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月野岬

好きなゲーム等の文章中心の二次創作置き場です。現在三国恋戦記中心。

『秋色恋景』(文若×花)文若ED後

2011-11-03 21:30:55 | 文若×花
<前書き>
ご存知ですか、恋戦記好きさんには今日は文花の日です(笑)
そこで珍しく文若さん書いてみましたが、微妙とか言っちゃだめですよ。
はじめは小話だったのですが、長くなったのはいつものこと。
いや~間に合わないかと思いましたwww
では続きからどうぞ。



『秋色恋景』(文若×花)文若ED後

「秋だなぁ」
花はすっかり色付いた木々を見つめて感慨深く呟く。
先程まで両手いっぱいに書簡を抱えて歩いていたけれど、今はそれらを配り終えてすっかり身軽になっていた。
尚書令である文若の執務室に戻る道すがら、回廊を歩いていればかさりと一枚の赤い木の葉が足元に落ちてきたのだ。
回廊から見渡す丞相府の庭先は、趣味良く配置された木々が赤や黄にきれいに装っている。
すっかり足を止めて、花は秋ならではの情景に見入っていたのだ。
「夏が終われば秋が来る。自然の理だろう」
花が誰もいないと思ってぼんやり呟いた独り言に、理論整然応える声があった。
「文若さん。びっくりするじゃないですか」
「特別気配を殺したつもりはない。気付かぬのはお前がぼんやりとしていたせいだろう」
いつものことだがなと諦め気味に言われた気がして、花は小さく首を竦めた。
「紅葉がきれいですよね」
「きれいか……」
文若は表情を変えず、整えられた庭園を見渡した。
想い人である少女は、良くこのように花が咲けば香りがいいと花を愛で、雪が降ったと言えばはしゃぎ、こうやって木の葉が色付けば美しいと見惚れている。
それは文若にとっては、毎年繰り返される当たり前の光景だ。
ほおっておいても季節は順番にやってきて、感慨も何もなく、季節に思いを馳せることもない。
邸に帰れば、気を利かせた古参の使用人や家令がいつの間にか衣類を厚めの物に替え、室の設えを冬支度へ変えていると言うのが日常だった。
だからこういう風に何でも珍しがる、たった葉の色が変わるくらいでうっとりと見惚れる少女に、呆れながらも色々と気付かされることは多い。
「ほらあの木なんて、もうすっかり黄色になってます」
「そんなに紅葉が珍しいか。毎年変わらぬだろう」
美しいと言うそれを否定しはしないが、文若にとっては目を奪われることのほどでもない。
「う~ん、同じように見えて、毎年やっぱり違いますよ。それに同じように見えて、毎年何もかも違いますからね」
「そういうものかな。私にとってはさしたる違いがないような気がするが」
「だって夏が猛暑だったか、それとも少し涼しかったとか、それだけでも違うんですよ」
花は得意そうに言うと、文若の顔を覗き込んだ。
「すいません。仕事中に不謹慎でしたね」
「少しぐらいなら構わぬが、解せぬな」
「何がですか?」
「仕事の途中でそう言うことを思う心持が分からぬ」
憮然と言うか、心底理解がつかないと言う感じで言われて花は小首を傾げた。
「文若さんは集中してるからそんなことがないんでしょうか?」
花だって回廊を歩きながら次の仕事の段取りなどを考えてはいるが、頬を撫でる風に何気なく顔を上げてしまえば、本当に鮮やかな紅葉に目を奪われる。
小鳥の高く鳴く声に耳を澄まし、つい見渡せば親鳥が雛に餌を運ぶ姿に微笑ましく見入ってしまう。
「私にはついぞ有り得ないな」
断言され、花はしゅんとなる。
「まあ……確かにいつもそうじゃないつもりですが、褒められたものじゃないですね」
言い訳がましいかなと思いながら呟けば、文若は何とも言い難い顔になる。
「悪いことではあるまい。それでお前のいう所の気分転換が出来るならば、有意義だろう」
それは花がよく文若に言っている言葉だ。
仕事となれば寝食を忘れ、根を詰め過ぎる文若が心配で余計なおせっかいと思いつつもついそう言わずにはいられなかった。
「ありがとうございます」
「おかしなやつだな。何を礼を言う」
「だっていつも流されてるかと思ってましたけど、ちゃんと覚えててくれてたんですね」
「流してはおらぬだろう」
思わず文若は苦笑を浮かべた。
一応生真面目な文若は、いつも分かったと返事はきちんとしてくれる。
ただ仕事に対する責任感が、花の忠告を聞き流す形にしてしまっているだけだ。
そして文若は先に立って回廊の階から、庭先へゆっくりと降り立った。
そのまま少し庭を進んで、まだ回廊にいる花を振り返った。
秋の穏やかな陽射しが振り注ぐ庭先で、佇む姿は静謐で厳しいが挙動は見惚れるほどに端正だ。
わずかに袖を上げ、いつもの口調で呼びかける。
「来ないのか?庭を散策したかったのだろう?」
「いいんですか?」
驚きながらも、花の顔が目に見えて嬉しそうに花が咲くように笑み綻んだ。
「たまには良い」
短く告げるけれど、素っ気ない言葉や口調とは裏腹に文若の耳が僅かに赤くなり、口元にごく淡く照れくさそうな微笑が浮かんでいる。
花の視線に気付いたのか、文若はさっと身を返すと「行くぞ」と告げる。
それでも歩き出さず、花が隣に来るのを待ってくれているから、花は小走りで走り寄る。
すると予想通り文若からお小言が降ってきた。
「花。年頃の娘が、そのように走るものではない。……お前はそそっかしいから危ないだろう」
文若に叱られたくて走ったと言ったら、たぶん眉間の皺を深くして怒られるだろう。
でも時々、花はこうして文若にお小言を貰えば、心がふわりと温かくなる。
それは花を叱る時だけ、文若がさっきのように普段見せない花だけに寄せる想いの片鱗を見せてくれるからだ。
「はい、文若さん」
花は素直にお小言を甘受すると、嬉しそうな顔をみられないように少しだけ俯く。
そして自分に合わせて、普段より随分とゆっくり歩いてくれる文若の横顔を盗み見た。
眉間の皺がないのは、花と歩いているせいだとすれば嬉しい。
二人はゆっくりと木々の間を歩いて行き、足元では風に落ちた葉がかさかさと音を立てる。
言葉がなくても、静かな時間は全然気づまりじゃなく、花にとっては心地いい。
けれど隣りを歩く文若は、少しだけ気になりだす。
文若は静寂と言うものを好ましく思ってはいたが、若い娘と言うのは無駄におしゃべりを好むものだ。
現に丞相の孟徳は、常に花を見つければ文若と恋仲であることを知っているにも関わらず、いそいそと寄って来てはこちらが恥ずかしくなるような甘い言葉をかけたり、他愛のないことでからかって笑わせている。
また花も、仕事中ですよとたしなめながらも決して嫌そうでもなく、迷惑だとも言わない。
それぐらい花の気持ちを疑うことはないが、そんな様子を見れば花もおしゃべりは嫌いじゃないのだろうと思う。
何より花と一緒にいるようになってから、文若自身おしゃべりが煩いと感じなくなったのだ。
いやそれは花に限ったことだけで、愛しい少女の声や笑い声だけは仕事に関係なかろうと、耳に心地よく響いた。
だから今、文若は静寂も悪くないが少女の声が聞きたいと思った。
が、そう思ってもすぐに気の利いた話題を出して、花と話せるわけでもない。
「あ、どんぐり」
