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月野岬

好きなゲーム等の文章中心の二次創作置き場です。現在三国恋戦記中心。

都督様新婚事情

2014-07-08 19:19:55 | 公瑾×花
<前書き>
ラヴコレに告知してました、無配冊子をこちらでもUPします。
『性的倒錯?性的嗜好?フェティシズムです』(仮)と言う元タイトルがありますwww
実は以前から考えてたフェチをテーマにしたお話の、頭の部分なんですがこれだけでも一応形になってると思います。
この続きは……本にするか、サイト上での掲載になるかはまだ考えてません。
そんななので、今回は都督様の新婚模様としてお楽しみください。


『都督様新婚事情』

 《花の戸惑い》

呉の都督である公瑾の執務室では、いつもと同じ日常風景が繰り広げられていた。
玲瓏な美貌の表情を崩すことなく、淡々と執務を取っている。
彼は都督と言う武将を統べ、軍を指揮する立場ではあるが、剣を握っているよりこうやって机に着いてひたすら筆を握っていることも多い。
大きな手が筆を握っている。その筆先から生まれる文字は、流麗と言うか水が流れるが如く柔らかながら凛とした文字だ。
「花。お願いした仕事は終わったのですか?」
顔も上げられないままに掛けられた声に、花ははっとして唇を噛んだ。
「え?あっ……」
言葉に詰まれば、公瑾はようやく手を止めて顔を上げ、僅かに眉を寄せた。
分かり易い不機嫌な表情だが、こう易々と簡単に機嫌を悟らせてくれるのは、公瑾が花に素を見せてくれているからだ。
普段、公瑾の顔には何も感情が浮かんでいないか、もしくは物柔らかな微笑がうっすら常備されている。
それは彼の本心を悟らせないような仮面のような物だ。
ちなみに部下を怒るときは別にして、本心に知られたくない相手であればある程公瑾は心にもない優美さをその麗しい顔に纏うことになる。
だから不機嫌顔は一部には貴重だし、心を許してくれている証なのだけれど、花は拙いと思う。
公瑾は怒った顔も麗しいけれど、やっぱりそれは見惚れてはいけないものだ。付け加えるならば、形良い唇から発せられる言葉は容赦がなく辛辣だ。
「先程から私の手元ばかり見ているようですが、何かこの件に言いたいことがあるのですか?」
花は一応公瑾の補佐であり、微妙ながらいまだに軍師の肩書も持っている。
それは赤壁の立役者としての功績が大きいからだ。
けれど花の軍師としての才が、ないとは言えないが微妙なことを知っている公瑾に、花が都督の仕事のことで余計なことを口にすることは滅多にない。
時に意見を求められれば別だが、今はどう見てもその時ではない。
何より花は、今公瑾が持っている書簡が何かも知らないのだ。
「あ、いえいえ。そんなことはありません」
「では何ですか?」
二人は三月前に晴れて婚儀を挙げて、実のところまだ新婚という甘い時期のはずなのだが、残念ながら妻が夫を見詰めていても甘い雰囲気にはならなかった。
公瑾は粋も甘いも知った大人の男ではあるし、美周郎と綽名される容姿であるから、そう言う雰囲気に持って行くこともできる。
もっと若かりし頃は、仲謀の兄であった伯符と共に浮名を流したこともあるから色事やひとの機微に鈍いわけでもない。
ただ非常に割り切りがいいし、異例の夫婦が共にいる職場なので必要以上に冷淡な対応ではある。
「すいません。ただ字が綺麗だなと思って」
「字に見惚れていたのですか?」
花の言葉は予想外だったのか、公瑾の不機嫌が霧散した。
「はい。私の字と全然違いますね」
「それは当然でしょう。男文字と女文字はやはり根本が違うものですよ。それにそもそもあなたから見たら、誰でも字が綺麗ではないですか」
呆れを含んだ公瑾の言葉に、花はきゅっと唇を引き結んで不満そうな顔になった。
こちらに来てしばらくたち、公瑾の厳しい指導の下に文字の練習は嫌と言う程させられた。
業務が終わってからの宿題や課題は結構なもので、できなければ冷え冷えとした叱責を受けたことはそんなに遠い記憶でもない。
まああの当時は公瑾のあまりのスパルタぶりに、花は心の中で麗しい顔に色々文句を言っていたものだ。
けれど今ではそれなりの文字を何とか書けるようになったと自負している。
それに経緯を考えれば公瑾は花の文字に師匠だし、毎日花の文字も見ているはずだ。
それなのに公瑾の言葉は失礼だと、花の言葉はちょっとだけ険のあるものになる。
「それは私の字はまだまだですけど、字が綺麗か上手くないかぐらいは分かります」
「本当に字の良し悪しが分かるのですか?」
胡乱気な公瑾の視線に、花は慌てて付け足す。
「あ、でも、あくまでもこういった公式文書です。やっぱり崩した文字はよく分かりません」
公瑾のところに執務として回って来る書簡は、花が言うところの楷書のようなきっちりした文字だ。
だから筆の漢字ばかりのこちらの文字の読み書きにいまだ疎い花でも、字の良し悪しはある程度分かる。
ただこれが私的な覚書や、朝議や軍議などの記録となると、崩した文字なので途端に良し悪しどころか、読めなくなってしまう。
正直な花の告白に、公瑾は薄く笑みを浮かべた。
「そんなあなたに字を褒められて、私は素直に礼を言うべきでしょうか?」
意地悪な公瑾の言葉に、花はむっと小さく頬を膨らませた。
「別にお礼なんかいいんです。でも公瑾さんってば賛辞も受け取ってくれないなんて酷いです」
本当に公瑾は難しいと花は思う。思ったままの賛辞や褒め言葉ですら、素直に受け取ってはくれないのだ。
けれど公瑾とて花の瞳に、紛れもない賞賛を見つければ嬉しくないわけはない。
今まで散々に、容姿から家柄、楽の才に、剣の腕前、頭脳と持って生まれたものから後天的な努力よるものまで、人より多くの優れた点を持つ公瑾は賛辞と高い評価を受けてきた。
だが、望んで手に入れた妻の賞賛は、やはり他人とは全然違う。
「申し訳ありません。まあ確かに褒め言葉とは嬉しいものですね。ではあなたも私が褒めるほど、美しい文字を書けるようになってください。今のところ文字に関しては、いくら私は褒めたいと願ってもあまり褒めるべきところがありませんから」
はっきり言う公瑾に、花は苦笑する。
彼の言うことは間違いではないけれど、やっぱりはっきり言い過ぎだと思う。
「公瑾さん、褒めて伸ばすって言葉を知ってますか?」
「それは認めますが、褒めるべき箇所を捜すのが大変なのです」
くすりと笑う公瑾に、花は諦めてぱたりと机に突っ伏した。
「分かりました。精進します」
「期待しております」

