この流れでいくと、果たして自由な恋愛が正解なのかも怪しくなってきた。好きに選べるからこそ何も選べない、いっそ誰かに決めてもらった方が楽であると言い出しそうだ。
「そこが選択のジレンマなんでしょうね。それでいて感情が大きく左右される局面は人間を虜にしてしまう。好きになって付き合って結婚してという概念と、結婚して初めて知り合ってから愛を育んでいく概念。この世界には二分の婚姻のあり方がある。どちらが正解なんてことはない。それで自分が幸せかどうかは本人が決めることだからね」
 恋愛だとか、結婚感とか、まだずいぶん先の話しであるはずなに、また本質的な部分のみを語られて、スミレとしてはたまったものではない。
「カズさんはそれでしあわせだったの?」スミレの問いは、カズさんが結婚していて、自由恋愛ではない前提で訊いている。
「おっと、だいぶ時間を過ぎてしまったようです。ワタシはそろそろ失礼しますよ」
 おやじさんはそう言って、部屋を出ていってしまった。なんだか二人に気をつかって退場したようにもみえる。
 急な別れにスミレはもうおやじさんに会うことはないのだと知った。あのおいしかった食事を思いだし生つばを飲み込む。
 キジタさんも同様に突然現れて、スミレに大切なことを教えてくれた人たちは、突然姿を消していく。それが自分のためだけでよいのかわからなくなってしまう。そしてカズさんも。
「私たちも出ようか」カズさんは別の扉を開いて出ていってしまった。急いでスミレもあとに続く。
「わたしは幸せだったよ」カズさんはそう言った。
 外に出ると見慣れた風景に戻っていた。スミレたちが出てきた建物は雑居ビルで、階段を降りると駅前の通りは帰宅を急ぐ人で賑わっていた。
 その言葉を聞いてスミレは少し安心した。散々いろいろな人生訓を聞かされて、その本人がただ辛い人生だったなら、この先になんの希望も持てなくなってしまう。
 カズさんはすっかりもとのおばあちゃんに戻っていた。からだを動かすのにも難儀してるようで、しかめっ面をしている。スミレも小学生の姿だ。身も心もスッキリとして、からだが軽くなった気がした。
 子どもが無意味に元気なのは、明日のことをなにも心配しなくてもよく、昨日のことを後悔することないからなのかもしれない。
「なにがどう幸せとは具体的に言えないけど、自分を信じて、自分で決めてここまで生きてきた。失敗したことも多くあったけど、それで成長できた。何処までで十分とかは、自分で決めればいいだけだからね。わたしは十分やってきたと言い切れる」
 スミレは自分が同じようにできるのか今は不安しかない。誰もそんな自信を持って生きているはずはない。日々を生きるのが精一杯か、まだ先のことだと嵩をくくっている。
 これほど多くの情報量を一気にされても何から手をつけていいかわからないし、わかったとしても何から手をつけていいか、まさにお手上げ状態だ。
 アタマを抱え込むスミレが先に歩いていき、あとに残るカズさんは遠くをぼんやりと眺め、夕日に染まるその表情は苦悩を映し出していく。


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