<前書き>
予想通りでしょうか?白梅です。
今回は花ちゃん復活の兆しで、やっと少し明るい展開になったかな。
だんだん見えてくるものを、花ちゃんと一緒に探してみてください。
いや、まあ、別に推理物じゃないんで普通に読んでいただいて問題ありませんwww
では続きからどうぞ。
『白梅 芽ぐむ』(公瑾×花+仲謀)白梅28
「朱蘭姫のお使いですか?」
「はい。お時間をいただきたいと午前中に来られました」
林沙からもたらされた報告に、花は小首を傾げた。
湯浴みをした後、花は包帯を替え、薬を飲んでまたとろとろと眠っていて、目覚めた時に最初に受けた報告だった。
「朱蘭姫自身は来られないんですよね?」
「はい。何でも昨日ばたばたしてお見舞いの品を渡し忘れたとのことで、是非目通りしてお渡ししたいと」
目通りも何も、花は自分がそんな風に扱われるほど身分が高いとは思ってない。
元は伏龍諸葛孔明の弟子で、玄徳軍の使者としていたから客人扱いと言うか、そんな感じだった。
だからそれなりに厚遇だったとは思うけれど、今の身分は結構中途半端だ。
「そこまで気を使ってもらわなくてもいいんだけど……」
確かに今は仲謀や尚香とも面識があり、かなり親しく口をきく仲だけれど、花が特別身分が高いわけでも、高官と言う認識でもない。
だとすれば考えられるのは、朱蘭が花を同じく公瑾の妻となる人物と既に認識しているからだと思えた。
妻同士は互いに尊重し合い、波風を立てないようにする。
そうして邸内の状況と平穏に一番心を配るのは、第一夫人の役割だ。
花と朱蘭との身分と状況だったら、当然朱蘭が一番高い位の夫人になるだろう。
だとすれば朱蘭は、恐らく将来の第一夫人としての心得で動いているのかもしれない。
そんなことを考えて、花は淡く自嘲の笑みを浮かべた。
正直言えば面白くないし、すごく辛いと思う。
それでもやっぱり公瑾の側に居たいと言うのが、花の偽らざる気持ちだった。
「わかりました。でも今の私は謹慎中みたいなものなので、公瑾さんに訊いてみなければ私の一存では返事ができません」
気分を切り替えるようにして、複雑な心情を隠して花は困ったように告げた。
自分勝手な行動で迷惑をかけての今の状況だから、慎重にならなければと自分を戒める。
「そうですね」
「だけど断ってしまうのも良くないと思うので、公瑾さんに確認してもらえますか?」
林沙も花の希望に素直に頷いた。
花が言い出さなければ、林沙が進言しようと思っていたのだから、花の判断を聞いて林沙は仕える少女がだいぶ平静になったことを嬉しく思う。
そうして林沙自身が公瑾に報告に上がるべく花の室を辞した後、思わぬことが起こっていた。
「侍女殿!」
林沙がいなくなっていくらもしないうちに、花は室の外が騒がしくなっているのに気付いた。
たぶん公瑾の許可は下りるだろうと思っていたから、花は夜着ではなく簡素な部屋着に着替えていた。
この身体の状況で、とにかく手が包帯だらけで筆なんて持てる状況じゃないから文官である花の仕事は当然出来るわけはない。
出仕するほどきっちりした服ではなく、夜着でいるにはさすがに気が引けてそんな格好だ。
人を迎えるにも、向こうがお見舞いならば変ではない格好だった。
だから花は朱蘭姫の使いを迎えるために寝所ではなく居間に居たし、明らかに焦りを帯びた声は回廊の兵士のものだった。
扉の前にいるのは公瑾の部下のはずで、室の扉にはさすがに閂や鍵はかかってない。
花は逡巡した挙句、そっと扉の前から声をかけた。
「何かありましたか?」
「そ、それが侍女殿が倒れられました」
「え!」
一瞬、花をおびき寄せると為の罠かと思ってけれど、冷静になった花はそれを却下する。
花はそんな罠をかけられるほどの重要人物ではない。
今でこそ扉の前に尚香や朱蘭のように兵士が護衛よろしく立っているけれど、彼らは都督である公瑾でいるがこれは非常事態故だ。
