private noble

寝る前にちょっと読みたくなるお話し

Starting over02.11

2018-10-28 06:34:13 | 連続小説

 なんだか以前にもこんなことがあったような気がする、、、 と、ふと思った。
 人生は繰り返しだ。同じような日々と、たまにある面倒の繰り返し。既視感があってもそれが本当のことかどうかなんて誰にもわからない、、、 もちろんおれ自身にも、、、  過ちも含めて経験は重要であり人生そのものだなんて『地獄の黙示録』みたいないいまわしだ。
 朝比奈とのことならちゃんと記憶していてもいいはずなのに、それぐらいの大きな出来事のはずなのに、それでさえ薄ぼんやりとした映像、そして言葉の断片と、なにもかもあいまいだ。そこに朝比奈の目。おれはもう現実逃避することにした、、、 
 その日、競技場に着いて本番前の練習をしていた時、おれの足の踏み場は突然なくなってしまった。
 もちろんトラックに穴が開いていたわけじゃなく、腰から下に力が入らなくなったことをシャレて言ってみただけだ。
 おれのカラダにとっては段階的に工程を経てそうなったんだろうけど、あいにくアタマの方で追い付いてこないから、そういう認識になっていたんで、あながちヘタな例え話しというわけでもない。
 余りの痛みに突然その場に立ち止まってしまい、後ろから走って来たヤツに弾き飛ばされて、そのままの勢いで倒れこんで、両足の膝小僧を擦り剥いていた、、、 膝の擦り傷は、あとから知った、、、 その時はそれどころじゃなかったから。
 トラック上で突然立ち止るのはルール違反だって、陸上をやってるヤツなら知っててあたりまえで、そうしたおれが悪いのに、うしろから走って来たヤツは、コチラが申し訳なくなるぐらいの勢いで謝ってきた、、、 いいヤツだが、それでは勝負に勝てない。
 こういった大会に出るのが初めてなのか、舞い上がっているようにも見え、なにしろおれとしては、突きとばされて擦り剥いたキズなんかより、立ち止まろうが、転んだまま座り込んでいようが、激痛のはしる腰のほうが深刻な問題だった。
 いったい何が起きたんだって、アタマの中はいっぱいになった。ガマンして試合に出るべきか、先生に言って棄権するのか考えてみたけれど、そもそもそんな選択権を行使できるはずがない。
 この場から動くことさえできないおれは、パニックを起こしたアタマで、論理的でも現実味もない考えを続けるループにはまってしまい、それは現実を受け入れることを無意識に拒んでいたみたいで、、、 いまだからそう言えるけど、そん時はわからないからしかたない、、、
 とにかくトラックの上で、いつまでも座り込んでいるわけにはいかないから、この場を離れようとカラダを動かそうとしてみたけど、面白いくらい自分の指示が伝わっていかなかった。
 腰の部分で神経の伝達が抜けてしまっているようで、足の先の感覚が伝わってこず、これはもうなんともならないって、重ねて迷惑をかけて悪いと思ったけど、平謝りのソイツに担架を頼んだら猛ダッシュして医務室に向かっていった、、、 そのスピード、本番でも出せるといいな、、、 おれはすでにライバルではなく、観戦者というか他人事になってた。
 担架を持ってきたのは、今回の担当高校の陸上部の補欠で、もちろんなれてないから、自分のときにこんなことが起こるとも思ってないだろうし、とにかくぎこちなく、なんとか肩と足を持ち上げられて担架に乗せられた。
 ケガして担架で運ばれるなんて、テレビでしか見ないシーンをいままさに自分がしてるんだなって、現実に起きたことではなく、俯瞰からその光景を見ている第三者になっていた。
 この先、どうしようかなんて、そんなものの答えが簡単には出てこず、陸上に満身している高校生が、これがダメなときにコッチを準備してなんてこと考えているわけもなく、実際に起きて初めて次の手段がないことに不安を感じるだけで、こうなってみなけりゃ誰にも、おれも、わかりっこない。
 意識が身体から離れていき、身体中からいろんな力が抜けていくようだった、、、 そもそも腰から下は力が入ってない、、、 そこからはもう予定していた多くの未来への展望が、同時に消えてなくなっていき、そうして先の見えない空白の道の真ん中に置きざりにされた気分だ。
 まわりの喧騒からとりのこされ、陸上競技場でひとりぼっちの状態のおれに、部活の仲間や、先生が寄って来て、大丈夫か? 何があったんだ? なんて声をかけられても、だいたい見れば大丈夫じゃないことぐらいわかりそうなのに、こういった時って、そういう声をかけるしかないのはわかるけど、大丈夫かどうかとか、何があったかなんて、おれの方が知りたい。
