ウラとオモテの日記

私が見た裏と表の話を紹介する。今話題のニュースよりもあまり取り上げることの少ないニュースに注目します。

蘇生も再生ならず

2020年03月23日 21時43分59秒 | ニュースあれこれ
 命の危険の時に大事になるのが蘇生ですが、近年は断るケースも増えてきました。九州では昨年、蘇生拒否が357件あり、うち約4分の1に当たる91件は蘇生を中止していたことが西日本新聞の調べで分かりました。記事によると、消防法上、救急隊は蘇生を実施し、医療機関へ搬送しなければならないそうで、蘇生拒否された場合にどう対応するか。総務省消防庁の調査(2018年)では、何らかの対応方針がある消防本部は全体の46%、そのうち蘇生の不実施や中止を認めているのは30%だったそうです。九州各県の対応も分かれており、長崎、大分の両県は、かかりつけ医に連絡を取った上で蘇生の中止を認めていて、熊本県は拒否されても蘇生するのが原則だが、実際には現場の判断で中止した事例もあったそうです。福岡、佐賀、宮崎、鹿児島は県として方針を定めていない。福岡県は24の消防局・本部のうち、少なくとも5本部が策定、福岡市消防局は必ず蘇生して搬送することにしているそうで、昨年は蘇生拒否が16件あったが中止した事例はありませんでした。家族に消防の法的任務を説明し理解を求めているそうです。ある隊員は
「救命を使命だと思っているので蘇生拒否には戸惑う」
と打ち明けます。別の消防本部では
「家族で考えが違うこともあり、本人の意思か確認するのは難しい」「対応に地域差があるのはおかしい。救急隊が判断の責任を問われる恐れもあるのでは」
という声もあったそうです。
 近年は、受けたい医療を事前に話し合うアドバンス・ケア・プランニング(ACP)が医療現場で広がっており、心臓マッサージなどの蘇生処置は受けたくないという選択も含まれます。また、治る見込みがない病気になった場合、60歳以上の51%が「自宅」で最期を迎えたい(19年版高齢社会白書)としており、蘇生拒否の意思表示は今後増えていくと想定されるそうです。消防庁は統一方針の策定を検討していたが、昨年、実態把握が不十分として見送ったようです。蘇生の不実施に絡む事例の全国統計はないが、九州で年間約1万2千件ある心肺停止の搬送人数に照らすと、蘇生拒否は全体の3%程度と推測されるそうです。日本医科大大学院の教授は
「蘇生の中止を一切認めない運用は社会情勢に合わなくなっている。元気なときの本人の意思を尊重できるように、中止の基準や手順を定めた統一のルールが必要だ」
と話しています。
 心肺蘇生の不実施について法的な規定がない中、患者の元に急ぎ駆け付けながらも蘇生を拒否され、苦慮する救急隊員。高齢化の進展に伴い在宅みとりのニーズが増す中で、九州でもそんなケースが年間約360件あったことが明らかになったそうです。
「私が駆け付けたら救急隊員はほっとした様子で引き揚げていきました」
蘇生中止にかかわった場面をそう振り返るのは、年間約170人を在宅でみとる、やまおか在宅クリニック(大分市)の院長でした。一昨年のこと。がんの終末期の80代男性は自宅で最期を迎えたいと考えていました。娘も家でみとるつもりで、呼吸が止まったり、様子が変わったりしたら院長に連絡すると確認していました。ところが遠方に住む息子がちょうど帰省しており、事情をよく知らずに慌てて119番し、救急隊がやって来たそうです。娘から心肺蘇生は望まないと伝えられた救急隊員はかかりつけ医の院長に連絡、15分ほどで駆け付けると、隊員は心臓マッサージをしていました。少し力を加減しているようにも見え、葛藤がうかがえたそうです。その後、救急隊は一礼して去り、院長が死亡を確認、搬送はされず、自宅でみとれたが
「静かに見送りたかった」
と娘が悔いていたことを覚えています。蘇生中止をする場合、かかりつけ医への連絡が必要で、終末期か本人が蘇生を望んでいないのかなどの点を確認するそうで、中止の判断は取り返しがつかないので、連絡が取れなければ蘇生して搬送するのが原則だそうです。
 救急車を呼ぶとどうなるのかを患者や家族が理解することも求められるそうで、
「救急車を呼ぶことは蘇生処置も延命治療もフルコースでしてくださいという意思表示」
と説明するのは著書「『平穏死』10の条件」などがある医師です。在宅でのみとりに取り組むこの医師は家族が慌てて通報することがないよう、死の直前の呼吸や様子の変化を事前に説明しているそうです。もちろん「少しでも長く生きたい」という決断も尊重されるべきで、救急搬送しさまざまな処置や治療を受ける選択もあるようです。ただその人は言います。
「蘇生処置で息を吹き返したら延命治療に移行する。胃ろうや人工呼吸器の装着などいったん開始した延命治療をやめることは難しい。どんな最期を迎えたいかをよく考えてほしい」
生き延びて長生きすべきかどうかはいろいろ分かれそうですが、これ以上無理だと蘇生を拒否するのは仕方ないにしても、最終的な決断は家族であることは忘れないでください。
https://news.goo.ne.jp/article/nishinippon/nation/nishinippon-1000594116.html
 
