<前書き>
ちょい忙しくて気付いたら間が開いてた^^;
本当は連載をと思ってたんですが、久方ぶりだったので書く前に自分のお話読み直してました。
そうしたら結構長くて間に合わなかったと言う罠www
さすが公瑾さんです。わんわんおー!
で、11月22日はいい夫婦の日なのでたぶん前後編で新婚ものをお届けします。
ちなみにまだ公瑾さんのCDは聞いてませんよ^^
『周家の新婚事情』前編(公瑾×花)公瑾ED後
気温が秋から冬へとゆっくり移っていた。
周家の公瑾の館では、家令の指示の元に冬の支度が静かに、着々と進められていた。
本来、それは公瑾の元に嫁いだ花の仕事である。
仕事と言っても別に花が先陣をきって、邸の冬支度をするわけではない。
先日、花は公瑾に家令の同席する場で、我が家もそろそろ冬支度をする時期ですねと言われたのだ。
そう言われても正直まだ年若い花には、何をしたらいいのか分からない。
加えて妻になったとはいっても、異世界の少女だった花にこの世界の、まして人を何人も使うような邸の家政など取り仕切れるわけはない。
だから花が困ったように家令に視線を向ければ、花にとっては父親ほどの年齢の男は心得ておりますと言うように頷いた。
「奥方様のよろしき時に、整えましょう」
つまり花の指示にしますと言っているが、それは花の面目を保つためのもので、実際を取り仕切るのは家令と年嵩の侍女の役目だ。
そうして花の出仕がない天気の良い日、邸では冬支度がだんだんと整いつつあった。
と言っても、それまでも全くされてなかったわけじゃない。
全てを一緒に始めて終われるほど簡単なものでもなく、特に力仕事が主な外回りはもうだいぶ手を入れてある。
寝具や敷物などがしまわれた室からは、秋物と更にもっと寒くなってから必要な冬物が取り出され、広げられて点検されていた。
春や夏物は爽やかな色合いで薄手のものが多かったけれど、寒くなる季節はやはり落ち着いた色合いでどっしりした厚手のものが多い。
「うわー壮観ですね」
思わずと言った花の感嘆の言葉に、家令は律儀に頷いた。
「そうですね。ですが他家ではここまで取り揃えることはできませんよ」
「えっと、やはり公瑾さんの趣味ですか?」
「はぁ。まあ、公瑾さまはそう言うところに妥協はなさいませんので」
趣味の良い公瑾は、邸の中も実は凝っている。
一見遠目に見ればそこそこの規模の邸だが、広大でも華美でもない。
だが庭の木々は美しく手入れされ、季節折々の佇まいをみせる。
それでも無駄なことはせず、別に季節ごとに花などを入れ替えているわけではない。
適度に手を加え、自然を生かした美しさを見せているのだ。
それは邸の造りや調度にも言えることで、一見何気ない造りながら実は見えないところにさりげなく凝っていると言う感じだ。
繊細にして華やかな抽斗の彫刻、優美な曲線を描く椅子、美しい光沢をみせる飴色の飾り棚。
花は衝立にかかった窓に掛けるタペストリーのような布を手に取り、その複雑にして繊細な織模様にため息を吐く。
「奥方様の手にされている物は異国渡りものです」
精緻な織の敷物は肌触りも良く、毛足も長くて指先で撫ぜれば気持ちがいい。
「私もいつかこれを選べるようになるんでしょうか?」
奥を取り仕切る夫人には、確かそう言う役目もあると聞いていた。
育った文化が違えば、感覚も違う花には、あの趣味の良い公瑾の意に沿うそれらを選ぶことはとても難易度が高そうだ。
「奥方さまが不安でしたら、幾つか候補を選んで公瑾さまにお伺いすればよろしいと思います。私どももそうしておりましたが、おいおいで結構だと思いますよ」
家令は穏やかに進言すると、微笑ましく年若い少女のような邸の夫人となった少女の様子をうかがった。
「何もかもすぐには無理ですから、一つずつですね」
