ここはあたしがかつてやっていたブログです 2029年12月23日 | 他 ここはかつて、クルマいじりに熱心だった頃に記録としてつけてた所です今はもう記録してないので実態は脱け殻だけど。ひとことコメント、話が繋がらなくてもどかしいから、ここならもう少しましかな、と思って。よかったらコメント入れてね。
ウィッシュボーン 2022年06月19日 | 他 利恵子の言葉が二人を凍りつかせた。「ねぇ、お父さんは私のお父さんじゃないの?」「うん?」辛うじて返事をしたのは和俊だった。なんの前触れもなく子供に自分の出自を問われて驚かない親はいない。ましてやそれが「あなたは実の親ではないのか」、なんて話ならばなおのことだ。特別なことなどなかった一日の夕食の話題には相応しくない。「私のお父さんはお父さんじゃないの?」中学二年の利恵子は真剣だった。親を正面から見据えて小さくても鉄のように硬い意志を込めて二人を問いただしている。「突然なに?」麻由美が明らかに狼狽えた様子で問いかけた。「誰かそんなことを言ってたの?」麻由美の頭の中には一人、それを口にしそうな人間の顔が浮かんでいる。もしそうだったら、という仮定が猛スピードで進行しはじめた。しかし利恵子の答は違った。「誰でもないよ。自分でそう思ったの」「じゃあなんで急に?」「私の考え方はどうでもいいよ。事実を知ってもいいかなって思うんだ」それ以上麻由美は言葉が続かなかった。沈黙が台所を満たしていく。「どうなの?」普段と同じ調子に聞こえてもそこには強い気迫が込められていた。「そうだな」少しして和俊が口を開いた。麻由美は心配そうに夫の顔を覗いている。「その質問が君の命の父親の話をしているなら、僕はそれではない」「やっぱり」「最初から確信を持って聞いてきたね。なんでそう思ったのか、種明かしをしてほしいな」利恵子の目から確固とした力が消えた。「赤ちゃんの頃の写真があるでしょ、あそこにお父さんが一枚も写ってないから」「そんなことで?」「私が三歳くらいから後にはどこかしらにお父さんいるのに、それより古い写真には一切いないから。それってものすごく不自然でしょ、理由を考えたらそもそもいなかったくらいしか思いつかなかったの」和俊も麻由美も、利恵子の顔を見て呆気に取られていた。「いい勘してるなぁ利恵子」和俊が感心した様子で言った。「まさか先を越されてしまうとは」「なにそれ、どういう意味?」「僕自身が伝えるつもりだったんだよね、大事な事だから」「あ、そうなの?じゃあ私が奪っちゃったんだ」「うん、間に合わなかったマニア罠買った」「何くだらないもの買ってるの」利恵子が笑った。「よかった、すんなり答えてくれて」「秘密にしておく必要もないからね」「ごまかされたら徹底的に追及するつもりだったけど」利恵子はそう言った。それが嘘でないことは麻由美もよく知っている。「君が3歳になるくらいまでね」和俊は小さな声で利恵子の耳元にささやいた。「写真を撮られると魂を吸いとられると思ってたんだよ」真顔でそう言う父親に利恵子が苦笑した。「くだらないの」ごちそうさま、そう言い残して利恵子は台所を出ていった。階段を上がる足音が小さく聞こえる。和俊は冷蔵庫からビールを出してきた。「飲むんだね」「まあね、予定が狂ってしまって正直言って戸惑ってるから」コップに注いでひと息に飲みほす。和俊の表情は落ち着いていた。「麻由美さんは?」「私も飲もうかな、夫婦だから」冷蔵庫からもう一本テーブルにやってきた。彼女はそのまま飲んだ。「来るべき日が来たね」「まさか利恵子から切り出されるとは思ってなかったけどね」「びっくりした。よく普通に話せたね」「うん、なんかね、ごまかしは認めません、みたいな顔してたから」逃げ道はないならそのまま話すしかない、わりとすぐに覚悟できた、和俊はそう言った。「いやー、人生は思い通りにならないね」「そうだね」二人は目を合わせずに向かいあったままビールを飲んだ。二人ともが二本目を開け、つまみのチーズが加わり、和俊がコップを下げた頃には麻由美はウィスキーに変わっていた。「別にさ、やましい事なんかないよね」麻由美の声が低くうなった。酔いの為せる業なのかやましさの裏返しなのかは和俊にはわからなかった。「私たち、いい親子だしいい家族だよね」目線が和俊を捕らえる。やっとこで鼻柱を挟まれているように顔を動かすのは困難だった。その日、二人はずいぶん遅くまで台所にいた。酔いつぶれて動けない、自分よりも大柄な妻を抱えて寝室に運ぶのは骨の折れる作業だった。和俊は麻由美の服を緩めて肌掛けをかけてやり、部屋の明かりを消した。「リッチーおはよう」学校の昇降口で健誠が声をかけてきた。「おはよう」利恵子はぶっきらぼうに返事をした。同じクラスの子だ。利恵子自身は親しくしたいと思っていないがいつも話しかけてくる。「リッチーは宿題済ませた?」「うん」「見せてくれない?」「いいよ」利恵子のことをリッチーと呼ぶのは健誠だけだ。なぜリッチーなのかは尋ねたことがない。「ありがと、助かるなぁ」二人は北棟の3階まで一緒に歩いた。健誠は少し息があがっている。最後の一段を乗り越えて大きく呼吸をしていた。枯れた木みたいだと利恵子は思う。音にするならひょろりぱきぱきしゅわーん。「昨日夜に散歩してたら猫がいてさぁ、びっくりしてつまづいて転んじゃったんだ、足が痛くて」「ケガしたの?」「すりむいたくらいかな」「ふうん」黒猫って見えないよね、真っ黒だったんだよ、そんなことを健誠は話した。「怖くない?」「なにが?」「夜だもん」「リッチーは夜が怖いの?」健誠に聞かれて利恵子は考えた。私は夜が怖いのか?ありきたりの言葉を吐いただけかもしれない。返事がまとまる前に教室に着いた。健誠は窓際の自分の席に行ってしまった。北側の窓には校庭の巨大な楠が姿を見せている。もう二階くらいあれば木のてっぺんも見えるだろうか、とにかく大きい。「りえ、おはよう」由依が声をかけてきた。「部活どうする?」「行かないと」「行くの?」「わかんない」「今日は止めとく?」あと5分で朝の部活動が始まる。今から支度をして間に合うか微妙なところだ。顧問は遅刻するくらいなら来なくていいと公言するような人だ。そろそろ汗があふれる季節になりつつある。朝からしっとり濡れた肌着のままで一日を過ごすのはちょっと考えてしまう。やーめた、口から言葉がもれた。由依が隣に座る。「明日授業参観、誰か来るの?」「二人とも来ると思う」「へぇ!」たぶん来るだろう。二人とも自営業だから時間はいくらでも都合がつく。そしてよほどのことがない限り毎年律儀に現れる。「うち、たぶん来ないよ、二人とも休めないって」「もう放っておいてくれてもいいじゃん」「そう?私はパパに来てほしいな。娘のことも大事にしてほしいよ」由依の弟は卓球の有名な選手らしく、親の関心は主にそちらに向けられている。由依がそれを悩んでいることを利恵子は知っている。「ゆーも何かしたら?バドミントンとか」「めちゃ適当」「じゃあカルタ?」「やったことねー」「わかった、おいしいコーヒーを淹れられるようになるといい」「私コーヒー嫌い」「じゃあお茶」「ばばあじゃん」由依から待ったがかかった。利恵子が際限なく続けるのをよく知っているからだ。「真剣に考えてよ」「考えてるよぅ」そう言いながら唇の端が少し上向きに上がってしまう利恵子だった。