そんなことがあってから、三日後ぐらいだろうか、花は比較的城の中心に近い小さな広場でふと足を止めた。
そこは仲謀の執務室に近い場所で、庭園ではなく本当にただの広場だ。
なぜこんな場所に広場があるかと言えば、元々は伯符の机での執務に息詰まった時の息抜き用の鍛錬の場だったと聞いていた。
今ではそれは、仲謀と公瑾と言った中央部に近い場所に執務室を構える高官用の鍛錬場所となっている。
そして花が立ち止まってしまったのは、その場に公瑾がいたからだ。
露天の鍛錬場に、剣を構えてはゆるりと振る動作を何度も繰り返している。
速くないからこそ、それは剣の鍛錬と言うよりは舞のように見えた。
花は竹簡を胸に抱えたままその姿を一心に追う。
武将だけれど筋肉隆々と言う感じではなく、それなりに高い背に程よく筋肉の付いた引き締まった身体。
それでもしなやかなのは身ごなしで分かる。
剣を両手で持ち、次に片手に持ち替える。
隅々まで気が張り巡らされているような動きで、それは足運びから指先まで綺麗だった。
いつまでも見ているわけにはいかない。そう思っていても、花の足はそこからなかなか動かなかった。
剣舞のような動きだけれど、舞でないことは武器など持ったことのない花にも分かる。
優美なのに力強く、巡らされるのは凛とした気。美しいけれどこれはあくまでも武であり、剣の鍛錬なのだ。先にあるのは、人の命を奪うこともある武具。
公瑾はまるで花の視線を感じていないかのようで、ちらりと一瞥さえ与えることはない。
けれどいくら集中していても、常に周囲に気を配ることを怠らない公瑾が、鍛錬の最中とは言え気付いてないことはないはずだ。
鍛錬そのものが元々終わる頃だったのか、公瑾は静かに動作を終えると剣を鞘へと戻した髪から汗が滴るのを鬱陶しそうにかき上げて、ようやく顔を上げると花の方へ近付いてくる。
「凄い汗ですね」
花が袂から手巾を取り出して公瑾の顔の汗を拭おうと手を伸ばせば、公瑾は緩やかに首を振った。
「すぐ横手に井戸がありますから大丈夫です」
公瑾の視線を追えば、確かに広場の端と建物の間に井戸があり大きな枝を張った木と長床几が置かれていた。
中途半端に公瑾へと伸ばした手が、行く場を失って少しだけ花は寂しい気持ちになる。
「あなたの気遣いは嬉しいですよ。ですが、あなたの手巾を汗で台無しにするのは私が嫌なのです」
そのまま水場へ向かう公瑾を花はつい追いかけた。
「だって手巾ですよ。洗えばいいじゃないですか」
花の手巾は柔らかな綿で、周囲に淵飾りがあり一角に小さな小花の刺繍がしてある。
たぶん何でも手で作るこの時代、花の手巾はそれなりに地位ある者、もしくは豊かな者が持つ質も飾りも相当に手の込んだものだ。
けれど公瑾の汗を拭いたぐらいで駄目になるわけではないし、手巾と言うのはまさにこういう時の為にあるはずで、使わないと言うのはおかしい。
公瑾はその典雅な見かけ通り趣味よく、美しい物や風流なものを好むが、ある意味では現実主義でいくら名工に作らせた逸品でも、実用的なものは使ってこそ意味があると日頃から言っていた。
だから手巾がもったいないと言うような、今言った言葉は公瑾らしくない。
けれど公瑾はそんな花の不審に頓着することなく、剣を長床几に置くと上半身の衣を内着までも袖から抜いて、躊躇いなく肌を露わにした。
そのまま前に頭を倒して、顔以外も濡れるのも気にならない様子でばしゃばしゃと水を被る。
「花。申し訳ありませんが、そこの布を取ってくださいますか」
「どうぞ」
用意のいい公瑾は、長床几にすでに手巾より大きめの手拭い程の布を用意していた。
渡せばそのまま意外なほど乱暴な動作で頭をガシガシと拭いている。
「公瑾さん、そんな拭き方してたら髪が傷みますよ」
「いつもこんなものです」
「意外に乱暴ですね」
「男などこのようなものです。いっそもっと短くした方が楽かもしれませんね」
「えっ!それは止めてください」
「どうしてですか?」
公瑾が頭を拭く手と止めて、こちらを見た。布をばさりと剣の方に置くと乱れた前髪が額から目へと無造作にかかっている。
僅かに眇められた瞳は、少しだけ不機嫌に花の視線を捕えていた。
「短い髪が嫌いなのですか?と言っても、私の今の髪もそう長い方ではありませんが」
「いえ、嫌いじゃないです」
「じゃあ、似合わないと?」
少し苛立ちを含んだ声に、花は言葉に詰まる。今まで公瑾の髪が長ければいいとか、短い方がいいとか、そんなことは不思議とまったく考えたことがなかった。
改めて考えれば、たぶんどんな髪型であっても公瑾は似合うだろう。
そもそも公瑾の美貌は七難を隠すどころか、身に付けていれば安いものでも高価な物に見え、下品も上品に変えてしまうようなものだ。髪の長さ一つで公瑾の典雅な美貌を損なうとも思えないし、根本的な雰囲気が変わるとも思えなかった。
「公瑾さんに似合わないなんてことはないと思いますけど、何でしょう」
「訊いているのはこちらです。強い調子で、速攻で否定なさったでしょう」
目にかかる髪が邪魔だったのか、公瑾が無造作に髪をかき上げた。
物憂げな素草で長い指から零れる少し濡れた髪の色が、いつもより濃くて燻した銀色に見える。
その一瞬で、花は目が離せなくなった。どうしようもなく魅せられた。
「花?どうかしましたか?」
ハッと気付けば、公瑾が花の顔を間近で覗き込んでいた。驚くほど近くに白皙の顔があり、花は我に返ってその状況に今度は狼狽える。
影を落とすような長い睫毛、その間から覗く深紫の瞳はいつも静けさを湛えていた。
身体を動かした後のためか唇はいつもより赤く、いまだ袖を落した姿のままなので上半身が露わだった。
男性的な力強い首筋、きれいで実用的な筋肉を纏った武将としての身体。
綺麗に拭きとれてない水が、首筋から滑らかな肌を伝う様子は怖ろしく扇情的だった。
これがまだ何も知らない頃だったら、ただ想い人のそう言う姿に恥ずかしかっただけだ。
けれど今の花には、この美しいひとの妻となっているだけに、余分なあれこれが嫌でも思い出されてしまった。
「今更何て顔をされるのですか」
公瑾の苦笑混じりの声に、花は自分がどんな顔になっているのか分からない。
そのままに、ただ狼狽えて公瑾に視線を返す。
一方、公瑾の方は目の前の妻の姿に、苦く嗤う。
花が何か自分に気を取られたのは分かった。明確ではないけれど心が一瞬とんでいたように見えた。
だからこちらに注意を促せば、今度はまた人に見せるのも憚られるような様子になってしまった。
上気して赤くなった頬、熱っぽく潤んだような瞳、少しだけ開いた唇は色っぽく濡れて見えた。
彼女が何を見てそうなったのか分からないほど公瑾は鈍くはない。
「私の身体など、見るのが初めてでもないでしょうに」
「だ、だって、裸じゃないですか」
 見事に狼狽えてどもる花に、公瑾は嫣然と微笑む。
「大袈裟な。裸と言っても上半身だけでしょう。もう私の妻なのに、まるで初心な生娘のような反応ですね」
「そんなの関係ないです!とにかく服を着て下さい」
「そう狼狽えられますと、何やらよからぬことでも思い出したかと勘繰ってしまいますよ」
「えっ!」
決して明確に色んなことを思い出したわけでもなかったけれど、公瑾の妖しいほどの色香に当てられてしまった事は事実だ。
取り繕うこともできずに絶句した花に、公瑾はゆるりと身体を倒して愛しい妻の顔を近付けた。
敏感な耳朶に吐息がかかる程に唇を寄せて甘く囁く。
「私はあなたの項や後れ毛を目の前に見るだけで、不埒なことを思うことはあります。このようにね」
低く艶やかな声と微かな呼気は、夜の褥の中でいまだ恥じらいを捨てきれなくて戸惑う花を優しく翻弄する公瑾を思い出させた。
同時に薄くも形良い唇で柔らかな耳朶を食まれ、花の睫毛が震えて恥ずかし気に目が伏せられる。
意識せずに漏れたのは小さな声だった。
「んっあ……」
自分洩らした声に驚いたのは花で、まるで閨の中で公瑾に抱かれている時に漏らす声のようで、羞恥にこれ以上はないほど身体全体を薄紅に染め上げた。
俯き、顔を掌で覆ってしまった花に、公瑾はふふっと声にならない笑いを漏らす。
「花、あまり煽らないでください」
「煽ってないです。公瑾さんがあんなことするからいけないんです」
「仕方ないでしょう。私たちはいまだ新婚なのですから。ほらこちらを向いてください」
公瑾の指先が滑って、花の頬に触れた。そのまま剣を持つ大きな硬い掌に包まれて、抗い難く顔を上げさせられてしまう。
「真っ赤ですね。それほど恥ずかしかったのですか?」
「当たり前です」
今は燦々と陽の光が降り注ぐ昼間で、あんなことは密やかに行われることだ。
間違ってもこんな誰に見られるか分からない場所で、堂々行われていいわけじゃない。
新婚だって免罪符にはならないだろう。
「そう怒った顔をされても、睦言めいた声を聞かせてくださったのはあなたでしょう。私にとっては可愛らしいばかりです」
そうして震える睫毛に落とされたのは、小さな吐息のような口付け。
同時に花の頬に、ぽたりと冷たい雫がかかって花は勢いよくぱちりと目を開けた。
「公瑾さん。良く拭いてなかったでしょう。いくらこの季節でも身体を冷やすのはよくありませんよ」
怒っていても、優しい花はすぐに怒りを引っ込めて夫である公瑾の身体を心配した。
「では拭いてくださいますか」
髪から拭き取れなかった水分が、たまたま落ちただけだろうが公瑾の頬を水滴が滑り落ちて行く。
「じゃあ、手拭いを貸してください」
花が長床几の方に行こうとすれば、公瑾が花の細い腕を掴んで止める。
「公瑾さん?」
「あなたの手巾で拭いてください」
「だって、さっきは必要ないって言ったじゃないですか」
意味が分からないと花が困惑しながらも、手巾を取り出してそっとこめかみから頬を拭えば、公瑾は一度目を閉じて花の手巾を持った手を掴んだ。
「私はあなたのこの香りが好きなのです。汗にまみれてしまっては勿体ない」
手巾の香りを嗅ぐような仕草に、花はやっと引いた熱が戻って来るような気がした。
公瑾はお洒落な趣味人らしく自分専用の香を持っているが、花自身は作ってくれると言った専用の香を断ってハーブのような自然の草花の香りを楽しんでいた。
自然な香りだから匂いは飛びやすいが、抽斗には手巾と共にいれているので香りは移っている。
やがて手首に触れた唇に、花はふわりと笑った。
こんな些細のことに気付いてくれる公瑾が嬉しくもあり、気恥ずかしくもある。
「さっきの台無し発言の真意はそこですか」
「そうですね」
「公瑾さんは分かり辛いです。言ってくれないとわかりませんよ」
「分からなくていいんですよ。いくらあなたであっても堂々と言うようなことじゃないですからね」
「ええっとそれは察しろと?」
すると公瑾は、是とも否とも取れない微笑を浮かべた。
ふわりと柔らかく吹き始めた初夏の風が、公瑾のいまだ色の濃い少し湿った髪を揺らす。
ああ、そうだ。花は公瑾の思いの他すべらかな髪に触れると、指先にその髪を通して手で梳く。
「花?」
「私、公瑾さんはどんな髪型でも似合うと思いますけど、やっぱりこうやって触れられる長さが嬉しいです」
婚儀を挙げて三月、二人は時に甘く、夫婦となった距離をゆっくりと近付けていた。


<後書き>
公花二人の新婚風景でした。
ふふふ、この先は(と言っても何話か挟みますが)最終的はR18な展開になる予定があったのです。
続きを書くのか、どこに書くのかまだわかりませんが、二人の甘い新婚生活を垣間見てくださいませ。
え?甘くない?
甘いですよね^^
                       了

小話的連作『幼馴染みの恋心2』(公瑾×花)

2014-05-07 21:09:39 | 公瑾×花
<前書き>
連休はいかがお過ごしでしたか?
私はまあ適当に近場で遊んでましたが、色々盛りだくさんでした^^
ただ我が家、GWとかには不思議と救急病院に縁があるんです。
今年も例にもれず・・・・・・大変な目にあいました(><)
そんなこんなで、原稿も進まずサイトも更新できずでした。
今回は前回の続きで、お気楽に読めるお話ですwww
続きからどうぞ。


小話的連作『幼馴染みの恋心2』(公瑾×花)

