Are you Wimpy?

次々と心に浮かぶ景色と音。
そこからは絶対に逃げられないんだ。

★「ネット小説大賞」にもチャレンジ中★

4.1発の銃弾

2019年11月23日 | 日記
人だかりは大きくなっていた。

もう30人ほどはいただろうか。MPたちが到着すると少しずつ野次馬はほどけていったが,それでも衛生班のグループが作業をするのを数人の兵士が取り囲んで呆然と眺めていた。

腕章をつけた大柄の兵士が黙って僕の胸を手の平で押さえるようにして制止した。その肩越しに床で大の字になって倒れている兵士が見えた。

兵士は血溜まりのプールに浮かぶ様にしてヘルメットを深く被ったまま仰向けに倒れていた。まだ両方の鼻の穴からドボドボと絶え間なく血が吹き出している。

目をつぶったまま安らかな顔をしていてまるで眠っているみたいだった。

手元には自分の口の中で発射したと思われる92式ベレッタが無造作に転がっていて,衛生兵の一人が拾った薬莢を別の兵士に見せながら何かを説明していた。

一瞬死んだ兵士が自分と重なって見えた。
ああゆう死に方を教わったのはミッションに参加してすぐのことだった。

僕たちはスイスで射撃訓練を受けてから任務に就いた。射撃といってもスイス製のピストルを撃つ方法を数時間教わるだけで,2回目のミッションの時も同じ訓練をした。そのまま練習に使ったピストルを腰のホルスターに入れて使うことになる。

4ヶ月ほど前,最初のミッションに向かった時,基地で入れ替わりになったヤツがまだ染みひとつないきれいな僕の装備をなめるように見てから絞り出す様な声で聞いてきたんだ。

「お前の銃には何発入ってんだ?」
「7発」
僕が空かさず答えたらソイツはばかにしたように鼻で笑った。

「殺すのか」
僕は返事ができなかった。

「お前の銃を貸してみろ」
僕は黙って自分のピストルをソイツに渡した。

「同じのだな」
フランス語訛りのある英語でソイツは続けざまに言った。
「オレたちは殺しに行くんじゃない。だから必要なのは1発だけだ」

そう言うと自分の銃を差し出して,僕の銃を自分のホルスターに差し込んだ。

「こっちは戻しといてやる。オレのを持ってけ。新品同様だ」

僕がなにも言わず差し出された同じ型のピストルをホルスターにしまうと,ソイツは大きなため息をつきながらふらふらと僕とは反対の方向へ歩き始めた。途中僕の方を軽く振り返りながら右手の人差し指と中指をくわえるしぐさをしながらニヤリとした。泥だらけの顔に浮かんで見える緑色の目が忘れられない。

「殺しに行くんじゃない」

それ以来それが僕のモットーとなった。だからピストルには1発だけ弾を込める様にしていた。

大体7発なんていざとなったら何の役に立ちはしない。最悪の状況の時は自分を殺せばいい。ソイツはそう言いたかったんだろう。

確かにその方が人を殺さなきゃならないよりはマシなのかもしれない。少なくとも僕がこのミッションに参加する目的は人殺しではない。そう納得した。

3.夢の途中

2019年11月08日 | 日記
僕は昔飼っていた犬と散歩してる夢を見ていた。

ポメラニアンのチャーリーは僕が渡英する数ヵ月前に12才で老衰のため死んだ。家族は僕が安心して出発できる様にチャーリーが気を遣ったんだと慰めてくれたけど,僕はチャーリーに生きていて欲しかった。それにチャーリーが生きていて日本で待っていてくれたら僕はこんな無謀な旅に出なかったかもしれない。

チャーリーが向こうの方から全力で走ってくる。僕はしゃがんでチャーリーを迎えようとしていた。

突然かんしゃく玉を踏んづけたみたいな乾いた発砲音が響いて目が覚めた。

寝ぼけていたから何が起こってるのか検討がつかなかったが周囲が騒然となっているのはわかった。

何時間眠りこけていたんだろう。僕が横になっている場所を左から入り口の方へ慌ただしく無言で走り抜ける人たち。

攻撃を受けてるのか・・・。

まぁ,それもありうるな。

変な諦めみたいな気持ちもあって僕はゆっくりと上半身を起こして様子を見ることにした。

すると15,6人の人だかりができている右側の辺りからふらふらとこちらに近づいてくる人がいる。

両手で頭を抱えながら険しい表情で何かを唱えてた。

近づいてくる人が誰なのかわからなかったけど,真っ直ぐこっちへ近づいてきたから取り敢えず待ち構える様に僕は立ち上がった。

砂ぼこりと汗で全身真っ黒になった若い兵士はうつ向き加減にギロリとコッチを見据えたままブツブツ唱えながら近づいてくる。サイズの合わないガポガポのヘルメットが脱げかかってる。

