河内国喜志村覚え書き帖

大坂の東南、南河内は富田林市喜志村の歴史と文化の紹介です。
加えて、日々の思いをブログに移入しています。

歴史36 戦後/ 祭りじゃ俄じゃ➆

2024年01月14日 | 歴史

※連載ものです。①から順にお読みください。
徳ちゃんが一週間かけて読んだ台本を皆が書き写し、それを照らし合わせて一つの台本が完成した。
コピーなんぞは無かった時代。完成した台本を順ぐりに一人ずつ書き写す。
一回りした頃には、誰もがすべてのセリフを覚えていた。
田んぼの真ん中で「母の面影瞼の裏に、描きつづけて旅から旅へ。昨日は東、今日は西、尋ね尋ねてやって来た・・・」と一人芝居をやっている。
見回すとあっちでもこっちでもやっているものだから、負けてはならぬと余計に練習に熱が入る。

いよいよ配役を決めることになった。
希望など採るまでもなく、全員が主人公の番場の忠太郎だった。
我々子どものヒーローがウルトラマンなら、春やんたちのヒーローは、番場の忠太郎であり中乗り新三だった。
祭事で内輪もめはよくないというので、徳ちゃんに決めてもらうことになった。
徳ちゃんが決めたのは、忠太郎に春やん、母の小浜に彦やん、娘のお登勢は若いミッツォはんだった。
「役から外れた者から三人は、宮入から帰ってから村の中で同じのんをやっらええ! 民主主義の世の中や、神さんも許してくらはる。あとの者は短い辻俄(曳行の途中で披露する俄)があるから、それを演ったらええ」
徳ちゃんがもめごとがないように、その場をうまく取りまとめてくれた。
「それとなあ、奉納俄の内容は、神さんが何が出てくるか楽しみにしたはるのやさかいに一切内緒や!」
皆がうなづく。
ノブさんが「ワイに口上あげさせてもらえまへんか?」と尋ねる。
「そやそや、口上を忘れてた。口上は村総代に代わっての挨拶や。わしの弟のマサが覚えとるから教えてもらい!」

次の日から稽古が始まった。
忠太郎が出て来て最初のセリフを言う。
「母の面影瞼の裏に、描きつづけて旅から旅へ。昨日は東と訊いたけど、今日は西だと風便り。縞の合羽が涙に濡れて、母は俺らをどうして捨てた。恨む心と恋しい想い。宿無し鴉の見る夢は、覚めて悲しい幕切れさ。生れ故郷も遥かに遠い、母恋い番場のこのおいら。もしやもしやと逢う度毎に、尋ね尋ねてやって来た。此処はお江戸の柳橋、人に知られた水熊よ」
自分のセリフを少しでも長く恰好よくしようと、映画や浪曲の文句を追加しているのだ。 
彦やんが「春やん、そんなズルしたらアカンやろ!」と言う。
「なんぬかしとんねん! 俄みたいなもん早い者勝ちの、やったもん勝ちやがな!」
次の稽古では、負けてはならじと彦やんもセリフを増やしてくる。
さらに次の稽古では、お登勢役のミッツォはんもセリフを追加する。
やったもん勝ちの、子どもの遊びと変わらない。

十日ほどして一通り俄の格好がつきだして、三人がはたと気づいた。
「落とし(オチ)が無い!」
自分のセリフを恰好良く見せることばかり考えていて、誰も気がつかなかったのだ。
徳ちゃんに相談に行くと、
「落とし・・・そんなんどないでもかまへん、おまえらで考えてやったらええ!」
「そんなもんですか?」
「そんなもんや!」
春やんが「それともう一つ、衣装はどないしまひょ?」
「そんなもん、おまえらで考えて段取りせんかいな!」
「そんなもんですか?」
「そんなもんや!」
落としは三人で考えることにし、衣装は、春やんの奥さんの小春さんが道頓堀の劇場で働いていたので、席亭(支配人)にお願いしてもらった。
「空襲で煤けたカツラでよかったらよろしおます。衣装も小道具もドウラン(化粧品)も段取りして貸したりまっさ!」と快く引き受けてくれた。
※⑧につづく

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