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妄想する美術史。

妄想と現実間のアートの歴史記録

ゴッホは苦手です

2017-02-22 | その他美術
はっきり言って、私はゴッホが苦手です。

美術の勉強し始める前から苦手でした。

ゴッホといえば、精神錯乱して耳を切り落としたという話が有名ですよね?

かなり狂気じみていますよ。

ゴッホの絵を見ているだけで、狂気が移りそうです。

比較的美しいと感じる「星月夜」





青と黄色のコントラストが綺麗で素敵な夜の空〜(心のこもっていない棒読み)

なんだか酔う。

ぐるぐるして酔う。

やっぱり目が回るよ〜。

これゴッホの頭の中ちゃう?

頭の中がこんなんだったら、ゴッホの狂気的な理由がわかるような気がする。

この絵は画家のゴーギャンとの生活がうまくいかなくなって、サン・ミレの精神病院にいた頃に描かれているそうです。

でもそこからはこの景色が見えたわけではないと。

ゴッホの心の中に見えた風景、幼い頃に住んでいたところから見えた風景ではないかとか言われています。

ゴッホとゴーギャンとのトラブルはゴッホの心の奥深くに、そしてゴーギャンの心奥深くにえぐられた傷のように残ったようです。

ゴーギャンは楽園を目指して旅立ってゴーギャンの画風を確立させましたからね。

ゲイジツの話でいうと非常に意味のある仲違いだったのかもしれません。

この仲違いがなければ、お互いに突っ切れなかったのかもしれません。

どちらも切ない物語になっていますが・・・



「夜のカフェテラス」も色彩のコントラストが綺麗です(これは心から少し言っている)

この絵は「やぎ座とけんびきょう座の一部」が描かれているから秋の空だそうです。

テキトーに星を書いているわけではなかったのね。

一応配列気にしていたのね。

でも、やぎ座とけんびきょう座も私にはわからない。

後でこっそり調べて検証してみよう。多分忘れると思うけど。




私の中の数少ないゴッホの高評価作品でした。


えっと・・・ゴッホのなんの絵をメインに語ろうと思っていたんだっけ?


「ゴッホの部屋」とか「ゴッホの椅子」とか「ゴッホの種蒔く人」とか「花咲く梅の木」とか「ジャポネズリーシリーズ」とか

模写された絵と模写した絵について書いていこうかと思いましたが、

ゴッホが模写した作品は広くあるんですよね。

非常に勤勉だったこと真面目だったこと貪欲だったことがわかります。

「ジャパネズリーシリーズ」なんかはどれだけ日本に憧れを抱いているかがわかります。

日本は黄金の国、日本に行けば元気になれる!!

