ロックと台湾を愛す…第2章

楽器屋さんが過ごす、音楽と台湾関連を中心とした日々を徒然なるままに

台湾・烏來旅行記(06年5月)

2007-03-29 23:06:45 | 台湾旅行記2006年5月5&2007年1月~10&12回目

  金門島への日帰り旅行計画が、天候不順のため中止になってしまったため、その日は替わりに烏來へ行くことへしました。

2006年5月6日(土)烏來へ

烏來は台北の東南にある小さな温泉郷です。地名の「烏來(ウーライ)」はタイヤル族の「温泉」という言葉に漢字を当てたものだそうです。

まず、MRT(地下鉄)新店駅から、路線バスにのり、終点を目指します。

Pict0067

バスは山道を進んで行き揺られること30分、烏來へ到着。そこはまさに温泉街。河原には無料の露天風呂もあり、大自然の中でレジャーが楽しめます。若者はバーベキュー、お年寄りは温泉につかる、という癒しの空間が広がります。

Pict0045_4 Pict0066_2

まずは白糸の滝を目指し、全長2.5kmのトロッコに乗ります。

Pict0049_2 Pict0065

Pict0046

ほどなく終着駅に到着。そこから、白糸の滝まではすぐ目の前。

烏來瀑布

Pict0050_2 Pict0052





酋長文化村

滝の前には、地元に住むタイヤル族(泰雅族)の集落のひとつ、酋長文化村があり、レストランや民芸品の販売を行っています。レストランで、烏來名物の竹筒飯をはじめ山地の美食を頂きます。

真好呷~(とてもおいしい~)

それにしても、観光地のせいか、原住民もみな日本語が上手。レストランでは、一人寂しく食事をする日本人(私)をみて、しきりに日本語で話しかけてくれます。

Pict0051_1Pict0062

食後、ロープウェイに乗って、さらに山の上を目指します。

Pict0055Pict0061_1

雲仙樂園

Pict0058 Pict0060

山頂にあるちょっとしたテーマパークで、遊園地・宿泊施設等があり、家族連れで賑わっていました。

ここ烏來に住んでいるタイヤル族(泰雅族)は勇猛果敢で、かつては首狩りの風習があったそうです。日本統治時代には、タイヤル族をはじめ原住民は高砂族と呼ばれ、日本軍によって戦地へ送り込まれていました。その戦闘能力の高さは兵士としては世界最強と評されていたそうです。

今回は訪れませんでしたが、烏來にはそんな高砂族の方のための戦没者慰霊碑があるそうです。

金門島に行けなかった替わりにいった烏來ですが、暑い日にも関わらず山の上は涼しく快適な日帰り旅行となりました。

Pict0056_2

コメント

台湾旅行記(07年1月)その8・最終回

2007-03-05 00:01:00 | 台湾旅行記2006年5月5&2007年1月~10&12回目

2007年1月10日(水)

今回の台湾旅行の最終日。昼の便で帰国するので、午前中はホテルの周りを散策。今回は贅沢に圓山大飯店に泊まりました。

圓山大飯店

Pict0155  Pict0153_1

もともとは日本統治時代の台湾神社跡に、宋美齢をオーナーとして迎賓館として建てられたホテルです。赤を基調とした建築で、これぞ中華という雰囲気です。

繁華街から離れており、交通には不便ですが、市内を一望できる丘に立地し、眺めは最高です。(↓川にかかっているのは、大直橋)

Pict0152_1 Pict0151

ベランダが広くていいのですが、隣の部屋との境があまりなく、セキュリティが少し不安でした。。

室内は、歴史があるだけあり、さほど綺麗ではありませんでしたが、天井が高く、やはり少しリッチな気分を味わえます。

Pict0159 Pict0160

最後に、自分へのお土産。台湾ポップスのCDを購入(↑)。日本で買うと割高なので、台湾に行った時にまとめ買いします。今回購入したのは…

蔡依林「唯舞獨尊」
蔡依林「JOLIN最愛」
孫燕姿「MY STORY」
梁詠琪「給自己的情歌」
COCO 「要定你」

特に梁詠琪(ジジ・リョン)は良い作品だと思います。ジジの声にはほんと癒されます。

.