 だから、いちいち応えるのもメンドくさくて、しかたないから目をつぶったまま、気絶したフリを決め込むことにした。
 なんだか声をかけられればかけられただけ、空白の道を遮断するように壁が高くなっていくようで、疎外感だけが高まっていく。ああ、おれはもうそこから抜け出すのは無理なんだって思い知らされるようで。
 そのうちまわりの声も耳に入らなくなり、アタマに浮かんだことといえば、もう辛い思いをして走らなくてもいいんだってぐらいで、だったらおれは本当はなんのために走っていたのかなんて、小難しいことを考えようとしてたらそのまま寝てしまったらしく、気付いたら病院の診療台の上だった。
 おれが意識を失ったまま運ばれてきたもんだから、医者も最初の原因が腰だなんて知らないし、どこをどう診ていいかわからないまま、おれが気がづいた時には、とりあえず膝に叛槍膏がしてあったのを見つけて、、、 この時初めて、ああ転んだときにケガしたんだって気づいた、、、 あの平謝りのカレを思い出したら顔が笑っていたらしく、その医者は、コイツ大丈夫かみたいな目で見てきたんで、しょうがないから腰が痛くて力が入らなくて、だからカラダが動かせないって、、、 伝えてみた。
 そうしたら、その医者は難しい顔をして、、、 だけど内心はようやく治療ができると安堵しているはずだ、、、 あちこち診断しはじめて、こういった症状は初めてなのかとか、いろんな質問をしはじめたんだけど、いちいち聞かれたことをすんなりと答えられるはずもなく、だんだんと言いかげんな回答しかできなくなっていった。
 警察で取り調べを受ける被疑者もこんな感じで、あれこれ聞かれていくうちにどこまでが事実かわからなくなっていくのかな、なんてもっともらしいこと考えて、そんなのはこの先なんの役に立つはずはない、、、 役立っても困るんだけど、、、 だいたい人間の記憶なんてそれほど正確じゃなく、、、 しかもおれの記憶だし。
 どうやら医者も薄々おれの言動がいい加減なものだってと気づいてきたらしく、カルテに書き込む手も止まり、不審げな顔つきになっていた。そしたら、じゃあ、ちゃんと検査しましょう。なんて、だったら最初からそうすればよかったんじゃないかと、シロウトは勝手なことをすぐ言い出すもんだ。
 いろいろと段階を踏んでいかないと、なにもできないのが社会のルールだって、みんながわかってても誰も口にできない、、、 それ自体が社会のルールってやつだなんだろうな。
 おれはそれからいろんな場所を引きずり回されて、、、 引きずり回されたっていっても車椅子に乗っけられて運ばれただけだから、言葉からのイメージとはずいぶん違うんだけど、自分が受けた感じではこれ以外の表現ができない、、、 表現力が薄いのは父親ゆずりなんだろうなあ、、、 母親はそうでもないのはあとでわかる。
 3時間ぐらい、いろんな検査してから、もう一度、最初の医者のところに連れてかれた。
 思わせぶりに回転イスで振り返る、、、 おまえはゴッド・ファーザーか、それともボスか、、、 名優を気取った医者は、いやーな顔して「いやあ、キミね。残念だけ… 」
「 …けど、いつまでそうしてるつもり?」
 朝比奈からの言葉で現実にもどってきた。
 おれはアホヅラをして朝比奈と、その向こうにあるなんの面白みもない空と雲を、一枚の映像としてこの夏の思い出に残すぐらいの勢いで脳に焼き付けつつ、言葉の意味をたどっていた、、、 …残念だ、けど? …授業終わった、けど、、、 だな。
 朝比奈はそれだけ言うと机の上の教科書やノートをかたづけはじめた。朝比奈の教科書もノートもおれのと変わらず新品同様だ、、、 朝比奈とおれとでは、使用しない意味合いが違う。
 おれもあとに続けと、今日は、、、 今日もなにも書かれることのなかったノート閉じて、そそくさと教科書と共にカバンにしまった。別に見惚れていたのを咎めるつもりもないらしく、、、 記憶をたどっていたから見惚れていたわけじゃない、、、 
 朝比奈から『なにヒトの顔ジロジロ見てるのよっ!』なんて言われたら『いやあ魅惑的な瞳にとり憑かれちゃって』とか言ってみようかと、ひそかな小ネタとしてひらめいていた、、、 言ったら、間違いなく殴られるな、、、 殴られてもいいな、ひと夏の思い出に。
 なぜか朝比奈は、帰るばっかりになっても、まだおれの前に立ったままだった。
 これはチャンス。さて、授業前の言い訳をなんてしようかと、いまさらながらにあたまを働かせた、、、 朝比奈に見とれてたり、どうにもならない記憶をたどってる時間があれば考えとけってハナシだけど、、、 気づいた時にはもう見入ってたから、、、 授業の約3分の2。