せめて日本的なところに住みたいから、せめて南フランスに住もうって住んじゃうんですよ。

浮世絵のイメージで明るく暖かい国のはずとの思い込み。

日本に来ていたら、がっかりしていたでしょうね。

今の情報化社会でネットで情報を簡単に得られていたら、妄想や勘違いはなかったでしょうね。

っということは名作が生まれなかったわけです。

現代の私たちは情報という海の中に溺れかけています。

その中で新たな芸術や個性を出すのは至難の技です。

すぐにこの辺はあれのコピーに違いないとか疑われて炎上して消滅するか、

炎上商法で成り上がっていくか。

作家や画家やデザイナーになれる人が増えた中、その競争で混沌として溺れていく。


あ!!話がすっかりそれてしまいました。



ゴッホの話でしたね。



ゴッホは日本が好き。

好きと言われた日本人はゴッホが好きになる

心理学でそんな効果がありましたね。




日本人はミレーの「種まく人」が好き。

同じ農耕民族に何かしらの思いがつながったような錯覚を得る。

「岩波書店」のマークにさりげなく小さく使われる。

あまりのさりげない使われ方で無意識の意識に刻み込まれる。

こういった効果の他に「山梨県立美術館」がミレーの「種まく人」や「落ち葉拾い」を買い集めミレーを中心にした所蔵をして「ミレー美術館」とも言われる

結びつきが強くなって、日本人のDNAに新たに刻み込まれる。

そんな日本人が好きなゴッホもミレーの「種まく人」が好きで模写しちゃう。

日本人もゴッホもミレーが好きならやっぱり好きと好きの度合いが上がる。


結局、何が書きたいのかといえば、全くわからなくなってしまいました。

ゴッホについて考えると無限ループに陥るから私はゴッホが苦手。

どうして人々はゴッホの描くあのうねうねをみて気持ち悪くならないのだろうか。

それが私にとってのゴッホの謎だったりします。

私に「喰らう」という言葉を使うと

2017-02-09 | その他美術
私に「○○を喰らえ!!」とか「喰う」という言葉を使うと自動的にもれなくこの絵が添付されます(笑)




お気をつけください。


もうすでに犠牲者は何人か出ています。

この絵はフランシスコ・デ・ゴヤ(1746年3月30日 - 1828年4月16日)の「我が子を食らうサトゥルヌス」という題名の絵です。

これ添付されたらどう思いますか?

「悪趣味!!」と思いますか?

「うぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃああ!!!」と叫びますか?

「こ、怖い絵だ〜」と思いますか?

どれも普通の反応だと思います。

かなり強烈な絵です。

ゴヤの絵画の中で14枚ある「黒い絵」シリーズのうちの一枚です。

ゴヤが77歳の時に描かれたこの絵は、耳が聞こえなくなってから30年たち、友人たちも天に召された時期に描かれていてゴヤも死にかけたことがあって、もう生きていくのも辛くなったのでしょう。

そりゃ辛くなりますよ。そんなことが起こると生きる希望がなくなりますよね。

生きていることとはなんぞやとか

死ぬということとはなんぞやとか

殺すということはどういうことなのかとか

殺されるということとはどういうことなのか

そんなこと延々と考えていたのかもしれません。

気分が塞いで、吐き出した絵がこの絵なのかなと思います。

これも絵画療法???

むしろ出来上がった絵を見て・・・暗くなりそうな・・・。

いやいや、悲しみを通り越して

グロさを通り越して

笑ってしまったかもしれません。

このひんむいた巨人の目!!

怖すぎて笑えませんか?

息子を食っている事実よりも、この目がたまらない!!

そして息子の食い方も最初に頭を食べるあたりが狂気的。

そのあとに腕に行く???そのまんま食べ進めればいいのに。

食べている途中で、息子が最後の攻撃でパンチを食らわしたのか???

