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月野岬

好きなゲーム等の文章中心の二次創作置き場です。現在三国恋戦記中心。

『雨、雨、ふれふれ♪』(仲謀×花)

2011-06-16 22:04:30 | 仲謀×花
<祝!三国恋戦記PS2版発売!!>
おめでとうございま~す。
カウントダウンは当然する余裕がなく、さてどうしよう。
で、本来ならここで三君主の短めのお話をUPする予定でした。
でもさ、仲謀の話しか間に合いませんでした~(笑)
玄徳さんと孟徳さんは、気が向けば書きます。
なんか遅れると今更という気分になってきた^^;

<前書き>
そしてなぜか間に合った仲謀。
1本だけでもUPできて良かったと本気で思います。
タイトルはまあ、季節的なものもあり、出なかったなんて……いや意外に合ってると思います。(言い切った)
では短めですが、つづきからどうぞ。

『雨、雨、ふれふれ♪』(仲謀×花)仲謀ED後

「だから仲謀がわからずやって言うの」
珍しく花が声を荒げれば、思わず応じる仲謀の声も大きく荒いものになる。
「はあ?俺は常識を言ってるだけだ!」
「別にいいじゃない。これが向こうでは普通だったんだから」
「今はこっちにいるんだから、この衣装でも問題ないだろう」
「わかってるよ。でもこっちの方が動きやすいの。誰に迷惑をかけてるわけでもないんだからいいじゃない」
「迷惑なら掛かってるよ」
「誰に?」
「俺様にだ!」
「意味がわからないよ」
二人が揉めたのは花の着ている制服のことで、新たにこちらの衣装まで持ってきて頭ごなしに着替えさせようとする仲謀と花は喧嘩になったのだ。
そして、花が飛び出して行って半刻ほどになる。
執務室に戻って仕事をしていた仲謀は、思わず大きなため息をついた。
あんな風に切り出すつもりじゃなかったが、つい売り言葉に買い言葉と冷静になれない自分が悔しい。
本来ならさり気なく新しい衣装を贈り、頼むつもりだったのだ。
その時、窓の外に光が走った。
しばらくして音が鳴り、雷は遠かったが激しい雨がざっと勢いよく降りだす。
花は戻っただろうか?
それともまだ外にいるだろうか?
仲謀が迷ったのは一瞬で、控えにいた補佐の文官が止める間もなく筆を置くと走り出していた。
外に出る前にと、一応寄った子敬の執務室近くの花の勉強部屋には当然のように姿はない。
回廊を走る仲謀に、ぎょっとした顔で官吏が道を譲り慌てて拱手を捧げる。
「あいつ、どこだ?」
尚香の所かと思いもしたが、喧嘩の内容を花がわざわざ妹の尚香や大喬小喬の姉妹に告げるような少女でないことは知っている。
そして雨に煙る城の庭を透かして見ると居ても立ってもいられず、回廊の切れ目のない途中から欄干に手をついて乗り越えるとその勢いのままに雨の中を走り出した。
明確なあてがあったわけではなかったが、足は迷いなく南奥の東屋に向かっていた。
忘れられたような南庭の奥の片隅にある東屋には、支柱に茉莉花が蔦を絡ませ、少し前まで甘い香りのする白い花を咲かせていた。
果たして、その東屋に雨が降ってくる空を恨めしげに見上げて憂い顔の花がいた。
「花!」
「仲謀!どうしたの?」
花は息を切らして飛び込んできた仲謀を、思わず驚いて見つめた。
短い金の髪からは滴がしたたり落ち、首筋を伝って服へと浸み込んでいて、走ってきたせいか息遣いが僅かに荒い。
「仲謀?」
問いかけようとしたら、強引に腕を引っ張られてそのたくましい胸に閉じ込められた。
早く力強い仲謀の心臓の音が聞こえ、濡れた体は冷たいかと思っていたけれど、触れた部分は予想に反してすぐに二人の熱で暖かくなった。
ぎゅっと抱きしめられ、やがて頭上でため息が漏れる。
「さっきは悪かった。言い過ぎた」
ぶっきらぼうに、どこか途方に暮れたように謝られ、もとからすっかり喧嘩の怒りはひいていた花は小さく首を振った。
「ううん。こっちこそごめん。いつまでも向こうの服着てるの、嫌だよね」
こちらに、仲謀の傍にいることに後悔は欠片もなかったし、自分では未練とか、そんな風な気はなく、ただ機能的だし、こちらの衣装は着付けが大変というそれだけの理由だった。
だから思わず仲謀の言い方に頭に来て言い合いになったけれど、東屋で風に吹かれていれば気持ちも落ち着いてちょっと冷静になれた。
「違う。そんな理由じゃあない。ただお前の足を、他の奴らが目にするのがやだったんだ」
「……仲謀」
「知らないだろ?お前のその姿、よく若い奴が目で追ってるんだ。お前が悪いわけじゃないけど、俺はそれを見るとイライラしてたまらないんだ」
花が仲謀の顔が見たくて胸でもぞもぞ頭を動かせば、尚更強く頭を押し付けられた。
「俺、今すげぇかっこ悪いから見んな」
そう告げられて、花は動くのを止める。
自分から嫉妬したなど普段は絶対言わない誇り高い少年の気持ちが、本当に痛いほどわかったから、そのまましばらくじっとしていた。
黙って仲謀の腕の中でただ耳に響く雨音を聞いていたけれど、それは嫌じゃなく、奇妙に落ち着ける時間だった。
やがてぽたりと滴が花の首筋に落ちてきて、思わずその冷たさに身体をぴくりと震わせた。
「そろそろ行こう。冷たくない?」
花が小さく声をかければ、仲謀はゆっくりと花を抱く腕の力を緩めた。
「ごめん。お前は濡れてなかったのに、俺のせいで濡れたな」
見上げれば、金の髪からまた滴がきらりと零れ、真っ青な瞳が花を柔らかく見つめていた。
確かに花は東屋にいたから濡れてなかったけれど、そんなことは気にならなかった。
ただこのぶっきらぼうで素直でない少年が、愛しいと言う気持ちが湧き上がる。
花はふわりと笑うと、そっと手巾を胸元の帯の下から取り出して、仲謀の髪から滴り落ちそうになっていた雨の滴を拭った。
「いいよ。だって迎えに来てくれたのが嬉しかったから」
正直に言えば、とたんに仲謀は真っ赤になる。
喧嘩をしていたはずなのに、そんな顔でそんな素直な言葉を言うのは反則だと苦く思って狼狽える。
ここで気の利いた言葉を言えればカッコいいと思うが、生憎言葉は気持ちを上滑りして出てこない。
仲謀が焦っている間に、花は見上げたまま小さく首を傾げてくすりと笑んだ。
「前にもこんなことあったね」
それが何を指しているか、詳しく言われなくてもわかった。
「ああ、そうだな」
「あの時は背中合わせだったけど、今は向かい合わせだね」
それだけ二人の距離が縮まり、関係が変わったことを示しているようで、仲謀は本気で堪らなくなる。
「なあ、花。お前、何だってそう俺を煽るようなこと言うんだよ」
「えっと、煽ってる気はないんだけど」
が、花の続けようとした言葉は、仲謀の軽く触れるだけの口付けにびっくりして消えてしまった。
「ちゅ、仲謀!昼間だよ」
「こんな雨の中出歩いてるような馬鹿は俺たちくらいだ」
「信じられない」
言いながら、花は真っ赤な顔で不意打ちに仲謀の腕からするりと抜け出ると、東屋から出て走り出した。
「おい!花」
怒らせたのかと焦る仲謀に、花は笑顔で振り返る。
「どうせ傘も持ってきてないんでしょ。走って戻ろう」
確かに見上げた空の雲は厚く、今降っている激しい雨もとてもやみそうにはない。
けれど仲謀の表情は、これ以上はないほど明るかった。
過去の旅ではおぼろげだったものは、今はこんな曇りの空でも切り裂くように真っ直ぐに一条の光となって自分の目の前にある。
仲謀は雨の中、先に行く花に追いつくと自分の上着を頭からかぶせて、手を繋いで走り出した。
今の二人には、激しい雨さえも柔らかな慈雨に感じられる穏やかな日常だった。

<後書き>
本来なら、あと2本あったんだよね(我ながら無謀)
珍しく仲謀だったんですが、普段あまり書かないキャラのわりにやはり彼は書きやすいです。
と言っても、白梅でいつも書いてるせいか違和感がない。
ただ花ちゃんとのCPが少ないんだよね。
若者らしく爽やかな雰囲気になってればいいな(笑)

『金銀花』後編(仲謀×花)仲謀ED後

2010-07-30 20:31:26 | 仲謀×花

<前書き>
後編に詰め込んだら、すごい量になりました^^(二話分くらいの長さだった)まあ、いいかと開き直ります。
そう言えば、スイカズラの花言葉は「愛の絆」だそうです。
本編に入れられなかったけれど、なんとなく今回の話にあってたかも(これ手前味噌って言うのかな?)
完結したので、安心してお楽しみください。

