「博士、なに憂鬱な顔をなさっているんです」
「いやね、先日『差入れクイーン』と表記した方から、『差入れプリンセス』とせんかいとクレームがついてね」
「素直に従えばいいと思いますが」
「しかしそれはそれで波紋を呼びそうな表記だし、そもそも僕らの世代にとってプリンセスといえばダイアナかプリンプリン」
「そうなんですか?」
「少年時代からプリンプリン派の僕としては、他の方をプリンセスとお呼びするのは気が退けるし、もし石川ひとみに見つかったらと想像すると不安でね」
「見つかりませんって。だいいち博士は林寛子派だったと、この黒革の手帖に」
「ど――どこでそんな物を」
「たまにうっかりカンコちゃんと呼んでしまうとか」
「わかった、〈素敵なラブリーボーイ〉を歌える事は認めよう。どうか石川ひとみには黙っておいてくれ」
「仕方ありませんね。博士の世代にとってカンコちゃんは、『変身忍者 嵐』のカスミでもありますし」
「歳の割に詳しいなあ。ところでさっきエフェクターを繋いでは首を傾げていたけれど」
「強引に本題に運びましたね。そうなんですよ、どうも某社のエフェクターは繋いだだけで音が遠くなってしまうというか、良く云えばヴェールを纏うというか」
「ついに気づいたか。頭の中で構築していたエフェクターボード計画が、いったん崩壊する瞬間だね」
「これが有名なハイ落ち現象なんでしょうか」
「回路によって高音が落ちたり低音が落ちたり色々だが、常にオンにしているエフェクターについては落ちた状態を原音として捉え、アンプのセッティングで補完すればいいのだから気にしなくていいんじゃないかな。オフった音も使い、それがオンの音色と両立しない場合、後者を地味めな音にセッティングする。そしてアンプで煌びやかに持ち上げてやる事で、理論上は両立できる」
「そんなに上手くいくでしょうか」
「七割方ね。しかしエフェクターにトーンが付いていない、アンプのコントロールが異常に素朴である等の理由から、両立できない場合もあるにはある。バイパス系の機種や、ループボックスでオン時の流れを迂回させる事で、やはり解決するけれど――」
「世の中のエフェクターがぜんぶトゥルーバイパスならいいのに」
「あの種の機械式スイッチにも欠点はあるんだよ。例えばスイッチを踏んだ時、どうしても切替えノイズを発してしまう。アンプの音量によっては相当な大きさで再生される。また電子式スイッチのボックスには、バッファアンプという回路が内蔵されている――例外もあるのかもしれないが僕は知らない。この品位もピンキリながら、少なくとも信号はロウインピーダンス化されて、そこから先は外来ノイズに強くなる。アンプとの距離が長い場合など、この差はお客にもわかってしまうよ。もっとも古典的エフェクターにはロウインピーダンスでは掛かりが悪いという代物も存在する」
「ややこしいですね。結局どういう手段がベストなんでしょう」
「思い切った定義をすれば、三つの要素がある。自身の志向、周囲の反応、そして自分の音楽への貢献度だ。例えばカート・コベインのような音を出したい、といった欲求。これが自身の志向だね。ニルヴァーナのように演りたいのにサンタナが使っているエフェクターを買う人はいない。雑誌の情報などを参考にコベインに似たエフェクター配列を組む事になる。ところが人間の五感というのはいい加減で、知識に左右され易い。コベイン的なセットを組んでいるというだけで、自分は必要充分な音を出していると錯覚してしまいがちだ。だから周囲の反応を謙虚に受けとめる事。こもっているとかノイジーだと云う人が多ければ、それは真実なんだ。トゥルーバイパスだのなんだのは、この段で考えれば宜しい」
「ちょっとホッとしました」
「それでいて石黒くんはニルヴァーナのコピーバンドを組みたい訳ではない。自分のオリジナル曲を演るんだよね?」
「その通りです」
「コベイン的なセットで、周囲の反応も良好で――しかし君の自作曲のコード進行が潰れてしまって聴き取りにくいとしたら、あるいはイメージしているフレーズが途切れてしまって間が保たないとしたら、残念ながらその音色は、君の演奏を阻害する音色なんだ。より工夫が必要となる。ディストーションを弱めてみる、ボックスを変えてみる、あるいは他のボックスを足してみる――。こうして石黒尚樹の音色が出来上がっていく」