いろいろと妄想してしまいます。

私の妄想はいったん横に置いておいて、この絵の説明を境にしておいた方がいいでしょうかね。

ローマ神話に登場するサトゥルヌスが将来、自分の子に殺されるという予言に恐れを抱き5人の子を次々に呑み込んでいったという伝承がモチーフにして描かれています。

自分が殺されるという恐怖から狂気に取り憑かれて食い殺してしまう恐ろしいくらいに迫力があります。

「有史以来の人間が描きえたもっとも怖ろしい絵のひとつ。」っと書いてある本があるほど怖ろしい絵です。

まぁ、最初に見せてしまったのでその迫力でまだ、言葉を発することができない人もいるかもしれませんが、

私はこの絵の実物を20歳の時にスペインのプラド美術館で見てきました。

ゴヤの絵のほとんどプラド美術館にあり、美術館の入り口にはゴヤの像があります。





短大の美術史の授業でゴヤのことは「裸のマハ」と「着衣のマハ」をさらっっとやったくらい。

つまり、こんな絵があるという前情報がなかったわけですよ。

プラド美術館ではないトレドにある美術館のエル・グレコの方が比重多い授業だったのですよ。

研修に行く前の授業でそれくらいしか取り上げられず、私の心はなんとか脱走してピカソの「ゲルニカ」を見に行けないかいろいろと計画を練っていたわけですよ。

そんな美術史の面白さを表面的にしか知らなかった私がナマの「我が子を食らうサトゥルヌス」を見たら、衝撃のあまり立ち尽くして恐怖に震えますよ。

まぁ、同級生は見て見ぬ振りして通り過ぎていましたが・・・。

この衝撃的な出会いネット社会になった今では、素晴らしいパロディが出てくる出てくる出てくる。

世界中で遊ばれ放題!ゴヤ筆「我が子を喰らうサトゥルヌス」パロディ集【怖い絵】


「人は恐怖を通り越すと笑いたくなる!!」

これは友人と話し合って出た結論です。


ちなみにゴヤの「我が子を食らうサトゥルヌス」より200年ほど前にピーテル・パウル・ルーベンス(1577 年6月28日 - 1640年5月30日)も同じ題材で描いています。

それがこちら




怖ろしい題材ですけど、印象に強く残らないですよね。


ルーベンスも有名な画家なんですけど、時代と国が違うとこうも変わるのでしょうか?

時代背景や国民性も大きな影響を与えると思います。

ゴヤは刹那的なスペインの画家らしいといいましょうか。

ゴヤの絵は歴史的に残る絵画が多いですが、決してうまいわけではないです。個性的です。

このレベルの画家はゴロゴロいたと思いますが、注目することや気になる主題が独特でその解釈も独特だったように思います。


そうそう、この絵の重要なことを伝えないと。。。。。


この絵は誰かの手によって加筆されたと言います。

さて、なんのために加筆されたのでしょうか?

どこを加筆されたのでしょうか?






加筆しないと人目に出せないような作品だったんです。

おおよそ、想像はついてきましたか?

もっと男サトゥルヌスの興奮の様子がリアルだったんですよ。




もう、察しはついてきたでしょう。

ちょっと恥ずかしいので小さな文字で思い切って書きます。


「サトゥルヌスの陰茎が勃起していた!!」


もう、笑うしかない!!!

確かに、不自然に黒い部分がある(笑)

ゴヤ無駄に表現の天才だよ!!

オリジナルが恥ずかしいけど見たいですよね〜。

X線調査のデータとか見たいなぁ(笑)

当時はこの絵は公開されていたのかな。

ただ単に描いただけなのかしら?

宮廷画家だったはずだから、これはストレス解消用の自分のための絵だとしたら・・・

描きたい放題ですね。

当時のスペインの公序良俗がどのようなものか調べたことないですが、これを気に調べてみるのも面白そうですね。

そして気になって調べて行くうちにまた脱線して深い堀に入っちゃうんだよな。



「叫び」は叫んでいるのか?

2017-02-06 | その他美術


ムンクといえば、「叫び」が有名ですね。



エドヴァルド・ムンクは北欧のノルウェーの画家です。

ノルウェーの画家で有名なのはムンクぐらいでしょうか?

ノルウェーといえば、フィヨルドがあり寒くて極夜と白夜がある地域です。確か(笑)




フィンランドの自殺率が多いのは夜が長くて寒いからという話を聞いたことがあります。

なので、できるだけ快適に過ごすためにフィンランドでは、家の中のインテリアがオシャレなんですよね。

サウナも有名です。あとは・・・エアギター選手権もやっていたのではなかったでしたっけ?