そのとき隣りにいた花が、不意に大きな木の根元に近寄ってしゃがみこむと嬉しそうに実を拾って笑っている。
いつもそうだ。
花はまるで戸惑う文若の気持ちや行動の先を読むように、意識してではないだろうが助けとなる行動をとってくれる。
「それは椎だな。食べられるぞ」
「え?人間も食べれるんですか?」
「お前のいた場所では食べなかったのか?」
「う~ん、祖父母世代なら食べたかもしれないですけど、私は食べたことがありません」
言いながらも、花は食べれると知って嬉しそうに実を拾っている。
「少し甘いから、お前の好きな菓子にも使えるはずだ」
「うわ。嬉しいな。どんな味だろう」
とたんにもっと熱心に、まるで子供のように木の実を拾うのに夢中になっている。
さっきまで退屈ではないか、何か言葉を聞きたいと思っていたのが嘘のようだった。
花の小さな手にいっぱいになっていく木の実を見ながら、文若は自分の懐から大判な手巾を取り出して花に差し出した。
「これに移せ。そうすればまだ多く拾えるだろう」
「えっと、いいんですか?」
それは皺などなく、清潔そうで上質な布だとすぐにわかった。
「構わぬ。あまりゆっくりしている時間はないぞ」
言外に仕事が詰まっていると言われ、花はありがとうございますと受け取ってそれに実を移す。
文若は花の手元を覗き込みながら、自分も黙ってしゃがみ込むと拾い始めた。
花は少しびっくりして文若の横顔を見たけれど、ふわりと微笑んで黙って自分も作業に戻る。
どのくらいそうしていたのか、今度は言葉を交わすのも忘れるほどに二人は夢中になって拾っていたが、文若も今度は声が聞きたいとは思わなかった。
花の息遣い、衣擦れの音、気配、全てが優しく、言葉の代わりに文若を包んでくれている。
やがてどちらからともなく、二人は手を止めて立ち上がった。
文若は自分の掌にたまった実を花が広げた手巾に移すと、くすりと笑う。
「文若さん?」
「どんぐりを拾うなど、いつ以来だろうな?」
国のため、官吏に成ろうと思い立って以来、文若は学を身に付けることに熱心であまり子供らしい遊びをした記憶もない。
好きでやっていた勉学だったから嫌だったわけではないが、それでもこれは子供の遊びでやったのは驚くほど小さな頃だ。
こんなことも、花がいなければやろうとすら思わなかったろう。
「子供の頃は拾ってたんですか?」
「ああ……この実も炒って食べるが、生で食べれないこともない」
「生で食べるんですか?」
驚いて花が小さく叫べば、文若は黙って几帳面そうな指先で木の実を一つ摘まみ上げた。
無造作に自分の衣の袖で拭くと、それを口元に持って行く。
白くて健康そうなきれいな歯が、かりっと小気味いい音を立てて殻をわった。
それを掌に戻して、殻を爪で割ってしまうと渋皮を爪の先で削るように取ってくれる。
「たくさん食べ過ぎなければ、慣れてなくとも腹を壊すこともあるまい」
そして無意識なのだろうが、きれいに剥いた実を指先で摘まんで花の方へ差し出す。
花は少しだけ小首を傾げた。
いいのかなと思いつつも、文若に近付くと、ぱくりと木の実を口にした。
もちろん文若の指先ごとだ。
「あ、ほんとに優しい甘さがある」
花の口の中におさまった実は、花が前歯でカリッと噛めばほろっと崩れ少しくせがあるが淡い甘さが広がった。
「は、は、はな!」
一方、文若は数瞬固まっていた。
生真面目な文若には、まさか花の行動は思いもよらないことだったのだ。
もちろん花は、食べさせてもらったと思っているし、歯を立てたわけじゃない。
だから花は文若の狼狽ぶりが分からないが、文若とっては大きな衝撃だった。
花の柔らかな唇が自分の指先を優しく食み、最後に少し触れていったのはもしや……。
「食べちゃ、いけなかったですか?」
花は顔色を青、白、赤と目まぐるしく変える文若を見ながら、実に不思議そうに、いくらか心配そうに文若の顔を覗き込んだ。
本当に無邪気に、何の含みもなく訊き返されて、文若は海よりも深いため息をついた。
何だか自分が一瞬、こう考え過ぎたことに思わず脱力する。
が、自分にならまだいいが、こんなこと他の男になどやられてはたまらない。
もちろん文若の頭にあったのは、いかにもやりそうな上司の顔だ。
「食べたことはいけなくはない」
「はい?」
「だが……今の行為はいささか問題だ」
「行為ですか?やっぱり行儀悪かったですね」
「行儀ではない。いや、行儀もだが、私としては、歳頃の娘として慎みに欠けると思う」
「えっと?」
はっきりしない文若に花は実に不思議そうな顔で、言わんとする意味を汲んでくれるつもりはないらしい。
普段は察しが悪くないくせに、こういう時ばかり思い至ってくれない花に文若は意を決した。
「だから、間接的にも口付けであろう。他の者には決してせぬ様に!」
袖で顔を隠し、僅かに赤らんだ顔を見られないようについと顔を背けられた。
とたんに花も自分の行動を振り返ってみて、羞恥に一瞬にして顔に朱がのぼった。
本気で全然何も考えてなかったけれど、確かに思い返せば随分大胆な行為だったかもしれない。
間接……キスと思えば、口付けなんて実はもっときちんとしたものも経験済みだ。
でも文若の口から出るだけで、こんなに恥ずかしいのはなぜだろう。
同時に今度こそ自分の迂闊な行動に、今度こそ呆れられてしまったかもと思う。
見れば文若は、少し離れた位置で赤と黄の紅葉に色付いた木々の中、黒い衣装がかえって鮮やかな対比で、僅かにその木々の先の空を仰ぐように立っていた。
美しいけれど厳粛なその姿に、花は俯いてぎゅっと手を握り込んだ。
いつまでもこの大人の佇まいを身に付けた人に、追い付けずにこんな失敗ばかりをしてしまう。
「文若さん、ごめんなさい。気を付けます」
驚くほど落ち込んだ声が聞こえ、振り向けば花がしゅんと項垂れている。
文若は自分が思ったほど声を荒げたことに気付き、そっと花の傍に寄って肩を抱き寄せた。
「私も少し大人げなかった。年甲斐もなく、狼狽えたのだ」
「文若さん……」
すっかりその黒い衣に抱き込まれてしまっているので、顔をあげることもかなわない。
でも花は抗わず、その腕の中でじっと落ち着いた文若の声を聞いていた。
文若はこの花の無邪気な一面を、形に、身分に、様々に囚われぬ自由な心を愛したのだ。
自分に添い、この世界に馴染んでほしいが、決して形に嵌めてしまいたいわけではない。
だからそっと陽だまりの匂いのする髪を撫ぜて、真摯に告げる。
「お前と居ると本当に退屈はせぬな。だが、あまり無防備になるな。心配になる」
「そんなつもりはないんですけど」
「そう言う点が付け込まれる。わかっておらぬだろう?」
怒られたと感じたのか、花の身体がぴくりと小さく震えた。
「まあ心配せずとも、私が他の者など寄せ付けはしないがな」
珍しく独占欲を滲ませた言葉に、花は小さく身じろいだ。
「お前はお前らしく、ただ傍にいてくれればよい。ただし」
「ただし何ですか?」
「あのような不用意な行動は私の前にだけでしてくれ。心臓がもたぬ」
「文若さんの前でだったらいいんですか?」
ようやく顔を上げられた花に、文若は滅多に見せない柔らかで艶やかな笑みを浮かべる。
「色めいたお前を見られるのは、私だけの特権だろう」
そうして口付けが落とされ、それは吐息さえ奪うほどに激しく、花の頬を紅葉と同じく染め上げた。



