ラヂオデパートと私

ロックバンド“ラヂオデパート”におけるギタリストとしての津原泰水、その幾何学的な幻視と空耳。

圧縮談義

2006-12-11 18:18:17 | 他の機材
「博士、初歩的すぎて恥ずかしい質問なんですけど」
「なんだね、石黒くん」
「コンプレッサーってなんですか」
「うむむ、ちっとも恥ずかしい質問ではないよ。天才的なネタ振りとさえ云える。語義的には圧縮ポンプのことだが、君が訊きたいのはもちろん、コンパクトエフェクターや録音ソフトのプラグインとしてシミュレートされているあれだね。なるほど、音色が激変するエフェクターではないから若い人にはわかりにくいかもしれない」
「そうなんです。楽器店ではよく見掛けるんですけど、これってイメージをずっと持てなくて」
「リミッターはわかる?」
「それもわかりません」
「コンプレッサーとリミッターは基本的に同じ代物で、原音の波形を積極的に変えていこうってのが前者、元の波形をなるべく温存しようというのが後者、という理解でいいでしょう。どちらも、音量が一定の値(スレッショルド)を超えようとした時、その部分をぱこんと押し潰す機械だよ。原理について精しくは訊かないでくれ。音量がスレッショルドを超えたら、すかさず位相を逆転させた音を再入力して(ネガティヴ・フィードバック)、信号を打ち消す仕組だと理解しているが、それ以上の事は僕もよく分かっていない」
「真空管コンプレッサーという商品を見た時には、音が真空管の中を通ったら変化するのかと」
「真空を音が通るかい」
「でも、真空管特有の温もりのある音、と書いてありました」
「筐体は発熱で温もるだろうけどね。使い方によっては面白い歪みが得られたりもするんだろうが、コンプレッサーとして見る限りは、増幅部で真空管独特の風味も加わります、という程度に理解しておけばいいような気がする。整流管によるコンプレッション感を謳ったギターアンプがあるが、あの陥没感とコンプレッサーの仕組は別物の筈だから。コンプやリミッターはあくまで音量変化を滑らかにする機械であって、音質の変化は副産物だ」
「要するに粗を隠すための機械ってことですか」
「違うとは云いきれないな。先生先生、と大声で手を挙げるわりに立ち上がると声が小さくなる奴がいるだろう、その先生先生を抑え込むことで、続く発言の音量を上げる事が出来る。ずっと小声で喋ってたくせに、でも私は、と急に大声になる人にも同様の処理が出来る。周囲の音量も上げられる。'60年代のモータウン・サウンドが全体に強くコンプが掛けられているのは、カーラジオで気分よく再生できるようにとの配慮だったらしい。そうそう、バーズの〈Mr. Tambourin Man〉はわかる?」
「よくCMで流れてますね」
「あの曲なんか、メンバーにコンプレッサーがクレジットされててもいいくらいだ。ビートルズのドラムにも強烈に掛かっていたりするね」
「そうか。あのバシャッて感じのドラムですね」
「うん、インパクトがあってあれはあれで好きな音だけど、まあ立体感には乏しいね。ギターやベースの場合は、より積極的な使い方が出来る。スレッショルドを低め、全体の音量を持ち上げてやると、同じ音量で鳴り続ける時間が長くなる。すなわち歪ませずにサスティンを長く出来るんだ」
「素晴しいじゃないですか」
「ただ強く掛け過ぎると、ギター側のボリュームを操作しても音量が変わらなくなる。最近は自然な効果を謳った製品もあるが、昔は仕方なくコンプの後にボリュームペダルを繋いだりしてたもんだ。今更ああいう音作りをしたら、かえって新鮮かもしれないね。シンセみたいな音も作れるし。うちもライヴでは難しいが、レコーディングにだったら有りだな」
「音量を上げたくなったらコンプレッサーを切ればいいじゃないですか」
「正論だ。君はそうしたまえ。僕は足が不器用だからいつも踏み間違えるんだよ。で、Jリーグからも引退したしボリュームペダルもやめてしまった」
「平然と嘘を混ぜるのはやめてください」
「そうそう、アタックタイム――コンプレッション効果が始まるまでの時間を設定できる商品だったら、正反対の目的にも使えるぞ。音の頭を強調できる」
「万能だ。素晴しい」
「一瞬遅れてコンプ効果が始まるとしたら、相対的に音の頭は大きくなるよね。音源や図で示すのは面倒だから、例によって得意の擬音で済ませてしまうが、じゃくーんという独特の波形になる。音色が歪んでいるのに何故かアルペジオが明瞭だったりする場合、この技を使っている可能性が高い。このコンプでATTACKのツマミを調整しながら試してごらん」
「――おお。博士、これはまるでCDの音です」
「撫でるように弾いても、綺麗に音の頭が出るだろう。こんなのは悪魔の発明だ、使ってたら下手になると、コンプレッサーを嫌うギタリストやベーシストも多いね」
「すでに使う気満々なんですが、僕も下手になってしまうんでしょうか」
「ピッキングの上達が遅れるというのはあるかもしれないが、ギターを弾いているのにギターが下手になるって事は無いだろう。変な癖が付くとか、それ無しには弾けなくなるといった理由でエフェクターを遠ざけるギターの先生もいるようだが、そういうのは一種の根性論であって、出てくる音さえ良ければいいんじゃないかと僕は思う。それ無しには弾けなくなったら、いつも持ち歩いてればいいわけで。僕らがエフェクターの無い世界で演奏する可能性なんかゼロに等しいんだから」
「なんで博士はコンプレッサーを持ち歩かないんですか」
「荷物が重くなるから。毎度石黒くんが運んでくれるんだったらライヴで使うけど」
「博士、嫌です」

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