Are you Wimpy?

次々と心に浮かぶ景色と音。
そこからは絶対に逃げられないんだ。

★「ネット小説大賞」にもチャレンジ中★

43. 13日の金曜日

2020年08月11日 | 日記
男の前にマシューが立ちはだかるのとほぼ同時に相手の連れが後ろから大男を抑え込むと,ベンとカリンが両側から僕のことを支えてくれた。ブランズウィックにはガードマンがいなかったから,バーテンダーが2人共カウンターの外に出て仲裁に入るべく声を荒げていた。

「まぁ,両方とも落ち着いてください!皆さんも」
突如として大男と僕の間に,ネクタイ姿の男性が割って入った。白髪を綺麗に整えてスーツを完璧に着こなした,60代・・・そう,すぐ傍らで抱き合ったまま事態を見守っているナイト夫妻とほぼ同年代の男性が,怒れる大男を宥める様に丁寧な発音で語りかけた。
「あなたがお怒りになるのもごもっとも。名誉棄損というわけですね」
「そうだっ! そいつが始めたんだ」
「失礼,私は弁護士です」
男性は大男に名刺を渡して続けた。
「この方を訴えると?」
「勿論だっ」
「では,そもそもの原因も証言しなければなりませんが・・・」
「オレは何もしてない」
「いえ,私もあなたが話しているのを小耳に挟んだのですが・・・」
くるりと僕の方を振り返った男性がウィンクすると,静まり返る客たちが注目する中,まるで法廷で演説するような口ぶりで分かり易く説明した。
「あなたがイギリスではない他の国に出かけ,一般市民を殺傷したことを知った彼が,あなたの事を殺人犯呼ばわりしたことが発端ですね」
「・・・いや,オレはただ・・・」
「いえ,私にはその様に聞こえておりましたし,あなたの友人も,多分他にも聞いていた方の証言がとれますよ」
その大男と連れの2人が間誤付いていると,客の中から「私も聞いたわ」「オレも聞いたぞ,人殺し」「お前は人殺しだ」と次々と客が騒ぎ始めた。大男たちが焦っている様子に男性が両手を高く翳して「まぁまぁ」と助け船を出した。
「皆さん,誹謗中傷はいけません。法廷で正々堂々闘うべきです」
男性はゆっくりと僕に近付くとにっこりと微笑みかけて尋ねてきた。
「あなたもあの方を傷害罪で訴えることができますよ」
カリンが心配そうに僕の唇の血をバーテンダーが持ってきたキッチンペーパーで拭いているのを制止して,僕は首を振った。すると今度は大男の方へ戻って男性は続けた。
「こちらはあなたを訴えないそうです。あなたは?」
大男はもはや戦意を失った様子で小さく「No」とだけ言って,そのまま逃げる様にして仲間とパブを後にした。それを追い立てる様に店内から拍手と歓声が起こったから僕は立ち上がって照れ臭げにお辞儀した。

「いやはや,皆さん,お騒がせしました。どうぞお戻りください」
男性が声を掛けると,何人か心配そうに僕たちの方を気にかけていたが,少しずつ店内は平常を取り戻していった。

「ハーデットさん,ありがとうございます」
「これはモンテルさん,いやカリンで宜しかったかな?」

ハーデット氏は今月に入って2週連続でカリンの教会に拝礼に訪れてるとのことで,カリンとも何回か話したことがあるという。息子さんのことでニコラス牧師に何回か相談をしているとのことだった。

「とんだ13日の金曜日になりましたな」
「ハーデットさん…,初めまして。申し訳ありませんでした」
「なんのなんの。ワタシもアヤツらのいけ好かない武勇伝には辟易しておったのです」
「ハーデットさん,こちらは・・・」
カリンが僕たちの事を順番に彼に紹介した。1人ずつ握手を交わした後,ハーデットさんが切り出した。
「すみません,しかし念の為,ソーヤンと二人でお話させてください」

ハーデットさんに促され,僕はスヌーカーやダーツのある比較的空いている部屋のテーブルに向かった。僕は興奮がすっかり冷めて「うかつだった」と自己嫌悪の最中にあったが,ハーデット氏は僕をニコニコと見つめながらテーブルに両肘を着いて話し始めた。
「実はね。私の息子も出かけてるんですよ」
「息子さんが・・・?」
「はい・・・。ん?痛みますかな?」
「いえ・・・でも,少し・・・」
「それはお気の毒ですが・・・10分だけお話できますかな」

てっきり今回の事件に関してのアドバイスか説教だと覚悟していたが,ハーデット氏は僕の額や口の傷を気遣いながら自分の一人息子の話を始めた。その息子はジェイソンと言って25歳だということ。9月に陸軍を辞めて,その後アジャの国へ渡ったこと。そして最初は,ハーデット氏もさっきの大男の様に,自分の息子が義勇兵として殺戮の罪の中にあるのではと心配していたことなど,余り僕とは接点のない様な話を続けたが,危機から助けられた誼で1つ1つ頷きながら真剣に聞くことにした。

「ご存知ですか,「13日の金曜日」という映画。今日みたいな日は息子に恨まれたもんです」
「いじめられたんですか」
「いや,そんなことはなかったと思いますが,気に入らなかったでしょうな」
「映画が全てではないでしょう。もしそうだったらジョンはもっと大変です」
「なるほど,そうですな」

ハーデットさんは愉快とばかりにテーブルを数回叩きながら笑った。僕も映画は好きでよく見る方だったから,ハリウッド映画の主人公の名前にジョンが多いことを知っていた。

「私も空挺隊員だったのですが,息子には別の道を歩んでほしかったのです・・・」
ハーデットさんはパラシュートの刺繍が施された朱色のネクタイを僕に見せた。
「あいつは体が弱かったですし・・・。私もイスラエルでは大変な思いをしましたから・・・」
「イスラエルに?」
「ええ。ずっと昔です。大勢殺されましたし,大勢殺しました」
「それは・・・」
「いえ,あなたがおっしゃる“人殺し”とは違います」
「別にあの男と一緒にしようなんて」
「戦争がなくならないのが問題なのです」

あらぬ方向に話題が逸れてしまったが,ハーデットさんの口調に何の恨み節も嫌味も感じられなかった。しかし僕は次に続ける言葉が浮かばなかったから,すぐ脇のスヌーカーの様子に視線を向けて考え込んだ。すると,誰かがジュークボックスで“Alone Again Naturally”を流し始めて,リズミカルなイントロに誰もがリズムを取り始めていた。

「あなたがWimpyさんですか?」

ハーデット氏の突然の問いかけに,僕は完全に言葉を失った。そのニックネームを知る人はあの場所にしかいないし,僕はジェイソンなんてヤツは知らない。僕は何も答えずに冷静さを装って深く呼吸をしながら,ハーデットさんの優しい笑顔を見つめた。

「これを・・・」

彼は数日前に届いたというジェイソンからの手紙を僕に読んで欲しいと渡した。


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