前向きに素直に頷く花に、本当に健やかな育ち方をした少女なのだと思う。
最初、邸の主である公瑾が年若い少女のような妻をめとると聞いた時には驚いたし、それが異国育ちの他軍の軍師だった少女と聞けば仕える彼らは不安を感じていた。
一体どんな人物なのかと思っていれば、あまりの普通さ加減に構えていた気持ちはあっけなく崩れ去った。
決して良家の姫のようでもなかったが、それでも朗らかな屈託のなさや、その振る舞いは少女が貧しくなく良い家で育ったことを示していた。
何にせよ彼らには花は特異ではあったが、決して悪感情を抱かせるような人間ではなかったのだ。
加えて少女は気付いてないようだけれど、主はこの妻をことのほか大切にしていた。
「窓にかけるのは大変ですね」
花は季節のいい時にはなかった窓の内側の枠の上に渡された棒に、そっと視線をやる。
こちらの窓には基本、ほとんど硝子と言うか玻璃ははいっていない。
だから窓によっては雨戸のような物を閉めるけれど、飾り格子の窓はそのままだったりする。
けれど今は、冬支度の為にほとんどの窓に棒が渡されている。
聞いてみれば、その棒は花の感覚で言えばカーテンレールのようなもので、ここに寒さを防ぐためと装飾のために布を垂らすと説明を受けた。
「こちらは冬支度って大変なんですね」
花はしみじみと感想を漏らす。
「奥方様のお国はあまりお寒くない土地だったのでしょうか?」
「あ、いいえ。わりと南北に長い国だったので、北と南では結構気温差はありました。私の住んでた所でも時々雪は降りましたし、たまには積もったりもしました」
異国人と思っている人たちに、うっかり変なことを言わないように花慎重に言葉を選ぶ。
「そうですか」
「ただですね。そんな感じなので、冬支度そのものは暖房器具を出したり、寝具とか着る物を冬物に替えるぐらいでした」
そもそもこちらと比べれば、現代の家は格段に寒さはしのげていたのだと思う。
気温とかいう根本的な問題ではなく、花の育った世界では家の気密性が根本的に違うのだ。
だから家にいて隙間風が入って来るなんてことはない。
「ではこちらの国の冬には、まだ慣れないのですね?」
主の公瑾から、少女は異国育ちで慣れぬ故に十分に気を配るように言われていた家令は公瑾の意を遂行するため花に確かめる。
秋の初めに婚姻を結び、花がこちらで暮らし始めて日が浅いからどちらもいまだ手探りだ。
「こちらの冬自体実は二度目なんですが、以前は京城にいたので私自身は何にもしなかったんです。それにお城ではここまで冬支度ってしなかったみたいなので」
京城の冬支度ももちろんあっただろうが、それは女官や侍従といった職分の人たちの仕事で花が関わることはなかった。
それにやはり一般と言っては少しばかり豪華すぎるけれど、個人の邸と城では色々違うだろう。
「まあこちらは幾日も雪に降り込められるような土地ではありませんから、そもそもここまで必要ないこともあります」
「比較的南ですからそうなのかもしれませんね」
花の言葉に家令は特別な否定はせずに頷いた。
もちろんそれは事実の一端であるからなのだけれど、それはあくまでも一部であって全てではない。
全てではないと言うか、本当に極僅かほんの一部に過ぎない。
本当の理由は別にあるわけだが、家令はそれを殊更言葉にはしなかった。
そこへ侍女が現れると、家令にお茶の用意ができましたと告げる。
「さて奥方様、冬支度の方はおおよその流れはこのようなものです。後は私どもで行いますので、休憩されて下さい。居間の方にお茶を用意しております」
「あ、ええっと」
冬支度と言っても実際花が忙しく立ち働いたわけではないので、休憩を勧められ何となく申し訳ない気がしてしまうのは根っから庶民育ちのせいだろう。