その日は一日中由依の新しい趣味について考えた。最終的な候補はピアノとプログラミングだった。由依が音楽の授業で弾いた曲がとても上手だったのを覚えている。そしてプログラミングは、朝見かけた新聞に見出しがあった。何かの機会にまた話そう、そんなことを考えながら利恵子は勉強道具を鞄にしまった。階段を降りていく途中で健誠が大きなケースを抱えて上がってくるのを見た。「なに持ってるの?」「ん?アルトホルンだよ」健誠は軽音楽部に入っているはず、利恵子はそれを思い出した。「なんで健誠くんが運んでるの?」「リッチーその話またでいい重たいから」返事を待たずに健誠は上がっていった。五階の音楽室に運んでいるのかもしれない。重たくて大きな物を運ぶ姿が苦役のように見える。それは健誠がひ弱だと利恵子が思っているせいだ。昇降口から外に出た所で部活の顧問に呼び止められた。今度の大会でダブルスを組む相手の相談だった。利恵子は部員の一覧に鉛筆で線を引いて組み合わせを提案した。「そうか、こんなもんか」利恵子は一応副部長ということになっている。部長は学校に来ていないので顧問の相談をよく受ける。「僕はこうだと思うんだが」利恵子よりも太い線で顧問が手直しをした。七組のうち三組が変わる。「ここ仲悪いですよ、ここ譲り合いです、ここはぶつかりすぎです」「新人戦だからなぁ、勝たせてやりたいんだけど、どうだ」「勝つならこうじゃないですか?」利恵子がさらに太い線で組み直した。「あー、これならいいか」意見が一致したようだ。「お前よく見てるよ」顧問がにっこり笑った。この人がこんな顔をするのを初めて見た利恵子だった。「今日は来るのか?」帰ります、と平然と言って利恵子は昇降口を出ていった。学校を出るところで重たい音が頭の上から落ちてきた。吹奏楽部の練習が始まったらしい。さっき健誠が運んでいたアルトホルンがどの音なのか、利恵子にはさっぱり分からなかった。この数日、父も母もなんとなく雰囲気が違うと思っていた。原因は自分が突然父親の事を尋ねたからだ、間違いない。混乱してるんだろうか?まぁ、するよね。利恵子は自分がしたことの唐突さを考えていた。先日、部屋の片付けをしていて小さい頃のアルバムが出てきた。もう何年も見ていなかったのだが、たまたま落とした時に開いたページを目に止めたせいで片付けは完全に止まってしまった。ほとんどの写真は利恵子を真ん中にして、ある時は母が、ある時は父がいた。一人で写っている物の方が少ない。覚えている場所もあるしどこなのか分からない所もある。アルバムの山を掘っていくうちに少しずつ自分が幼くなっていくのが不思議だった。写真の画素が粗くなり、父も母も若くなっていく。そして一番古いアルバムになって、父がいなくなった。一冊まるまる、どこにも姿がない。最初はなんとも思わなかったが、次第にその事が異常に感じられた。あるべきものがない、そういう感じ。看板の電球が切れていつまでも光らないようだった。これはどういうことなのか?利恵子は次のアルバムと並べて見比べた。母が細かくメモした内容からすると、どうやら三歳を境に父が現れるようになっている。なぜそれまで父は姿を見せないのだろう?利恵子はいろいろな可能性を考えた。写真が嫌い、カメラが大好きでカメラの係だった、たまたまひとつもない・・・どれも利恵子の納得とは遠い推測だった。いつでも気軽に写真を撮る父が過去のある日を境にそうなったとは思えない。何か、他に理由があるはずだ。その日はなんとなく二人の事をじっと見つめてしまった。この二人は何かを隠しているんじゃないか?そう思うとついつい探りを入れたくなる。きっとそういう目つきをしていたんだろう、母が不審げに「利恵子、なにかあった?」そう言った。何もないよ、私の方には。もう一度アルバムを見直す。そもそもアルバムの種類が違った。そして他の物は最後まで使われているのに最初のものだけ6割ほどで止まっている。二冊目の最初は父と二人で写っている。公園の滑り台の途中で横から撮られたものだ。覚えのあるいつもの公園。子供の頃に何度も連れていってくれた大きな公園。「ねえリッチー、ピアノ弾ける?」唐突に健誠が尋ねた。「ううん、弾けない」「誰か知らない?正しくはキーボードだけど」何が違うのか利恵子には分からなかった。「なんで?」「今まで一緒にやってた子がやめちゃったんだよ、野球の方を真剣にやるからって」「バンドのこと?」「そう、キーボードの子」心当たりはない、と利恵子は答えた。「困ったなーせっかくいい感じになってきたのに」「健誠くんはどんなバンドしてるの?」「うん?ロックバンドだよ」目指すバンドの名前がいくつか挙がったが利恵子はひとつも知らなかった。「知らないの?めちゃくちゃ有名なのに」信じられないとでも言いたげに健誠が首を振った。知らないものは知らない、と利恵子は言いたかったがやめた。無駄なことだ。「なんの話?」由依が隣の椅子に座った。「音楽の話してた?」「うん、キーボード弾ける子がいないかなと思ってリッチーに聞いてたんだよ」リッチー、という単語に由依が笑った。「岡本くんてりえのことリッチーって呼んでるの?」「なにかおかしい?」「そんな呼び方してる人初めてだし」笑い転げる由依が言葉を切った。「りえって、ぜんぜん、リッチーって、感じじゃ、ないもん」さらにひとしきり笑った後で由依はなぜか手にしていたほうきを構えてギターの真似事をした。「リッチーっていったら、こんな感じでしょ」健誠に見せた。「佐藤さん、ロック好きなの?」「なんで?」「だって!!」健誠が急に興奮して喋りだした。声が教室中に響きわたる。普段目立たない健誠の様子に何人かは振り返ってそれを見ている。「リッチーって言ってギタリストを思いつくんだもん!今まで誰もそんなこと言わなかったんだよ」いや、そもそも私がリッチーって呼ばれてるの誰も知らないんじゃないかな。健誠の急変ぶりに少したじろぎながら利恵子は思った。そして私のことリッチーって呼ぶの、そんな理由だったの?驚きと疑問と「どうなの佐藤さん?」「あー・・・ボン・ジョヴィのギターの人だよね」「え!そっちなの?」「他にもいるの?」「リッチーブラックモアでしょ、やっぱり」「知らないなぁその人は」健誠が周りの机をどかして小さな空間を作った。由依からほうきを奪い取り、丁寧にチューニングを始めた。そして何かに取りつかれたようにほうきをかき鳴らし始めた。利恵子も由依も、周りの数人の観客も、健誠の頭の中だけで鳴り響くギターの音を想像したり呆然と見つめたりした。やがて健誠は左手を高々と突き上げた。きっとジャーンと鳴らしてフィニッシュしたのだろう、その事はわかった。健誠は満足げににっこりと由依に笑いかけた。「何ていう曲?」「ハイウェイスター」「あーディープパープル」「知ってた!」健誠が身を乗り出してきた。由依はのけぞるように後ろに逃げる。「パパが古いロック好きだから」「佐藤さんも好きなの?」「パパがかけてるから聴くよ、詳しくないし自分では聴かないけど」「なんだそうかぁ」健誠は少し落ち着いたのか、近くの椅子を引いて座った。「でもうれしいよ知ってる人がいて」ほうきを返して健誠が言った。「バンドの人くらいしか話したことなくて」「岡本くんバンドやってるの?」