うざね博士のブログ

緑の仕事を営むかたわら、赤裸々、かつ言いたい放題のうざね博士の日記。ユニークなH・Pも開設。

ふるさとと自立

2007年04月12日 08時10分18秒 | 地方・故郷・方言
古里を出て今年で足かけ40年になる。当時はひとり、高卒で急行列車で12時間かかって上野駅に着いた。まだまだ、たかぶった気持ちをいだき、いわゆる青春の真っ只中であった。わたしの人生において上昇気流にいると素直に信じられた頃だ。
 先日、連絡があり、来月中旬過ぎに岩手県のわが田舎に、そして盛岡に行くことになった。

 帰郷は5年前、5月の連休以来だ。その時は子供たちが社会人になる前にひとつの節目と思って、家族全員、千葉の落花生やら枇杷羊羹、鯨のタレなどのお土産を山のように準備してクルマで帰った。二泊三日。農業を兼業している実家はもちろん、両隣り、本家、親戚2軒、高校時代の恩師(クラス担任・古文担当)を足早やに回ったものだ。それに観光で子供たちは嫌がったが、平泉にある中尊寺(数年内にユネスコの世界文化遺産に指定される見込み、多分)、と厳美渓(日本百景のひとつ)に行った。
 
 わたしは日本各地の色々な所にも行った。色々なことがあり、色々な人を見てきた。わたしの性分では、烏合の集を厭い付和雷同を嫌い、自らの思いと、頭で考え、生きてきた。出自・学歴・会社履歴よりも個人の能力とそこまでの経歴を重要視した。職業・専門技術/デザイン力・所帯・住む家もほぼ自前だ。しかし、どうも人間というものは生まれ育った場所で、親のやっていた職業を継ぐのが一番いいのではないかと思う。もう遅いのだけれども、10年ほど前からうすうす感じていた。

 朝まだき 醒めたしじまに 仏法僧
 日出でたり うぐいす鳴くや 群青

 次の帰郷は、還暦の60歳の歳祝いの時だろうか。
     

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