てんもく日記

夫と妻と社会人の息子と大学生の娘。【ヒゲ親父】は変なことばかり投稿しますが、最近は地元の町歩きにめざめちゃっております。

庭作り52眺める花壇③・・花を植える。

2021年04月11日 17時55分55秒 | 【ヒゲ親父】ブラオイラ
今日は花を植えましたよ。

「眺める花壇」
ここまでの作業をご報告します。


今日も天気がよろしくて

暖かくて気持ちいいです~ぅ。

眺める花壇の続きをいたしますぞ~ぉ。


右上のこの部分は余ったレンガとピンコロを使おう。


三角ホーで土を転圧して、


ここにこんな感じでプランターやガーデニングアイテムなんかを置けばいいね。


さて、例のごとくホームセンターに行きまして、

えらいたくさん買っちゃいましたが・・・、

よし、準備はOK


山砂を入れて、


均(なら)します。


それからレンガとピンコロを置いていきます。

ベリーグッド


続いて花壇の土を作っていきます。

まず赤玉土を入れます。

土の中の通気性が向上しますね。

そして培養土を入れます。

栄養が無いと花木は育ちませんから。

そしてよく混ぜこみます。


いよいよお花を植えていきます。
まずお花を仮置きして、配置やバランスを考えます。

一番楽しい作業だ。

それでは、根の部分ををほぐして、


大事に大事に植えていきます。



ここで休憩、今日は贅沢にこのビール。

やっぱりスーパードライは最高だね。


次に
プランターの寄せ植えを、


土を入れて


植えていきます。


よぉ~し、

マリーゴールド、アフリカンマリーゴールド、マーガレット、金魚草、ベゴニア、桜草、フランネルフラワー、カリブラコア、クリサンセマムを植えました。

今回、作業しているとき、鳥さんとネコさんが遊びに来ました。
(ツイッターをご覧あれ)
それにしても、あの鳥はなんだったんだろう・・・

水をあげま~す。


よし、「眺める花壇」完成です!



PCデスクに座って、当記事を打ちながらチラリと外を眺める。

うん見える、見える、いいねぇ~
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ブラオイラ#394(富山砺波の雨の散居村編)

2021年04月04日 18時40分50秒 | 【ヒゲ親父】ブラオイラ
散居村。

(となみ散居村ミュージアムの全景パネルより)

<散居村>
広大な耕地の中に民家が散らばって点在する集落形態で砺波平野の散居村は日本国内最大である。
砺波平野を流れる庄川は江戸時代以前にはしばしば氾濫し、この地域の人々は平野の中でも若干周囲より高い部分を選んで家屋を建て周囲を水田としたのが成り立ち。
それぞれの家の周りに屋敷林をめぐらせ、冬の冷たい季節風や吹雪、夏の日差しなどから家や人々の暮しを守り、スギの落ち葉や枝木などは毎日の炊事や風呂焚きの大切な燃料として利用された。

森本から、


山越えで富山へ向かいます。

今日は桜散らしの雨の日です。

こういう集落、歴史的にどうやって形成されたのか興味があります。


途中の神社に見事なしだれ桜。


さて、今回も砺波市の息子のアパートへ、

ピンポン♪

いろいろと渡さねばならない物が出てきて、
近いので宅配便で送るより直接持ってくる方が手っ取り早いんです。

なんか生活感が出てきています。


カミさんが息子の制服の名札を付け始めます。

部屋の掃除と洗濯、ゴミなんかも持ち帰ります。
(母親モードに入りました・・)

そのあと昼食(丸亀製麺)を一緒に食べてから、オイラ達は息子のアパートをあとにします。
<ばいば~い

これよりブラオイラモードに入ります。


砺波といえば、チューリップか散居村です。
チューリップは少し時期が早く、
(有名なチューリップフェアの開催は4月中旬から)

そこでやってきたのが、となみ散居村ミュージアムです。

入館無料です

この風景ですよねぇ、


水田に稲穂にと季節により違う風景が楽しめるようです。


この施設は外に出てもいい感じです。


なんじゃい!?


大きな老木の切り株から若い木が生えてる・・・、


この施設で散居村のこと、よくわかりました。
砺波平野に広がる散居村の風景、ナマで見てみたいな。
少し離れた山に散居村展望台なるスポットがあるらしい。

ぜひ行ってみよう

ここだ、散居村展望台。


ほほう


では、

ガーン もやってる。
今日は全国的に雨ですからね。

もう一か所の場所も、


イマイチでした。

今度晴れた日にまた来よう。

そのまま山道を走っていると、興味深いものが、


う~ん、残念


この神社も、


「隠」なんて文字が付いていることが興味深い。


なんとも雰囲気がある。


山から下りると、庄川沿いに出ました。

ん!?


庄川です。


あれはなんだ!

中州があって桜の木があるぞ。


少し下流に下ると、庄川水記念公園に到着。


なんかイベントやってるぞ。


庄川渓桜まつり

地元アイドルかな、結構盛り上がっていました。

そのあと、
山越えで金沢へ帰ります。

モヤってる、モヤってる 気を付けて帰ろう。
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ブラオイラ#393(福井美浜町原発のある漁村編)

2021年03月09日 22時55分55秒 | 【ヒゲ親父】ブラオイラ
東日本大震災からまもなく10年になります。
それは福島第一原発事故からの10年でもあります。

あの時感じた絶望感は今でも忘れられません。
まさかの全電源喪失、メルトダウン、ベント、1号機爆発、3号機爆発、2号機および4号機破損、汚染水海洋流出・・・、
日本終わるのかなと一瞬頭をよぎりました。

