てんもく日記

夫と妻と大学生の息子と娘。【ヒゲ親父】は変なことばかり投稿しますが、最近は地元の町歩きにめざめちゃっております。

ここまで細かい「金印」の本

2020年06月14日 09時18分33秒 | 【ヒゲ親父】歴史のこと
この本も図書館で何度か借りているんです。

福岡で発見された「漢委奴国王」の金印に関する本です。

これが凄いのは、金印そのものを詳細に分析しているというところ、


写真も豊富で


ここの彫り方はどうのこうのと・・・、

(細か・・・


金印といえば、江戸時代に作られたという真贋論争がありますがそれはあり得ない。

これは1981年に中国の揚州市郊外で発見された「廣陵王璽」の金印ですが、


日本の「漢委奴国王」と同じ時期に同じ場所の同じ工房で作られたと言います。
蛇も亀もたくさんの◎の模様がありますが、
これは◎印を刻む「たがね」で打っているということです。

こういう細かい内容の本を読むときは、ある程度のパワーがいりますが興味あることならぐぐっと読み進めます。


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歴史好きが憧れる土地。

2020年03月09日 20時24分08秒 | 【ヒゲ親父】歴史のこと
オイラは歴史が好きです。
だから、会社帰りのコンビニにこんな本が売っていると


大抵、買っちゃいます。


歴史は古代から近代まで隈なく好きですが、
なかでも古代史にはロマンを感じますねぇ。


次に生まれ変わるなら、奈良県民になりたい。
京都ではないんだよね・・・、古代史のメッカ、奈良がいい。
オイラが奈良なんかに住んでいたら、
死ぬまで土地歩きしまくって一生飽きないだろうよ。

当然世の中には、歴史に興味がない方はおられますが、
オイラから言わせれば、もったいないの一言です。

歴史から学ぶものがあるとかいうけど、オイラの場合
そんなかたいモンではなくて、
昔々・・大昔にそういう事があったんだということを知るだけで、なんとも面白くなるのですね。
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明智光秀と前田利家。

2019年12月20日 22時45分21秒 | 【ヒゲ親父】歴史のこと
来年の大河ドラマ「麒麟がくる」は明智光秀のお話。

さて明智光秀の生涯ドラマとなると、前田利家公が出てくることは期待できませんね。

ワンショットくらいはあるでしょうか・・・。

そもそも信長時代では、利家より光秀の方が断然格上でした。

利家&光秀のシーンが想像できません。
山崎の合戦で光秀と秀吉が戦っているときは、利家は魚津で上杉と戦っていましたからね。

でも、この時代は面白いに決まっているから、今から楽しみなのです。
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北陸官道の謎

2019年08月07日 21時06分15秒 | 【ヒゲ親父】歴史のこと
オイラは道に興味がある。

ブラオイラもそうだし、
旧北国街道もそうだし、
地元の道に興味があるのだ。

古い道として古道(官道)がある。

北陸の官道でいまいち納得できないのが、
田上駅なのだ。

少し内陸部過ぎる気がするんだが・・・、


(拝借

北陸の官道については、もっと知りたいなぁと思っています。

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なんとなく、これまでの元号が確認したくなってきた。

2019年04月02日 21時14分00秒 | 【ヒゲ親父】歴史のこと
驚いたことに、早くも新元号の「令和」のほかの候補が分かった。
それが「英弘」「久化」「広至」「万和」「万保」の5つなんだって。

それぞれ、
「英弘(えいこう)」「久化(きゅうか)」「広至(こうし)」「万和(ばんな)」「万保(ばんぽう)」と呼びます。


・・・・・・・・・・・どう思います?


もう新元号に相応しい良い漢字二文字が少なくなっていると思いませんか?

オイラ的には、
「英弘」と「広至」がなんとか合格ラインですが、
「久化」「万和」「万保」はさすがにノンノンですよ。

「今年は万保(ばんぽう)8年です。」
なんて変でしょ。

「令和」に選ばれて良かったです。

何か、これまでの元号を確認したくなってきたよ。

ということで、どん!