花の身元の保証はいまだ玄徳軍が色濃く関与しており、同盟のもとにあるからこそ守られている。
もちろん公瑾独りの判断ではなく、子敬や仲謀の同意の元だ。
だから本来なら身に過ぎた警護体制であり、そもそも私室はで入り自由で、今だって内から寝所に閂は掛けられるけれど外から閉じ込められているわけではない。
押し入ろうとすれば、今は簡単に入って来られるのだ。
だから花は、気が急くままに扉を開けた。
兵の一人は一応扉の前に警戒しながら立っているのは、やはり敵を意識してなのだろう。
ただもう一人の兵士は、床に膝を着いて倒れている侍女を覗き込んでいる。
花は回廊に滑り出ると、反対側に回り込んだ。
「花殿はこの侍女に見覚えはございますか?」
兵士は侍女を心配そうに覗き込んではいたが、身体には触れていなかった。
花が覗き込めば、倒れているのは確かに花も見知っている朱蘭の侍女の玉楼だ。
おとなしやか顔立ちの彼女の顔色は、今は白く血の気がない。
僅かに眉間が苦しげに歪んでいるようにも見えたけれど、呼吸自体は規則的だった。
「朱蘭姫と共に来られた侍女です。どうしたんですか?」
「一旦別の朱蘭姫の侍女が、花殿の侍女の言葉を聞いて戻られたんです。ですがその後すぐにこの侍女が戻って来られてそこの陰で待たれてました。そうしたらふらふらされて、回廊に蹲るようにして倒れられました」
「じゃあ、襲われたとかは?」
「無論ありません」
どうしようと花は考えながら、屈み込んで玉楼に呼びかける。
状況から貧血だろうとは思うけれど、相手が意識のない状態では素人判断はあんまりよくない。
「玉楼さん!玉楼さん!わかりますか?」
頼りない細い肩に手をかけて少し刺激を与えてみれば、瞼がぴくぴくと震えた。
「目を開けてください」
「あっ……」
細い息遣いと共に、長い睫毛が震えてゆっくりと目が開かれた。
「花です。玉楼さん、気をしっかりもってください」
「いえ………ちが……」
まだ自分が置かれた状況をよく分かってないのか、何だかはっきりしない言葉が漏れる。
「私の室の前の回廊で倒れられたんです。すぐに朱蘭姫に連絡して、休めるところにご案内しますから」
とにかくまた気を失われてはかなわないと花は焦って、それでも体調の悪い玉楼を安心させるように柔らかく語りかけた。
しばらく茫洋としていた瞳の焦点がやっと合い、玉楼の顔が強張った。
「も、申し訳ありません。すぐ起きますので、朱蘭さまにはご内密にお願いします」
早口に捲し立てて起き上がろうとするけれど、まだ力もでないようで頭すら上手く持ち上がらない。
「でも……」
「本当に少し休めばよくなります」
どこか必死に言い募る玉楼に、花は小さく首を傾げた。
何故こんな風に主の朱蘭に報告されるのを嫌がるのか、よく分からない。
確かに体調管理ができてないことを怒られるかもしれないけれど、こうまで報告されるのを嫌がる程酷く叱責する主なのだろうかと邪推してしまう。
本当は朱蘭に知らせるべきだろうが、こんなに頼まれているのに無碍にするのも気が引けた。
迷っている花を見て、更に玉楼は頼み込む。
「あのほんの少し立ちくらみがしただけで、痛い所なんてありませんから」
口調自体は目を覚ました時と違って随分としっかりしているから、花は結局断りきれずに頷いた。
「わかりました。でもまだ動ける状況じゃないみたいですし、このまま回廊にいるわけにもいきませんよね。だからえっと、取り敢えず中へ運んでください」
最後の言葉は成り行きを見守っていた兵士に言ったものだ。
「よろしいのですか?」
花の要請に、兵士は躊躇いを見せる。
彼らは花の警護であるとともに、花がまた何か仕出かさないように見張る意味もある監視なんあだろう。
様子から察するに、公瑾に余程強く花に人を近付けないように命令されているに違いない。
