蔵書

「福岡ESEグルメ」のえしぇ蔵による書評サイトです。
要するに日本文学の素晴らしさを伝えたいのです。

井伏鱒二 「さざなみ軍記」

2007年06月30日 | Weblog
井伏鱒二は歴史物をいくつか書いていますが、非常にその水準は高く、どれも素晴らしい傑作となっています。えしぇ蔵の個人的なお気に入りはこの「さざなみ軍記」です。この作品の時代背景は源平の勢力争いの頃です。源氏の勢いにおされて京都を追われ、西へ西へと逃げる平家の軍勢の悲壮な姿を描いています。その描き方が非常に面白いです。その軍勢に加わっていたある少年の日記の形をとっています。特に興味深いのは日々の出来事がリアルにつづってある文章の中でその少年が徐々に成長していくのがわかることです。ですので見方を変えると軍記である反面、一人の若者の成長の記録とも言えるかもしれません。まだ子どもで弱々しく頼りにならなかったのが、いつしか立派な武将として貴重な戦力となるまでに成長していきます。ですがご存知のように平家の最後は滅亡です。日記が進むにつれて状況は悪化していきます。先に勝利が待っていない、幸せが待っていない悲壮感がバックにあって、それがストーリーのドラマ性と文章の叙情性を高めていきます。面白くてかつ文学的。さすがは井伏鱒二というべきでしょう。彼もかなり思い入れがあったみたいで、そんなに長い作品ではないのですが、なんと9年もかけて少しづつ書いています。丁寧に書かれているわけです。井伏鱒二がそこまでしているわけですからそりゃいいものになりますよね。こういう作品が書ける人がホンモノだなぁとつくづく感じました。

池波正太郎 「蝶の戦記」

2007年06月30日 | Weblog
池波正太郎の本を買って帰った時はワクワクします。そして読み始めたらあっという間に読み終わってしまいます。なぜでしょう?答えは簡単。超がつく面白さだからです。どんなに長くても気にならないというか、話が終わって欲しくないと思うくらい面白いです。この作品は数多い池波正太郎の歴史物の中でも面白さについてはトップクラスではないかと思います。お得意の忍者もので、主人公のお蝶は女の忍びとして戦国時代の荒れた日本を舞台に大活躍します。事件は次々と起こり、
いろんな人物が登場し、合戦はあるわ、お色気はあるわ、エンターテイメントとして最高です。忍者ものと言っても、あり得ないような忍術を使ったりではないし、弱さもあるわけで、人間的に描かれていることが特徴です。だから感情移入しやすいのでしょうね。この作品を第一弾として、続編が「火の国の城」、そのまた続編が「忍びの風」となります。この3つがいわゆる忍者シリーズ三部作です。これとは別に「忍者丹波大介」という作品もありますが、これもまた同じ延長線上にあります。池波正太郎の忍者の世界にちょっとはまってみるのもいいもんですよ。

南條範夫 「武家盛衰記」

2007年06月24日 | Weblog
えしぇ蔵は歴史ものにも目がなくて今までかなり読みましたが、ここまでどっぷりはまるに到ったのは一つの作品がきっかけでした。それがこの「武家盛衰記」です。もうかなり前の話になるのでこれをどういう経緯で手に入れたかは忘れてしまいましたが、確か高校生くらいの頃に夢中で読んだのを覚えています。この作品には戦国時代の代表的な武将が24人紹介されています。いづれ劣らぬつわものばかり。その一人一人の生涯を簡単に追ってあり、おおよそその人のことがわかるようになっています。徳川家康、豊臣秀吉、織田信長みたいな超大物ではなくて、その次くらいに位置する人たちです。前田利家、柴田勝家、明智光秀、加藤清正、伊達政宗・・・読み進んでいくとどの人物もこの時代において傑出した人物であり、非常に魅力にあふれていたということがわかります。こんなすごい人たちが日本のあちこちにいて、天下を夢見て戦っていた戦国時代とは一体どんな世界だ?と思ったのがえしぇ蔵が歴史ものへはまるきっかけでした。なのでこの本には本当に感謝しています。今でも取り出して読み返すことがあります。この作品を読んでお気に入りの武将を選んで、それからその人に関する作品を探すというのもいいかもしれませんね。

