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鈴木三重吉 「桑の実」

2007年01月07日 | Weblog
童話作家として有名な鈴木三重吉ですが、初期の頃は普通の小説も書いてまして、その中でもこの作品は最高傑作と言われています。ではどんなストーリーなのでしょうか?これが面白いことに、これといって説明するほどのストーリーはありません。奥さんと離婚した青木という男と、その家にお手伝いさんとして入ったおくみさんという女性との間の、ほんのささやかな心の交わりを描いてあるだけです。大きな事件もドラマティックな展開も何もなし。それなのにこれは群を抜いた名作なのです。日常の何気ない生活の中で静かに静かに時間が流れていく様子を、極めて美しい文章をもって表現しています。そこにある純粋な人の心の交わりを感じて感動しない人は少ないと思います。ストーリーに頼らずに人をひきつけるという作品を書けるというのはよほどの実力がないと無理でしょう。読み終わって「あぁ面白かった」で本棚に置きに行くような作品ではありません。そのまま手元において、ひまひまに取り上げてぱらっとめくったところを読むだけでも心が洗われるような気がする、そういう作品です。是非読んで身近に置いておくことをおすすめします。