Are you Wimpy?

次々と心に浮かぶ景色と音。
そこからは絶対に逃げられないんだ。

★「ネット小説大賞」にもチャレンジ中★

11.プリオテイ

2019年12月28日 | 日記
少年の左足の足首は数本の筋肉繊維らしきものが剥き出しになっていて軟骨部分の周囲で何とか繋ぎ留められていた。

さっきの少女が嗚咽しながら自分のニット帽を脱いで少年の足首をつつんだ。ベージュのニット帽からはすぐに真っ赤な血が滴り落ちてきて,僕はこの子を抱いたまま数百メートル移動するのは難しいと思って途方に暮れた。

いつもより狂暴な表情をしたビクターが黙って見守っていたが車両がギアを入れたような音を立てた瞬間叫んだ。
「おい,あの子を乗せてやれ」

天辺の兵士が相変わらず不機嫌そうに「タクシーじゃねぇぞ」と言うと,ビクターが「金は払うぜ」と言い返した。

兵士はこちらをじっと見据えて顔面の雨粒を1,2度拭ってから,またケケケと笑いながら破裂する様なアラビア語で中の兵士たちに何かを言った。

すると装甲車の後部ドアがガパっと開いて別のアラブ系の兵士が顔を出した。ビクターは銃を構えたまま右手で胸ポケットから紙幣を取り出してそいつに渡した。
「20ポンド。空港でドルに変えたら40くらいだ」

兵士は不満そうに右斜めに軽く頷いた後僕の方を向いて2回ほど手招きした。固く瞼を閉ざして一文字に唇を噛み締めたままの少年に振動を与えないように注意しながら僕は走り寄った。

血だらけの少年を受け取りながら兵士が何かをつぶやいた。何を言っているのか検討がつかなかったが,ぶつぶつと言っている中の「サラーム」だけは普段からよく耳にする音だったので反射的に僕も繰り返した。

すると兵士が力強い瞳で僕をギロリと睨み付けてから大きく頷いて微笑んだ。

「任せてくれ,必ず病院へつれていってやるから」
そう言いながら乗り込んで少年を寝かせると,ドアを閉める直前にさっき受け取った紙幣を僕に差し出した。僕は装甲車の影に身を伏せながら然り気無くビクターのポケットにそれをねじ込んだ。
「助かったよ,ビクター」
「そいつは良かった」

天辺のケケケという笑いにビクターのヒヒヒといういつもの笑いが 混じって不思議と緊迫した場が和んであちこちから安堵のため息が聞こえた。

当たり前の様に装甲車がまたゆっくりと走り出した。

そのまま慎重に500m程進んで無事に反対側の建物に辿り着いた。どういう訳かそれまでの間銃撃は止んでいた。

車両は少年を乗せたままスピードを上げて走り去った。天辺の兵士は振り向き様に「サラーム」と叫んでいた。僕が鸚鵡返しをしながら手を高く挙げると,少女が僕にしがみついて両頬にキスをした。

ビックリして少女の両肩を押さえると,その煤だらけの顔からはさっきまでの怯えがすっかり消えて柔らかい天使の微笑みにも似た純真な美しさが満ち溢れていた。

「得したな,ウィンプ」とビクターが茶化した。

僕が戸惑いながら黙って照れていたらどっと笑い声が起きた。 僕は思わずたまたま知っていた現地の単語を呟いた。
「プリオテイ」

すると今度は彼女や他の人たちが笑顔で頷きながら何度も呼応してくれた。

「友達」という意味の言葉は空しさの中に素敵な響きを称えていた。

10.ニット帽の少女

2019年12月28日 | 日記
その日はまとわりつくようなベトベトした雨が降っていて,そこいら中に静かに横たわっている遺体から流れた血が地面に滲んでいる光景はまるで地獄絵図の様だった。僕たちはW.W.としての任務は果たせず,怯える一般市民7,8人を引き連れブリキに石が当たる様な甲高い着弾音にいちいちビクビクしながら背を屈めて横歩きに進んでいた。真っ白な装甲車は僕たちを庇いながらのろのろとずっと先の建物の方を目指していた。

突然すぐ右隣にいたニット帽の15歳くらいの少女が僕の腕を力一杯引っ張った。僕は危険がないか様子を確認するのに必死だったから最初はその少女の手を払う様にして装甲車の進む方向に集中していた。

すると少女が大きな声で叫びだしたので驚いて振り向くと,その娘が僕の斜め後ろを指差しながら何かを訴えている。現地語はいくつかの単語を知るくらいだったから,その娘が何を言ってるのか全く理解できなかったけど,彼女の震える指先を見てすぐに気づいた。

