Are you Wimpy?

次々と心に浮かぶ景色と音。
そこからは絶対に逃げられないんだ。

★「ネット小説大賞」にもチャレンジ中★

44. 親愛なる父さんへ

2020年08月14日 | 日記
父さん,達者ですか。今頃はお祭りで賑わっているでしょうね。

実は怪我をして今は病院で治療を受けています。怪我とは言っても,病院で知り合った男の子は片方の足首を切断した上,両親とも死に別れたというから,それに比べたらこんなのは怪我の内に入らないかな。いずれにしても,これじゃ文字通り仲間の足を引っ張る様なものだから,歩けるようになったら来月帰国しようと思う。

何も断らずに軍を辞めたことは申し訳なく思っています。でも,僕は何も後悔していないし,こちらで過ごしてきた数か月はとても充実していたし,振り返る度に僕は幸運に恵まれているんだと本気で感じているんだ。

何しろ,Wimpyに会えたんだからね。これは奇跡に他ならない。

彼に出会うまでの僕は,ライフルと弾丸があれば,自分は無敵だと教わって生きていた。それは勿論軍隊でのことなんだけど,父さんの反対も押し切ってコネまで使わせてもらったのに,それが100%間違いなんだって気づかせてくれたのがWimpyという日本人なんだ。

僕が大勢の人達に囲まれてどうしていいか分からなずに焦っているところを彼が救ってくれたんだ。彼は銃なんか使わないで,何の武器もなしで,今にも襲い掛かってきそうな民衆を制圧してしまった。もし,あの時彼が助けてくれなかったら,僕は絶対に闇雲に発砲していただろうし,それが恨みを買って僕自身もきっと命を奪われていたに違いない。

だから彼は僕の命の恩人でもあるんだ。

彼が携帯している銃には弾が入ってないんだ。弾丸は1発だけ,別に持ち歩いていて,それは自殺用に持っているんだと彼は言っていた。それなのに,彼は市街地で攻撃があった時も,僕が止めるのも聞かないで,見も知らぬ老人を助けに行ってしまった。あの時,僕は足が竦んで車から降りることさえできなかった。その時,彼は仲間を失ったというのに,それでも銃は絶対に人には向けないと言っていた。信じられますか。

彼を送り届けるのが僕の任務だったから,帰国してから時間が経つに連れて,彼ともっと話をしておけばよかったという後悔が大きくなって,もう居ても立ってもいられなくなって,気が付いたら僕は除隊して彼に会いに行っていた。

でも,僕が戻った時には彼はもうそこにはいなくて,僕ができることと言ったら,仕事仲間や現地の人から彼のことを探ることくらいだった。

現地の護衛部隊のリアノ隊長が言うには,彼はウィンプだけど,別に何も怖がってはいないらしい。矛盾していてよく理解できないけど,他にも予感が当たるとか,彼についてはとにかく不思議な噂ばかりだった。

それに驚く程多くの人達が彼に感謝しているんだ。彼の仲間は勿論,難民キャンプや病院でも,彼の事を悪く言う者がいないどころか,小さな子供から老人までの誰もが彼の話をする時,物凄く幸せそうな表情をする。

試しに僕も装備として受け取ったライフルには弾を入れなかった。彼が一体どんな気持ちだったのか知るために,彼がやっていた様に自分もやろうと努力したけど,怖くて仕方なかったよ。いつでも足が竦んでしまった。そんな僕をいつもフォローしてくれたリアノ隊長はウィンプは「撃てない」んじゃなくて「撃たない」んだと言っていた。

軍にいたときに身につけた応急処置技術を買ってくれて,リアノ隊長は兵士としては役立たずの僕をそのまま置いてくれていた。

11月にWimpyが戻ってきた時は,僕は伝説の人に会えた喜びで興奮していたけど,残念ながら彼は僕のことを覚えていないみたいだった。それは初めて会った時に自己紹介もせず,ただ事務的に接していたから仕方ない。それに彼に助けられた事を僕が覚えていたとしても,彼にとってそれは毎日の出来事の内のほんの一瞬の出来事に過ぎないんだろう。

彼がアメリカ人兵士を助けようとして負傷した時に僕が手当てしたから,ようやく恩返しができた気がしたけど,それでは足りないくらい僕は彼に感謝していた。銃撃を受けている最中も,救わなければならない人がいれば彼は迷わず危険を顧みないで走り出す。僕はその度にいつも一歩遅れて彼の手伝いをするくらいしか出来なかった。

それでね,僕が今病院で一緒に過ごしている少年も,彼が救った命なんだよ。

最後に一緒に過ごした夜,寝ぼけた彼が上空のミサイルを流れ星だと思って平和を祈った時,冗談だと思っていたら本気で祈っているのを知ってリアノ隊長が感動して泣いたくらい,何か不思議なものをWimpyは皆に感じさせるんだ。

彼のお陰で・・・というか,自分が臆病なせいかもしれないけど,僕は誰も殺さずにこれたよ。だから,こんな怪我を負ってしまったのだろうけど,いずれにしても,僕は彼に感謝してるんだ。リアノ隊長が彼の住所を教えてくれたから,帰国したら先ずブライトンに行って彼に会いたいと思う。そして,じっくりと話をしたいんだ。それに,彼が探しているという日本人の情報も手に入ったし,取り急ぎ彼に伝えないと。

父さんが言う様に,武器を持たずとも世界は変えられるのかもしれない。父さんが軍を辞めて弁護士として戦ってる様に,僕も自分の戦い方を見つけられる気が,今はしています。

きっと天国の母さんも,僕のことを見守ってくれていたのかな。よく説明できないけど,彼の事を考えてる時,僕は母さんを思い出すんだ。

じゃあ,父さん,クリスマスは久しぶりにマッセルバラの家で一緒に祝おう。もし良かったら,その内,少し遠いけれど彼が住んでいるブライトンに一緒に旅行しないか。そして是非とも父さんにもWimpyに会って欲しい。

良い祝日を。

心を込めて。 ジェイソンより。
1991年11月30日


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