 オレは部活で腰をヤッてしまい、日常生活にはそれほど支障はないけれど、激しい運動は当分のあいだ禁止されている。今は少し動いたり、立ったままでいると老人よろしく腰に手がいってしまう。体育の授業も特別な計らいで見学してるだけで参加あつかいにして貰える、、、 それで進学が有利になることはない、、、 あたりまえ。
 体育は男女が別々に行われるから、朝比奈を含む女子たちは、そのことを知らないはずなのに、どこにもで余計なことをペラペラと喋るヤツはいるもんで、おれの秘密が、、、 そんなたいそうなモンじゃない、、、 いつのまにか公然の事実になっている。
 そんな言い訳考えてみたけど、朝比奈にそんなこと言っても「ああ、そう… 」で終わるな、、、 まちがいなく。
 それにしても、あの日のことをまともに思い出したのははじめてだった。避けていたのか、思い出せないでいたのか、平常じゃない一日は、時として誇張され、そして省略された記憶が残るみたいだ、、、 記憶なんて、そんなもんだ。
 


Starting over01.3

2018-10-21 08:41:47 | 連続小説

 で、朝比奈はなんだっておれなんかに声をかけたのか、、、 少し考えてみたけれど答えはやってこない。
 だったら考えてもしょうがないのに、、、 へたな考えなんとやらで、、、 この場合、端折ったわけでなく、本当にこのことわざの先がわからないだけだ、、、 えらそうに説明するほどのことでもない、、、 
 朝比奈と同じクラスになって4ヶ月、声をかけられたのは初めてのはずだ。
 腰に手をやっているおれに、たんなる憐みの言葉でつぶやいただけなのに、それをまあ今世紀最大の大事件のようにとらえ、授業のノートを取るふりをして朝比奈に言われた言葉を書きとめてみたが、そこから回答を導き出すことはできない。
 しょうがないから朝比奈の声を思い出してみることにした。なんとも艶っぽく深みがあり、これまでになんとなく耳にしていた声とは全然印象が違っていた、、、 それほど正確に記憶してないけど、、、 さっきかけられた声だってハッキリと記憶してないけど、、、 なんとなくそんなイメージが残っている。
 明確な記憶がないのは、おれとはもちろんのこと、クラスの中でほかのオトコや、オンナとも群れてないから、普段に話しているところは聞いたことがないので、本当に最初は誰の声なんだって戸惑っていた。
 声の先に朝比奈がいたので面喰ってしまい、ああ朝比奈ってこんな声してたんだって、あらためて感慨にふけってしまったのが正直なところだ。
 朝比奈は普段からひとりで教室にいることが多く、授業の合い間だって椅子に座って本を読んでたりしているのがほとんどだ。
 だから今日もそうだったはずで、、、 と言うことはおれとマサトの会話も聞かれていたのか、、、 ほとんどしゃべっていたのはマサトだけど。
 そう思うともっと積極的に会話に参加して、印象を残せば良かったと調子のいい後悔をしていた。そのくせ、その前のマサトとの話の内容などは、もうアウト・オブ・脳内で、きっと次にマサトにあっても、こちらから先に思い出すことはない、、、 いやあ、よかった、よかった。
 ただ、どうなんだろう。ひとりでいるのが朝比奈の望むところであるとしても、高校時代をそれだけで過ごしていくのは傍で見るほど楽じゃないと思う、、、 友人の少ないおれが言うんだから間違いない、、、 
 気にかかるのにはそれなりの理由があって、そいつはもちろん、いち男子高校生であるがゆえ、朝比奈の顔やスタイルといった見かけが良いことが多くを占めている、、、 ほとんどそれだけだけど、それ以外は知らんし、、、 
 あえて正統性を持たせてもらえるなら、見かけというのは、ひとつひとつの動作や、姿、立ち振る舞いも含まれて、それが異様に様になっていて、クラスの女子の中でも“ひとり宝塚”状態なわけで、、、
 大人びて、というのとは違うし、ましてやカッコつけているわけでもない、、、 そんなあえて目立つことをするべき理由がないんだから、、、 だけどいやがおうにも目がいってしまうし、どうしても他のクラスの女子と比べれば抜きに出ている、、、 単におれの好みだってことなのかもしれんけど。
 逆にほかの女子にとってはそんなところが気に障り、、、 それ以外も挙げれば、きりがないはずだけど、、、 とにかく朝比奈は他の女子に疎まれているし、自分からも寄せ付けようとしない壁を作っている。
 それでいてオトコ連中からチヤホヤされている訳でもなく、近寄りがたいというか、住んでいる世界が違うといった存在であり、それどころか下手に声をかければ、何を言い返されるかわからなくて、とてもそんなことをする気にもならないのだ、、、 おれもそうだし。
