おでかけZIOさん
さ迷い人でも言いましょうか、さしたる当てもなく、場所を時間を彷徨っております。




今日はラッキー、自由放免の日となりまして、さてどうしましょう。
ここは小田原、もちろん丹沢へ。が、登山靴しかありません。
そこでトンネル通行禁止で遮断されているユーシン渓谷への道の様子を見に行ってみようか、となりました。
玄倉BS横の駐車場を起点に歩いて見ましょう。お弁当はコンビニで仕入れて準備OKです。
丹沢湖を横目に歩き出します。湖畔ではシュンセツ作業中、崩壊激しい丹沢では欠かせない作業なのでしょう。
そして道脇には林道通行止めの告知看板がありました。
 
最初に目に入った花はシュウカイドウ、秋ですね。ツユクサも色彩では負けていません。古代から愛され続けた紫色ですものね。マツカゼソウが水の落ち口で咲いていました。
  
ミズヒキも今が盛りのようです。
 
まもなく発電所が見えてきました。正面の雲がかかった山は檜洞丸かな?
 
そしてまた、道端をキョロキョロ。
これは葉が柄無く細長い、ノコンギクかシロヨメナか?こちらはイヌトウバナ。
  
ヤマアジサイも多く見かけます。
 
ゲンノショウコに遅咲きのタンポポも

 
小川谷出会いまでやってきました。西丹沢県民の森との分岐です。
今は鎖で遮断されていますが以前は車で通過出来て走った記憶があります。
ただ、やはり県民の森手前で土砂崩れが起きていて、そこから車を置いて石棚山~檜洞丸と歩いたのでした。
取り敢えず確認がてら県民の森へ進路変更、着いた県民の森の看板は繁る樹木に覆い隠されそうになっていました。
花は乏しそう。今日は石棚山に行くつもりはないので、ここのベンチでランチとすることにしましょう。
 
帰り道、鳥居を見つけ立ち寄ります。山人の山の安全を願った「山の神」を祀った社がひっそり。
その脇にはいかにも供えたようにキンミズヒキとマツカゼソウの花が。
  
盛んに綿毛が飛んでます。ダンドボロギクのでしょうか。鋭い棘のアザミはトネアザミ、クサボタンも咲いてます。

  
更にクサギの実が花にも増して鮮やか
 
出会いまで戻って来たので、ユーシン側に行けるところまで行ってみましょう。
  
が、まもなくゲートが。ここを突破する意味もないので引き返しましょう。
イヌタデ、キツネノマゴとも会うことができました。
  
まだ時間が十二分にあったので、彼岸花が満開だという南足柄運動公園へ。
 
こうしてZIOめのリフレッシュ日は過ぎたのでした。
この日の富士山はこんな感じでした。(9/23)



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ここの所、石鎚山に何時行くかは時間の問題でした。
ただ難所と認識していて単独では心もとない、岩場好きの友達を誘うタイミングを探していたと言ったところでした。

そして石鎚山へ、詳しくはHPに書いたので置いとくとして、その周辺のこぼれ話を二つ三つ。
瀬戸中央架橋から四国に入ります。

登山の登り口、国民宿舎いしづちまでの道のりを問い合わせると、ここのところの大雨で松山ICから石鎚スカイラインに入るのが一番無難との返答、その言葉に従うことにしました。
だがこのコース、西条市から入るのと比べて大回り、プラス70㎞位の追加行程、長かった。
そしてその中には、ネズミ捕りにあう、とんだハプニングも。それはそっとしておいてください。
(加速性の高いe-Powerにはご注意!ちょっと踏み込んだだけで思った以上のスピードが出ておりまする…)
その入口が砥部町、言わずと知れた焼き物の街です。
 

往きに覗いて、帰りに改めて寄ってみました。最初に伝統産業会館に立ち寄りフムフム、マップをゲットして街に出ます。
龍泉窯で土産にとフリーカップを買ってニヤニヤ。
でも、あまりゆっくりはしていられません。四国の西の端っこ八幡浜がこの日のお宿、未だけっこう遠いのです。
何故、そんな遠いところに宿を?
一つは佐多岬に行ってみたかったこと。次にネット検索に引っ掛かった宿が面白そうだったから。
その宿は千鳥荘風の樹、変った宿でした。亭主が変わっているということでしょう。
たどり着くのも一苦労、八幡浜道の駅「みなっと」で探し出しての到着でした。
 