あれから10年経ちますが廃炉作業は計画通り進んでおらず、これから何十年も続くわけであります。
原発は恐ろしい、原発の無い世の中がいいと思うのです。


さてオイラたちは常宮神社をあとにして、敦賀半島をぐるりと反時計回りで進みます。


向こうに水島が見えてきました。

遠浅の白い砂浜と岩場に囲まれた無人島です。
このあたり色が浜といって昔から美しく、あの松尾芭蕉もわざわざ敦賀から舟で訪れています。
「小萩ちれますほの小貝小盃」
「衣着て小貝拾わんいろの月」の二句を詠みました。


半島の先の方にある長いトンネルを抜けると美浜町に入りました。
白木海水浴場からテレビで見たことのある建物が目に入ります。
高速増殖炉「もんじゅ」です。

もんじゅはMOX燃料を使用し、消費した量以上の燃料を生み出すことのできる高速増殖炉。
核燃料サイクルの計画の一環であり新型転換炉ふげんと共に開発が進んでいた。
1995年に冷却材の金属ナトリウム漏洩と火災事故を起こしたが、事故が一時隠蔽されたことから非難を受けます。
2010年8月の炉内中継装置落下事故により再び稼働ができなくなり2016年12月に廃炉が正式決定されました。

しばらく進むと、

美浜原子力PRセンターです。

近代的な綺麗な施設で、原子力について丁寧に説明されています。


あの原発事故の時こういうパネルや模型をよく見ましたね。


施設をあとにして、水晶浜に来ました。

少し砂浜で波など見てから、今夜泊まる民宿へ向かいました。

「漁師の宿 旅館かつみ屋」さんです。


荷物を置いてカミさんは早速風呂へ、オイラは外に出てこのあたりを散策します。


すぐ前に海。


小さな港です。


向こうに見えるのは、関西電力美浜発電所です。

調べてみると日本で最初に営業運転した原子力発電所だとわかりました。
関西電力美浜発電所1号機が1970年11月に、東京電力福島第一1号機が1971年3月より営業運転しています。

港の近くって、こんな感じで猫が多いんだよね。

やっぱり魚があるからかな

歩いていると見慣れぬモノがありました。


モニタリングポストです。

原発のあるところでは当たり前の風景なのでしょうね。

福井県の嶺南地方は原発銀座といわれています。
敦賀原発2基、ふげん1基、もんじゅ1基、美浜原発3基、大飯原発4基、高浜原発4基、全部で15基もあります。


旅館の部屋から外を見ます。

生まれて初めて原発が見える部屋に泊まります。


夕食はすばらしかった。


フグ、フグ、フグ、ふぐ尽くしです。


かんぱ~い!


ヒレ酒も飲んだよ。


フグ刺し、フグのから揚げ、焼きフグ、フグ鍋、
こんなにフグを食べたのは初めてです。

お腹いっぱいになりました。


夜の美浜原発。

う~ん、なんとも・・・


漁村の朝は早い、

船の音で目が覚めます。

旅館の朝食が旨いんだよね。


食後にカミさんと朝の散歩です。


懐かしい昭和の看板。

ちなみにこの番号に電話したらつながるんかな

カミさんが猫好きなもんで、昨日発見したこの場所に連れてきました。


にゃあ。


漁網のおばけみたい。


早めに旅館をチェックアウトして、
帰りは越前海岸を北上します。

途中にいろいろ見どころスポットがあるんで、


進んでは降りて、進んで降りてと、ゆっくりと帰ります。


カモメが多くいた岩山


北前船で栄えた村があったり、


昔、悲しい出来事があった場所など、


もちろん海岸の地形も見どころがいっぱいです。



このあたり水仙が有名で、


そういう施設もありました。


越前水仙伝説ってのもありました。


少し波が荒くなってきました。


さてと、

そろそろ帰りますかね。

今日もいろいろ思う旅になりました。
東日本大震災、福島第一原発事故、
10年というのはひとつの節目ですけど、遺族や被災された方にとっては終わらないですよね。

原発の廃炉作業についても、はるか長い道のりがあるわけです。
オイラが生きているうちに終了するかどうか・・・、
美しい海に原発があったり、道路にモニタリングポストがあったり、
やはり日本の田舎には原発施設は似合わないと思うのですね。
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ブラオイラ#392(福井敦賀歴史ロマン編)

2021年03月08日 20時10分00秒 | 【ヒゲ親父】ブラオイラ
敦賀 気比の松原。

スタンプラリーの当選品で「美浜町内民宿宿泊補助券」を頂いたので、一泊二日で福井県の敦賀と美浜町を巡ってきました。

ノープランでなく、テーマを決めて行程も立てました。

(後半疲れてきて字が汚くなってますが・・・

天気予報は曇のち晴、


さてカミさん、ぼちぼち行くかい!


 

