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それでも必要な内部統制~ICでコストダウン&経営効率アップ~

2009-02-11 23:43:55 | USCPA
それでも必要なIC~万能でない会計制度補い、経営にも有効

米国の会計士にとっては冬から春にかけてが1年で最も忙しい時期だ。多くの会社は12月決算なので、年度の決算発表は2月から3月に集中する。監査に携わる会計士は企業が作成した関連資料などを基に、経理処理にミスや不正がないかチェックする。

会計監査は会計士の社会的任務そのものと言える重要な業務だが、3年前からさらに重要な責任が課された。日本でも今、話題になっているICの監査だ。ICをおおざっぱに説明すると、「会社の情報を、外部に正確に伝達するための仕組み」のこと。現在米国上場企業に対しては「財務諸表の信頼性」と「ICの有効性」の2本立ての監査が実施されているわけである。

会計士がICにまで目を配るようになったのは、2001~02年にエンロン、ワールドコム、タイコ・インターナショナルといった企業が、世界中の注目を浴びるような不正会計事件を起こしたのがきっかけだ。 会計監査人と企業との癒着、アナリストの怠慢、経営者の暴走を止められなかった取締役会、会計処理基準が未整備だったSPE(特別目的会社)取引、株価に依存しすぎた経営陣の報酬制度――とその原因は複雑に絡まっている。

こうした問題に対処するため、米国は2002年にSOX法という新制度を構築した。SOX法は、正式には「上場企業会計改革および投資家保護法(Public Company Accounting Reform and Investor Protection Act of 2002)」と言うように、株式市場を舞台にした資本主義の歪みを是正するために生まれた法律だ。

これが施行から5年目を迎えようとする今、揺り戻しの渦に巻き込まれようとしている。今年1月、「ニューヨークと米国がグローバル資本市場においてリーダーシップを維持するには(Sustaining New York's and the US'Global Financial Services Leadership)」という報告書が公表された。

この報告書はニューヨーク証券取引所の弱体化を危惧するマイケル・ブルームバーグ・ニューヨーク市長とチャールズ・シューマー上院議員がコンサルティング会社のマッキンゼーに依頼して作成されたものだ。この中で、米国資本市場の過剰規制と訴訟制度が資本市場の競争力を低くしているとの主張とともに、対策の1つとしてSOX法の緩和が取り上げられた。

こうした声は昨年から実業界を中心に高まっている。グレン・ハバード元米大統領経済諮問委員会委員長を筆頭に産業界や資本市場関係者の有識者で構成する「Committee on Capital Markets Regulation」が、2006年11月30日にまとめた報告書でも、米国の証券取引所の地位低下を取り上げ、その要因にSOX法404条が影響しているという見解が記載された。

「市場規制に関する委員会」の報告書によると、1990年代後半には、本国以外で行われるIPO(株式新規公開)の48%について、ニューヨーク証券取引所など米国内の証券取引所で行われていたが、2005年には6%、2006年は9月までで8%に落ちこんだ。一方、ロンドン証券取引所は過去3年間に5%から25%に上昇している。また、2005年に行われた公募額で上位25のIPOのうち、24件は米国外で実施され、2006年は11月時点で10件中9件が米国外だった。

こうした状況は、米国外の証券市場が力をつけているという以外に、米資本市場の過剰な規制が原因と報告書は記載しており、SECによる監督行政の改善と、SOX法404条の運用を緩めるべきとの意見が述べられている。

20年の禁固刑、500万ドルの罰金

ここで取り上げられたSOX法404条とは、日本でも昨年頃から話題に上ることが多くなった「経営者によるICの評価」に関する規定のことだ。404条では、経営者に対し、会計年度末の財務報告に不正が起きないように組織的な防止策(すなわちIC)が働いているのかの評価結果を年次報告書に開示することを求めている。また経営者がICの評価を適正に行っているかをチェックするため、会計監査人が監査を実施することを課した。

この404条の緩和を求める声が高まっているのは、違反した場合に受ける刑事罰が厳しいことが1つにある。SOX法の302条及び906条では、次のこと(罰金と禁固刑)を要求している。