いまだに自分が指示を出して、人にしてもらうと言うのがどうにも落ち着かないのだ。
「今日は随分と冷え込んでおります。せっかくの休日にお風邪など召されれば、お仕事にも障りがあるのではございませんか?」
ここはさすがに公瑾に仕える周家の家令で、公瑾の様に花を動かす術は心得ている。
働くこと自体を止められてはいないけれど、結婚してから花の出仕は少なくなった。
と言うより前は公瑾と同じに働いていたので、あまりに休みと言うのがなさ過ぎたのだ。
だから今は公瑾が出仕する日でも、今日のように休みの日は時々ある。
そうして家令の言葉の裏にある言葉の意味に、花はちらりと公瑾の姿が脳裏に浮かぶ。
たぶんここで休憩なんて必要ないですって言ったところで、風邪などひいてしまってはおそらく相当にあの麗しい唇から辛辣な口調で嫌味が言われるだろう。
変な意地を張っても仕方ないと、花は今度は素直に「お茶をいただきます」と頷いた。
お茶を飲んだ花は、喉を通るお茶の暖かさと胃の温まる感じに、自分が思っていたより冷えていたことを実感した。
こちらでは十分に気を使ってもらっていつも室は火鉢を入れて暖かくしてもらっているけれど、やっぱり寒かったようだ。
お茶でほっと人心地着いたものの、花はまた落ち着かない気分になる。
人が忙しく立ち働いているのに、自分だけゆっくりするのは気が引けるのだ。
掃除や洗い物、洗濯などは当然、周家のような家柄の夫人の仕事ではない。
居心地良い室で、侍女に世話をされて刺繍や機織りをすることも夫人の仕事だと分かっている。
いや、それすらいまだままともにできない花が、公瑾の妻として少しでも上手になるようにすべきことなのだろう。
「でもね………」
花は呟きを漏らして、自分の手を組み合わせるときちんと膝に置いて小さくため息を吐く。
それらが公瑾の妻として必要ならば、花は努力して何とか身に付けようと思っている。
向こうにいた時から特別手芸や裁縫などに興味はなかったけれど、嫌いではなかったし、それほど不器用でもない。
嵌ればそれなりに凝る方だ。
ただそれはたぶん急ぐ事では無いだろうし、今それよりもしなければいけないことは公瑾が言った冬支度だろう。
いくら自分のする仕事ではないとは言え、邸の皆がそれをしている時に特に急ぐでもないことをするのは気が引けた。
以前の生活では花はそれほど自分を勤勉だったわけじゃない。
学生であったけれどバイトなんてしてなかったし、勉強はほどほど、予備校や塾なんて通ってなかった。
暇があれば友人と寄り道したり、遊んだり、母親に言われて家事の手伝いをする程度だ。
だけどここでは年端もいかぬ子どもが家の手伝いをし、家に事情によっては花よりずっと幼い子供がもう働いていたりする。
そんな姿を見れば、花だってやっぱり夫人と呼ばれる立場でもじっとしているのは酷く落ち着かなかった。
けれど身分の格差が明確にあるこちらで、まして常識も分からない花が自分の考えや気持ちのままに動けば、当然周囲は困惑するし邪魔にしかならないことも理解していた。
「奥方様?お加減がすぐれませんか?」
何やら椅子の上で考え込んでいる花に、控えていた侍女が尋ねた。
「あっ、違います。心配かけちゃってごめんなさい。少し考え事をしていただけなんです」
「そうですか?ご不快がございましたら、何なりと申し上げてください」
「はい。大丈夫ですよ」
「ならばお茶の御代りはいかがですか?」
「身体も温まりましたし十分です」
「そうですか?では今日はお忙しかったのでお疲れでしょう。紀伯もごゆっくりお寛ぎくださいと申しておりました」
そつのない家令の紀伯はもう既に十分に花の気性を見越しているようで、先手必勝と侍女を通じてあっさり釘を刺された。
「はい。じゃあ、少し書簡でも読んでます」