北陸自動車道を走ります。


今庄ICで下り365号線から山岳地を走り、木の芽峠下のトンネルを抜け敦賀市の新保の集落に到着です。

山の斜面にある村。
この小さな集落に歴史的な建物が残っています。

これがそうで、水戸天狗党の最後の陣屋であります。

もう少し大きいかと思っていたが・・・、

武田耕雲斎本陣とあります。


NHK大河ドラマ「青天を衝け」でも、おそらく描かれる水戸天狗党の乱。

幕末の頃、水戸藩の尊王攘夷強硬派の天狗党は、家老武田耕雲斎を首領に上洛し一橋慶喜を通じて朝廷へ尊皇攘夷の志を訴えることを決した。
11月1日に出発し京都を目標に下野、上野、信濃、美濃と中山道を通って進軍を続ける。11月16日上州下仁田において高崎藩兵200人と交戦(下仁田戦争)。
11月20日には信州諏訪湖近くの和田峠において高島藩・松本藩兵と交戦(和田峠の戦い)。天狗党一行は伊那谷から木曾谷へ抜ける東山道を進み美濃の鵜沼宿(岐阜県各務原市)付近まで到達するが、彦根藩・大垣藩・桑名藩・尾張藩・犬山藩などが街道の封鎖を開始したため、中山道を外れ北方に迂回して京都へ向って進軍を続けた。
頼みの綱とした一橋慶喜であったが、慶喜は自ら朝廷に願い出て、加賀藩・会津藩・桑名藩の4000人の兵を従えて天狗党の討伐に向った。揖斐宿(岐阜県揖斐川町)に至った天狗党は、警備の厳重な琵琶湖畔を通って京都に至る事は不可能と判断し、北上し越前に入り大きく迂回して京都を目指すルートを選んだ。越前の諸藩のうち大野藩は天狗党をやり過ごす方針を採ったが、鯖江藩と福井藩は天狗党を殲滅する方針を固め、敦賀方面へ進む天狗党の追撃に入った。
12月11日天狗党一行は越前国新保宿(福井県敦賀市)に至る。天狗党は慶喜が自分たちの声を聞き届けてくれるものと期待していたが、その慶喜が京都から来た幕府軍を率いていることを知り、また他の追討軍も徐々に包囲網を狭めつつある状況下でこれ以上の進軍は無理と判断した。前方を封鎖していた加賀藩に嘆願書・始末書を提出して慶喜への取次ぎを乞い12月17日ついに投降して武装解除し一連の争乱は鎮圧された。

ふむ、

もちろん入ります。

つまり水戸天狗党800余名の降伏の地になります。


ここで武田耕雲斎は加賀藩と投降にあたっての交渉を行ったんですね。


天狗党の道のりが掲げられていた。


投降した天狗党は、のちに悲惨な結果が待っているのです・・・。


山岳地から下ってくると、旧北陸本線跡のトンネルがありました。


その近くに北陸新幹線の工事現場、

すでに廃れた線路、新たに始まる線路、まさに新旧鉄道の移り変わりを感じることができます。

港まで来ました。


海上保安庁と福井県警の船が係留されています。


かっての敦賀は、大陸への国際玄関口でした。

旧敦賀港駅舎。
1912年(明治45年)東京-ベルリンをひと綴りの切符で渡航できる直通列車「欧亜国際連絡列車」が開業。
東京から鉄道で敦賀まで、敦賀から船に乗りウラジオストク、そしてシベリア鉄道でベルリンまで。


そしてリニューアルされた敦賀ムゼウムへ、

※ムゼウムとはポーランド語で資料館という意味。

1940年代ナチスに迫害を受けていた多くのユダヤ難民が杉原千畝の命のビザによって救われこの敦賀港に上陸したのです。


おや、


それでは、


てへへ、でも本気で思っています。

正しい事を貫き通す杉原千畝さんのような強い人間になりたいと思う。


次いで、オイラのお気に入りの場所へ

敦賀赤レンガ倉庫。

ここのジオラマ館がまた凄いのです。


昭和20年ころの敦賀の町並みを再現しています。


リカちゃん展も開催中でした。


町にあるそば屋さんでお昼を食べて、

天ぷら旨かった


そのあと、この場所へ、

松原神社。

新保の陣屋で投降した武田耕雲斎含む800名余命の天狗党が加賀藩より幕府軍に引き渡されたのち、

狭いニシン倉に監禁され、極寒と酷い衛生環境のもと多くの者が亡くなりました。

そして・・・、


この地で353名を斬首。


どれほど無念であっただろうか。

武田耕雲斎の像。

「青天を衝け」でも武田耕雲斎役の方がいるので、この無念のシーンが描かれるかもしれません。

このあと、気比の松原に寄って、


これより向こうに見える敦賀半島に向かいます。




おっ!


常宮神社。

国宝とな!

では、


フムフム

神功皇后が三韓征戦前にここに寄ったとある!

しだれ梅も綺麗に咲いてます。


まずは御朱印ゲッツ


それからこれこれ


いざ!


朝鮮鐘の撮影はNGでしたが、丁寧な説明を受けました。
豊臣秀吉の朝鮮出兵の際の戦利品らしく、若狭藩主であった大谷刑部によりこの神社に奉納されたということです。
1300年前に作られたとても古い鐘で、九州の宇佐八幡宮にある鐘より五十年古いとされています。
たしか同じ福井県の剣神社にも国宝の鐘がありましたよね。
いいもの見せていただけました。

またこの拝殿もすごいのよ、


鳥居の向こうに拝殿、そのまた向こうに海。


ここはいい場所ですね。


さて今回は、敦賀の歴史ロマンを存分に感じた一日となりました。
幕末の動乱終焉の地、鉄道や港の歴史、国宝がある神社
いろいろ勉強になり楽しかったです。

ひきつづき原発編に続きます。
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ブラオイラ#391(砂の町と内灘砂丘編)

2021年02月14日 17時15分00秒 | 【ヒゲ親父】ブラオイラ
今日は内灘にあるリサイクルショップに行きたかったので、
ついでにブラしようと向かいました。

金沢港のガントリークレーン。

2基あります。たしか1基は船舶が衝突して破損したはずで、もう修理、稼働しているのかな。

港大橋を渡って五郎島に入ります。
ここから砂丘地帯が広がっていますね。


内灘砂丘って広いんですよね。


(ウィキより)
内灘砂丘(うちなださきゅう)とは、石川県河北郡内灘町を中心とする砂丘。
金沢市粟崎から内灘町・かほく市にまで延び、日本海と河北潟とを隔てている。延長は約10km。幅は約1km。最高点は約61.3m。途中、河北潟干拓事業でつくられた河北潟放水路で分断されているがその部分を除けば、猿ヶ森砂丘、鳥取砂丘に続き日本で3番目に大きい。

このあたり、まさに砂の上に町ができたって感じです。


内灘駅。


内灘海岸に続くこの通りはかって鉄板道路と呼ばれていました。


先週に続いてまた内灘海岸に来ました。


道の駅内灘サンセットパークに到着。


放水路

昔よくここで釣りしたなぁ。

青空バックに映えるなぁ。


対岸にある内灘町総合公園にやってきました。

親子連れが多いです。

あっれに登ってみよう。


よいしょよいしょ

高さ65mあります。

おぉ!