 それにアブナイヤツラと付き合いがあるなんてハナシも出回っているので、不用意にそんなことすれば、自分の自尊心を容易に貶め、高校生のオトコとしては守っておきたい部分を粉砕されるだけで、だったら最初から避けて通る方を選ぶだろう。
 つまりそれ相応の覚悟を持ってちょっかいを出さなければならず、それもできない腰抜けしかこの学校には居ないってことだ、、、 もちろん、おれもそうだ、、、 2回目。
 そんな朝比奈がおれに声をかけてきたのだ。醜態をさらすおれの姿が耐え切れなかったのか、それともおれの身を案じて、クラスのヤツラの目に止まらないように危惧してくれたのか、、、 九対一の割合で前者だろうな。
 そうだとしても、なんの根拠もない自信だけが取り得のおれは、妙な期待だけが膨らみ出して、先生が話している授業の内容など、朝比奈からいただいた貴重な言葉と声音がアタマのすべてを占拠してるもんだから入ってこない、、、 普段も入ってないが、、、 普段はもっとロクでもないこと考えているが、、、
 その声を反芻しつつ朝比奈を横目でうかがうと、頬杖をついて窓の外に目をやっている姿があった。
 いや目というか、大胆にも体ごと窓の方を向いているんだけど、たったそれだけのポーズでもおれの目は惹きこまれてしまい、やっぱりその姿はやはり際立って絵になり、太陽の日差しを浴びた真っ白な夏の制服から透けたシルエットは、、、 ああこれ以上は口に出せない、、、 授業中だから口には出してないけどね、、、 
 強い意志で制御しなければ授業中といえども、やっかいなオトコの性が主張をはじめようとしそうで、つまり膨張しているのは期待感だけではない、、、 あれっ? ちょっとうまいこと言った? おれ。
 朝比奈が目を向けている外の風景といえば、休み中にはあった飛行機雲はもう消えかかっていて、そうでなくとも何の面白みもない夏の空なのに、つまらないとはいえ授業をほったらかして見つづけられるほど楽しいとも思えず、もし平凡な窓の外と天秤にかけられたとして、おれが先生ならばかなりへこむだろう。
 とはいえ先生だって、変に授業に絡んでこない方が精神的にも楽だと思っているはずで、過去に授業を無視したような態度を続ける朝比奈に対し、それをやり込めようと、さも今説明したかのような言い方をして、その答えを求めたら、正確な回答と共に、逆に返答できないような質問を返されて、赤っ恥をかかされたという経緯がある。
 そんな話しは、職員室の中ですぐに共有化されたみたいで、“クラス内治外法権”を得た朝比奈は、それでいてテストの点数も学年の上位に位置しているのだから、おとなしくしている方が先生にとっても都合がいい存在になっていた。
 それだけ勉強ができるのに、なぜ時間つぶしのような、いや時間の無駄といっていい行為を日々繰り返し、それを卒業するまで続けるつもりなのか。
 クラスのヤツラは何が楽しくて学校に来てるのかと言ってはばからない。もちろんおれだってそうは思うけど、いったいどんな意思を持って友達も作らず、誰とも話をせず、聞く必要もない授業を受け、十代の貴重なこの時間をただただ浪費していくなんて、聡明な、、、 おれが言うのもおこがましい言葉だ、、、 
 そんな朝比奈がなんの理由もなく、卒業までこんな日々を過ごしていくなんて理解できない。きっとそれにはひとには言えない理由があるはずだ。なければいけない、、、 そうでなくてはハナシが続かない、、、
 おれなんかが無気力に、先が見えないからしかたなく日々を消化していくのとはわけが違うのだ。
 もちろんおれにとっては、この流麗な姿を見られるだけで、学校に来てもらえてうれしいし、おれもそのためなら通うけど、、、 もちろんおれのために通学してるわけじゃない、、、 あれっ、もしかして? いやいやないでしょ。でも、待てよ、、、
 そんなありもしない現実を妄想の中だけで正当化しつつ、身体ごと外を向いているのをいいことに、おれは朝比奈を目端で観察し続けていた。
 なにやら口が細かく動いていて、声には出さなくてもなにか話しているように見える、、、 唇の動きがなんとも艶めかしい、、、 ノートを取るための筆記具を持つことを諦めた右手は頬にあり、小さな顔を支えている。そして左手の人指し指は、リズミカルな動きを続けている。
 はて? それを見ても、なにをしているのか一向にわからず、それにはきっと理由がありやっているはずなのに、それがもし学校に来ている理由ならば、ぜひ訊いてみたいところだと、どうやら朝比奈にまつわる謎が深まるだけになっていた。