「では、何かあればお呼びください」
茶器を片付けて侍女が下がれば、花は大人しくきれいに丸められた書簡を手に取った。
冬支度をしていると言っても、花の室の周りは比較的静かだ。
家令に案内されている間に、様変わりした室の中はすっかりぬくぬくした雰囲気になっている。
厚手の布が下がった窓は、今は昼間と言うこともあって半ばまで巻き上げられている。
椅子ではなくそのまま床に座すことができる少し高くなった場所には、毛足の茶色の動物の毛皮が敷かれていた。
本当に冬支度なんだと思って、花は改めて生活の違いを感じた。
あちらでも衣替えやファンヒーターを出したりして季節を感じるけれど、こちらの冬支度は否応なく厳しく寒い冬が来るんだなと感じられた。
そうして同時に、こう言う支度をしなければならないほど厳しい環境なのかなと考える。
開いている竹簡の中身は頭に入って来ず、花は王朝の位階に関する書を読むのを早々に諦めた。
どうせなら冬支度を知ったのでこちらの日常や風物などがいいと控えの間にいる侍女に書庫に行く事を告げて、そちらへ一人で向かう。
外に出るときなどは侍女が付き従うけれど、邸の中では花一人でも問題はない。
個人の私邸にこの時代、書庫を備えているのは稀なことで、そこはやはり周家の財力と公瑾の純然たる嗜好によるものだ。
花は本を選ぶために、廊下を渡っていたけれど足取りは緩やかだ。
窓には新たに取り付けられた雨戸もあり、今までの邸とは外観を多少異にしていた。
その様子を興味深く眺めていた花は、密やかな話し声に何の気なしに耳を澄ませた。
「今年の冬支度は、例年と違って大変だなぁ」
「そうだな」
「まるで北部の土地のようじゃないか」
「ああ、俺も他の邸のもんに、今年は大雪でも降るのかと公瑾様が先読みでもなされたかと、真顔で聞かれた」
「それはまあ公瑾様は天候も読まれるが、さすがにそれはなぁ」
「それだけこの冬支度が、まあ大袈裟に映るんだろうさ」
「増して公瑾様がなされるんだから余計だな」
周囲の評判でも公瑾は冷静にして沈着、決して何事も大袈裟な行動をとる性格ではない。
加えて智謀の将として名高く、星読みや天候も読む軍師でもあるとなれば、彼の行いにひとは何か明瞭な意味がある、間違いはないと思う。
だからこそ周家の念入りな、まるで北の地方のような冬支度に周囲は様々な反応を示すのだ。
もしや大寒波と呼ばれる大層厳しい冬になるのか、はたまた例年にない大雪になるのかと。
だが城からそれらに関する警告や触れは今のところない。
憶測を呼ぶ周囲のささやかな困惑に、公瑾は眉一つ動かさず淡々としたものだ。
花は遠のく気配にそのまま書庫に足を進めつつ、実に腑に落ちなかった。
今の、おそらく邸の使用人と思われる二人の男の会話。
それから察するに、今日家令から説明を受けた様々な冬支度は、常の周家の冬の為の準備とは違うと言うことになる。
どういう事だろうか?
花は書簡を整理し分類した箱の表書きを目で追いながらも、その頭の中では疑問に思ったことをずっと考え続けていた。
<後書き>
花ちゃんをお嫁さんに迎えたばかりの周家でのあれこれです。
まー都督がどんな感じでツンデレしてくれるのかなぁと思いながら書いてました。
そー言えば、いい夫婦の日の都督関係はもしや2回目かと思いつつ……まっ、いいですよね。
実は孟徳さんと玄徳さんもネタあったんですが、今回も読み直しの影響で都督でいってみました。
後編、楽しんでいただけるように頑張ります。
ちょい忙しくて気付いたら間が開いてた^^;
本当は連載をと思ってたんですが、久方ぶりだったので書く前に自分のお話読み直してました。
そうしたら結構長くて間に合わなかったと言う罠www
さすが公瑾さんです。わんわんおー!
