松永和紀blog

科学情報の提供、時々私事

「ヨウ素摂取のため、おにぎりに海苔を巻く」情報の無責任

2011-03-16 14:52:07 | Weblog

 インターネットにさまざまな情報が溢れ、大きな混乱が起きているようだ。

 福島第一原子力発電所の事故による放射線漏れにかんして、「ヨウ素剤が効く。ヨウ素剤がなければ、ヨウ素が入っているうがい薬を飲めばいい。ヨウ素が多く含まれる昆布や海苔を食べるのもいい」などの説が氾濫している。

 ラジオで、チェルノブイリの事故の時に現地支援した医師が、「避難所のおにぎりに海苔を巻いてあげるだけで、子供への放射能被爆被害が軽減される」という趣旨を発言したそうで、生態学関係者のメーリングリストでも「TVに映るおにぎりに海苔が巻かれているか、注目しているところです。もし、避難関係に近い方がこれを読んでおられたら、ぜひ、担当の方にもお伝えしてみてください」という情報が流れている。

 

 とんでもない話だと私は思う。

 

 たしかに、事故で放射性ヨウ素が大量に空中に拡散し体の中に取り込んでしまう恐れがある場合、医師の指示に従ってヨウ素剤を予防的に飲むことに意味はある。放射性ヨウ素は甲状腺に蓄積し甲状腺がんなどのリスクを上げるため、あらかじめ放射線を発しない安定ヨウ素剤を服用し甲状腺に満たしておいて、放射性ヨウ素を取り込む量をできるだけ抑えるのだ。

 だがまず、現在は放射性ヨウ素が大量拡散している、という状況にはないし、そうした事態を招かないように関係者の懸命の努力が続いている。それに、安定ヨウ素剤の効果があるのは放射性ヨウ素に対してのみで、ほかの放射性物質には効かない。さらに、40歳以上については、放射性ヨウ素による甲状腺がん等の発生確率が増加しないため、安定ヨウ素剤を服用する必要はない、逆に言うと40歳以上は安定ヨウ素剤を飲んでも意味はない、とされている。

 ヨウ素剤を服用する場合も、放射性ヨウ素を体に取り込んでしまう直前、または直後に新生児で12.5mg、13歳以上40歳未満で100mgを1回に摂取するとされている。一方、食品中のヨウ素含有量はそれぞれ100gあたり、「あまのり焼きのり」2.1mg、「まこんぶ素干し」240mg、「カットわかめ」8.5mg(食品成分データベースより)。昆布や海苔などを1度に100gも食べるのは不可能であり、消化吸収に時間もかかり効果を期待できない。

 安定ヨウ素剤摂取の意味、食品からの摂取の問題点等については、原子力安全委員会原子力施設等防災専門部会の「原子力災害時における安定ヨウ素剤予防服用の考え方について」でも説明されている。

 

 国や県が万一に備えて安定ヨウ素剤を備えることに意味はある。しかし、おにぎりに海苔を巻いても食べても摂取できる量はごくわずかでしかない。「おにぎりに海苔を巻くだけで、子供への放射能被爆被害が軽減される」という言い方を完全否定はできないが、その効果は限りなくゼロに近い。

 なのに、避難所で懸命に炊き出しをしている人たちが「おにぎりに海苔を巻けない。子どもたちを救えない」などと思ってしまったら、これほど不幸なことはない。海苔を探して回り、貴重なガソリンを消費したり体力を消耗したり、というような事態もあってはならない。

 

 ヨウ素摂取は、過剰摂取を引き起こしやすい元素でもある。実際に、昆布の摂り過ぎによる不調や健康食品、サプリメントによる健康被害も報告されている。現在、ネット上では健康食品販売会社が「放射能を抑えるサプリ」などと宣伝しているが、惑わされるべきではない。

 

 うがい薬については、説明する必要もないだろう。ヨウ素の含有量は少なく、飲んだ場合の安全性など確認されていない。独立行政法人放射線医学総合研究所が「ヨウ素を含む消毒剤などを飲んではいけません -インターネット等に流れている根拠のない情報に注意-」を出している。

 なぜ、多くの人たちが無責任に情報を流してしまうのだろう。「一歩立ち止まってゆっくり考えること、調べること」を肝に銘じたい、と改めて思う。巨大地震と大津波で多くの人たちの命が奪われ、何十万人もの人々が避難生活を余儀なくされている。原子力発電所の事故が、社会を大きく揺るがしている。身を切られるような辛さを感じるが、でも、私は生きている。私にできることを粛々と実行するしかない。