七十二侯中第二十四侯「麦秋至(ばくしゅういたる)」は5月31日から6月5日にあたります。
麦秋、つまり「麦にとっての秋」は、こんな初夏のころにやってきます。周りは新緑です。田植えが済んで苗が伸びてきたころ合いです。
私は「乗り鉄(呑み鉄?)」をするためによく滋賀県に出かけますが、近江米で名高い「米どころ」であるはずなのに、水田の合間にけっこう麦畑もあるようです。「麦秋」になりますと、緑の水田と黄金色の麦畑のコントラストを見ることができます。
七十二侯中第二十四侯「麦秋至(ばくしゅういたる)」は5月31日から6月5日にあたります。
麦秋、つまり「麦にとっての秋」は、こんな初夏のころにやってきます。周りは新緑です。田植えが済んで苗が伸びてきたころ合いです。
私は「乗り鉄(呑み鉄?)」をするためによく滋賀県に出かけますが、近江米で名高い「米どころ」であるはずなのに、水田の合間にけっこう麦畑もあるようです。「麦秋」になりますと、緑の水田と黄金色の麦畑のコントラストを見ることができます。
七十二侯中第二十三侯「紅花栄(べにばなさかう)」は5月26日から5月30日にあたります。
万葉集や源氏物語に登場する「末摘花(すえつむはな)」とはベニバナの別名だそうです。
ベニバナはアザミに似た花で、アザミ同様トゲトゲもありますので、紅花摘みは大変そうです。
太古の昔から染料として栽培されてきた植物ですが、紅花茶(べにばなちゃ)として飲用することもあります。私は紅花茶で焼酎を割っていただくこともあります。
七十二侯中第二十二侯「蚕起食桑(かいこおきてくわをはむ)」は5月21日から5月25日にあたります。余談ですが私の誕生日はこの時候に含まれています。
養蚕には約五千年の歴史があると聞きました。日本では最古の書物である「古事記」に養蚕の記事が見られるそうです。古くから重要な産業だったのですね。
我が家では「カイコ」と呼び捨てにせず、「おかいこさん」と呼んでいたと思います。おぼろげな記憶でしかありませんが、部屋の真ん中に鈎が吊るしてあって、繭の取引をするときにはその鈎に大きな「さおばかり」をぶら下げて、繭の重さをはかっていたように思います。
「おかいこさん」は手のひらに乗せるとひんやりと冷たく感じました。後で知ったことですが、カイコは人間の手の温度、36度ぐらいでやけどをするのだそうです。触ってよく叱られました。
韓国に「번데기(ポンテギ)」という食べ物があります。「번데기(ポンテギ)」というのは「さなぎ」という意味の名詞ですが、特にカイコのさなぎを茹でた昔ながらのおやつです。良質のたんぱく質も期待できそうですね。屋台などで売っています。これは私の数少ない「苦手な食べ物」の一つです。匂いが子どもの頃のフナ釣りの餌(うどん+さなぎ粉)を思い出させるためです。
果物のビワを描きました。
この季節の旬の果物だと思います。「五月の宝石」としゃれてみました。子どものころ、家にビワの木があり、低いところは自分でも捥いで食べました。実の大きさの割には種が大きくて、可食部は少なかったのですが、そこは数をたくさん食べればよいのです。
高いところは竹の棒の先に針金を付けた道具で枝をたわめて採りました。この道具はビワの実を採るための専用の道具ではなく、普段は物干し竿を干し場に掛けるための道具でした。
冷やして食べるとまたおいしいものでした。井戸水につけておいて冷やしたことを思い出します。「ビワ」と「ゆすらうめ」は家でたくさん採れましたので、この季節には欠かせないおやつでした。
七十二侯中第二十一侯「竹笋生(たけのこしょうず)」は5月16日から5月20日にあたります。
「竹笋」はタケノコを表します。竹は成長が早く、文字通り十日で「旬」を過ぎて硬く、食べられなくなってしまうことから「筍」の字でも書き表しますね。木材と違って2年で大人になるので、竹材として使うのにも好都合です。
旬のタケノコとワカメをあわせた「若竹煮(わかたけに)」は、この時候ならではのごちそうと言えるでしょう。