<後書き>
実はもっと抒情的美しい(書けるかと言えばまあそこはおいといて)お話にする予定でした。
なのになんだか方向が違ったのは、やっぱり私だからですか?
しっとりしたお話のはずだったのに、天然花ちゃんと振り回される文若さん……^^;
今回流れたエピソードは、どこかで絶対リベンジしてやる(笑)
だって最初に考えてた話は、お相手は文若さん以外思い浮かばないwww
では文花の日スペシャル終了でした。

『八重咲く折耳根(どくだみそう)』文若×花(文若ED後)

2011-04-12 22:25:04 | 文若×花
<前書き>
サイト一周年花企画第二弾で、珍しく文若×花ですね。
リクエストは真美さんで、お花は八重咲きのドクダミソウでした。
(HNがNGでしたらお知らせください。イニシャルに変更いたしますので)
えっとカップリングが文若さんを選ばせていただきました。
孟花で文若さんを書くときはそうでもないんですが、メインになると文若さんは難しいです^^;
お心に添うお話になっていればいいのですが・・・・・・
そして、これは小話ではなく、普通に短編の長さです(苦笑)
では、続きからどうぞ

『八重咲く折耳根(どくだみそう)』文若×花(文若ED後)

文若さんの行動が変だ。
それはここ最近の、花の大きな疑問だった。
何しろ今、この丞相府内は空前絶後のかつて見たことのない忙しさだ。
新しい丞相府へと移転が決まっているから、通常の業務に加えて、その引っ越しの準備もしなければならず、まさに猫の手も借りたい忙しさなのだ。
文官としては半人前を自覚する花でさえそんな状態なのだから、花の上司であり想い人である文若は尚書令という要職に就く身で、寝る暇もないような多忙を極めていた。
心配だけれど、人一倍責任感が強く真面目な文若が、おとなしく花の言うことをきいて休んでくれるはずもない。
だから少しでも助けになるように、花も一生懸命だった。
そのためには、なるべく早く書簡を配り、早く執務室に戻って文若の手伝いをするしかない。
気が焦り、いつの間にやら意識せずに注意はおろそかに、そしていけないことだけど回廊を行く足は速くなっている。
こちらの女性はみんな裾の長い衣装だから、花のように足早に歩くなんてことも難しい。
特に宮城で働く女性たちは、皆優雅でおっとりとした所作を身に着けている。
慎ましやかな優美さが基本だから、もちろん走るなんて有り得ない。
けれど花はあえて最近着ることの少なくなった現代での制服を着て、忙しげに、極力走ってないというぎりぎりの速度で回廊を歩き回っていた。
裾の長い衣装では、間違いなく転んでしまうのだから仕方ない。
その花が、思わず足を止めたのは忙しいはずの文若の姿を見たように思ったからだ。
「あれ?文若さん?」
知らず呟きがもれて、行き過ぎかかった足が止まった。
今通り過ぎたばかりの回廊の手すりの向こう、別の建物の陰に見慣れた黒い装束を見たのは気のせいとは思えなかった。
一瞬迷って、花はくるりと踵を返した。
まただと思う。
この忙しい最中に、文若が日に一度ほど不意に姿を消すことがあるのだ。
そんなに長い時間じゃなかったし、最初は気にも留めてなかったけれど、考えれば考えるほど妙なことに思えた。
だって、ほんの少しの休憩時間ですら文若は花に言われてやっととる有様なのだ。
だからきっと、さっき見た文若をつけてみれば謎がわかるかもしれない。
文若は丞相府の中で、今現在その家柄、本人の堅実な性格、容姿そして丞相曹孟徳の傍近くに仕える信の厚い高官で、独身として、府内では娘を持つ官から縁談相手として引く手数多だし、女官からも熱い視線を送られている。
でも本人の堅物すぎる性格と、いつか孟徳が冗談で言った嫁に来ない理由のせいか、浮いた噂は一つもない。
だから花も女性の影を気にしているわけではなかったが、だからこそ何をしているのか最近ではずっと気になっていたのだ。
花が回廊を戻って見ると、ついさっきだったはずなのに文若の姿は影も形もない。
それでも気のせいとは思えなくて、花は回廊の切れ目から庭先にそっと降り立った。
「いない……」
それでもいたと思った建物へ足を向け、角を曲がれば確かにそこに文若の姿があった。
端正な横顔を見せ、見慣れた黒い装束を隙なく着こなしている。
すっと背筋を伸ばして佇む姿は凛とした厳しさと静謐さがあった。
声をかけて近づこうと思ったけれど、その足がつい止まる。
何だか邪魔ができないような雰囲気を感じてしまったのだ。
文若は武官でこそないが、所作には端然とした厳しい美しさがあり、言動と同じく物腰にも一本筋が通ったものがある。
思わずその姿に見惚れていると、文若の口からごく小さな呟きがもれた。
「花……」
「え?」
呼ばれたのは自分の名前だろうか?
花はそっと建物の陰に隠れると、文若の様子を伺った。
静かな人気のない庭の片隅で、文若は衣が汚れるのを気にした様子もなく地面に片膝をつくと、そっと手を伸ばす。
少し日陰になったそこには濃い緑の草というか植物があるだけで、花はない。
何をしているんだろうと思う?
もちろん文若は風雅を嗜まぬわけではないだろうが、どちらかと言えば利便性や合理性を優先させる気質だ。