『金銀花』後編(仲謀×花)仲謀ED後

出入りする人の顔が一人ではなく、また時間もあけずにやってくる。
花は状況が緊迫してきたことを知った。
いや、攫われた時点で十分緊迫はしていたけれど、今までとは明らかに空気が違う。
囁き交わされる言葉の断片を拾い、少しでも状況を掴もうと頭の中で繋ぎ合わせる。
じっと様子を伺っていたのに気付いたのか、男はこちらを見ると苦笑半分に言葉を続けた。
「軍師殿。朝議は紛糾しているらしい。こんな時間なのに、まだ終わる様子もない」
「それは」
「そう。孫仲謀はどうやらこちらの要求に応じるつもりないと言うことだ」
思わず唾を飲み込もうとして、口の中がからからに乾いているのに気付く。
「時刻の指定はしたんですか?」
「もちろん期限はきってある。夕刻だ」
淡々とした口調は、男が取引が不調に終わった後どうするかすでに決めていることを花に思い知らせるに十分な冷ややかさを秘めていた。
忍び寄る死の気配に、怯えを悟られたくないと思いながらも視線は揺れた。
「豪胆な軍師殿も、さすがに現実は甘くないと理解いただけたかな?理想を掲げたところで、やはりどうにもならない事態は存在する。現実は都合のいい物語ではない」
「そうですね。でも希望は捨てません」
「自分の立場は理解していると思うが、そうまで前向きだと疑わしいというか、ちょっと呆れざるを得ない」
「空元気も元気のうちです。それに」
一瞬、花は言いよどむ。
「それに?」
「敵に弱みを見せるのは悔しいじゃないですか」
花が言うと、男は何とも言えない顔をした後で不意に笑い出した。
「軍師としては立派と言うべきか、それを俺の前で口にした時点で失格とみるべきか、本気でわからない娘だ」
「確かに軍師としては規格外なのは認めます」
花はこの男が人を殺すことにためらいなど見せないことを疑ってなかったけれど、なおそんなに悪感情は持てなかった。
「頭!」
今までになく慌てた様子で一人の部下らしい男が飛び込んできた。
男の厳しい視線に緊張した面持ちで声をひそめて何事か耳打ちしている。
視線を床へ落としていたけれど、こちらを一瞬窺った視線は忘れられそうもない。
部下が下がり、男がふらりと立ち上がった。
小さな灯り取りから見える太陽はまだ没するまでにはかなりの時間があると告げているが、花の心臓はとたんに鼓動が早くなる。
「立て。これを身につけろ」
男は横に積んであった荷物の中から薄衣を無造作に投げて、花の頭にすっぽりとかぶせた。
「縄を切るが、逃げようとすれば即刻斬る」
今の男を目の前にして、花も軽口をきく勇気は持ち合わせてない。
そして、男はおもむろに頭巾をとった。
光に透ける金の髪は長く、後ろで一つに結んである。
仲謀より更に明るい青の瞳と、ひどく繊細なつくりの顔立ちだったけれど、厳しいまでの表情が女性っぽさをきれいに拭い去っている。
ただ白皙の美貌の頬に走る一本の向こう傷が、完璧な美貌に人間らしい色を添えている。
「見惚れるほどいい男か?」
男は布で手早く髪を覆いながら、不遜な態度で自分を見つめる花に問いかけた。
確かに頭巾を被ったまま真昼間に出歩くのは目立つだろうが、この容姿と傷痕なら髪を隠したところで結局目立つだろうと思う。
「どうするんですか?」
「ここは危ない。思ったより若様は思い切りがよかったらしい。来い」
花は男に肩を抱かれると、反地下の室から外に連れ出され、思わず立ち止まってしまう。
今まで薄暗い場所にいたから、昼下がりの光は眩しすぎて一瞬目を瞑り、足元が揺れた。
反射的に男の腕にしがみつくと、笑ったような気配がして空気が熱をはらむ。
「これに乗れ」
ようやく目がなれるとそこは掘りぬかれた水路の横で、小船が繋がれていた。
小船には三人の手下が乗っており、荒い麻布が日よけのようにかけてある。
花は船のことには詳しくないけれど、細身の船体で真ん中に座らせられて漕ぎ出た船足は驚くほどに早かった。
小さな橋の下を潜ろうとしたとき、統率の取れた騎馬と歩兵の一団が見えた。
その中に、一際大きな葦毛の軍馬に乗る金の髪がかすめた。
(仲謀!)
花の声にならない声に呼ばれたように、仲謀が水路を行く船に視線を走らす。
そのとき、隣に座る男が花を胸に抱きこむと顎をとらえて覆いかぶさってきた。
「い…」
言葉は重ねられた男の唇に封じられ、花の驚愕に見開かれた目には、それさえも楽しむような真っ青な瞳と、甘さを含んだ揶揄の表情がある。
「んっ」
必死に胸を押し返そうとしてもびくともしない身体と、執拗で激しく深い口付けに、ゆるく与えられる熱に涙が滲む。
「やり過ごせたか」
やっと離れた男の唇から出た言葉に、花は男の頬を力いっぱい叩いた。
部下ははっと息を呑むが、男はまったく堪えた風もなくにやりと笑う。
「孫仲謀の寵姫のわりには物慣れないな。そんな手管では寵を失うぞ」
更に花が怒りに文句を言おうとしたら、部下の緊迫した声が割って入った。
「御頭!さっきの一団が追ってきます!」
「仕方ないな。合図を上げろ!」
部下の一人が大きな弓に火矢を番えると、それを空中高く放った。
上空で火矢は大きく花火のように四方に散っていく。
「花!」
かすかに風に乗って自分の名前を呼ぶ声が聞こえて、花は男の腕に囚われたまま後ろを振り返った。
「速度を上げろ!」
ただでさえ速いと思っていた船の速度が上がり、細かく張り巡らされた迷路のような水路の奥に入り込み、仲謀たちはどうしても道を迂回するので距離は縮まらない。
「仲謀!」
花の声が水路を吹く風にさらわれる。
それでも仲謀たちは必死に付かず離れずについてきて、姿は視界から完全に消えてはいない。
「必死だな。やれやれ、いい加減に潮時か」
男は河口付近に停泊した大きな船に小船を横付けにすると、それを合図に縄梯子が下ろされた。
男は有無を言わさず花の腰に腕を回して抱え上げると、必死で馬を走らせる仲謀に見せ付けるように花に顔を寄せる。
「おい!花を放せ!」
「高だか女一人にみっともないぞ!孫仲謀!」
「うるせぇ!そいつに傷一つ付けてみろ。虎の餌にしてやる」
「傷はつけてないが、手は付けたかもな」
男はうそぶくと花の首筋に唇を寄せる。
「貴様!」
仲謀は激高すると隣に馬を進めてきた部下から弓を受け取った。
距離はおよそ短里で一里半、馬上で使う短弓で殺傷を目的に狙えるギリギリの距離だ。
対峙する男は揺れる小船の上でも動じず、頭を覆っていた布と止め具を外した。
真っ直ぐな癖のない金髪が、海からの風に煽られて翼のように流れる。
「名を名乗れ!」
「海狼」
「海賊王と呼ばれる盗人にそう呼ばれる奴がいたな!」
「名が通っていると喜ぶべきか複雑だ。が、海賊に相応しく、この娘曹孟徳あたりに売りつければ高値で売れそうだな」
「させるか!」
仲謀が弓を引き絞るのを見ながら、男は悠々と花を抱えて背を向けた。
陽光をはじいて仲謀の金の髪が海風になぶられ、馬上で真っ直ぐに弓を構える姿勢に、迷いも逡巡もない。
澄み切った青い瞳は、ただ男に抱えられている少女にのみ向けられている。
「結構な距離だ。その矢で誤って娘を射れば、おそらく命はないぞ」
そのまま揺れる縄梯子をゆっくりと上り始める。
「あいつ、いい男になったな」
不意の男の言葉に、もがいていた花は動きを止めた。
「あなた……」
「提案だ。俺とこのままこないか?」
「孟徳さんに売るんですか?」
「まさか、坊やを煽っただけだ」
「仲謀を知ってるんですね?」
確信を込めて訊く花に、海狼と名乗った海賊王は尊大な王者のような笑みを浮かべる。
「昔、俺は王の影だったが今は海の王だ。王の傍らにはお前のような娘がいい」
「私の王は仲謀だけです!」
「そういう気の強いところも悪くない」
近付く男の顔を見ながら花は声を張り上げる。
「仲謀!お願い。射て!わたしを連れて行かせないで!」
「花!」
風が吹く中、空気が裂かれる音がした。
一瞬、海狼に引き寄せられ、耳元に囁かれる言葉。
「…え?」
意味を考える間もなく軽く押されて、花の身体は空中に舞って、次の瞬間海へと飲み込まれた。