「お師匠様。ありがとうございました」
花が丁寧に挨拶すれば、古琴の師匠である美しい未亡人はゆっくり頷く。
「はい。お疲れ様」
年齢ははっきり聞いた事はないけれど、王夫人というこの方は、本当に品よく微笑む。
お稽古はそれほど厳しくなく、花も極めようなんて気はなくて、花嫁修業のつもりで習いに来ていた。
けれど生来の生真面目さで、それこそ他の娘より熱心に稽古に励む花は、王夫人のお気に入りの弟子だった。
古琴は重いので夫人の家に伺って練習する時は、花は自分の楽器は持って来ずにこちらの古琴を使わせてもらっていた。
だから片付けも簡単で、方卓の上に絹の布をかければそれでお終いだ。
もう一度、今度は辞去の挨拶をしようとすれば王夫人は首を傾げて花を見詰める。
花がすれば子供っぽくなる仕草も、王夫人がすれば少し垂れた目元もあって大層色っぽい。
「ねえ、花さま」
本当ならば師匠であるから花と呼んでも構わないのに、花の家柄を思ってか、それとも母と知事のせいか、王夫人はさまと呼称を付ける。
「はい?」
「何かあったのかしら?お心、ここに非ずだったわね」
言われて花は、真っ赤になった。
母親から公瑾の恋人のことを聞いたのはつい昨日ことで、一晩悶々と寝台の中で過ごした。
当然たった一晩くらいで、気分の晴れるものでもないし、何がどうなっているのか分からないままだ。
そうこうしている内に一夜明ければ、うっすらクマの浮いた顔ができあがったわけだ。
化粧で誤魔化したのでばれていないと思っていたけれど、この夫人にはお見通しだったらしい。
見透かされたバツの悪さを感じつつも、それよりもともっと大事なことを思い出した。
花は立ち上がると居住いを正して、優雅に拱手を捧げて顔を伏せる。
「申し訳ありません。お稽古に身が入っていませんでした」
「あら、わたくし、そんなつもりじゃなくてよ」
確かにそうだろう。
この夫人は、嫌味など言ったりしない。
手慰みで習いに来る方は、それはそれで十分だと思っている。
「それはわかってます。ただやっぱり申し訳ないし、自分が情けなくて……」
花がしょぼんと肩を落すと、王夫人ははんなり微笑んだ。
「何かお悩み事?」
「お師匠様は鋭いですね」
「だって上手に隠してらっしゃるけど、隈がくっきり」
「わかってしまいますか?」
「他の方は気が付かれないかもしれないけど、花さまはいつも薄化粧ですものね。しっかりお化粧されていたから、逆に気になってしまったわ」
やはりこの御方は鋭いと思いつつ、花はどうしようかと考える。
王夫人のことは師匠としても、年上の女性としても、好きな方だし尊敬している。
たぶんこうやって好奇心で聞かれても、無理に聞きだそうとすることはないし、聞いた話を触れ回るような女性でもない。
以前、高名な芸妓であったと聞いているから、人脈も広く、とても世の中のことを知っている。
色恋のことを相談するのに、これ程相応しい相手もいないかもしれない。
花が迷っていれば、夫人はふふふと軽く笑われた。
「最近ずっと楽しそうでいらしたのに、今日は随分お顔の色も、古琴の音色も萎れてらしたわ。もしかして楽の音を合わせてみたいと思ってらっしゃる方が原因?」
今度こそ、花はびっくりした。
確かに上手になったら、合奏したい人がいるとは言って、稽古の目標に掲げた。
でもそれは当然凄く曖昧なものだった。
何しろ花一人の目標で、公瑾と口約束どころか、他の誰にも話したことのない夢だ。
公瑾は色んな才を持つけれど、その中でも特別なのは楽の才だった。
剣を振るう手からとは思えないほどの澄んで流麗な音色は、誰もが聞き惚れ、今一度と乞われるほどの物だった。
天賦の才、もちろんたゆまぬ努力もあっただろうけれど、楽の才は江東にその名と共に広く知れ渡り、美周郎を華やかに彩っている。
昔は傍らで琵琶を練習する綺麗な年上の少年を見ていた。
時には、その膝に乗せて貰って、長い指先から爪弾かれる音色を聞いていた。
その音色を子守唄にして、眠ってしまった事もある。
少女にとって公瑾の音色は特別で、彼の音色によって良い音楽を聴く耳を養い、感性を育てられた。
公瑾の手から紡ぎだされる音色に包まれ、育まれた。
良家の子女として花が楽器を習うことになった時、古琴を選んだのは少しだけ逃げもあった。
琵琶や月琴、二胡などもあったが、あまりに公瑾の音色が素晴らしすぎて、公瑾が得意とするそれらの楽器をどうしても手に取ることができなかったのだ。
だから花は、古琴と言う楽器を選んだ。
楽器を自ら奏でる楽しさを知った花は、だんだんと欲が出て来た。
でもまだまだ自分の古琴の音は拙い。
たぶんいくら練習したところで、公瑾のあの域に到達することはないだろう。
それでもいつか音色を重ねてみたいと思い、花はそれをひっそり自分の心の中で目標に掲げた。
でも師匠である王夫人に、誰かと楽の音を合わせられるようになりたいとだけしか言っていない。
なのに見透かしているような言葉に、花は上手く誤魔化すことができなかった。
「お師匠様は鋭すぎます。何もかもお見通しなんですか?」
「まさか、そんなはずはないわよ」
「でもほとんどその通りなんですから」
「あらぁ。じゃあ、見事に言い当ててしまったのね」
「どうやらそのようです。私、そんなに分かり易かったですか?と言うか、もしかしてお相手の方まで分かってらっしゃるんですか?」
恐る恐る夫人に花が尋ねれば、うふふと色っぽく夫人は笑顔を見せられる。
「だって花さまはここに来られた時から、花嫁修業だって窺っていたのにとても熱心でらしたわ。それにお耳もいいし、古琴と言うか、楽に対する素養はできてらした。だから私、少々びっくりしましたの」
「そうなんですか?」
花が花嫁修業の一環で、こちらに稽古にくるようになったのは十四の時からだ。
あくまでもほんの教養程度から、もう少し深くと花嫁修業でも色々だが、熱心と言う程早い年齢でもなかった。
もちろん機織りなどと違って、必ずできなければならないものでもないので、妥当と言えば妥当だ。
そんな花嫁修業の事情から、王夫人は花の稽古を気楽な箔付のためのものだと思っていた。
だがいざ稽古を始めてみれば、花は予想以上に熱心だったから、色々気付いたのだ。
「申し上げれば『曲に誤りあれば周郎が振り向く』と巷に名高い御方が、その憂いの原因なのでしょう?昔からお母様から色々幼馴染みの方のことは聞いていましたし、花さまの周囲の状況を見ればね、わたくしでもわかりますわ」
「随分前から御存知だったんですか?」
「そうねぇ。知ってたわね。でも他意はなぁんにもないのよ」
あっけらかんと言った後で、夫人は花の隈のできた顔を優しく見つめる。
事情通の夫人の元には、周公瑾とその彼が関わっている娘の話題が届いていた。
もちろんそのお相手の娘は、目の前にいる花ではない。
そうして花が憔悴した様子で現れれば、鈍くない夫人はあっさり花の隈の原因に気付いた。
花と公瑾の関係がどう言うものなのか、実際のところ夫人は知らない。
だから賢しらに助言などすべきでないと思いながら、初々しい少女の様子に少しお節介をしたくなった。
「ねぇ、花さま」
「はい?」
「今日、この後、何か御用はおありになる?」
「ええっと、特別何もありません」
「じゃあ、お願いをきいて下さらないかしら?わたくし、楽師の伯文さまにお借りしていた物をお返ししたいのだけれど、今日はこの後もお稽古があって御伺いできないの。家の者に行って貰うつもりだったのだけれど、よければ花さまが行ってくださらない?」
「私がですか?」
「そう。向こうもあなたのようなお嬢様が来れる方が喜ぶと思うし、あちらはお庭が見事で今の時期は表は一般の方にも開放されているのよ」
「あの、でも」
「お邸の方にはこちらから使いを出しておくわ」
珍しく強引に進められた話に、結局花は口を挟む隙を与えられずお使いに出かけることになってしまった。
おっとりなのに強引とは、何ともやり手だと花が思ったのは外に出てからだった。

こうなったらと花は前向きな気持ちで御使いをすることにした。
元々用事がなかったのは本当だし、別に師匠である王夫人のお使いに出るのが嫌だったわけではない。
王夫人自身の人柄は好きだし、元々母親の知人であり、亡くなった御夫君とは父も知己がある。
ある意味信用はあるので、別に事後連絡でも問題はない。
そんな山家と夫人の関係だったから、御使いを引き受けたところで怒られるとは思えなかった。
花は昼下がりの往来を、自分の家の侍女見習いの少女と共に歩いていた。
頼まれたものは箱に入れられ綺麗な布に包まれて、お供に付いている少女が持っている。
途中、城下では有名なお菓子屋さんに寄ったのは、王夫人の指示によるものだった。
楽師の伯文に持って行く分と、多めに渡されたお金で自分の分まで買う。
花は遠慮したのだけれど、「お駄賃よ」夫人はにこやかに言った。
で、ここでも花はやっぱり、押し切られてしまった。
甘い香りのするお菓子屋さんで、綺麗な桃色の皮に包まれたお饅頭の箱を二つ用意してもらう。
花も他の女の子の例にもれず、甘い物は大好きなので思わず嬉しくなってしまう。
賑やかな通りを歩いていれば、自然足取りは軽くなってきた。
さすがに師匠である夫人の更に尊敬する伯文に挨拶する時は緊張したけれど、伯文は物腰柔らかい初老の男性で、にこやかに花を迎えてくれた。
「花殿は私の孫娘と同じくらいですな」
「そうなんですか?私は十七歳なんです」
「孫娘は十九で、時に私の代わりに代稽古など致しております」
「先生なんて、凄いですね」
「まあ私などから見ればまだまだですが、月琴だけは悪くないと思っております。ありがたいことに奏者としても招かれることもあるのですよ」
そう言いながらも、自慢気という雰囲気もなく、どこか伯文には困惑が感じられる。
花は不思議に思って小首を傾げた。
「素晴らしいことだと思いますけど、失礼ながらご自慢じゃないんですか?」
今時女人で一角の腕前と認められるのは大変なことで、花は素直に問いを発した。
あまりに不思議そうに、無邪気に発せられた問いに、伯文は苦笑を漏らす。
この少女は駆け引きなど知らない、本当に深窓の箱入りの令嬢なのだろう。
「自慢ではありますが、そう手離しに自慢できるものでもないのです。花殿は偏見などなさそうですが、女人が楽師の真似事をするなどと思われる方も多いようです」
「ええっと……それは妓女ならばよく、楽師ならば良くないと言うことですか?」
「有体に申せば、そうですな」
花は眉根を寄せると、小さく首を振ってはっきりと自分の意見を口にする。
「私は女人の身で、それほどの楽の才をお持ちなのは素晴らしいと思います」
すると伯文は、師匠とも祖父ともとれる顔で嬉しそうに笑んだ。
「ありがとうございます。いや、そのように同じような年頃の御嬢さんに言われると嬉しいものですな」
「だって相応しい才には、それに見合った評価は当然だと思います」
「そうですな。ですがまあ私もある意味心配性な爺です。それはそれとして、同時に幸せな結婚もして欲しいと願っております」
少し堅くなった話題から離れるように、伯文は世の孫が可愛くて仕方ない祖父と同じく厳粛に告げる。
花だってそれこそ言うように同じような年頃だから、結婚話には興味がある。
「まあ、そんなお話があるのですか?」
興味津々に喰い付いてきた花に、伯文は今度こそ少しばかり自慢げに頷いた。
「孫娘は今、さる御方の所にどうかとありがたいお話をいただいているのですよ」
その言い方に、お相手は身分高い方なのだろうと花は納得する。
「それはおめでたいですね」
「いえいえ。まだ確定と言うわけではありませんからね。楽人としても、女としてもと、つい欲張ってしまいそうです」
そんな風に、興味深く失礼にならない程度お話をして、是非庭を好きに散策してくださいと話の終わりに告げられた。
それも内庭まで見ていいですよと、ありがたい言葉を頂き、花は親切を素直に受けることにする。
「ああ、家人や弟子と行き会うかもしれませんが、お気になさいませんように。散策の客人があることは珍しくないので、不審に思われることもないと思いますが……」
そうして少し考える素振りになった伯文は、椅子から立ち上がると室に飾ってあった大きな青磁の壷の方へ行った。
戻ってきた時には、手に清楚な白い花を一輪携えていた。
「綺麗な花ですけど見たことありません」
一応女の子、それも良家の子女だからお花にはそれなりに詳しいはずなのに、記憶はなかった。
「これは白薔薇なのですよ」
「ええっともう少し薔薇は小振りかと思ってました」
「遥か西から渡ってきた珍しい品種です。特別に株分けしてもらったのでここにしかないです。そしてこれを持っていると言うことは、私の客人と言うことになります」
つまり庭で誰かに行き合っても、不審者と見咎められないための印らしい。
「いつもこんなことをされるんですか?」
「可愛らしいお嬢さんに、年寄の話に付き合って貰ったお礼もかねてですな」
伯文は好々爺めいた口調で言うけれど、その目は悪戯っぽく輝いている。
たぶんお若い頃は、さぞかし女性を騒がせたことだろう。
花だって女の子だし単純だから、こんな気遣いは嫌じゃない。
「ありがとうございます」
棘を外した白薔薇を受け取れば、かさついた、でも温かい手に指先が包まれる。
「良ければまたお訪ねください」
社交辞令と思っても嬉しくて、花ははいと素直に頷いた。