で、11月22日はいい夫婦の日なのでたぶん前後編で新婚ものをお届けします。
ちなみにまだ公瑾さんのCDは聞いてませんよ^^
『周家の新婚事情』前編(公瑾×花)公瑾ED後
気温が秋から冬へとゆっくり移っていた。
周家の公瑾の館では、家令の指示の元に冬の支度が静かに、着々と進められていた。
本来、それは公瑾の元に嫁いだ花の仕事である。
仕事と言っても別に花が先陣をきって、邸の冬支度をするわけではない。
先日、花は公瑾に家令の同席する場で、我が家もそろそろ冬支度をする時期ですねと言われたのだ。
そう言われても正直まだ年若い花には、何をしたらいいのか分からない。
加えて妻になったとはいっても、異世界の少女だった花にこの世界の、まして人を何人も使うような邸の家政など取り仕切れるわけはない。
だから花が困ったように家令に視線を向ければ、花にとっては父親ほどの年齢の男は心得ておりますと言うように頷いた。
「奥方様のよろしき時に、整えましょう」
つまり花の指示にしますと言っているが、それは花の面目を保つためのもので、実際を取り仕切るのは家令と年嵩の侍女の役目だ。
そうして花の出仕がない天気の良い日、邸では冬支度がだんだんと整いつつあった。
と言っても、それまでも全くされてなかったわけじゃない。
全てを一緒に始めて終われるほど簡単なものでもなく、特に力仕事が主な外回りはもうだいぶ手を入れてある。
寝具や敷物などがしまわれた室からは、秋物と更にもっと寒くなってから必要な冬物が取り出され、広げられて点検されていた。
春や夏物は爽やかな色合いで薄手のものが多かったけれど、寒くなる季節はやはり落ち着いた色合いでどっしりした厚手のものが多い。
「うわー壮観ですね」
思わずと言った花の感嘆の言葉に、家令は律儀に頷いた。
「そうですね。ですが他家ではここまで取り揃えることはできませんよ」
「えっと、やはり公瑾さんの趣味ですか?」
「はぁ。まあ、公瑾さまはそう言うところに妥協はなさいませんので」
趣味の良い公瑾は、邸の中も実は凝っている。
一見遠目に見ればそこそこの規模の邸だが、広大でも華美でもない。
だが庭の木々は美しく手入れされ、季節折々の佇まいをみせる。
それでも無駄なことはせず、別に季節ごとに花などを入れ替えているわけではない。
適度に手を加え、自然を生かした美しさを見せているのだ。
それは邸の造りや調度にも言えることで、一見何気ない造りながら実は見えないところにさりげなく凝っていると言う感じだ。
繊細にして華やかな抽斗の彫刻、優美な曲線を描く椅子、美しい光沢をみせる飴色の飾り棚。
花は衝立にかかった窓に掛けるタペストリーのような布を手に取り、その複雑にして繊細な織模様にため息を吐く。
「奥方様の手にされている物は異国渡りものです」
精緻な織の敷物は肌触りも良く、毛足も長くて指先で撫ぜれば気持ちがいい。
「私もいつかこれを選べるようになるんでしょうか?」
奥を取り仕切る夫人には、確かそう言う役目もあると聞いていた。
育った文化が違えば、感覚も違う花には、あの趣味の良い公瑾の意に沿うそれらを選ぶことはとても難易度が高そうだ。
「奥方さまが不安でしたら、幾つか候補を選んで公瑾さまにお伺いすればよろしいと思います。私どももそうしておりましたが、おいおいで結構だと思いますよ」
家令は穏やかに進言すると、微笑ましく年若い少女のような邸の夫人となった少女の様子をうかがった。
「何もかもすぐには無理ですから、一つずつですね」
前向きに素直に頷く花に、本当に健やかな育ち方をした少女なのだと思う。