「うん、ロックバンド」「ふうん、バンドマンなんだね」由依と健誠は楽しげに話をしている。二人が話しているのを見たことがない利恵子には意外なほど盛り上がっているのに驚いた。なんだろう、音楽の力なのか。「そういえば健誠くん、キーボード弾ける人探してるんだよね?」利恵子が話に割って入った。「ゆーやってあげたら?」「え?佐藤さんキーボード弾けるの?」再び健誠が身を乗り出してきた。由依は左手を顔先に突き出してその動きを制した。「ハウス!接近しすぎ!」「あーごめん、困ってるんだよ」健誠が説明をした。「今度仲間の学校で演奏するんだけどさ、キーボードの子が急にやめちゃったんだよ。いないとさ、なんていうか、つまらない音になっちゃうんだ」「えー私クラシックピアノしか弾けないよ。キーボードなんか触ったことない」「楽譜見れば弾けるでしょ?一緒にやらない?」「えー、ロックバンドなんでしょ?そういう風に弾いたことないよ」「出来るよ!テクニックなんか関係ないからへーきへーき」「えー」異議を唱えているように見えて嫌がって訳ではないのに利恵子は気づいた。利恵子は由依に見えない所から健誠に「もっと押せ!」とサインを送った。「今日軽音楽部に来られない?試しに弾いて見せてよ」「ゆー、いいじゃん試しなら」「えー」「リッチーも一緒に来てあげてよ、独りだと緊張しちゃうから」本当は部活があったが利恵子は同意した。「どう、佐藤さん来てくれない?」「んー、わかった、お試しね」由依が答えた。授業が終わってから二人は五階の音楽室に向かった。五階の半分を使った音楽室は第一と第二に分かれていて、第一は吹奏楽部、第二が軽音楽部が使っている。二人は恐る恐る第二音楽室の扉を開いた。「リッチー!来てくれたね」健誠が二人を迎え入れた。第二音楽室はとても小さいうえに大型の楽器がいくつも置かれていた。健誠と利恵子と由依が中にいると半分は埋まってしまう。「狭いよね、元々控え室だからさ、いつもこんな感じで」「健誠くんの他にメンバーはいないの?」「いま隣でドラム叩いてるよ、もう一人は今日はお休みかな」確かにドラムの重たい音とシンバルの鋭い響きが続いている。あれが誰なのか二人とも知らなかった。「行こうよ、吹奏楽部が来てないからまだ使えるんだ」健誠が自分のギターを抱えて仕切りの扉を開いた。ドラムの音が一段と厚くなる。「小太郎くーんストップー」健誠が間延びした声でドラマーに訴えた。数秒の後で形だけのフィニッシュをつけて音が消えた。「キーボードしてくれるかもしれない子、連れてきたよ」「おー」ドラムの陰から姿を現したのは小柄な男だった。丸刈りで目が細く表情がない。二人とも彼の事は知らなかった。「小太郎くん。ドラムやってる。三年生だよ」「よろしく」彼が手を出した。握手を求めているらしいが、利恵子も由依も戸惑って応えない。「どっちだよ健誠」「あー、わたし」由依が小太郎の握手を受け入れた。「お試しに来ただけだから」「いいよ、試してみてくれよ」何すればいい?と問う由依に、健誠と小太郎が顔を見合わせて「何か一曲弾いてみてもらう?」「そうだなぁ」小太郎が棚から何冊かバンドスコアを取り出した。ピアノの上に拡げて「知ってる曲ある?ここのなら健誠もやれるから」「うーん・・・」由依はパラパラと本をめくって「じゃあこれは?パパがしょっちゅう聴いてるからたぶん覚えてる」由依が選んだ曲を見て「おーこれか」「いいね、ピアノが目立つ曲だよ」「やってみようか」譜面台にスコアが置かれた。「えーと、ボーカルは誰なの?」「僕だよ」「健誠くんボーカルでギターなの?」「うん」「始まりに四つ叩くからすぐに入ってくれ、健誠いいか?」「うん」少しだけ間を空けて小太郎がスティックを四つ叩いた。二人がすぐに始める。「tonight, I'm gonna have ......」利恵子はぼーっとしながら三人の演奏を聴いていた。音量と圧力と迫力で何がなんだか分からなくなっていた。健誠が最後に弦をひと弾きして曲は終わったらしい。我に返った利恵子は由依を見た。目が真剣そのものだった。「佐藤さんすごいね、ほんとに初めて弾いたの?」健誠がピアノの横に立つ。「まあね、何度も聴いたことあるからごまかしてでも弾けたよ」少し顔が上気している。とりあえず弾ききったことに満足しているようだ。「でも初見であれでしょ、僕なんか楽譜あまり読めないから小太郎くんに教えてもらってるのに」「すごく上手だ、感心した」小太郎が声をかけた。「ずっと習ってるの?」「小学校の頃からね、最近さぼってるけど」「でもすごいな、俺や健誠とはレベルが違う」「うん、ものすごく上手い」口々に二人が由依をほめた。まんざらでもない様子で由依が話し出す。「ピアノって独りで弾くでしょ、違う楽器と合わせて弾いたことないから緊張した」「あれで?あんなにきっちり決めてたのに?」小太郎もピアノの前にやってきた。「すげーな、かっこいいよ、一緒にやってくれたらいいのにな」「うん、一緒にやりたいなぁ」二人がそんなことを口にしているうちに吹奏楽部の部員が続々と入ってきた。吹奏楽部の人数が軽音楽部の人数を超えたら部屋を明け渡すのがルールだ。四人はピアノのふたを閉じてから第二音楽室に移動した。すみにあった折り畳み椅子を開いて四人は座った。健誠も小太郎も由依にぐっと近づこうとするのを利恵子が止めた。「ゆー、どうだった?」誘った以上責任を持たなくては、利恵子はそう思った。演奏の良し悪しは分からなかったが、由依が楽しそうに見えたのは間違いなかった。「初めてだからさ、楽しかったな」「ほんとに?楽しんでくれた?」「少なくとも今のはね」「リッチーはどう思った?佐藤さんすごく上手かったよね?」「なんかあんまりよく分からなかった、あんな音量で音楽聴いたことないから」「じゃあCDで聴いてみる?」利恵子は遠慮した。特に興味はなかった。「で、どうだった?俺と健誠と、今日はベースがいないけど、一緒にやってくれないかな?大歓迎するから」小太郎がまっすぐに由依を見た。表情が乏しくていまいちその熱意が伝わりにくい顔をしているのが残念だと利恵子は思った。「うーん・・・」由依は首をひねった。「他にはどんな曲をやるの?」さっき出てきたスコアに手を伸ばして曲を確認する。「基本はロックなんだね」「そう、こういうのが好きなんだ」「コピーバンドなの?」「オリジナルもあるよ」「へー、誰が作るの?」「曲はだいたい俺が作るよ。詩は健誠もベースの奴も書く」「どうせならそれ聴かせてよ」小太郎は健誠と顔を見合わせた。「秀哉がいないけどどうする?」「いいよ、せっかく聴いてくれるんだもん」「そうだな、やろうか」二人は少し相談してから周りを片付けはじめた。ギリギリまで楽器を寄せ椅子も片付けてデジタルドラムをセットする。「じゃあ」スティックが乾いた音を立てる。のけぞって息を吸い込んだ健誠と高々とスティックを突き上げた小太郎が一瞬視線を合わせる。刹那、二人の音が破裂するように第二音楽室を満たした。振動に呑み込まれて利恵子も由依も身体を硬くするほどだった。健誠が歌い、小太郎もコーラスで絡む。太いギターと乾いたドラムの音が奇妙に混在した曲が続いていく。巨人が行進しているような迫力に震えながら二人はそれを聴いていた。何分続いたのか音が少しずつ静かになっていき、やがて薄くて硬いシンバルの響きとギターのもの悲しげな音色が壁に吸い込まれて消えた。