 朝比奈の優麗な動きは、おれなんかとは時間の流れが違っているんだ。時間を追いかけ、時間に追われ、コンマ1秒でも早く走ることに取りつかれていたあの頃、それから解放されて時間との関わり方が、気にならないまま変わっていった。
 朝比奈はなにか強い意思を持ってこの時を過ごしているように思える、、、 勝手な想像だけど、、、 つまらなそうなわけではなく、時が経つのを待っているわけでもなく、いまこの時を楽しんでいるようだ。
 おれはなにも知らないままにここで生きている。それが無性にさみしかったんだ。
 突然、頬に当てられた手がスルりとはずれ、艶やかな黒髪が揺れる。
 まずい、コッチを向く。そう思ったときにはすでに朝比奈と目が合っていた。目をそらそうとする努力をムダとも思わせるその瞳に、なんだか吸い寄せられるようにして、おれは動けなかった。
 朝比奈はそれを見透かしたように少し笑いながらおれの顔を見た。メドゥーサに見つめられ石になった男はきっとこんな感じなんだろうか。おれはかたまったまま表情ひとつ変えられず、頬をつたった汗をぬぐうこともできなかった。


Starting over01.21

2018-10-14 07:15:40 | 連続小説

「 …で、どうする?」
 鉄格子がはまっていれば、そのまま刑務所でも通用するような窓枠から見上げた空には、真っ白い入道雲に飛行機雲が刺さっていて、夏まつりの綿菓子を連想させる、、、 久しく行ってないよなあ夏まつり、、、
 そんな他ごとばかり考えていたから、マサトのハナシの内容と言えば、ところどころしかアタマに入っておらず、たぶんバイトで貯めたカネを頭金にして、クルマを買おうなんて大それた内容だったはずだ。
 マサトは就職組なので、学校から自動車学校を斡旋してもらい、免許を取って履歴書に記入して、あとは就職活動に精を出すだけだ。
 それもこれも誕生日が過ぎてるからこそできる特権であって、おれみたいに年末生まれでは、まだ自動車学校への入校もできないから、同じ年代なのに同じ条件で就職活動もできないのってどうなんだっていまさらながらに思ってしまう。
 そんなことを言い出しても、世間の常識を知らないと公表しているようなもんで、部活一筋だったおれは、人並みの知識をまわりか教えてくれるまで知らずに生きてきたことの方が多く、追いつくにはまだまだ時間がかかりそうだし、卒業までに間に合いそうにもない、、、 この先、間に合う予定も立っていない、、、 部活一筋って、ぜんぜん言い訳になってない。
 マサトは半分眠った鯛のような顔をして、、、 そんな鯛見たことないけど、、、 こちらを向いたまま、なんらかの返答を待っているようだった。ハナシの中にトヨタの何とかとか、ニッサンの何とかを口にして、それは本人にとってはエラク見栄の張ったクルマだったらしく、時折、自慢げな顔をこちらに向けていたので、おれは一応へぇーとか、ふーんとか合いの手をいれていてみたんだけど、クルマについてはまったく知識がなく、マサトの話のどこがすごいのか本当はわかっていない。
 これはおれの優柔不断な性格を見透かされているのか、どうも他人から自慢話を聞かされることが多い。めんどくさいから黙って聞いているふりをして、さらに適当にうなずいてしまうもんだから、それがかえって喋る側にとっては心地いいのか、、、 聞いたわけじゃないから知らんけど、、、 聞かんけど。
 明るい未来を語る他人の話ほどつまらないものはないと聞いたことがあるけど、そいつをあらためて再確認させられ、おれも同じ失敗を犯さないようにしようと心に誓ってみたが、自分が明るい未来を語る時がきたら、、、 そんな日が来るのか、、、 たぶんきれいサッパリ忘れてしまい、聞く耳を持たない周囲のことも考えずに、マサト以上にしゃべくりまくっているにちがいない、、、 どうせそんな時は自分が自慢話をしている意識もないはずだ、、、 そうやってこれまで幾度も教訓を活かすことなく失敗を繰り返してきた。だからマサトにはクルマのこと詳しいんだな。なんて帳尻をあわせてみた。
 延々と自分がいかにすごいのかを聞いてもらえたと思っているマサトは、気分良さげにお節介にもおれにもバイトを紹介すると言ってきた。マサトが最初、先輩のコネで割のいいバイトを得たような、そんな優越感を言いふらす話しぶりだったのは、おれの気を引くための口実であり、本当は人手の足らないバイトの頭数を揃えるためのエサとして雇われているだけで、頭数を揃えること自体がマサトがバイトにありつけた条件だって、、、 そんなウラが見え隠れする。
 いたいけな高校生の貴重な夏休みを安価な労働力として、どのサービス業も手ぐすね引いて囲い込もうとしている。