<後書き>
なんか違和感がと思えば、IEから狐さんに変更したせいですね。
やたら更新画面の文字が大きく見えます^^;
そして・・・・・・GW中にサイトの移転をと考えてたんですが、できてません。
密かに焦って参りました。

『白梅 姫君の真相』(公瑾×花+仲謀)白梅31

2014-03-28 20:12:11 | 公瑾×花
<前書き>
今回は長くなっちゃった。
と言うことで、花ちゃん謎解き編となりますwww
ここんとこいいことなかったけど、花ちゃんらしい様子が見られるかな?
私も少しほっと致しました。
では続きからご覧ください。



『白梅 姫君の真相』(公瑾×花+仲謀)白梅31

花の声に招き入れられた朱蘭は、呆然とその場に立ち尽していた。
最初こそ公瑾を見て可憐で嬉しそうな微笑を浮かべたけれど、すぐに異質な室の中の状況に気付いたようだ。
壁際の椅子に抜き身の剣を当てられて、真っ青な顔で座る玉楼の姿。
一見お茶の支度が整えられているように見える卓だが、贈ったはずの小さな壷は転がっている。
床を見れば、打ち捨てられた小鉢とそこから散らばる高価なはずの薬にも菓子にもなる金橘。
一瞬、状況が掴めないのは朱蘭の罪ではないだろう。
恐る恐ると言った様子で室を見渡せば、いつの間にやら扉は閉められ、扉の前には屈強な兵士が立っている。
家の中まで護衛がいるような身分ではなかったが、それなりの家の娘である朱蘭はこの状況のおかしさに気付く。
城の中、貴人を守るために兵がいるのは当り前だ。
現に城の外で暴漢に襲われて以来、最近では常に朱蘭の滞在する客間の前にも兵はいた。
だが彼らは警護のために扉の外に立つのが常で、今の立ち方は中の者を外に出さないようにするため、つまり監視に見えた。
そして別に連れて来た侍女は、また壁際で兵の一人に動けないように腕を掴まれている。
この状況を悟れば、朱蘭は怯えた顔を困惑と怒りに変えた。
「私はお見舞いのお礼に、是非にと花殿に願われてお茶を頂きに参りました。でもこれはどういう事ですか?私の侍女への狼藉に、どなたか納得できる返答をくださるのですか?」
きつい眼差しを玉楼へ剣を向ける兵に投げかけ、視線を公瑾へと移してきっぱりした物言いで説明を求める。
それはまだ幼さを残しながらも、凛として揺るぎなかった。
その立ち振る舞いは、将来の女主人として仲謀や公瑾の傍らに立つに足る器量だ。
花は自分との格の違いを見せつけられた気がして、瞠目すると同時に胸が痛む。
生まれ育ちもあるから一概には言えないだろうが、果たしてこちらの世界に慣れて一生懸命学んでも、朱蘭のように自分がなれるかと言えば自信がない。
それにこの姿を見る限り、朱蘭に後ろ暗いところがあるとは思えなかった。
公瑾はそんな朱蘭の態度に動じた風もなく、視線一つで部下に剣を下げさせた。
「彼女の名前を使って呼び出したのは、他ならぬ私です。この状況についても、私が起こしたことです」
室の中の状況を険しい表情で見つめる朱蘭に、公瑾は淡々と説明した。
「では公瑾さまが、詳しい説明をしてくださるのですか?」
「説明ですか?説明は、朱蘭姫から私の方へしていただけるかと思っていたのですが、あくまでもしらを切られますか?」
落ち着いた公瑾の態度と思いの他厳しい公瑾の物言いに、僅かに朱蘭はたじろいだ。
花にとって厳しい公瑾の口調などは、言ってしまえば見慣れたものだが、貴公子然とした美周郎たる公瑾しか知らないならば違和を感じるだろう。
それに嫉妬心を抜きに、公瑾は仲謀の花嫁として迎えに行った朱蘭を、普段接する侍女や他の女人などとはまったく違う扱いをしてきた。
だからきっと今の朱蘭にが、この公瑾の態度に怯んだとしても不思議はない。
「私はこの状況を説明してくださいとお願いしているのです。玉楼が何か粗相をしでかしたのですか?例え粗相をしたとしても、花殿に怪我を負わせたわけではないし、剣を突きつけるなど行き過ぎではないでしょうか?」
主として玉楼を守ろうとする姿勢は立派で、きちんと二人の間に絆があることが分かる。
それは見かけだけじゃなく、心からの態度に感じられた。
「もちろんせっかくの見舞いの品を台無しにしたくらいで、私とてあなたの侍女をどうこうするつもりはありません。私が知りたいのは、あなたが誰かと言うことです」
「誰って、何のことでしょう?」
今度は少しばかり固い声で、それでもはっきりと公瑾の怜悧な視線を受け止めて朱蘭は訊き返した。
なんて昂然と顔を上げているのだろうと朱蘭の態度に感心しながら、花は気付いてしまった。
彼女の細くて白くてきれいな手が、細かく震えていることに。
今の公瑾は、花ならばある意味良く知る公瑾だった。
辛辣な口調とか、素っ気ない雰囲気とかではなく、そこにいるのは研ぎ澄まされた戦場にいる有事の際の彼で、たぶんほとんどの女性はこんな彼を知らないだろう。
そんな公瑾の前に立つのは、とてつもない勇気が必要なはずだ。
「あくまでも自分から真実を話してくれる気はないのですね。私はさる筋から、あなたが謝家の朱蘭姫でないと聞きました。それは事実なのでしょう?」
公瑾自身は朱蘭が偽物である事実を疑ってないが、やはり素直に話してもらった方が手間がかからなくて済む。
けれど対峙する朱蘭は頑なで、公瑾は影を落とすような長い睫毛を伏せた。
子敬には、今現在の状況を伝えてあった。
ただ仲謀とこの婚姻に乗り気で下準備を進めた呉夫人には、まだ何も知らせていない。
もちろんこのまま何も話さないで済ませるつもりはない。
そうしてやはり謝家の朱蘭だと名乗っている娘の立場がはっきりしていない以上、彼女に直接手を下すのは得策ではないという考えが働く。
ならば朱蘭が侍女として庇う幾ばかりか情のある玉楼に訊いた方が、余程早いだろう。
責められる玉楼自身が音を上げるか、それともその姿を見て朱蘭が折れるか、公瑾はどちらでも構わない。
ただ憚るとすれば、それをここでするにはいろんな意味で向かないと言う点だけだ。
けれどそう酷い手を使わずとも、どちらかがすぐに口を割ることは分かっていた。
「今の言葉は公瑾さまのものとは思えぬ侮辱です。私は謝家の娘朱蘭です」
「分かりました。ではまずは玉楼に伺いましょう。言っておきますが、身分を偽ったばかりでは済まない事態ですから、それ相応の覚悟はなさってください」
そう言って一拍間を置くが、朱蘭はぎゅっと唇を引き結んでいる。
玉楼に至っては顔を伏せたまま、ぶるぶる震えていた。
「仕方ありません」
公瑾の最後通告のような言葉がかかったと同時に、兵が椅子に座ったままの玉楼の肩を掴んだのを見て、動いたのは今まで一言も口を挟まなかった花だった。
「待って!ダメです。公瑾さん」
花には公瑾が本気であることを分かっていたが、恐らく朱蘭と玉楼には分かっていない。
戦乱の世であっても、居る場所によって戦との関わりは様々だ。
朱蘭のような身分の者だったら、それこそ以前の花のようにまさか今まで優しく丁重に扱ってくれた公瑾が、まして少女の自分たちを本当に手荒く扱うとは思ってないのだろう。
もちろん花だって、それが必要だからすることは分かっている。
「花。今、あなたの意見を私は必要としてはいません」
「分かってます」
またきれい事を言うつもりかと眉を顰めた公瑾に、そうではないと首を振った。
「では黙っていてください」
「そうじゃないんです」
花は何か違和を感じていた。
さっきから初めて長く玉楼に接して、朱蘭との関わりも見てきた。
そうしてここに来ての一連の流れに、おぼろげながら形が分かって来た。
それが果たして事実を言い当てているのかどうか、そこまでの自信はない。
でもこのまま二人に真実を話させるために玉楼に暴力的手段をとるのは、まだ早いと思っていた。
「公瑾さん、少しだけ私の話を聞いてください」
「花、時間が惜しいのです」
「ええ、分かります。だけどちょっとだけでいいんです。時間を下さい」
昨日までとは違って、どこか諦観したような以前の花のような落ち着いた素振りで、花はまだぎこちない動きながら公瑾の背から前に出た。
「花」
警告と苛立ちを込めた声に、花は動じることなく話し始めた。
「取り敢えず朱蘭姫も腰掛けてください。私も立ったままで居るのは少し辛いんです」
尋問をするのに相手に下手に出るなど下策もいいところだと思ったが、仕方なく公瑾は花の好きにさせることにした。
元来、花はやはりそれなりに聡明な少女であり、恐らく何か思うところがあるのだろう。
そうして兵や公瑾は立ったままだが、少女二人が腰掛けたのを見て切り出す。
「まず朱蘭姫が、朱蘭姫じゃないと公瑾さんは恐らく信頼のおけるどなたからか知らされたんだと思います。だからそれは私も間違いじゃないと思います。そうするとあなたは朱蘭姫じゃない」
花は言い切り、すぐさま反論しようとした朱蘭姫を、すかさず制す。