経営者は404条に基づく報告書の開示が適切である旨を宣誓することを要求され、違反した場合、最長10年の禁固刑または100万ドル(1億2000万円)以下の罰金、あるいはその両方を適用される。そして故意に違反した時には、最長20年の禁固刑または500万ドル(6億円)以下の罰金あるいはその両方の刑事罰を受ける。こうした罰則が、経営者にとって大きなプレッシャーになっている。

ただし、SOX法はやみくもに厳しくしているわけではない。ICに重大な欠陥があった場合でも、適切な開示を行っている限りは、証券取引所からの登録抹消の処分や、経営者の責任は問われない。その一方で、米国では、ICに重大な欠陥があると判断された企業の株価は、その影響で10%から30%下落するとの調査結果があり、株価が下落すれば株主から訴訟を起こされる危険もある。これも経営者に大きなプレッシャーを与えている。

初年度の費用は大企業で9億円近く

罰則や株価下落による株主からの訴訟を受けないためにSOX法施行当初は、企業はICを強化するためにシステム投資や監査などに多額の費用をかけた。大手会計事務所が調査会社に委託して実施した調査では、SOX法対応初年度の平均費用は大企業で730万ドル(8億7600万円)、そのほかの企業では150万ドル(1億8000万円)との結果が出た。上場していることのコストがこれほど高いことも、SOX法緩和の声を強めている要因になっている。

ICのための費用がかかりすぎてしまった理由には、ICの範囲やレベルに関して、詳細に規定していなかったことが大きい。「何があるべきICか」「具体的には何が重大な欠陥なのか」という解釈が存在しなかったのである。

その状況下で、訴訟リスクに敏感になっていた監査法人は、非常に細かい監査を実施する方向に走った。企業経営者側もまた不安で、刑事罰を科されるよりはと必要十分の域を超えた対応をした面があったのである。

緩和化に向けて関係の公的機関が動き出す

こうした実情を受けて、SECは2006年12月に、404条の解釈基準を発行する決定をした。基準では「財務報告に係る重大な虚偽記載を防止するICへの特化」、「ICの文書化における柔軟な対応を認める」など企業の負担を減らす方向だ。加えて、小企業に対しては、404条に準拠した報告の適用開始を、2008年12月以降に延期した。新規公開企業のIC報告も、公開2年目以降に繰り延べられている。

SECの動きに呼応して、PCAOBも監査基準書の改定案を公表した。その中では、不要な監査手続の排除や小規模企業への柔軟な対応、などが提案されている。ICに関する費用は、現行制度でも2年目以降に15~30%、初年度より減少したとの調査結果もある。SECやPCAOBが取り組んでいる緩和措置が適用されれば、さらに費用が減少すると見られている。

会計制度は万能ではない、の現実を見据えたのがSOX法

資本市場に対する信頼を取り戻すための厳格な適用から、現実的な対応へ。SOX法、とりわけIC関連法規の運用は、過渡期にある。転機にさしかかっていることは確かだ。しかし、重要なのは、SOX法で目指してきたICの構築自体が、無意味であるということにはつながらないということだ。

もちろん、SOX法制定後に、ICが有効と企業も監査人も認めたからといって、その財務諸表に全く虚偽記載はないと100%保証されるわけではない。だからといって、SOX法が目指した企業のICの強化は、方向性としては現代の資本市場に必要な変化だという事実は変わらない。

経済そして企業活動がますます複雑化していく中で、会計制度が適宜、変化に対応していくことは極めて困難だ。人は万能ではないが、制度も万能ではなく、会計制度の変化は企業活動で起きていることの後追いにならざるを得ない面がある。

現行の制度ですくい上げられないような企業活動に関し投資家にどのような開示を行うかは、経営者の誠実性にかかっているのだ。そうした状況の中で、企業に有効なICを構築させ、投資家の意思決定を欺く情報が開示されない仕組みを作り、情報の信頼性を向上させるという形で現実に対応していく道を模索したのがSOX法と言える。

罰則規定を設け、経営者に真実の報告をさせるようにプレッシャーを与えることに対する批判もあるが、これは制度の実効性を高めるために重要な要素である。経営者が率先して行う不正は発見が困難であり、かつその影響も多大になってしまうため、経営者が不正を行わないように動機づけられていることは、財務情報の信頼性を守るための現実的な措置と言える。