こんなところで、植物を愛でて暇つぶしとはとても思えない。
花が息を詰めて見ていると、文若は愛おしそうに指先で葉に触れ、その横顔にえも言われぬ柔らかな表情が浮かんだ。
そこへ、庭師と思しき姿の男が通りがかった。
「これは荀尚書令様。ご様子を見に来られましたか?」
「ああ、だがまだのようだな」
「そうでございますね。しかし何故このように目立たぬ花にご執心でございますか?」
その言葉に、文若は何とも言えぬ顔になった。
庭師の男は、自分がとんでもなく出過ぎた質問をしたことを気付いたように、両膝をつくと深く頭を下げた。
「も、申し訳ございません。俺は無骨者で、いらぬ言葉でございました」
文若は激高したり権力を笠に着て居丈高な態度をとる男ではないが、身分が高い高官で、何が不興を買ってもおかしくはなく、庭師はそれに怯えて平謝りになった。
「いや、そう謝らずともよい。ただこの花は、大切な思い出の花なのだ」
「左様でございますか。ああ!そう言えば、あと一か所、青龍園の東屋の脇にもあったような気がいたします。あちらの方が早いかもしれません」
「そうか。ここからだとすぐだな。では行ってみよう」
そして庭師は別方向に去り、花は一瞬その場に立ち竦んだ。
思い出の花って、いったいどういうことだろう?
花に思い出にまつわる記憶がないということは、他の人との思い出ということだ。
あんな優しく穏やかな表情をする思い出は、いったい誰と、どんな思い出なのだろう?
もやもやした想いにかられながら、同時に自分がどれだけあさましくみっともないことをしているのか、ふと気づいてしまった。
こんな風に隠れて人の後つけて覗き見するなんて最低だ。
慎ましやかで清廉潔白を信条とする文若に知られたなら、きっと心あさましい娘だと軽蔑されるかもしれない。
それに青龍園と呼ばれる庭に行くならば、文若はこちらの方向へ一旦戻ってくるはずだ。
けれど間が悪いというのはこういうことなのだろう。
まさに気付かれないように戻ろうとしたとき、ぱきりと革靴が足元の枝を踏んでいた。
高い音が鳴り、一瞬花とそして文若の驚いた瞳が絡み合った。
花は反射的に、そのまま背を向けて走り出した。
「花!」
文若の呼び止める声が聞こえたけれど、花は止まることなく走り続けた。
何の解決にもならないことはわかっていたけれど、今の顔を見られたくない、その一心で庭先を駆け抜ける。
けれど張り出した木の枝に気を取られ、それを避けようとした拍子に木の根に躓いて転んでしまった。
結構な勢いがついていたから、思いっきり膝をすりむき、ついた掌にも擦り傷を負う。
「花。大丈夫か?」
地面に膝をついたままの花に、文若は息を乱すことなく追いついてきてその肩に手を置いた。
「文若さん……」
「立てるか?」
「はい……」
そして文若に手を借りて立ち上がると、そのまますぐ近くの東屋に連れて行かれた。
「これはまた、派手に転んだものだな」
文若は淡々と花の傷を改めて、思わずそのひどい擦り傷に顔をしかめた。
「すいません」
目の前の恋人である少女は、項垂れて目を合わせようとはせず、小さく謝る。
「年頃の娘が、あのように走るものではない。そもそもそのように裾の短い衣装だから、ひどい怪我を負うことになる」
文若の小言に、花はますます小さくなって肩をおとした。
その俯いた頼りなげな背中と、さらされた項に、文若はそんな場合ではないのにわずかにうろたえて、視線を無理やり逸らした。
「花。顔を上げなさい」
焦れて問えば、少女は小さく首を振った。
それでも文若は、重ねてさらに問いかける。
もともと察しが悪い男ではない文若も、この年若い自分の想い人の少女の気持ちは正直わかりかねることが多かった。
いや、そもそも色恋が絡めば、文若はとたんに鈍くなるのはいなめない。
「おそらく聞かれたくはないだろうが、聞かねばわからぬ。なぜあのような場所にいて、私を見て逃げた?」
「逃げたなんて……」
「では私の勘違いか?偶然ではあるまい」
しばらく沈黙が続き、観念した花は小さな声で話し始めた。
「わ、私、文若さんをつけたんです。最近いつも急にいなくなるし、何だか態度が変だったから何かあるのかと思って。ごめんなさい」
「人をつけるとは褒められたものではないな」
静かだが、容赦なく言われて、花の身体は小さくびくっと震えた。
けれど厳しい言葉とは裏腹に、文若は東屋の椅子に座る花の前に跪くと、下から静かな表情で花を覗きこむけれど、頑なに自分の足もとに視線を向けている花は気付かない。
「が、お前のことだ。私を心配してのことなのだろう?わかっているから、顔を上げてくれぬか?このままでは話しづらいし、目のやり場にも困る」
花の言葉を聞けば、文若にだってこの頃の自分の態度が少し奇妙だったことは自覚があった。
まさかそれに花が気付いていようとは思ってなかったが、元々人の気持ちには敏いところがあるし、時折こちらを見つめる物問いたげな視線を思い出す。
おずおずと花は顔を上げると、小さく首を傾げた。
「許してくれるんですか?」
「許すも許さぬもない。お前にいらぬ心配をかけたのは、たぶん私が至らぬせいだろう」
軽く息をついて、文若は気まずそうに苦笑を浮かべると、再び花の膝に視線をやる。