自分の行動が招いたことの浅はかさを、花はここでも思い知る。
あの時花が朱蘭を送らせ、ここをこっそり抜け出した為に罰を受けた兵もいるかもしれないと今更ながらに気付いた。
花が無理を言えば、また彼らが公瑾から叱責を受けるかもしれない。
けれど玉楼をこのまま回廊に置いておくわけにはいかなかった。
「病人なんですから非常事態です。それに朱蘭姫の侍女を、こんな風に人目に晒される回廊に置いておくのはまずいです。公瑾さんには私の判断でしたと伝えます」
賓客扱いの朱蘭の侍女は、城の侍女とは違い客人の一行に考えられる。
花の主張に、兵士も確かにと頷いた。
相手がか弱い女性だったこと、身元もはっきり分かっていることも、兵士が是と判断した要因だったろう。
「了解いたしました。では失礼します」
兵士は警戒している相棒の兵士に頷きかけると、玉楼を軽々と抱き上げて花の私室に足を踏み入れた。
室と言う閉じられた空間でその大きな体躯に隣に立たれた時、花は無意識にびくりと身体を跳ねさせたけれどどうにか自分の内に沸き起こった恐怖を宥める。
「長椅子の上にお願いします」
さすがにさっきまで自分が寝ていた、たぶんまだ整えられてもいない寝台を使うのは躊躇われ、玉楼を大きな長椅子に運んでもらう。
ありがとうございましたと言っても、兵士は動く様子がない。
「あの……」
私室に公瑾以外の見知らぬ兵がいるのは、いくら公瑾の部下であってもさすがに気詰まりだ。
花が困ったように見上げれば、兵も申し訳なさそうに、けれど断固とした口調で首を振った。
「都督に伺いに行った侍女が戻って来るまでは、いくら朱蘭姫の侍女とは言えお二人にはできません。壁際に控えておりますのでご容赦ください」
壁際まで下がると、兵はまるで置物の様に無言で立つのみとなった。
彼だって命令ならば仕方ないと、花は玉楼に頭を下げる。
「男の方が室におられるのは落ち着かないかもしれませんが、許してください」
「いえ。私の方こそ我儘を言って申し訳ありません」
「本当に苦しくないですか?横になったほうがいいんじゃありませんか?」
長椅子に横にしようとすれば固辞され、背もたれに大丈夫なように柔らかな座布団を敷いているけれど、苦しいのではないかと花は気遣う。
「大丈夫です」
物柔らかに微笑む様は申し訳なさそうでありながら、先程よりはだいぶ顔色も戻っている。
「医師の方に来てもらわなくて平気ですか?」
「はい。ただの侍女にそんなに気を使わないでくださいませ。花さまの方が余程酷い御様子ですのに」
「侍女とかは関係ありません。身近で具合が悪い方が居れば心配しますし、確かに仕える主は違いますが玉楼さんも今は京城に居るので同僚のようなものでしょう」
花だって身分のことは頭では理解しているが、長年培ってきた人は平等と言うある意味理想主義的な考え方はなかなか抜けない。
花の居た世界だって、女子高生と総理大臣が平等とは思えないけれど建前はそうだ。
「花さま」
「それに私と玉楼さんの身分差なんて、ないも一緒ですよね。私は軍師というか、今は都督である公瑾さんの部下で、特別上の官位を貰ってるわけじゃないですよ。だからさまって敬称もいらないです」
「でもそんなことは、失礼に当たります」
「私に関しては全然失礼じゃありません。さん付けで十分です。朱蘭姫や他の方の手前、呼びにくいのであれば無理強いはしません」
もし玉楼が花が身分が上だと思っているならば、花が言ったことは命じられたと感じてしまうだろう。
それに花が自分の呼び方を強要することで、朱蘭や他の侍女仲間に咎められるのならば気の毒だ。
あくまで押し付ける気はないと、花は明るく言った。
「花さまはやはり私には特別に感じます。君主の妹君であらせられる尚香さまや朱蘭さまにも対等にお話しでしたもの」