日本海、


河北潟


さらに進んで、かほく市へ向かいます。

ここか、


海と渚の博物館、一度訪れたかったんだ。


それにしても人っ子一人いません、オイラ達だけ。


おぉ、なかなか充実していますよ。


漁業のことを学ぶにはいい施設だ。


いいね。


入ってみよう、


ドキっ!作業しているオッサンの人形がリアルすぎる!


駐車場の横にあるこれ何よ!?


潜水艇?

説明板も何もないから・・。

このあと、今回の主目的であるリサイクルショップに向かいました。

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ブラオイラ#390(森さん辞任で海と森編)

2021年02月11日 18時30分00秒 | 【ヒゲ親父】ブラオイラ
少々強引で意味不なタイトルとなりました。

今日の北國新聞朝刊。

いよいよ森さんも終了か・・・、


それにしても石川県民にとって森さんってどういう存在なんだろう・・・とあらてめて思う。
総理大臣までなった方で石川県の発展にも尽力された人、ずいぶん前だけど弊社の新社屋完成式典にもご臨席賜ったこともある。
政治家を引退されても絶大な権力はお持ちで、だからこそ五輪組織委員会のトップでもあったわけですが。


石川県が輩出した有名人は二人いて、森喜朗元総理大臣と松井秀喜元メジャーリーガー。
いずれも根上町(合併後能美市)出身です。

ここ数日の森さん関連の報道、石川県民とすれば肩身も狭くモヤモヤして気分がスッキリしなかった。
オイラなんかは見たくも聞きたくもないのでそのニュースが流れるとチャンネルを変えていました。

う~ん、なんか海が見たいな・・・。


内灘海岸へ、


気持ちいい風が吹いていました。

今度、内灘海岸を含む内灘砂丘をじっくりと周ってみたいと思っています。

金沢港から大野港方面にやってきました。
ちょうど漁船軍団が出港していきます。


なかなかの迫力、


20隻ほどいるのかな、


何の漁だろうか、


さて多少気分も晴れたので、森さんの出身地である旧根上町へ向かいました。



この地域では、


小さな公園でも、


それなりの施設でも森さんの存在があるようです。

切磋琢磨か、(なんとも・・・)

たしか生家はこの通り沿いにあったはずで、


このあたりかな


おそらくここですね。

「森茂喜友好の館」とあります。森喜朗さんのお父様ですね。(1910年3月27日 - 1989年11月19日)

あの森さんが幼少の頃、こんな路地裏なんか歩いていたのかと思うと不思議な感じがした。


近くに神社がありました。

高坂白鬚神社。当然ここにもお参りされたことがあるわけで・・・。


この通りには、他にも興味深い場所がありまして、


通り沿いにあるこのお宅に、


隕石が落下した場所があったり、


根上隕石。

1995年2月18日23時55分頃、遥か北北西の日本海上空より石川県根上町へ落下、自動車を直撃
と書いてあります。季節的には今の時期なんだ。

ここからもうしばらく進むと、
よくテレビドラマ化された15年間逃走し時効寸前で捕まった福田和子が住んでいた和菓子屋があったりします。


なかなか興味深い場所ではあります。


帰りにまた海へ


ここは日本の渚百選にも選ばれている小舞子海岸。


おや・・・、

この字は奥田敬和さんだったか、

ある程度の年齢の石川県民なら知っている森奥戦争。
(ウィキより)
森奥戦争(もりおくせんそう)は、石川県選出の衆議院議員である森喜朗グループと奥田敬和グループによる政治抗争の総称。
二人とも1969年(昭和44年)の第32回衆議院議員総選挙で、旧石川県第1区(中選挙区制)から初当選。森は福田派(清和会)、奥田は田中派(木曜クラブ、のちに経世会結成に参加)に所属し、福田赳夫・田中角栄による角福戦争の代理という背景もあった。 新・森奥戦争も含めて20年にも渡って争われた政治抗争は森さんの勝利に終わる。

その森さんも女性差別発言で辞任、
いくら権力を持っていたとはいえ時代の流れには逆らえないというところか。
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ブラオイラ#389(七尾 山の寺寺院群・迷走の道編)

2021年02月06日 21時10分00秒 | 【ヒゲ親父】ブラオイラ
邑知潟でハクチョウを見てからやってきました能登の七尾です。


まずは前田利家公の出世城、小丸山城址へ


その高台一番奥に乾の展望台なるものがあって、


それは眺めのいい場所でした。

正面に見える低い山に今回の目的の場所「山の寺寺院群」があるのです。
一度この寺院群をゆっくり散策してみたいと思っていたわけであります。

山の寺寺院群 瞑想の道とあります。

そこに書いてある通称(特徴)と寺の名前を列挙すると、
①遊歩道への誘い:西念寺
②山門まで続く並木道:常通寺
③武将にまつわる物語:宝幢寺
④樹齢700年のラカンマキ:龍門寺
⑤ぼたん寺:徳翁寺
⑥前田家ゆかりの寺:長齢寺
⑦梵鐘の響き:成蓮寺
⑧日蓮座像:本延寺
⑨樹齢700年の椎の木:實相寺
⑩さくら寺:印勝寺
⑪隠れキリシタンの寺:本行寺
⑫八百屋お七の供養塔:長壽寺
⑬六地蔵の寺:恵眼寺
⑭開運様の寺:妙圀寺
⑮総ケヤキの山門:長興寺
⑯七不思議の寺:妙観院