「待ってください。朱蘭姫も言い分はあるかもしれませんが、私の話を最後まで聞いてください。たぶん公瑾さんたちとあなた方の間には大きな齟齬があり、それはもう取り返しがつかないほどに大きな問題になってるんです」
一瞬、朱蘭と玉楼の視線が何が言いたげに交わるけれど、言葉が発せられることはなかった。
その様子を見て、花は少しだけ確信を強める。
「私が思うには、朱蘭姫はここに、京城には来てるんだと思います」
「馬鹿な。花、あなたはさっき自分の口で、彼女は朱蘭ではないと言ったばかりではないですか」
「はい。でも公瑾さんが迎えに行ったのでしょう。例えすぐ引き合わされて、急いで京城に取って返したにしても、宴かそれなりのもてなしがあり、その間に謝家の人たちが替え玉を隠し果せたとは思えません。人の口に戸は立てられずって、故郷に諺があったんですが、お城にでも住んでない限りある程度皆さん顔は見知っていらしたはずですよね。だって朱蘭姫は、向こうの訛りがないくらい長くそちらで御暮しだったんですから」
花の知るところでは、謝家のような豪族はそれなりに大きな邸に住んではいるが、城や砦もちは少ないし規模の小さなものがほとんどだ。
「まあ確かに、会稽郡ではそれなりに長くお暮らしだったと聞きました。つまり侍女どころか、下女や下男まで姫の顔を知っている状況で、姫を入れ替えるのは不可能だと言いたいんですか?」
「はい。だから実際に姫はこちらに来てるし、謝家の人たちも嘘偽りなく朱蘭姫を送り出した。取り違えは、京城側だけで起こっている出来事で、そうなるように仕組まれたんです。たぶん謝家の御当主を始め一族の方は裏切る気などないのだと思います」
そう、そもそも謝家には孫家を裏切っていいことなど、今の状況ではないに等しい。
加えて花から見れば、公瑾が自分が一度仕掛けたからこその替え玉と言う策に、易々と嵌るとは思えなかったのだ。
何しろ智謀の将と名高い公瑾は、また花の師匠と違って意味で参謀らしい参謀だ。
用心深く、常に色んなことを想定し、周囲を見ている。
相手が軍師などを用いて緻密な策を仕掛けてくるような勢力ならばともかく、公瑾が気付かなかったならば、たぶんそこに策謀はないと考えた方が自然だ。
「では迎えに行ったあの一行の中に、朱蘭姫が居ると言うわけですね。その玉楼を始め侍女は他に二人と下女の少女が一人」
思い出すように言う公瑾に、焦りはない。
該当者のうち偽の朱蘭を含め侍女二人はここにいるし、下女ともう一人の侍女には朱蘭を問い詰めると決めた時点で見張りの手筈は済んでいる。
「入れ替わっても不思議ないくらいの少女ってだけで随分絞れますが、私は玉楼さんこそが朱蘭姫御自身じゃないかと思います」
「何を根拠にそう仰いますの?ただ同じ年頃の少女と言うだけで、玉楼こそが朱蘭だなんて言い切る理由を教えてください」
思いのほか激しく朱蘭が、花に詰め寄る口調で問いかけてきた。
花はそれを核心に触れたせいだろうかと思いつつ、自分の考えを口にする。
「一つは玉楼さんが、侍女の仕事に慣れてないように見えたことです。彼女の立ち振る舞い自体は、良く気が付く侍女そのものでしたが、明らかにお湯とか、重くて安定感の悪い物を持ち運ぶのに慣れてなかったんです。そう言うのに該当する身分の人は、まさに侍女に常日頃から仕えられている人です。もう一つ、気になったのは言葉の問題でした。朱蘭姫には全然訛りがありませんでしたが、玉楼さんには極少しですが同じ言葉でも抑揚と言うか、ほんの少したまにですが強弱が違う時があったんです。それも今日初めて長く話してきがついたんですが、それが訛りだと思いました。幼少の頃覚えたそれは、成長してもほんの少しだけ出ることは良くあることだと、聞いた事があります。そして南部が物騒だからと中央の言葉遣いの今の場所に移ったのは朱蘭姫。だとすれば、やっぱり朱蘭姫は玉楼さんとしか考えられません」
理論整然と並べられた言葉に、さすがに朱蘭は言葉を詰まらせた。
「でも」
言い募ろうとする朱蘭に、花はゆっくり首を振る。
「何より私が朱蘭姫と玉楼さんの関係を疑問に思ったのは、朱蘭姫と玉楼さんの互いを思い合う関係にあったんです。二人には何か強い結び付きを感じました。最初は乳兄弟のような主従の強い繋がりかと思いましたが、朱蘭姫はとても厳格な姫君でした」
「厳格な姫君とはどう言う意味ですか?」
花特有の言い回しには、さすがに公瑾も意味が掴めなかった。
「厳格に身分高い方の子女として教育されて、それが行き届いた方と言う意味です。いくら朱蘭姫が寛大で心優しい姫でも、二人の間で主従ならあんな風に互いを気にし合う感じはならなかったと思うんです。そう考えれば、二人は対等かそれに類する関係としか思えなかったんです。それは玉楼さんも同じで、随分朱蘭姫の事を気にされてました」
花の見てきた朱蘭は、言動を知れば知る程、良くも悪くも姫君だった。
この世界はそれが当たり前だから、花もそれに対してどうあるべきと声高に言うつもりはない。
そうである人が居ても当たり前だし、またあまり気にしない尚香や大喬小喬姉妹だっている。
ただ朱蘭は身分というものを知り尽くし、主として振る舞うべき姿が身に付いていた。
だから例え乳兄弟として姉妹のように信頼する侍女が居ても、やはり同じ身分として扱う事はいだろうと思えた。
なのに玉楼に対する眼差しや雰囲気は、普通に侍女に接しているようでほんの一瞬見交わす視線が違っていた。
玉楼にしても、花は当初朱蘭が厳しいために彼女に知られて叱られることを恐れているのかと思っていた。
だけど二人を前にして、花はそこにあるのが侍女の忠誠心や心配でないことに気付いた。
「だから玉楼さんは謝家の朱蘭さまです。そして公瑾さんが聞きたがっていたことであり、私の質問でもあります。朱蘭姫と名乗っていたあなたは、いったいどなたなのですか?」
花がここまで懇切丁寧に玉楼が朱蘭である理由を歴然と並べたのは、もちろん公瑾を始め本人たちも含めた周囲への説明の意味もあった。
ただ何より知ってもらいたかったのは、もうここまで来てしまって言い逃れは出来ないというその一点だった。
今知っていることを話せば、無用の混乱を治め、見えてくることがあるはずだ。
何より、花が思うに、彼女たちは自分たちが引き起こしたことが、どれだけ大きくなっているのか知らな過ぎた。
引き起こしたことが、巻き起こしたことを知らなければならない。
「いや。だって、こんなの酷い。せっかくここまで上手くやれてたのに」
積み上げられた花の推測の前に、朱蘭は首を振る。
「玉楼、本当のことを言いましょう」
そうして朱蘭へと呼びかけたのは玉楼だったけれど、彼女は今まで自分が呼ばれていた侍女の名前を極当然と口にした。
「朱蘭!何言うの!」
「私、私たちの知らないところで、思ってもないことが起こってるんじゃないかと思って、凄く怖かったの。それに花さまの言うことはほとんど真実だったでしょう」
「だって、それは私たちとは関係ないことだわ」
唇を噛んで、それでも強情そうに認めない朱蘭の様子はある意味痛々しい。
すると公瑾が重いため息を吐く。
「分かっておられないようですが、花殿が私の代わりにこうやって一々説明したことは彼女の温情以外に他なりません。それすら納得せず、これ以上手を煩わせるようならば、あなた方にはやはり私のやり方で質問に答えていただくことになります」
立ち姿こそ今までと変わりなかったけれど、そこにいたのはまさしく呉の都督周公瑾だった。
冴えて冷徹な眼差しは、いっそその姿が優美にして玲瓏と評される美貌故に余計に想像する言葉の内容を怖ろしく感じさせた。
「そんなこと出来るわけないわ」
今回の見合いの申し入れは、謝家にもありがたい話であったけれど、向こうから願われた是非とも結びたい同盟の為の輿入れと、朱蘭は聞いていたのだ。
ならば何より丁重に扱われなくてはならないはずだった。
けれど公瑾は、顔色一つ変えずすいと朱蘭へ身を屈めた。
「あなた様方には、謀反と暗殺の疑いがかかっております。いかに高貴な姫君であられようと、それは許されざる罪となることぐらいはお分かりですね」
その言葉に、朱蘭はようやく事の次第を呑み込んで公瑾の顔を蒼白な表情で見つめた。



<後書き>
花ちゃん、なかなか女性ならではの細かい視点だね。
そうしてやっと伏線拾えて良かったです。
公瑾さんはいったん引いたけど、やはり都督様でした。
姫君編の解決には、あと1話もしくは2話くらい必要そうな気がします。
しかし、ずっと(小話はさんだけど)白梅書いてたんで、違うの書きたい気分になっちゃった^^;



『白梅 因果』(公瑾×花+仲謀)白梅30

2014-03-06 22:52:53 | 公瑾×花
<前書き>
く、悔しいです。
もうちょっと進めたかったのに……なぜこれをいれた。
いやいや、なんとなく必要と感じたんです。
なんとなくって何?www
いや、家族が現在インフルエンザで、横目に看病しつつ書いた結果かも^^;
でもこれで1セットだったかなと思ってます。
では続きからどうぞ。