東屋で花は仲謀を持っていた。
見える場所にあからさまに警護の兵の姿はないが、どこかから花と東屋を見張っているはずだ。
正直、常に人目に晒されているのは苦痛だけれど、賊の手に落ちてしまったのは自分の落ち度と言えなくもない。
その結果、引き起こされた事態は相当だった。
一週間ほどたった今でも、京城の中は落ち着かず、まだ厳戒態勢のままだ。
と言うのも、あの事件はやはり一部の家臣の増長が引き起こした結果だったが、昔からの家臣もかなりの数加担しており、結構な人数が地位を追われ、財産を没収、粛清された。
未だに親族や、その他の洗い出しは続いており、その結果誰もがいつ自分が呼び出され、捕らえられるかと戦々恐々としているのだ。
「親族だからと罪のない者まで連座させることはない。己に非のない者は、今まで通り二心なく仕えよ。ならば、今回のことで不利益など生じないとこの孫仲謀が約束しよう。なれど、此度のようなことがあれば容赦はしない。肝に銘じるがいい」
厳かに朝議で言い渡された言葉に、家臣一同が打ち揃って平伏したと教えてくれたのは、例によって例の如く尚香と二喬姉妹だった。
たぶん、今回のことは長い目で見ればいいことだったはずだ。
孫家の家臣や近郊の豪族、大商人にまで巣食っていた害虫は一掃され、今の京城と周辺は澱んだ空気がなくなって風通しがよくなった。
「花殿、少しよろしいですか?」
考え事をしていた花は、声をかけられて始めて斜め前に立つ公瑾の存在に気付いた。
頷くといつもの微笑を湛えたまま、優雅な所作で向かい側に腰掛けた。
「公瑾さん。相変わらず気配がないですね」
「あなたが迂闊すぎるのでは?あんなことがあったのに、いくら城内でも油断しすぎではないですか?」
「その点はご迷惑をかけたと反省してます」
花は素直に頭を下げると、秀麗なその美貌をじっと見つめる。
「なぜ、仲謀様におっしゃらないんです?」
口火を切ったのは公瑾の方からだった。
「何をですか?」
「いや、今の表情を変えないところは見事ですね。軍師としてのあなたの評価を、私は少々改めなければいけないようです」
「公瑾さんこそ、なぜわたしに話しかけたんですか?黙って無いことにすると思ってました」
「と言うことは、やはり彼から何か聞きましたか?」
花は真っ直ぐ公瑾を見つめ、小さくため息をついた。
「公瑾さんと化かし合いをするほどわたしはまだ気力がないので、本当のことを言いますね。彼は、ただ自分の本当の名前は周公瑾に聞けばわかると言っただけです」
「それで、あなたは何を導き出したのですか?」
「まず、公瑾さんと海狼が古い知りあいと気付きました。そしたら色々見えてきたんです」
公瑾は口を挟まず、視線で花を促した。
「仲謀と砦に出掛ける日、公瑾さんは彼女たちの前で自分たちがいなくなることを告げて罠を張った。彼女たちの口から、首謀者にそれが伝わることを考えてですよね?そして、当日もし尚香さんが一緒に出かけるようなら、引き止めるようにあらかじめ部下に指示を出した」
「おっしゃる通りです。私は孫家にまとわりつく欲の亡者を一掃する機会を狙っていて、あなたを囮にしました」
「そうですね。でも、同時に護衛も付けた。それが海賊王、海狼でしょう?彼は首謀者たちに雇われてましたが、そうなるように事前に公瑾さんから連絡があったはずです」
「なぜそう思います?」
「彼は髪や瞳の色、肌の色もですが、こちらではとても珍しいですよね。そして王の影と言ったんです。何かの比喩かと思ってましたけど、年齢から考えて彼は伯符さんの影武者だったんでしょう?だから繋ぎをとることができた。違いますか?」
「いえ。およそあたっています」
「わたしの方こそ不思議です。公瑾さんにとってわたしは目障りでしょう?どうして護衛を命じたんですか?亡き者にするほうが簡単でしょう?」
不意に公瑾は人の悪い笑みを浮かべた。
「花殿。あなたは勘違いをしています。私は特別護衛をしろと命じたわけではありません。ただ見極めろと言っただけですよ。生き残れたのはあなたにその才があったのでしょう」
どこまでが本心で、どこまでが虚構なのか、ここにきても周公瑾は花にとって読ませない男だった。
ちょっと目を見張った花に、公瑾はとびきり優美に微笑んだ。
「見事な推理です。私が訂正すべきことは無いようだ。で、どうされますか?」
「何も」
花は静かに微笑む。
たぶん公瑾は、今の仲謀にとって最上の策を講じた。
囮にはされたけれど、一応花のことも考えて海狼を引っ張り出したこともわかる。
公瑾のことだからもしかしたら花のことはついでかもしれないけれど、それでもいい。
孫家のため、孫仲謀のためにしか動かないのが、周公瑾だ。
「つくづく甘い方ですね」
「ありがとうございます」
「誉めたわけではありません。あなたが夫人になられることも、仲謀様の気持ちを汲めば臣下としては致し方なきことでしょう」
遠まわしではあるが、それは公瑾が花を仲謀の隣にいることを認めてくれた言葉だった。
二人の間に、少しだけ共犯者めいた空気が流れる。
「それではごゆるりとご養生下さい。婚儀の日取りは決まっておりますので」
完璧な所作で一礼して背を向けた公瑾に、花は一つの質問を投げかけた。
「公瑾さん、彼の名前を教えてくれませんか?」
「武伯。が、今は海賊王海狼ですよ」
振り返ることなく、公瑾は歩き去った。

