つばさ

平和な日々が楽しい

「溺愛するわがまま息子」といとおしんだ1冊が「フルハウス」だ。

2012年11月24日 | Weblog
春秋
2012/11/24
 2002年に亡くなった米国の進化生物学者、スティーブン・J・グールドは、文系の人も楽しめる科学エッセーで世界的に知られた。数ある著作のなかで、本人が「溺愛するわがまま息子」といとおしんだ1冊が「フルハウス」だ。渡辺政隆氏による邦訳が出ている。
▼この本は生命の歴史と米大リーグの歴史を同時に論じている。ハーバード大教授をつとめた優れた生物学者で、ヤンキースのファンでもあったからこその知的なアクロバットといえる。読む者を飽きさせない。と同時に、切実な個人的な体験の紹介が胸に迫る。30年前。40歳だったグールドは不治の病だとの宣告を受けた。
▼手ずから文献にあたったグールドは、その病気の診断から死亡までの日数の中央値(メジアン)が8カ月という「残酷な事実」を知った。だが、生物学者として育んでいた統計学の知識と素養を生かして、前向きにとらえ直すことに成功した。「抽象的な値」にすぎない中央値は「個々の事例とはほとんど無関係」だ、と。
▼中央値とはこの場合、患者の半数が亡くなるまでの日数を意味する。平均値とは違うが、全体の傾向を表す一つの物差しという意味では似ている。いずれにしろ、そんな数字は抽象的で自分には直接関係がない、とグールドは悟ったわけだ。そして中央値よりずっと長い日々を生きた。「フルハウス」もその間に生まれた。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