二人の中から余韻がなくなるとゆっくりと由依の方に視線が向いた。「迫力あって驚いた。健誠くんの歌声って案外太いんだね」「そう?声が高いからあんまり自分の声のこと好きじゃないんだけど」「いや、悪くないようん」由依はにこにこしていた。「どうだった?いま二人でやれるのはこれが一番気に入ってるんだ」「かっこいいね」「ありがとう、健誠が詩で俺が曲を作った最初のやつだよ」小太郎が言った。終わった恋をどうすればいいかわからない男の子の歌だった。健誠がこういう歌詞を書くことに利恵子は驚いた。普段は何を考えているのかよくわからないし話しかけてくる内容も噛み合わなかったりするのだけど、この心情には伝わってくるものがあった。「佐藤さん、キーボードのこと、考えてくれる?」「そうだね、断るつもりだったけどとりあえずそれはやめとく、でも」もう少しだけ考えさせて、そう言って由依は立ち上がった。「よろしく!」小太郎が言った。少しだけ目が大きく開かれたように利恵子には見えた。第二音楽室を後にして二人は教室に戻った。「部活どうする?」「もういいよ、休んじゃう」「ねぇりえ今日うちに来ない?」「あー、うん、いいよ」由依の家は利恵子とは反対方向のかなり遠くだ。一度家に帰ると大変なのでそのまま向かうことにした。由依の家に来るのは二回目か、三回目か。敷地の広さが印象に残っている。建っている家も大きい。「こっち」庭を進んで案内されたのは離れだった。教室くらいの広さにグランドピアノが一台と普通のピアノが一台。ガラス戸の棚にはたくさんの楽譜と古そうなメトロノーム、いかにもピアノにセットの椅子が五脚。「すごい、音楽室じゃん」「うん、そだね、言われてみると」由依が引き出しを開けて見せてきたのはバイオリンだった。「うわ、ちょっと引くわ」「わかる」大きさの違うバイオリンが何丁か。「私のじゃないけどね。兄が子供の頃からやってたから」「ゆーの家ってさ、いわゆる音楽一家ってやつなの?」「うーん、そうとも言えないんだよね。弟は全く触ってないし父も楽器は何もできないから」「お兄さんがいたんだね」「今は趣味で素人オーケストラ、じゃなかったアマチュアオーケストラに参加してる」怒られるんだ素人って言うと。「母も市民コーラスグループに参加してる。昔はピアノやってたって」それでも十分音楽一家だと思ったが利恵子は口にはしなかった。「でさ、りえはどう思った?健誠くんのバンド」「わかんないな、上手いとか下手とか、そういうのはゆーの方が分かるんじゃないの?」「あのさ、私クラシックピアノをずーっとやってるんだけどね」由依がピアノの前に座った。譜面台の楽譜を示して「クラシックピアノって、この楽譜をいかに正確に再生するかが大事なの」「うん」「だからさ、上手い下手が数字で測れる部分があるの、わかる?」「うん」わからなかったけど、とりあえずうなずいた。「私がやってきたのはそういうピアノだからさ、二人の演奏が上手いとか下手とかを口にするなら、へたっぴだよ。ドラムはリズム狂うし音の粒が一音ごとにでたらめだし、ギターなんかそもそもチューニングが合ってないみたいで音が歪んでるんだよね、聴いてて頭痛くなるレベルだったよ」そんなことまったく気づかなかった。「数字で測るなら二人ともへたっぴ!作曲家が聴いたら怒り狂うレベルのへたっぴ!」「えー、そんな言い方しなくてよくない?」由依が厳しい言い方をするのが意外だった。なんとなく乗り気でいるように思っていたのに。「でもさ、一緒に演奏したの、すごく楽しかった」「そうなの?」「他の楽器と合奏することって滅多にないんだよね、私も兄のバイオリンと合わせたことないし」「意外だね、お母さんも?」「連弾はしたことあるけど、腕前が違いすぎてよくわからなかったな」由依がふたを開けてピアノを弾きはじめた。利恵子も近くの椅子に座ってそれを聴いた。「ずっと楽譜の再生がメインだったから、人と合わせるのって変な感じだったんだ、でも二人とも一音ごとに感情込めて弾いててさ、なんだかグッと来るものがあった」由依の弾く曲調が変わった。それまで流麗だったのが急に荒々しい感じになった。「なんかね、こんな感じ。手本を見てるけど、骨組みから自分のやりたいように作ってるっていうかさ、なんか、わかる?」「わかんないけど、わかるよ」「私のピアノの骨組みまで変えられちゃったような気がするんだ。私もああいうことがしてみたい」「それって、一緒にやってみるってこと?」「うん、やってみたい」由依がさらにピアノを荒々しくさせた。「私もこんな風に弾いてみたかったー!」叩きつけるように由依が鍵盤に手を置いた。胸元を音が貫通していったような衝撃があった。「でもさ、ひとつりえに頼みがあるの」「なに?」「ぜんぜん知らない人たちだからさ、どこか音楽室じゃない所で集まるときに一緒に来てほしい」真剣に心配した顔で由依が言った。「気が早い!」「笑ったな、人見知りの私にとってそれがどれだけ大変なことか分かってない!」「ゆーが人見知りのわけないじゃん」「私友達いないって。家に来るのもりえくらいだよ」「あの二人とも普通に話してたじゃん、健誠くんとだってさぁ」「話しはするよ、誰とでもするって。りえだっていつも岡本くんと普通に話してるでしょ」そこじゃないよ、と由依が言った。「なんて言うか、通じるものがあるかないかの違いだよ、わかるでしょ?」通じるものがある。つまり由依は自分にそういうものを感じているってことか。「うん、わかったよ」まだのみ込めていないが、感謝の印として同意した。由依はいいやつだ。「いいよ、人見知りのゆーのためにひと肌脱ぎましょう」「ありがとね、うれしい」由依が立ち上がった。部屋のすみに置かれた古いオーディオにCDをセットした。やがて大きなスピーカーから大音量でピアノとボーカルが流れはじめた。さっき音楽室で三人が演奏した曲だった。誰の曲かも知らないけど、自然と身体が動き出そうとするからきっといい曲だ。「さっきのだよね?」「クィーンの曲だよ」「ぜーんぜん知らない、でもかっこいいね」「そう、かっこいい。健誠くんもドラムの人も、みんなやりたいようにやっててすごくかっこよかった」由依はとりあえずバンドに参加することになった。次の日にベースの秀哉と会い、もう一度同じ曲を今度は四人で演奏して納得したようだった。「佐藤さんめちゃめちゃピアノ上手い」小太郎が言った。秀哉も頷く。「リズムもメロディも正確だよね、メトロノームみたいだよ」「ダメじゃんピアノが引っ張っちゃ。ベースとドラムは下を支えるのが役目でしょ」「うぅ、厳しいな」「でもその通りだよな、俺たちもっと出来るようにならないと」三人はそれでも楽しそうだった。特にベースの秀哉はまったくサボらなくなり練習も熱をいれてやるようになった。狭い第二音楽室は熱に満ちていた。練習するほどに上達していくことを誰もが喜んでいた。「あと何日あった?」「半月」「もっと上手くなろう、みんなに聴かせてやりたい」四人ともがそう思っていた。「利恵子!」麻由美の声が聞こえた。地区大会の体育館の駐車場、離れた場所に大きな車が停まっている。「こっち、急いでー」利恵子は母の車に乗り込んだ。「いいよ」「おけー」野太い音を立てて車が走り出した。ここから会場の学校まで一時間ほど。