『白梅 因果』(公瑾×花+仲謀)白梅30

公瑾がその事実を知ったのは、本当に全くの偶然だった。
朝から処理に追われたのは殺された女官のことで、いくら身分差がある世界でも法と言うものはあり、人が殺されたのならば犯人を捜し出して罰するのは当然の理だ。
特に事件続きの京城では、彼女の私が怨恨などの個人的なものなのか、それとも一連の陰謀に関わるものなのか調べなければならない。
厳密に女官自信を調べた結果、殺されてしまった明豊は、特別怪しむべきことはなかった。
地方の豊かな商人の娘で、女官として京城に勤めたのは父親の勧めだった。
父親は娘に箔を付けて地方の官吏か、もしくは娘が城で勤める官吏を婿にして縁故を得ることを望んだのだ。
それは決して過ぎた望みではなかったはずだ。
華やかさには欠けるがしっかり者で気配りのできる躾の行き届いた娘。
父親の娘への評価は間違いなく、彼女は堅実に勤めてその働きを認められた。
結果高官の棟の女官に任じられ、人当たりは良いが女官を私室に付けることにいい顔をしない周公瑾にも認められ室に入る許可を得たのだ。
明豊と公瑾の関係は淡々としたもので、室の掃除でさえ公瑾が出仕していない時間にするというものだった。
同僚の女官に訊いても明豊に恋人や想い人の報告はなく、慎ましく堅実な姿しか浮かんでこない。
それが公瑾たちの女官への調べで分かったことで、本来疑われるべき殺された室の居住者である公瑾への疑いは一番に晴れていた。
当日と言うより前日から居室には戻っていないし、城内というか楼閣で襲撃が有った以上城内の警備も殊更厳しくなり、常に公瑾の側か、もしくは扉の外に人がいたからだ。
自分の容疑が晴れたのは何よりだが、手詰まりの感は拭えず、公瑾は地方の有力者と会うために一旦執務室を離れた。
そうして滞りなく終わった会見の相手と共に、公瑾は回廊を歩き始めた。
特別公瑾自身が見送らなければならないような相手でもなかったが、自分の執務室に戻るついででも知らぬ相手は丁重に扱われて気分を害するものでもないだろう。
「そう言えばボヤ騒ぎがあったと聞きましたが」
世間話のようにさり気無く言われた言葉に、公瑾は顔色一つ変えずさらりと応じる。
箝口令を出したところで、ボヤなど誰の目にもとまるような大きな騒ぎは漏れるものだ。
公瑾は真実と嘘を巧みに混ぜて、情報を捜査していた。
暗殺騒ぎは伏せられ、高楼の設備が古くなっていたためと兵士の気の緩みから起きたボヤに、運悪く仲謀と花が巻き込まれた形に対外的にはなっていた。
真実が実際は漏れようと、外に出る情報は外聞が良いように取り繕われているものだ。
「ああ、お聞き及びでしたか。こちら側ではない高楼です。今はもう修繕をさせております」
「お早いですな」
「それはもう当然のことです。いつ何時何が起こるのか分かりませんから。此度のことは戒めとするつもりで、城塞周辺の見直しを致します」
「さすがは周都督。抜かりなきようで感心いたします」
どこまでを真実と掴んでいるのか、話す男は如才なく受け応える。
その男の視線が緩やかに庭先に向いていたが、ある一点で止まった。
「これはまたお美しい姫君がいらっしゃいますな。お噂では謝家の姫が有力との噂でしたが、他家の姫もご滞在中ですか?」
公瑾も男の視線の先を見れば、朱蘭が侍女を連れて美しく整えられた庭園を歩いていた。
薄紅の衣装の裳裾を捌いて優雅に歩いている。
艶やかな黒髪、細い腰ながら、存分に美しい曲線を表す豊かな女性らしい肢体、華やかな風情ながら下品な感じを受けないのは流石だった。
ただおかしなことを言うと、公瑾は訝しく思う。
謝家の朱蘭が花嫁候補として京城に滞在しているのは周知の事実で、特別秘密にしていることではない。
だからこそ、ここに年頃の着飾った身分高そうな娘がいれば、その人物を朱蘭と判断するのが普通のはずだ。
微かに胸に嫌な予感が差す。
「異なことを仰られる。袁殿はあの方を謝家の朱蘭姫と思われないのですか?」
公瑾自ら朱蘭を迎えに行ったのだ。
そこは間違いなく謝家の邸宅であったはずだし、そもそも丸ごと公瑾たち一行を騙しおおせるほど大掛かりなことをできる筈もない。
迎えた者も、公瑾の副官が見知った謝家の者だった。
「異なこととは周都督かと思われますが……私は一年ほど前、謝家の御当主と面識をえました折、娘の朱蘭姫ともお会い致しました。かの時の姫君は、あそこに居られる方とは全くの別人でしたな」
「まさか……」
いくら冷静な公瑾とて、あまりにあり得ない成り行きに驚きは隠せない。
けれどそれは、この驚くべき事実を告げた男袁も同様だった。
「ではこちらではその姫君が、自分は朱蘭姫であると名乗っておられるのか?」
意外さを隠さずに袁が問い返せば、公瑾はもう既に冷静さを取り戻しつつあった。
「そうですが……確かに妙な事ですね。大変失礼ながら、袁殿の見間違いや勘違いということはございませんか?」
「いくら女人に疎いと揶揄される私でも、一年ぐらいでは間違えませんぞ」
袁が苦笑交じりに言えば、公瑾も同じく苦笑を返す。
「いえ。そんなつもりはございません。あの年頃の女人は、短い間に驚くほど変わるもの。だからもしやと思っただけです」
「まあとにかく、あそこに居られる姫君は朱蘭姫でないことだけは、我が名にかけて請け負いましょう」
「貴重な事実を教えて頂きありがとうございます」
公瑾は丁寧に、かつ慎重な素振りで一礼する。
これが何に通じるかは分からないが、見過ごせることでないことは明白だった。
偶然からもたらされた情報であったとしても、いずれは何かの形で袁には報いねばならぬだろう。
袁も物を弁えた者らしく、ここで言質を強請るようなことはしなかった。
今何より公瑾が気になっているのは、花の所に朱蘭の侍女である玉楼がいると言う事実だ。
袁からもたらされたことが事実ならば、侍女の玉楼が主が偽物であると知らぬ筈はない。
いやもしや知らぬこともあり得るが、二人の間にはある程度の絆が見えた。
大人しやかな少女ではあったから、普段は大胆なことなどするとは思えない。
けれど主に逆らえないならば、強要されればどんなことでもやってしまうだろう。
普段そんなことをやり慣れない者ほど、いざとなったら思いもよらぬ行動に出ることを公瑾はよく知っていた。
内心の公瑾の焦りを知るが如く、袁はその場で公瑾に向き直った。
「では、これにて私は失礼いたします。見送りの必要はございません」
「ご配慮ありがたくお受けします」
公瑾は一礼すると、袁の背を見送ることなくその場で踵を返す。
一刻でも早く、知らぬ危険に晒されている無防備な花の元へ。