「それは……尚香さんに関しては、今でこそ友人と扱っていただいてますから。でも朱蘭姫には、やっぱり侍女の玉楼さんから見ると不敬に感じましたか?」
花が気を付けているつもりでも、あまり身分差を意識しない態度は出てしまうかもしれないと不安になる。
もちろん向こうの世界にいる時から、年上の人や先生とかにはなるべく知っている範囲で敬語や丁寧な言葉遣い、態度をとってきたつもりだ。
でも貴人に対する態度など、花には取れようはずがない。
「いいえ。特別不敬とは思いませんでした。節度を保った話し方でしたし、朱蘭さまにも謙った様子がなくて……悪い意味じゃなくて、あまりに当たり前の御様子に凄いと感心しただけです」
一瞬、自分の物知らずで不調法な態度を柔らかく当てこすられたのかと思ったが、目の前の玉楼は至って真面目な顔だった。
「えっと……ありがとうございます」
花にとっては当たり前の態度で、それほど感心されるようなものでもないはずだ。
たぶんかなや彩だって、花とそんなに変わらない対応だろうと思う。
「ごめんなさい。私の方こそ余計なことを言いました」
少し驚いたような花に、玉楼は慌てて謝ると俯いてしまった。
「褒めてくださったんですから、謝られることはないです。私こそ、謝らなくっちゃいけないです」
「え?」
「さっきの言葉、一瞬朱蘭姫に対する態度のなってない私に対する嫌味なのかと、そんな風に考えちゃいました。ごめんなさい」
「花さま……」
頭を下げた花に、玉楼はゆるゆる儚げな様子で首を振ると微笑んだ。
玉楼にとって花の率直さやおおらかさは、眩しいくらいに感じる。
少しだけ緊張の解けた玉楼の姿に、花の方もほっと息を吐いた。
「だいぶ顔色が戻って来られましたね。何か飲めそうですか?」
「ご心配ありがとうございます。でもあまりゆっくりしている時間はありません」
その言葉と、先程兵士から聞いたこと、一連の流れから花は心配そうに目を瞬いた。
「玉楼さんはお見舞いの品を持って来られたわけじゃないですよね?その件に関しては、林沙が後で返事をする胸を伝えたはずですから」
そんなことを指摘されると思っていなかったのだろう、玉楼は大きく目を瞠った。
けれど花は構わずに穏やかに言葉を続ける。
「そして倒れたことを朱蘭姫に知られたくないってことは、内緒で出て来たってことですよね?あちらで何か困ったことがあるんですか?」
もしかして主従の関係とか、同じ侍女仲間とか、余計なお世話かもしれないけれど上手く行ってないんじゃないかと勘繰ってしまった。
朱蘭姫のことで公瑾を訪ねてきた時や花へ朱蘭が意見を言っている時、彼女はいつもどこか困ったような顔をしていた。
主として朱蘭姫がどのような人物かよく知らないけれど、日頃を見ていれば多少の我儘くらいは日常だろう。
「あ、でも私の所に訪ねて来てくれたんですよね?もしかして、朱蘭姫に公瑾さんへの取次を頼まれました?今はこの間の高楼の火事でごたごたしているので、私に伝言をご希望ですか?」
すると玉楼が、惑うような表情の後で慌てて首を振る。
「違うんです。花さまをお訪ねするつもりはありませんでした。ただちょっと調子が悪くて、無意識に歩いていただけなんです。花さまの室へ来たことがあったので、本当に知らずに足が向いたのかもしれません」
言い募る様子はただ事ではなくて、花が更に問いかけようとすれば扉の外から声が掛けられる。
「花さま。林沙です」
そうして入って来た林紗は、すぐ後ろに一人の人物を伴っていた。
<後書き>
こんなとこで終わるのが好きです^^
そー言えばバレンタインネタも華麗にスルーしてましたね。
クリスマスをひきずったので、今回は連載物を真面目に更新しました。
公瑾さんと花ちゃんの萌え萌えなシーンが欲しいです。
でも白梅はそんな甘い展開どこで来るんだろうと書いてる本人も疑問です。
