「通常学級(普通学級)」か「特別支援学級」か。
これは、比較的軽度の障害を持ったお子さんを持つ、保護者の方の共通の悩みといってよいであろう。
我が子にとって、「通常学級」と「特別支援学級」のどちらに在籍させるのがより望ましいのか…。
特に、小学校の就学時には、その判断が迫られる。「就学指導委員会」という自治体が設置している委員会の各種諸検査の結果、「特別支援学級が望ましい」という判定が出たときに、多くの保護者の方が、程度の差はあれ悩まれた経験があるのではないかと思う。
お子さんを小学校就学させるとき、「通常学級」でいくか「特別支援学級」でいくかは、保護者にとっては重い決断になることは想像に難くない。
この決断をするときには、いろんな情報が必要であろう。そこで、私のような教師の意見も判断の際の参考になるのではないかという思いから、これまで過去3回に渡って、このBlogで議論してきた。
結論をいうと、子ども個々の障害のレベルが違うのであるから、「通常学級」がいいのか「特別支援学級」がいいのかは、一概にはいえないということ。であるから、たとえ就学指導委員会で「特別支援学級に適している」という結果がだされたとしても、保護者が、お子さんの障害のレベルを客観的に把握して、「通常学級」でもいけると判断したのであれば、その判断を信じてお子さんを「通常学級」に通わせればいいと思っている。
ただ、個人的には、肢体不自由や弱視、難聴の子どもについては、障害の程度によるものの総論として「通常学級」に通った方がいいと思うし、知的、言語、情緒、病弱の子どもについては、やはり障害の程度によるが、総論として「特別支援学級」に通った方がいいとは思っている。とはいっても、繰り返しになるが、これらは障害の程度によって判断するべきものであるから、どちらに在籍にさせるのがふさわしいかは、子ども個々によって違うということである。
この議論で、私が出している論点は「リスク」である。
当事者である障害を持った子どもにとって、「通常学級」で生活するには、少なからずリスクが伴っているということは間違いがない。保護者からすれば、そうしたリスクを無くするのがインクルージョンの理念であるから、障害のある我が子だけにリスクが伴うのは不平等である、と主張することもできよう。それは、学校現場としても同様である。学校現場も、理念は理念として正しいと思っている。障害のある子どもも「通常学級」で生活するのが望ましいとは思っている。
しかし、現在のわが国の学校教育では、そうした理念が浸透していることは違いないのであるが、現実として、どうしても障害のある子どもにとって、通常学級で生活するのは「リスク」が高いことが避けられないというのが現状なのである。
つまり、今後、より障害児にとって「リスク」が軽減される方向に向かうことはあるだろうが、現在「リスク」が存在していることは事実なのだ。
では、どういうことが障害を持った子どもに「リスク」となるのか。例えば、私のいう「リスク」とは、こういうことである。
知的な遅れの伴う障害児にとって、「通常学級」で在籍することのリスクの大きなものは国語や算数の授業である。小学校入学してすぐに、こうした授業でつまずく。国語の書き取りや算数の計算ができない。授業についていけない。ここですでに、2次障害を生むリスクがある。小学校1年生では、なんとかついていけたとしても、学年が上がるにつれて学習も難しくなっていくから、「リスク」が軽減することはない。
逆に、音楽や美術といった授業であれば、国語や算数ほど授業についていけないということもないだろうから、「通常学級」でもOKという場合が多い。
知的な遅れがなくても、高機能自閉症児やADHDといった情緒に障害のある子どもについても「通常学級」では「リスク」が伴う。集団での学習に不適応を起しやすいのである。その結果、学習があまり伸びず、結果、劣等意識を持ちやすくなるという2次障害を持ってしまうことがある。
一方、「特別支援学級」は、個々の子どものニーズに沿った教育をするというのが前提であるので、個に応じた指導が期待できる。学習では、個の障害特性に応じた教育計画を立て、個別指導が前提となっている。当然、「通常学級」とは学習の進み具合は、その子どもの障害の程度によって変わることになるから、学習についていけないことで生じる2次障害の出現の「リスク」が低い。
ただし、教室では同年齢による集団生活を送ることが難しくなるので、集団でのかかわり合いによる成長を望むのは、ほとんど無理である。ただし、「通常学級」での集団生活を送ることで劣等意識が生じ、それに伴って起こる2次障害の出現は、「特別支援学級」に在籍しているぶんには低い。
これらのほかにも、障害を持った子どもが「通常学級」に在籍するには、多くの「リスク」が伴うのであるが、それでもなお「通常学級」に通わせたいと思われる保護者の方も多いことだろう。
そこで、私は、そういう保護者の方には、次のことを提案したい。