キャセイパシフィックCX451便 12:45(台北・桃園)-16:45(東京・成田)にて帰国。出国ターミナルはいつも物悲しいのです。あーっ、、もう帰っちゃうのね…「またすぐ来ます」と心の中でつぶやきます。。

Image041

今回は、両親と一緒のためスタンダードな行程でしたが、行く場所はどこであれ「台湾にいる」という事実だけでワクワクします。ほんと台湾が好きなんです。

次回はどこへ行こうか、帰国後すぐにまた、台湾ガイドブックを広げるのでした。(完)

コメント

台湾旅行記(07年1月)その7

2007-03-04 00:33:09 | 台湾旅行記2006年5月5&2007年1月~10&12回目

間が空きましたが旅行記の続きです。

2007年1月9日(火)③

忠烈祠⇒故宮博物院と続いた台湾3日目、午後は二二八紀念館を訪れ、台湾の歴史に触れました。

その後はMRT(地下鉄)に乗って「淡水」へ。

Pict0073_1

昨年8月ぶりの台北ですが、台北駅のMRTホームには、写真のような自動扉が付いてました。

淡水

MRTに揺られること約40分、目的地「淡水」に到着。淡水河沿いにある街で、水辺に見る夕焼けはとても有名です。この日も夕暮れ時に合わせて行きました。

Pict0143_1

街並み(老街)も風情があり、ゆったりとした時間が流れる中散策を楽しみます。

Pict0142 Pict0145

淡水名物の「鐵蛋」((煮卵)を購入。日本にこの味が持ち帰られなんて幸せです。

Pict0161

ここ淡水はMRTの駅も凝っていて、中華風の雰囲気のある建物になっています。(↓)

Pict0148

対岸の八里にはまだ行ったことが無いので、次回は淡水河のクルーズも兼ねて行ってみたいです。

交通の便も良く、台北から日帰りで行ける淡水。夕暮れ時はおすすめです!

コメント

台湾旅行記(07年1月)番外・故宮博物院について

2007-02-02 00:31:04 | 台湾旅行記2006年5月5&2007年1月~10&12回目

Pict0205 故宮博物院ですが、何でも創立80周年を迎えたそうです。帰国後、「芸術新潮」という雑誌で、その80周年の特集をやっていたので思わず購入。作品の解説がたくさん掲載されていますが、芸術に疎い自分にはイマイチ、チンプンカンプン状態。。

しかし、その中で宝物の大移動の歴史が紹介されていて、これにはちょっと興味をひかれました。中国北京にも「故宮博物院」がありますが、なぜ台湾にもあるのか?その変遷をたどります。

北京・紫禁城内に収められていた、中国歴代皇帝の宝物をリストアップし、博物館として展示されたのが、1925年。故宮博物院の誕生です。ちなみに故宮とは、「元の宮殿」という意味。

しかし、中国国内は激動の時代。1931年に日本が満州事変を起こし、日中対戦への道をたどることになります。その間、戦火を免れるために、1933年、故宮の文物は疎開をすることになりました。この大事業は14年にわたり、行程は1万キロにも及ぶそうです。

文物は北京⇒上海⇒南京と移動し、終戦後は重慶に集合。しかし、戦後は、日中戦争で日本に勝利した蒋介石率いる国民党と、毛沢東率いる共産党との内戦時代。

情勢は共産党有利に傾き、1947年、国民党は、故宮の文物のうち優品を台湾に移送することを決定。

その後、国民党は南京を首都として交戦を続けるが、1949年、国民党の完敗が決定し、台北を臨時首都として台湾へ敗残兵とともに逃げ込むのでした。

この時、国民党と共に大陸から台湾へ脱出した文物は13,471箱のうち精鋭の3,491箱、全体のわずか20%ばかり。残りの80%は、現存する、中国北京の故宮博物院にあります。

台湾に移動された20%の文物は、国民党とともに、「いつか中国大陸に帰れる」と信じて仮の保管をされていましたが、大陸への復帰不能が色濃くなってきた、1965年に、台湾の故宮博物院が設立され保管されることになり現在にいたります。

こうして、二つの「故宮博物院」が誕生したのです。台湾に移動した文物は選りすぐりの20%。真の宝物は台湾にあり、というのは、北京でも知られていること。

歴史の波に翻弄され、離ればなれになってしまった故宮の文物たち。もう一度、同じ場所に集結することは難しそうですが、台湾・中国で共同展示など開催されれば、両国にとっても良い事かもしれません。

.

気づいたら、すごく、硬い内容になってしまいました。。

*以上の歴史はいろんな所から集めて、くっつけたので、もしかしたら正しくないところもありかもです。

コメント   トラックバック (1)

台湾旅行記(07年1月)その5

2007-02-01 00:52:18 | 台湾旅行記2006年5月5&2007年1月~10&12回目

2007年1月9日(火)②

故宮博物院

Pict0072_1

Pict0070_1

フランスのルーブル、アメリカのメトロポリタン、ロシアのエルミタージュとともに世界4大博物館に数えられる、台湾の代名詞的スポット。歴代中国皇帝の宝物コレクションのうち、約6,000点あまりが展示されています。

