たとえば
人生は、よく
しあわせとか
せいこうとか
はんえいとか
なんとか
いって、たりするけど
しあわせも
あらゆるすべては
そんな形をおさめたからとか
なんとかではなしな
あらゆる状態も
あらゆる条件も
あらゆる環境も
あらゆる立ち場も
あらゆる感情も
あらゆるかんがえも
あらゆる一般論も
あらゆる動作も
あらゆることばも
すべてはかんけいなしな
それぞれいろんな感覚になれてたり
いろんなとらえかたをしとていたり
いろんなたいけん、をしていたり
いろんな観かたをしていたり
それをここで
まるで
無空なりし背景かのごとくにか
たんのうしゆくを
かいまみゆく
いつしか
また
原点SOURCEへと
立ちもどされてゆく
それこそが
なんともいえなき
なんらか、かのように
ある瞬間
この自身たる人生を
ふと
かんずらば
なんとも濃いたいけん、ばかりを
つくってきたもんだなと
ただ
自身SOURCEの投影ならば
自身SOURCEは
そんなんなんだ、ろうな……
かのように
あまりに
とおりこしてか
笑うしかなき
かのように
ただ、そんな、もの
なんだろうな……
かのように
あらゆるひとつの
この人生は
自身にしかありえなき
ありうる
唯一ばかり
唯一たいけんばかり
それがな、によりな
ゆたかさかのように
目にはみえなきそれは
ふつふつ、と、
そのようかさなかに
ふきだされゆく
かのように、
そんなさなかでも
あられましょうか……