そこには複数の遺体が無造作に転がっていて一見では救い様のない恐ろしい状態だったが,何かが微かに蠢いているのが見えた。それは苦痛に眉間を歪ませながら時折顔をあげる顔面蒼白の少年だった。少年の吐く息が弱々しく断続的に空中に消えていく。

僕はすぐさま足元のセメントの破片を拾い上げて装甲車の側面をガツガツと叩きながら「止めてくれ」と叫んだ。

「正気か?スモーが飛んでくるぞ」
車両の天辺で警戒に当たっている髭面の兵士が独特な発音の英語で不機嫌そうに叫んだ。

「撃ってこないよ」
「どうしてわかんだ?」
「あいつら,お前を怖がってるんだぜ」

兵士はケケケと笑って車両を止めさせた。

「合図しろよ」
「オーケー」

いつからか現地の装甲車には得体の知れない連中が乗り込んでいる。青いヘルメットカバーやベレー帽を被ってはいるがフランスの外人部隊だ。前のミッションでは数人の日本人兵士にも遇って唖然としたこともあった。今回は髭面の西アジア出身らしき連中が多かった。

「無理するな,ウィンプ」

最後尾にいたビクターが叫んだ時には,僕は既に少年に走り寄っていた。母親だろうか,少年に覆い被さる様にして息絶えている女性の重たい遺体を引き上げていると,装甲車の方からさっきの少女と白髪の老人が手伝いに来てくれた。

「危ない,危ない!」

僕は半分意識がなくなっている下半身が血まみれの少年を何とか抱き上げて2人を追いたてながら走って戻った。

ビクターはライフルを構えて警戒にあたっていたが,その間幸運にも銃撃はなかった。スナイパー達にも慈悲といものがあるんだろうか。

いや,そんなもんヤツらは持ち合わせているもんか。僕はすぐに考えを改めて大きな溜め息をついた。

9.神様の居所

2019年12月28日 | 日記
ケルンには昼前には到着した。

ゴミゴミとしてはいたが東京なんかよりも洗練された近代的な町並みの中に浮かび上がるようにしてゴシック造りの大聖堂はあった。

社会か何かの教科書で見たんだろうか,何となく記憶の奥底に眠っているものが脳裏に滲んできて「ああ,あれのことか」と実物の迫力に少しだけ感動した。

平日だったせいもあって行き交う人たちは忙しそうに見えたが,そんなに混雑しているという程でもなかった。

ここからたった1500kmも移動すれば人々は背を低くして全力で走り抜けなければならないのに,ここでは寒そうにコートのポケットに両手を差し込んではいるが誰もが背筋をピンと伸ばして堂々と歩いている。楽しそうに歓談しながら手を繋いで歩くカップルもいる。

秋空はどこまでも澄み渡っていてあの場所と同じ様な色をしていた。近づくにつれケルン大聖堂は天空にそびえ立つといった感じで,まるで僕たちをじっと見下ろす古城の様に威風堂々としていた。

僕は小さい頃から巨大な建造物に恐怖を覚える癖があるみたいで,天辺の十字架を見上げていたらめまいがして足元が少しふらついた。

「ありがたいだろう」
普段は余り喋らないステファンがポツリと呟いた。

ステファンの気持ちは十二分に理解できたが,正直僕自身はこんなところに神が宿っているのかどうかは確信が持てなかった。

「ここに神様がいると思うかい」と僕が言うとステファンが悲しげな青い目でこちらを向いた。「あっちでは留守だったからね」と付け加えたがステファンは返事をしなかった。

ラース達の案内でお決まりの観光を30分くらいした後,早速噂のパブに立ち寄った。牧師がエクで支払えるか聞いたら店主が不機嫌そうな顔で首を横に振りながら追い払う様な仕草をした。ラースとステファンがドイツ語でも交渉を試したが店主は首を振るばかりで,結局彼らが僕たちの分まで支払って注文してくれた。

僕はベルギーの待機所に預けていた荷物のなかに念のため5ポンド紙幣を10枚程持っていたので2人に1枚ずつ渡すと「多すぎるよ」と牧師が遮ろうとした。

ラースたちは女王の若かりし頃の笑顔が印刷されてる紙幣を大層喜んでいたから,牧師は僕の右腕に載せた手をどかして「じゃ,フェリーで食事でもおごるよ」と諦めた様にラースたちにいくらかのエクを支払っていた。