1日1組の接待、海辺で夕景を愛でながらの野菜尽くしのお料理、最後に鯖の刺身で締め、お酒は好きなだけご自由に、というユニークさ。
見事に予想を覆してくれて印象的でした。
そして佐多岬へ。これがまた長い。ちょこっと突き出た半島と理解していたのに。
残念ながら曇天模様、九州の地は薄っすらとしか望めなかったのですが、佐賀関が対岸にありました。
(因みに昨夜食した鯖は関サバではなく浜サバだそうです)
佐多岬灯台への道は藪椿繁る好ましい路でした。
  
 

灯台を見たら帰りましょう。先は長い寄り道無用、奈良へまっしぐら。
更に、奈良は中継ポイント、一泊して千葉へ。
ZIO的にはもう一つ物足りない、それは?
通り道からちょっと逸れて松阪市へ、松阪市はにわ博物館が目当て、重文の舟形埴輪を見たかったのです。
煉瓦造りの立派な建物が迎えてくれました。パンフレットによると鐘紡の工場跡地に建設されたのだとか。
なるほど、それか。カネボウの原綿倉庫で国の登録有形文化財に指定されているという。
はにわ館に100円払って入場。
 

おぉ、想像通りの展示品、写真撮影フリーも好感度アップ、堪能させていただきました。
  

展示物は国史跡宝塚古墳からの出土品です。
最後に宝塚古墳に行ってみましょう。1号墳は作り出しのある前方後円墳、5世紀初めの築造という。
2号墳は帆立貝式古墳で朝顔形埴輪で飾られ5世紀前半とか、興味深いものがあります。
 

これでミッション終了、スッキリと帰路についたのでした。(9/9~13)



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越後妻有最終日、今日は上郷グローブ座レストラン「北越雪譜」を予約、その間を繋ぐ行動となりました。
見玉不動尊近くの№056「出会い」を最初の訪問地に、そう言えば前もそんな工程を組み開館前でアウトでした。
今回も開館前、ぐっすん
でも、天が味方⁇関係者が仕事していて開館前なのに中に入れてくれました。
  
お茶までいただいてほっこりしました。
それからっと、湧水地滝ヶ窪が近く、見に行きましょう。
訪れた池は、いかにも龍神さんが棲んでいそうなところ、緑に鎮まり八大龍王が祀られ、津南の河岸段丘上の大地の貴重な水を供給し続けている池でした。
  
№059「水送り」はそんな貴重な水を村人が手渡しで桶に水を貯め、そして大地の作物に水をやるというものでした。
 
う~ん、深~い。
そろそろ、グローブ座を目指しましょう。
と言いつつ作品№037に立ち寄り、更に坂を上って、たまたま作品№060「川のむこう、舟を呼ぶ声」に出会います。
なんと静逸で語り掛ける力のある作品でしょう。
    
かなり感動して上郷グローブ座に到着しました。
 
さて、どんな寸劇がもようされるのかな。
普通のおもてなしでした。でも、美味しかった。良い素材を生かした極めて上品な、お食事でした。
    
 
料理名は鈴木牧之の「北越雪譜」。
牧之はこの津南の地を過酷な地として描いた。
いま、こうして都会もの私が「美味しい」という巡り合わせ、でも自身も田舎者ですから、考えすぎですね。
ともかく、素敵なフィナーレでした。

帰りに津南町歴史民俗資料館に立ち寄って、信濃川火焔土器回廊の上流地点にたどり着き嬉しくなりました。
 
更に「なじょもん」に立ち寄り企画展「火炎土器の魅力」を見て、展示土器の豊富さに感激、
   
ZIO的には大いなるサプライズとなりました。
考えれば、この津南の河岸段丘上で、石器時代から営々と人が住み続けていたということになります。
信濃川も水辺に寄れば近づける位置なんて面白すぎますね。(9/7)