あとは「かもめ食堂」の舞台もフィンランドで質素にオシャレに描かれていましたよね。



っで、話は元に戻りますが、ノルウェーの代表する画家ムンクのことです。

私が最初にムンクの「叫び」という作品を知ったのは小学校6年生の時です。

新聞の日曜版に美術のコラムがあって、兄がこれ見てみろよと差し出されたのが「叫び」の記事でした。

「面白い絵だろ」と兄が言う通り、小学生の私にとって面白いと感じる絵でした。

人間って狂気を通り越すと滑稽なほど面白くなる。

ムンクはこの絵、「面白いだろう」とか「今世紀最大の笑える絵画だ!!」と思って描いてはいないのです。




真面目なことを少し書いてしまえば、心の苦しみを描くことによって解放させた、典型的で有名な絵画療法を無意識に取り入れた画家とも言われています。

描くことでムンクは生きていけたのです。

幼少時代に失った可愛い妹と母親の悲しみから、ずっとムンクは解放されることなく「生と死」についての哲学を絵に昇華させていたのです。

ムンクの描く絵を見ていると今でいう「重度のうつ病」ではないかとか、「統合失調症」ではないかと言われています。

「アルコール依存症」で入院したことはあるようですが・・・。

確かにあの絵を見てなんらかの精神の病を持っていないはずはないと思うのが普通でしょう。

前述したように北欧では冬になるとうつ病で自殺する人が増えるといいますから、憂鬱になりやすい性格だったのは間違い無いでしょう。

「メランコリー」と言う絵があるくらいですから、メランコリックなのでしょう。↓「メランコリー」




まっ、そんなことは、どうでもいいのです。

有名になったら、あーだこーだ言われるのはしょうがない!!

だから、私も好き勝手にあーだこーだを言ってみる。



でも、その前にひとつお話ししておきたいことがあります。

この絵は「叫んでいる絵」ではなくて、「叫び声を聞こえた気がして耳を塞いでいる絵」なのです。

ムンクの日記にこの絵が描かれたことが書かれています。



私は2人の友人と歩道を歩いていた。太陽は沈みかけていた。突然、空が血の赤色に変わった。私は立ち止まり、酷い疲れを感じて柵に寄り掛かった。それは炎の舌と血とが青黒いフィヨルドと町並みに被さるようであった。友人は歩き続けたが、私はそこに立ち尽くしたまま不安に震え、戦っていた。そして私は、自然を貫く果てしない叫びを聴いた。





フィヨルドがゴゴゴゴゴと割れていくような音。

凄まじい音のような気がしますね。

私も凄まじい音が聞こえてきました(嘘)

夕焼けの風景が血のようだと。

そんな光景を見たら、普通に立ち尽くしちゃいますよね。

これが幻聴や幻覚と考えられて統合失調症説が出ちゃったんですね。

そりゃ出ちゃいますよ。

自分の心の声を描いちゃうんでうもの。

有名になったものだから、有名税がかかって好き放題言われたちゃいますよ。

でも、画家は有名になってなんぼでしょ。

前時代だったら、芸術作品とみなされないで、ゴミ箱行きですよ。

ノルウェーだったから、ヒトラーの怒りを買わなかったのかもしれませんし。。。

退廃的だと言われてもしょうがないですよ。

いい時代に画家になっていたことを感謝しないと(何故か上から目線)



っで、ムンクは1944年に80歳で亡くなります。

意外と長生きしましたね。

後期あたりに大規模な個展を開いてからは、暗い絵は無くなりました。

つまり「ムンク」らしさがなくなってしまったんですよ!!

絵を描くことによって、そしてそれを発表することによって心が癒され満たされたのかもしれませんね。

絵画療法は有効だということを証明してくれました。



ムンクは1944年に亡くなりました。その50年後(当時は50年、2017年現在は70年のパブリックドメイン)、著作権が消滅したのを見計らって

「ムンクさん」人形やキーホルダーが堂々と売られ始めました。

そして、ムンク好きとして有名だった私の誕生日プレゼントにムンク人形(「叫び人形」)をいただきました。

もう、多くの人が商品化したくてうずうずしていた作品ですよ。

パロディしたい作品ですよ。

私もノルウェーに行くときは黒いワンピースを持って夕焼けを背に橋の上ですごい顔で耳を塞ぎたいですもの。

今の時代ならば、そんな観光客たくさんいるでしょうね。

それをやるためにノルウェーにいきたいと友達を誘ったら、すぐに断られました。

なんででしょう???