(拝借

まず目に飛び込むのが
四文字もあったということ。

これっていい文字なの?というのもあるね。
白雉とかね。

やっぱ「平成」は最高の漢字二文字だと思えるなぁ。

その平成から令和へ
4月30日からの5月1日にかけて国内盛り上がるんでしょうね。

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来月の旅行に備えて予習です

2018年10月20日 18時47分23秒 | 【ヒゲ親父】歴史のこと
図書館から何度も借りている本です。


結構古いですが、


良書ですよ。


何度も読んでるんですが、


興味があるから読めちゃうんです。


早く行きたいなぁ・・・。

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今朝の北國新聞朝刊

2018年07月17日 19時30分36秒 | 【ヒゲ親父】歴史のこと


やっぱり、そうだったんだ。

金沢も空襲の対象だった。


以前にこういう記事を投稿しました⇒金沢空襲

よかった。

本当によかった・・・。

金沢が、金沢らしい町で残ったことに
静かに感謝するものである。

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松尾芭蕉の奥の細道

2018年06月11日 21時32分22秒 | 【ヒゲ親父】歴史のこと
前回の記事で、松尾芭蕉が出てきたが、
奥の細道で芭蕉が県内で詠んだ句でオイラが好きな句は次の通りだ。

「夏草や 兵つはものどもが 夢のあと」
「閑さや 岩にしみ入る 蝉の聲」
「むざんやな 甲の下の きりぎりす」
「石山の 石より白し 秋の風」

ですかね。

う~ん、いいですね。

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また面白そうな本を買っちゃった!

2017年07月18日 20時00分12秒 | 【ヒゲ親父】歴史のこと
最近できるだけ書店に寄らなかったオイラ。

寄れば必ず何かしらの本を買ってしまうから・・・。
我が家は大学生の息子に来年大学生の娘で、節約、節約ですから・・・

だけど、今夜は寄っちゃいました。
息子が手帳ほしいなんて言うから・・・。

で、案の定この本を買っちゃいました。

NHK出版新書「司馬遼太郎」で学ぶ日本史 磯田道史

この歴史学者の磯田さんは、最近注目してんだよね。

あの映画にもなった加賀藩御算用者の物語「武士の家計簿」の作者で、最近ちょいちょいテレビで出ておられる先生だね。

やっぱ、歴史学者にとっては司馬遼太郎を無視できまい。

裏表紙にこういうことが書かれています。

当代一の歴史学者が、日本人の歴史観に最も影響を与えた国民作家に真正面から挑んだ意欲作!

ページを開いて、
はじめに
にこう書いてあります。

これまで歴史学者が「司馬遼太郎」を論じることは、ほとんどありませんでした。現代の日本人の歴史観に最も影響を与えた作家であるにもかかわらず、学問としての歴史は司馬さんに触れてこなかったのです・・・・・

司馬遼太郎と磯田道史。
オイラにぜひとも読んでくれ、まさにそんな本じゃないですか。

読みますぞ~

さぁて、楽しみ楽しみだ。

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天皇制、男系男子の件・・・

2016年10月02日 21時28分10秒 | 【ヒゲ親父】歴史のこと
昨日の朝まで生テレビは前回に引き続き「天皇の生前退位」がテーマだった。

天皇制については、テレビ界ではいまだタブーらしく、
朝生でくらいしか取り扱わないとのことらしい。
その朝生はオイラが大学生の頃からテーマとして取り上げていた、
あの当時はものすごく新鮮だったね。

録画してたのを昨晩見た。

今回のパネラーは、
自民党:平沢勝栄、
民主党:大塚耕平、
ジャーナリスト:青木理、
漫画家:小林よしのり、
前衆議院議員:杉田水脈、
神道学者:高森明勅、
作家(明治天皇玄孫):竹田恒泰、
弁護士:萩谷麻衣子、
国際政治学者:三浦瑠麗、
憲法学者:八木秀次
司会はおなじみ田原総一郎

