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日常の何気な写真中心に

ブログ移転のお知らせ

2018年02月26日 | 雑感
ブログを正式に移転します。
新しいブログはこちら
 
しばらく使ってみましたが、現在よりは自分の使い方にあっているので移すことにしました。
違いは、古墳の備忘を入れる場合にgooの場合はキーワードが1つしか入れられず、そうすると前方後円墳として登録したいし、所在地としても登録したい場合に難しくなってしまってました。
 
今回は、複数のキーワードが登録できるので、古墳見てRunしてというような旅の場合にも迷わなくてすみそうです。
あとはリンク記事の見え方も3パターンあるので、その時々のリンク表示も便利。
 
ということで以降は現在のブログは更新しないことにします。
そして新しいブログでの新記事に関連するところから必要な過去記事は移していくことにしたいと思います。
 
移しておきたいなと思っているのは
・考古学では直近あった綏靖天皇陵立ち入り調査について
・マラソンでは結果の記事
・熱帯魚では元々のHP記事を更新してないので整理して検索性高める
というところでこの辺はぼちぼちと。
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宮崎遠征再び

2017年12月24日 | 歴史雑感
再び西都原古墳群へ!
 
昨年8月に宮崎県の古墳チェックに行きましたが、今年12月に再び宮崎県へ古墳を観に行ってきました。
どうせなら違う古墳を観に行けば?と思うのが普通でしょうけど、なぜ宮崎か?
 
去年の訪問が消化不良でした。
訪問先のメインとした西都原古墳群。
この古墳群は300基以上の古墳があります。
そして密集して膨大な古墳が存在します。
 
自分が通常古墳を観る場合は、あるメインの古墳1基を観ることがほとんどです。
この場合の古墳の観かたはおおよそ決まっていて、
・ぐるっと回る
・周溝の存在で古墳のエリアを把握する
・のぼって上から眺める(盗掘跡があるかを確認)
・葺石の存在を確認
・横から段築の残り具合など保存状態を確認する
こんな具合です。
 
ただこの古墳への接し方では西都原古墳群はとても追い付かないし、そもそもの群が巨大すぎて
全体の把握をしっかりした上じゃないと微妙な違いなど比較すらできないのです。
比較が飛び火しすぎますが、釣りで例えると
・野池の攻め方・・・いつもの古墳のチェックの仕方
・ダムの攻め方・・・巨大古墳群のチェックの仕方
という具合にしっくりきます(笑)。
実際昨年の備忘を書こうにも整理できないまま過ぎ去りました。
 
ということでとにかく作戦をしっかり立て直し、西都原古墳群をしっかり観るために再び宮崎へ赴いてきましたので古墳の整理を年末年始したいと思っています(マラソンもないし!)。
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総社古墳群/群馬県前橋市(2017.04.03)~その3~

2017年06月18日 | 関東の古墳
総社古墳群/群馬県前橋市(2017.04.03)~その3
 
総社古墳群の備忘はこれで最後です。
 
●宝塔山古墳(方墳/規模:54m/時期:7世紀末)
総社にある天台宗光厳寺を目指していくと宝塔山古墳があります。




方墳としては非常に巨大な古墳です。
時期は7世紀末と言われていますが、この時期は奈良で言えば藤原京の遷都したりと古墳時代どころか飛鳥時代の末期です。
群馬ではこの巨大古墳が時期がずれて勢いをつけてたんですね。


 
石室には自由に入ることができます。


奥へは約12m。
愛宕山古墳に比べると、石室の精巧さが段違いですね。時期にすると100年弱の間で技術の進化がここまで進むんですね。




 
石室が自由に見ることができるのはありがたいんですが、方墳が鉄柵で囲まれたり、石垣で崩れを防止してあったりすると、ちょっと興ざめな感じはあります。

 
 
●蛇穴山古墳(方墳/規模:40m/時期:8世紀初頭)


宝塔山古墳のすぐ近くにある方墳です。
宝塔山古墳の後に造られた古墳で、ちょっと小型な古墳です。




それでも40mの方墳というと巨大古墳となりますが。
宝塔山古墳からより変化した点としては、玄室への羨道が省略されている点。


横穴式石室の場合は、石棺が納められる玄室と、玄室までに通り道の羨道で構成されます。
宝塔山古墳の場合はこの長さが約12mありました。
しかしすぐ隣にあり、築造時期も直後である蛇穴山古墳では、羨道が省略されて、壁が末広がりな特殊な形をしています。






石の組み方は精巧ですね。
この古墳が群馬県の古墳としては本当に最後の古墳ということのようです。
 
これで総社古墳群のチェックは終了です。
群馬県には本当に大きな古墳が存在します。
観光として整備された古墳もありますが、未整備な古墳も、破壊されてしまった古墳も存在します。
 
先日は群馬県知事が古墳を県のPRに活用と言われていました。
確かに魅力的な歴史資産が群馬県には本当にたくさんありますね。
前橋市の古墳は今回で一段落ですが、まだまだ未チェックの古墳があるので忙しいです(笑)。

