蔵書

「福岡ESEグルメ」のえしぇ蔵による書評サイトです。
要するに日本文学の素晴らしさを伝えたいのです。

志賀直哉 「清兵衛と瓢箪」

2007年01月28日 | Weblog
志賀直哉がなぜ「小説の神様」とまで賞賛されるのか?その答えの一部がこの作品の中にもあります。具体的に言うと、「ストーリーがおもしろい」「独創性がある」「構成が完璧で無駄がない」「文章が巧みで美しい」「作品の奥が深い」・・・という感じでしょうか?要するにどこから見ても作品が完璧なんですよ。ですので小説を勉強して書いてみたいなんていう人にはまさに教科書のような模範的作品です。そういう作品が志賀直哉にはたくさんあるのです。「小説の神様」と言われるのもなるほどなと思います。清兵衛という少年が父親には下らないとしか思われない瓢箪をせっせと集め、見かねた父親に瓢箪を割られてしまうんですが、実はその瓢箪は・・・っと、後は作品読んで下さい。率直に「おもしろいなぁ」と感じますよ。神様の作品はやっぱ違いますな。

葛西善蔵 「湖畔手記 」

2007年01月28日 | Weblog
文学史に名を残した作家ではあるのですが、もしこの人が自分の友達だったとしたら、あまりのいい加減さに腹を立てて絶交してたかもしれません。それくらい実生活はめちゃくちゃでだらしなかった人です。でもそういう荒んだ生活の中で書かれたものには傑作が多いというのは文学の世界ではよくある話です。(その筆頭は太宰治でしょうね。)もがき苦しみながら生きていく状態を逆に材料にして書いているので、私小説が多いです。この作品もその一つです。ただねぇ、やっぱ故郷に妻と子がいて、東京にも愛人がいて、その愛人にも子どもができちゃって、でもどっちも心底愛してるわけじゃないなんてあまりにいい加減すぎでしょ?創作のために自らそういう生活を選んだそうなんですが、それにしても友達にはしたくありませんねぇ・・・。

水上勉 「飢餓海峡」

2007年01月23日 | Weblog
戦後の混乱期というのは全ての日本人がつらい経験をして、それぞれの人生にドラマがあったので、展開の激しい小説の舞台にはぴったりなのかもしれません。この作品も戦後におこったある殺人事件をきっかけに、犯人を追う刑事たちの執念や、逃げて逃げて過去を消し去ろうとする犯人の姿を描いて、非常に大きなスケールの長編になっています。舞台も北海道に始まって、日本中を移動します。展開の大胆さや構成の面白さなど、松本清張に通じるものがあるなぁと個人的に思いました。水上勉もやはり純文学も推理小説も書ける人ですもんね。こういう作品の幅の広い人というのは何かを書こうとする人間から見るとほんとうらやましくてしょうがないです。

夏目漱石 「草枕」

2007年01月23日 | Weblog
冒頭の部分はあまりにも有名なのでご存知の人も多いでしょう。「山路を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。」この一文だけでどれだけ自分の文学精神が動かされたことか!ある意味えしぇ蔵はこの作品に感謝しております。夏目漱石はメジャーな作家ですが、その底知れぬ実力は名声を勝るものではないかと思います。多くの作家たちが弟子入りしたのもうなづけます。この美しい作品はまさに言葉という絵の具をもって描かれた絵画です。全体が完璧な芸術です。もし自分ならこの作品一つ残せればもう死んでもくいはないですが、夏目漱石にとってはこれも数ある名作のうちの一つに過ぎないのですから恐ろしい話です。やっぱ日本一有名な作家は違いますね。

樋口一葉 「たけくらべ」

2007年01月17日 | Weblog
今は財布の中を見れば彼女に会うことができますね。しかしすごいと思いません?女流作家でお札にまでなったんですよ。この人はまさに日本文学史の中で女流作家の流れをたどっていくとその元締め的存在でして、伝説のカリスマです。そんなすごい彼女ですが実際の人生は不幸もいいとこ。貧乏な生活を強いられて、あまり報いられることなく25歳で病死します。作家生活はわずか14ヶ月。悲しすぎません?まさか100年後の世界で自分がお札になってるとは夢にも思わなかったでしょうね。そんな彼女の最高傑作がこれです。遊女の姉を持つ少女と僧侶になる定めの青年との切ない恋物語ですが、完璧な文章によって少女の内面を見事に描写しています。日本を代表すると言っても過言ではない名作を読んでないというのはまずいでしょう。