 セクハラ問題が最終的に破産となりました。東京商工リサーチによると、デイズジャパンは19日に東京地裁に破産を申請したそうです。記事では月刊誌「DAYSJAPAN(デイズジャパン)」の発行を主体に事業を展開、「DAYSJAPAN」は当初、講談社が発行し、海外の戦場や環境問題など社会問題を扱う雑誌として高い知名度を有していたが、誤報などの問題から1990年に廃刊したそうです。その後、当時のDAYSJAPANの関係者らが当社を設立、同じ名称で復刊し、多くの写真で受賞歴を持つ廣河隆一さんが編集長となりました。一時、部数の伸び悩みなどから資金繰りが悪化したが、東日本大震災や原発事故の記事などで持ち直しました。しかし、その後は主力の定期購読の減少から2018年9月期の売上高は9694万円にとどまっていたそうです。そうしたなか、週刊文春が2018年12月に廣河隆一さんのセクハラの疑いを報じたことで、パワハラも発覚し12月26日、取締役を解任、2019年3月に「DAYSJAPAN」で「性暴力告発記事」の検証報告を特集するとともに、「DAYSJAPAN」の休刊を発表したそうです。
 2019年12月、デイズジャパン検証委員会が報告書を公表し、当社や廣河さんの責任を指摘、またデイズジャパンのホームページには、
「被害者から当社の残余財産を上回る金額の損害賠償請求があり、被害者に公平に分配するため、破産を選択した」
と、破産理由を掲載しているそうです。編集長のセクハラやパワハラというのがかなりひどいことは破産したことからもわかりそうです。雑誌一つとっても見えていない部分はありますが、文春砲の成果はおおきかったようです。
https://www.excite.co.jp/news/article/Tsr_tsr20200323_01/
 
 ではここからはコロナウイルス関連のニュース。東京オリンピックパラリンピックの開催が危うくなりました。政府も延期を容認していることからも、大きく見直すことは間違いなさそうです。そうなると聖火リレーも気になるところです。THE ANSWERによると、サッカーの川澄奈穂美選手がツイッターで辞退を発表し、ファンからは
「ベストな判断です」「正しい判断ではないか」
などと支持する声が多数上がっているそうです。現在、米国でプレーする川澄選手は
「新型コロナウイルスの影響で、今回の聖火リレー走者を辞退いたします。米国在住の為移動時にリスクが高いこと、自分が感染しない・感染源にならないこと、チームやファンの方々に迷惑をかけないことなどを考慮し決断しました。一日も早い終息と皆様の健康を心から願っています」
と辞退の意向と、そこに至った理由を説明しています。この決断をファンも支持しているようで、投稿の返信欄には
「ベストな判断です」「残念ですが、正しい判断ではないでしょうか」「心中お察しします」「苦渋の決断だと思いますが、尊重します」「素晴らしい決断に感謝感激です」
などと反響が集まっています。川澄さん、今アメリカにいるのか。アメリカも危険だから気を付けてもらいたいが、福島から出発することになっているとはいえ、延期を決めたら、走るはずだった人は複雑、というか辞退してよかったと言っていそうです。
https://news.goo.ne.jp/article/ans/sports/ans-108836.html
 