そうそう、蛇穴山古墳の隣には前橋市総社歴史資料館という施設が設置されていたんですが、月曜はお休みということでチェックすることはできませんした(残念)。
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総社古墳群/群馬県前橋市(2017.04.03)~その2:愛宕山古墳~

2017年06月10日 | 関東の古墳
 
●愛宕山古墳(方墳/規模:56m/時期:7世紀前半)
愛宕山古墳(あたごやまこふん)は、前に現代の墓地があり、草木も生えているので全体像があまりわかりません。

立看板には、方墳で一辺56mとありますから、巨大古墳ですね。
墓地の前を通りながら石室開口部に到着。




狭い。。。
 
これは見学者を選ぶ狭さです。
ランニングしてなかったら入れなかったかも。
ともかく狭い開口部から中にはいることにしました。


 
狭い開口部から想像できないくらいの広さです。
56mの方墳ですからこの規模でもおかしくはありませんが。
愛宕山古墳の築造時期は7世紀前半と言われています。
ちなみに同年代の畿内の古墳で言うと、蘇我馬子の古墳と言われる石舞台古墳(7世紀初頭)が51mの方墳と言われていますから、規模感が分かりますでしょうか。
石室の石材の規模・量は比較にならないにしても、大変巨大な古墳と言えます。

 
盗掘孔とみられる穴がありました。
一応中を撮影。
 
なお石室内から外に向けてのお決まりのカットは撮影しましたが、チリの映り込みが激しく(オーブ現象)、掲載は不快に思われる可能性があるのでやめることにしました。
■愛宕山古墳
■場所 群馬県前橋市総社町
■形状 方墳
■規模 一辺56m
■築造時期 7世紀前半
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総社古墳群/群馬県前橋市(2017.04.03)~その1~

2017年06月04日 | 関東の古墳
大室古墳群をチェックした後は、レンタルチャリで逆戻り。
さらにもともと宿泊していたホテルを通り過ぎて総社の方に向かったので結構な距離でした。
これはRunじゃ無理だったと思いつつ総社古墳群のチェックです。
なお前橋市総社歴史資料館のサイト記事によれば、総社古墳群は5世紀後半から7世紀後半にかけての
古墳群で築造の順番としては、
遠見山古墳→●王山古墳→(王河原山古墳:消滅)→●総社二子山古墳→●愛宕山古墳→●宝塔山古墳→●蛇穴山古墳の
順番で築かれたということです。
今回のチェックでは遠見山古墳が時間の関係でチェックできませんでしたが、5基の古墳を見ることができました。
築造の順で見ていきます。
 
●王山古墳(前方後円墳/規模:90m/時期:6世紀前半)


この古墳は完全に公園になってました。


古墳が滑り台になってます(笑い)。



復元想定図からするとものすごい数の段築ですが、本当なのかな?
特徴としては、墳丘が全部石で積まれた「積石塚」というものとのこと。
確かに利根川がすぐ近くにあって、石には困らなそうな場所にありました。
公園内には、積石の具合を想定した復元がされています。

またこの規模で石室全長が16.4mあります。
これだけの長さというのは、後円部の中心に埋葬施設を置きたかったからなのでしょうか?

公園の脇に不明の大きな石が。解説がなくわかりませんでした。


 
●総社二子山古墳(前方後円墳/規模:90m/時期:6世紀後半)


こちらは王山古墳とは違い古墳として残ってました(笑)。
この古墳は石室に入ることができました。
石室は前方部と後円部の両方にあるということですが入れるのは、前方部の方。
後円部は封鎖されていて入ることはできませんが、こちらの方が規模が大きかったとのこと。


墳上にもあがりやすくなっています。結構訪問者が多いのかな?

 
この古墳の見所は石室でしょう。
しっかり堪能してきました。









古墳に咲いている花がきれいで思わず撮ってしまいました。
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大室古墳群/群馬県前橋市(2017.04.03)~その4~

2017年06月03日 | 関東の古墳
 
大室古墳群レポートの最後となります。
 
●前二子古墳(前方後円墳/規模:94m/時期:6世紀初頭)
大室古墳群にある前方後円墳は、古い順番に
前二子→中二子→後二子・小二子 と変遷するとのこと。
よって前二子古墳は群の中では一番古い前方後円墳となります。
 
全景を眺めるとまさに二子と言える小山な感じ。


整備がしっかりされているので古墳の形状がよくわかります。


 

この古墳の特徴としては長い羨道。
後二子古墳の羨道の長さとの比較で違いがよくわかります。
 
いつものように石室から外を眺めようとしたんですが、中に柵が設置されていて
石室奥までは入ることができませんでした。
仕方がないので途中までの地点から外を眺めてみました。

 
なお石室には当時の副葬品のイメージが再現されていました。


こういうのは子どもたちの勉強には大変良いですね。
 
大室古墳群に関しては、メジャーな古墳はチェックできたので終了とします。



 
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大室古墳群/群馬県前橋市(2017.04.03)~その3~

2017年05月21日 | 関東の古墳
 
いよいよ大室古墳群最大規模を誇る中二子古墳レポートです。
位置関係でいうと、後二子古墳と前二子に囲まれて堂々とした威容を誇っています。
 
●中二子古墳(前方後円墳/規模:111m/時期:6世紀後半)
この古墳も公園内の史跡として整備されてり形状がよくわかります。

古墳群最大の規模(全長110m)であり2重に巡らされた堀の存在もよくわかるように整備されています。
ちなみに堀を含めた墓域で捉えると全長は170mになるそうです。
主要な3つの古墳の中では一番古い古墳です。
  
二重の堀

 
前方部から
後円部から
 
  
後円部を眺めます


少し下がって全景を再度


公園内でも特に埴輪列の復元がしっかり行われています。
盾持ち人の形象埴輪があるのは、考古学の勉強の興味をひいてよい感じ!
写真撮影のスポットとしても良い感じなので観光客的に古墳の在りし日を想像できます!