2004年からの改修工事もほぼ終了し、訪れた時は、綺麗になってリニューアルオープンというタイミングでした。

ゲートにある「天下為公」は「天下は公のため」という意味で、中華民国建国の父・孫文の名文句。ちなみに、書も孫文によるもの。

正直な所、芸術方面には疎いのですが、有名な「翠玉白菜」や「肉形石」はいくら見ていても飽きません。

宝物の写真撮影はもちろん禁止されているので、詳しくは、公式HPまで。

コメント

台湾旅行記(07年1月)その4

2007-01-28 22:53:28 | 台湾旅行記2006年5月5&2007年1月~10&12回目

2007年1月9日(火)①

台湾3日目はまず、忠烈祠へ。

忠烈祠

Pict0061

Pict0060_1

抗日戦争などで戦死した国民党政府の将兵の霊が祀ってある場所です。軍の管制下におかれており、本殿に入るには、帽子を取るなど厳かな雰囲気に包まれています。

Pict0064 Pict0066_1

中正紀念堂と同様、一時間に一度、衛兵の交代式があります。しかし、その規模はこちらの方が大きく、中正紀念堂では5人の衛兵に対して、ここ忠烈祠では、9人の衛兵。

おすすめは、朝イチで、朝9時の開門時。まだ誰もいない敷地内に、衛兵と共に入って行く雰囲気は新鮮です。

                    (「台湾旅行記その5」へ続く)

コメント

台湾旅行記(07年1月)その3

2007-01-21 21:36:19 | 台湾旅行記2006年5月5&2007年1月~10&12回目

2007年1月8日(月)③

臺北市政府

Pict0024_2 Pict0029_1

台北市役所。日本で言えば、都庁のようなものですね。101から歩いて國父紀念館に行く途中で撮影しました。

それにしてもこの、信義区、初めて訪れた時は、ワーナービレッジくらいしかなかったのに、今や最新スポットという感じ。

15分くらい歩いて、ようやく101の全景が見えます。

國父紀念館

Pict0028_1








中華民国建国の父・孫文の生誕100周年を記念して建てれた記念館。

Pict0033_1

1階ホールには孫文先生の銅像が鎮座。その他、孫文先生が台湾を訪れた時の様子や、大陸での活躍など展示されています。

ここの係員の方々、なぜか非常に親切で、展示資料の説明を熱心にして下さいました。

Pict0039_2

.

内部の資料を見学していたら、突然、同じく見学にきていた歐吉桑(おじさん)が、鷹の絵を描いたから見てくれとしきりに声をかけてきました。

「上手だよ、100点満点あげる」と言ったら、機嫌を良くして「是非、写真を撮ってくれ」と。

というわけで記念に一枚。

.

.龍山寺   

Pict0045_3

龍山寺は、1738年に建立され、270年の歴史がある、台北で一番古いお寺。本尊は「観世音菩薩」、その他合計19の神様が鎮座。

台湾の人はとにかく信仰が深い。みなさん熱心にお祈りを捧げています。

龍山寺で特に人気なのは、良縁の神「月下老人」、安産の神「註生娘娘」など。「月下老人」の前には、赤い糸が置かれており、持っているとパートナーと出会えるとのこと。

士林夜市

Pict0050_1

夕飯は「鼎泰豐」。「ニューヨークタイムズ」で世界10大レストランに挙げられるほどの有名店。ここの小籠包は絶品。他、蝦仁蛋飯(えびチャーハン)、元盅雞湯(鳥肉スープ)もおすすめ。

夕飯後は士林夜市散策。台北で最も規模の大きな夜市。以前、土曜日に行ったときはものすごい人だかりで歩けませんでしたが、今回は平日だったので、比較的空いてました。

散策後、ホテルに戻り、翌日に備え早めに就寝。

(「台湾旅行記その4」へ続く)

コメント

台湾旅行記(07年1月)その2

2007-01-16 14:36:38 | 台湾旅行記2006年5月5&2007年1月~10&12回目

2007年1月8日(月)②

中正紀念堂

Pict0012  Pict0011

台湾旅行のパンフレットに絶対載っているような有名建築物。どんなツアーでも必ず立ち寄ります。

中華民国総統・故蔣介石総統を記念して建てられた、高さ70mあるモニュメント。外の階段は、89歳で死去した蔣介石の年齢と同数の89段。

Pict0015 Pict0014

内部には蔣介石像が置かれ、衛兵が警備に当たります。その衛兵は1時間ごとに交代式が行われ、見事な銃剣さばきを披露します。

前回訪問までは、交代をする衛兵は、エレベーターに乗ってホール内に現れたのですが、現在、エレベータースペースが工事されており、衛兵は正面の外階段から現れました。

.