このメンバーの中の意見として傾聴に値するのは以下の5名であった。
漫画家:小林よしのり

この人の考え方や話し方がオイラ好きなのだ。

神道学者:高森明勅

なんか一番勉強してそう。

作家:竹田恒泰

熱意や思いはおそらく一番強いんでしょう。

国際政治学者:三浦瑠麗

この人はお綺麗なうえに頭がいいよねぇ~。

憲法学者:八木秀次

この方の発言に誰しもが一目置いていた。


議論は生前退位から女系天皇を認めるか否かに進んだ

ちなみにこの5人のうち、

男系維持者は、
作家竹田恒泰と憲法学者八木秀次の2名で、

女系容認派は、
漫画家小林よしのり、神道学者高森明勅、国際政治学者三浦瑠麗であった。


ではオイラの考えは・・・・、
男系男子維持である。
(考えが古くてすいません・・・)
そう側室が無理な為、旧宮家の復活しかないと思っている。

とにかくオイラは歴史の重みを最重視する。
今まで連綿と続いてきた男系男子を替えることは天皇そのものの終わりを告げる様でならない。

日本国総理大臣にアメリカ人がなるような感覚なのだ。

でも、小林やすのりの言い分も納得できる。

久しぶりに書棚の奥に隠れていたこれを読むかな。


あらためて読むとなかなか面白いよ。


日本人としては、
天皇制を知り、今置かれている状況を理解して、自分なりの意見を持つべきだと思うのだが。

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金沢城の大きさと江戸城の大きさ

2016年09月30日 23時00分00秒 | 【ヒゲ親父】歴史のこと
以前「ブラオイラ#145金沢城Ⅰ:金沢城は大きいぞ編」でこういうことを書いた。

・・・・さて、金沢城の大きさは日本の城の中で何番目の大きさなんだろうか?
そういう疑問が昔からあった。

加賀百万石前田家の居城だけにそれなりの大きなお城のはずだが、
ネットで検索しても、天守閣の大きさランキングだとか、人気度ランキングはあるが、
お城の大きさランキングというのは見当たらなかった。
そもそも大きさといっても比較は難しいのかもしれない、
城の面積で考えるとしても、内堀までなのか、外堀までなのか、惣構まで入れるのかなど大きさの定義が難しいのかもしれない。
いずれにしても、江戸城や大阪城、名古屋城などは別格の大きさであろうが、
金沢城はそれらに次ぐ大きさなのかそれとも・・・、
知りたいなぁ。

・・・・・・・・・・・と。

普通ならそれで諦めるのだろうが、オイラは案外しつこい。

PCのスクリーンショットなるものがあることを知り、
グーグルマップから有名なお城の空撮画像を撮って、その大きさを視覚的に比較しようと思ったのだ。


まずはグーグルマップより金沢城を見る


それを太赤線で囲ってみる。

隣接する兼六園も当時は金沢城外園だったり竹沢御殿があったりして城の一部ととらえることもできたので金沢城として含めた。
尾山神社もかっては橋が架かったりして金沢城と含めてもよかったが今回はやめといた。


ということで、金沢城の大きさは上の赤枠とする。
これはこれで大きいのだろうか?


ではお隣の富山城を見てみよう。


比較するとよくわかる。
やはり金沢城は大きいのである。



前田利長の隠居城、高岡城は、

以前訪れた時に自然が多く残っており結構広いなと感じた城である。


福井城をみてみます。

なるほど。


当たり前だけど、ズームの度合いはどれも同じですからね。


では有名な城を見てみる。

熊本城だ。

さすが熊本城、これは大きい。


続いて、小田原城。

ん・・・、あの難攻不落の小田原城は案外この大きさか。


一番新しい城、
函館の五稜郭。

へぇー。


伊達正宗の居城も・・・
仙台城

ありゃ・・・、まぁ立地的には高台のいい場所です。


城といえば、やっぱこの城ですね姫路城

やりますなぁ。


さてこれからは、大きいと思われる城へ

まずは名古屋城。

なかなかのもんですな。


大阪城

堀が大きいね。


そして江戸城。
こりゃ驚いた別格の大きさである。

画面に収まらなかったのだ。

江戸城ざっと見積もって金沢城の5倍はあるのではなかろうか、
たしかに東京で皇居を見た時、その広さに圧倒されたもんなぁ。

城には大小があって、こうやって比較するとなんとなく大きさがわかるような気がした。
それに金沢城は大きい城だったということもわかりました。
よかった、よかった
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愚かなり、中国人・・・

2016年09月28日 22時31分32秒 | 【ヒゲ親父】歴史のこと
歴史好きであり、地理好きでもあるオイラからすれば、
こんなこと信じられないんだが・・・・。

人類史上最大最長の建造物である万里の長城、

そりゃ相当年数経ってるから、こういう感じの場所もあるだろうが


それを、まさかこんな修復をしてしまうとは・・・

コンクリで固めちゃった・・・。

あり得ない・・・、まったく信じられない・・・・。
世界遺産ですよ。

やはり中国は先進国ではないし、
あまりにも愚かすぎる。
中国人を軽蔑する。(言い過ぎか
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白山大権現ってなんだろう・・・

2016年09月26日 23時27分30秒 | 【ヒゲ親父】歴史のこと
ますます「真田丸」が面白いのだが、
たびたび映し出されている「白山大権現」


前に西尾に行った時もあったけど、
こちらは「白山権現」でした。




白山と神社に関することは想像できるが、一度ちゃんと調べてみたかった。

(ウィキより)
白山権現(はくさんごんげん)は白山の山岳信仰と修験道が融合した神仏習合の神であり十一面観音菩薩を本地仏とする。白山大権現、白山妙理権現とも呼ばれた。神仏分離・廃仏毀釈が行われる以前は、全国の白山権現社で祀られた。

ですって。

はい、お勉強になりました。

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倶利伽羅峠の戦い こんな戦いは本当にあったのか?