花は庇われていた公瑾の背から身を乗り出すと、驚きも冷めやらぬままに状況を見詰めた。
視線の先では、玉楼がいまだ床に引き倒されたまま呆然とこちらを見ていた。
でもそれも当然だろうと思う。
名家の娘の侍女に付くような娘は、それこそその家の娘より価格は下だがそれなりに身元がしっかりした教育がある程度行き届いた娘がなる。
侍女は身の回りの世話もするが、話し相手などにもなるし、衣装や装身具、様々なことの相談相手になったりもする。
主に仕える立場ではあるけれど、名家の女性たちに仕える侍女の地位は下女たちとは明らかに違うのだ。
それらを踏まえて考えれば、こんな風に乱暴に扱われることなど初めてだろう。
いくら仲謀の股肱の臣にして、軍の都督と言う地位にある公瑾であっても、余程のことがなければ客人として滞在している朱蘭の侍女をこんな風に扱うわけはない。
と言うことは、それなりのことが起こったのだと花にも理解できた。
けれどいまだ床にいて、立つことも許されていない玉楼の姿に花の胸は痛む。
出過ぎるのは良くないけれど、花は控え目に公瑾に声をかけた。
「公瑾さん。何があったのか知りませんけど、玉楼さんをあのままにしておくのはあんまりです。彼女、さっきまで具合が悪かったんですから」
本来、公瑾はその雅な姿に比例して、その立ち振る舞いも基本的には貴公子然としている。
普段ならこんな風に女性を床に引き倒したままにしておくようなことはしないが、同時に冷徹な武人にして参謀の面も持つから一瞥を花に投げかけた後で玉楼を押さえる部下へ頷いた。
「仕方ないですね。確かに、状況はいまだはっきりしていませんから」
取り敢えず安心した花がほっと息を吐き、手助けしようと公瑾の背から出ようとするのを腕を掴まれて止められる。
「公瑾さん?」
「あなたとて怪我人です。手助けなど出来ないでしょう」
「確かにそうですが、玉楼さんを落ち着かせてあげた方が良くないですか?」
玉楼は大きな兵に無遠慮に腕を掴まれて、今度は無理やりの様に立たされていた。
ぶるぶると顔色を失くして震えている姿は、自分の姿に重なってしまう。
花自身は気を失っていたから実のところ男に襲われた明確な記憶は丸っきりない。
でも乱暴に扱われるのは、そう言う目的じゃないにしても怖いと花は身を持って知っている。
「花」
名前を呼ばれただけなのに、低く抑制がきいた声の中に公瑾の苛立ちを感じる。
「公瑾さん、私が知らないこと、公瑾さんが知っていることで、私の行動に苛立ちを感じているのは分かります。だけど今何も知らない私では、どうしても玉楼さんがこういう風に扱われなくてはいけないのか納得できません」
花だって玉楼の事を良く知るわけではない。
もしかしたら朱蘭を迎えに行って、共に旅してきた公瑾の方がよほど玉楼のことを知っているかもしれない。
でも花は、常々公瑾が甘いと言われる自分のことを自覚しながらも、やはりどうしても言わずにはいられなかった。
「まあ、あなただったらそうでしょうね」
公瑾は嘲りではなく、諦めの滲んだ声で言うと玉楼を寝所の方から持って来させた一人掛けの背当てのない椅子に腰掛けさせた。
それも離れた壁際に椅子を設置させたことが、余計に花の不安を煽る。
何が公瑾をこうまで用心深くさせるのだろう?
花が知る限り、玉楼は躾の良い行き届いた侍女のごく普通の少女であって、特別危険を感じさせることはなかった。
「ところであれは食べていませんね?」
公瑾の示すものが金橘の蜂蜜漬けであることを知って、花は首を振る。
「丁度用意してもらおうと思った時に、こんなことになったんです。だから一口も食べてませんけど……」
「ならば結構です。あれを調べさせてください」
部下に命じる公瑾の言葉に、花はその意味を悟って目を大きく見開く。
「え?それって、まさか」
「全ては可能性です」
「だってそんなことあり得ないでしょう?」
花は公瑾を見るが、公瑾は否定も肯定もしなかった。
諦めて玉楼を見れば、彼女は真っ青になって首を振っている。
「公瑾さん、おかしいじゃないですか?玉楼さんは朱蘭姫の侍女で、朱蘭姫は繋がりを強くするための婚姻を前提にこちらに来たんでしょう?」
「そうですね。その前提の為の今回の京城滞在です」
「だったら玉楼さんが、毒とか……そんなの入れるはずないです」
「ええ、普通ならばあり得ません」
「いったい何が起こってるんですか?教えてください」
たぶん公瑾は何かを待っているのだろう。
ここを動かないのがその証拠で、いまだ冷静な表情こそ崩れてはいないけれど、時折扉の外を気にしている様子が見える。
花の必死の焦れたような言葉に、公瑾はようやく花へと向き直った。
「私の方こそ、何が起こっているか知りたいくらいです」
「え?」
「本来ならここに彼女を呼びたくもありませんでした。あなたが色々と首を突っ込みたがりますからね」
「彼女って……もしかして朱蘭姫のことですか?」
「そうです。城内で誰が怪しいか分からぬ以上、彼女たちの正体が我らに悟られたと知られぬわけには参りません。苦肉の策です」
「朱蘭姫の正体?」
正体も何も、彼女は謝家の姫君のはずだ。
「あなたからお見舞いのお礼をしたい。でも外出が許されていないから、申し訳ないが室に来て欲しい。彼女を呼び出すうえで、最も不自然でないのはあなたを使う事でした」
「私の名を使って朱蘭姫を呼び出したんですか?」
「ええ。好都合なことに玉楼もいましたからね」
そうして物憂く公瑾は、いまだ散らかったままの卓の上を検分する。
幾つかの金橘は部下の手によって、城付きの毒物に詳しい医師の元に運ばれていたが、証拠とするべく卓の上はそれ以外は手つかずにしてある。
見舞いの品が毒物だったのかは、すぐにでもわかることだろう。
玉楼の取り乱し方を見れば、既に調べるまでもなく答えを得たようなものだが、公瑾は常に慎重だった。
一方花は、ばらばらな事柄を頭の中でゆっくりと組み立てる。
朱蘭の侍女の玉楼が
「公瑾さん。謝家が裏切ってるってことですか?」
「おそらく。でも今のところ分かっているのは、たった一つの事実だけです」
「たった一つの事実?」
「ええ」
公瑾は静かな足取りで玉楼の前まで行くと、静かに項垂れる玉楼の名を呼ぶ。
「玉楼」
「公瑾さま」
抗い難い声に呼ばれたように、玉楼の顔がゆるゆると上がった。
「あなたが今、主として仕えているかの娘はいったい誰なのですか?」
「あっ……」
言葉に詰まりながらも、瞬きすら忘れたように凍りついた表情が雄弁に彼女の真実を物語っている。
「なるほど。つまりあなたも彼女が、謝朱蘭ではないと知っていたのですね」
「え?朱蘭姫が朱蘭姫じゃないなんてことあるんですか」
謝家の裏切りだけでも相当な事なのに、そもそもの朱蘭姫の存在自体が違うと公瑾は言っているのだ。
思い出すのは玄徳と尚香の政略結婚の話が持ち上がった時の、公瑾が使おうとした策。
花嫁の替え玉と言う方法は、皮肉なことに今の状況によく似ていた。
違いがあるとすれば、今回はこちらが仕掛けられた、騙された側と言うことだろう。
一度は公瑾が玄徳軍に向けて仕掛けた策だったけれど、謝家が江東の盟主にならんとしている孫呉に反旗を翻す意味がわからない。
言っては何だけれど、謝家は揚州の有力な家であり交州との伝手も持つが、孫家にとって代われるほどの力はない。
だとすれば更にまだ裏で糸を引く者がいて、大きな陰謀が隠されているのかもしれない。
「玉楼さん、本当に朱蘭姫は朱蘭姫じゃないんですか?」
花が問い質そうとすれば、丁度室の外が騒がしくなる気配があり、外から声がかかる。
「朱蘭姫さまがおいででございます」
その時には、玉楼には声を上げれないように喉元に抜き身の剣が押し当てられていた。
「花。招き入れてください」
公瑾に耳元で囁かれ、花は頷いて声が上ずらないように気を付けて告げる。
「お通ししてください」
いつもは軽く開けられる扉が、花の耳にはやけに重々しく開かれるような気がした。



<後書き>
そうそう公瑾さんサイドのお話を入れたかったんでーす。
あの突入の裏で何が起こっていたのか。
なんだかんだと言いながら、花ちゃんが心配な公瑾さんでした。
お蔭で真相編は次回に持ち越したけど………まあいいか^^;
次回はこの続きか、1回twitterでふと出ていたことからの小話かもです。


『白梅 金橘』(公瑾×花+仲謀)白梅29

2014-02-27 22:31:50 | 公瑾×花
<前書き>
うふふふ。順調に白梅進めておりますよ。
いやいや、あなたまた大きなこと言っちゃってと思ってますね。
まあ花ちゃんと公瑾さんの甘々には遠い道のりなのですが、流れに加速がつく展開となってます。
前回に引き続き色々あれこれ展開を想像しつつ読んでいただくのも良いかと思います。
では、よろしく尾根がします。