宇野浩二 「思ひ川」

2007年01月16日 | Weblog
一体純文学と大衆文学とどこがどう違うの?と問われたとして、ではその例をあげましょうということになると、純文学ではこの作品などはまさに純文学の王道をいってますね。しみじみと語られる恋物語、ゆっくりと流れる時間、風流な生活の様子、移り変わる自然・・・急いで読まないで時間をかけてじっくりじっくり噛締めるように読んでいきたい作品です。作家である牧と、三重次という芸者とのひたむきだが結ばれることのない恋・・・あぁせつないですねぇ。このせつなさがたまらん。映像化しないで文章で楽しむ恋物語。いいもんです。

吉行淳之介 「原色の街」

2007年01月09日 | Weblog
戦後まもない頃の小説というのは戦前の高揚感、戦中の緊張感がともに敗戦によって失われ、プライドも希望もなくした人間がただ生きていくためにどうすればいいか迷いながらさまよう姿を描いているものが多いですよね。登場人物の人間性はどこか荒んでいます。そういった人間たちが自暴自棄に愛欲をむさぼりながら、どこかで精神的つながりを求めているという姿を表現させるとすれば、まずはこの人ではないでしょうか?性行為の描写もこの人が書くととても深いものになるのが不思議です。表面的には単なる性欲のやりとりであっても、当事者同士の内面ではお互い何かを探し求めている、何かの答えを探している、そういうふうに受け取ることができます。心理描写が巧みだからそう感じるのかもしれません。こんな奥深いものが書けるなんてほんと尊敬します。

鈴木三重吉 「桑の実」

2007年01月07日 | Weblog
童話作家として有名な鈴木三重吉ですが、初期の頃は普通の小説も書いてまして、その中でもこの作品は最高傑作と言われています。ではどんなストーリーなのでしょうか?これが面白いことに、これといって説明するほどのストーリーはありません。奥さんと離婚した青木という男と、その家にお手伝いさんとして入ったおくみさんという女性との間の、ほんのささやかな心の交わりを描いてあるだけです。大きな事件もドラマティックな展開も何もなし。それなのにこれは群を抜いた名作なのです。日常の何気ない生活の中で静かに静かに時間が流れていく様子を、極めて美しい文章をもって表現しています。そこにある純粋な人の心の交わりを感じて感動しない人は少ないと思います。ストーリーに頼らずに人をひきつけるという作品を書けるというのはよほどの実力がないと無理でしょう。読み終わって「あぁ面白かった」で本棚に置きに行くような作品ではありません。そのまま手元において、ひまひまに取り上げてぱらっとめくったところを読むだけでも心が洗われるような気がする、そういう作品です。是非読んで身近に置いておくことをおすすめします。

永井荷風 「新橋夜話」

2007年01月04日 | Weblog
江戸の風情が残った東京の古い街並みを背景に、花柳界の話が展開するとくればこの人ですね。永井荷風はよほどその世界に深く入り込んでいたようで、こういった感じの作品が多いです。この作品は芸者に関するちょっとした小話がいくつも集まってできた、いわゆるオムニバス方式になっています。どの話もうまくまとまっています。それになんといっても文章が美しい。これが最大の魅力ですね。そしてえしぇ蔵としては参考にしたい”話の終わり方”。幕切れが非常にうまいわけです。余韻を残してくれる絶妙な終わり方はこの人の得意技です。ちょいと粋な花柳界の小話、たまにはいいんじゃないでしょうか?

石川達三 「蒼氓」

2007年01月04日 | Weblog
昭和の初期に東北の貧しい人たちは苦しい生活から逃れるために、国の政策であるブラジル移民に最後の希望を託します。夢を抱いて海を渡った彼らを待っていたのは果たして国が宣伝していたような夢の土地だったのでしょうか?事実に基づいた悲しい物語が、”移民の人たちが乗船するまで”、”海を渡る船中での日々”、”到着して現実を知るまで”の三部に分けて書いてあります。こういうつらい体験をした人たちが実際にいたんです。この事実を知って頂くためにも読んでもらいたい一冊です。ちなみにこの作品は第一回芥川賞受賞作です。文学的にも社会的にも非常に価値ある作品です。