「花。今公瑾とすれ違ったが、二人が一緒とは珍しいな。何話してたんだ?」
「ん?たいしたことじゃないの。今度のことでお見舞いを言われただけ」
花はにっこりと笑いかける。
仲謀はしばらく立ったまま花を見ていたが、苦笑を浮かべた。
「お前は変わらないな。とても死にかけたとは思えない」
あの時、仲謀の射た矢は海狼の頭の真横をかすめて、船の横に突き刺さった。
それで慌てた海狼は、花を海中に落としたと思ってる。
でも、花は真実を知ってる。
「お前、泳げるのか?」
小船で移動中に、彼は何気ない会話の中で花に確認を取っていた。
彼は誤って落としたのではなく、花を逃がしたのだ。
たぶんこの真実を知るのは、海狼と花、そして公瑾もわかっているだろう。
「花……」
仲謀は立ったまま、花の頭をそっと抱き寄せた。
「お前、死んでるかと思って、俺は生きた心地がしなかった」
海に落ちた花を助けるために、仲謀は家臣が止めるのも聞かずに花を助けるために海に飛び込んだ。
河口付近で海流の流れも複雑だったから、たぶんとんでもないことだったと思う。
もちろん海の傍で育ち、海軍を持つ長である仲謀は、その怖さを嫌というほどしっていた。
それでも海に飛び込むのに、欠片の迷いもなかった。
引き上げたとき、花の身体は冷たく、顔は真っ白で、息をほとんどしていなかった。
仲謀が必死に人工呼吸して、息を吹き返したのだ。
「俺はいまだに夢に見る」
切なくなるような声が告げる。
ひどく冷たい身体、真っ青な唇には、命の息吹が感じられなかった。
顔に張り付く柔らかな茶色の髪をよけて、震える指先で花の頬に触れ、唇をそっとなぞる。
わずかにぬくもりを感じて、花の唇に己の唇を重ねて息を吹き込んだ。
そのとき、この不遜で傲岸な若き孫仲謀は、生まれて初めて神に祈った。
天に、地に、そして母なる海に、この愛する少女を連れて行かないでくれと。
父を亡くした時も、兄を亡くした時も、昂然と誇り高く、涙を見せずに常に前を向いていた瞳から、熱い涙が知らずに零れ落ちた。
「仲謀、わたしも夢に見るよ。仲謀がわたしに縋って泣いてる夢」
「お前な!何だよその言い草は」
とたんに花の頭を離して、不機嫌に花を見る仲謀を見上げて、花は儚く笑う。
「怒らないで。眠り姫を呼び起こしたのは王子さまの口付けかもしれないけど、わたしを死の淵から呼び戻したのは、仲謀のあたたかい涙だったの」
「花……」
あたたかくて大きな仲謀の手を取って、花はそっと自分の頬を寄せた。
その頬を花の涙が滑り落ちる。
「わたしを諦めないでくれてありがとう。仲謀は王子さまじゃなくて、誰よりも誇り高いわたしのただ一人の王だよ」
その心からの言葉に、仲謀は本当にたまらないと思う。
いつも、いつも、花は仲謀に新たな気持ちを呼び起こさせる。
なぜこうも違うのだろう?
他の者の言葉は上っ面を撫ぜるだけだが、花の言葉はいとも簡単に心に届く。
甘い言葉じゃなくても、厳しい言葉だったとしても、花の言葉は静かに仲謀の中に、まるで花びらのように降り積もる。
俺にはこの女しかいない。
花こそが全てだ。
彼女は後宮に納まる女なんかじゃない。
為政者たる自分の傍らに立ち、時に違う目線で道を示すだろう。
全てが同じじゃなくていい。
たまに喧嘩し、意見が食い違っても、遠い先まで一緒でありたいと思うのは花だけだ。
仲謀は花の涙を掌に握りこむと、そっと花の足元に跪いた。
光が溢れる午後、六角形の東屋の周りに人影はない。
柱にスイカズラの蔦が絡まり、白と黄色の花を咲かせ、ふくよかで甘い香りがまるで花自身の香りのようにとりまいている。
花は突然片膝をついて自分を見上げる仲謀に、戸惑ったような視線を向けた。
「花、お前は俺の初恋であり、そして永遠の想いを捧げられる存在だ。孫仲謀は、ここに希う。お前の未来を俺に預けてくれるか?」
そして、仲謀はひどく優しい手付きで、まるで貴婦人の手をとるように花の小さな白い手を自分の手に取った。
そのまま自分の未来を握るべき小さな掌に、厳かに唇がそっと触れた。
神聖な儀式のように、掌に落とされた口付けの意味を花は知っていた。
掌の上なら懇願のキス……
それは若き王の誓いであり、懇願だった。
「はい」
小さく囁かれた言葉に、仲謀は深く息を吸い込んだ。
花は跪く仲謀に身体を傾けると、そっとお返しのように閉じた目の上に羽のように軽く触れるだけの口付けをおとす。
閉じた目の上なら憧憬のキス。
仲謀は意味を知らなくていい。
やっぱり仲謀は、女の子が小さな時から憧れる王子さまそのものだから。
「好き。わたしたちの未来は一緒だね」
「ああ、ちきしょう。花の香りに酔いそうだ」
柄にもないことを言ったと思ったのか、少し乱暴な口調で仲謀はぼやく。
「スイカズラでしょう。今が満開だね。知ってる?こうやって蜜を吸うんだよ」
花がスイカズラの花をとって、そっと花の根元を吸うと甘い蜜の味が広がった。
「仲謀も吸ってみる?」
黄色い方の花を差し出すと、仲謀はおとなしくそれを受け取ったが不意に手が伸びた。
後頭部に伸びた手に引き寄せられ、唇が情熱的に重ねられる。
「んっん……」
潤んだ花の瞳に見上げられ、仲謀は甘く耳元に言葉を囁く。
「お前の方が甘い。それに花はお前を彩る方が似合う」
花が渡したスイカズラの白い花は、仲謀の手によって花の髪に飾られていた。
さすがに花は真っ赤になる。
「そう照れるなよ。言ったほうがいたたまれないだろ」
「だって、似合わないこと言うから」
「似合わないって何だよ!けど、お前のとこじゃあスイカズラって言うんだな」
「こっちじゃ違うの?」
「幾つか呼び名があるけど、俺は金銀花って呼んでる。一枝に二つ、対で花が咲くんだ」
花が良く見ると、確かに仲よく並んで花が咲いている。
なかでも黄色と白の花が、対になって並んで咲いている様は愛らしかった。
「仲謀が金だからこの黄色い花で、わたしは白いこの花かな?この花みたいに、いつも一緒にいられたらいいね」
無邪気に言う花に、仲謀は心の中で呻く。
いい加減天然で可愛すぎて、理性は焼き切れる寸前だ。
婚儀まで後何日だっただろうかと、仲謀は甘い香りに包まれながら、それでも花が今腕にいる幸福に感謝した。
そして、花は逞しい腕に守られているのを感じながら、脳裏には甘い香りではなく、海風を纏って立つ海の瞳を持つ若き王の姿があった。

<後書き>
これはF様からのキリ番のリクエストだったんですが、どうかな?お好みに仕上がったでしょうか?
気に入っていただけることを祈りつつ、捧げさせていただきます。
公瑾のシリーズで仲謀もよく出てきますが、仲謀メインで書くのはまた違って楽しかったです。
今回出てきたオリキャラ、別のシリーズにも使いたいと思っちゃいました^^;
でも陸地じゃつらいか?(苦笑)

『金銀花』中編(仲謀×花)仲謀ED後

2010-07-27 22:48:29 | 仲謀×花
<前書き>
予定通りの中篇です^^
陰謀渦巻く中、仲謀はどんな判断を下すんでしょうか?

『金銀花』中編(仲謀×花)仲謀ED後

花と庭園で会った翌日の夕刻、砦に急使がやってきて仲謀は花が攫われたことを知った。
同時にそれは、この地区の有力者と自分の重臣のそれぞれの娘の行方不明をも知らせるものだった。
知らせを聞いて仲謀はすぐに京城へ取って返し、ごく少数の供だけを従えて馬を乗り潰すほどの勢いで真夜中に帰城した。
仲謀は取り急ぎ公瑾共に戻ると、衣服を改める時間も惜しんで残って対策を講じていた子敬を呼び出した。
「子敬!どうなってる?」
仲謀は彼にしてはよく己を律した声で、子敬に問いかけた。
呼び出された子敬も無駄な挨拶などせずに、すぐに本題へ入る。
三人が城下の街へ下りて、すぐに攫われたこと。
兵士三人に対して敵の集団は五名ほど、手際は鮮やかで、小さな水路近くに小船が用意してあり、それを用いて迅速に逃げ出した。
詳細が知れているのは、兵士が手傷を負っているものの命があるためだ。
「ずいぶんと甘いな」
兵士を殺していれば発覚はもっと遅れたし、手勢の規模などもばれなかったはずだ。
これほど用意周到なのに、兵の命を惜しむなど手ぬるいと思う。
「命を取るのが目的ではないのでしょう。花殿の命が目的ならば、その場で殺していれば済む話です」
子敬は淡々と告げる。
「金銭目的か?それとも軍師として狙われたか?」
「金銭目的はあり得るかもしれません。一緒に攫われたお二方とも、それなりに財も権力もある一族です。花殿とてご寵愛の噂は城下にも届いていましょうから、孫家から金銭を巻き上げるつもりかもしれません。ただ、軍師の線は薄いように思いますが」
「そうだな。あいつの軍師としての才を知る者は確かに限られる」
「除外するのは早いのではないですか?」
それまで黙っていた公瑾が、ひっそりと口を挟んだ。
「どういう意味だ?」
「彼女の知略は不安定ではありますが、伏龍の弟子として名はそれなりに広まっております。それに、曹孟徳は花殿の才をずいぶん高く買って、自軍に取り込もうと躍起だったと聞き及んでおります」
その報告は仲謀も以前から聞いていたから、思わず不機嫌そうに眉根が寄る。
孟徳の女癖の悪さは国中に知れ渡っており、孟徳がどういう意味で花を欲しがったか知らないが、仲謀にとっては面白くない。
「あのおっさん、若い女と見ると見境ないのかよ!」
子敬と公瑾は、互いに顔を見合わせるにとどめる。
記憶によれば花のこと貧相だの、何だのと自分の口が言ったことは棚上げらしい。
「いずれにしろ、このままと言うことはないでしょう。殺すのが目的ではない以上、向こうから何か言ってくるはずです」
子敬は自分の考えを述べると、仲謀をうかがう。
「何としても取り戻すが、もし孟徳軍が裏で手を引いていた場合はもうこの近辺にはいないだろうな」
仲謀は唇を噛むと、苛立たしげに金の髪をかきあげた。
三人の行方不明が知れてから、子敬は全軍に街道はもちろんのこと水路に至るまで水も漏らさないような包囲体制を敷いた。
地の利はこちらにあるが、やはり時間差はいかんともし難い。
あれほど用意周到な相手だったなら、包囲の体勢が整う前に逃げ去っているはずだ。
冷静になれと自分に言い聞かせながら、途中から考えていた疑問を口にする。
「だいたいおかしいだろ!そもそも何であいつらの予定が漏れてる?昨日の外出は俺すら聞いてないぞ!」
「侍女や他の娘たちからその辺りの事情は伺っております。外出は前日の夕方、急遽決められたことのようです。まあつまり仲謀様方がおられないうちの息抜きですな」
「息抜きだ?」
「仕方ないのでは?過保護も大概になさいませんと気詰まりであられるのでは?」
子敬は日頃の仲謀の花に対する過保護ぶりを例に出して諌める。
それについては尚香からも釘を刺されていた。
「もとよりあの方は深窓の姫君ではないのですから、じゃじゃ馬ならしも限度がございます」
公瑾もここぞとばかりに嫌味を言うのを忘れない。
「公瑾!不敬だぞ」
「失礼を」
それでも導き出される結論は自ずと出てくる。
「子敬、公瑾、内通者を洗い出せ!徹底的にだ」
「いると思われますか?」
公瑾は冴えた視線で問う。
仲謀が熱を纏っているならば、公瑾は冷ややかさを纏って、対極から物事見ていた。
「いないわけはない。孟徳の手に取り込まれたか、それとも別の思惑があってかは知らないが、この孫仲謀を裏切ればいかな災厄が降りかかるか身を持って知らせてやる!」
仲謀は吐き捨てるようにいうと、立ち上がった。
「では、この段階で家臣へ兵を動かしますか?」
家臣へ確信もなく兵を動かすことは、軽々しく出来ることではない。
へたをすれば内部に亀裂を起こし、それが内乱になり、他軍を付けいらせる隙になる。
よほどの証拠がなければ勇み足となるし、家臣の不審を募らせることとなる。
「それはまだ出来ないだろ。だからこそ洗えといってるんだ」
「ご命令ですか?」
普段、公瑾は汚れ仕事を仲謀に悟らせないし、まして絶対に関わらせることはない。
だからこの重ねての質問は、公瑾らしくなかった。
「くどい!公瑾、ためらうな。必要な俺が出る」
顔に疲れは見えるが、その青い瞳だけは爛々と鬼火を宿したように輝いている。
「仲謀様、一つご忠告を」
真っ向から視線を受け止め表情一つ変えず、公瑾は涼やかな声で年若い君主を呼び止めた。
「なんだ?」
「どんな事態も想定しておいてください」
逸らされることのない公瑾の瞳に、仲謀は挑むように見返す。
「言われるまでもない」
足音荒く退出する仲謀に、公瑾は小さくため息を漏らした。
「公瑾殿、なぜあのようなことを?」
「仲謀様はお分かりでない。最悪の事態は死体が見つかることだと思っているでしょうが、女性の場合は死んだほうがマシという事態だって十分にあり得ます。まして今の状況の仲謀様と花殿の関係を考えれば、どちらが良いかは明白です」
死んだほうがマシと言い切る公瑾に、子敬は同意こそ口にはしなかったが同じ危惧を抱かずにはいられなかった。
公瑾の見る限り、仲謀と花の関係はまだ清いままだ。
若い情熱を持て余しながらも、仲謀は花を壊れやすい氷の花でもあるかのように、自分の熱で溶かすのを恐れるように、慎重に接している。
普段は性急で、どちらかと言えば直情的なだけに、花に対する態度はそれだけ仲謀の想いの深さを表していると言えるだろう。
皆が言うように、仲謀が初めて本気になった恋に夢中のなっているのなら、公瑾は苦笑で済ますことが出来た。
それは誰もが通る道で、単なる一過性の病のようなものだ。
そんな恋はやがて終わるか、別のもっと穏やかなものや、静かなものへ想いの形を変えていく。
けれどその恋が、ただの恋でなく、愛でもないならば別だ。
見つけてしまったのは、唯一無二の存在。
この世に生まれ出でる時に分かたれた、己が半身。
人の一生でそんな相手に出会うことが、ない者の方が圧倒的に多いだろう。
けれどそれを、若くそして初めての相手に感じた場合は、おそらく深淵を覗き込むことになる。
「それが恋のカタチをとらなかったならば、救いがあったものを」
公瑾は独り言めいた呟きをもらすと、部下を動かすために出て行った。