あまり余裕がない。「試合どうだった?」「二回戦負けた」「そ、頑張ったね」利恵子と顧問が一緒に考えたダブルスは半分以上が初戦を勝ち、エースのペアはベスト8まで進んだ。「すごいねベスト8」「そう、ビックリしたよ」後ろの席で着替えながら利恵子は大会の結果を話した。汗まみれのままではとても由依たちの演奏を見に行けない。「しまったー汗ふくやつ忘れたー」「鞄に入ってる」「さすがお母さん!」「早く着替えなよ」下着まで替えている娘をミラー越しにちらりと見る。正面からだとまる見えだ。誰も覗き込んだりしないことを祈って麻由美は運転に意識を戻した。しばらくして、赤信号の停車に合わせて利恵子が助手席に移動してきた。いままさに身だしなみを整えました、という香りが娘から立ち上っている。自分も昔はこういう香りを漂わせて友達と遊びに行っていたのかもしれない、麻由美はそんなことを思った。「由依ちゃんって、この前家に来てた子だよね?」「そう。同じクラスの子がやってるバンドに入ったんだよ」「ふーん、今もバンドやってる子っているんだね。楽器は何をするの?」「キーボード。ピアノすごく上手いんだ。前の人が急にやめちゃったから今回だけって話でやることになったんだよ」「そんなすぐに合わせられるものなの?」「私もそう思ったけどさ、ゆーは平気みたい。言ったら悪いけど先生と生徒くらい差があるって」その言い方に麻由美は笑った。「ゆーのおうち、ものすごいお金持ちみたいだった。音楽室みたいな離れがあるんだよ」「へー、いいね」「最初の時だけ一緒に行ったけどさ、それからは一度も見てないからどうなってるか心配」「楽しみじゃない、少し遠いけど」「ありがと、お母さんも聴いてってね」四人が出演するのは健誠の友達の学園祭だ。友達といっても高校生で、どういうわけか出してもらえる話になったらしい。利恵子の大会の会場とは反対方向にある。まさか同じ日になるとは思っていなかった。「あとどれくらい?」「30分くらいかな」「なんとか間に合うかな」「だといいね」利恵子は母が用意した昼食を食べはじめた。「ねぇ利恵子、この前の事だけど」「この前?」母がひと呼吸置いてゆっくりと話し始めた。「あなたの父親の話。いきなり言われてものすごく驚いた」ついに来たか、利恵子はそう思った。あの日以来父も母もその事に触れようとしなかった。自分も触れなかった。触れてみるのがためらわれたのがなぜなのかはわからないけれど。「黙ってたこと、悪く思わないでね。話すのにそれなりの時が必要だと思ってたから今まで言わなかった、それだけだから」「うん」「どんな気持ち?」「なにが?」「今どんなこと考えてるのかってこと」「うーん」「なんかこう、ないの?驚いたとか腹が立つとか悲しいとかさ、親子の真実を知ったらそういう風に思わない?」「うーん」カツサンドが分厚くて食べにくい、そんなことで唸っているとは言えない利恵子だった。「あぉはぁ、ひょほまっへくえう?」「うん」口の中を空にして、お茶を流してからようやく利恵子は話し出した。「なんていうかわかんないけど、あんまり気にしてないんだよ。直感に従って尋ねてさ、それが当たってたから変な爽快感がある」「爽快感てあんたねぇ」「ごめんね変な風に聞こえるけど。でもさ、私にとってお父さんはお父さんだよ、他の何かには思えない。誰かに知らされてたら意識してたかもしれないけど、自分で気づいちゃったからそういうのもあんまりないし」「そんなもん?自分の命のことだけど」「別に私に責任も原因もないことだから」利恵子は軽く言ったのだが、麻由美を深く黙らせるには十分だった。沈黙の途中で利恵子はその事に気づいた。「別にお母さんのこと責めてるんじゃないよ、勘違いしないでね」「うん」振り絞るような声で麻由美が返事をした。「どっちでもいいんだ、私はお父さんとお母さんが好きだよ。それ以上のことはよくわからない」それだけ!と短くキッパリ言い切って利恵子は話をおしまいにしようとした。気まずくはないが気恥ずかしさに耐えられない。麻由美が何も言わないのを不思議に思った利恵子は隣の席を覗き込んだ。母は、静かに涙を流していた。声をかけようか迷ったが黙った。沈黙が車の中を満たした。嫌なものではなかった。突然、ナビが目的地に着いたことを知らせた。学校が突然現れる。案内の看板に従って車を駐車場に停めた。それと同時にその時は来た。「昔からこの時のことを想像してたんだ、あなたに責められるんじゃないかって。面倒な物を背負わせたんじゃないかってずっと思ってたから」声はしっかりしていた。「まさかあなたに励まされるなんて思わなかった。気にしてないって言ってくれるなんて思わなかった。それにさ、私たちのことを好きだって言ってくれたんだもん」「そうだよ」「私の娘はすごいな、私よりずっとすごいよ、良い子に育ってくれた、うれしい」その時、どこかで分厚い鐘の音が鳴り出した。学校の教会の鐘が時報代わりに鳴っているのだと分かるのに少し時間がかかった。それはつまり、開演時刻が間近に迫っていることを知らせていた。「あ!もう行かなきゃ!」利恵子は話を中断して外に飛び出した。幸いというか、場所はその教会だった。鐘の音を頼りに探すとすぐに見つかった。入り口には「chapel fest」と荒々しい書体で大書された看板が立てられていた。周りの隙間には出演するバンドの名前だろう、何組もの名前があった。そこには健誠たちのバンドの名前もあった。「どのバンド?」「これ、ソウルマテリアル」二人は入口で100円を払い中に入った。二枚の大きな扉の向こうではピアノの音が弱々しく響いていた。健誠たちの姿はない。「まだ始まってないみたい」「きっと押してるんだね」仮組みのステージにはピアノとボーカル兼ギターのコンビがいた。「最後はこれを」やや震える声でボーカルの男が言った。見るからに緊張している。マイクを持つ腕全体が落ち着きなく揺れていた。利恵子の知らない歌が始まった。どちらかと言えば細くて高い、繊細な感じの声で振られた女性のことを歌っていた。「あなたに会えなくなったって忘れたりしなければそれは終わってないのと同じこと」その部分だけ、利恵子の中に足跡を付けた。どうにか歌い終わって、ピアノの女がボーカルの横に来た。二人で頭を下げて帰っていく。まばらな拍手が起きて、ステージは暗くなった。二人は空いている席を探して座った。ここからならステージ全体、ピアノは特によく見える。由依がどんな様子かばっちり分かるはずだ。「何人なの?」「ギターベースキーボードドラム」「ボーカルは?」「ギターの人」薄暗がりでセッティングをしている影が動き回っている。ドラムが軽く音出しをし、ベースやギターが短いフレーズを試し弾きする。ピアノの横でキーボードがでたらめに叩かれて音を吐き出す。5分ほどで音が止まり、アナウンスが入った。「続いてはソウルマテリアル、野蛮な未来への扉をこじ開けるぶっとい奴らです、どうぞ」妙に気の効いた言い回しで紹介されたと当時にライトが灯った。センターに健誠、奥に小太郎、右に秀哉、左に由依が浮かび上がってゆっくりと馴染んでいく。「ソウルマテリアルです、よろしく」健誠が言った。普段と同じく誰に話しているのか定まらないような雰囲気だった。「最初は鉄の足という曲です」四人が顔を合わせた。