実は今回結構大変でした、途中道に迷ったり(瞑想ならぬ迷走・・)
また記事を作成するのも苦労しました。

撮ったお寺の画像が似たようなのばかりなので、どれがどれだか混乱したのです。

とりあえず、はじまり、はじまり~(長いですぞ・・・

まず最初に、
前田家ゆかりの寺:長齢寺

梅鉢の家紋が見えます。
それにしても屋根傾いてない・・・

雪が残ってますね。


ここからいい感じの遊歩道が続きます。


金沢にある卯辰山山麓寺院群巡りみたいですね。



ぼたん寺:徳翁寺

山門が立派ですね。

Ohシンプル。






樹齢700年のラカンマキ:龍門寺


等伯の達磨図を拝見したい。



武将にまつわる物語:宝幢寺


真横に延びる特徴ある木がお出迎え


あとでわかるのだが、このあたりが寺院群の中心交差点みたいな場所なのであります。



遊歩道への誘い:西念寺


フムフム


ここも屋根から落ちた雪が残ってます。

日ごろ管理されていないということになるのかな・・・


山門まで続く並木道:常通寺

たしかに。

う~んここも、


通ったのは小動物だけか・・・、


これで寺院群の端まで来たので、
一旦戻って、宝幢寺の前の交差点みたいなところに来て、ここから奥に行く。

(実はここへ来るまでが、あっち行ったりこっち行ったりと迷走していたのです)

わかりにくかった細道を通り、


キモっ



梵鐘の響き:成蓮寺

ゴーン。

しばし集落を歩き



日蓮座像:本延寺


フムフム



樹齢700年の椎の木:實相寺


なんか雰囲気あるぞ


あそこから裏庭へ行くのか


う~ん、やめとこ



さくら寺:印勝寺


ふむ


なんとも、寂しい・・・



隠れキリシタンの寺:本行寺


待ってました、一番興味があるお寺。


ここは活気がありそうだ。


あ~これ聞いたことがある。


う~ん微妙な法話・・・


出ました高山右近像です。


なんと、


右近がここで修道したのか?


あのあたりだって、


右近の井戸


右近嘆きの階段


右近、ウコン、ウコンの力

ずいぶん歩いたなぁ



八百屋お七の供養塔:長壽寺


恋心から江戸の大火を起こし、処刑されたお七の供養塔があったと、



六地蔵の寺:恵眼寺


ここから少し歩いて



総ケヤキの山門:長興寺

欄間が御立派!


開運様の寺:妙圀寺


最後の場所へ向かいます。


お寺は線路の向こう側にあります。

カンカンカンカン♪

あ!


のと鉄道「花咲くいろは号」だ!

アニメ「花咲くいろは」の聖地として金沢湯涌温泉とこの近くにある西岸駅などがあります。


そんでもって最後のお寺は、
七不思議の寺:妙観院です。


面白いお寺だね。


こんな感じでここには七つの不思議があるんだって。


底なし池ねぇ・・


はい、これにて終了。


長かった~散策も記事作成も
(読むのは一瞬
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ブラオイラ#388(富山南砺・砺波希望の地編)

2021年01月31日 20時20分31秒 | 【ヒゲ親父】ブラオイラ
大学四年生の息子が、3月に無事卒業できるのなら、
内定をもらっているお隣り富山県南砺市で社会人生活がスタートいたします。

自然豊かな南砺市。


そんな勤務地の南砺市周辺を探索してみようとカミさんと出掛けたのでありました。

ファミマのコーヒーからスタートさ

金沢大学角間キャンパスからの金沢井波27号線を使えばすぐに富山県へ

信号も無いし交通量も少ないしストレスフリーの道です。

県境の地南砺市です。それなりに雪が残ってますね。

このくらいの時間なら県外であっても通勤可能かもしれません。
しかしカミさんは息子に一人暮らしをさせたがっているのです。
自分ひとりでも生活できるようにと・・・(大丈夫かなぁとオイラの方が心配してる

駅内にあった観光マップを見ながらこのあたりを探索してみよう。


山車(だし)を入れている蔵。


単線の城端線。


しばらくいくと、国重要文化財の厳淨閣とある。


学校ですね。


説明板には救世主の学び舎とあります。

ここは歴史ある農学校で二名の卒業生が戦後の食糧危機を救ったんだって。
左下の写真は円筒分水漕ですね。

門柱にツタが絡んで、なんか歴史を感じますねぇ、


雪があるのでここまでにするか、

国の重要文化財もとなれば相当なもんです。

庭なんか、昨年行った長野の高原の雰囲気があるよ。


町の方へやってきた。



古い建物もあったり、


商店街も昭和な雰囲気。


西方寺。


日差しが出てきました。


車で写真にあった円筒分水漕に向かいました。


到着したけど、雪が深くて近づけませんでした。


小ぶりな赤祖父円筒分水漕。

平等に水を配分するための構造になっています。以前同県内で大きなコレを見に行ってます。

各集落へ水路で送られていきます。



さて息子が一人暮らしをするとすれば、もう少し市街地の方がいいだろうと、

お隣の砺波市にやってきました。
(勤務地から15分くらいです。)

イオンもあってこのあたりはなかなかいい地域です。


ここ入ってみよう。


このあたりの物件を探してもらいました。

初任給の手取り額は期待できないだろうから安めのでお願いします・・・

そのあと昼食を、


頂いた物件資料なんか見ながら昼から焼肉を食う。

(何件か周ってみる?)
(おー!)

こことか


こことか~


ここはいいかも

なんてカミさんとあれやこれやと、息子もいないのに
(ちなみに当の本人は自宅で試験勉強中・・・)


こういうブラオイラも楽しかったです。
何度か訪れることになるかもね。

このあたりの地域が息子にとって希望溢れる場所となればいいけどね。

それにしても、このあたありの雪の散居村風景も美しいものです。
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ブラオイラ#387(能登穴水牡蠣食う編)

2021年01月24日 20時00分00秒 | 【ヒゲ親父】ブラオイラ
久しぶりのブラオイラ、今年はこれが初になります。

実家の両親と妹夫婦、オイラとカミさんの計6名で穴水へ、


キャッスル真名井。

予約してある食事の予定時刻より早く到着しました。

能登かき街道。


穴水といえば遠藤関の出身地ですね。


おっ!