ソイツは僕に吸い寄せられるみたいにそのまま抱きついてきた。全身から脂汗をだらだらと垂らしながらぎゅーと僕を抱き締めてガタガタと震えている。

「もうだめだ。パパやママに会えない」

とっさに僕はソイツの背中に左腕を回して右手でヘルメットを元の位置に戻してやりながらポンポンと軽く叩いた。

「もうだいじょうぶだから」

「僕はパパやママに会えないよ。とても酷いことをしてしまった」

彼が何をしたのか僕は尋ねなかった。

「もう地獄行きだ。パパやママに会うわけにいかないんだ」

一瞬言葉を失ったが,すぐに言葉が漏れた。
「君はご両親に会わなきゃ・・・」

「無理だ。合わせる顔がないよ・・・」

「会わなきゃいけないよ。それが君に与えられる罰なんだからね」

僕がそう囁いた瞬間,彼は僕にしがみつきながらおいおいと泣き始めた。
背中の左肩の部分から出血している。手当ても必要だ。

「メディック!!」
衛生兵を呼んだが誰も反応しない。それどころじゃないのか・・・さっきの人だかりがどんどんと大きくなっているのが見えた。

僕はもう1度大きな声で衛生兵を呼んでからその兵士に力いっぱい話しかけた。

「君は生きなきゃだめだ。それから君が見たことは誰にも言ってはならないよ。誰にも言わずに生きていくんだ。罰なんだからね」

ようやく衛生兵が救急鞄をもって駆けつけた。

「すまんな。あちこちで怪我人がいるもんだから」
「ああ,いいよ。それよりあれは何だい」

僕はまだ泣き続けている兵士を座らせながら顎で人だかりの方を示した。

「ああ,あれか・・・」

ユニフォームの肩口をハサミで切りながら彼は大きくため息をついた。

「よくあるんだ。戻ってきて安心したんだろ」

麻酔を打ったせいか兵士の腕がほどけた。
僕は兵士を衛生兵に委ねてゆっくりと人だかりの方へ向かった。

2.幸せなら手をたたこう

2019年11月05日 | 日記
2回目のミッションから帰国する前日,がらんとした体育館のような大きなコンクリート製の控え室のあちこちで僕なんかよりずっと若い子供みたいな兵隊たちがガチャガチャと装備の確認をしていた。

何かの作戦の準備だろうか。

どの兵士も少しだけ興奮しているみたいに頬や目の周囲が赤らんでるのがわかった。ユニフォームがまだパリっとしてたからほとんどが初陣なのだろうか。異様な緊張感が漂っている。

「50人・・・2個小隊くらいだな・・・」

どうせ小規模な作戦だろうと気にもとめなかったが,僕らと同じミッションで来ていた別のグループにリアノたちが同行することになったので見送ろうと思っていた。

それでも,長い旅から徒歩で辿り着いたばかりだったし,この数日間はカビの生えたドッグフードみたいな缶詰1個を騙し騙し食うだけの生活だったから辟易してダラリと座り込んでいた。

重たい防弾ベストを脱いだのは・・・もうどのくらいか覚えていないが,大体3週間ぶりくらいだろうか。帰国の準備といっても返却するのは借りていたヘルメットとベスト,それからスイス製のピストルくらいで,もうそれは到着してすぐ済ませてあった。

嗚呼,物凄く身体が軽い。

基地の入り口で迎えてくれた衛生兵が僕たちにペプシを奢ってくれた。

泥だらけの口の中を炭酸が洗い流してくれて凄く気持ちがイイ。砂糖が急速に脳みそに吸収されるみたいだ。ドラッグなんてきっとこんな感じがするのかな。

もう細かい傷の手当てもしてもらったし,まだシャワーは浴びてはいなかったけど,気分はまるで風呂の後みたいにすっきりしていた。

飽くまで僕たちは居候みたいなもんだから,ベッドやシャワーは貸してもらえなかった。

国連の配慮で翌日の貨物トレーラーでベルギーまで運んでもらえることになっていた。陸路で数日かかるが,フェリーに乗る前にブリュッセルの本部に戻るから,きっとそこでならシャワーくらい浴びる時間もあるし,勿論着替えも準備してある。

これは非公式のミッションだから帰国するときに誰にも気づかれない様に旅行客の様にふるまわないと。

決して悪いことをしているわけではないが,それは契約の最重要項目なんだ。

2台のトラックの荷台に乗り込んだ兵士たちが楽しそうに歌いながら足でドンドンとリズムを取り始めた。

If you're happy and know it, step your foot!!