予想通りでしょうか?白梅です。
今回は花ちゃん復活の兆しで、やっと少し明るい展開になったかな。
だんだん見えてくるものを、花ちゃんと一緒に探してみてください。
いや、まあ、別に推理物じゃないんで普通に読んでいただいて問題ありませんwww
では続きからどうぞ。
『白梅 芽ぐむ』(公瑾×花+仲謀)白梅28
「朱蘭姫のお使いですか?」
「はい。お時間をいただきたいと午前中に来られました」
林沙からもたらされた報告に、花は小首を傾げた。
湯浴みをした後、花は包帯を替え、薬を飲んでまたとろとろと眠っていて、目覚めた時に最初に受けた報告だった。
「朱蘭姫自身は来られないんですよね?」
「はい。何でも昨日ばたばたしてお見舞いの品を渡し忘れたとのことで、是非目通りしてお渡ししたいと」
目通りも何も、花は自分がそんな風に扱われるほど身分が高いとは思ってない。
元は伏龍諸葛孔明の弟子で、玄徳軍の使者としていたから客人扱いと言うか、そんな感じだった。
だからそれなりに厚遇だったとは思うけれど、今の身分は結構中途半端だ。
「そこまで気を使ってもらわなくてもいいんだけど……」
確かに今は仲謀や尚香とも面識があり、かなり親しく口をきく仲だけれど、花が特別身分が高いわけでも、高官と言う認識でもない。
だとすれば考えられるのは、朱蘭が花を同じく公瑾の妻となる人物と既に認識しているからだと思えた。
妻同士は互いに尊重し合い、波風を立てないようにする。
そうして邸内の状況と平穏に一番心を配るのは、第一夫人の役割だ。
花と朱蘭との身分と状況だったら、当然朱蘭が一番高い位の夫人になるだろう。
だとすれば朱蘭は、恐らく将来の第一夫人としての心得で動いているのかもしれない。
そんなことを考えて、花は淡く自嘲の笑みを浮かべた。
正直言えば面白くないし、すごく辛いと思う。
それでもやっぱり公瑾の側に居たいと言うのが、花の偽らざる気持ちだった。
「わかりました。でも今の私は謹慎中みたいなものなので、公瑾さんに訊いてみなければ私の一存では返事ができません」
気分を切り替えるようにして、複雑な心情を隠して花は困ったように告げた。
自分勝手な行動で迷惑をかけての今の状況だから、慎重にならなければと自分を戒める。
「そうですね」
「だけど断ってしまうのも良くないと思うので、公瑾さんに確認してもらえますか?」
林沙も花の希望に素直に頷いた。
花が言い出さなければ、林沙が進言しようと思っていたのだから、花の判断を聞いて林沙は仕える少女がだいぶ平静になったことを嬉しく思う。
そうして林沙自身が公瑾に報告に上がるべく花の室を辞した後、思わぬことが起こっていた。
「侍女殿!」
林沙がいなくなっていくらもしないうちに、花は室の外が騒がしくなっているのに気付いた。
たぶん公瑾の許可は下りるだろうと思っていたから、花は夜着ではなく簡素な部屋着に着替えていた。
この身体の状況で、とにかく手が包帯だらけで筆なんて持てる状況じゃないから文官である花の仕事は当然出来るわけはない。
出仕するほどきっちりした服ではなく、夜着でいるにはさすがに気が引けてそんな格好だ。
人を迎えるにも、向こうがお見舞いならば変ではない格好だった。
だから花は朱蘭姫の使いを迎えるために寝所ではなく居間に居たし、明らかに焦りを帯びた声は回廊の兵士のものだった。
扉の前にいるのは公瑾の部下のはずで、室の扉にはさすがに閂や鍵はかかってない。
花は逡巡した挙句、そっと扉の前から声をかけた。
「何かありましたか?」
「そ、それが侍女殿が倒れられました」
「え!」
一瞬、花をおびき寄せると為の罠かと思ってけれど、冷静になった花はそれを却下する。
花はそんな罠をかけられるほどの重要人物ではない。
今でこそ扉の前に尚香や朱蘭のように兵士が護衛よろしく立っているけれど、彼らは都督である公瑾でいるがこれは非常事態故だ。
