御岳山に行ってきました。
ケーブルカーで御岳山を上るときにアジサイの花がたくさん咲いていました。
どうやらここは都心より1ヶ月くらい季節が遅いようです。
ひやッとするものの自然が豊富なため湿度が高く、ちょっと動くとじんわりと汗がでてきます。
御岳山駅でケーブルカーを降りて、ロープウェーで大展望台駅へ。
残念ながら曇っていて、新宿の高層タワー群を望むことは出来ませんでしたが、東京ドームらしきものはうっすらと見えました。(写真には撮れてませんが。)
高層ビルよりはっきりわかるものだとは思いませんでした。東京ドームって光沢のある建物だったんですね。

8月1日からレンゲショウマ祭が開催されているということで見てきました。
時期が早かったということもあって、あまり花を咲かせていませんでしたが、愛らしいつぼみと控えめな花がひっそりと咲いていました。

立派な杉や檜の樹木を堪能した後で、武蔵御岳神社まで歩くことにしました。
徒歩30分くらいの距離のはずなのに、あたりまえのことですが、坂道が多く、運動不足の体には堪えました。
坂の上をのぼっていくと立派な『神代けやき』がありました。ケルトや北方民族の話に出てきそうな形。こういう形していたら、歩き出してもおかしくはないと思ってしまう。
山道は単なる山道ではなく、宿坊があったり、神社の近くにはお土産やさんがあったりして、かつて賑わっていた雰囲気を漂わせていました。
東京でありながら、東京とは思えない場所。
そういえば、去年まで毎年、夏に京都お寺めぐりをして、急な坂道を登って観光を楽しんでいたっけ。
この足の疲れ具合と妙な達成感と新発見はそんな感じに似ている。
時間の流れ具合も京都の大原に似ている。
神社で参拝した後に、御岳山駅まで歩いた。
通り過ぎるそこの住人と思われる人が次々に挨拶してくれる。
あたりまえのことだけど、新鮮でうれしい。
こういう当たり前な習慣が失われてしまっている。
そこに住むおばあちゃんがまた声をかけてくれた。
駅まで一緒に歩きながら、この辺のことを説明してくれる。
そのおばあちゃんの一族は慶応年から、御岳山で暮らしているという。
そして、ここに住む人は神主かお店屋さんしかいないらしい。
小、中学校までは、この辺で子供を教育できるけど、高校からは下宿させないと学校に通わせることができなくて、それが大変だったとのこと。
ゆっくりと時の流れる中で子供を育てるので、子供も都会のペースについていくことが大変だったとか、夏でも気温があまりあがらないので、馬鈴薯を育てることが出来て、しかもそれがおいしいとか、いろいろなその場所での生活の話を聞くことができて楽しい時間を過ごすことができた。
そのおばあちゃんはまもなく80歳になるという年だったけど、姿勢もまっすぐ、歩くのも早く、肌の艶も良くてとても80に近いとは思えなかった。
人間が自然と生きていける時間ってこれくらいの時間の流れなのかもしれないと思った。
時間に追われる生活ではなく、時間の流れに任せる生活。
わずか半日の旅行だったけど、気持ちが豊かになったような気がした。