ひどく不快な気分で、唐突に目覚めはやってきた。
「軍師殿はお目覚めか?」
頭痛と闘いながら目を開けると、相変わらず頭巾を被ったままの男と視線が合う。
「わたし、どのくらい眠ってたんですか?」
「目覚めて最初の質問がそれか?普通、あんな薬の飲まされ方をして、気がついたならもっと別の心配があるんじゃないのか?」
揶揄を込めた男の皮肉な口調に、花はさっと顔に血が上るのがわかった。
「それは、女人にしていいことじゃないですよね。武人として恥ずべき行為じゃないんですか」
「こんな仕事をしている人間に、今更武人の誇りがあると思うほうがどうかしてる。で、調子はどうだ?」
「いいわけないです。それより、二人は帰してくれたんですか?」
「心配するな。夜のうちに帰した。今はまだ昼前だな」
花は身体を起こそうとして、いつの間にか後ろで縛られていた手が前で縛られているのに気が付いた。
こちらの方がずいぶんと楽だけれど、そんな気を遣ってもらえるのは意外な気がして男を盗み見る。
男は花の視線を起こしてくれと言っていると思ったのか、すぐ前で片膝をつくとそっと抱え起こしてくれた。
そのまま椀を口元にあてがわれ、ぬるい水が喉を潤すのを甘露のように受け止める。
「仲謀たちから返事は来たんですか?」
「まだだ。だが、本来ならすんなり決着のつく問題だ」
「そうですね。わたしを見殺しにしろと言ってるわけじゃない。仲謀さえ納得すればすぐ帰れる」
「あの若様が個人の感情を優先させるか、それとも大局を前にそれを押さえられるかだな。もし自分の感情を大事にし、お前への情けを優先させるなら臣に背かれるぞ」
花は唇を噛んで、仲謀のことを思う。
仲謀は高邁な理想を持っているから、策略は受け入れても謀略は受け入れ難いだろう。
もちろんきれいごとでないことを知っているけれど、その反面あくまでも真っ直ぐで誇り高い。
たとえ中原を制しても、たぶん孟徳のように奸雄と呼ばれることはない。
それが仲謀の王者としての誰も持ち得ない資質だ。
花にも仲謀がどうするかはわからなかったし、要求を呑んでもそれを理不尽とは感じないくらいの余裕はある。
「本気で動じない女だな」
忌々しそうに言う男に、花は小さく首を傾げた。
「普通の女なら、泣くとかわめくとかするだろう。第一、この瞳だって怯える女は多い」
「それはわたしが外国人だからでしょう。わたしが住んでいた国では、好んで目を青くする人もいたくらいだからきれいだとは思うけれど怖くはないです」
「つくづく予想を裏切られる」
「あなたは自分の瞳が嫌いなんですか?」
「いい思い出はない。当然だろう。人は自分たちと違うものを忌み嫌う」
たぶんそうなんだろう。
交易都市とは言っても、やっぱりこの瞳は目立つだろう。
「でもこの国の人間ですよね。話し方も、立ち振舞いも、外国人のわたしのように奇異ではないし、物腰も武官のそれです」
「なかなか鋭い」
「雇われているのならば、条件によってはこちらに寝返ることも可能ですか?」
「おいおい、本気か?自分で寝返るように交渉をする人質なんて聞いたことがない」
「いけませんか?」
仲謀の足手まといになるのは嫌だった。
軍師としての評判が有利に働くならば、自分でできることはする。
「交渉は無駄だ。こんな稼業でも最低限の義理は通す」
確かに粗野な口調であろうとしているが、それほどの荒んだ感じはしない。
たぶん金だけに転んで、雇い主を裏切るようなタイプにも見えない。
「いずれにしろ今日中に片はつくだろう。ゆっくりしていれば、それだけ足がつきやすくなる」
「今日中……。もし仲謀が蹴ったらどうするんですか?」
意外なことを聞いたように男が目を見開いた後、失笑をもらす。
「孫仲謀がこんな条件のいい話を本気で断るなら、奴は本物のバカか、それとも本物の王か、どちらかだろう」
「どういう意味ですか?」
「人に謙らず、孤高にして、常に王として我が道を行く。もし否の返答があれば、お前は自分の愛する男のために血に沈むことになる」
男が見守る中、花はその意味を知って淡く微笑した。
諦めでも失望でもなく、その微笑みにあるのは絶対の信頼だった。