「あいつら狂ってるんだな」

平和な日本の空を思い描きながら目をつぶると,昨日の流れ星のことがふと脳裏を過った。

「あのミサイルはどこへ向かっていたのかな」

誰が発射したのかは大体は察しついたが確信はない。

万一敵対してる組織同士だと狙いは学校か病院だから悲惨だ。せめて主に軍事施設を攻撃するNATOの作戦だと何の根拠もなく自分に信じこませていた。それに,これだけ慌ただしく準備してるところを見ると概ね当たってるに違いない。

「もうやめよう」

僕が脱退するのは自由なんだ。今回限りでこのミッションに参加するのは最後にしようと誓いながら壁にもたれてぼぅっと日本の家族のことを思い出していた。

早く浮き世に戻りたい。
とにかくその一心だった。

ギアをチェンジしながら重たそうに走るトラックのエンジン音と兵士たちの陽気な歌が遠ざかっていった。

僕はリアノたちを見送るのも忘れてそのまま眠ってしまった。

1.流れ星の夜

2019年11月01日 | 日記
誰かが寝ている僕の足元を軽く蹴った。

それでも僕は眠くて眠くて,知らんぷりをしてそのまま目をつぶっていたんだ。
そしたら,そいつはもっと力を込めて蹴り上げた。

履いていたのは頑丈なブーツだったけど,流石に痛みを感じるほどだったんで,目を閉じたまま返事をすることにした。

「なんなんだ?」
「ウィンプ,起きろよ。流れ星だぜ」
「流れ星?」

背中が痛い。

当り前さ。
だって地面に寝てるんだから・・・。

僕は少し目を開けて,そのまま日本では見たことがない満天の星空をぼんやりと眺めた。

確かにほうき星がゆっくりと流れて行く。

しかも2つもだ。

「大変だ。願い事をしないと」

もう体中が痛くて仕方なかったけど,僕はぴょんと飛び起きて,そのほうき星の方を見上げた。

「ほんとだ。流れ星だ」

そして突っ立ったまま両手を胸の前で組んで目をつぶって祈った。

クスクスと聞きなれた笑い声が聞こえた。
昔見た「チキチキマシン猛レース」とか言ったアニメのケンケンってゆう犬みたいな笑い方はイギリス人のビクターだ。

すると,どもりのある独特な英語でリアノが僕に聞いた。
コイツが僕の足を蹴ったに違いない。

「ウィンプ,お前何を祈ってんだ?」
いつもの様に馬鹿にしたような話し方だ。
スペイン人はみんなこうなんだろうか。

「そんなの決まってんだろ。この国に平和が来るように」

ビクターが吹き出す。
リアノが意地悪な調子で笑い始めた。

僕は続けた。
「かわいそうな人たちを救ってもらうのさ」

ビクターや他の仲間も一斉に大笑いを始めた。

「お前,最高のジョーカーだぜ」
だれかが笑いながら罵った。
「ああ,最高のブラックジョークだな,ジャップ」

連中の笑い声は暫く続いた。
「祈りはよ,きっと届けられるぜ,なぁ!」
笑い声が夜空に轟いた。

僕はそんなこと気にせずに祈り続けた。
馬鹿にされたって,そんな事はどうでも良かったんだ。
だから僕は祈り続けた。
とにかく立ちっ放しで祈り続けた。
ずっと祈ってたら,少しずつ笑いが途切れて何故か白けたムードが漂い始めた。

「よせよ,ジャップ」
リアノが地面を軽く蹴り上げた。
舞い上がった砂粒が顔にぶつかったが,僕は祈りをやめなかった。

ジョークなんかじゃない。
本気で祈ってたんだ。

もうとっくに僕は神様なんか信じられなかったから,せめて流れ星に希望を託していたのかもしれない。

きっと世界中の人たちは見ることも聴くこともない。

瓦礫だけになったこの国の景色を。
僕の耳の中に永久に居座ることになる絶望に満ち溢れた吐息の音を。

だから僕は本気で信じて流れ星に願いを託していた。

「ウィンプ。悪かった。だからやめてくれ」
リアノの口調からは嘲りの調子は姿を消していた。

僕は一瞬力が抜けて跪いた。

不気味なほどの静けさが広がっていた。
もうだれも笑わない。

僕は両手を地面について大きくため息を吐いた。
力弱く瞼を開くと真っ白な息がゆっくりと漂っていた。

リアノがしゃがみ込んでるのが見えた。
泣いてるのだろうか・・・。

「もうよせよ,ウィンプ」
僕の肩に手を掛けてビクターが苦し気に言った。

ほんとさ。
その時は本当に知らなかったんだよ。

あれが流れ星なんかじゃないってことを。

後で流れ星だと思ってたのが何なのか知った時に僕は確信した。

やっぱり神様はいるわけないんだと。