最初、邸の主である公瑾が年若い少女のような妻をめとると聞いた時には驚いたし、それが異国育ちの他軍の軍師だった少女と聞けば仕える彼らは不安を感じていた。
一体どんな人物なのかと思っていれば、あまりの普通さ加減に構えていた気持ちはあっけなく崩れ去った。
決して良家の姫のようでもなかったが、それでも朗らかな屈託のなさや、その振る舞いは少女が貧しくなく良い家で育ったことを示していた。
何にせよ彼らには花は特異ではあったが、決して悪感情を抱かせるような人間ではなかったのだ。
加えて少女は気付いてないようだけれど、主はこの妻をことのほか大切にしていた。
「窓にかけるのは大変ですね」
花は季節のいい時にはなかった窓の内側の枠の上に渡された棒に、そっと視線をやる。
こちらの窓には基本、ほとんど硝子と言うか玻璃ははいっていない。
だから窓によっては雨戸のような物を閉めるけれど、飾り格子の窓はそのままだったりする。
けれど今は、冬支度の為にほとんどの窓に棒が渡されている。
聞いてみれば、その棒は花の感覚で言えばカーテンレールのようなもので、ここに寒さを防ぐためと装飾のために布を垂らすと説明を受けた。
「こちらは冬支度って大変なんですね」
花はしみじみと感想を漏らす。
「奥方様のお国はあまりお寒くない土地だったのでしょうか?」
「あ、いいえ。わりと南北に長い国だったので、北と南では結構気温差はありました。私の住んでた所でも時々雪は降りましたし、たまには積もったりもしました」
異国人と思っている人たちに、うっかり変なことを言わないように花慎重に言葉を選ぶ。
「そうですか」
「ただですね。そんな感じなので、冬支度そのものは暖房器具を出したり、寝具とか着る物を冬物に替えるぐらいでした」
そもそもこちらと比べれば、現代の家は格段に寒さはしのげていたのだと思う。
気温とかいう根本的な問題ではなく、花の育った世界では家の気密性が根本的に違うのだ。
だから家にいて隙間風が入って来るなんてことはない。
「ではこちらの国の冬には、まだ慣れないのですね?」
主の公瑾から、少女は異国育ちで慣れぬ故に十分に気を配るように言われていた家令は公瑾の意を遂行するため花に確かめる。
秋の初めに婚姻を結び、花がこちらで暮らし始めて日が浅いからどちらもいまだ手探りだ。
「こちらの冬自体実は二度目なんですが、以前は京城にいたので私自身は何にもしなかったんです。それにお城ではここまで冬支度ってしなかったみたいなので」
京城の冬支度ももちろんあっただろうが、それは女官や侍従といった職分の人たちの仕事で花が関わることはなかった。
それにやはり一般と言っては少しばかり豪華すぎるけれど、個人の邸と城では色々違うだろう。
「まあこちらは幾日も雪に降り込められるような土地ではありませんから、そもそもここまで必要ないこともあります」
「比較的南ですからそうなのかもしれませんね」
花の言葉に家令は特別な否定はせずに頷いた。
もちろんそれは事実の一端であるからなのだけれど、それはあくまでも一部であって全てではない。
全てではないと言うか、本当に極僅かほんの一部に過ぎない。
本当の理由は別にあるわけだが、家令はそれを殊更言葉にはしなかった。
そこへ侍女が現れると、家令にお茶の用意ができましたと告げる。
「さて奥方様、冬支度の方はおおよその流れはこのようなものです。後は私どもで行いますので、休憩されて下さい。居間の方にお茶を用意しております」
「あ、ええっと」
冬支度と言っても実際花が忙しく立ち働いたわけではないので、休憩を勧められ何となく申し訳ない気がしてしまうのは根っから庶民育ちのせいだろう。