この場所は高台、眺めがいい。

穴水湾が見えます。

ロビーの一角になんかあるぞ


穴水町のみりょく

絶対みてニャーなので、絶対見るにゃー

地元の小学生が作ったのか、かわいらしい。

フムフム

潮騒の道って面白そうだ。

歩いてもよし!釣ってもよし!なんでもありの2kmの珍道

すぐ近くだ、食事まで時間もあるし行ってみよう。


ここを下りていくんだな、


海が見えたぞ、 


潮騒の道。


でました、ぼら待ち櫓です。


さて戻ろう、


食事処はここです、


焼き牡蠣は一人15個もあります。


いざ!


口が少し開くと、ナイフを差し込みこじ開け、一枚にしてもう少し焼く。
ときおりバヂン!と破裂してびっくりもするが、
なかなか楽しい作業です。


いただきま~す。

やっぱ旨し

オイラ運転手なので、ノンアルを飲む、


殻はここに投げ捨てます。


しばらくするとカキフライ登場!


そして〆は牡蠣ご飯

これまた旨し

ふ~お腹いっぱいになりました。

食後に温泉に入れます。

いい湯だな~

しばし休憩して、

このあと七尾の食祭市場へ行きました。


はい到着


しばし買い物をして、

お買い得商品が多かったです。

おや!


てへへ、おもわず白梅買っちゃった。


そして金沢へ帰りました。

さっそく白梅を玄関に飾りました。

うん、いいね。
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ブラオイラ#386(信州安曇野、アート&わさび&ARASHI編)

2020年11月23日 10時30分48秒 | 【ヒゲ親父】ブラオイラ
信州の旅、二日目は安曇野です。


宿泊した場所は、北アルプス麓の安曇野市、
アルプス公園近くのペンションでした。

朝、窓から遠くの市内を望むと広く白いモヤがかかっていました。

盆地特有の朝の日常光景かもしれません。

朝食を食べながら、パンフレット(安曇野アートラインマップ)を見る。

なんとたくさんの美術館でしょう。

これだけの数が集中しているのは世界的にも珍しいと書かれています。


では、早速でかけますか。
 

碌山美術館(ろくざん美術館)


パンフによるとツタの絡まる教会風の碌山館は安曇野の象徴的存在とあります。

なるほど、
館内には入らずに、次の場所へ行きます。

一気に東の山麓まで来ました。


北アルプス展望美術館。

パンフによると、
北アルプスと田園の眺望が素晴らしいロケーションに建つ美術館とあります。

その正面からの眺望です。
はいどん!

たしかにいい眺めです。
前面左方向の山麓あたりにオイラ達の宿泊したペンションがあると思います。

「北アルプス展望のみち」とあります。


安曇野のことを調べると、日本の原風景というワードがよく出てきます。


のどかな地域であり、

(題して、「おじいちゃんと孫たち」なんちって

どこか懐かしく感じる場所でありますね。


そして次に来たのは大王わさび農場、


なんとも広大なわさび農場です。


ウエルカムドリンクはわさびしいたけ茶

美味しかった。

そして、
どどーん!!


初めて見るわさび畑です。


これはすごいですね。


よく見ると、土ではなく小石や砂利で育てているのです。

作業員の方が一生懸命、鍬を使って畝のようなものを作っていました。

その仕組みに感心します。


ず~と見てても飽きないや。


<ウィキより>
大王わさび農場・・・
北アルプスからの湧き水を利用した安曇野わさび田湧水群の一角にある、日本最大規模のわさび園であり、年間約120万人が訪れる安曇野随一の観光スポットである。雑草の生い茂る原野を20年の歳月をかけ完成させた。「大王」は敷地内にある大王神社に由来し、この神社は民話に登場する八面大王の胴体が埋葬されているとされる。わさび田に引かれる湧水は一日12万トンで、水温は年間通して12℃。収穫は年間通して行われる。

八面大王とな、


ふむふむ


おっ


オイラも小石を置くぞい


しばし散策
晴れてはいましたが、風が強かったです。

ここの風景はいいですね。

黒澤明監督の「夢」で撮影されたとか、

きれいな水が流れています。

オイラとカミさんの影

お土産もいっぱい買ってしまった。

カミさんはわさびソフトクリーム、オイラはわさびコロッケを食べたよ。

いや驚きました、わさびでこんなに楽しめるとは・・・、



このあとは、カミさん希望の嵐関係の場所を巡り・・・、

櫻井翔さんが出演した映画のロケ地だそうで、

さらに、NHK鶴瓶の家族の乾杯でも訪れています。


あっほんとだ!

(このあたりについては、別記事を投稿します)

遅めの昼食は蕎麦を、

量がすごかった・・・、

安曇野の地をあとにして帰路につきます。

帰りは、安房峠経由で、


交互通行の信号待ちで停車中に横を流れる川を覗くと、

川石が黄色に変色していました、硫黄の匂いもきつい。

次の信号待ち停車中に、たまたま横にあった看板を見てみると、

このあたりで水蒸気爆発があったとな、こわっ


安曇野→松本→安房峠トンネル→岐阜高山→富山小矢部→金沢と、

無事帰って来たよー、楽しい旅行でした。
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ブラオイラ#385(信州松本、国宝の松本城編)

2020年11月22日 21時22分11秒 | 【ヒゲ親父】ブラオイラ
信州は松本に行ってきました。



カミさんの伯母さんが松本に住んでおります。
先月の義祖母死去により、いわゆる相続関係で書類一式を持参して記名捺印をもらうのが主目的です。
郵送でのやり取りでもよかったのですか、三連休での観光も兼ねてということで行ってきたのです。

行きは新潟上越周りで、戻りは安房峠からの高山周りで帰ってくる予定です。


北陸自動車道の富山-新潟間の気の滅入る26のトンネル軍団、いよいよ最後の春日山トンネルに入ります。

この山の上にあったのが上杉謙信の春日山城です。

上越JCTから上信越自動車道に入り、しばらくして長野県に入ります。
途中のSAやPAで休憩をしつつ、


あるSAでは、


善光寺平を眺望できました。

中心に千曲川が流れる細長い内陸盆地です。

そしてようやく松本に到着。


さっそく伯母さんのお宅へ行き所用を済ませました。

その後伯母さんはオイラ達をもてなしてくれて、

市内のホテルのレストランで、

昼食を御馳走になりました。

フルコース旨かったっす。

その後伯母さんとは別れ、
オイラ達は松本観光に入ったのです。

松本といえば、ここは外せません。


国宝松本城であります。

(注:天守が国宝)

おぉ!