 コロナの影響でなんとペーパードライバー講習が好評だと時事が伝えました。記事ではその名もペーパードライバースクール北関東というのが前橋市にあるそうで、
「勤務先から『移動に電車を使うな』と指示された」
などの理由による申し込みが増えているそうです。受講者は主婦から会社員まで幅広く、代表は
「電車やバスと違い、車は他人と接触しない」
と利点を強調します。また東海地方で展開するペーパードライバースクールゼロでは、新型コロナの流行をきっかけとした受講生が全体の1割に上るそうで、仕事で運転する人だけでなく、
「子どもの送迎で車を使う」「人混みを避けて移動したい」
との理由もあり、代表は
「こういった需要もあるのか」
と驚きを隠さないそうです。この教習所では19日、新型コロナの打撃を受けた勤務先のホテル退職を決めた40代男性が教習を受けたそうで、20年近くペーパードライバーだが、転職先では運転が必要になるそうで、
「久しぶりの運転は本当に怖く、1人じゃとても乗れないので受講した」
と話したそうです。あまり運転しないのでペーパードライバーといわれていますが、需要が拡大することになれば、法律上の問題はないのか気になるところです。くれぐれも信頼できる人に運転してもらうようにしましょう。
https://news.goo.ne.jp/article/jiji/trend/jiji-200323X358.html
 
 レアルマドリードの元会長がコロナで亡くなりました。かなりの大物が亡くなるというのも衝撃的です。ゲキサカによると、ロレンソ・サンスさんは1995年から2000年にかけて会長を務め、UEFAチャンピオンズリーグ2回、リーガ・エスパニョーラ1回、スーパーカップ1回の優勝を経験したそうです。94年から10年までレアルに所属し、元会長とともに過ごしたラウル・ゴンサレスさんという人で、レアル・マドリーTVのインタビューに応え、
「ロレンソは2つのものに情熱を注いでいた。それは自身の家族とレアル・マドリードだった。マドリディスタは彼のことを忘れないだろう。彼はずっと我々と一緒にいる。彼はとても身近な存在で愛情深かった。決して簡単ではない状況でセプティーバ(クラブ7回目の欧州制覇)とオクターバ(8回目の欧州制覇)を成し遂げた。ファンに多くの喜びをもたらしたチームの礎を築いた。誰もが大きな愛情と共に彼のことを覚えている。多くの選手たちにとって、ロレンソは父親のような存在だった。私は彼の家族と知り合う機会があったが、それは素晴らしいものだった。だからこそ今の状況というのはさらに残酷。フロレンティーノ・ペレス会長が言ったように偉大なる顕彰の場が設けられるし、レアル・マドリードが試合をするたびに彼は我々とともに居続けることになる」
と死を悼みました。
  ロベルト・カルロスさんも96年から07年までレアルでプレーし、元会長とともに歩みました。
「報せを聞いて悲しんでいる。今は悲しい時。彼について話すのは彼が我々、選手やクラブ、ファンのためにしてきたことがあるから。残念だけど、その偉大な人間性、クラブへの情熱は残り続ける。私は彼がしてきたことに感謝しなければならない。私は歴代最短で補強を決めた1人。彼は10分で私を獲得し、私がレアル・マドリーで勝ち取ったすべてのものは彼のおかげ」
と感謝の気持ちを示したそうです。日本で言えばジャイアンツの要人がなくなるようなもので、スペイン中が深く悲しんでいるだろうと思います。日本でも田崎チェアマンが同様にコロナにかかっていましたが、今後も選手は監督など増えそうです。お悔やみ申し上げます。
https://www.excite.co.jp/news/article/Gekisaka_299988-299988-fl/
 
