前の記事にもチラリと書きましたが、最近転職したりと、色々変化がありました。
いっそのこと、細かく経緯を書いてしまえと思ってつらつら書きましたが、
如何せん、暗い。
…えっと、長い上にねっとりした話なので、
そんな話聞きたくねぇよ!って方はブラウザバックでよろしく。(笑)
退職したのが昨年の12月。
転職(っていうか再就職?)したのが4月中旬です。ついこの前。
ブログ更新が1月から再開できたのは、こういうからくりでした。(笑)
昨年はもう本当に、怒涛の一年でした。
新卒で入った会社をこんなにも早く辞めることになるとは、自分でも予想外で。
要因は色々ありますけど、最大のきっかけとなったのは、
事務所内で唯一の同期が、上司から酷い手口で退職強要されたこと。
彼女とは同期といえどベタベタした関係では全く無く、仕事仲間としてとても信頼できる人でした。
正直、先輩や上司よりもまともな神経の持ち主だったので、
色々と意見の応酬ができる貴重な存在でもありました。
この同期はそれまで大きなヘマもしてなかったし、上司と特別折り合いが悪かった訳でもない。
営業の数字的にも私より良かったくらいで。(それもどうよ自分 笑)
だからこそ、同期がいきなりそんな仕打ちを受けたことが本当に理由がわからなくて。
その上司は尊敬できるほどの人物ではないけど(おい)、
そこまで外道な人間じゃないと思ってたんですよね、それまでは。
それが手の平を返したように、豹変しましたから。
今思うと、あの豹変っぷりはちょっと病的でした。
同期は面談と称して何度も個室に呼び出され、妙な精神論を振りかざされて、
「辞める」というまで許されないやりとりを強いられてました。
彼女はまだまだ頑張る気満々だったので、自分の意志を何とか上司に伝えようとしてました。
でも、「残ってもいいけど、もう仕事はまわさないから。そしたらやること無くなるけど、どうするの?」とまで言われたらしいです。
そしたら彼女は、「あぁ、こんなことまで言われてここに残る価値は無いな」と思ったらしく、
退職を決意しました。
ここまでのやりとりが2週間くらいで行われたので、あまりのスピード展開に彼女から相談されてた私も大混乱でした。
何もできなかった自分の無力さが心底悔しかったです。
本当に追い出すような辞めさせ方で、職場であいさつもさせようとしなかったんですよ、その上司。
でも同期はしっかりした人だったので、もう出なくていいからと言われてた会議に自ら出席して、
退職の挨拶をしていきました。でも、その挨拶は本当に聞いてられないほど辛かった。
彼女はその時、我慢できずに涙を流してしまったんだけど、
その上司と会社に対しては一言も恨み事を口にしませんでしたよ。
しかも、彼女の退職時の有休消化までしぶったんですよ~、その上司。
意味わかんね。
常識無さすぎて、最終的にはそのやりとりを横で聞いてて思わず笑っちゃったもんね。(おいおい)
会社という組織で、上に立つべき人間じゃないよ。
でも実はこの同期、タダでは辞めなかった…!!
彼女は退職願いは出さず、労働基準監督局に経緯を話して、会社と上司を訴えました。
時間はかかりましたが、結果、勝利しましたよ。
これは本当にめでたかった。
泣き寝入りしなかった彼女は本当に立派だったと思う。
しかし同期が辞めた後、私はもう会社に対する不信感があまりにも大きくなっていて。
私自身は、同期ほどその上司に理不尽なことをされた訳では無いです。
まぁ、同じような個人面談はされて、やっぱり根本的な考え方がその上司&会社とは全く折り合わなかったけど。
何を言っても、私の仕事に対するモチベーションなんかは理解してもらえなくて、
一から十まで上司と会社の考えと一致しなきゃ許せないみたいなんだもの。
…宗教か?と思いました。マジで。
それに、その同期が訴訟を起こした後にその上司から呼び出されて、
「このことについて君はどう思う?」とか聞かれたけど、
「まぁ、当然の結果じゃないですかね?」としか答えられなかったもんね。(笑)
あとはまぁ、労働条件が悪すぎたのも大きな要因。
毎日終業は深夜過ぎだったし、早くても10時過ぎとか。
朝4時頃から出勤を言い渡されて深夜まで、というケースも珍しくなかった。
休日も日曜のみ。それさえも潰れる日があったし。
こんだけ働いて、残業代は一切つかなかったからね。(笑)
そんでもって、営業は自家用車。ありえねぇ。
ガソリン代は出るけど、修理費とか一切出ない。
しかも営業地域が広すぎて、辞めるまでの8ヵ月で、二万キロ以上走らされました。
ちなみにこのことを兄に話したら、あまりの酷さに爆笑されましたよ☆(ひでぇ)
…うわぁ、ここまで書いたら、どんだけブラックに引っかかったんだって感じですね。
でもですね、悪いことしかなかったかというと、そうでもなくて。
前職は企画営業職で、ちょっと特殊な業界でもありました。