いまだに自分が指示を出して、人にしてもらうと言うのがどうにも落ち着かないのだ。
「今日は随分と冷え込んでおります。せっかくの休日にお風邪など召されれば、お仕事にも障りがあるのではございませんか?」
ここはさすがに公瑾に仕える周家の家令で、公瑾の様に花を動かす術は心得ている。
働くこと自体を止められてはいないけれど、結婚してから花の出仕は少なくなった。
と言うより前は公瑾と同じに働いていたので、あまりに休みと言うのがなさ過ぎたのだ。
だから今は公瑾が出仕する日でも、今日のように休みの日は時々ある。
そうして家令の言葉の裏にある言葉の意味に、花はちらりと公瑾の姿が脳裏に浮かぶ。
たぶんここで休憩なんて必要ないですって言ったところで、風邪などひいてしまってはおそらく相当にあの麗しい唇から辛辣な口調で嫌味が言われるだろう。
変な意地を張っても仕方ないと、花は今度は素直に「お茶をいただきます」と頷いた。
お茶を飲んだ花は、喉を通るお茶の暖かさと胃の温まる感じに、自分が思っていたより冷えていたことを実感した。
こちらでは十分に気を使ってもらっていつも室は火鉢を入れて暖かくしてもらっているけれど、やっぱり寒かったようだ。
お茶でほっと人心地着いたものの、花はまた落ち着かない気分になる。
人が忙しく立ち働いているのに、自分だけゆっくりするのは気が引けるのだ。
掃除や洗い物、洗濯などは当然、周家のような家柄の夫人の仕事ではない。
居心地良い室で、侍女に世話をされて刺繍や機織りをすることも夫人の仕事だと分かっている。
いや、それすらいまだままともにできない花が、公瑾の妻として少しでも上手になるようにすべきことなのだろう。
「でもね………」
花は呟きを漏らして、自分の手を組み合わせるときちんと膝に置いて小さくため息を吐く。
それらが公瑾の妻として必要ならば、花は努力して何とか身に付けようと思っている。
向こうにいた時から特別手芸や裁縫などに興味はなかったけれど、嫌いではなかったし、それほど不器用でもない。
嵌ればそれなりに凝る方だ。
ただそれはたぶん急ぐ事では無いだろうし、今それよりもしなければいけないことは公瑾が言った冬支度だろう。
いくら自分のする仕事ではないとは言え、邸の皆がそれをしている時に特に急ぐでもないことをするのは気が引けた。
以前の生活では花はそれほど自分を勤勉だったわけじゃない。
学生であったけれどバイトなんてしてなかったし、勉強はほどほど、予備校や塾なんて通ってなかった。
暇があれば友人と寄り道したり、遊んだり、母親に言われて家事の手伝いをする程度だ。
だけどここでは年端もいかぬ子どもが家の手伝いをし、家に事情によっては花よりずっと幼い子供がもう働いていたりする。
そんな姿を見れば、花だってやっぱり夫人と呼ばれる立場でもじっとしているのは酷く落ち着かなかった。
けれど身分の格差が明確にあるこちらで、まして常識も分からない花が自分の考えや気持ちのままに動けば、当然周囲は困惑するし邪魔にしかならないことも理解していた。
「奥方様?お加減がすぐれませんか?」
何やら椅子の上で考え込んでいる花に、控えていた侍女が尋ねた。
「あっ、違います。心配かけちゃってごめんなさい。少し考え事をしていただけなんです」
「そうですか?ご不快がございましたら、何なりと申し上げてください」
「はい。大丈夫ですよ」
「ならばお茶の御代りはいかがですか?」
「身体も温まりましたし十分です」
「そうですか?では今日はお忙しかったのでお疲れでしょう。紀伯もごゆっくりお寛ぎくださいと申しておりました」