 Jリーグとともにコロナ対策を行っているプロ野球ですが、4月24日以降の開幕となりそうです。やっぱり安全でやったほうがいいということですが、週刊ベースボールではどのチームの助っ人が好調で、どのチームが厳しいのかを調査しました。セリーグを見ると、巨人のパーラ投手は練習試合とオープン戦序盤に大暴れして支配下登録を勝ち取ったイスラエル・モタ選手が不振で二軍調整という状況だそうで、もう一枚頼れる外国人野手が欲しいところだと書いています。次は阪神のボーア選手は思うようなバッティングができていないそうで、エドワーズ投手がオープン戦で好投し、戦力になることを証明していると指摘しています。中日のゴンザレス投手は6試合で防御率0.00とパーフェクトな出来を披露しており、マルティネス投手とともに好調を維持すれば他球団の脅威になることは間違いなさそうだと書いています。ヤクルトのエスコバー選手の打率が.129と期待外れの印象だそうで、このまま不調が続けばシーズン中に再補強せざるを得なくなると危機感をあらわにしています。
 次はパリーグ、西武のニール投手はオープン戦でも好調で、新戦力のギャレット選手も2試合で被安打1本と、中継ぎとしての活躍が期待されるそうです。ソフトバンクはバレンティン選手で、昨季はヤクルトで33本塁打を放ち、その打力はいまだ健在だといいます。オリックスのジョーンズ選手はオープン戦では20打数2安打と実力を発揮できていない状況だそうで、昨季加入したモヤ選手も期待されたほどの活躍ができておらず、オープン戦で豪快な本塁打を放った新助っ人のロドリゲス選手もレギュラーになるほどのプレーが見られない中、ディクソン投手のみならず、新戦力のヒギンス投手が中継ぎでまずまずの結果を起こしていると書いています。週刊ベースボールが一番を挙げたのはDeNAで、ほかのチームからすると一人でいいから貸してほしいと思えるレベルの選手がそろっているそうで、ソフトバンクも主力外国人2人が負傷もあり再来日が未定だが、バレンティン選手がオープン戦も好調なため穴埋めはそう難しくないだろうとみています。逆にヤクルトが一番不調のようで、オープン戦でのチーム打率は全球団最下位の.215だそうで、村上宗隆選手という若き大砲が育ったものの、バレンティン選手の抜けた穴は大きく、新戦力では埋めきれてない模様だそうです。スアレスとイノーア投手は好調の投手陣を援護するためにも、既存の助っ人が復調や、さらなる新戦力の獲得が必要となるかもしれないとみています。こうして助っ人だけで見ると、チームのために貢献したいというのは同じかもしれません。一日でも早くプレーできるように頑張っていただきたいです。
https://news.goo.ne.jp/article/baseballonline/sports/baseballonline-097-20200323-10.html
 
 東京オリパラが延期する中で、幻のオリンピック選手が注目を集めています。モスクワオリンピックではソ連のアフガニスタン侵攻により西側諸国がボイコットしました。あの山下さんも涙を流したのは有名です。心境を西日本スポーツから紹介します。セーリングで多くの五輪代表を育てた日本経大監督の三船和馬さんもモスクワ五輪代表でした。東京五輪代表では男子470級の外薗潤平選手(JR九州)、ナクラ17級の飯束潮吹、畑山絵里組(エス・ピー・ネットワーク)を大学時代に指導しました。
「(予定通りに)あることを願っても今の状況でできるのか」
三船さんは東京五輪について口にします。自身は日本が参加か不参加かで揺れる中、世界中を転戦、男子470級で五輪の選考レースを戦い抜き、最後のレースで代表を射止めました。
「五輪代表を獲得できたことが、人生の力になっている」
5月末に日本が不参加を決めた後に行われた英国ウェイマスでの大会、「幻の代表」になることを知りながら、最後まで艇を全力で走らせた経験が今では誇りになっているそうです。2012年ロンドン五輪の田畑和歌子さん、16年リオデジャネイロ五輪の土居一斗、今村公彦組に続き、博多湾で手塩にかけた教え子が3大会連続で五輪代表になりました。
「もやもやした状況が続くかもしれないけど、これも人生の巡り合わせ。気持ちを緩めずにやっていけば、きっと自分の力になる」
と訴えたそうです。不参加となった時の選手たちの気持ちを見ると、政治と隣り合わせだった時代といわれたとはいえ、本当につらかったと思います。三船さんも教え子を育てることで、自分でも参加しているんだなというのがよくわかります。もし今回延期になったとしても、選考はやり直す競技もあるかもしれません。その時に選手たちはどう思うのか、きちんと見ています。
https://news.goo.ne.jp/article/nishinippon_nsp/sports/nishinippon_nsp-2000594080.html
 