ここが写真スポットかな!?

 
この古墳ではまだ埋蔵施設の発見ができてないそうです。
後二子山と前二子山はともに横穴式石室が発見されているのに、こちらはわかってないんですね。
つまり普通はありそうなところに入口の痕跡がトレンチ入れても出てこなかったということでしょうか。
石室の長さや石に使い方でもかなり多くの情報が得られるので見つけたいところですけどね。
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Tyrannochromis maculiceps(ティラノクロミス マクリケプス)

2017年04月13日 | アフリカンシクリッド
Tyrannochromis maculiceps
発色前





 




発色後




 
 
MY LIFE WITH AFLICAN CICHLIDS
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Tyrannochromis nigriventer(ティラノクロミス ニグリヴェンター)

2017年04月09日 | アフリカンシクリッド
永らく引っ越しで散在していたストックPHOTOが見つかりましたので徐々にアップしていきます。
 
Tyrannochromis nigriventer
この個体は特に体高が低かったです。
 

 

 
Tyrannochromis nigriventer (southern)
サウザン(南部型)という識別はこだわりなので現在はもう区別はないのか情報から縁遠くわからないですが、産地の違いは明確にありました。


 
MY LIFE WITH AFLICAN CICHLIDS
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宮崎一人旅-3-

2017年02月24日 | 国内歴史・遺跡
 
日頃手元にPCが無いことを理由にすっかり更新が途絶えていました。
宮崎の旅の備忘を。
今回は古墳や史跡以外をまとめました。
気ままな一人旅は好きなことをして過ごす時間がたっぷり持てます。
主目的は西都原古墳群を見ることでしたが、それ以外の時間も愉しんできました。
 
古墳以外はRun!
西都原古墳群の中を走ることは実現できたとして、さらに地元のランナーが走っているところを走って見たいと思いまして、
宿の近くの河川敷に向かいました。
それも夕練と朝練の2回(笑)。
ホテルは宮崎市内の宮崎グリーンホテル
素泊まりでリーズナブルなお値段でした!


そこから300mで大淀川という宮崎市内を流れる河川に到着。
初日はチェックインしてすぐランニングウェアに着替え軽く河川の様子見。
この日は結構ハードな1日だったので感触確かめて8kmほどで終了。
翌朝、もう少し上流まで遡ろうと走ったんですが途中で雲行きが怪しくなり雨がぱらついてきたので途中で退散。
それでも13km程走れたので旅先の朝としては満足でした。

Run後、ホテル内の朝食のカレー



大淀川河川敷(2日目の朝)
 
 
 
食事の備忘も!
1日目はとにかく古墳チェックをしていたので西都原古墳群内でうろうろとしていました。
なので夕飯は宮崎らしいもの食べようかなと、ホテルの周りを探したのですが
なかなか一人で入ってくつろげそうなお店がなくて、
結局ホテルから大淀川の間にあった、母家さんという居酒屋さんで夕食としました。

やっぱりチキン南蛮食べとかないと思いまして、お刺身とチキン南蛮、あと確か冷や汁も宮崎だったなと思い出しキュウリも。
お酒は芋焼酎も考えたんですが、1日古墳チェックとRunしていたので、我慢できずビールにしました。




ビールのお供に最初にモロキュウ出てくるかなと思ったら、これが遅くて忘れかけてたところで
出てきたのがコレ!
 

ぶつ切りでよかったんですが、キレイに細工がされていました。
もしかしてキュウリには並々ならぬこだわりがあるのか?宮崎県は!?と思った瞬間でした。
 ともかく母屋さんおいしくいただきました。
 
その他としては、自分のいつもの癖で、本当に今食べたチキン南蛮か確かめるために、別のお店でも同じものをオーダーしたくなるんですね。
ということで翌日は、高千穂の方に向かったんですがその途中のロードサイドにあったお店での注文もチキン南蛮定食にしました。


そのボリュームに驚きながらも、別のあることに気づきました。
本場宮崎のチキン南蛮は小さくカットされ、から揚げのようなサイズ?
今まで食べてたチキン南蛮は、鶏のモモ肉1枚を上げてカットされていたのに宮崎では、そうじゃない?
そんな疑問を思いつつも、時間の関係もあり3食目のチキン南蛮は断念しました。
ちなみに旅から戻って即、もう一度いつも食べてるチキン南蛮を確認するために本場じゃないチキン南蛮定食を食べたのでした。
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