四季折々 やぶさか真佐の吉野だより

世界遺産の地 吉野から怒れるおばちゃんの四季折々をお届けします。

梅雨明け

2011年07月10日 08時23分32秒 | Weblog

 梅雨明け。今朝は、青空が美しい。2階から見える景色にわくわく。梅雨明け10日、晴天が続き、登山には最適の時期。今は、体力不足でパンフレットを見て楽しむだけ。

 夏に向かうこの時期が大好きだった。水分小学校の頃、6年教室の窓から美吉野グラウンドのあった中之島が見え、その先に『きまた』の長い築地塀。その上の龍門山塊。あの山の向こうにどんな景色が世界が広がっているのかわくわくしながら、夢見る夢子の私は空想の世界に遊んでいた。この簡単な山ともいえないだんだん畑に登ったのは、大人になってから。広がっているのは山また山。がっくりした。

 今は、このすばらしい季節を素直に喜べない。避難所の蒸し暑さに心が痛む。第一原発「炉内燃料除去は10年後」「解体に数十年」(毎日新聞)の見出し。チェルノブイリだって25年たった今も被災したゴーストタウンの片付けが終わらず、危険な作業と放射能の風飛散が続いている。

 7月2日に赤旗がスクープし、笠井議員が国会で追及した「やらせメール」とんでもない。原発職員たちは真剣に福島を案じ、自分たちの身の危険を敏感に感じている。原発事故は数十年という時間的にも、ホットポイントや海洋汚染というとてつもない空間的にも、輸出が停まるという社会的にも莫大な被害をもたらす。使用済み核燃料の処置法が確立できていないことから『トイレのないマンション』といわれる。未熟な技術で悪魔の道具を振り回す。泣くのはいつも庶民。原発賛成派は、福島を収束させてからものを言うべきだ。経済=儲け優先に汚染されているわたしたちの脳の洗浄から始めないと未来を担う子どもたちが危ないのだ。

 今日は水分神社の夏祭り。御神輿は出ないけれど本日の氏神様にお願いする項目は決めた。いつものお願いに東日本を追加しよう。


自然との共生

2011年07月02日 12時06分22秒 | Weblog

 今朝、ついに撮影成功。新聞配達の折、よく、キジに遭遇するけれど、カメラを構えると逃げられる。平尾のつり橋手前道路。とても美しい色合いだった。本日は、連れ合いさんはいなかった。自然が残るというのは、多様な種との共生・共存。鹿・イノシシ・猿は別として、昔話でしか出会わないキジを子どもたちにも自然の状態で見せたいと思う。


ほたるこい

2011年07月01日 14時00分39秒 | Weblog

 昨夜、思い立って蛍の観察に出かけた。十数年前、「曼荼羅町づくり会議」で毎夜、観察していたのだけれど、今年は、初めて。まずは、町内で一番多いと思われる温泉谷入り口へ。午後8時過ぎだったけれど、蛍は5,6匹しか飛んでいなかつた。丹治川でも見付けられない。

 時期がずれたのかなと思いつつ、あきらめて七曲がり坂のアジサイライトアップを見てきた。昼ならしおれているのに夜露をすって元気そのもの。すばらしいのになんと、行きも帰りも人っ子ひとり出会わなかった。煌々とライトが付いているのに・・・もったいない。平日だから仕方ないか。

 次は、藤田川へ。あちこちでなぜか3匹ずつ。計10匹確認。やはり少ないなあとあきらめつつ家に戻ってびっくり。 蛍が窓ガラスにいる。か弱いけれど光を出して、迎えてくれた。感激。それにしても蛍の数が減っているのはなぜだろう。農薬も使用が激減しているし、家庭菜園はほとんどが無農薬。蛍が飛び交う町づくりが夢だけれど、なかなか手を付けることができない。「ほたるこい。こっちの水は甘いぞ」