この威容、さすがであります。

しかし、天守見学の待ち時間が60分でしたので、
先に次の希望場所へ向かいました。


ここです。じゃ~ん!

草間彌生の作品が常設展示されている松本市美術館です。

なんとも・・・、

その特徴的な作品を堪能し、(目がビカビカになりました

美術館を出て、縄手通りへ向かいます。


個性的なお店が長屋風に並んでいます。


四柱神社です。


背景の近代的な塔が少し残念。


御朱印ゲッツ!


それから、また松本城へ来ました。


う~ん40分か、でも入らないと後悔するだろうから、


順番は逆だけど、とりあえず御城印をゲッツ!


夕方になると、いっそう寒くなります。


もう少しだ。


そして、いよいよ入城!
くつを脱いで入ります。

石落や狭間など見ることができ、展示物もあります。


ふむふむ、


それにしても寒い、特に足が冷たいのです。


外はもう暗いですな。


それに階段の急さに驚きます。

最大角度61度ですって、

よいしょ、よいしょ

各層に係の方がいて、階段を登る集団と降りる集団を誘導します。
なんせ国宝ですから、効率よくするために城に手を入れるわけにはいきません。

ようやく最上階です。

きわめてシンプル・・・

城内見学を終えて、外に出るとすっかり日は暮れていました。


月と松本城(なんちって)


ライトアップで、


とてもきれいでした。

堀に映る逆さ天守です。
時間内ギリで松本城天守の見学ができてよかったです。


それから、お泊りのペンションへ、


昼もコース料理でステーキを食べましたが、
夕食もお肉です。

今日は贅沢三昧です。

ほんと旨かった。


早めにおやすみ
翌日は安曇野観光をしました。
つづく・・・
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ブラオイラ#384(国立工芸館と紅葉編)

2020年11月15日 17時09分04秒 | 【ヒゲ親父】ブラオイラ
日本海側初の国立美術館、国立工芸館へ早く行きたいとは思っていたが、
なかなかタイミングが合いませんでした。
ようやく今日カミさんと行くことができました。

ついでに紅葉鑑賞もできたらいいなと、
お気に入りの散策コースで鈴木大拙館からスタートすることにしました。

やはり綺麗ですね、

建物と紅葉の景が絶妙で、オイラお気に入りの風景です。

次いで松風閣庭園、


緑の小径から本多公園に入ると、


目立っていた赤のモミジ、


これは鮮やか、光っています。


美術の小径を登り、文化の森ゾーンに入ってきました。


出ました、国立工芸館!!

東京より移転、2020年10月25日に開館し、陶磁、漆工、染織、金工など第一級の美術工芸作品約1,900点を所蔵。

建物は明治期に建てられた2つの旧陸軍の施設です。


旧陸軍第九師団司令部庁舎(1898 年建築)と旧陸軍金沢偕行社(1909 年建築)を移築するとともに、過去に撤去された部分や外観の色などを復元しています。


入館料500円と良心的です。


さすが第一級の作品ばかりで、素人でも見事な出来栄えに惚れ惚れしました。
(作品の撮影はOKでしたが、画像のアップは控えておきましょう。)


工芸館をあとに、兼六園へ向かいます。


まずは金澤神社へ、


参拝して、


兼六園に入ります、本日は県民の日で入園無料


いつ来てもいい感じ。


紅葉のピークは少し過ぎたようですが、


山崎山のあたりは残っています。


まるでイチョウの葉のじゅうたんです。





小立野口あたりも綺麗でした。


いいね


明治記念之標

日本最古の銅像です。

唐崎松の雪吊り


今日は金沢城には行かないで帰りました。
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ブラオイラ#383(犀川周辺ぶらり散歩編)

2020年11月14日 15時45分43秒 | 【ヒゲ親父】ブラオイラ
今日は天気もよかったので、


犀川周辺をぶらりと散歩したいと思った。


水の音も心地よい


サギがいる。


下菊橋です。


いいねぇ


このあたりの水深は深いようです。


忘れ物ですよ~


魚の遡上を確保するための魚道です。





今は使われていない階段。


桜橋です。


川岸からあがり、桜橋から上流方向を見る。


正面にW坂。


正式には石伐坂ですが、
Wを横にしたような形から通称W坂。

登るの結構大変です。

水辺の詩


左が桜坂、右へ石伐坂、


桜坂をあがります。


寺町台地にあがります。


おっいい眺め。


料亭仁志川さん


ちょっと覗いて、


この台地の際には犀川を見下ろせる絶好の立地から、
高級なお店があるわけです。


こちらは辻家庭園

小さな結婚式のCMしてますよね。

このあたりの裏道を歩いていると楽しいです。


ふむふむ


大通りに出て、


真っ赤っか、


台地を下りて、


犀川沿いにある緑地公園に戻ってきました。


いしかわ子ども交流センター


この石群はなんだ?


岩石園とな!?