花と共に攫われていた二人の娘が、花の簪を手に賊からの伝言を携えて戻った。
要求はある意味簡単なことだった。
花を正妃と呼ばれる正妻の位につけないこと。
もう一つは、季家の娘をその位につけること。
当然、名指しされた季家の者は関与を疑われた。
文官、武官共に多く輩出する名門で、孫家の家臣団の中でも中核をなす一族であり、強引な手法は他の者もよく知るところだ。
もちろん花の正妃問題に関しても、憚ることなく声高に最後まで反対していた。
どうしてこうもバカばかりだと仲謀は己の家臣たちを見回した。
声高に、花のことを捨て置けばいいと言う輩もいる。
地位と身分の上に胡坐をかいた姿は、いっそ醜悪ですらある。
もちろん私心のない忠義の臣もそれと同じく自分のもとにいることを知っている。
いつの間にこうまで甘く見られ、増長を許したのか、振り返ってみてもこれだという記憶も出来事もない。
年若いというだけで、こうも侮るかとその浅はかさに笑いたくなる。
江東の虎と呼ばれた父と小覇王と呼ばれた兄、二人が二人とも偉大だったゆえに二つ名を冠せられてその名を知られた。
果たして後年、人は自分を何と呼ぶのだろう?
思い描く未来、自分の傍らにあるのは花の姿だった。
その花と一緒にあるために、道を誤るわけにはいかない。
いったんは我侭を押し通す形で花とのことを押し通したが、もちろん納得させたわけじゃないのはわかっていた。
だが、君主たる自分が決定したことにこうも簡単に意義を申し立てる家臣らに、冷め切った一瞥を与える。
この俺に、考えるべき頭がないとでも思っているのか?
この胡散臭すぎる状況に、気付かぬほど間抜けであると?
紛糾する朝議の場で、仲謀はそっと公瑾を傍らへ呼び寄せた。
「お前の待ってる不正の情報を全て出せ。証拠が揃ってなくともかまわん。子敬に兵を率いて行かせ、そこで証拠を押さえろ」
「本気ですか?」
「奴らは俺を甘く見すぎた。多少の目こぼしぐらいなら、俺だってしてやる。だが今回は明らかにやりすぎだ」
「誘拐に関しては、あくまでも証拠はないのですよ。花殿の命を危険にさらすことになりませんか?」
「だから同時に動く。お前は城で奴らを押さえ、拘束しろ。俺は城下へ行く。お前のことだから賊の潜伏場所は幾つか絞れてるだろう」
「危険です!」
大胆な策で成功すれば効果は大きいだろうが、失敗するリスクも決して低くはない。
敵に少しでも漏れれば、即花の命は危険にさらされるだろう。
「これ以上時間を無駄にする気はない。いいか、秘密裏に行えよ」
「仲謀様、そんな危険な手に出ずとも、いったん敵の要求を飲めばよろしいのでは?」
「それこそ本気か、公瑾?」
「命を賭けるよりよいのでは?花殿が戻ってきて、全てを撤回すればよろしい。何も逆賊の言うことを素直に守る必要もないと思いますが」
「お前ならそう言うだろうな」
仲謀は不遜な笑みを浮かべる。
この智謀に長けた男なら、水も漏らさない陣を敷いて、一つの取りこぼしもないように用意周到な策を用いるだろう。
「俺はごめんだ!例え方便と言われようと、花を妾にするなんて言うつもりはないぜ」
若いが故のなんのてらいもない言葉は、公瑾の気持ちをも揺らす。
伯符と同じ夢を追いかけた頃、伯符も慎重な公瑾をたびたび豪快に笑い飛ばした。
俺がこんなで、お前が慎重だからこそ釣り合いが取れていると。
おそらくここに居るのが伯符でも同じように言い切るだろう。
「それに一度相手の要求を呑めば、他の奴らも舐めてかかるだろう。俺は理不尽な要求は呑まないし、二度とこんな舐めた真似をさせるつもりもねえ!」
青臭い想いかもしれないが、この誇り高さこそが孫仲謀だ。
公瑾や子敬の意見を聞き入れる度量を持ちながら、それでも最終的な判断は自身の考えによって行う。
わずか十六で、王の誇りと、孤高をすでに知る者。
「なあ、公瑾。俺は全てを捨てず、道を成す。揺るがず、動じず、決して見放さない。それを俺に教えてくれたのは、あいつだ。だから見てろ」
真摯な深い青い瞳に、公瑾は穏やかに笑んだ。
「黙って見ていると言うのは私の性にあいません。だから精一杯我が主に行く道を共にお守りいたしましょう」
喧騒の広間に、他の家臣が知ることがなくとも若き王が静かにあった。
見据える青い瞳の先には、愛しい者とある未来があった。

<後書き>
仲謀、十六(推定)にしてたつ(笑)
さあ、いっきに畳み掛けてください^^

『金銀花』前編(仲謀×花)仲謀ED後

2010-07-24 23:13:29 | 仲謀×花
<前編>
これは50000ヒットのリクエストでいただいたお話です。
いや、まだ全然リクエストには応じた内容になってないんですが(汗)
ちなみに金銀花とは、ざっくり言えばスイカズラのことです。

『金銀花』前編(仲謀×花)仲謀ED後

京城のあまり大きな規模でない庭園の一角に、若い女の子と言うか女性ばかり七人もが集まっていれば、さすがに騒がしい。
集まったのは孫家に近しい良家の娘たちで、ほとんどは尚香の顔見知りだった。
花は最近こういった集まりに良く駆り出された。
孫家の若き当主、孫仲謀の許婚であり正室候補となれば皆に顔を知ってもらわねばならないからだ。
今回花が仲謀と結婚するには、実に色々なことがあった。
まあ、それも当然だと思う。
氏素性どころかこの国の人間ですらなく、また仲謀軍に来た経緯が玄徳軍の軍師で諸葛孔明の弟子と言うのだから、胡散臭さはてんこ盛りだ。
その得体の知れない娘が、こともあろうに孫仲謀と恋仲になり、寵愛を受けるようになり、ついには仲謀が正妻にすると言い出したのだ。
もちろん常識的に見て皆は大反対だったけれど、他に妻を娶るつもりはないと言い切った若い君主に押し切られ、とりあえず家臣はそれを認めた。
仲謀はまだ若く、初めての恋に夢中になっていると皆はみており、仲謀の性格からことを荒立てるよりは容認する形を取ったほうがいいと思ったのだろう。
加えて花には後ろ盾になる親族がいないので、もし今後仲謀の寵愛が離れ、その位から廃するときにも文句を付ける者がいないのがかえって良かったという考えもあるはずだ。
それでも、花はまあいいかと思っていた。
逆の立場だったら、やっぱり反対するであろう皆の気持ちもわかる。
花の生きてきた世界と違って、身分や位があり、この世界では人の命もあっけなく日常的に失われる。
だから人はより強い旗印のもとに集まり、結束する。
その中心にいる仲謀の傍にいると決めた時から、多少のどころか、相当に風当りが強いのも覚悟の上だ。
それに、深窓の姫君たちと話すのも悪くはない。
やっぱり同じ年頃の女の子たちなので、集まっているとどことなく学校の友達を思い出させた。
「花様、今度城下の甘い物を食べさせるお店に行きませんか?」
「城下にですか?」
「はい。ちょっとお値段ははるんですけれど、変わったお茶も、お菓子もあるんです」
どこに行っても、女の子は甘いものや買い物が大好きだ。
それにここは交易が盛んな土地柄なので、各地から物が豊富に集まって珍しい物も多い。
「尚香さんはどう思う?」
「私もご一緒したいので、是非兄上にお願いしてみましょう」
そう話していたら、一斉にその場の空気が変わった。
仲謀と公瑾が、二人揃って庭を横切ってこちらにやってくるのが目に入ったからだ。
仲謀の明るい金の髪が明るい光をはじいてきれいで、武人らしく均整の取れた体格と隙のない身ごなしが優雅だった。
「ずいぶん賑やかだな。向こうの回廊まで声が聞こえた」
現れた二人に、少女たちはいっせいに立ち上がると上品に膝を折ってお辞儀をする。
花と尚香も立ち上がっていたが、花自身はつい挨拶を忘れていた。
公瑾の咎めるような視線に、はっとして膝を折ろうとしたら仲謀に肘を取られて、軽く抱き寄せられた。
「ちゅ、仲謀様」
焦って名前を呼べば、仲謀は苦笑する。
「様って何だよ。言ったろ。公の場でもない限り、俺に膝を折る必要も、敬称を付ける必要もない。お前は俺の妻になるんであって、臣下に下ったわけでもない」
「恐れながら仲謀様。妻もあなたの民であるということは同じです。ならば、最低限の礼儀は必要です」
「だからそれは公の場だけでいいだろう。ここはそんな場じゃない」
公瑾は諦めたのか、それ以上何も言わずいつもの表情に戻っている。
嬉しいけれどいたたまれないと言うのが、花の率直な感想だ。
「ほんとにこちらがあてられてしまいます。ねえ、皆様」
尚香が顔を仰ぐ仕草でぼやけば、他の少女たちも同意するように笑った。
「仲謀は休憩じゃないよね?」
一人なら休憩と言うのも考えられたが、都督である公瑾と一緒ならばそれは考えられない。
「ん?ああ、今から近隣の砦まで急遽行くことになった。二、三日で戻るけど、その前に顔を見ておこうと思ったんだ」
照れてぶっきらぼうに言いながらも、熱い視線は隠しようがない。
「私も花殿に会わせないまま出掛けられて、不機嫌な仲謀様に文句を言われるのはごめんです」
珍しく公瑾が軽口を言って、その場の空気は和んだ。
本当に離れ難いと言うように、仲謀は花の小さな顔を覗き込む。
こんなに人がいなければ、正直腕の中に強く抱きしめて、息をつかせぬほどの口付けをしたいと思う。
「土産を買ってくるから。いいこにしてろよ」
虹彩の薄いきれいな瞳に囚われながら、仲謀は花の手のぬくもりを名残惜しげに離す。
「子供じゃないんだから。仲謀こそ気をつけてね」
柔らかく笑う少女の口元に視線が行き、一瞬でその表情から目が離せなくなる。
恋と言う感情が、自分をここまで愚かにするとは知らなかった。
仲謀は苦く笑う。
家臣が国を傾けると心配していて自身は一笑したが、正直時々史実に出てきた馬鹿な君主たちのことが脳裏をよぎる事がある。
自分の立場を忘れることはないが、求めて止まないこの想いは恋と言うには重く、愛と呼ぶには激しすぎる。
そんな仲謀の葛藤など知らぬ様子で、花は二人の後ろ姿を見送った。