 手に届きそうな購買意欲をタテにされ、なんの疑いも持たずバイトに精を出し、知らない間にこの国の経済活動に中に組み込まれていくんだ。
 それが大人になるための条件みたいにチラつかされていれば、従順な庶民は尻尾を振って追いかけていく。
 昔はラジカセやシステムコンポで、いまはその対象がバイクでありクルマであり、テレビドラマや映画の中で描きだされる一歩先の未来は、次から次と、まやかしの夢が用意されているようで、おれにはとても受け入れられそうにない。
 頬までつたってきた汗を人差し指で擦って、遠い目をして、芝居じみたおれの気のない仕草を見たマサトは、そうするとお決まりのように「まあ、考えといてよ。いい返事、待ってるからさ」なんて、まさにテレビドラマに出てくるようなセリフが的を得ているとでも思ってか、そう言い残して自分の教室に戻っていった。こんな風に同じ時間を共有できる時代なんだな。
 そこで始業のチャイムが鳴った。クラスのヤツラもそれぞれの席に戻って行く。おれはもともと自分の席に座っているので、机の下から教科書を取り出すだけだ。一度もページが開けられたことのないマッサラな教科書を机の隅に置く。それが証拠に、表紙に折り目さえついていない。このまま来季の3年生に安価で譲ってやれそうな気もする。
 そしてノートは全教科共通で使っている万能仕様だ、、、 といえばそれっぽいかもしれないけれど、ただ授業ごとに順番にページを使っているだけで、教科ごとの連続性もないから後から見ればどこに何が書いてあるかわかるわけもなく、、、 どうせあとから見直すことなんかしないけど、、、 だからテスト勉強の役立つはずもない。
 ただ単に見た目上、先生に注意されない最低限の範囲の授業態度で望んでいるだけで、それがこれまでの学校生活で学ぶことのできた唯一の社会的規範だ。
 椅子に座り直したら、腰のあたりが疼いてきた。教科書を開くこともなく、高校生活のすべてを陸上部に賭けてきた結果がこれでは泣くに泣けない、、、 教科書開かない言い訳になんないけど。
 あの日、あの時、突然に腰に走った痛みと共に積み重ねてきた時間はゼロに、それどころかマイナスになった。
 たとえれば、トランプでブリッジを作っていた途中で儚くも崩れ去った原因が、自分のミスでも、一緒にいたヤツの吐いた息でもなく、突然吹いた風のせいなら、そのやるせなさをどこに持っていけばいいのか、、、 おれは例え話しもうまくない、、、 
 やさぐれるだけの思い切りも度胸もないおれは、どう対処していいか皆目見当もつかず、顧問の先生や、先輩の助言をまとめれば、それまでの競技人生の中で培った能力を活かせるような、新たな目標を見つけ出せばいい、と至極真っ当な正論で、具体的な意見はついぞ聞くことはできなかった、、、 先生だってポンコツになったいち生徒にいつまでもかまけられるほど暇ではないのだ。
 
その前の大会で10秒台中盤をコンスタントに出せるようになり、先生の言いつけを守って、毎日30セットのダッシュを繰り返し、めずらしく脚、膝、足首のどこにも痛みはなく、体調も万全で、必ず国体まで行けるって太鼓判を押してもらってたのに。好事魔多しっていうんだっけ?
 いい状況にいるときは些細なところまで注意を払えず、思い通りに動く身体にいつのまにか無理を強いていたのかもしれないし、練習のあとのケアが十分じゃなかったのかもしれない。だからってその時注意されていたとしても、ああそういうのも必要かもねって聞き流していたはずだ、、、 間違いない、、、 だから結果は同じだったはずだ。
「コシさすっちゃって… みっともないから止めといたら? もうどうにもなんないんだし
 このごろ家の中でイヤと言うほど聞くセリフだった、、、 家でというか母親限定なんだけど、、、 いったいどこからの声なのか一瞬考え込んでしまった。思い起こして横を向くと窓際に座る朝比奈が、ご愁傷さまとでも言いたげに冷ややかな目でこちらを見ていた。そしておれと目が合うとすぐに窓の方を向いてしまった。
 学校では絶対に腰に手をやらないように気をつけてたのに。それに女子に言われるとへこむから、教室では特に注意してたんだけど、マサトのハナシの流れであの時のこと思い出してたら、自然と手がいってしまった。よりによって朝比奈に見られるとは、、、 たぶん見られて、たぶん朝比奈が言ったはずだ、、、 どうにもならないって、なんで知ってる、、、 みっともなくコシさするなとか、これまで生きてきて言われたことないセリフをこの二~三ヶ月でこれほど頻繁に聞く羽目になるとは、人生、何があるかわからないとは、こういうことをいうんだろうなあ、、、 って思いにふけってる場面ではない。