 高校野球で行進曲になるはずだったパフリカですが、一般発売にできないものかなと吹奏楽ファンはいるでしょうか。そのパプリカを歌うFoorinが明日放送されるNHKのみんなの卒業式でバージョンアップしたパプリカダンスを初披露すると報知が伝えました。新型コロナウイルス対策による小中高校の全校休校により、卒業式が中止、縮小になった多くの児童や生徒たちに卒業式を“プレゼント”する緊急特番となっています。一斉休校の影響で、5人も体を動かせないことへのジレンマを抱えているそうで、番組を見る子供たちに、少しでも元気を届けたい、体を動かすきっかけになってほしいという思いも込めています。NHKから生まれた曲だけに、気合は入っているようですね。辻本知彦さん、菅原小春さんが引き続き振付を担当します。菅原さんも去年はいだてんに出て、人見絹江さんを演じただけに、今回のオリンピックはどんな心境なんでしょうか。それはさておき、他にもいろんな企画があるので、NHK版の卒業式を楽しみにします。なおラジオでも同様なタイトルで放送します。
https://www.excite.co.jp/news/article/SportsHochi_20200323_OHT1T50118/
 
 おしまいは訃報です。ねむの木学園の創設した宮城まり子さんがお亡くなりになりました。彼女というと先ほどのねむの木学園のイメージしかありませんでしたが、もともとは女優だったというのをあまり知られていませんでした。産経新聞によると、活動当初は「売名行為」などと冷ややかに評されたこともあったが、全ての子供に教育を受けさせたいという熱意は揺るがなかったようです。
「正直、こんなに大変だとは思わなかった。何度厚生省(現厚生労働省)に通ったことか」
学園が創立50周年を迎えた平成30年、宮城さんは産経新聞の取材に対しこう振り返りました。昭和35年に脳性まひの子役を演じたことがきっかけで、学園設立を思いたった宮城さんだが、当時は旧優生保護法下で障害者への偏見が強く、教育の場が整備されていなかったそうで、制度や法律もないなか、厚生省や静岡県に働きかけを続け、特例として学園の設立が認められたそうです。学園は常に経済的に厳しい状況が続いたが、資金集めなどで多忙を極める宮城さんを支えたのは園生たちでした。
「母ちゃん、母ちゃん」
と親しまれ、宮城さんも
「子供たち」
と呼んで愛し続けました。絵画や音楽を通じて、子供たちの能力を引き出す学園の教育は国内外で高い評価を受けたそうで、上皇ご夫妻も活動に関心を寄せられ、学園を訪れたこともあったそうです。宮内庁関係者によると、上皇ご夫妻は宮城さんの死去を受け、学園に弔意を伝えられたそうです。子供たちの才能を伸ばす秘訣を
「出来上がるまでやること」
と話していた宮城さんは最期まで、園生を優しいまなざしで見守り続けました。宮城さんの死は21日夕、園生に伝えられました。
「お母さんがお空にお出掛けしたよ」
と告げられ、大声で泣きだす子もいたそうです。教育の機会として創設した学園も多くの卒業生がいます。宮城さんに育ててきた人もいます。障がい者を取り巻く問題も解決していません。障がい者とは何かを表現したのが宮城さんでした。本当にありがとうございました。お悔やみ申し上げます。
https://news.goo.ne.jp/article/sankei/region/sankei-lif2003230038.html

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