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翌朝、グリーンピア津南から、さて何処へ。
近いところで探すと田代の七ツ釜、そこの作品№021スネーク・パス
集落の細い路を迷いながら通過して、やっとこさ到着。
2003年の作品で、約400名の参加によるワークショップで完成したのだとか。
140メートル、遊歩道を正に蛇行する大蛇は、今なお山の神として潜み生き続けているよう。
蛇は洋の東西を問わず恐れ敬う存在であることが実感させられる。
   

七ツ釜にも足を延ばしてみましょう。
今は滝は崩壊し、それに似せた堰堤が築かれていましたが、柱状節理の景観は見事なものでした。
そこから段丘を下りゆくら妻有へ、№034・058をみて川向こうの№028へ。
 
「たくさんの失われた窓のために」と題された作品も台風のため、修理が必要だったのだとか。
今日は穏やかな風にカーテンがゆらり。その下で3人兄弟がにっこり。
 
さて、やっぱりメーン会場越後妻有里山現代美術館「キナーレ」に行ってみましょう。
2018年方丈記私記、これを更に展開して街に展開、方丈村百年構想の始まりとして位置付けしているようです。
      
 
ランチは越後しなのがわバルでおにぎりを。
次いで少し遠出、旧枯木又分校№268へ。
 
下りてきて妻有田中文男文庫№201、№253に立ち寄ります。
  
信濃川を渡り、西岸を遡行、名ばかりの国道353を通る。なかなかタフな道路でした。
東京電力信濃川発電所の見える位置まで来てやっと一安心、その導水管が迫力ありました。
 
昨日訪れた磯部行久作品№043・068はもうすぐ、導水管モニュメントは見事に復活していました。
 
フムフム、先ほど、実物の導入管を見ただけに、なお考え深いものがありました。
もう夕方、本日の巡回もここまで、心身とも、もう飽和状態です。(9/6)



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なんてこの国は災害が多いんだと思う日々、祭祀型政治が発達するのもうなづけてしまう。
大地は、日々の豊かさをもたらしてくれるけれども、不意に厄災をももたらす。
この大地との付き合い方に、敢えてそう呼ぶならば日本列島に住む我々は苦労してしてきた。
な~んて、お出掛けの動機付けを、勝手にそんな処に飛躍させて、「大地の芸術祭」越後妻有アートトリエンナーレ2018に行ってきました。
実のところは、毎回行くようにしているこの野外企画展、今回閉会期限が迫っていて、慌てて行って来たのでした。
まずは清津峡から見て回ることにしました。
関越・塩沢石打ICから魚沼丘陵を超えると越後妻有の懐ににいきなり飛び込みます。
何度目かの清津峡、まずパスポートを購入し、お祭りモードにスイッチ。
賑やかです。中国語らしき言葉が飛び交い、一番変わった点はこんな風景なんだと思い知らされました。
それはともかく、この渓谷の柱状節理は素晴らしい。
きれいになった長~い洞内(清津峡トンネル)を安心して進むと、その先端が水鏡状に、見学者がシルエットとなって清津峡に映り込む仕掛けです。
 

作品№079・080というわけです。面白くダイナミック!
万年橋袂の作品№54を見て、
 
河岸段丘上の国道353沿いの磯部行久記念越後妻有清津倉庫美術館へ。
 
 
ここで磯部行久氏のすごさを実感、今回の見て歩きの方向性が決まりました。彼の足跡を辿る、をメーンに据えました。
そこでミオンなかさとへ。食堂がお休み、残念、お弁当を買って休憩室でいただかせてもらいました。
温泉施設で宿泊も可能、街中でもあるし宿泊中継ポイントとして穴場かもしれない。
それはともかく、磯部行久の作品№0008「河はどこにいった」№016「「天空に浮かぶ信濃川のの航跡」を見に行く。
おぉ、なんとも壮大である。取り入れ真近い黄金色の田んぼに信濃川の流れを想像し、

 
10000年で25メートル河が大地を削るのか、100年で25センチと指を折る、痛快である。
 

この流れで行くと№43「土石流モニュメント」と№68「サイフォン導水のモニュメント」でしょう。
行ってみると前日の台風の為、展示物はぺしゃんこ、明日には復活しているとのこと、また来ることにしましょう。
道端には、こんな花も、
     
    
すっかり楽しんでしまいました。もうすでに4時過ぎ、今日のミッションはここまで、宿泊地グリーンピア津南を目指したのでした。(9/5)



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