さて、これを踏まえて(前振り長すぎ)

この「叫び」を見てどう思いますか?

じ、実は・・・・新事実は

恥ずかしがっている絵なのかもしれません。

恥ずかしで頬を隠している。

なんで恥ずかしいのでしょう。

心の声を普通に喋っていたとか。

すかしっぺがすかしっぺではなくて、意外と大きな音を出してしまっていたとか。

一緒に歩いていた友人にすごいことカミングアウトされた後に「ぽっ」っとなったとか。

グロテスクな絵が描きたくなっていたらグロテスクな想像しちゃって面白くてつい、描いちゃったとか。

ここまで有名になったら、好きに妄想しちゃっていいのです。

むしろ妄想しないとムンクと同じ土俵に立てないのです。(立つ必要性があるかないかは置いておいて)

そう思うと、アートって面白いと思いませんか?



さぁ、一緒に楽しい妄想をいたしましょう♩

直島 家プロジェクト

2014-05-20 | その他美術
家プロジェクト内の現代芸術は贅沢な空間でした。

また、この辺りをぶらぶらのんびりしてみたいな。

それにしても、絶好調な雨女ぶり発揮したな。まだ、後半だけでよかったけれども。























I LOVE 直島(直島銭湯)は時間があったら、入りたかったです。

時間がなくて今回は断念。

中はもっと凄いらしいですよ。






















札幌の芸術文化史を知ろう 

2013-09-11 | その他美術
札幌国際芸術祭2014プレイベント 第一弾『札幌の芸術文化史を知ろう』

『札幌のアートリニューアル』ーベルリンの壁崩壊以降の流れ


聴講してきました。

現代アートってわかりにくい。そういった話よくききます。ゲイジツ作品を見て歩くのが好きというと、高尚な趣味と言われます。まったくそんなんじゃないんだけど・・・。


1960年〜1970年代はコンセプチュアルでモノ派の時代でした。ミニマルアートもこのくらいだったと思います。
この横文字意味不明言葉が、難解さを出しているよな(汗)
この時代は引き算の時代というお話。その後は足し算のアートに変わっていったという話は、面白く感じました。

余計なものをそいでいって本質を見つけ出す作業から、不安で本質をいろいろと覆いかぶせていく作業と、とらえたら、世の中どんどん不安になっていっているように感じました。小説にしてもパソコンで簡単にかけてしまう。(簡単ではないけれども)やたらと最近の小説は、形容詞が長い。事細かに説明しすぎている。想像の余地を与えてくれない。書いている側が、自分の書きたい事がちゃんと伝わっているのか不安になって書き足しているように感じる。美術も簡単な映像だけでは不安で、音を入れたり、カメラワークを考えたり、いろいろと足している感じがしているらしい。そう言われると、胸焼けしそうなくらいくどい作品を見る事があるなと改めて思った。

経済とアートの関係性とか政治とアートの関係性の話も面白かった。
アートにお金の話を絡ませるのはスマートではないから、アーティストの生活は謎に包まれていた。有名になれば収入もそれなりに安定するけど、その安定した収入の一部は講師代だったりと非常に泥臭くて面白い。
そういった副収入を得られる人もごくわずか。才能が隠れているアーティストを育てていくためには何をすればいいのか。芸術家に撮っては切実な事だけど、一般人からしてみると不思議な話。弟子入りしたり、展覧会で認められたり、生活をぎりぎりまで切り詰めて生活して、わずかな時間で作品を作っていると錯覚してしまう。今の世の中それでは成り立たないという事。そして便利なツールがあるということ。時代は変わったとはいえ、不思議に感じてしまうのは私だけだろうか。