小太郎がシンバルを四つ叩いて曲が始まる。軽くて鋭いギターが全体を引っ張る曲だった。ピアノもベースもそれに合わせて後ろからついていくような感じだった。ただドラムだけがものすごい音数でギターの邪魔をするように叩かれた。短い曲だった。あっという間で観客も入り込む隙がなかったのか、終わってもあまり反応がなくて利恵子は盛大に拍手をした。麻由美もそれに続く。その後にチラホラと拍手が上がった。「ありがとう、鉄の足でした」健誠が言った。「次、閉鎖区域という曲です」健誠がマイクをスタンドから外した。「最近メンバーが変わりました。キーボードのプリティシスター、由依です」急に紹介されて驚いた由依が、それでも客席に向けて手を振った。「由依ー!」利恵子が大声で応える「由依がこの曲をすごく良くしてくれました、聴いてください」キーボードが独りで弾きはじめた。一番最初に健誠と小太郎が二人で演奏した曲だった。短いソロの後に他の楽器が合わさった。そして健誠が歌い出す。「扉がそっと閉ざされて音もなく鍵がかけられる金網に区切られたここは二度と立ち入らないあの娘は僕を楽しませてそれ以上に楽しんでたはずさお互いさまって言い残してすべてを持って行ってしまった」小太郎が絡み、由依がコーラスを入れる。「もう元には戻れないあの娘が行ってしまったからもう二度とは見たくない空白になったあの娘の姿を」三人の声が教会に反響して音が歪む。不思議な響きが利恵子の耳に届く。「金網の向こうの空白に草木が生える様子もない枯れはてあせたこの胸を埋める物などあるはずない閉じてしまった奪われてしまった惨めな気持ちが重くのしかかる捧げたものも貰ったものも残らず全部消えてなくなった」キーボードが小声で隙間をつなぐ。やがてドラムが、ベースが、ギターが合わさって元に戻る。「残像だけが惜しみなく僕の両手を濡らしてく空白だけが頼りなく僕のため息を吸い取るかぶせる布も埋める土も僕には在りかがわからない」ラスト、健誠と由依のもの悲しいメロディが続いて曲は終わった。利恵子は思いきり拍手をした。ベースが入ってしっかりしたこともそうだし、由依のキーボードが全体的に失恋の気配を色濃くしている。健誠が言ったとおり音楽室で聴いたときよりもずっと良くなっていた。今度はそこかしこから小さな拍手が起きた。「ありがとう、閉鎖区域でした。聴いてもらえてうれしい」健誠が言った。「時間がないんで一曲少なくて次で最後です。僕たちが全員大好きな曲をやります」由依がピアノに移動した。健誠とタイミングを計って曲が始まる。「tonight, I'm gonna have myself...」健誠の声が高らかに響き渡った。最後の一曲が終わると麻由美がすごい勢いで拍手をした。隣の利恵子がひくほどで、しまいには指笛まで鳴らして喝采を贈った。ステージ上の四人もその様子に驚きつつも笑顔で応えた。「ありがとう、僕らの演奏より派手な拍手」健誠が指を指して麻由美に手を振った。「ソウルマテリアルでした、ありがとうございます」四人が舞台の前に出てきて頭を下げた。小さいが拍手が贈られ、その中を四人は袖に捌けていった。利恵子たちも暗い教会を静かに出ていった。「お母さん派手だね、指笛出来ると思わなかった」「ふふ、やったことなかったっけ。たぶん30年ぶりくらいだよ」上手く出来てよかった、麻由美がそう言って笑った。「まさかクイーンやるなんて思わなかったな、興奮しちゃったよ」「良かったね。みんな上手だった」「ボーカルの子すごく甘い声だった」「でもかっこよかったじゃん」「そうだね、オリジナル作って歌ってるんだもんかっこいいよ」そんなことを話して待っていると由依から連絡が入った。「もう少しで終わるから教会のまえで待っててほしいって」「みんな来るって?」「うん、ソウルマテリアル全員」程なく四人が現れた。さっきのステージ衣装つまり普段着のままで現れた彼らがあの演奏をしたとは思えない素朴な集団だった。「おかえりプリティシスター!」利恵子がそう呼んだ。由依は恥ずかしそうにのけぞってから「ほら健誠くんが変なこと言うから!」「そんなの僕のせいじゃないよ、佐藤さんが自分で言ってたじゃない」「うるさーい!」由依が健誠の肘をひっぱたいた。肩掛けにしていたギターがずり落ちる。「なんだよ自分で言い出したことなのにさぁ」ぶつぶつ言いながら健誠がギターを直す。「みんな凄いねーかっこよかったよー」「あ、私のお母さんね」利恵子が紹介する。「ありがとうございまーす」小太郎が応じた。「この後予定ある?なんならみんな乗せてくけど」「いいんですか?」「荷物もあるから電車大変でしょ、乗っていきなよ」「助かります、お願いします」秀哉が言った。他の三人も続く。「よし決まりだ、帰ろ帰ろ」全員が駐車場に移動しはじめた時、「由依!」遠くから声が掛かった。丸刈りの巨漢が小走りに近づいてくる。「お父さん?なんでここにいるの?」由依が驚きの声をあげた。「なんでもなにも、お前がライブに出るっておととい初めて聞いたんだぞ、来るに決まってるじゃないか」「うそ、今日ってたいの練習の日でしょ」弟の太汪は遠くの街のクラブに所属している。休日はその送り迎えに忙しいのが常だった。「こんなことがあるなら都合つけるさ、それよりも」彼は言葉をいったん切り、なぜだか居ずまいをただすように姿勢を改め「お前がバンドに入ったなんて全然知らなかった、いつからだ」「先月」「本当に最近なんだな。その割にすごく上手だった」「ほんとに?」「格好良かった、良かったよ」父の言葉に由依は満面の笑みを浮かべた。「教えてくれれば良かったのに」「来られるかどうか分からなかったんだ、仕事の片付けが昨日まで掛かってな」「ふうん、でもありがとう来てくれて。ピアノの発表会以来?」「そうかもな。太汪の事ばかり構ってて悪いとは思ってる」「うん、いいよ」由依の父親は自分たちが勝手に喋っていることに気づいて周りに会釈した。「由依、一緒に帰るか」父親は誘ったが、「ううん、みんなと帰る。打ち上げしなきゃ」そう言われると、なにか言いたげな言葉を呑み込んで由依の頭を撫でた。「じゃあな」手を振ってその場から去っていった。「お父さんか?」小太郎が尋ねた。「うん、ロック好きのね」「一緒に帰らなくてよかったのか?」「いいよどのみち同じ家に帰るんだから」由依は上機嫌だった。「さ、帰ろうか」麻由美が言った。全員が車に乗り込んだ。「なんだこれ?」健誠が床の白いものを指した。「あ!」利恵子が慌てて拾い上げて服のポケットにしまいこんだ。「どしたの?」「なんでもない!」なんでもないから!と大騒ぎして利恵子は一番奥の席に着いた。一瞬の騒ぎも収まり、車が走り出した。「みんなさ、ケンタッキー好き?嫌いな子いる?」麻由美が尋ねた。特に返事はなかった。「私おとといから口の中がケンタッキーになってるんだよね、付き合ってくれる?」誰も返事をしないので由依が「お付き合いしまーす」そう答えた。「ありがとね由依さん、みんなも気にしないで食べてってね」「ありがとうございまーす」これは健誠が答えた。大通り沿いのケンタッキーにみんなで入った。麻由美が適当に注文し、飲み物と追加を各自が頼む。「これでいいかな?」「はーい」テーブルでさっきの演奏の話をしていると注文が届いた。置き場がなくなるほどやってきた品物を見て麻由美がにんまりと笑った。