終戦以降、中国大陸では、蔣介石率いる国民党軍と、毛沢東率いる共産党軍が激しい内戦を繰り広げていました。

内戦の結果、国民党軍は共産党軍に破れ、1949年12月、中華民国の首都を臨時に台北に移し、遷都という形で200万人にも上る人々とともに台湾へ逃れました。

蔣介石率いる国民党は、以後、中国大陸の支配の正統性を掲げ、将来の「大陸反攻」を目指しました。

ここ中正紀念堂の.蔣介石像は、そんな「大陸反攻」を表してか、不敵な笑みを浮かべ、西の方角(大陸の方角)を見つめています。

.

Pict0017_1

中正紀念堂の周りは中正公園として整備されており、冬にもかかわらず、綺麗な花が咲いています。

台北101

Pict0023 Pict0022

.

昼食は、101地下にある台北一広いフードコートへ。フードコートはいろんなお店で好きなものが注文できるので、よく利用します。

ちなみにこの日は、魯肉飯定食。魯肉飯(肉そぼろかけご飯)は台湾に行ったら絶対食べます。日本の中華料理屋でもたまに見かけますが、やはり本場が一番!!

Pict0021_1 Pict0025

それにしても、「101」めちゃくちゃ高い。それもそのはず、高さ508mで、目下世界一高いビルなのです。2005年にオープンしたばかりで、89階に展望台があり台北市内が一望できます。

全景をカメラに収めるには、相当離れた場所からでないと、入りません。

一望といえば、台北駅前には新光摩天大樓の展望台があり、こちらは46階の展望台。

しかし、最近閉鎖になった模様。台北駅とか、総統府・中正紀念堂が足元に見えて好きだったのにな…

                   (「台湾旅行記その3」へ続く)

コメント

台湾旅行記(07年1月)

2007-01-14 21:36:08 | 台湾旅行記2006年5月5&2007年1月~10&12回目

年明け早々、有給を使い、早速、台湾へ旅行に行きました!!(12回目)

今回はいつもの、気ままな一人旅ではなく、両親を連れて行き、自分が旅行ガイドするというものでした。

故に訪れた場所は、スタンダードな観光スポット。行程は以下の通りです。

・1月7日(日)キャセイパシフィックCX450便 15:40(東京・成田)-18:35(台北・桃園)

・1月8日(月)中山堂~総統府~中正紀念堂~台北101~市政府~國父紀念館~龍山寺~士林夜市

・1月9日(火)忠烈祠~故宮博物院~二二八和平公園~淡水

・1月10日(水)キャセイパシフィックCX451便 12:45(台北・桃園)-16:45(東京・成田)

2007年1月8日(月) 

初日は移動のみで、二日目より観光開始。

中山堂

Pict0002_3 Pict0004

周知のことですが、日本は台湾を1895年~1945年の50年間、植民地として統治していました。

ここ中山堂は、旧台北公会堂で、1945年10月25日、日本の敗戦による台湾地区の降伏式典が行われた場所。日本はこの時、公式に50年に渡る台湾の植民地政策を放棄し、その管理が中華民国に委ねられました。

中山堂の正面には「抗日戰爭勝利及臺灣光復紀念碑」(抗日戦争勝利及び祖国復帰記念碑)があります。

戦後の中華民国・国民党の統治はここから始まったのです。

総統府

Pict0008

日本統治時代は総督府として、中華民国統治以降は総統府として、政治の中心に位置する建物。建物自体は、日本統治時代、1919年に建てられたもの。

かつては、一般人は内部へ入ることができなかったが、現在の陳水扁総統の2001年から、平日の午前に参観が可能となりました。

参観には身分証(パスポート)の提示が必要ですが、ボランティアの方が日本語でガイドしてくれます。内部には、日本統治時代及び、戦後の台湾の歴史に関する資料が展示されています。

                       (「台湾旅行記その2」へ続く…)

コメント (2)

台北Walker(仕事はじめ②)

2007-01-12 00:05:02 | 台湾旅行記2006年5月5&2007年1月~10&12回目

正月早々、旅行三昧でしたので、実質今日がほんとの仕事はじめです。

かなりダラダラ。。

ほぼ、2週間ぶりの仕事で全然ダメでした。

自分がサラリーマンだということを忘れかけてました。

明日からまた頑張ります。。。

ところで、今回の台湾旅行で見かけた「台北ウォーカー」に、別冊付録で、台湾新幹線「高鐵」の特集が出ており、思わず購入。

切符の購入方法、時刻表、各停車駅の観光スポットなどが掲載されています。

今回の旅では、結局、満席のため乗ることはできませんでした。やはり開業したばかりということもあり、すごい人気のようです。

この特集を見て、次回訪問の際のイメージトレーニングをしておきたいと思います。Pict0165_1

Pict0167_1

コメント   トラックバック (1)