SOX法の効用はICだけではない

またICの整備がSOX法への対応を超えて、企業経営にプラスに働いた例もある。2006年4月号の米ハーバード・ビジネス・レビュー誌に、「SOX法の予想しなかった効用」という記事が掲載されている。記事からいくつか具体的な事例を抜粋すると、

全米に倉庫や保管ビジネスを展開するアイロン・マウンテンは、SOX法対応をきっかけにシステムの統合や全社の標準化を構築した結果少なくとも、全体で5%のコスト削減につながった。この業界はM&A(企業の合併・買収)などで企業の統合が盛んに行われてきた結果、同じ企業グループになっても、異なる情報システムや帳票フォーマットが残り、効率化を妨げていた。それが、SOX法を機会に統合された。

石油化学大手のスノコは、ICを構築するために必要な文書化作業の過程で、同様の取引に3通りの「請求書発行方法」を運用していたことを発見した。それを統一したことで、業務の効率化が達成され、請求課程での人為的なミスが激減した。

投資会社のブラックロックは、SOX法への対応課程で、使用者と労働者が雇用契約を結ぶ際に作成する業務記述書を更新し、従業員の業務内容を明確にした。それにより必要な教育・研修や人事考課など全社レベルでの人材教育プランを構築するのに役立った。また、人材の流動性の高い投資会社という業態において、採用過程を迅速化することを可能とした。

非常に地味ではあるが「ICの整備」によって、会社業務の改善につながっている。これらの例から、IC構築は法律対応までの短期プロジェクトではなく、会社が存続していく限り継続すべきもので、継続するうえで、様々な経営の改善策の発見につながるということが言える。

会社を守るのは、制度ではない

2006年、日本では、ライブドア事件、カネボウ事件、カネボウの監査人であった中央青山監査法人の業務停止と、企業会計不正と関係者への重い処分が相次いだ。2007年2月に入って、中央青山監査法人の存続法人であったみすず監査法人は、業務継続を断念し、他法人への全業務の移管を発表している。
こうした状況の中で、金融証券取引法の制定、会社法の施行、財務報告に係るICの評価及び監査の基準(案)および実施基準(案)という、いわゆる「日本版SOX法」関連法規・指針が公表された。報告実務は2008年4月から始まる予定だ。

この状況は、エンロンが崩壊し、監査を担当していた会計事務所アーサー・アンダーセンが消滅した2002年前後の米国とよく似ている。米国と日本では企業の組織風土も経営者の報酬制度も違い、企業会計不正の背景も異なるが、日本も米国と同じような事件が生じ、それを防止するために同じような規制が必要になった。

「日本版SOX法」は、監査法人がICの有効性につき経営者とは別の立場で評価して監査意見を述べることは要求していないなど、米国実務での批判点を取り入れたモデルとはなっているが、コンセプトは同様のもの、と言える。対応実務に関しても、米国から学ぶことは多いし、米国の今後の動向を把握しておく必要がある。

私は米国でSOX法が適用された初年度から、米国の会計事務所で勤務し、米国企業が手探りの中で効果のあるICを構築していく姿を肌で感じてきた。その経験から、日本の企業が効果的にICを構築するうえで1つアドバイスするとしたら、報告義務の生じる「IC上の重要な欠陥」領域に焦点を定め、そこを重点的にトップダウン型でICを利かせる仕組みを作ることだ。

2007年2月15日に公表された「財務報告に係るICの評価及び監査の基準並びに財務報告に係るICの評価及び監査に関する実施基準の設定について(意見書)」でも明示されているところだが、改めて強調したい。トップダウン型のリスク・アプローチにおいては、ICの評価の範囲を決めるに当たってまずは経営者サイドに深い理解と分析が求められる。

「IC上の重要な欠陥」とは、財務報告全般に関する虚偽記載の発生可能性と影響の大きさのそれぞれから、投資家の合理的な判断を誤らせる可能性があるもの、ということだ。重要領域を明確にせず場当たり的な対応で取り組むと、費用が過剰にかかるだけでなく、その後に投資家から追及される可能性を残す。

経営者が企業のリスクに関し深い理解を持ってIC構築の段階から深くかかわることは費用対効果という視点で投資家から見ても望ましい。また、制度の変更に左右されることのない、本質的に有効なICの構築につながる。会社を守るのは制度ではなく、トップをはじめとする社員の意思なのだ。

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