 若い身空で腰が悪いのは本人としても世間体が悪いだろうなんて言っちゃって、、、 本当は部活でケガさせたって悪いウワサが流れるのを防ぐためだって知ってるけど、、、 学校側からは配慮してもらえるってんで、実情を伏せてもらうことにした。学校の先生も近頃じゃ、けっこう気を遣って大変だなって同情もしてたんだけど、朝比奈にどうにもならないなんて深いところまで知っているような言い回しをされたら、こりゃ学校との約束事なんてそんなもんなんだと、また違う意味で感心してしまった。
 そこへ先生が教室に入ってきたので、おれは弁解の言葉も言えずに、ただ放置され、朝比奈はもう、関心もなさげにこちらを気にするそぶりもない、、、 気の利いた言い訳なんか思いつかないからそれで良かったんだけど。
 これまで一緒のクラスだったのに一度も言葉を交わしたこともなく、こんなキッカケで初めて絡むことになるとは、、、 からんだのか、、、 少しこの夏休みの楽しみが増えたなあ、なんてこのときはまだのんきに考えていたおれだった。


Starting over 01.11

2018-10-07 07:33:18 | 連続小説

「イチエイ。オマエ、夏休みどうするつもり …だったんだ?」
 マサトがそんなどうでもいい問いかけをしてきたのは、今日最後の授業が始まる前の休み時間だった。
 六時間目に古典を学ぼうなんて、強度の睡眠導入剤以外の何ものでもなく、こんな時間割を考えたのは若者の睡眠欲を理解していないのか、精神的修行を求めているのかと勘繰ってしまう、、、 もしくは苦しむ若者を見るのが好きな弩Sとか、、、
 何もしていなくても汗がにじんでくる暑い夏の一日で、教室の中は熱気にむせかえっていた。女生徒はおれたちの目も気にせずに、下敷きを煽って胸元や、スカートの裾から風を送っている。見ていないふりして、視界に入れていると、すぐに冷めた目で見返してくる。どんだけ高性能のセンサー付けてんだ、もっと他のことに活かせばいいのに、、、 のぞき見してる自分をタナにあげておいて。
 それでおれは、
あわてて空に目線を動かす。額を手の平でぬぐうと前に垂らした髪の毛に指が触れた。新鮮な感覚だけどまだ不慣れで、そんなことだけが時間の経過を感じさせてくれる。
「 …で、シャコウ、えっ、なんだって? だから自動車学校だよ… 」
 中学・高校と部活一辺倒の学校生活の繰り返しで、あたりまえのように短髪で過ごしてきて、この頃になって髪の毛を伸ばしはじめた、、、 というより放置しただけなんだけど、、、 その新鮮な感覚ついでに、このごろは黒髪を後ろに向けて掻きあげてみたりもする。自分ではカッコ良いしぐさだと意識してみたけど、残念ながらいまのところそれほど大した効果はみられていない、、、 
 つまりおれは、まわりの影響を受け、流されやすく、いい加減で、ボヤキの多い男だ。そして当然のように友人は少ない。だからオンナにもモテたためしもない、、、 この先もたぶんない。
「 …でさあ、その教官がさあ… 」
 その少ない友人のうちのひとりで、おれが唯一、流されることのない相手であるマサトは、小さい頃からの腐れ縁の上、ヤツはおれ以上にいい加減で、軟派で、C調で、スケベエで、、、 まあ、誉めるのはこれぐらいにしておいて、これまでも数々のメーワクをかけられてきたから、それもしかたないとおれは勝手に思っている。
 マサトはなにか熱心に話している。ヤツにとっては重要なハナシらしいけど、関心が持てないおれにとってはどうでもよくて、教室の中で溢れかえる多くの言葉は、となりのヤツらが喋っている昨日のテレビの内容だったり、流行りのアイドルとことだったり、それらはマンガの表現にあるような、『ワイワイ・ガヤガヤ』と大きなフキダシが天井を埋め尽くすオノマトペの中に葬り去られていく。
 先人がうまいこと思いついたのか、おれのアタマにそんな刷り込みがあるからなのか、本当にそう聞えてしまうのはなんとも不思議な気持ちになってきた。どうせすべてを聞き分けられないんだから、その表記が『ヤイヤイ・ドヤドヤ』とかであってもいいはずなのに、コロンブスの卵というか、アヒルの刷り込みというか、パブロフの犬というか、、、 なんだっけ? まあいいや、とにかく一番最初に言い出した人物に敬意を表した結果なんだ、、、 きっと。
「 …そうしたら、となりのヤツがよ… 」
 そんなくだらない考えをアタマの中で巡らせてるぐらいなら、マサトの話しを真剣に聞いてやればいいのに、おれはマサトに、ああとか、うんとか、生返事をして、関心を示していない態度を前面に出して、話が膨らまないように応戦していた。残念なことに、これだけ近くで話されたらさすがに『ワイワイ・ガヤガヤ』とは聞こえずに耳に残ってしまうのがなんとも悲しい。