政治とアートもなかなかシュールな関係。アメリカのアートスクールでアメリカの国旗を踏ませるアートを考えた作品は公安?か何かが入って中止になり、寄付でまかなわれているスクールはその作品により寄付が半額になったとか。そんな負の動きだけではなく、その国旗を欲しいという申し出があり、生活のために高く買ってもらったらしいはなしはアメリカ人らしいと思いました。
そういえば、日本で政治批判するアートって減っている気がするのは、気のせいだろうか。
アートも草食系になったのかな。

かつて、赤瀬川原平氏が千円札を印刷して逮捕されるような事件が起きていないのは、保守的な世の中のせいだろうか?
宮崎駿氏の映画「風立ちぬ」での喫煙シーンでとある団体が抗議すること、そんなササイなコトで・・・表現に規制かけられるのは冗談じゃないと思う。

ネットの普及やいろんな人が意見をかける時代になって生まれた不具合。いろんな人が表現でき、いろんな人が表現を規制するように求める。時代の動きがはやくなって、ややこしくなったような気もする。

パソコンの普及によって「安くて早い芸術」も生まれている。かつてあった、イタリアのアルテ・ポーヴェラ(貧しい芸術)は皮肉が混じってあったけど、そういったものよりはるかに貧しくなっているように思う。消費される芸術は以前から興味深いテーマだったけど、今は興味深いより深刻な気がしている。

話がだいぶそれてしまいましたが、いろいろなキーワードから私が思ったものを、ただ書いてしまいました。
こんな書くとまた、アートは難しいと思われちゃうかな。




飲み過ぎ

2013-05-20 | その他美術
お酒飲んで、
お風呂もシャワーも入る気力がなく、
着替えすらめんどくさく、
ベッドに倒れ込んで寝てしまった朝に
この絵を思い出します。




エドヴァルド・ムンク 『そのあくる日』



私だけではないのだ。
だらしないのは。

ムンクの近くにもいたのだ。

こういう風に寝ると気持ちいいのだけど、疲れがとれない。
わかっているけど、やめられない。
っとスーダラ節を歌うように思わせておいて、歌いません。

そして、今日も飲んではいないけど、そのままベッドに入りそうです。





バルテュス 『部屋』


そして、こんな風に起こされるんだろうな。


ちゃんとムンクの絵のように服は着てますよ。
たぶん。
まだ、暑い季節じゃないですからね。
たぶん、だいじょうぶなはず。


よくある逆さま言葉

2013-03-09 | その他美術
3月9日(土)北海道立近代美術館 講堂
『よくある逆さま言葉ーペーター・フィッシュリ&ダヴィッド・ヴァイスの世界ー』

上映
『事の次第』
『ゆずれない事』
『正しい方法』
特別講演会 都築響一氏『映像、写真、ユーモアーフィッシュリ&ヴァイスを起点として』

『事の次第』
これはピタゴラスイッチの元になったものではないかと言われています。
次から次へときっかけがありそこから展開され、一つの物語を見ているようなハラハラドキドキがありました。
非常に長い仕掛け。しかし、小汚いガラクタを用いて、決してキレイものではなく、かなりシュールです。
バケツとかタイヤとかいろいろなガラクタと化学と力学と火や水を使って緻密に計算されて作られています。
これを見てとっさに思った事は
『レオナルド・ダ・ヴィンチもこれを見たら、対抗意識を燃やすに違いない!!』
ダ・ヴィンチに失礼ですか?
でも、創造性や可能性を追求したくなる、インスピレーション受けまくるような内容でした。


『ゆずれない事』と『正しい方法』
本物のゆるキャラみたいなパンダとネズミの着ぐるみを来て、だらだら撮ったもの。ぐっすり眠れました(笑)
アルテポーヴェラ(貧しい芸術)の一種かも?