そつのない家令の紀伯はもう既に十分に花の気性を見越しているようで、先手必勝と侍女を通じてあっさり釘を刺された。
「はい。じゃあ、少し書簡でも読んでます」
「では、何かあればお呼びください」
茶器を片付けて侍女が下がれば、花は大人しくきれいに丸められた書簡を手に取った。
冬支度をしていると言っても、花の室の周りは比較的静かだ。
家令に案内されている間に、様変わりした室の中はすっかりぬくぬくした雰囲気になっている。
厚手の布が下がった窓は、今は昼間と言うこともあって半ばまで巻き上げられている。
椅子ではなくそのまま床に座すことができる少し高くなった場所には、毛足の茶色の動物の毛皮が敷かれていた。
本当に冬支度なんだと思って、花は改めて生活の違いを感じた。
あちらでも衣替えやファンヒーターを出したりして季節を感じるけれど、こちらの冬支度は否応なく厳しく寒い冬が来るんだなと感じられた。
そうして同時に、こう言う支度をしなければならないほど厳しい環境なのかなと考える。
開いている竹簡の中身は頭に入って来ず、花は王朝の位階に関する書を読むのを早々に諦めた。
どうせなら冬支度を知ったのでこちらの日常や風物などがいいと控えの間にいる侍女に書庫に行く事を告げて、そちらへ一人で向かう。
外に出るときなどは侍女が付き従うけれど、邸の中では花一人でも問題はない。
個人の私邸にこの時代、書庫を備えているのは稀なことで、そこはやはり周家の財力と公瑾の純然たる嗜好によるものだ。
花は本を選ぶために、廊下を渡っていたけれど足取りは緩やかだ。
窓には新たに取り付けられた雨戸もあり、今までの邸とは外観を多少異にしていた。
その様子を興味深く眺めていた花は、密やかな話し声に何の気なしに耳を澄ませた。
「今年の冬支度は、例年と違って大変だなぁ」
「そうだな」
「まるで北部の土地のようじゃないか」
「ああ、俺も他の邸のもんに、今年は大雪でも降るのかと公瑾様が先読みでもなされたかと、真顔で聞かれた」
「それはまあ公瑾様は天候も読まれるが、さすがにそれはなぁ」
「それだけこの冬支度が、まあ大袈裟に映るんだろうさ」
「増して公瑾様がなされるんだから余計だな」
周囲の評判でも公瑾は冷静にして沈着、決して何事も大袈裟な行動をとる性格ではない。
加えて智謀の将として名高く、星読みや天候も読む軍師でもあるとなれば、彼の行いにひとは何か明瞭な意味がある、間違いはないと思う。
だからこそ周家の念入りな、まるで北の地方のような冬支度に周囲は様々な反応を示すのだ。
もしや大寒波と呼ばれる大層厳しい冬になるのか、はたまた例年にない大雪になるのかと。
だが城からそれらに関する警告や触れは今のところない。
憶測を呼ぶ周囲のささやかな困惑に、公瑾は眉一つ動かさず淡々としたものだ。
花は遠のく気配にそのまま書庫に足を進めつつ、実に腑に落ちなかった。
今の、おそらく邸の使用人と思われる二人の男の会話。
それから察するに、今日家令から説明を受けた様々な冬支度は、常の周家の冬の為の準備とは違うと言うことになる。
どういう事だろうか?
花は書簡を整理し分類した箱の表書きを目で追いながらも、その頭の中では疑問に思ったことをずっと考え続けていた。
<後書き>
花ちゃんをお嫁さんに迎えたばかりの周家でのあれこれです。
まー都督がどんな感じでツンデレしてくれるのかなぁと思いながら書いてました。
そー言えば、いい夫婦の日の都督関係はもしや2回目かと思いつつ……まっ、いいですよね。
実は孟徳さんと玄徳さんもネタあったんですが、今回も読み直しの影響で都督でいってみました。
後編、楽しんでいただけるように頑張ります。