それは、子どもの「リスク」を保護者が分担するという発想である。
先ほどの学習での「リスク」でいえば、子どものつまずきを把握して、家庭で一緒に学習をする。読み取りの苦手な子どもには、教科書を拡大して、書き直したプリントをつくる。あるいは、一緒に学校に行って、子どもの横に座って、個別対応してもよい。このように、子どもの「リスク」を保護者が分担するのである。ただし、こうした対応は、仕事を持っていなくて育児に時間的な余裕のある保護者ではないと難しいこととは思うので、現実的ではないかもしれない。しかし、子どもの「通常学級」に在籍する「リスク」を保護者が分担をするという発想は、子どもにとってその有用性が大きいことを認識して欲しい。
繰り返しになるが、障害をもった子どもが「リスク」を伴うというは不平等である、という主張は正しい。しかし、理念としては正しいが、実際はそうなっていないことから、現実的な対応としての提案である、ということについて誤解しないで欲しいと思う。
なお、私が、子どもの「リスク」軽減にとって、保護者の対応でもっとも効果があるのが、「子どもの障害特性を関係する人に語ること」だと思っている。この実践例は、多くの保護者によって紹介されているが(例えば高橋和子『高機能自閉症児を育てる』小学館新書、2010年など)、これは学校現場では特に有効だと思っている。
まずは、学級担任に丁寧に説明をして理解を求める。それから、保護者懇談会などを通じて、他の保護者に説明をして理解してもらうのである。できるのであれば、学級の子どもの前で、説明ができたらいちばんいい。けれど、これは保護者にとってはなかなか勇気がいることだろうとは思う。ほとんどの場合は、学級の子ども達への理解は担任を通して説明しているというのが現状であろう。しかし、私は、保護者が教室に出向いて、子ども達の前で我が子の障害特性について語ることのできた事例をいくつか知っている。ここまで保護者ができれば、子どもの「通常学級」で生活することの「リスク」は、かなり軽減できる。
最後に、知的な遅れや情緒面で障害のある子どもにとって、「通常学級」か「特別支援学級」かの判断として、現時点で、私がもっとも適切であると考える提案をしたい。
ただし、これも繰り返しになるが、個々の障害のレベルによって一概にはいえないので、総論としてとらえて欲しい。
それは、小学校の入学時で迷っていて、保護者が子どもの「リスク」を分担する用意もあるのであれば、とりあえず「通常学級」在籍ということにして、子どもの成長を見守るという提案である。
少なくとも、就学指導委員会で「特別支援学級に適している」という判定がなされたのであれば、その時点で、間違いなく何らかの障害を持っているのであるから、「通常学級」に在籍させるのであれば、「リスク」を伴うことは避けられないという認識を保護者は持つべきである。であるから、子どもが成長にするにつれて、「通常学級」で生活するのはシンドクなっていくであろうことも、あらかじめ想定しておいた方がよい。そのうえで、子どもの成長に応じて、どこかの時点で「特別支援学級」に移るというのが、子どもにとっては、2次障害が低い状況で学校生活を送れるのではないかと思っている。
「特別支援学級」に在籍となっても、近年は、「通常学級」に通級という形をとる。個別の支援が必要な国語や算数といった教科は「特別支援学級」で、そうではない音楽や体育や学級活動や給食や当番活動や学校行事は「通常学級」で、というパターンをとる。そして、障害の程度に応じて、比較的軽いのであれば「通常学級」で生活する時間を多くして、比較的障害が重いのであれば「特別支援学級」での時間を多くする。すべては、個々のニーズによって決めていくということである。
なお、少ない事例ではあるが、保護者が子どもを「特別支援学級」に在籍させたいのだけれど、就学指導委員会でNOの判定をするという事例も存在している。
この場合は、残念ながら保護者の願い通りにはならず、子どもは「通常学級」となる。この判定の背景には、子どもの障害程度のほかにも、行政の事情もあったりもするので、論点がずれる。けれど、こうした場合については、就学指導委員会や学校との関係を良好に保ちながら、子どもの成長に応じて、適宜、医療機関などで発達検査をすることで判定に持ち込むというのが現実的な対応といえる。
最後に。
保護者が最終的に「通常学級」に在籍するという判断をするにしても、何らかの障害をもったお子さんについては、学校の特別支援学級の教師とコンタクトをとるようにし、できれば「個別の指導計画」を作ってもらうのが望ましいだろう。また、「就学指導委員会」との関係を良好に保ち、医療と福祉のサービスについて情報を提供してもらうとよい。それから、これもまた保護者の判断によるのであるが、知的や情緒に障害のあるお子さんについて、私としては、小学校のうちから医療機関で検査を受けておき、早い段階で自治体に「療育手帳」の申請をするのが、子どもの将来を考えれば望ましいのではないかと思っている。
