若僧ひとりごと

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やまゆり園、植松被告の死刑判決に想う

2020-03-18 08:00:11 | ニュース
植松聖被告に対する判決が出た。死刑だ。
https://www.asahi.com/articles/ASN3J41DMN2YULOB00W.html

相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で2016年7月、重度障害者19人を殺害した犯人が植松被告だ。
「障害者は世の中に不要」という旨の発言を再三繰り返し、被害者遺族だけでなく、それ以外の多くの関係者を傷つけ続けた。このような考えに対して徹底的なバッシングが行われるわけでもなく今日に至っていることに、違和感を覚えずにはいられない。

薬物の使用、偏った思想、独善的な態度、どれをとっても同情の余地はない。
この人の思想に共感する人が増えたら、それこそ世の中の安定を崩すことになってしまう。
大切な人がもし認知症になって、誰もわからなくなったら存在する価値が無くなるのか。急な交通事故で意識が戻らなくなったら、社会に迷惑をかけるだけの存在になるのか。

「いるだけで良い」という、全ての家族の思いを愚弄した事件だ。


この事件のあと、犯人の発言などをみるたびに、こういう人間はいなくなるべきだ、と思った。
そして出た死刑判決。

ふと思った。
もしかして、自分もこの被告とどこかで通じてしまったのではないか、と。
世の中に害だから死刑。
これでは植松被告の殺害動機となんら変わらないのではないか。

どんな人間にも生きる価値がある。それは無条件に。
そうした価値を矛盾なく持つには、死刑制度自体も見つめなおす必要があるようだ。