2015年12月17日 22時00分32秒 | 【ヒゲ親父】歴史のこと
せっかくいい出来栄えの記事を書いても、そのタイトルが目立たなければ、
検索上位に挙がって来ないわけで・・・、

「倶利伽羅峠の戦い」について興味がある方がキーワード入力して検索しても、
到底オイラの記事に辿り着かないと思うから(ブラオイラなんてタイトルでは無理・・・)、
あえてタイトルを変更してアップさせました。

歴史的現場の現代状況を知りたいという好奇心に応えるための探究記事です。

では、2015.12.13投稿の
ブラオイラ#72(倶利伽羅峠地獄谷死闘編)です。

今年だけで倶利伽羅峠には何度行ったことだろう・・・。
ブラオイラだけでも#15、#28で行っている。
それほどオイラはこの倶利伽羅峠に魅力を感じているということだ。


それにしても今回のブラオイラは今までの中で最も強烈だった。
極端にいえば命の危険もあったウォーキングだった。


午前中に21世紀美術館を見学、昼食を食べて、カミさんと別れてからは、
オイラ一人、戦いのために倶利伽羅へ向かったのだ・・・


倶利伽羅峠といえば、源平の倶利伽羅峠の戦いなのだが、
この絵を見ていただきたい。

源平倶利伽羅合戦図屏風である。

火牛の計により、松明を付けた牛に追われて平氏軍は深い谷に追い落とされ、戦いに敗れたといわれている。
その模様を表した屏風絵である。

この崖は地獄谷といわれており、案内板のマップにもちゃんと書かれている。



オイラは昔からこの絵を見て気になっていたことがある。

地獄谷にその絵に描かれているような坂道なんてあんのかよ!って


その絵によると、谷沿いに緩やかな坂道があり、崖下には流れの速い川が流れている。

作者は、この絵のような光景を目にしたのか、
いや、おそらくこの地を訪れてはいない、
戦場からの兵士より様子を聞いて描いたのだろうと思う。

人から聞いたにせよ、実際には似たような地形であったはずである。
ただし、現在も存在するかどうかはわからない。

もう800年以上も前の出来事、その坂道はすでに崩れ落ちたか?
いや今でも少しくらいその痕跡が残っているのか?

この目で見てみたい!確かめてみたい!
いつか行きたかったのだ!

とはいえ夏場はダメだ、樹木が生い茂り、まるでジャングルのようで前も見えないだろう。
そして蛇やマムシやスズメバチがたくさんいるから。
時期はまさに冬直前の今なのだ!



まずは源氏ケ峰に向かう。


猿ケ馬場から少し進むと少し気になる場所もあった。



そこにはこういう立て看板があった

ここからも地獄谷には行けるようです。


でも当初のスタート地の源氏ケ峰へ



ここは地獄谷の遠景が望める一番の場所だ。

ものすごく重要な場所なのにこの頼りない案内板・・・


あそこらへんが地獄谷ということか

たしかに谷である。
しかし、あの坂道は見えない、川も見えない。


矢印の案内通り階段を登ってみるとありがたいことに展望台があった。



展望台からの眺め

同じく、坂と川は見えません。


単純にいえばここがまさに尾根だから、右から来た源氏軍に平氏軍は左の崖に蹴落とされたというのが概況である。
ただ実際は、あの屏風絵にあるようにもう少し下の方での出来事となっている。


この展望台の後ろに道はまだ続いている。



出た。

いよいよ勇気の必要とする遊歩道の始まりだ。



地獄谷には690メートル。


そして、告!

おいおいけだもの道って・・・
霊がやどるってのも・・・

オイラが一番恐れるのは熊だ。
しかも冬眠前の熊は凶暴っていうし・・・。

でもヒグマには敵わないけど、ツキノワグマだったら・・・(根拠のない強気


うだうだ考えずに行くのー!!



大丈夫、大丈夫♪



周りを見渡す・・・・・ほほぉ~ある程度まで見渡せる。

やはり時期的に正解だ、夏場だったらどんな状態だったか。


オイオイオイオイ・・・・

道がない・・・


だが少し行くとまた現れた。



遠くの方からの車の音もここではまったく聞こえなくなる・・・。


あれは、

クマよけのガンガンだ!


ガン!ガン!ガン!