そんなやり取りが終わるのを待たずに冷えたビールが小瓶で振る舞われた。ソーセージの盛り合わせも一緒に出たが僕たちはそれには目もくれず瓶をカチカチとぶつけてからラースたちにならって「プロースト」と唱えた。

牧師だけは瓶をカチンと当てただけで「ロングドライブだからね」と言って瓶を僕の目の前に置いた。軽く炒めただけのソーセージがしょっぱかったせいもあってビールが進み,あっという間に僕は2本とも飲んでしまった。

3週間ぶりの贅沢。

僕は酔いが回る前なのに絶頂の気分ではあったが,一方で少し罪悪感みたいなものを感じていた。人間ってのはこうも自己中心的なんだろうか。でも,それが自然なのかもしれない。

ビールを飲み終えてラースたちがカウンターの上に置いた5ポンド紙幣をぼーっと見ていたら,ビクターに助けられたことが他にもあったことを急に思い出した。

ラースとステファンがドイツ語訛りの拳を回すような英語で僕たちに話しかけていたが僕の耳には全く入ってこなかった。

僕はつい10日ほど前の出来事を思い出して胸が締め付けられた。

8.冷めたインスタントコーヒー

2019年12月21日 | 日記
地面の向こう側で助けを求めていたガードマンが機関銃を置いたまま低い姿勢で自力で下がっていくのが見えた。

さっきのパチパチという着弾音が激しくなっていった。痛みが酷かったせいで気力を失った僕はただ地面に突っ伏していた。僕が倒れていた場所は柔らかい乾燥した砂が深く貯まっていて顔の左半分が埋まってしまったけど,そんなこと気にしてる余裕もなく,ただそのガードマンの様子をじっと見据えていた。

すると腰の辺りでベルトを真後ろからビュっと力一杯引っ張りあげられて僕は宙に浮いた。体重が50kgほどしかなかったからたやすかったのだろうけど,気づくと大人のももくらい太い腕に持ち上げられているのに気づいた。

1,2秒フワリと宙を舞ってから放り投げられる様にして元いた場所に戻されて,ようやくさっきまで元気だったジェイが目をぼんやり開いたまま呼吸をしてないことに気づいた。

「ただのバウンスだ」
「ジェイは?」
「ああ・・・脇腹から反対側に抜けてる。即死だな」

腕を確認しながらガードマンが僕が子供の頃見ていた「チキチキマシーン猛レース」というアニメのキャラクターみたいな引き笑いをしていた。人が死んでるのに変な笑いかたをしやがって「悪魔みたいなやつだ」と僕は思った。

「千切れなくて良かったな」
「ありがとう」
「ビクターだ。よろしくなウィンプ」

ビクターはそう言ってからすぐに肩口に麻酔を打ってくれた。

僕の足元ではリアノが怪我をしたガードマンのヘルメットを脱がせようと悪戦苦闘していた。ガードマンが断末魔の叫び声を上げていた。

銃撃を受けている最中にヘルメットを取ろうだなんて非常識だと思っていたら,ガードマンのこめかみのあたりに太いとげのような塊がヘルメットの内側に突き出しているのが見えた。

リアノはそれを取り除こうとしてるだけだったんだ。

大抵の場合は"鉄兜"がしっかりと仕事をしてくれて無数に打ち込まれてくる銃弾を跳ね返してくれる。

しかし直撃を受けると希に強固なヘルメットの外坂に突き刺さるなんてこともある。

「レディにはやさしくするもんだぞ,リアノ」と言って笑ったビクターに半べそをかきながらアメリカ人が罵った。
「うるせぇ,イギリスの豚野郎!てめぇは豚小屋でくさった紅茶でも飲んで死んじまえ!」

ケンケン風の笑い声が大きくなって,僕もつられて思わず笑ってしまった。生きていたらジェイも笑ったに違いない。

可哀想なジェイ・・・。

クッカーのお湯はすっかり冷めてしまっていた。

麻酔のせいで僕は左腕が上手に使えなかったけど,ジェイが左手の指に引っ掻けていたカップでインスタントコーヒーを作って遺体の傍に置いてあげた。

ジェイとは前回のミッションで一緒のグループになった。最初の内は僕とは一切口をきいてくれなかったけど僕の方からはできる限り声をかける様にしてたら少しずつ話をしてくれるようになった。

ミッションが終わるとそれぞれの留学先に帰ったが,夏休みにはパリからわざわざブライトンにある僕のアパートに遊びに来てくれたこともあった。

たった1日だけだったがパブで酒を飲んだり自宅でインスタントラーメンを作って食べたりしながら2人で「こんな贅沢が最高だ」と笑い合った。僕がサッポロ一番塩ラーメンを作ってやると,彼は日本語で「おいしい」を連発していた。