「手当をせぬと痕が残るぞ。擦り傷とはいえ、馬鹿にはできぬものだ」
「あ、はい」
「少し待っていろ」
言い残すと、文若は東屋を出て辺りを見回しすぐ脇に屈みこんでいたが、待つほどもなく緑の濃い植物を片手に戻ってきた。
無言で、また花の足もとに跪くと手が汚れるのも構わずにその草を手の中で揉みこんだ。
独特の何とも言えない匂いが鼻につき、花の表情が微妙なものになる。
「心配するな。これは薬草だ」
言われてみれば、花にもこの独特な香りは記憶にあった。
「どくだみですか?」
「知っていたか。こうやっておけば、毒も入り込まない」
そう言って潰れた葉ごと、汁を花の手に擦り込み、膝にも擦り込んでくれるが、この時になって花はやっと文若が言った意味がわかった。
足もとで跪いているせいか、ちょうど文若の顔の前に花の膝がある格好になり、息がかかってくすぐったいし、短い制服のスカートだから膝が緩めば奥まで見えてしまうかもしれない。
「……っ……」
花は恥ずかしげに、思わず赤くなってぎゅっと膝をしめるとスカートが捲れたりしないように裾に反射的に手をやった。
その態度の変化に文若も気付いたのか、花を見上げた文若の顔も心なしか赤くなっている。
武人と違い日にも焼けていないから、その白皙の顔に朱がのぼるのはいっそ鮮やかだ。
「たぶん大丈夫と思うが、続きは自分でするのがいいだろう」
こほんと咳払いをして立ち上がると、花の手にまだ潰していないどくだみを押しつけてくるりと横を向いてしまう。
「文若さん……?」
「羞恥で赤くなるくらいなら、そのような丈の短い服は今後控えることだ」
花は立ち上がると、今度はさっきとは反対に頑なにこちらを向かない文若の衣の袖をそっと横から引っ張った。
照れてこんな風になる文若は、言っては何だがこちらまで照れ臭く気恥ずかしい気持ちになる。
「手当、ありがとうございます。それから衣装のこと、気を付けます」
縋りつくようにぎゅっと文若の黒い袖を握る花に、文若はまたため息を漏らす。
この花の素直さは、色々と文若の罪悪感を刺激してくれる。
言わずに済まそうと思っていたが、こうしおらしく謝られては文若との性格上言わずにはいられない。
「謝ることはない。実のところ私とて、お前のことは言えぬのだ」
「え?」
「私がこのところお前の衣装が、また短くなってしまったことに気が気ではなかった。以前は見慣れていたからそうでもなかったが、ここしばらくはずっとこちらの長い衣装だっただろう?だから目のやり場に困った」
「私はただ書簡を少しでも早く運べるようにと思って……えっと、文若さんがですか?」
意外さを隠さずに花は目を瞠れば、更に渋い顔で言葉は続けられた。
「利便性を考えた上でのことだとはわかった。だが、お前は私をなんだと思っている。私とて若い男だ。それに、私の元へ来る官吏たちがお前の姿をどのような視線で見ているのか気づかないのは、本当に迂闊だぞ。こ、恋人の私の身にもなればわかろう」
最後にそうつっかえながら言って、文若は袖で顔を隠して横を向いてしまう。
その拍子に、文若の袂から白い花をたくさんつけた一枝が零れ落ちた。
花が拾い上げてみれば、それはもう一方の手に握られているどくだみと同じ形の葉であることに気付く。
同時に、よく見ればそれは先ほど文若が庭師と話していたあの植物だった。
見回してみれば、滅茶苦茶に走ったつもりだったがここは青龍園の東屋だ。
「文若さん、聞いていいですか?」
「なんだ?」
気まずそうに赤い顔のまま文若は問い返す。
「この花には、どんな思い出があるんですか?」
花の手にある花は、向こうの世界で知っていたどくだみそうとは明らかに違っていた。
とにかく花がまるっきり違うのだ。
花の記憶では、どくだみの花は四枚の白い花びらを持った少し地味な花だったけれど、これは八重咲きの白い花びらが重なり、楚々とした可憐さがあり華やかだった。
「聞いていたのか?」
「すいません。はしたないことだけど、気になって……」
同時にさっきの自分のあさましい態度に、つい言葉が弱くなってしまう。
すると文若は花の方に向き直って、その誠実な瞳で花と手に持つ花を交互に見た。
「憶えておらぬか?雪の日、お前は雪の結晶を見て雪の花のようだと騒いでいたであろう。その時、私がその結晶が八重の折耳根の花のようだと言ったら、是非見たいといったのだ」
「それじゃあ……」
花は大きな目をぱちぱちと瞬いた。
この花の思い出にまつわるのは、他ならぬ自分だったのだ。
どくだみと折耳根が同じだとは気付かなかったから、花は言われる今この時まで思い出しもせず、すっかり忘れ去っていた。
それなのに、そんな他愛のない約束をずっと憶えてくれていて、花が咲くのを今か今かと文若は待っていてくれたのだ。
「花。この花は、お前に似ているな」
そして、文若はさっきどくだみの葉を慈しむように撫ぜた手つきで、花の頬にそっと触れた。
えも言われぬ穏やかで、少しだけ熱を持った強い瞳に、花は柔らかく気付かぬうちに絡め取られる。
今この時、花の脳裏には白い雪景色と降りしきる雪が、不意に蘇った。
けれど文若がゆっくりと咲くのを待っていた花が、八重の折耳根ではなく、この目の前の少女であることに気付くのは、風に揺れる雪の結晶に例えられた花だけだった。