大岡昇平 「野火」

2007年06月24日 | Weblog
大岡昇平。ここにまた日本文学界の類稀なる天才がいます。この人の才能は非常に多岐に渡って証明されています。翻訳、戦記もの、推理もの、恋愛もの・・・いろんな形でその才は発揮されていきました。戦争中は出征して、フィリピンで捕虜になりますが、その時の体験をもとにいくつか作品を書いています。その一つがこの「野火」です。体験をもとにと言っても「俘虜記」と違って創作部分ほとんどですが、やはり体験者ならではのリアリティがあります。主人公は戦線で結核になって、隊から追い出されます。ただでさえ戦況悪化で食糧も不足しているというのに役に立たない病気持ちまで面倒みれないというわけです。それで野戦病院に行くわけですがそこでも受け入れてくれません。どうしようもない状況から放浪が始まるわけですが、疲労と飢えと敵襲の恐怖でだんだん追い詰められていきます。そして飢えをしのぐため人肉を食うかどうかの瀬戸際まで来た彼は・・・さてどうなるのでしょう?続きは作品でどうぞ。丸谷才一が「文章読本」でこの作品の中の表現を参考としてとりあげていることからもわかるように、非常に高度な文学的手法を駆使して書いてありますので、そういう意味でも優れた作品なのです。ん~さすがは大岡昇平!という感じです。

小林多喜二 「党生活者」

2007年06月17日 | Weblog
日本の労働者の叫びを表現したプロレタリア文学を語るにおいて、この人の名前はその中心人物として必ず登場します。すさまじいまでの強い意志と熱い魂、それを貫き通して最後はなんと特高による拷問で獄死するという壮絶な最後をとげます。労働者のために、日本のために、活動しペンを走らせ、死ぬほどの拷問にあっても己の信念を曲げなかった人です。わずか29年の人生ですよ。力いっぱい駆け抜けて行ったわけです。なんとすごい人でしょう。後世の日本人が忘れてはならない人の一人です。この作品はある軍需工場における争議を描いていますが、これはまさに小林多喜二が地下活動をしていた時の体験をもとにしていますので、非常にリアリティがあります。彼は作品を通して多くの日本人に、労働者に、強く訴えたいものがありました。社会を変えようと一生懸命でした。ですがその文学はただの手段になっているのではありません。文学作品としても非常に優れたものになっているからこそ訴えるものが心に響いてくるわけです。この作品を読んで、熱き魂の人の心に触れてみるのもいいと思いますよ。

大江健三郎 「飼育」

2007年06月17日 | Weblog
昭和33年第39回芥川賞受賞作です。大江健三郎はご存知のようにノーベル文学賞受賞者です。この人が受賞したことにおそらく誰も異議はとなえないのではないでしょうか?とにかく恐ろしいほどの実力の持ち主です。えしぇ蔵は個人的には日本文学史において、三島由紀夫と大江健三郎の二人はちょっと群を抜いているのではないかと思っています。そんなすごい人は最初からすごいのを書いているわけでして、この作品の芥川賞受賞は23歳の時です。ストーリーは戦争中にある田舎に米軍の飛行機が墜落し、黒人兵が村人に捕まります。本来は捕虜であるわけですが徐々に主人公の少年や村人と黒人兵の間に心の交流が芽生えていきます。それがある日・・・あとは読んで下さい。衝撃のラストが用意されています。大江健三郎の文章は自信に満ち溢れています。非常に水準の高いところに達しており、そのために「すごいのはわかるけど、読みにくい」と言う意見もありますが、それは有名な抽象絵画をどう見るかというのと同じでじっくり取り組んでみれば、徐々にそのすごさが伝わってくるものです。ですのでちょっと見てやめるのではなくて、腰をすえてゆっくり読んでみて下さい。これぞ日本を代表する人の文学なのです。