「なぜこんなことを?」
花は目の前の頭巾を被った男に視線を向けたまま、唇を噛んだ。
半地下のような薄暗い部屋で、高い位置に格子のはまった小さな灯り取りの窓があるだけで、壁際の毛布のような大きな布の上に少女二人が並んで座らせられている。
「我が主の命だ」
「誰と聞いても無駄ですよね?」
当然とばかりに、その男は頷く。
城下の一角で、まさか白昼に連れ攫われるとは思わなかった。
一緒にいて攫われた少女二人は、もう口をきく元気もないらしくぐったりしている。
護衛の兵士を三人も連れていたのに、こうやすやすと連れ攫われたのだから相手は相当に計画的だったのだろう。
統率の取れた無駄のない動きで、隙はまったく見られなかった。
城の衛兵を次々に倒し、花たちに叫び声すら上げさせもしなかった。
ただ一つの救いは、ここに尚香がいないことだろう。
直前になって急用が入り、本人はひどく残念がっていたけれどこうなれば不幸中の幸いだ。
孫家の姫君が攫われたとなれば、城下は大騒ぎのはずだ。
部屋の中は薄暗く、ここに連れ込まれてからも特別乱暴に扱われたわけではない。
およそ感情などない男の瞳を前にして、花は一つ息を吸い込んだ。
「交渉をさせてください」
「交渉?」
人質の娘からの意外な言葉に、男は虚をつかれた表情になる。
「まず、人質は三人もいらないと思います。手間がかかるし、足手まといでしょう」
「お前を放せと言うのか?」
「いいえ。この二人を解放してください。わたし一人で十分にその価値はあるでしょう」
「たいした自信だな」
男はおもしろそうに花を見返した。
二人の少女も重臣の娘ではあったから、花より少女たちの方が価値が高い可能性もあった。
なにしろ花は仲謀の許婚ではあったけれど、それは仲謀によって与えられた地位であって、それさえなければ身元すら怪しい単なる少女にすぎない。
「わたしが孫仲謀の許婚です。これ以上の価値が必要ですか?」
もとより男に他の娘が必要だったわけではない。
「確かに、三人もいる必要がないが、女には別に色々価値も楽しみもある」
酷薄な笑みをわざとに唇に浮かべ、一歩花の元へ足を踏み出す。
後ろで手を縛られ、花は二人の少女を背中に庇いながら気丈に見返した。
花だって怖くないわけではない。
けれど仲謀の婚約者として、自分にも彼の守るべきものを守らなければと言う強い想いがあった。
「軍師として戦場にも立ったと聞いたが、確かに並の娘にはない豪胆さだな」
「交渉に応じてくれるのですか?」
「いいだろう」
男にとってあくまでも必要なのは花だ。
コンコンと扉が控えめな音で叩かれ、手下らしい男が入ってくると二人の間で何事かが囁き交わされる。
「花様……」
「大丈夫。あなたたちは無事に帰してもらえるようにするから」
仲謀の名を穢すわけにはいかない。
「場所を移動する。ここはすぐに発見されるだろう。しばらくして子供を遣いに出すから、娘たちのことは心配ない」
「本当に彼女たちの身は大丈夫なんですね?」
「自分は解放すらされないのに他の者の心配か?」
「確約を」
花の受ける男の印象は、粗野でもなければ乱暴者でもない。
そうでなければ花たちを攫うことは不可能だし、単なるごろつきでないならば交渉したことを守るはずだ。
「この娘たちに取引をさせる。ならば証しと為ろう?」
「わかりました」
「お前はこっちだ」
男は花の腕を取ると、片手で掴み上げて立たせる。
花は間近に見上げた男の顔に、一瞬息をのむ。
頭巾を被っているから顔の造作が詳細にわかったわけではないけれど、知性的な青い瞳がのぞいており、一見出た部分だけ見ても誰も悪印象を抱くような男ではない。
それに身ごなしは武人のそれで、それも単に人の下にあるような兵士ではなく纏った雰囲気は一角の武将のようだった。
二十代の半ばから後半、思ったより若かったんだと男と間近に対峙して印象を訂正する。
「この瞳はお前にとっては珍しくなかろう」
「西域の血を?」
「珍しい女だ。畏怖も奇異もないのだな」
男は質問には答えず、皮肉な口調で花を眺めた。
「借りるぞ」
男の手が伸びると、花から梅を模った簪を抜き取った。
それは小ぶりだけれど見事な細工物で、少しばかり羽振りのいい家の娘が持てるような物ではなく、明らかに相当に高価な物とわかる。
「あっ……」
「これを見れば、孫仲謀はお前の物とわかるか?」
「たぶん」
「見事な品だ。孫家当主からの贈り物か?」
花は仕方なく頷く。
高価な物を自分から強請ることはないけれど、仲謀が贈ってくれる物はどれも趣味が良く、高価なものばかりだ。
もったいないと言えば、孫家当主の正夫人だからこれくらいは当然だと言われた。
「眩しいほどの寵愛だ。で、この二人のどちらかが第二夫人候補というわけか?」
「それはわたしの預かり知らないことです」
花は言いよどんで、否定も肯定もできない。
そういう意味合いもあって、彼女たちとの顔合わせが行われていることは花も薄々は感じていた。
「お前にとってこの娘たちは邪魔じゃないのか?この機に乗じて、亡き者にすることも可能だぞ。悪い取引じゃないと思うが」
低く落とした声で、男は反応を楽しむように持ちかける。
後方にいる少女たちには聞こえていないだろうが、花は反発心がわき起こった。
「そんな下劣なことはするつもりはありません。それに次から次へ、現れる候補者たちを全て亡き者にするなど現実的じゃありません。ましてそれは誰のためにもなりません」
「お利口な意見だが、お前のためにはなるだろう」
「わたしは仲謀に顔向けできないことをするつもりはありません」
「それは果たして本心か?」
次々と容赦なく言われる言葉に、花は真っ直ぐ男の青い目を見返した。
「本心です」
「嘘だな。お前が本心からあの江東の碧眼児に惚れているのならば、自分一人のものとしたいのはごく当然の欲求だろう。古今東西、それゆえに後宮は乱れる」
「それは一理でしかありません。乱れなく治めてこそ君主の器量です」
「確かにそれは君主の器量であり、同時に後宮を任される正妃の器量だな。その資質が自分に備わっているの思うのか?」
痛いところを次々に突いてくる男に、花は自分の気持ちを落ち着けるように息を吐いた。
この男のペースに乗せられている場合じゃない。
「仲謀のために、わたしはそれに応える努力をするだけです」
「それほどの男か?兄の方が武勇も人望も厚かろう」
「伯符様のご高名はわたしも知っていますが、仲謀が伯符様と同じ道を歩まなければならない道理はありません」
きっぱりと言い切る少女の瞳に、一かけらの迷いもない。
さして面白くもない仕事だと思っていたけれど、事情が変わってきたと思う。
気の毒な娘と思っていたが、軍師であると言うのは伊達ではないということか。
「では取引だ。あの娘たちにこの簪を持たせて帰そう。お前を取り戻したくば、孫家当主には正妻の位を別の娘に明け渡してもらう」
「それは……」
「別にさして難しい取引じゃない。お前を妾にして、正妻に別の娘を据えるだけだ。お前にとっては面白いことではないだろうが、妾とて十分な地位だ。それに孫仲謀にとっても安い取引なはずだ。違うか?」
「わかりました」
今の花には諾と応じるしかない。
とりあえず、二人の少女を無事に帰すことこそが花の責務だった。
けれど疑問がでてくる。
人を攫ってまで自分をその位につけたくない人がいるのも意外だったし、だったら殺してしまったほうが早いだろうと思う。
「何だ?」
「死にたいわけではないんですが、なぜ殺さないんですか?攫うよりよほど簡単でしょう?」
「この状態でそこまで冷静に頭が回るとは、恐れ入る。が、答える気はない」
きっぱりと言われ、花は気持ちを切り替えるべく男に視線を合わせた。
「では、早く彼女たちを解放してください」
「いいだろう。孫仲謀のお手並を拝見だな」
男の口調は軽かったけれど、その余裕は本物だと感じられた。
何が自分と仲謀の周りで起こっているのか、花が視線を簪に移した一瞬、男の手が花の小さな顎をとらえた。
「しばらく寝てろ」
小さな瓶が口にあてられ、花が身を捩って顔を背けた拍子に瓶が転がる。
男は忌々しそうに舌打ちをすると、瓶を拾って残りを口に含んだ。
「やっ!」
男の意図を悟ったときにはすでに遅く、仲謀に似た青い瞳に射すくめられ、口移しに甘く刺激のある味が喉の奥にねっとりと落ちていった。

