蔵書

「福岡ESEグルメ」のえしぇ蔵による書評サイトです。
要するに日本文学の素晴らしさを伝えたいのです。

芝木好子 「慕情の旅」

2007年12月23日 | Weblog
心に傷を持つ女性が世間の荒波にもまれながらも強く生きていこうとする姿を描くことは、芝木好子の得意技といっていいかもしれません。彼女の描く女性の強さは、どちらかというと”静かな強さ”です。じっと耐えて弱さを表に出さず、むしろより静かな品のある女性となることでつらさや悲しみを乗り越えていくという感じです。これって芝木好子の人間性なんでしょうか?もしそうなら一目会いたかったです。きっと人間的に素晴らしい人だったろうなと思います。この作品の主人公は、結婚の約束をしていた男性が、結婚式を目前にして主人公の義理の妹と駆け落ちしてしまったという経験を持っています。大きな傷を生涯の伴侶と思っていた人と自分の妹からもらったわけです。しかも父親は孫に会いたさに主人公に気兼ねしてこっそりと妹の新居を訪問してたりするわけで、それが余計に彼女につらい思いをさせます。ですが彼女はそれにもめげず、父親の会社の副社長として仕事に打ち込むことで強く生きていこうとします。そんな彼女にある人が妹夫婦の娘を見たいかと訊きます。見たくないような見てみたいような、複雑な気持ちを抱きますが結局彼女は見てみることにします。そして京都の銀閣寺でその女の子の姿を見た彼女はある大胆な行動に出ます・・・。短編ですが内容は濃く、展開もドラマティックでうまくまとまっています。芝木好子の魅力を凝縮したような小品です。

高見順 「今ひとたびの」

2007年12月23日 | Weblog
高見順の作品を読んだことがある人がもしこれを読むとちょっと意外に思うかもしれません。なにしろ韓国ドラマやトレンディドラマも顔負けのメロメロの恋愛小説です。本当にドラマの脚本にぴったり!と思うはずです。主人公は一目惚れした女性に意中を伝えることもできぬまま、その女性は結婚してしまいます。それでも主人公は彼女への想いを残していましたが、それを断ち切るために彼女から遠く離れていきます。ところがそんな彼のもとへ彼女から手紙がきます。その文面からするとどうも幸せな結婚生活ではないようなので、主人公の内面は大いに揺れます。お互いに好意を持っていることを薄々と感じながら、いろんな障害が二人の接近を阻みます。最後に来た最も大きなそれは戦争でした。死地を彷徨い、戦後なんとか無事に帰国した主人公は、再び彼女との再会を夢見ます。そしてそれがついに実現するという時に・・・最後のシーンはこれまたドラマティックです。どうです?メロメロでしょ?やはり何度も映画化はされています。映画のほうではラストシーンが違うものもあるようです。高見順にしては大衆的な内容ですが、これはこれで大いに結構ではないかと思います。女性の方には特にうけるかもしれません。

阿川弘之 「雲の墓標」

2007年12月16日 | Weblog
戦争というものを作品において批判するには書き方の違いにおいて方法がいくつかに分かれると思います。ストーリーの中で戦争反対の立場にある人がメインになって活躍し、直接的に訴えるというパターンもあれば、表面的には体制に順応している人々をリアルに描くことによって間接的に反戦を訴えるパターンもあります。この作品は後者です。主人公は応召で海軍に入り、初めてのことばかりでいろいろと戸惑いながら徐々に海軍の空気に慣れていき、最後は特攻隊の一人として選ばれるまでを日記という形で表現しています。おそらく本当の日記を参考にしたと思われるリアルさがあって、名も無い一兵士が戦争に借り出されて、虫けらのようにその命を軽くあしらわれる様子が強烈に伝わってきます。最初の頃は不安が前面に出ており、それがやがて慣れていくにつれ自分は国のために頑張って戦わないといけない!と思うようになります。ですが海軍のやり方に疑問を持ち始め、勝つ見込みのない戦争をすることにも納得はできないながらも、もはや自分には国のために死ぬしかないと思うまでにいたるいろんな心の葛藤が実に巧みに表現されていて、そのリアリティさゆえに読む側には強い反戦意識を起こさせます。ここに阿川弘之のすごさを感じます。戦争反対だから戦争ものは読まないというのではなく、戦争反対だからこそこういう作品は読まれるべきです。あの戦争で貴重な命を散らせた人々の密かな心の葛藤を少しでも知ることは戦争に反対する上では必要なことだと思います。

野上弥生子 「花」

2007年12月16日 | Weblog
野上弥生子の随筆集です。題材は多岐に渡っており、それぞれが書かれた時期も様々です。この人は非常に長生きで、なんと99年という長い人生経験を経て逝かれました。この随筆集には若い頃のものもあり、最晩年の頃のものもあります。驚くのはその筆致に衰えはもちろん、スタイルの変化がないこと。これには実に尊敬の念を抱かずにはいられません。これは要するに若い頃から既にいろんな面で完成されていた作家だったということでしょうね。どの作品の文章も深みがあって、表現や言葉に重みがあって、ところどころに巧みなテクニックを感じます。それでいて流れるように淀みのない文章は気持ちよく読むことができます。実に高い水準にある人です。いくつもの小品がある中で、「夏目漱石」というのが特に興味深く読めました。野上弥生子は夏目漱石の弟子です。文学で世に出たのも夏目漱石のおかげです。非常に親しく接していたので普段の夏目漱石の様子が実にリアルに描写してあり、あの偉大なる文豪の素顔を垣間見ることができます。他にも優れた小品を集めてあります。お休みの日の午後なんかにお茶でもしながら読むなんていうのが似合う作品です。