<後書き>
私って、どうしてこう短くすっきり、話をまとめられないんだろう?
そんな自分が少しばかり恨めしいです^^;
で、文若さん偽物臭かったら非常に申し訳ございません。
いや、色々がんばったけれどどうですか?
ちなみにドクダミソウの花言葉は「白い追憶」だそうです。

『女の子の日 文若編』(文若×花)

2010-05-29 20:56:23 | 文若×花
<前書き>
これ、たぶん他の人も書きます。
面白そうなテーマと思ったんですが、そうでもないですか?
最初に思いついたのは文若さん^^;

『女の子の日 文若編』(文若×花)

ああ、すごくだるい。
腰が異様に重い。
下腹がズキズキと容赦のない痛みを伝えてくれる。
もともと花は少し生理痛がひどかった。
それで体育を見学することもあったし、実は学校を休んだことも一年に一度ほどはある。
だから薬はいつでもポーチに入れていて、いつも対処出来るようにしていた。
こちらに来てからは、食生活が変わったせいか、それとも生活の劇的な変化のためか、あまりひどくなくてすっかり安心していた。
もしかしたら体質が改善されて軽くなったかと思っていたけれど、現実は違ったらしい。
こんなに重いのは久しぶりだと、花は思いっきりため息をついた。
変な話、こちらでは現代日本で簡単に手に入った女の子のグッズがないので、実のところとっても不便だし、色々気になる。
で、必然的にトイレに行く回数は増えるし、何だか気分は憂鬱度五割増だ。
「う~ん」
ちょうど文若が執務室にいないのをいいことに、花は下腹を押さえて机に突っ伏した。
子供を授かるために必要なことだとわかっているけれど、やっぱりないほうがいいと思う。
特にきついときは。
痛みと戦いながら少しだけうとうとしていると、いくらか痛みが薄れた気がした。
それで、身体を起こして見るけれど、ズキューンと、襲った痛みにへなへなと崩れる。
「ああ、セ○スが欲しい」
思わず愛用していた鎮痛剤の名前を呟いていた。
「せ○すとは何だ?」
聞こえた文若の声に、痛みも忘れて腰を半分浮かせて飛び上がった。
「文若さん!いつからいたんですか?」
「たった今だが、何か問題があったか?」
「な、なにもありません」
「それで、せ○すとは何だ?」
あ、やっぱりその話題に戻るんだと花はため息をつく。
忙しい文若でも、晴れて恋仲となってからは花の寂しさを紛らわせるためか、こうやってよく花の世界の話題に付き合ってくれるようになった。
それは、すごく嬉しい。
でも、今回の話題はできれば流して欲しかったと贅沢だけど思う。
「え~と、薬の名前です」
「薬?具合が良くないのか?そういえば顔色がよくないようだ」
とたんに文若は心配そうな顔になった。
書簡を放り出すように自分の執務机に置くと、すぐに花の傍らにやってくる。
「大丈夫です。たいしたことはないんです」
「そうは思えないが、どれ」
文若が顔を覗き込むと、熱を計るために額に手をやった。
のぼせたようになっていた花は、何だかホントに熱が上がりそうな気分になる。
文若の手は文官だからそれほどごつごつしているわけではなく、男性にしては指が長くきれいな手をしている。
それに乾いた手はほんのりと冷たくて気持ちが良かった。
「文若さんの手、気持ちいいです」
「それはよかった。しかし熱はないようだが」
言いかけた文若の言葉が不自然に止まった。
花が無意識のように文若の手に自分の手を重ねると、頬にすりすりとしたのだ。
少しぼんやりとした表情で、潤んだような瞳で見つめられて、文若は思いっきりうろたえた。
そんな場合じゃないと思ったが、今日の花は常になく色っぽいし、いやにやることが積極的でかわいい。
「花」
年頃の娘がそんなことははしたないと注意しようと思ったけれど、出たのは自分でも驚くほど掠れて、少し甘やかすような声だった。
手から伝わる花のすべらかな頬の感触が、とても愛おしく、手放し難かった。
「熱もないのにおかしいですね。でも気持ちいい」
火照ったような首筋に文若の手を持ってきたところで、花はその手の冷ややかさに自分が何をしていたか、はっと覚醒した。
「ご、ごめんなさい!」
焦って、文若の手を放り出すように離した。
「いや。熱はないようだが、確かに具合は悪そうだ」
一瞬、文若は花の白い首筋に触れた少ししっとりした感触を思い出しながら、つい抱きそうになった邪な妄想を頭から追い出して、花の瞳を覗き込んだ。
「ちょっとだるいだけですから」
まさか本当のことを言うわけにもいかず、花は申し分けなさそうに首を振る。
病気じゃないからそれほど心配してもらうこともないけれど、やっぱり生理ですと口にすることには抵抗があった。
「ここはかまわないから、もう部屋へ戻れ。送っていこう」
「えっ、でも仕事が」
「上司の私がかまわないと言っている」
あまりに心配そうに文若が気遣うものだから、花はいたたまれなくなる。
それでも文若の気持ちが嬉しかった。
「じゃあ、とりあえず机の上だけ片付けます」
実際、お腹の痛みとだるさが治まってくる気配がなかったので、休んでいいと言う申し出はとっても助かった。
そして、立ち上がって書簡を戻そうとしたとき、文若に切羽詰まった声で呼ばれた。
「花!大丈夫か?」
「え?」
何が大丈夫なのかわからず振り返ると、文若がひきつった青い顔をしていた。
「文若さんの方が顔色が悪いですよ」
「お前、怪我しているのか?血が出てるぞ」
「あ……」
瞬間、恥ずかしさにたまらずうずくまった。
最悪のタイミングだ~
こんな失敗、向こうの世界でもしたことなかったのにと、羞恥と情けなさに顔が上げられない。
好きな人にこんなところを見られるなんて、乙女として絶対あっていいはずない。
「花!すぐに医師を呼ぶからな!」
頭がグルグルしていた花に、その言葉に意味が届いたときには文若の腕に抱えられていた。
「ぶ、文若さん、お医者さんはいりません」
「いらないわけはないだろう!黙っていろ」
ぴしゃりと遮られ、部屋へ抱えられて行く間に、丞相府中の視線を集め、医者を呼べという文若の指示に、侍女たちがばたばたと走って行く。
うそだぁ……