これは、比較的軽度の障害を持ったお子さんを持つ、保護者の方の共通の悩みといってよいであろう。
我が子にとって、「通常学級」と「特別支援学級」のどちらに在籍させるのがより望ましいのか…。
特に、小学校の就学時には、その判断が迫られる。「就学指導委員会」という自治体が設置している委員会の各種諸検査の結果、「特別支援学級が望ましい」という判定が出たときに、多くの保護者の方が、程度の差はあれ悩まれた経験があるのではないかと思う。
お子さんを小学校就学させるとき、「通常学級」でいくか「特別支援学級」でいくかは、保護者にとっては重い決断になることは想像に難くない。
この決断をするときには、いろんな情報が必要であろう。そこで、私のような教師の意見も判断の際の参考になるのではないかという思いから、これまで過去3回に渡って、このBlogで議論してきた。
結論をいうと、子ども個々の障害のレベルが違うのであるから、「通常学級」がいいのか「特別支援学級」がいいのかは、一概にはいえないということ。であるから、たとえ就学指導委員会で「特別支援学級に適している」という結果がだされたとしても、保護者が、お子さんの障害のレベルを客観的に把握して、「通常学級」でもいけると判断したのであれば、その判断を信じてお子さんを「通常学級」に通わせればいいと思っている。
ただ、個人的には、肢体不自由や弱視、難聴の子どもについては、障害の程度によるものの総論として「通常学級」に通った方がいいと思うし、知的、言語、情緒、病弱の子どもについては、やはり障害の程度によるが、総論として「特別支援学級」に通った方がいいとは思っている。とはいっても、繰り返しになるが、これらは障害の程度によって判断するべきものであるから、どちらに在籍にさせるのがふさわしいかは、子ども個々によって違うということである。
この議論で、私が出している論点は「リスク」である。
当事者である障害を持った子どもにとって、「通常学級」で生活するには、少なからずリスクが伴っているということは間違いがない。保護者からすれば、そうしたリスクを無くするのがインクルージョンの理念であるから、障害のある我が子だけにリスクが伴うのは不平等である、と主張することもできよう。それは、学校現場としても同様である。学校現場も、理念は理念として正しいと思っている。障害のある子どもも「通常学級」で生活するのが望ましいとは思っている。
しかし、現在のわが国の学校教育では、そうした理念が浸透していることは違いないのであるが、現実として、どうしても障害のある子どもにとって、通常学級で生活するのは「リスク」が高いことが避けられないというのが現状なのである。
つまり、今後、より障害児にとって「リスク」が軽減される方向に向かうことはあるだろうが、現在「リスク」が存在していることは事実なのだ。
では、どういうことが障害を持った子どもに「リスク」となるのか。例えば、私のいう「リスク」とは、こういうことである。
知的な遅れの伴う障害児にとって、「通常学級」で在籍することのリスクの大きなものは国語や算数の授業である。小学校入学してすぐに、こうした授業でつまずく。国語の書き取りや算数の計算ができない。授業についていけない。ここですでに、2次障害を生むリスクがある。小学校1年生では、なんとかついていけたとしても、学年が上がるにつれて学習も難しくなっていくから、「リスク」が軽減することはない。
逆に、音楽や美術といった授業であれば、国語や算数ほど授業についていけないということもないだろうから、「通常学級」でもOKという場合が多い。
知的な遅れがなくても、高機能自閉症児やADHDといった情緒に障害のある子どもについても「通常学級」では「リスク」が伴う。集団での学習に不適応を起しやすいのである。その結果、学習があまり伸びず、結果、劣等意識を持ちやすくなるという2次障害を持ってしまうことがある。
一方、「特別支援学級」は、個々の子どものニーズに沿った教育をするというのが前提であるので、個に応じた指導が期待できる。学習では、個の障害特性に応じた教育計画を立て、個別指導が前提となっている。当然、「通常学級」とは学習の進み具合は、その子どもの障害の程度によって変わることになるから、学習についていけないことで生じる2次障害の出現の「リスク」が低い。
ただし、教室では同年齢による集団生活を送ることが難しくなるので、集団でのかかわり合いによる成長を望むのは、ほとんど無理である。ただし、「通常学級」での集団生活を送ることで劣等意識が生じ、それに伴って起こる2次障害の出現は、「特別支援学級」に在籍しているぶんには低い。
これらのほかにも、障害を持った子どもが「通常学級」に在籍するには、多くの「リスク」が伴うのであるが、それでもなお「通常学級」に通わせたいと思われる保護者の方も多いことだろう。
そこで、私は、そういう保護者の方には、次のことを提案したい。
それは、子どもの「リスク」を保護者が分担するという発想である。