『白梅 金橘』(公瑾×花+仲謀)白梅29

「すっかり遅くなって申し訳ありません」
「いえ」
悪いけれど林紗のタイミングは早すぎたと花は感じていた。
もう少し遅ければ、貧血を起こし、憔悴した様子の玉楼から何か聞けたかもしれない。
でもそれが彼女玉楼にとっては、十分にお節介なありがた迷惑なことかもと思う。
そもそも人に仕えられたことのない花は、身分による主従の関係なんてわからないのだ。
入室してきた林沙は、実に何気ない仕草で室の中を一瞥して、兵士に向き直る。
「都督に許可は得てきました。あなたは下がって、詳細は外の方に聞いてください」
そうして兵士が出て行けば、玉楼は侍女の身で椅子に腰かけていることを咎められると思ったのだろう、慌てて立ち上がっていた。
「玉楼さん、あなたはそのまま座っていてください。それから林紗さん、えっと今の状況を説明しますから」
「花さま、説明には及びません。朱蘭さまの侍女が、回廊で倒れたことは存じ上げております。私が公瑾さまの元にいる時に連絡がございました」
「じゃあ……もしかして朱蘭姫にも連絡が行ってしまった?」
力なく長椅子の片側に肘掛を掴むようにして、必死に身を起こしていた玉楼は、はっと怯えたようにこちらを見た。
何がそんなに困るのだろうと、花は内心で首を傾げる。
それほどまでに体調を崩したことによる主の叱責は、厳しいものなのだろうか?
「朱蘭さまには内密にと頼まれたとのことで、公瑾さまも今は静観するようにと。何しろ玉楼さんは朱蘭さまの侍女であり正式にはこの京城の使用人ではありませんから」
確かにある程度の権限は城に滞在する限り公瑾にもあるだろうが、重要な何かを起こしたという理由でもない限り公瑾の関知することでは無いのだろう。
「ならば大丈夫ですね」
ほっと安心して息を吐き出す花は、本当に人が良い少女だと林沙は思う。
あまり親しくもない朱蘭姫の侍女をこうまで親身に気に掛けるなど、普通ではあまりない。
同じ侍女の立場から言えば、侍女はやはり主に使われる立場であるから多少の叱責はあって当然なのだ。
体調を崩して困ったわねと怒られるぐらい、ある意味では珍しくもない日常と言えた。
「もう少し体調が戻るまで休んで行ってください。熱はなさそうだったから、風邪とかじゃないみたいだし」
花が勧めれば玉楼は侍女の立場だから恐縮しきりだ。
「とんでもございません。そんな図々しいことはできません」
「だめですよ。まだ良くなってないうちに出て行って、それこそ他で倒れたらもっと大変なことになりますよ。そうなったら今度こそ朱蘭姫の耳に届くかもしれませんね」
公瑾にも微妙ながら一応軍師として能力を認められていた花は、朱蘭の弱みを突くようなことを言う。
もちろん心配しての言葉だと、さすがに玉楼にも理解できた。
「あの……でも」
「あまりに頑なだと、かえって朱蘭姫が凄く怖いご主人様なのかと思われちゃいますよ」
冗談めかして言う花だが、その後であっと困ったように顎に手をやった。
「どうなさいました?」
主人の機微に敏い林沙は、今のところこの状況にも自分の意見を言う気はないようだ。
「公瑾さん、朱蘭姫のお見舞いの事、何て言ってましたか?このままじゃあ朱蘭姫は来ないにしても、お使いの方が来られるかもしれないんですよね?玉楼さんがここにいるの、ばれますよね」
「その件に関しましては、もう解決しております。ご報告が遅くなって申し訳ありません」
「いえ、どちらかと言うとこの室の状況じゃあ、そちらが後回しになってしまいましたね。前後が逆になったかもしれませんが、朱蘭姫の件の公瑾さんの返答をお願いします」
「はい。お見舞いに関しては品物とお言葉だけならば問題ありませんが、朱蘭さま自身のお見舞いは御遠慮なされるようにとのことでした」
伝えられた言葉に、花はほっとする。
前回は尚香も一緒だったので、そのままにお見舞いを受け入れたけれど、何度も思うように花は客人の姫君にそうされるような立場じゃない。
それに花はいつも、朱蘭に会って話しをすると不思議なほどに動揺させられる。
彼女に悪意は、たぶんないのだろう。
自分の心が弱すぎるだけかもしれない。
それでも彼女がもたらす一つ一つの言葉を、花は泰然と受け流すことは出来なかった。
特に今の精神状態では、彼女に会ってしまえば普段より更に酷いことになる気がした。
だからこそ公瑾によって会わなくていいと制限を受けたことは、花にとっては救済だった。
せっかくお見舞いをという心遣いには申し訳ないけれど、それが今の偽らざる本音だ。
「じゃあ、保留にしていたお返事を朱蘭姫にしないといけませんね」
それこそ今も待っているかもしれないと考えれば、林沙は首を横に振った。
「それには及びません。こちらへ戻ります前に朱蘭さまの元へお寄り致しまして、お返事を致しますと共にお見舞いの品を預かって参りました」
「そうなんですか」
そうして今まで林沙の後に黙って控えていた侍女が、そっとお盆に乗せた美しい錦のかかった物を差し出した。
結構仰々しいと言うか、高価そうな感じに、花は思わず気後れしてしまう。
花の感覚ではお見舞いと言えば、お花とか果物とか、食べ物関係だけれど、漆っぽい艶やかな黒のお盆に錦の布なんて、中の物が想像がつかない。
侍女が黙って錦の布を取れば、下から現れたのは掌に乗る本当に小振りの壷だった。
壷の口には蓋代わりの布が掛けられ、紫の組紐が巻かれている。
「お預かりしたこちらは金橘の蜂蜜漬けでございます。是非公瑾さまともお召し上がりくださいと仰ってました」
「金橘ですか?蜂蜜漬けなんて高価な物ですよね。公瑾さんはともかくも、私なんかが受け取るのは申し訳ないです」
金橘が何かよく分からなかったけれど、蜂蜜漬けはこちらではまさしく王侯貴族のような特権階級か金持ちだけが食べられる高級な嗜好品だ。
花だってごくたまに大喬小喬姉妹や尚香、時に公瑾とかと共に食べることもあるけれど、嫌だからこそ分不相応な見舞いの品だと感じた。
取り出してみせた侍女は、やはり判断で気なのだろう困ったように微笑む。
こんな時助け船を出してくれるのは、やっぱり落ち着いた林沙だった。
「花さま、お返しするのはかえって不敬に当たります。ありがたくお受けして、改めてお礼に伺えば良いと思います」
「でも……本当にこんな珍しい物を頂いていいんですか?」
「確かに高価な物ではございますが、金橘は生薬の意味合いもございますし、朱蘭さまでしたらそれほど手に入りにくいものでもないのでしょう。そのあたりはどうでしょうか?玉楼さん?」
いかにも有能そうな年上の同じ侍女と言う立場にある林沙から問いかけられたせいか、玉楼は唇を引き結んで緊張した顔で頷いた。
その後に慌てて言葉を続ける。
「はい。謝家では地域柄もありまして、それほどに希少と言うわけでもございません。花さまが気に為されるほどのことはないと思います」
「じゃあ、貰っても大丈夫ですか?」
こちらでの価値を少しずつ理解し出した今となっては、何か一つ受け取るにしても考えてしまう。
「是非お受け取りください」
玉楼はそれからお盆の上の小さな壷を見詰め、大人しい彼女にしてはきっぱりと意見を言って、思いがけないことを勧めてきた。
「花さま、よろしければそれを召し上がってみませんか?」
「今から食べるの?」
おやつにと言う意味かもしれないけれど、色々具合の悪い花はいまだあまり食欲はない。
甘い物ならば食べられるかもしれないけれど、蜂蜜漬けはまたきっと濃厚だろう。
「花さまはまだあまり食欲がおありにならないのでしょう。食べるのではなく、お湯に解いて飲むと言う召し上がり方があるんです。それに火事騒ぎで喉も傷められたのではないですか?お声が少し変ですが、これは喉や咳にも効くと言われております」
いつになく熱心に熱弁を振るう玉楼に、花は少しだけびっくりする。
内気そうだけれど、こんな面もあるのだと意外に思う。
「あっ……むきになってすいません。ご迷惑をかけたお詫びに、せめて私にできることをしたくて、ご迷惑も顧みずにすいません」
幾ら倒れたとは言っても、侍女として花の室でお客様然として座っているのは落ち着かないのだろう。
改めて見れば玉楼は花と同じくらいの年齢で、侍女としてもまだそう年季を積んだ経験が深いものではないことは容易に見て取れた。
いくら主と立場が違っても、いかにも経験豊かな年上の侍女林沙たちが花に仕えているのが、酷く居たたまれないのは花にもわかった。
「えっと、じゃあ玉楼さんにお願いしようかな。さっき公瑾さんとご一緒にって言伝だったから、玉楼さんの淹れ方を見て覚えたいです。林沙さん、いいですか?」
林沙にお伺いを立てる花を、玉楼は一瞬不思議そうな顔で見た。
でも疑問を問う立場にないことは分かっているのだろう、そのまま何でもない顔をする。
本来林沙は花の侍女ではないし、京城の女官ですらない。
おそらく公瑾が特別に手を回した結果だろうし、花は敢えて彼女に説明はしなかった。
「構いません。では玉楼さん、お願いしてもよろしいですか?」
「かしこまりました」
ふらつくことなく立ち上がった玉楼は、優美に膝を折ると一礼して見舞いの品を運んできた侍女と共に室の隅に下がった。
花はこの状況に、慣れないなぁとため息を吐く。
身体が思うように動かないから人にお世話されることは、看護として受け入れるしかない。
でも主みたいな顔で、でんと収まっているほど慣れてなくて、常に誰かいるのは落ち着かない。
それでも室の外に人の気配がして、それが不意に見知らぬ男の黒い影となって花を怯えさせる。
だからやっぱり信用できるひとに傍に居て欲しくて、花は自分の弱さと矛盾に途方に暮れる。
つい幾日か前までは、公瑾の執務室に通って叱られながらも仕事をしていたのに、もう一度あの場に戻れるのかと考えると切なかった。
「花さま」
ぼんやりしていたら、準備は着々と整いつつあった。
卓の横の脇卓に、手早く茶器が並べられている。
そこから必要な物を選び出す玉楼の所作は、自分から任せてくださいと言ったように慣れているのだろう、淀みなく美しい。
「お白湯をお持ちしました」
頼んでいたお湯を持って来たのだろう、扉の外から声がかかり、玉楼が慌てた様子で受け取りに行く。
他の侍女さんたちの手を借りればいのにと思うけれど、京城の女官の手は朱蘭姫付の方以外頼みにくいのかもしれない。
花だって玄徳軍からこちらに来た時の疎外感と言うのは、何となく憶えがある。
「足りますか?」
「はい。十分です。ありがとうございます」
そんなやり取りの後、大きなお盆にお湯を持ってくるけれど、玉楼の細腕には重いし乗っているのが液体だから均等を取るのが難しいらしく、足元がゆっくりだ。
おぼつかない足取りと必死な様子は、さっきまでの落ち着き払った優雅な所作と違って一生懸命で思わず花の顔に温かな笑みが浮かぶ。
同じ年頃の少女が、頑張っている姿は嬉しい。
慎重にお盆を運ぶと、無事運び終えたのに安心したのかほっとしたような吐息が漏れる。
同時に何となく室にいた林沙ともう一人も花と同じように無意識に緊張していたのだろう、その場の空気が緩むのがわかった。
「すいません。お待たせしてしまって」
「構わないですよ。急いでるわけでもありませんし」
花もだんだんと楽しみになっていた。
あまり食欲がなくとも、甘い飲み物だったら飲めそうで、少しだけ食欲も湧いてきた。
それに声こそ嗄れてはいなかったけれど、高楼の火事騒ぎで少し喉を傷めていたのは事実で少し喋り辛かった。
状況だけで細かいことを気遣える玉楼を、心優しい少女なのだと花は思う。
「これで全部揃ったようなので、今からお作りしますね」
「はい」
果たして公瑾が一緒に花と飲んでくれる気になるかどうかは不安だったけれど、公瑾に作ってあげたいと興味深く見守る。
「まず茶器を温めます。これはお茶を淹れる時と同じですね」
花の茶杯にお湯が注がれると、しばらくそれは放置される。
そして慎重な手つきで、玉楼は小さな壷の組紐を解き始めたけれど白くて細い指先が細かく震えていて上手くいかない。
「玉楼さん?」
「も、申し訳ありません。こんな風に人様に見られてすることがなかったので、緊張しているようです」
「あ、その気持ちは分かります。私も人目を集めるようなことは苦手で落ち着かないです。ゆっくりどうぞ」
「花さまはお優しいですね」
「優しいって普通ですよ」
何かをするのを人にじっと見られるのは緊張することで、公瑾と一緒に居ると否応なくそんな場面は多くなったから、玉楼も同じだと親近感を持った。
そうして紐が解かれて、蓋を開ければ柑橘系の甘酸っぱいような濃密な香りが広がる。
「うわ!良い香り」
「これは謝家で特別に取り寄せている物です」
そうして小さな壷の中身を、全て小鉢へと移した。
とろりと蜂蜜を纏わせたまさに橙色の実は、直径二センチくらいで少し大きな飴玉の様に見える。
薄い皮を纏ったその実には、花も見覚えがあった。
「これ……金柑だ」
仄かに漂う香りはまさに、花が育った世界にも普通にあった見知った金柑だった。
母方の祖父母の家の庭にも、この木が植えられてたわわな実を付けていたことを思い出す。
「花さまのお国では、そう言うのですね。食べたことはございますか?」
「祖母の家で甘露煮を頂きました」
あれはお正月で、お節料理の最後に出た記憶があった。
「甘露煮ですか」
食べたことがあるならば、少し意外だが花は国許でもそれなりに裕福な家の娘なのだろうと玉楼は考えた。
ならば朱蘭がかつて少女に言った言葉や態度は、実は少々不敬に当たるはずだ。
「甘露煮とは少々違いましょう。ご覧になりますか?」
捧げ持つようにお皿が卓から持ち上げられた。
良く見ようと少し身を乗り出しながら、皿ごと受け取った方がいいかもと花は迷う。
それは一瞬のことで、「あっ」と小さな呟きに似た声が聞こえたような気がした。
目の前でお皿が傾く。
その時、急に室の外を走るような幾つもの足音がした。
「花!入りますよ」
いつもは静かに訪いを告げ、花の返事があってしか入って来ない公瑾の厳しい位の声がして、乱暴に軽くはない扉が大きな音と共に開かれた。
それからのことは、怒涛のように全てが一度に起こる。
飛び込むようにして入って来た公瑾に、肩を掴まれ有無を言わさず引き寄せられ、大きな公瑾の背中に庇われた。
公瑾の後に続いた兵たちは抜き身の剣を持っており、躊躇いなく玉楼に迫ると華奢な少女を手加減なく床へ引き摺り倒した。
「動くな!」
何が起こっているのか、花にはまるっきり理解できなかった。
まるで戦場のようになった室の中、公瑾は玉楼に告げる。
「部下が乱暴にして申し訳ありません。あなたにお聞きしたいことがあります。是非私と一緒に、来て下さいませんか?」
それは謝罪のようで、その実謝罪ではなく、声音は穏やかで誘うような甘さがあるのに、その言葉の底に否とは言えぬ冷酷な響きを持っていた。



<後書き>
金柑は金橘で、長江中流域原産らしです!
ええPC使う方の強い味方、wiで始まるもので知りましたwww
サブタイトルにはそのまま使ったけれど、お話自体のタイトルが白梅と植物の名前なので変な感じです^^;
そして今回ちらり公瑾さんが、颯爽と登場ですがフローズン都督全開でした。
こんな場面なので、次回も白梅頑張りたいですがよそに浮気したらすいません。