「さ、食べて食べて」言うが早いか自分で一本取ってさっさと食べはじめた。少し遠慮していた子供たちもそれをきっかけに手を伸ばしだす。チキンの山は程なく骨の山に変わった。指も口許もぬるりと光らせて麻由美がコーラを飲み干した。「満足!もういらない」宣言してナプキンで顔と手を拭きあげる。子供たちの食欲はサンドに移っていた。「すごい食欲若いなぁ」感心して見ていると秀哉が山積みの骨をいじり始めた。「何してるんだ秀哉」小太郎が不思議そうに尋ねる。「いや、これ鶏の骨だろ、ウィッシュボーンってないのかな」「なんだそれ?」「俺もよく知らないんだけどさ、鶏にはV字型の骨があって、それを半分に折ってひとつずつ分けると別れる事がないとか」「なにそれ、聞いたことない」「なんだか忘れちゃったけどそんな曲があったんだよ、永遠を誓った恋人が別れたのは片方がウィッシュボーンを失くしたからだ、とかなんとか」「へぇ、そうなんだ」その場にいた誰もその曲は知らなかったが、興味が湧いたのか健誠と由依も骨探しに加わった。トレーに広げた骨をひとつずつ吟味し、明らかに違うものをバーレルに放り込んでいく。もっとも食べている途中で折れてしまう物も多いので今ある姿が本当の形なのかは誰にも分からなかった。しばらくそれを続けて、三人は何本かの候補に絞り込んだ。どの骨もすらりと伸びているが、それはVというよりはUやJに近かった。「どれかな?」秀哉がひとつずつつまんで確認する。他の二人も最後の検討に入った。「一気に指そうぜ、たぶんそれだよ」秀哉が言った。「せーの」三本の指はひとつの骨を示した。意見の一致をみた骨はその中で一番Vに近かった。秀哉がそれをつまみあげた。「これ、誰かほしい奴いない?」みんなに見せたが誰も声を上げなかった。誰が食べたか分からない鶏の骨を欲しいわけない、利恵子は言葉を慎んだ。秀哉はライバルがいないことを確認してそれを袋にいれてしまいこんだ。秀哉はウィッシュボーンを分け合う誰かがいるのだろうか。まじないの力を借りたい相手がいるのだろうか。ケンタッキーを出た車はやがて学校近くの広場に着いた。ここからは各自帰ることになる。「ごちそうさまでした」由依が麻由美に言った。男たちも続く。「どいたしまして、付き合ってくれてありがとね」「またね」利恵子が車の中から言った。四人が手を振る。車が走り出した。その日の夜。どういうわけか、和俊が土産を買って帰ってきた。「ほら鶏の丸焼き、うまそうでしょ」テーブルの上に大きな袋、中には紙箱に入った香ばしい鶏の丸焼き、しかも二羽ぶん。「どうしたのこれ?」「駅前に移動販売車がいてさ、最後の残り物だから半額にしとくって。それで買ってきたよ」利恵子と麻由美は顔を見合わせた。「どうした?嫌いだったっけ?」「いえ!大好きです!」「はい!大好きです!」二人は精一杯ニコニコしながら袋を開いて大皿に鶏を移した。ナイフにフォーク、取り皿にお手拭き。和俊の好きな辛いスパイスに麻由美にはマヨネーズ、利恵子はケチャップ。「ご飯にしよ、もうこれだけあればいいよね」作りかけのサラダを盛り、ご飯をよそって夕飯が始まった。しばらくは無言で解体ショーが続いた。それぞれが好みの部位を切り分けて口に運ぶ。食器が立てる音、咀嚼の音、飲み物を飲む音、細かい音がリビングに小さく浮かんだ。お腹が満ちていくにつれて少しずつ余裕が生まれ、会話が戻ってくる。「今日はどうだった?」「2回戦で負けちゃった」「そっかー残念だなぁ」「初戦敗退じゃないしいいよ」「そうだなよく頑張ったよ」和俊が利恵子に笑いかけた。「僕は運動がからっきしダメだったから」「そうなの?」「うん、体育なんか大嫌いだったよ」「へー知らなかったな」鶏の骨が目立つようになってきた。和俊はあらかたほぐした肉を別の取り皿に移し、骨格を解体し始めた。「ねぇこれ知ってる?」丁寧に肉を落とした骨を二人に示して和俊が尋ねた。小山のてっぺんに小さな角が生えたような、細くて左右対称の骨だった。「どこの骨?見たことないなぁ」麻由美も利恵子もじっと骨を見た。和俊が「あ、こっちが正しいか」そう言いながら骨を反対に立てて見せた。「この形なら分かるかな?」その見せ方だと筆記体のVに見える。「いや、わかんないよ」「教えてよお父さん」「そっか、知らなかったか」和俊は机に骨を置いて指でその形をなぞって見せた。「これウィッシュボーンっていうんだ。二人で両端を引っ張って大きく割れた方を持ってる人には幸運がやってくるんだっていう言い伝えがあるんだよ」やってみる?と和俊は麻由美に片方の端を差し出した。麻由美は利恵子と顔をまた見合わせ、そして大声で笑いだした。「これか!」「確かにVだね!」笑い続ける二人を和俊は不思議そうに見ていた。「やってみよ、ここ持てばいい?」「うん、せーの、はい!」乾いた音を立てて骨が割れた。ちょうど真ん中にある角は和俊の方に残った。「僕に幸運が訪れるみたいだね」「やったね、よかった」麻由美が骨を捨てた。「ところで利恵子、この前君の命の父親のことを話しただろう・・・」「ストップ!今日はなに?夫婦示し合わせてなの?」さっきもお母さんに聞かれたよどう思ってるかって。利恵子が説明する。「私がお父さんとお母さんの間の子供じゃなくても、私にとってお父さんとお母さんはあなたたち二人だけです。他に思うことは特にありません!」一方的に宣言して利恵子は話を切り上げようとしたが思い直して「あ、もうひとつ。私はお父さんもお母さんも、二人とも大好きです」何か聞きたいことある?利恵子は二人をまっすぐ向いてそう言い切った。圧倒された和俊はそれ以上何も言えなかった。「いや、うん、何もない。うれしいし、僕のことを好きだって言ってくれた。君に赦されたような気持ちだよ」「赦すなんて、そんなの変だよ。今までと一緒だから」おかしな気分だったし、これ以上続けると父まで泣き出しそうだったので利恵子は話を変えた。「ねぇお父さん、そのウィッシュボーンってどれ?」「あぁ、えーとね」もう一羽の方から和俊がウィッシュボーンを取り出した。「これだね」利恵子に差し出す。「やってみるかい?」「ううん、いいの。友達にあげるんだ」利恵子はそれを取り皿に載せてシンクの方に移した。今度秀哉に会う時にあげよう、本当の事は伏せておこう、そう思った。食事も終わり、お腹も満ちた。最後に食べたお茶漬けのわさびの香りがまだ鼻の奥に残っているような気がした。丁寧に歯を磨き、そのまま風呂に入ろうとした利恵子はズボンのポケットに何かが入っているのに気づいた。つまみ出して広げる。自分のパンツだった。昼間に起きたことが一瞬で甦る。利恵子はすぐさま洗濯機に放り込んだ。車内で着替えた時に鞄からこぼれて落ちたのだろう。即座に拾ったから誰にも気づかれずに済んだ、はずだ。苦笑いを浮かべて利恵子は裸になった。この身体は私自身のものだ。鏡に映った自分の裸体を見て利恵子は大きく深呼吸をした。吐き出す呼吸の最後の一粒を送り出し、限界まで我慢して一気に力強く吸い込む。私は私だ。生まれたときから、今日まで、明日からも、ずっと。