花の身元の保証はいまだ玄徳軍が色濃く関与しており、同盟のもとにあるからこそ守られている。
もちろん公瑾独りの判断ではなく、子敬や仲謀の同意の元だ。
だから本来なら身に過ぎた警護体制であり、そもそも私室はで入り自由で、今だって内から寝所に閂は掛けられるけれど外から閉じ込められているわけではない。
押し入ろうとすれば、今は簡単に入って来られるのだ。
だから花は、気が急くままに扉を開けた。
兵の一人は一応扉の前に警戒しながら立っているのは、やはり敵を意識してなのだろう。
ただもう一人の兵士は、床に膝を着いて倒れている侍女を覗き込んでいる。
花は回廊に滑り出ると、反対側に回り込んだ。
「花殿はこの侍女に見覚えはございますか?」
兵士は侍女を心配そうに覗き込んではいたが、身体には触れていなかった。
花が覗き込めば、倒れているのは確かに花も見知っている朱蘭の侍女の玉楼だ。
おとなしやか顔立ちの彼女の顔色は、今は白く血の気がない。
僅かに眉間が苦しげに歪んでいるようにも見えたけれど、呼吸自体は規則的だった。
「朱蘭姫と共に来られた侍女です。どうしたんですか?」
「一旦別の朱蘭姫の侍女が、花殿の侍女の言葉を聞いて戻られたんです。ですがその後すぐにこの侍女が戻って来られてそこの陰で待たれてました。そうしたらふらふらされて、回廊に蹲るようにして倒れられました」
「じゃあ、襲われたとかは?」
「無論ありません」
どうしようと花は考えながら、屈み込んで玉楼に呼びかける。
状況から貧血だろうとは思うけれど、相手が意識のない状態では素人判断はあんまりよくない。
「玉楼さん!玉楼さん!わかりますか?」
頼りない細い肩に手をかけて少し刺激を与えてみれば、瞼がぴくぴくと震えた。
「目を開けてください」
「あっ……」
細い息遣いと共に、長い睫毛が震えてゆっくりと目が開かれた。
「花です。玉楼さん、気をしっかりもってください」
「いえ………ちが……」
まだ自分が置かれた状況をよく分かってないのか、何だかはっきりしない言葉が漏れる。
「私の室の前の回廊で倒れられたんです。すぐに朱蘭姫に連絡して、休めるところにご案内しますから」
とにかくまた気を失われてはかなわないと花は焦って、それでも体調の悪い玉楼を安心させるように柔らかく語りかけた。
しばらく茫洋としていた瞳の焦点がやっと合い、玉楼の顔が強張った。
「も、申し訳ありません。すぐ起きますので、朱蘭さまにはご内密にお願いします」
早口に捲し立てて起き上がろうとするけれど、まだ力もでないようで頭すら上手く持ち上がらない。
「でも……」
「本当に少し休めばよくなります」
どこか必死に言い募る玉楼に、花は小さく首を傾げた。
何故こんな風に主の朱蘭に報告されるのを嫌がるのか、よく分からない。
確かに体調管理ができてないことを怒られるかもしれないけれど、こうまで報告されるのを嫌がる程酷く叱責する主なのだろうかと邪推してしまう。
本当は朱蘭に知らせるべきだろうが、こんなに頼まれているのに無碍にするのも気が引けた。
迷っている花を見て、更に玉楼は頼み込む。
「あのほんの少し立ちくらみがしただけで、痛い所なんてありませんから」
口調自体は目を覚ました時と違って随分としっかりしているから、花は結局断りきれずに頷いた。
「わかりました。でもまだ動ける状況じゃないみたいですし、このまま回廊にいるわけにもいきませんよね。だからえっと、取り敢えず中へ運んでください」
最後の言葉は成り行きを見守っていた兵士に言ったものだ。
「よろしいのですか?」
花の要請に、兵士は躊躇いを見せる。
彼らは花の警護であるとともに、花がまた何か仕出かさないように見張る意味もある監視なんあだろう。
様子から察するに、公瑾に余程強く花に人を近付けないように命令されているに違いない。