「はい。これお見舞い」
孟徳から渡されたのは、実がはじけて赤い中身をのぞかせた大きな柘榴だった。
「ありがとうございます」
なぜ柘榴かという花の顔に浮かんだ疑問に答えるように、孟徳は無邪気に笑う。
「ああ、柘榴って女性の身体にいいんだって」
瞬間、顔に血が上った。
「丞相!もうよろしいでしょう。年頃の女人の寝室に長くいるものではありません」
「かたいこと言うな。上司が部下の見舞いにきただけだ」
「ならば見舞いの品も渡したし、もうご用はおすみでしょう」
「心が狭いな。まだお前のものじゃないだろ」
一瞬孟徳の言葉に文若が怯んだが、憮然としたまま言葉を返す。
「お言葉ですが、彼女は私の許婚です。もう私のものです」
そんなきりかえしが来るとは思ってなかった孟徳は、虚を突かれた顔をした後でにやにやと笑う。
「お前も成長したな。じゃあ、邪魔者は退散するよ」
ひらひらと花に手を振りながら出て行きかけた孟徳は、一言告げるのを忘れなかった。
「花ちゃん、身体を冷やさないようにね。こいつ、女人の身体にも疎いくらいの朴念仁だけど、まあ愛ゆえだから、人物は保障しよう」
「あなたに保障されると、信用をなくしますから結構です」
そして、孟徳の消えた花の部屋で二人は気まずげに顔を見合わせた。
「ごめんなさい。私のせいで文若さんに恥をかかせちゃいましたね」
花が大変な病気になり、倒れたと丞相府に噂が駆け巡ったのはつい数刻まえのことだ。
しかし、医師が来てみれば、ただの月のさわりとわかって安堵すると共に笑い話になった。
「いや。それは私だろう。女人に月のさわりがあることは知っていたが、あの時は気が動転していて思いいたらなかった。お前に恥ずかしい思いをさせた」
「いいえ。それは恥ずかしかったけれど、文若さんがすごく心配してくれてるのがわかって嬉しかったです」
文若は小さく息を吐き出すと、思わず自分の想いを吐露する。
「私は気が利く男ではないし、お前が関わると理性的でもいられなくなるらしい。けれど、たいしたことはなくて良かった。これからは恥ずかしいかも知れないが、辛いときには辛いと言ってくれ。私たちは夫婦になるのだからな」
「はい」
文若の手が優しく花の手を包みこんだ。
ほんのりと冷たい手は、花の中にやわらかな温かさをともす。
「わたし、文若さんの奥さんになれるのは幸せです」
花の温かい手に包まれて、文若は甘く穏やかな幸せを噛みしめた。

<後書き>
乙女は色々大変ですよね。
特にあんな時代に行ってしまったら、便利グッズもないし大変じゃすまないよねと。
そしてこのネタ考えながら、思いました。
恋人の女のこの日に気付く人と気付かない人、きっちり分かれるだろうなと^^;
もちろん文若さんはわからない派だと思います(断言)

「酒は飲んでも呑まれるな」(文若×花)

2010-04-30 21:27:41 | 文若×花
まず拍手お礼&お返事です。

> 恋人同士でありながらさん
ツンデレ公瑾さんはきっと心の中では大いにうろたえたと思います。
でも素直に表には出せない。
もっと嫉妬がひどくなると、たぶん別館の方ですごいことが起こりそう(笑)

> akiさん
甘いお話楽しんでいただけたみたいですね。
少しは時間を考えろよって感じですが、まあ許しましょう。
孟徳は花ちゃんに脳が侵されてますから。
どこまで病が進行するか心配です(笑)

<前書き>
これはお酒シリーズとして不定期更新します。
話の内容によっては別館行きもありです。

「酒は飲んでも呑まれるな」(文若×花)

