前記事に書いた通り、今日はユウヤのクラスメイトTっちゃん(♂)のカットに出かけた。
お天気も良かったので、ユウヤとヘルパーさんは団地内のお散歩コースをぐるーっと廻ってきてから、Tっちゃんちにお邪魔する…という計画。
その間に裕母はTっちゃんのカットを進めていた。
この時期、Tっちゃんちは親子で花粉症がヒドく、Tっちゃんも「ゴー…ガー…グワッ」と鼻づまりの状態。
苦しいし痒いし、相当凹んでいるTっちゃんは、髪の毛を触られるのもじっとしているのも、切った髪の毛がチクチクするのも我慢できーん!とキレまくっており、気の毒なほど。
Tっちゃんの急な動きは、自覚している時と不随意運動の時とある。
見慣れていないと、確かにハサミを使うのは危険だと思うしやりづらいだろうと思う。
Tっちゃんは、母に連れられて理容室や美容室に通っていた時期もある。
その度に「こんなに動いちゃ出来ません!」とか「怖くて出来ない!」だとか言われ、最終的にお店に来たことまで母は責められる始末。
お金を払って叱られて、気まずい情けない思いをして「もう懲り懲り…」という経験をした母のことも、こちらこそ怖い思いをして大きな声で「じっとして!」と言われているTっちゃんのことも、想像すると胸が痛い。
昔、一応プロとして仕事をしていた裕母としては、その理容師や美容師の人格さえ疑ってしまう。
「いらっしゃいませ」とお迎えした時には、お客さんがどういう状況の人か判るはずだ。
母も説明をして「カットして頂けますか?」と聞いているのだから。
自信がなければ、申し訳ないと思ってもその場で断った方がどれだけ親切だろう。
受けた以上、それに1円でも料金を頂くのなら、プロとして最後まで責任を持つべきだ。
「この子たち、みんなカットはどうしてるんだろうか?」と思っていた裕母だが、自分が経験していないだけに、そこまで辛い思いをしているとは…と言葉を失った。
それ以来、頼まれたら喜んで引き受けている。
コドモとお喋りしながら(ま、一方的にこちらが喋ってますが)カットして過ごす時間は楽しいし、喜んでくれる母と「あーでもない、こーでもない」と愚痴をこぼしたり「コレ知ってる?」と情報交換したりのひとときも有意義だ。
と、まぁそんなこんなで困っちゃった人が居るとき。
「あたしが出来るんならやりますよ」という心意気みたいなものでやり過ごせるのならば、その方が効率がいい。
今回に関して言えば、たまたま元美容師が居て、ショウガイジのカットに困っている人の役に立った。
が、しかし。そうそう周囲の人間だけでフォローし合えるワケではない。
それが現実だ。
裕母が個人的に【今もっとも必要としている】ことは、医療的ケアの必要なコドモを、緊急時でもさっと看てくれる看護師さんの人数確保だ。
緊急一時ケアのように、施設に連れて行くことなく「我が家」で安心してコドモが過ごせることが望ましい場合のこと。
看てくれる団体は存在するが、いつも人手が足りなくて「この日に」と急な対応は難しい。
「いっぱいです」「忙しくて…」「他の人もお断りしている状況」と聞けば、やっぱり人材確保を早急に望む。
看護師の免許を持っていて、様々な事情から一時お休みしてる人など、其処此処に潜在している元ナースはたくさん居るだろうと思う。
そう、元美容師が其処此処に居るように(笑)。
そういう人がどんどん復帰してくれないかなぁと期待している。
「急な対応」が割とうまく廻るようになれば、歯科通いを中断していたり(今朝歯の詰め物が取れちゃった)口唇ヘルペスのお薬が切れて病院に行かなくては困る裕母も、健康体に一歩近づくことが出来る。
こうして書いていても「遊び」の事情で預かってもらうこともなく、生活感が滲み出ているところに、悲壮感までもが滲み始めている気がしないでもない(笑)。
自分のことはともかく、裕母のトモダチは「のっぴきならない事情」だったり「腰痛で生活が成り立たない(大体こういうのは突然やってくる)」ほど追いつめられていたりと、たった今、この時も助けが必要なのだ。
簡単に人に預けられない重症心身障害児・者の在宅生活は、本人のQOLはもとより、家族のQOLも「医療的ケア」という壁に阻まれていることが多い。
その辺りに耳を傾けてくれる人が、ひとりでも増えることを願っている。