山本有三 「真実一路」

2007年06月09日 | Weblog
この作品はテーマが非常に深い意味を持っていまして、人生とはなんなのか?自分はこのままでいいのか?なんてことを考えて壁にぶつかっているような人には一つの参考になると思います。人間、自分の本当の生き方を貫こうとした時に果たしてその先に幸福があるのか?周囲の人間には影響ないのか?真実一路に生きて本当にいいのか?そういうことを考えさせられます。山本有三の作品はこれに限らず、”人生”という壮大で不可解なテーマに取り組んだものが多いので、生き方を学ぶ上でも優れた参考書と言えます。どの作品でも主人公はまっすぐに生きようとするけど、いろんな困難にぶつかって苦労します。それでもくじけずに力強く生きていくというパターンが多いです。よくまぁこんな深いテーマで作品が書けるなぁと尊敬してしまいます。世代を選ばず多くの人に読んで欲しいという意味なのかどうかは知りませんが、非常に読みやすいのも特徴です。真実一路に生きることは大きな困難をもたらすものかもしれません。ですが、やはりその道を進むべきではないかとえしぇ蔵は思います。

中野重治 「村の家」

2007年06月09日 | Weblog
昭和初期のプロレタリア文学全盛期の頃には、その流れにのる作家がたくさんいたわけですが、ではその流れが生み出した数々の作品が質的に良いものかどうかという問題になると、?マークがつくのは否定できません。ある意味仕方のないことかもしれません。左翼的なメッセージを強く押し出そうとするあまり、文学的な配慮やストーリー性にあまり注意がいかなかったのかもしれません。実際、この頃登場したプロレタリア文学の作品は今ではあまり注目されません。ですがここに中野重治ありです。彼の作品はしっかりプロレタリア文学なんですが、しっかり文学作品です。詩的で叙情的で非常に素晴らしいものです。プロレタリア?なんそれ?左翼主義?知らんがな・・・そういう人にも面白く読める文学性の高い作品です。政治云々の前提知識などいりませんので普通の文学作品のように読んで下さい。この作品は革命運動のために投獄された主人公がいわゆる”転向”することによって釈放された後の、なんとも悲しいような情けないようなつらい心境を描いている非常に素晴らしい傑作です。経験者ならではのものに仕上がっています。革命戦士的文学者の残した芸術に触れてみませんか?

司馬遼太郎 「新撰組血風録」

2007年06月01日 | Weblog
新撰組というのは非常に浪漫を感じさせる人たちでして、歴史が好きな人もそうでない人もその中の人物にあこがれたという人は多いと思います。それぞれにまっすぐに生きた人たちで、しかも剣の達人ばかり。かっこいいですよね。土方歳三、近藤勇、沖田総司、永倉新八、原田左之助、山南敬助 ・・・ずらり揃ったつわものども。あなたのご贔屓は誰?って感じですね。魅力ある新撰組隊士たち一人一人を取り上げて、それぞれにエピソードを持たせてその生き様を描いた作品がこの「新撰組血風録」です。いわば短編集になってまして、一つの短編ごとに一人の隊士が主人公になっています。もちろん小説ですから創作部分も多いですが、おおよそその人物の人柄は出ているのではないかと推測できます。土方歳三、近藤勇、沖田総司などのメインの人たちはよく歴史小説に取り上げられますが、他の隊士にもスポットをあてたこの作品は新撰組ファンなら絶対外せない傑作ですが、新撰組ファンでない人にも面白く読めるのは保証します。

江戸川乱歩 「二銭銅貨」

2007年06月01日 | Weblog
江戸川乱歩はこの作品で世に認められたと言ってもいいでしょう。駆け出しの頃にすでにこのクオリティですからさすが大家は違いますね。この作品は短編の推理小説です。まだ日本では推理小説草創期です。そこに登場したこの傑作は、暗号解読をテーマにしています。これが実に面白いのですよ。ある会社から大金が盗まれて、犯人は逮捕されますが肝心のお金の行方がわからない。犯人も白状しないし、どこを探しても見つからない。このことを新聞で読んだ青年二人がなんとかその在り処を探ろうと知恵を絞ります。そこで問題になるのが「南無阿弥・・・」とへんてこりんな呪文みたいなものが書かれた紙片です。これは暗号化された通信文ではないかということで解読を試みるわけです。これがなかなかに手が込んだからくりで面白いわけです。基本的にはシャーロック・ホームズが登場するコナン・ドイルの「踊る人形」やエドガー・アラン・ポーの「黄金虫」と似たタイプの暗号です。果たして彼らは解読できるのか?どんでん返しも待ってますよ。