自分の行動が招いたことの浅はかさを、花はここでも思い知る。
あの時花が朱蘭を送らせ、ここをこっそり抜け出した為に罰を受けた兵もいるかもしれないと今更ながらに気付いた。
花が無理を言えば、また彼らが公瑾から叱責を受けるかもしれない。
けれど玉楼をこのまま回廊に置いておくわけにはいかなかった。
「病人なんですから非常事態です。それに朱蘭姫の侍女を、こんな風に人目に晒される回廊に置いておくのはまずいです。公瑾さんには私の判断でしたと伝えます」
賓客扱いの朱蘭の侍女は、城の侍女とは違い客人の一行に考えられる。
花の主張に、兵士も確かにと頷いた。
相手がか弱い女性だったこと、身元もはっきり分かっていることも、兵士が是と判断した要因だったろう。
「了解いたしました。では失礼します」
兵士は警戒している相棒の兵士に頷きかけると、玉楼を軽々と抱き上げて花の私室に足を踏み入れた。
室と言う閉じられた空間でその大きな体躯に隣に立たれた時、花は無意識にびくりと身体を跳ねさせたけれどどうにか自分の内に沸き起こった恐怖を宥める。
「長椅子の上にお願いします」
さすがにさっきまで自分が寝ていた、たぶんまだ整えられてもいない寝台を使うのは躊躇われ、玉楼を大きな長椅子に運んでもらう。
ありがとうございましたと言っても、兵士は動く様子がない。
「あの……」
私室に公瑾以外の見知らぬ兵がいるのは、いくら公瑾の部下であってもさすがに気詰まりだ。
花が困ったように見上げれば、兵も申し訳なさそうに、けれど断固とした口調で首を振った。
「都督に伺いに行った侍女が戻って来るまでは、いくら朱蘭姫の侍女とは言えお二人にはできません。壁際に控えておりますのでご容赦ください」
壁際まで下がると、兵はまるで置物の様に無言で立つのみとなった。
彼だって命令ならば仕方ないと、花は玉楼に頭を下げる。
「男の方が室におられるのは落ち着かないかもしれませんが、許してください」
「いえ。私の方こそ我儘を言って申し訳ありません」
「本当に苦しくないですか?横になったほうがいいんじゃありませんか?」
長椅子に横にしようとすれば固辞され、背もたれに大丈夫なように柔らかな座布団を敷いているけれど、苦しいのではないかと花は気遣う。
「大丈夫です」
物柔らかに微笑む様は申し訳なさそうでありながら、先程よりはだいぶ顔色も戻っている。
「医師の方に来てもらわなくて平気ですか?」
「はい。ただの侍女にそんなに気を使わないでくださいませ。花さまの方が余程酷い御様子ですのに」
「侍女とかは関係ありません。身近で具合が悪い方が居れば心配しますし、確かに仕える主は違いますが玉楼さんも今は京城に居るので同僚のようなものでしょう」
花だって身分のことは頭では理解しているが、長年培ってきた人は平等と言うある意味理想主義的な考え方はなかなか抜けない。
花の居た世界だって、女子高生と総理大臣が平等とは思えないけれど建前はそうだ。
「花さま」
「それに私と玉楼さんの身分差なんて、ないも一緒ですよね。私は軍師というか、今は都督である公瑾さんの部下で、特別上の官位を貰ってるわけじゃないですよ。だからさまって敬称もいらないです」
「でもそんなことは、失礼に当たります」
「私に関しては全然失礼じゃありません。さん付けで十分です。朱蘭姫や他の方の手前、呼びにくいのであれば無理強いはしません」
もし玉楼が花が身分が上だと思っているならば、花が言ったことは命じられたと感じてしまうだろう。
それに花が自分の呼び方を強要することで、朱蘭や他の侍女仲間に咎められるのならば気の毒だ。
あくまで押し付ける気はないと、花は明るく言った。
「花さまはやはり私には特別に感じます。君主の妹君であらせられる尚香さまや朱蘭さまにも対等にお話しでしたもの」