石灰岩


礫岩


安山岩

他にもいろいろな種類の石がありました。
ブラタモリの地質ネタみたい。

はい気持ちいいお散歩でした。
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ブラオイラ#382(深まる秋、富山有峰湖紅葉編)

2020年10月31日 21時33分45秒 | 【ヒゲ親父】ブラオイラ
今日は有峰湖に行ってきました。

(有峰湖展望台より撮影)

先日カミさんの友達ツイッターにアップされた富山県にある有峰湖の紅葉風景が素晴らしかったので、
行ってみようということになったのです。


 

途中の常願寺川沿いで面白そうな場所を見つけた。


いい感じの常西プロムナード。



今日は陽気で気持ちがいい。


そして、横には急流で有名な常願寺川。


さて日本三大急流川といえば、
山形県の最上川、熊本県の球磨川、静岡県の富士川ということですが、
この常願寺川はそれらを凌ぐ超急流川なのです。おそらく日本一(世界一かも)。

はい、どん!

(拝借

このあたりの見た目では、そんな感じはしないのですけどね。
川に下りてみましょう。

ほう。


久しぶりのちゃぷちゃぷ。


下流方向を見る。

この川は富山湾にそそがれます。


先を進むと道の駅のような場所があったので立ち寄ってみると、
ミニ牧場のような場所があって、


あらヤギさんです。


この子近寄って来たよ、かわいいね。


さらに進むと常願寺川に架かる橋があって、


ちょうど鉄橋を渡る電車がありました。

(動画をツイッターにあげましたのでどうぞご覧になって)

亀谷連絡所より有料林道(小見線)に入ります。

1900円か、う~ん少し高し。

でも素晴らしい紅葉を見ることができます。


紅葉と赤い橋(なんちって


有峰ダムに到着しました。

向こうの雪渓は立山連峰の薬師岳でしょうか。

山の紅葉は黄色とオレンジ色が中心です。


運転も気持ちいいね。


有峰森林文化村。


付近を散策します。


綺麗ですね。


5階建ての有峰記念館。


資料室もあって、


少しお勉強。


屋上展望台から有峰湖を望みます。


澄んだ青空と紅葉がよく似合う。


広場へ、

有峰こまいぬの塔


面白い


これは白樺の木かな。


電力系の構造物とのマッチングも面白い。


帰りは小口川線という別の林道で帰ります。

ダムを見下ろします。


午後2時を過ぎる頃には、山の影も広がってきました。


祐延貯水池。


この時間帯になると、ずいぶん寒くなってきて、

道沿いに少し雪もありましたよ。

さあ帰ろう、
今日は深まる秋を堪能できました。

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ブラオイラ#381(秋を探しておじい犬とドライブ編)

2020年10月25日 14時00分00秒 | 【ヒゲ親父】ブラオイラ
めっきり冷えてまいりました。
もう10月下旬ですものね。

紅葉はまだ少し早いとは思うけど、白山麓あたりに行けば少しは秋を感じられるかなと思い、
カミさんと出掛けることにしました。

そうだ、おじい犬も連れて行こう。

布団ごと乗せます。

 

鶴来にある道の駅「しらやまさん」に到着です。


すぐ横に手取川が流れています。

昨日の雨で水が濁ってますね。

おじい犬は水が好きだったからなぁ、
川でも海でもバシャバシャ入っていったものです。
「どうだい、懐かしいかい?」

じ~っ

山の方は雨が降ってそうだね。




所々に色付いた木を目にしました。


鳥越に来ました。


あれは金名線跡だね、


ここに単線の線路が敷かれていました。


今はサイクリングロードになっています。


弘法池は名水百選です。


なるほど


これが弘法池。

池というより井戸ですね。

<ウィキより>
昔、ある夏の暑い日、旅の僧がのどが渇いたので立ち寄った家の老婆に「おばあさん、水を一杯くださらんか。」と飲み水を所望された。老婆は嫌な顔もせずに「お坊様、しばらくお待ちください、水を汲んでまいります。」と言ってどこかに水を汲みに行きったきり戻ってこなかった、旅の僧が待ちくたびれたころ、ようやく汗をぬぐいながら「お坊様そうぞお召し上がり下さいませ。」と水を差しだした。旅の僧は水を美味しそうに飲んだ後「おばあさん、愚僧のためにずいぶん遠くまで水を汲みに行ったようだが、どこまでいかれたのか。」と老婆に尋ねたところ「白山川(手取川の古称)まで水を汲みに行きました、それがどうかしましたか。」と答えた。老婆は険しい渓谷を降りて水をくみ上げた事を知った僧侶は「ありがたや、ありがたや」と言って親切な対応のお礼に手を合わせ、しばらくそのあたりをじっと見渡し念じ「エイッ」と声を発し錫杖を円を描くようにグルグルと地面を掘り出した。すると、不思議な事に丸い釜のような形の池が現れ、冷たく清らかな水がこんこんと湧き出てきた。旅の僧は「この清水(しょうず)はおばあさんが親切にしてくれた閼伽へのおれいです。ありがとう。」と言い残し名も告げずどこ変え立ち去った。それを聞いた村人は名乗らずに行った僧を老婆に聞いた錫杖から空海と信じ、いつしか「弘法池」と呼ぶようになったが、弘法のおくり名をみだりに使うのはおおそれおおいと地名は「釜清水」となった。「鳥越村農村文化伝承館 資料要約」

でも残念ながら弘法大師(空海)は、加賀の国には来ていませんので、どこぞの高層が来られたんでしょうか。

すぐそばに、無人販売所があった。


このあたりで採れた野菜が置かれています。


店主はこの猫かな

「にゃあ~、お金置いてけよ・・・」

鳥越城跡に車で上がります。


眼下を見るがやはり紅葉はまだ早いようです。

雨が降ってきました。

次は海に向かおう。


おぉこれはすごい、苔がいっぱい付いてる道路わきの壁です。



安宅の海です。

少し荒れています。

おじい犬にも見せましょう。


大好きだった海。

何を思うか、ただただ じ~と海を見つめていた・・・。
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