新しいこと 2020年03月18日 | 他 何年ぶりなのか分からないが、クルマのことを書く。 12年の長きにわたって僕の足となってくれたトゥインゴの登録を抹消してきた。 自動車税が4月になるとかかるので突発的に仕度をして片付けてきたのだ。 ちび小僧が産まれる半年前に買い換えて以来の付き合い、免許を取って半分はこいつに乗っている。家族が5人になるのに4人乗りを買うあたり、自分の馬鹿さ下弦にあきれる。 なんでそんなものを買ったのか? 左ハンドルでマニュアルというこの国ではウルトラマイナーな存在を一度でいいので自分のものにしたかったからだ。 将来的にもっと切れ味鋭いクルマに乗り換えることも夢として持っていたので、そのための練習機として最適だった。小さくてお金がかからない、というのはかなり ・・・ひどいな、なんだこのまとまりなしの文章は。 長いこと短文しか作ってなかったからか。 まだ気持ちの整理がついてないってのも理由のひとつだろうけど。 何が新しくなったのか? ここに戻ってきたことがそのひとつ。他のは次にでも書く。
悲しい気持ちを残しておく 2018年05月30日 | 他 これは私だけのために書いている駄文だ。誰も読まなくていいし、誰の目にも触れなくていい。 久しぶりにキーボードで文章を打つ練習にもなる。 長らく一緒に楽しんできたゲーム仲間が、いきなり二人ともいなくなってしまった。 二人は、なんだろ、お友達だったんだろう。 私は片方と知り合い、そしてその方を通じてもうひとりの方とも知り合った。 そうね、半年くらいだろうか? 楽しく遊んでもらったし、いい歳相応のお話をできる相手としてとてもうれしかった。 それが、いきなり二人が決定的に仲たがいをしてしまったらしい。 今日、突然二人ともから連絡があって、そして私の返事すら返す間もなく消えてしまった。 少し前からすれ違いをしていたのは知っていたし、そのつど双方の話を聞いて仲直りしてくれるよう祈っていた。 前回もそんな感じでまた楽しくやれそうだったのに、何かが起きたんだろう。 もう、連絡することすら出来なくなってしまった。 自分はひとりで生きてきて、他人とのつながりを求めてなかった。 それは今でも大きくは変わってない。私は、ひとりだ。孤独ではあっても、ひとりでいることを選んできた。 だから、関わりを持ってくれる人をありがたいと思うし、そこで起きたいろんなことは自分にとってぜーんぶプラスだと思っていた。 たとえ二人とのつながりが切れても、残るのは楽しい記憶だろうと。 その考えは、間違ってはいなかった。でも正しくもなかった。 二人と話せなくなってしまったことが、どうにも悲しい。 ひととつながると、悲しくなることもあるってことを思い出した。 いま、どこにいるんだろうな。なにしてんだろう。 ありがとうさえ言えずにいなくなるなんて。
秘密の扉 2016年08月21日 | 他 職場の近くにある建売住宅の駐車場の話。 2台分ギリギリの駐車場に、1台はホンダモビリオが停まっている。 もう一台分のスペースには、構造用合板で作られた小屋がある。 小さな子供が絵に描きそうな車の・・・まあハッチバックの車がお尻から入れているのを想像してほしい。そんな形の小屋だ。 大きさは、VWゴルフくらいだろうか。 いろんな種類の車関連のステッカーが貼ってあり、たまにNAロードスターが路上駐車されていることがある。 僕はずっとそれがロードスターのかつての保管場所だと思っていたのだ。今は持ち主が別の場所に住んでいる、という。 ところが、先日仕事帰りにその秘密の小屋が扉を開けており、しかも道路に停められていた車は、天井のない白銀色のオープンカー。 ・・・・・・・・・・・・・・・(10秒ほど考えた)・・・・・・・・・・・・・・・ トミーカイラZZ!!! 普段どんな珍しい車を見ても、そのオーナーに話しかけたりはしないんだけど、思わず「おもろいクルマに乗ってますね」と声をかけた。 僕よりはいくらか年上の男性は、困ったような微笑を浮かべてこちらにうなずいた。 珍しいもの見せていただきました。実際に見るのは初めて、グランツーリズモの中でしか知らない車だった。 小屋のサイズからすれば、出し入れも人力で行っているんだろうな(乗ったままだと社外に出られまい)。 ああ、本当に珍しいもの見せていただいた。 NAロードスターに関しても、ナンバーからすれば新車から乗り続けている感じだ。 ボンネットの塗装の傷み具合といい、ナンバーの色あせといい、すでに身体の一部のような雰囲気だった。うらやましい。
いじり壊し 2016年08月14日 | 他 で、だ。 前輪のホイールを塗装したのが思いのほか具合が良くて、調子に乗って日曜日のうちに後輪を作業してやろうと思ってわけだ。 ガレージジャッキを後ろのジャッキポイントにかけて、ギシギシやって浮かせてホイールを外す作業を始めたわけだ。 すると、突然車体がゆっくりと下がっていくじゃないの。 あれ、ジャッキの油圧が抜けたのかな、と思っていたらすぐさま「シャー!」という音が。 漏れ出す透明の液体、たちまち足元の砂利が濡れていく。漂う臭い、無論それはガソリン! ガソリン!!! 頭がパニックになり、慌ててジャッキを下げてとりあえず車を開放する。 何が起きたのかよくわからないまま、まだディーラーの営業時間前なのを確認し、それ以前にお盆休みか確認しないといけないことまでは瞬時に考えた。 電話しなきゃ。積載車で来てもらわなきゃ。 ああ、ついにいじり壊しをしてしまった・・・・・・ ただいたずらに漏れていくガソリン・・・・・・ しばらくして、ガソリンは出てこなくなった。 何回か息をして、よく確認してみるとジャッキをかけたのは車体ではなくガソリンタンクと給油口をつなぐパイプの接続部分。 車体の重さに耐え切れずに・・・・・・よく見るとホースが外れただけのようだ。 ひしゃげてしまったホースバンドを破壊し、各種パーツを緩めてもう一度差し込むとホースは問題なく刺さった。 近所のホームセンターで新しいホースバンドを買ってきて、固定して復旧はおしまいである。 今から深夜のガソリン補給に行ってくる。 問題の場所から漏れてこないことを祈るばかりだ。爆発でもしたらこれが最後の記録になるなぁ・・・・・・スタンドまでたどり着けるかしら。
想像させるもの 2016年05月28日 | 他 もうすぐなくなってしまうから、ここに書いておく。 WebCGのトップページの、一番上に最新記事の見出し写真が出ている。 で、その中でスズキのバレーノがある(5月28日現在)。 他の記事にはきちんと車がついているんだけど、この記事に限っては「濡れた路面」が映っているだけ。 いったい何を連想すればいいんだろうか。 想像よりも速くてすでに走り去った現場? 燃費偽装で、手前でガス欠になって停まっている?
異世界 2016年05月28日 | 他 先日クラシック系のコンサートに行って来た。 会場の隣にある立体駐車場は混んでいて、仕方なく最上階までグルグルと上っていくと、そこには異世界が。 奥からプジョー208、208、208、シトロエンC3ピカソ。 地元のナンバーが1台、その他は東京だったか、大阪だったか、なんだか遠方の人ばかり。 何が発生していたのかは知らないが、隣に並べてとりあえず写真を1枚。 2時間ほど過ぎて、帰ってみてもまだ4台がそのまま。 何が起きていたのか分からぬまま、そこを後にした。 ピカソ・・・・・・