結果的には辞めることになってしまったけど、仕事自体は好きでした。
そうそう、私、仕事でラジオ出演したんですよ。(笑)
地方FM局ですけどね。
しかも台本も打ち合わせも何も無しの、ぶっつけ本番出演。
ハードル高過ぎ。
でも楽しかったです。結局30分くらい喋らされました。
局から番組を録音したMDを頂きましたが、さすがに恥ずかしくて聴く気にならない。(笑)
あと、大ホールの場内アナウンスしたりとか。
「本日はお越しくださいまして誠にありがとうございます云々~」みたいなやつ。
噛みまくって客席をザワつかせたという前科を残しました。
でも仕事で一番嬉しかったのはやっぱり、素敵なお客さんにたくさん出会えたこと。
法人から個人まで営業範囲が広くて大変ではあったけど、
その分色々な分野や幅広い年齢層の人たちと密に話が出来て、視野が広がった気がする。
辞めた時も、何が一番辛かったかって、
可愛がってくれた大切なお客さんを裏切る形になってしまったこと。
「また一緒に仕事しましょう」と言ってくれた人たちの顔を思い浮かべると、今でも申し訳無さでいっぱいになります。
何人かにはお手紙を書いてお知らせしましたが、そのお返事読んだらまた泣けて。
でもこうなった経緯も含めて、全部自分が選んだ道ですからね。
あとはこの経験を、次に活かしていかなければ。
新しい仕事は前職とは全く違う職種です。
でも人様に言わせると、今の職の方が私のイメージに合ってるらしい。
自分では今のところあまりそうは思えないんだけど。(笑)
でも、場所を変えたからと言って全てが良くなったかというと、もちろんそうではなくて。
所変われば悩みも変わる。
相変わらず頭を抱えながら日々働いてますが、
どんな一日でも未来に続く一歩なんだと信じて、これからもやっていきたいと思います。
うわ、気持ち悪いくらい長い。(笑)
最後まで読んでくださった方、ありがとうございました!
いっそのこと、細かく経緯を書いてしまえと思ってつらつら書きましたが、
如何せん、暗い。
…えっと、長い上にねっとりした話なので、
そんな話聞きたくねぇよ!って方はブラウザバックでよろしく。(笑)
退職したのが昨年の12月。
転職(っていうか再就職?)したのが4月中旬です。ついこの前。
ブログ更新が1月から再開できたのは、こういうからくりでした。(笑)
昨年はもう本当に、怒涛の一年でした。
新卒で入った会社をこんなにも早く辞めることになるとは、自分でも予想外で。
要因は色々ありますけど、最大のきっかけとなったのは、
事務所内で唯一の同期が、上司から酷い手口で退職強要されたこと。
彼女とは同期といえどベタベタした関係では全く無く、仕事仲間としてとても信頼できる人でした。
正直、先輩や上司よりもまともな神経の持ち主だったので、
色々と意見の応酬ができる貴重な存在でもありました。
この同期はそれまで大きなヘマもしてなかったし、上司と特別折り合いが悪かった訳でもない。
営業の数字的にも私より良かったくらいで。(それもどうよ自分 笑)
だからこそ、同期がいきなりそんな仕打ちを受けたことが本当に理由がわからなくて。
その上司は尊敬できるほどの人物ではないけど(おい)、
そこまで外道な人間じゃないと思ってたんですよね、それまでは。
それが手の平を返したように、豹変しましたから。
今思うと、あの豹変っぷりはちょっと病的でした。
同期は面談と称して何度も個室に呼び出され、妙な精神論を振りかざされて、
「辞める」というまで許されないやりとりを強いられてました。
彼女はまだまだ頑張る気満々だったので、自分の意志を何とか上司に伝えようとしてました。
でも、「残ってもいいけど、もう仕事はまわさないから。そしたらやること無くなるけど、どうするの?」とまで言われたらしいです。
そしたら彼女は、「あぁ、こんなことまで言われてここに残る価値は無いな」と思ったらしく、
退職を決意しました。
ここまでのやりとりが2週間くらいで行われたので、あまりのスピード展開に彼女から相談されてた私も大混乱でした。
何もできなかった自分の無力さが心底悔しかったです。
本当に追い出すような辞めさせ方で、職場であいさつもさせようとしなかったんですよ、その上司。
でも同期はしっかりした人だったので、もう出なくていいからと言われてた会議に自ら出席して、
退職の挨拶をしていきました。でも、その挨拶は本当に聞いてられないほど辛かった。
彼女はその時、我慢できずに涙を流してしまったんだけど、
その上司と会社に対しては一言も恨み事を口にしませんでしたよ。
しかも、彼女の退職時の有休消化までしぶったんですよ~、その上司。
意味わかんね。
常識無さすぎて、最終的にはそのやりとりを横で聞いてて思わず笑っちゃったもんね。(おいおい)
会社という組織で、上に立つべき人間じゃないよ。
でも実はこの同期、タダでは辞めなかった…!!