豪華な新しい丞相府の大きな広間では、賑やかに酒宴が開かれていた。
花はちゃんと尚書令である文若の補佐として公の立場での出席であったのだけれど、酒は入って場が砕けていくに従ってその場の雰囲気はだんだんと崩れてくる。
もちろん侍女の立場でないから、色んな人の隣に侍ってお酌をしてまわったりする必要はないけれど、やはり近くの人には酌をしたりもする。
周りも同僚と認めてきてくれているし、文若との仲も知っているのでそれほど無体なことをしかけてくる人物はいない。
花は知らないが、文若の采配によって花の周りには余り酒を飲まず、行儀のいい人物ばかりが集められていた。
もちろんこの場で一番位の高い孟徳の席からも、結構遠い席だ。
「花ちゃん」
宴もいよいよ盛り上がってきたころ、高くなった場所に設えられた席から孟徳が呼んだ。
「お呼びですか?」
「うん。ちょっとこっちに来て」
にこにこと孟徳の機嫌はとてもよさそうだ。
ちらりと少し離れた向こう側の文若の様子をうかがうと、どうやらけっこう酒を飲まされているらしく気付いた様子はない。
主の誘いを無下に断ることもできないしと、花はゆっくりと席を立って孟徳のそばへと行った。
酒が入って少し顔を赤くした孟徳は、花の姿をしげしげと眺めて目尻を下げた。
「その朱色の衣、すごく似合ってるね。もしかして文若の贈り物?」
「はい。あのわたしには大人っぽくないですか?」
「いやいや。悔しいけど花ちゃんの清純な色香が滲み出てていいよ。朴念仁のクセにこんな衣を贈るなんてちょっと悔しいなぁ」
「悔しいですか?」
なんで孟徳が悔しがるかがわからなくて、花は小さく首を傾げた。
「うん。できるなら俺の手で飾り立てたかったな」
孟徳が花をけっこう本気で気に入っていたのは、花以外の誰もが知っている事実だ。
その瞳にちょっと悪戯っぽい光を宿して、孟徳は自分の隣をぽんぽんと手の平で叩いた。
「ねえ。ちょっとだけここに座って」
「えっと、それまずくないですか?顰蹙かっちゃいそうな気がしますが」
「大丈夫。俺がお願いしてるんだから」
理屈は納得できないけれど、上司の命令には逆らいづらい。
「じゃあ、少しだけ」
花はそう断ると隣に少し距離をとって座り、孟徳の持つ杯にお酒を満たした。
「花ちゃん。きみと文若の仲ってどのくらい進んだの?」
「え!」
予想外の突然の質問に、花は危うくお酒の入った瓶を落としそうになった。
「ははぁん。やっぱりその様子だと色っぽい進展はほとんどなしか。あの石頭のことだから、婚儀を挙げるまではって思ってるんだろうな」
そう言って、妙に孟徳は納得顔だ。
「まあ俺としては花ちゃんが文若のものになるのは癪だけど、あいつの別の一面も見たいって欲求には逆らえないんだよなぁ。てことで、協力して」
言うなり孟徳は、花との距離を一気に詰めた。
「も、孟徳さん?」
焦る花にはお構いなしに、孟徳はさらりと花の両脇にたらした髪に触れる。
「すべらかでやわらかい触り心地のいい髪だね。いいなぁ。あいついつでもこうやって花ちゃんに触れられるんだ」
「あの近いです」
「うん。花ちゃんのいい香りがする」
花の言うことなど耳に入ってないみたいに、孟徳はさらに顔を近づけてきた。
「丞相!」
低い声と共に文若が二人の間に割り込んでくると、無礼にも孟徳の手を払った。
「まったく油断も隙もない!」
文若の顔色はいつもと同じだったが、顔は恐ろしく不機嫌そうで眉間の皺は当然本数も増えているし深くなっている。
反比例して、孟徳はますます上機嫌で歌でも歌いだしそうだ。
「怖いな。お前が文官でよかったよ。武官だったら今頃剣が抜かれてたかな?」
「私は少しばかり残念です。丞相の行状を諌める絶好の機会でしたのに」
「酷い奴だ」
孟徳は文若の態度に怒ることなく楽しそうに笑んだ。
「花。行くぞ」
そう言うと、退席の挨拶もなく文若は花を抱き上げた。
「文若さん?」
花はお姫さま抱っこをされて慌てて辺りを見回すが、みな面白そうにこちらを見ている。
「じゃあ、楽しい夜を。あんまり苛められたら俺の寝室においで。花ちゃんなら大歓迎だから」
孟徳は花の視線をとらえると、器用に方目をつぶってウインクして手を振った。

どさりと常にはない乱暴さで、花は自分の寝台の上に落とされた。
「あの文若さん」
文若は寝台の傍らに立ったまま、腕を組んで花を見下ろし説教を始めた。
「お前はなぜああも簡単に丞相の傍へ寄る」
「え~と、呼ばれたからですが」
「なぜそうも考えなしなのだ?危険人物だと注意しておいたはずだが」
仮にも自分の主に対して相当な言い草だが、本人に自覚はない。
「だって上司だし、皆さんもいるんだから心配要りませんよ」
「それで、あの様か?もう少しで膝の上にでも座らされそうだったぞ」
「確かに少し近かったですが、まさか」
花はあくまでもお気楽で危機感はあまりないが、それが余計に文若の嫉妬心と心配を煽ることに気付いていない。
「まったくお前は無分別過ぎる。私がどれほど……」
文若は途中で苦しげに言葉を切ると、花の寝台へ膝をついた。
「花」
きつく文若の腕に抱きしめられる。
その胸は広くて暖かで、花は恐れよりも幸福な安心感に包まれて目を閉じた。
「お前にはいつも心が乱される」
花の心を甘くかき口説くように耳元で囁きながら、文若の指が器用に簪を抜いた。
長い指がとけかかる花の髪をやわらかく乱す。
「ぶ、文若さん」
「花。怖がる必要はない」
文若の声がいつになく甘く響いて、寝台の上にやわらかく押し倒された。
花は緊張で身体を固くしていたが、やがておかしなことに気付く。
耳もとにくすぐったくなるような文若の息がかかるが、それが妙に規則正しい。
ぱちりと目を開けて横を盗み見れば、文若は安らかな顔で寝息をたてていた。
半分覆いかぶさるような文若の身体の下からどうにかして這い出ると、花は気が抜けて思わずおかしくなった。
「お酒に酔って寝ちゃったんだ」
花は気持ちよさそうに眠る文若の顔を微笑んで見つめ、そっと結ばれて窮屈そうな髪をほどくと優しく撫ぜた。

翌日、花の寝台で目覚めて隣に眠る花に大いにうろたえた文若の顔は、花には一生忘れられそうになかった。
また、散々孟徳にからかわれて仕事にならなかったりと、刺激的でとんでもない一日となったのは言うまでもない。

<後書き>
文若さんと言うより、花ちゃんが寸●めくらってます(笑)
まあこれもアリですよね。