特別講演会 都築響一氏『映像、写真、ユーモアーフィッシュリ&ヴァイスを起点として』
最近行く講演会で、講演者が最初に「テーマは先ほど聞き知りました」というもの。
段取りが悪いのか、忙しくてスルーしていたのか。どちらでもいいのですが、力が入ってないゆるい感じがたまらない。
大雪で飛行機が飛ばない事を祈ったとか・・・
ウケル。さすが都築響一氏!!
フィッシュリ&ヴァイスについて早速「語る事はない」と1分以内に終了(爆)
緩い内容でアートかアートでないかの境界線を狙っているようなことを言っていたような(聞き流す私)

それより、彼が面白いと思うものについて語り始めました。

三重県の秘宝館を買い取って第一回横浜トリエンナーレで展示した際の話。
私も横トレに行きましたが、1時間以上待ちの長蛇の列。しかも、カップル多し!!
一人で楽しんでいた私が、1時間以上も待つには根性も勇気もなく断念。
こういうの好きな友達がいれば、うれしかったのに・・・。
だから、見られませんでした orz
北海道秘宝館が廃館になって夜にスマホの電灯で不法侵入した話。何も取られていなかった事に驚いた話。

このおっさん、やっぱり行動的で面白い。

この話で、退場する人数名。

次に日本の風俗文化について語り始めました。
確かきっかけはマネの『草上の朝食』
この作品、発表当時はかなり問題にされた作品です。
何故か?
見ればわかるでしょ。
不自然な裸の女性を取り巻く紳士たち。
これを写真や映像にしたらどんなにおかしなことになるか

そんな話からアダルトビデオ会社ソフト・オン・デマンドの全裸シリーズの話に
「全裸避難訓練」「全裸引越」「空中20メートルセックス」「500人同時セックス」などの映像を流しながら、これはアートですよと!!

この段階でかなりの方が退場(笑)

なんの役に立たないし、おかしいとしか言いようがないと!!

確かに1960年代に草間彌生がニューヨークでやったハプニングパフォーマンスと何が違うのか?
その違いについて、知的にかっこよく語れる人はどれほどいるでしょうか?


その後、ラブホテルの内装についての映像。
あり得ないエンターテイメント空間!!
現在のラブホテルはシンプルでクールな感じが多いのが、残念と。

そこで次ぎに注目したものは、地方の暴走族の装飾したバイクとバイクの音の個性化
いろいろなものを高く積み上げて目立つようにしたのはいいが、速く走れなくなり捕まりやすくなったという落ちも笑える。
この文化もなくなりそうな事を危惧しています。そこで現代美術館で展示をしたそうですが、場所が美術館となった瞬間に一気にアーティスティックなものに。映像を見ましたが、ライティングでおっしゃれ〜に。

やる気のなかった都築氏はだんだん話に興奮してかなり時間オーバー(笑)

おもしろすぎ

美術館に展示するだけで価値が上がる。
その文化がなくなった瞬間に価値が上がる。
今、普通のところにある異様なものは異様としか扱われないが、時代や場所が変われば全く価値が変わる。
考古学の反対に考現学という学問がありますが、今そこにあるものに注目できる人って少ないんですよね。
それが、当たり前だと思っているから。
それを常に面白いものを求めて記録している、都築氏はやはりすごい!!

都築氏のエネルギーとパワーに圧倒され、注目するところに面白くて腹筋がいたくなりました

17年の歳月

2005-07-24 | その他美術

今年の7月1日にモエレ沼公園がグランドオープンしました。
そのせいか、イサム・ノグチの名をよく耳にします。
新日曜美術館でもイサム・ノグチが取り上げられていました。

私にとってイサム・ノグチといえばブラック・スライド・マントラです。
イサム・ノグチの一声で大通8丁目と9丁目の間の道路が封鎖され公園となりました。
そこに道があるものだと思っていたものにとっては、そこが公園になってしまったのは、
少し不便を感じるものであり、違和感を覚えるものでした。
世界的な芸術家と呼ばれるイサム・ノグチってそんなに偉大なのか、
その人の一言で街が変わってしまうってどういうこと?
正直そんな風に思っていました。
しかし、人間は慣れる生き物で、大通り公園を散歩する際に
信号に引っかからないで歩ける快適な場所という認識に変わるまで時間はそうかかりませんでした。