永井路子 「山霧」

2007年12月08日 | Weblog
永井路子とくれば「女性の目から見た歴史もの」です。非常に細かく調べに調べ上げて、そこに自分なりの解釈を加えて隙のない文章で物語に仕上げるのがこの人の得意技です。しっかりとした調査がベースになっているので創作といえど軽くなく、説得力もあります。いわば一つの彼女なりの仮説を物語にしているといったほうがいいかもしれません。この作品は戦国時代の中国地方に覇をとなえた毛利家を中心に話が進んでいきます。お、ということは毛利元就の話かな?と思うでしょ?確かに毛利元就は一番多く登場します。ですが、それなら他の歴史ものと変わらないわけです。永井路子が書くわけですから視点は女性なわけです。ということでこの作品の主人公は毛利元就の妻のおかたです。中国地方を統一した男を支えた女性の生涯はどういうものであったか?それを調べて書かれたのがこの作品です。是非この点に注意して読んで頂きたいのです。なぜなら、おかたが死んだ時点でこの物語は終わります。元就が陶晴賢を倒し、尼子を倒して中国に覇を唱えるのは妻の死後です。元就を主人公だと思って読んでいくと、「えー!これから面白くなるのにー!」というところで終わってしまいますから、くれぐれもご注意下さい。永井路子が書く歴史ものは一味も二味も違いますから読んでみる価値は大いにありますよ。

芝木好子 「冬の椿」

2007年12月08日 | Weblog
太平洋戦争の頃、日本の若者はみんな戦争に行ったわけでして、戦後には多くの未亡人が残されたわけです。最愛の旦那が戦死したとの知らせがあって落ち込んでいるところに再婚の話があって、人生再出発ということで再婚したら実は旦那は生きていて、帰って来てから一悶着・・・なんていう悲劇が戦後には多かったことだろうと思います。なんせ戦時中の、しかも敗色濃厚になってからの公報というものはあてにならなかったですからね。新しい旦那をとるか、前の旦那に戻るか、悩み苦しんだ日本の女性の悲劇をドラマ化したのがこの作品です。まだ結婚はしてなかったけど、この人しかいないと決めた画学生が戦争に行ってしまい、戦死の知らせが入ります。そして執拗に結婚を迫られていた実業家と結婚してしまいますが、戦後にあの画学生が歩いているのを見たという人の話を聞いて主人公の心は揺れ始めます。誠実と思っていた実業家が実は愛人のいる、不誠実の見本のようなやつだったことがわかったりして、余計に進むべき道に迷う女性が最後にどういう決断をするのか・・・?戦争が生んだ悲劇の一つの形体を作者得意の情緒的なしっとりとした文章で描いてあります。まさに芝木好子ワールドです。実に見事な仕事です。

草野心平 「高村光太郎」

2007年12月02日 | Weblog
えしぇ蔵が草野心平を初めて知ったのは、宮沢賢治の詩集でした。彼は宮沢賢治の作品を世に広めることに多大の貢献をしています。今現在、宮沢賢治の詩が世間一般に広く知られているのは彼のおかげです。そして草野心平自身も詩人です。蛙をテーマにした詩が多く、表現にいろいろな前衛的試みをしていることでも有名です。基本的に詩が本業なわけですが、小説も書いています。この「高村光太郎」は、親しい友人だった高村光太郎のことを書いた短編です。かなり親しかったようで、頻繁に行き来していたようです。その彼が見た、高村光太郎の人生の苦悩がよく描かれています。特に智恵子夫人が徐々に精神に異常を来たし、ついには入院して体調もどんどん衰え、やがて死が近づいているという段階での高村光太郎の苦悩の姿を描いている場面は涙なしには読めません。草野心平にすがるように、「ね、君僕はどうすればいいの、智恵子が死んだらどうすればいいの?僕は生きられない。智恵子が死んだら僕はとても生きてゆけない。どうすればいいの?」と言うシーンの緊迫感と悲壮感は、読む側に悲しい戦慄をもたらします。親友としてそばにいて見たことをそのまま記録したこの作品は、草野心平を知る上でも、高村光太郎を知る上でも貴重な作品だと思います。

久保田万太郎 「市井人」

2007年12月02日 | Weblog
久保田万太郎といえば、かつての江戸を思わせるような下町人情ものの第一人者ですね。この人の作品を読むと、当時の東京の下町の人たちの人柄や生き様がよくわかります。今でも浅草あたりに行くとそういう人たちが残っているかもしれませんね。そういった下町の人情とともに、久保田万太郎を語る上で忘れてはいけないキーワードが、「俳句」です。この人はこの世界でもすごい人なのです。中学時代から俳句を作ってたそうで、かなりの数の秀作を残しています。句集もあります。それでこの作品なんですが、この二つの要素がどちらも盛り込まれています。大正時代の東京の下町での物語ですが、ここに蓬里さんという俳句の先生が登場します。他の登場人物も俳句を作ったりしますが、物語の中心にあるのが俳句なのです。一般人の何気ない毎日の生活の中で、ところどころに俳句が登場し、ドラマに色をそえています。その登場する俳句がまたいいんです。作品に盛り込むからには秀作を選んだことでしょうけど、どれもしみじみ読み返したくなるものばかりです。普段の生活の中でふっと出て来た感想を歌にする、その楽しさを学ばせてくれるような作品です。これ読むと一句詠みたくなりますよ。