何度か叩いて

また進む・・・。
すでに400mは進んでいるはず、あと倍か・・・。

さらに進むと、人工物が
おおぉ~少しホッとするわ~。

ベンチかな。

ただこれ以降は下り坂が急になる。

滑り落ちないように木や枝につかまって降りていく。

これはまさに谷へ下降中ということか。


行けるところまで行こう。



川の音もずい分前から聞こえている。

膿川の音だろう。


大木が倒れている。


これ以上行くなということか・・・。


リトルオイラが声をかけてきた。
(ヒゲ親父・・・、よく頑張ったよ、今回はここまでにしておこうぜ)




・・・・・・・・・。


ここまでだ。

これ以上は危険だ。

冷静に考えたら熊に勝てるわけがない(さっきの威勢は
2頭出てくるかもしれないし~

撤退する!


おそらくもう少しで目的の地獄谷なのだろうけど・・・
ちくしょう~!!!、いつかきっとリベンジしてやる。


帰りがきつかった・・・・。

降りてきた谷を足を滑らせながら登って戻る。

汗びっしょりになった。

息が荒い、クマの奴にも聞かれているのか、
疲れたオイラを遠くから狙っているのか!

冬眠前で食糧不足だったらきっと狙ってくる。

ここで倒れるわけにはいかない。

しかし、ほとんど崖みたいな谷を下りてきたので、
登り道はシャレにならないやんけ・・・。

だいたいダイエット日記というカテゴリーがあるくらいのオイラが
こんな道歩いていていいのか(ブツブツブツ・・・・)

はぁ、はぁ、はぁ、


はぁ、はぁ、はぁ、


はぁ、はぁ、はぁ、


はぁ、はぁ、はぁ、


はぁ、はぁ、はぁ、


はぁ、はぁ、はぁ、


はぁ、はぁ、はぁ、


はぁ、はぁ、はぁ、






戻ってきた・・・・・・・・、
戻ってこられた。


マジできつかった。



車で少し休んで、オイラにとって倶利伽羅といえばの
例の場所に来た。




おや、冬支度ですか。


でもおじゃましま~す。

恒例のノートを見る。

H27.5.6くりから峠はまことに奥が深い(ヒゲ親父)
H27.7.20また来たぞい(ヒゲ親父)
ふふふ

そして記入してきた。

H27.12.13くりからスゲー(ヒゲ親父)

まったくだ、倶利伽羅はスゲー、凄すぎる。
目的地の地獄谷には到達できなかった。
地獄谷の緩やかな坂の有無を確認できなかった。
オイラの完敗だ。


両軍合わせて15万の大合戦。
あんな場所が戦場となったのか・・・


今回のこの場所、この赤印くらいは歩いたと思うが、


負けは負け。
だが、いつかきっとという気持ちはある。・・・・・・・・・

待ってろ倶利伽羅峠!地獄谷よ!

ここまでがブラオイラ#72(倶利伽羅峠地獄谷死闘編)でした。


倶利伽羅峠の戦いがあったのは事実ですが
この戦いで有名なこの屏風絵のような場所は存在せず、
したがってこの屏風絵のような戦いはおそらく無かったのではなかろうかと思うのであります。

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前田利長VS徳川家康を検証してほしい

2015年11月03日 23時28分14秒 | 【ヒゲ親父】歴史のこと
先日行った高岡の瑞龍寺でのガイドさんの話では、
「この瑞龍寺は金沢にまさかの事があった時の後衛の城の役割としても考えられていました。」なんて言っていた。


金沢の寺町に通称、忍者寺と呼ばれる妙立寺という寺がある。
これも金沢城への敵を抑える出城としての役割を持っていたという。


防御の点では、
なんといっても城を中心に惣構というものがあって、
堀と土居の壁が城を中心に二重で囲っていて、その距離なんと9キロ、高さは最大9メートルあったといわれている。



そしてオイラが気になった言葉、
前田利家がいよいよ死ぬ間際に後を継ぐ利長に言った遺言。
兵の8,000は大坂に詰めさせ、残りの8,000は金沢に置き、大坂にいざこざが生じ秀頼様へ謀叛する者がでたら、国もとの8,000の兵を連れて上洛し、敵を蹴散らせ!と。


だが結局、利長は家康に屈した
母である松を江戸に人質として出すことになる。
あれほど防御にも力を入れていたのに・・・。

歴史にIF(もし)は無意味と言われるが・・・、

利長が違う決断をしたら・・・、
実際どうだったんだろう?


敗れていたか?
いや、オイラはそうは思わない。
いろいろ想定されるけど、結局引き分けだったような気もする。

徳川以外の三大老(宇喜多、上杉、小早川)は完全に利長についただろうし、
秀吉に世話になった武将の福島、加藤なども家康方につかなかっただろう。

そうなれば、その後の日本は大きく変わっただろうけど。


誰か、歴史学者の人で詳しく検証してもらいたいもんである。

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