「それは……尚香さんに関しては、今でこそ友人と扱っていただいてますから。でも朱蘭姫には、やっぱり侍女の玉楼さんから見ると不敬に感じましたか?」
花が気を付けているつもりでも、あまり身分差を意識しない態度は出てしまうかもしれないと不安になる。
もちろん向こうの世界にいる時から、年上の人や先生とかにはなるべく知っている範囲で敬語や丁寧な言葉遣い、態度をとってきたつもりだ。
でも貴人に対する態度など、花には取れようはずがない。
「いいえ。特別不敬とは思いませんでした。節度を保った話し方でしたし、朱蘭さまにも謙った様子がなくて……悪い意味じゃなくて、あまりに当たり前の御様子に凄いと感心しただけです」
一瞬、自分の物知らずで不調法な態度を柔らかく当てこすられたのかと思ったが、目の前の玉楼は至って真面目な顔だった。
「えっと……ありがとうございます」
花にとっては当たり前の態度で、それほど感心されるようなものでもないはずだ。
たぶんかなや彩だって、花とそんなに変わらない対応だろうと思う。
「ごめんなさい。私の方こそ余計なことを言いました」
少し驚いたような花に、玉楼は慌てて謝ると俯いてしまった。
「褒めてくださったんですから、謝られることはないです。私こそ、謝らなくっちゃいけないです」
「え?」
「さっきの言葉、一瞬朱蘭姫に対する態度のなってない私に対する嫌味なのかと、そんな風に考えちゃいました。ごめんなさい」
「花さま……」
頭を下げた花に、玉楼はゆるゆる儚げな様子で首を振ると微笑んだ。
玉楼にとって花の率直さやおおらかさは、眩しいくらいに感じる。
少しだけ緊張の解けた玉楼の姿に、花の方もほっと息を吐いた。
「だいぶ顔色が戻って来られましたね。何か飲めそうですか?」
「ご心配ありがとうございます。でもあまりゆっくりしている時間はありません」
その言葉と、先程兵士から聞いたこと、一連の流れから花は心配そうに目を瞬いた。
「玉楼さんはお見舞いの品を持って来られたわけじゃないですよね?その件に関しては、林沙が後で返事をする胸を伝えたはずですから」
そんなことを指摘されると思っていなかったのだろう、玉楼は大きく目を瞠った。
けれど花は構わずに穏やかに言葉を続ける。
「そして倒れたことを朱蘭姫に知られたくないってことは、内緒で出て来たってことですよね?あちらで何か困ったことがあるんですか?」
もしかして主従の関係とか、同じ侍女仲間とか、余計なお世話かもしれないけれど上手く行ってないんじゃないかと勘繰ってしまった。
朱蘭姫のことで公瑾を訪ねてきた時や花へ朱蘭が意見を言っている時、彼女はいつもどこか困ったような顔をしていた。
主として朱蘭姫がどのような人物かよく知らないけれど、日頃を見ていれば多少の我儘くらいは日常だろう。
「あ、でも私の所に訪ねて来てくれたんですよね?もしかして、朱蘭姫に公瑾さんへの取次を頼まれました?今はこの間の高楼の火事でごたごたしているので、私に伝言をご希望ですか?」
すると玉楼が、惑うような表情の後で慌てて首を振る。
「違うんです。花さまをお訪ねするつもりはありませんでした。ただちょっと調子が悪くて、無意識に歩いていただけなんです。花さまの室へ来たことがあったので、本当に知らずに足が向いたのかもしれません」
言い募る様子はただ事ではなくて、花が更に問いかけようとすれば扉の外から声が掛けられる。
「花さま。林沙です」
そうして入って来た林紗は、すぐ後ろに一人の人物を伴っていた。
<後書き>
こんなとこで終わるのが好きです^^
そー言えばバレンタインネタも華麗にスルーしてましたね。
クリスマスをひきずったので、今回は連載物を真面目に更新しました。
公瑾さんと花ちゃんの萌え萌えなシーンが欲しいです。
でも白梅はそんな甘い展開どこで来るんだろうと書いてる本人も疑問です。