彼女は退職願いは出さず、労働基準監督局に経緯を話して、会社と上司を訴えました。
時間はかかりましたが、結果、勝利しましたよ。
これは本当にめでたかった。
泣き寝入りしなかった彼女は本当に立派だったと思う。
しかし同期が辞めた後、私はもう会社に対する不信感があまりにも大きくなっていて。
私自身は、同期ほどその上司に理不尽なことをされた訳では無いです。
まぁ、同じような個人面談はされて、やっぱり根本的な考え方がその上司&会社とは全く折り合わなかったけど。
何を言っても、私の仕事に対するモチベーションなんかは理解してもらえなくて、
一から十まで上司と会社の考えと一致しなきゃ許せないみたいなんだもの。
…宗教か?と思いました。マジで。
それに、その同期が訴訟を起こした後にその上司から呼び出されて、
「このことについて君はどう思う?」とか聞かれたけど、
「まぁ、当然の結果じゃないですかね?」としか答えられなかったもんね。(笑)
あとはまぁ、労働条件が悪すぎたのも大きな要因。
毎日終業は深夜過ぎだったし、早くても10時過ぎとか。
朝4時頃から出勤を言い渡されて深夜まで、というケースも珍しくなかった。
休日も日曜のみ。それさえも潰れる日があったし。
こんだけ働いて、残業代は一切つかなかったからね。(笑)
そんでもって、営業は自家用車。ありえねぇ。
ガソリン代は出るけど、修理費とか一切出ない。
しかも営業地域が広すぎて、辞めるまでの8ヵ月で、二万キロ以上走らされました。
ちなみにこのことを兄に話したら、あまりの酷さに爆笑されましたよ☆(ひでぇ)
…うわぁ、ここまで書いたら、どんだけブラックに引っかかったんだって感じですね。
でもですね、悪いことしかなかったかというと、そうでもなくて。
前職は企画営業職で、ちょっと特殊な業界でもありました。
結果的には辞めることになってしまったけど、仕事自体は好きでした。
そうそう、私、仕事でラジオ出演したんですよ。(笑)
地方FM局ですけどね。
しかも台本も打ち合わせも何も無しの、ぶっつけ本番出演。
ハードル高過ぎ。
でも楽しかったです。結局30分くらい喋らされました。
局から番組を録音したMDを頂きましたが、さすがに恥ずかしくて聴く気にならない。(笑)
あと、大ホールの場内アナウンスしたりとか。
「本日はお越しくださいまして誠にありがとうございます云々~」みたいなやつ。
噛みまくって客席をザワつかせたという前科を残しました。
でも仕事で一番嬉しかったのはやっぱり、素敵なお客さんにたくさん出会えたこと。
法人から個人まで営業範囲が広くて大変ではあったけど、
その分色々な分野や幅広い年齢層の人たちと密に話が出来て、視野が広がった気がする。
辞めた時も、何が一番辛かったかって、
可愛がってくれた大切なお客さんを裏切る形になってしまったこと。
「また一緒に仕事しましょう」と言ってくれた人たちの顔を思い浮かべると、今でも申し訳無さでいっぱいになります。
何人かにはお手紙を書いてお知らせしましたが、そのお返事読んだらまた泣けて。
でもこうなった経緯も含めて、全部自分が選んだ道ですからね。
あとはこの経験を、次に活かしていかなければ。
新しい仕事は前職とは全く違う職種です。
でも人様に言わせると、今の職の方が私のイメージに合ってるらしい。
自分では今のところあまりそうは思えないんだけど。(笑)
でも、場所を変えたからと言って全てが良くなったかというと、もちろんそうではなくて。
所変われば悩みも変わる。
相変わらず頭を抱えながら日々働いてますが、
どんな一日でも未来に続く一歩なんだと信じて、これからもやっていきたいと思います。
うわ、気持ち悪いくらい長い。(笑)
最後まで読んでくださった方、ありがとうございました!