<後書き>
えっと、また前編とかなってますよね^^;
中、後編となるか、後編に収めきれるのか、まだ未定です。
残り遅くなったらすいません。(あやまっときます)

『酒に乱れる……』(仲謀×花)(仲謀ED後)

2010-05-14 20:32:30 | 仲謀×花
<前書き>
酒とタイトルにあるので、お酒シリーズです。
今回は仲謀君^^
どんなお話になりますかお楽しみに(笑)

『酒に乱れる……』(仲謀×花)(仲謀ED後)

外での桃の花見の宴は、麗らかな日差しのもとで賑やかに行われていた。
大喬、小喬に加えて、もちろん花も出席している。
尚香が玄徳の所に嫁いだ現在、花は仲謀の許婚として尚香の代わりのような役目も担っていた。
宴席では当然のように仲謀の隣に席が用意されている。
「花」
ずいと差し出された仲謀の杯にお酌するのも、もう今では慣れたものだ。
さすがに仲謀の許婚にたちが悪く絡んでくるものもいないので、それほど酒の席も苦手ではなかった。
そもそも仲謀軍では、大喬、小喬の二人がいるときはそこまで宴席も乱れることはない。
花は機嫌よく飲んでいる仲謀を見ながら、ちらりと思う。
ここの世界ではもう十五歳くらいになれば、大人のような扱いをされる。
お嫁に行くのも早ければ、酒を覚えるのも早い。
いまだって仲謀は顔は多少赤くなっているものの、ふらふらになったのを見たことはない。
ただし、酒癖はそんなによろしくないのは経験済みだ。
「花ちゃん、花ちゃん」
大喬に呼びかけられて隣を見ると、そっくりの二人の顔がにこにこと笑っている。
「人がお酒飲んでるの見たって面白くないでしょ」
「ないよね」
「花ちゃんも飲んだら?」
二人に言われるけれど、花はそんなにお酒は美味しいと思えない。
「ごめんなさい。わたしってお酒少し苦手で」
「うん。苦くてあんまりおいしくないよね」
「だから、これもってきたの」
小喬がよっこらしょと見慣れぬ瓶を出した。
「これスモモから作ったお酒で甘いの」
「蜂蜜が入ってて、きっと花ちゃんでも飲めると思うよ」
栓をとると、二人が言うように甘い香りが漂ってきた。
二人が見守る中、杯に移して恐る恐る口をつけてみると、少しだけフルーツの酸味があって甘くて確かに飲みやすかった。
「あっ!ほんと美味しい」
「「でしょう」」
花の言葉に二人とも満足気で嬉しそうな顔をしていた。
そして、勧められるままに飲むうちに何だかとってもいい気分になってくる。
「ねえ。仲謀」
武将と話し込んでいた仲謀は、花に呼びかけられて振り向いて首を傾げた。
にこにこにこにこと満面の笑みで、やたらと機嫌がいいのだ。
「お酌してあげる?」
語尾に何だか妖しい雰囲気を滲ませながら、花がしなだれかかってきた。
普段の宴席でもあまりべたべたしないのに珍しいと少しばかり意外に思うけれど、好きな女の子に傍に寄られて嬉しくないわけはない。
「おう。ついでくれ」
「はい。どうぞ」
ぴったり寄り添われて、花の白い項が目に入った。
結い上げた後れ毛が光を弾いて何とも色っぽく、ほんのり桜色に染まった頬や胸元が目に入り、ドキドキと心臓が高鳴る。
伏せられた睫毛が長くて横顔に見惚れていると、花が不意に仲謀の方を振り向いた。
染まった目許、濡れた唇、潤んだ瞳がせつなげに仲謀を見つめる。
「さあ、仲謀ぐ~と一気に飲んで。男だったらできるよね」
でも出たのは、色気も何もない言葉だった。
けれど仲謀だってそう言われれば男として後には引けない。
「よし。まかせとけ」
一気に杯を干すと、花はぱちぱちと拍手した。
「じゃあわたしにも返杯して」
花は仲謀から杯を奪い取ると、仲謀の前にスモモの果実酒の瓶をどんと置いた。
「おい花。お前大丈夫か?」
「え~。わたしは飲んじゃダメ?」
「いや。そうじゃないけどよ」
「だったらほら。お願いします」
かわいく頭を下げられて、仲謀は仕方なしに果実酒を満たした。
花は機嫌よく白い喉を見せて一気に飲んでしまう。
で、またその杯は仲謀に返された。
普通ならさしつさされつしっとりしたいいムードになるはずだ。
が、状況はどこか武将の大宴会のようなノリだった。
「おお!花殿はいい飲みっぷりですな」
「仲謀様も女人に負けてはおられませんぞ」
なぜか二人の様子に気付いた周りの人間に、いいようにはやし立てられている。
何か変じゃないかと思ったものの、仲謀もこうなったら後には引けない。
武将たちの前で、この飲み比べの勝負絶対負けるわけにはいかなかった。
いったい何回杯が二人の間を行き来しただろうか、仲謀は隣で鼻歌まじりに酒を干す花にちらりと視線をやった。
はっきり言ってもう限界に近いが、敵はまだ余裕たっぷりだ。
こいつの酒の量ってどうなってるんだ?
ざるか!
そう思って、仲謀は負けを認めたしるしに杯を伏せて置こうとしたら、花に手をしっかりと掴まれた。
「何だか暑くなってきちゃった。これ脱いでいい?」
少し首を傾げて聞く仕草は犯罪的にかわいい。
だが、その内容に仲謀は杯をぽろりと落とした。
止める間もなく上衣の上に羽織っていた領巾と呼ばれるショールをはらりと落とす。
「おい、花!お前いい加減飲み過ぎだ」
仲謀は自分も酔ってはいたがこれ以上花に飲ませるわけにはいかないと、お姫さま抱っこして花を抱えあげた。
「ちゅうぼう~忘れ物」
大喬が花の領巾を花の上にかけてくれた。
「花ちゃん。結局あれ全部飲んじゃったね」
小喬の視線の先には、大きな空の瓶が転がっている。
「悪いな。俺、こいつを連れて戻るから」
傍に控えていた子敬が承知しましたと頭を下げて、二人の姿を見送った。
花は戻る間も上機嫌で、仲謀の首に腕を回して微笑んでいる。
「ほんと上機嫌だな」
「うん。仲謀の腕の中って安心できる」
なんだかいつもより素直に言葉をくれてるようで、仲謀はそんなときじゃないと思いながら少しだけ嬉しくなった。
風が優しく吹いて、酔ってほてった身体に気持ちいい。
束の間の散歩を楽しむように、花を抱えて歩くのは悪くはなかった。
桃の花の香りが二人を取り巻いていて、春の陽射しが暖かい。
花の手がするりと仲謀の頭に伸びると、柔らかな金髪をそっと指に絡める。
「好き」
風にさらわれるように小さく呟かれた言葉は、かろうじて仲謀の耳にも届いた。
「この酔っ払い娘」
憎まれ口を叩くけれど、それは照れ隠しで嬉しくないわけじゃない。
花の部屋まで戻るとそっと寝台に花を横たえた。
「仲謀。ここにいて」
誘うように言う花に、仲謀は苦笑する。
「お前、そうとう酔ってるぞ。自覚あるのか?」
「うん」
花が仲謀の手を取って互いの指を一本一本絡めた。
普通の男ならこの機会に乗じることはとても簡単なことだし、たぶんそうしても責められはしないだろう。
まさに据え膳の状況なのだから。
けれど孫仲謀はそうするには高い矜持を持っていたし、何よりも純粋に一途に少女を愛し過ぎていた。
「眠るまでいてやるよ。貸しだからな」
仲謀は寝台の横に椅子を持ってくると、縋るように見つめる花に悪戯っぽく笑った。
花は頷くとほどなく柔らかな寝息が聞こえはじめる。
「花……」
せつなく甘い仲謀の声だけが、部屋に差し込む少し淡くなった光にとけた。

翌日、仲謀は二日酔いに悩まされたが、花は気分爽快で目覚めた。
ただしすっかり記憶がなかった花は、どうやって花見の席から帰ったか大喬と小喬に聞かされて、これ以上はないというほど赤くなった。
酒に乱れると書いて酒乱という言葉の意味を、花は身を持って実感した。
また花の酒豪としての名が仲謀軍に知れ渡ったのは言うまでもない。

<後書き>
あ、予想通りですか?
タイトルは艶っぽいのにね^^;
でも今回はほんわかしたムードと、男前な仲謀を目指してみました。