ブラック・スライド・マントラ設置についてのいきさつはこちらに書かれています。


さて、モエレ沼公園の話になりますが、このマスタープランが発表されたとき、なんであんな土地に作るのか疑問でした。
ゴミ埋立地だし、交通に不便だし。
当時の私にとって東区の奥地は未開の地であり、親しめない場所でありました。

そして、マスタープラン発表から数年経ってもいつ完成するかメドがたたず、多くの人に忘れられた存在になっていたと思います。
少なくても私の周りでは、完成されない公共事業と思われていました。
目にすることのない場所だから、そう思ったのでしょう。

そんなモエレ沼公園が再び光を浴びたのは、皮肉にも私が東京にきてからでした。
東京に来る直前にはモエレ沼公園に行こうと思えば行ける場所に住んでいました。
(それでも交通機関等使ったら30~40分かかるけど・・・)ちょっと悔しい。

この公園ができるまで、17年の年月がかかってしまっているけど、
このプランが人々にすんなり受け入れられるのに必要な時間であったようにも思えます。
これが10年前、15年前のオープンだったら、時代的に受け入れられなかったのではないでしょうか。
やっと時代がイサム・ノグチに追いついたのだと思います。

何故、モエレ沼に作ったのかという話などはこちらにかかれています。


因みに、いろいろと調べていてショックだったのが、この記事です。
一人あたり1万3000円の税金がかかっているんだ・・・たしかに、誇りと思わなければやってられい金額だなぁ。


現在、札幌芸術の森イサム・ノグチ展が開催されていますが、秋には東京都現代美術館に巡回するそうです。

リンクいろいろ

2005-06-09 | その他美術

ちょっとネットサーフィンをしていたらこんなものを見つけてしまいました。

日本パウル・クレー協会


日本に協会が作られたほかの芸術家っているんでしょうかね。


日本人が好きなゴッホで検索してみたら、ある意味興味深いものが・・・
ただ、3年前の記事のようですが。

日本惑星協会

他にもミレーやルノワール、シャガールとぐぐってみましたが、面白そうなものは出てきませんでした。

岡本太郎記念館

2005-05-19 | その他美術

『日経おとなのOFF』の6月号を読んで、数年前に行った岡本太郎記念館を思い出しました。
もともと岡本太郎のアトリエだったため、記念館はこじんまりとした作りになっています。
そんなこじんまりした空間にはオブジェがたくさんあり、見ているだけで楽しくなります。

アトリエには制作途中の絵画が置かれています。
晩年まで力強く激しい感情を表現していました。
怒りや不安、悲しみは年を取れば薄らいでいくものだと思っていました。
年をとっても、なお、こういった感情を維持できるのは、芸術家だからなのでしょうか。



実寸大の太郎さん人形にはびっくりです。
そんなに大柄ではないことに少し驚きました。
冷静に考えると大きい人でないことは何となく理解できるのですが、テレビや本での存在感で、もっと大きい人だと思い込んでいたようです。



庭にもところ狭しといろいろなオブジェが置かれています。
私が一番気にいったのは、カネゴン
勝手にそう呼んでいるだけですが、このオブジェは不気味な愛嬌があります。




このふたごちゃんの(またも勝手に命名)の不気味な笑みを浮かべている口元が好きです。



そして、太陽。
太陽の光がセクシーな足に見えるのは私だけでしょうか。
この造形センスはやはり岡本太郎ならではです。



受付の人に写真撮ってもいいですよと最初に言われてびっくりしました。
いつでも、かばんにはいっているカメラがこんなところで役に立つなんて思ってもいませんでした。

二階の展示室で作品を鑑賞しているときに、岡本敏子さんが事務室からいつもの笑顔で出てきたのを見てまた感動。
もう、ここに行っても彼女の笑顔に出会えることがないと思うと寂しいです。