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*在宅生活【変化するココロとカラダ】
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その間に裕母はTっちゃんのカットを進めていた。
この時期、Tっちゃんちは親子で花粉症がヒドく、Tっちゃんも「ゴー…ガー…グワッ」と鼻づまりの状態。
苦しいし痒いし、相当凹んでいるTっちゃんは、髪の毛を触られるのもじっとしているのも、切った髪の毛がチクチクするのも我慢できーん!とキレまくっており、気の毒なほど。
Tっちゃんの急な動きは、自覚している時と不随意運動の時とある。
見慣れていないと、確かにハサミを使うのは危険だと思うしやりづらいだろうと思う。
Tっちゃんは、母に連れられて理容室や美容室に通っていた時期もある。
その度に「こんなに動いちゃ出来ません!」とか「怖くて出来ない!」だとか言われ、最終的にお店に来たことまで母は責められる始末。
お金を払って叱られて、気まずい情けない思いをして「もう懲り懲り…」という経験をした母のことも、こちらこそ怖い思いをして大きな声で「じっとして!」と言われているTっちゃんのことも、想像すると胸が痛い。
昔、一応プロとして仕事をしていた裕母としては、その理容師や美容師の人格さえ疑ってしまう。
「いらっしゃいませ」とお迎えした時には、お客さんがどういう状況の人か判るはずだ。
母も説明をして「カットして頂けますか?」と聞いているのだから。
自信がなければ、申し訳ないと思ってもその場で断った方がどれだけ親切だろう。
受けた以上、それに1円でも料金を頂くのなら、プロとして最後まで責任を持つべきだ。
「この子たち、みんなカットはどうしてるんだろうか?」と思っていた裕母だが、自分が経験していないだけに、そこまで辛い思いをしているとは…と言葉を失った。
それ以来、頼まれたら喜んで引き受けている。
コドモとお喋りしながら(ま、一方的にこちらが喋ってますが)カットして過ごす時間は楽しいし、喜んでくれる母と「あーでもない、こーでもない」と愚痴をこぼしたり「コレ知ってる?」と情報交換したりのひとときも有意義だ。
と、まぁそんなこんなで困っちゃった人が居るとき。
「あたしが出来るんならやりますよ」という心意気みたいなものでやり過ごせるのならば、その方が効率がいい。
今回に関して言えば、たまたま元美容師が居て、ショウガイジのカットに困っている人の役に立った。
が、しかし。そうそう周囲の人間だけでフォローし合えるワケではない。
それが現実だ。
裕母が個人的に【今もっとも必要としている】ことは、医療的ケアの必要なコドモを、緊急時でもさっと看てくれる看護師さんの人数確保だ。
緊急一時ケアのように、施設に連れて行くことなく「我が家」で安心してコドモが過ごせることが望ましい場合のこと。
看てくれる団体は存在するが、いつも人手が足りなくて「この日に」と急な対応は難しい。
「いっぱいです」「忙しくて…」「他の人もお断りしている状況」と聞けば、やっぱり人材確保を早急に望む。
看護師の免許を持っていて、様々な事情から一時お休みしてる人など、其処此処に潜在している元ナースはたくさん居るだろうと思う。
そう、元美容師が其処此処に居るように(笑)。
そういう人がどんどん復帰してくれないかなぁと期待している。
「急な対応」が割とうまく廻るようになれば、歯科通いを中断していたり(今朝歯の詰め物が取れちゃった)口唇ヘルペスのお薬が切れて病院に行かなくては困る裕母も、健康体に一歩近づくことが出来る。
こうして書いていても「遊び」の事情で預かってもらうこともなく、生活感が滲み出ているところに、悲壮感までもが滲み始めている気がしないでもない(笑)。
自分のことはともかく、裕母のトモダチは「のっぴきならない事情」だったり「腰痛で生活が成り立たない(大体こういうのは突然やってくる)」ほど追いつめられていたりと、たった今、この時も助けが必要なのだ。
簡単に人に預けられない重症心身障害児・者の在宅生活は、本人のQOLはもとより、家族のQOLも「医療的ケア」という壁に阻まれていることが多い。
その辺りに耳を傾けてくれる人が、ひとりでも増えることを願っている。
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