最近、足がつる。
随分と筋肉が弱くなっている様だ。
今朝も朝の電車、雨の中を足を引きずる様に出勤。
どうにもこうにも耄碌した気がする。
将来のことをあまり深刻に考えない様にしたい。
でも、考える。
自分はいつまで仕事を続けるのだろう。
未来、いつまで働いているだろう。
65歳の誕生日の自分の姿を想像してみる。
職場にいるのか?
どこに住んでいるのか?
まだ3年も先のことだ。
でもいずれ来る。
必ず来る。
こなければその前に人生のカタが着いているから安心だ。
でも、生きてたら困る。
だから心配になる。
困ると言うよりも少しでも楽をしていたい。
65歳には今より楽になってるだろうか?
7年前頃はキツくて毎日が疲弊の連続だった。
考えていることはその時の自分の実態と耐えられる自分の乖離が大きくて焦りばかりだった。
何をしていいのか、何ができるのか?
でもって、何もできなくて路傍の石の様に毎日を呆然としながら消化していた。
1日が早く終わることだけが希望だった。
仕事から解放された瞬間に生きてるんだな、と感じるのである。
明日を迎えるのが嫌だった。
明日が来なければいいのに、と常に思っていた。
休みの日だけがなんとか自分を理解できる時間だった。
でも、それ以外の日をどう過ごすかなどとは考える余力はなかった。
ただ時間が過ぎて欲しい。
そういう時間が3年続いた。
その前から時間の流れがどんよりしていたから、きっと問題は以前から抱えていたのだと思う。
我が理解できていない。
お前は何者?
最初から何者かは解っていない。
自分を演じるのがキツい。
もう演じたくない。
他人でいたい。
安部公房の「他人の顔」とか「デンドロカカリア」とかの物語の主人公と同じ感覚の気がする。
裏返った自分を感じる。
自分が裏返ってそのまま戻らない。
我は「デンドロカカリア」のままここにいるだけだ。
どうやったら裏返った自分が元に戻るのか?
そりゃあ洋服と同じ。
着直すしかないだろう。
一度脱ぐ。
人生を一度脱ぐ。
人生を裸にする。
過去を消すのか?
そりゃあとてもいい方法だ、と思う。
できるならそうしたい。
過去を捨てる。
今の生活も、経歴も、立場も、親も子も。
全て捨てる。
いい方法だろうな、きっと。
でも、それができないから自殺者が出る。
きっと、消したかったのだろうな。
死んで今生から縁が切れるならそれもいいかもしれない。
自殺者の心理。
もしも、法律が自殺者への制裁を法律の盛り込んだらどうだろう。
自殺をしたら遺体解剖と、そしてその前に全裸の遺体を世間に解放されてじろじろ見られてどういう生き様だったを世界から検証される事になっていたら、それでも自殺者は今の人数と変わらないほど居るだろうか?
自ら死んだら今生との縁は切れないどころか貴方の意識の外側で強くなるとしたら。
自分の知らない 処で起きる出来事なら知ったこちゃない、と言えるだろうか?
もし、そう言えるなら、生きてても「知らない」を決め込めただろうに。と、そう思う。
しかし、其処にはいつも他人がいる。
他人の顔。
自分の顔が他人の顔になる。
それを同一化してしまう。
人の知能は「同一化すること」から始まったそうな。
猿はそれができないらしい。
他人の意識を想像して同一化して予測できないらしい。
ならば猿の方が生きやすいのかもしれない。
犬もノイローゼになるらしい。
でも、ノイローゼになる犬はきっと人に飼われてる犬だけだろう。
人の世界はそれだけでノイローゼになる。
問題の世界だ。
むしろあってはならない世界を創り上げてきたのかもしれないな。
人を辞める。
そんな事ができたならノイローゼにはならない。
人でありながら人を辞める。
その辺は仏門の課題の様に感じる。
贅沢もしない、お洒落もしない、美味しいものはいらない、雨風を凌ぐだけの住居でいい。
むしろ住居などいらない。
高学歴の頭のいい若者が敢えて浮浪者の生活を選択して生きている時代が以前あったなぁ。
駅前の無職の段ボール住人に経歴を訊くと東大卒だとか早稲田卒だとか。
人の世界のしがらみが嫌だから世間一般の仕事をしない、とか。
そういう人たち、今はなかなか見ないようになった、どこかに存在してるのだろうけれど。
また、行政がそういう人間を認めない。
認めないくせに、仕事をしにくい世間を作ってる。
ホント、人の世は太古の人の生活となんら変わりない。
機械や物の使い方を変えて生活の変化のスピードは上がったが、暮らし方や文化が進化したとは言えない。
むしろ文化は無機質になり、退化している。
だから、悩んでる人は其処を受け入れられないから、脱世間を試みる。
世間はコミュニティそのものだ。
コミュニティを否定したら仲間はずれだ。
もういいや。
世間に頼るな。
友人にも頼るな。
親兄弟にも頼るな。
周囲の人はみんな動くことのできるただの木の様なものでしかない。
木もぶつかれば痛いからできるだけ距離をおこう。
誰が呼ぶ声に応えるものか。
オオカミに育てられた少年。
人の世界で生きられるように教育しなおされたとか。
でも、道半ばで人になり切れず死んだらしい。
狼の世界で生き続けられればそれよりも幸せな人生を送れたかもしれない。。。