「コーヒーは上手いか,ジェイ?」

元気だったジェイの笑顔と声が甦った。

「こんな贅沢が最高だ」

雨の様なパチパチという音は止む気配がなかった。

7.秋空とコーヒーと雨の音

2019年12月21日 | 日記
今回のミッションは前回に比べて熾烈を極めた。

それは派遣先の内紛が激化したこともあったが,あの時は難民支援が主な目的だったから,僕たちW.W.はまだ生きている人たちのために働くことが多かったんだ。

驚いたことと言ったら自分達に支給される食料が3日に1回ということと溜まった泥水ですら貴重な飲み水として水筒に納めなければならなかったことぐらいで,そんなのには10日も過ぎると慣れてしまった・・・。

第一,食料といったってドッグフードみたいな缶詰がたった1個支給されるだけで,僕はそれをベルトにぶら下げたバッグに突っ込んでちょっとした時間にスプーンで2,3回口に運ぶくらいだったから落ち着いて食べてる時間なんてなかった。

初めてそれが支給されたときは,まさかそれが3日分だなんて思ってもみやしなかったし意外に美味しかったから,円形に蓋を切り取ってしまって一気に腹の中へ掻き込んでしまった。

そのお陰で僕は2日間も水だけで過ごすことになった。これに懲りて次の支給からは先輩たちを真似て上蓋を完全に抜き切らないで開閉できる様に細工することも覚えた。

あの3週間は戦闘に巻き込まれることも少なかったし比較的緩やかな感じで過ごした。ヨーロッパの夏は日陰に避難すれば気持ちがいいほどカラリとしていたから日本の猛暑なんか比較にならないくらい過ごしやすかった。

でも11月の頭から参加した今回は全く違っていた。秋風は寒すぎるくらいだったし,景色も無惨なくらいに荒んでいた。

想像を絶したのは,派遣先でいきなり一方的な狙撃にあったことだ。

現地に到着して2日目の朝だった。目的地までまだ数キロあったが,今回は前回より情勢が悪化していたし,焼け出された人たちの実態を調査することが主な任務になっていたので,日が暮れてから現地入りするのは少し危険だろうという判断で,予め国連から指示された場所で一晩キャンプすることになったんだ。

翌朝8時には出発と聞いていたので,韓国人のジェイと僕は夜が明けるとすぐ起きて基地から持ってきたきれいな水でインスタントコーヒーを作ろうとしていた。生まれたての秋空は真っ青で雲ひとつなく爽やかに晴れ渡っていた。

ジェイと僕で大きめの折り畳みクッカーに水筒から半分ずつ出し合ってから湯を沸かそうとバーナーに火をつけていたら誰かが大きな声で叫んだ。

「Get down!」

ここではこのフレーズが聞こえたら誰もが反射的に身を屈める癖がついている。

元々破壊された石造りの建物の瓦礫に囲まれていたから,しゃがめば遮蔽物に身を隠せるんだ。

昔見た戦争映画とは違って実際には豪快な銃声は全くなく地面や建物の壁にパチパチと雨が当たる様な着弾音が聞こえるだけだ。

傍らでポコポコと湯が沸いている音がしていたが気にせず息を殺して僕は隠れていた。

僕達より相手側に近い瓦礫のこちら側でガードマン2人が高価な電子双眼鏡で射撃手を探していた。時々壁や地面に何発か彈着してあちこち小さな土煙が上がった。

僕はこんなときとにかく動かずにじっとしていた。後方の壁に隠れたり防弾チョッキの鉛板を2枚ずつに増やしたりしている僕のことをガードマンたちが「ウィンプ」と呼ぶ様になったのは前のミッションでのことだった。

ガスがなくなったのかクッカーをのせていたバーナーの火が消えて不気味な静けさが漂った。

オレゴン出身だという大柄なガードマンが脚付きの大型の機関銃の担当をしていたのだが,1発も応戦せずに突然大きな叫び声を上げながら助けを求めてきた。

声を裏返させながら「I've got shot!」を連発してたから僕は助けようとして無意識に飛び出してしまった。

言わんこっちゃない。やっぱりこういうときはじっと隠れてるのが1番なんだ。

遮蔽物から出た瞬間,左肘に強烈な衝撃が走って僕は揉んどり売ってそのまま頭から倒れた。

全身の力が抜けてしまい余りの激痛に息が止まって声も出なかった。