「 …いやあ、まいったよ。そうしたら… 」
 マサトのおしゃべりで、おれの貴重な休みの時間が食いつぶされていく。時間の流れはいつだって容赦なく、毎日が充実していようと、のんべんだらりと暮らしていようと夏休みは近づいている。このまま就職することになれば、おそらく人生最後の長期休暇。いわゆるラスト・ロング・バケーションってヤツになる、、、 別に英語にする必要ないけど、、、 合ってんのかも知らないけど、、、 定年まで働けば長い休みが待ってるけどそれじゃあ意味ないし。そんな決まった未来が待っているだけだと思うとなにか物悲しいじゃないか。
 だからって、そんな平凡とは別に、よっぽど人生に成功すれば、また手に入れられる優雅な日々も、いまの段階でそいつを視野にいれられるほど余裕はない。それどころか、この先のことも、卒業後のことも、明日のことだって何も決めていないし、何も決まりそうにもない。何の目的も目標もない日々がなんとなく続いている。
 まだ時間があるからそんな余裕を持てるだけで、これが例えば夏休みの最後の日だとしたら、もっと真剣実をもって考えるだろう、、、 もしくは開き直って明日を迎える、、、
 少しでも体裁を取り繕った言い方をすれば、おれのやる気ってやつはこの春を境になくなってしまった。それをやらないことの言い訳にして、そんな言い訳があるからこそ、不真面目な自分を放置できている。そいつはどんなに努力を重ねてきたとしても、人生ってやつは一方的に方向転換を強制してくるって知ってしまったからだ。
 このまま流されるように日々を消費して、あと十年も過ぎれば、ああ、あの夏休みをもっと有意義に過ごして置けばよかったなんて口にしてるんだ。それはその時はじめて後悔でき、今を生きているおれに意見のひとつでもしたくなるわけで、残念ながらそれが分かっていたとしても、反駁するだけの強い意志がいまのおれには欠けているし、補正しようとする意欲も湧いてこなかった。
 マサトはまだしゃべっていた。
「 …そんでようやく車校終わって、クルマの免許、取っちまったから、バイトしてるんだ。先輩に頼んで夏休みいっぱいまでスタンドでさ。オマエも就職するつもりだったんだよな。だったらさ… 」
 こんなおれでなくたって後悔するとか、しないとか、高校三年生という区切りでだけで、いったい何を決めさせようというのか。そいつをまだ、自分の意思で決めさせてもらえたなら話は別だけど、おれたちが生まれる前から続けられている教育体制の中で、時代遅れだとわかっていても見直しもせず、ほころびが見えても無理やり維持したままで、この時期を境に自分で食扶ち探すか、もっと勉強しろと放逐されて、どれだけの高校生が満足できる人生設計を描き出し、実践できたんだろうか。
 これって選択の幅が多くなった弊害なんじゃなかろうか。年末の大安売りじゃあるまいし、これもできる、あれもできる、さあアナタはなにをしますか? なにを選んでも自由です。ただ、アナタの責任でね。そんな将来の叩き売りをされて、あせって、急いで手にしたものに責任を取れだなんて、いつかこの国の息の根を止めることになるはずだ。
 そう思ったって誰も口にするわけないだろうし、かの首相が言うところの、それに代わる代替案も持たないおれたちが偉そうに意見できるはずもなく、体制に抗いながら生きていけるほど芯あるわけでもない。だから現実的にはしかたないから取りあえずこの方向で、って先生と共に妥協できるもっとも堅実的な路線を歩んでいる。自分の置かれた状況を正当化するために、体制への不満を持ちつつも、自分に都合のいい先人の言葉をよりどころにして、せこく世の中を渡っていくのが無難で、いまのおれができる精一杯なんだ。
 どうやら高校3年ってやつは世の中に毒素を抜かれつつも、どれだけ従順に大人の言うことを聞ける人間になったのか品評する年なんだって、純正培養の壁の裏側にあるカラクリがそこにあった、、、 なんて、えらそうなこと言ってるけど、だからって何かするわけでもなく、こうして民主主義は成長していく。
 おれだって春先までは顧問の先生の従順なシモベとして部活に精を出し、うまくすれば推薦で大学へ、なんて甘い言葉にほだされて、その時、その時の目標だけを追いかけていたのに、突然宙ぶらりんの状態に陥ってしまった。被害者ヅラして情けをかけてもらうことが、いまのおれに考えられる将来を後悔しないであろう精一杯の身の振り方なんだけど、、、 マサトのハナシがようやく終わったみたいだ。