先ほどの学習での「リスク」でいえば、子どものつまずきを把握して、家庭で一緒に学習をする。読み取りの苦手な子どもには、教科書を拡大して、書き直したプリントをつくる。あるいは、一緒に学校に行って、子どもの横に座って、個別対応してもよい。このように、子どもの「リスク」を保護者が分担するのである。ただし、こうした対応は、仕事を持っていなくて育児に時間的な余裕のある保護者ではないと難しいこととは思うので、現実的ではないかもしれない。しかし、子どもの「通常学級」に在籍する「リスク」を保護者が分担をするという発想は、子どもにとってその有用性が大きいことを認識して欲しい。
繰り返しになるが、障害をもった子どもが「リスク」を伴うというは不平等である、という主張は正しい。しかし、理念としては正しいが、実際はそうなっていないことから、現実的な対応としての提案である、ということについて誤解しないで欲しいと思う。
なお、私が、子どもの「リスク」軽減にとって、保護者の対応でもっとも効果があるのが、「子どもの障害特性を関係する人に語ること」だと思っている。この実践例は、多くの保護者によって紹介されているが(例えば高橋和子『高機能自閉症児を育てる』小学館新書、2010年など)、これは学校現場では特に有効だと思っている。
まずは、学級担任に丁寧に説明をして理解を求める。それから、保護者懇談会などを通じて、他の保護者に説明をして理解してもらうのである。できるのであれば、学級の子どもの前で、説明ができたらいちばんいい。けれど、これは保護者にとってはなかなか勇気がいることだろうとは思う。ほとんどの場合は、学級の子ども達への理解は担任を通して説明しているというのが現状であろう。しかし、私は、保護者が教室に出向いて、子ども達の前で我が子の障害特性について語ることのできた事例をいくつか知っている。ここまで保護者ができれば、子どもの「通常学級」で生活することの「リスク」は、かなり軽減できる。
最後に、知的な遅れや情緒面で障害のある子どもにとって、「通常学級」か「特別支援学級」かの判断として、現時点で、私がもっとも適切であると考える提案をしたい。
ただし、これも繰り返しになるが、個々の障害のレベルによって一概にはいえないので、総論としてとらえて欲しい。
それは、小学校の入学時で迷っていて、保護者が子どもの「リスク」を分担する用意もあるのであれば、とりあえず「通常学級」在籍ということにして、子どもの成長を見守るという提案である。
少なくとも、就学指導委員会で「特別支援学級に適している」という判定がなされたのであれば、その時点で、間違いなく何らかの障害を持っているのであるから、「通常学級」に在籍させるのであれば、「リスク」を伴うことは避けられないという認識を保護者は持つべきである。であるから、子どもが成長にするにつれて、「通常学級」で生活するのはシンドクなっていくであろうことも、あらかじめ想定しておいた方がよい。そのうえで、子どもの成長に応じて、どこかの時点で「特別支援学級」に移るというのが、子どもにとっては、2次障害が低い状況で学校生活を送れるのではないかと思っている。
「特別支援学級」に在籍となっても、近年は、「通常学級」に通級という形をとる。個別の支援が必要な国語や算数といった教科は「特別支援学級」で、そうではない音楽や体育や学級活動や給食や当番活動や学校行事は「通常学級」で、というパターンをとる。そして、障害の程度に応じて、比較的軽いのであれば「通常学級」で生活する時間を多くして、比較的障害が重いのであれば「特別支援学級」での時間を多くする。すべては、個々のニーズによって決めていくということである。
なお、少ない事例ではあるが、保護者が子どもを「特別支援学級」に在籍させたいのだけれど、就学指導委員会でNOの判定をするという事例も存在している。
この場合は、残念ながら保護者の願い通りにはならず、子どもは「通常学級」となる。この判定の背景には、子どもの障害程度のほかにも、行政の事情もあったりもするので、論点がずれる。けれど、こうした場合については、就学指導委員会や学校との関係を良好に保ちながら、子どもの成長に応じて、適宜、医療機関などで発達検査をすることで判定に持ち込むというのが現実的な対応といえる。
最後に。
保護者が最終的に「通常学級」に在籍するという判断をするにしても、何らかの障害をもったお子さんについては、学校の特別支援学級の教師とコンタクトをとるようにし、できれば「個別の指導計画」を作ってもらうのが望ましいだろう。また、「就学指導委員会」との関係を良好に保ち、医療と福祉のサービスについて情報を提供してもらうとよい。それから、これもまた保護者の判断によるのであるが、知的や情緒に障害のあるお子さんについて、私としては、小学校のうちから医療機関で検査を受けておき、早い段階で自治体に「療育手帳」の申請をするのが、子どもの将来を考えれば望ましいのではないかと思っている。