「博士、ちょっと感動しています」
「知能指数は1300。ルチ将軍に投票したいものは投票しなくていい」
「は?」
「無投票はルチ将軍に投票したとみなす」
「――博士?」
「ルチ将軍以外に投票するものは投票箱を自分で用意すること」
「博士、博士」
「ただしそんなことをしたら死刑」
「いやね、先日『差入れクイーン』と表記した方から、『差入れプリンセス』とせんかいとクレームがついてね」
「素直に従えばいいと思いますが」
「しかしそれはそれで波紋を呼びそうな表記だし、そもそも僕らの世代にとってプリンセスといえばダイアナかプリンプリン」
「そうなんですか?」
「少年時代からプリンプリン派の僕としては、他の方をプリンセスとお呼びするのは気が退けるし、もし石川ひとみに見つかったらと想像すると不安でね」
「見つかりませんって。だいいち博士は林寛子派だったと、この黒革の手帖に」
「ど――どこでそんな物を」
「たまにうっかりカンコちゃんと呼んでしまうとか」
「わかった、〈素敵なラブリーボーイ〉を歌える事は認めよう。どうか石川ひとみには黙っておいてくれ」
「仕方ありませんね。博士の世代にとってカンコちゃんは、『変身忍者 嵐』のカスミでもありますし」
「歳の割に詳しいなあ。ところでさっきエフェクターを繋いでは首を傾げていたけれど」
「強引に本題に運びましたね。そうなんですよ、どうも某社のエフェクターは繋いだだけで音が遠くなってしまうというか、良く云えばヴェールを纏うというか」
「ついに気づいたか。頭の中で構築していたエフェクターボード計画が、いったん崩壊する瞬間だね」
「これが有名なハイ落ち現象なんでしょうか」
「回路によって高音が落ちたり低音が落ちたり色々だが、常にオンにしているエフェクターについては落ちた状態を原音として捉え、アンプのセッティングで補完すればいいのだから気にしなくていいんじゃないかな。オフった音も使い、それがオンの音色と両立しない場合、後者を地味めな音にセッティングする。そしてアンプで煌びやかに持ち上げてやる事で、理論上は両立できる」
「そんなに上手くいくでしょうか」
「七割方ね。しかしエフェクターにトーンが付いていない、アンプのコントロールが異常に素朴である等の理由から、両立できない場合もあるにはある。バイパス系の機種や、ループボックスでオン時の流れを迂回させる事で、やはり解決するけれど――」
「世の中のエフェクターがぜんぶトゥルーバイパスならいいのに」
「あの種の機械式スイッチにも欠点はあるんだよ。例えばスイッチを踏んだ時、どうしても切替えノイズを発してしまう。アンプの音量によっては相当な大きさで再生される。また電子式スイッチのボックスには、バッファアンプという回路が内蔵されている――例外もあるのかもしれないが僕は知らない。この品位もピンキリながら、少なくとも信号はロウインピーダンス化されて、そこから先は外来ノイズに強くなる。アンプとの距離が長い場合など、この差はお客にもわかってしまうよ。もっとも古典的エフェクターにはロウインピーダンスでは掛かりが悪いという代物も存在する」
「ややこしいですね。結局どういう手段がベストなんでしょう」
「思い切った定義をすれば、三つの要素がある。自身の志向、周囲の反応、そして自分の音楽への貢献度だ。例えばカート・コベインのような音を出したい、といった欲求。これが自身の志向だね。ニルヴァーナのように演りたいのにサンタナが使っているエフェクターを買う人はいない。雑誌の情報などを参考にコベインに似たエフェクター配列を組む事になる。ところが人間の五感というのはいい加減で、知識に左右され易い。コベイン的なセットを組んでいるというだけで、自分は必要充分な音を出していると錯覚してしまいがちだ。だから周囲の反応を謙虚に受けとめる事。こもっているとかノイジーだと云う人が多ければ、それは真実なんだ。トゥルーバイパスだのなんだのは、この段で考えれば宜しい」
「ちょっとホッとしました」
「それでいて石黒くんはニルヴァーナのコピーバンドを組みたい訳ではない。自分のオリジナル曲を演るんだよね?」
「その通りです」
「コベイン的なセットで、周囲の反応も良好で――しかし君の自作曲のコード進行が潰れてしまって聴き取りにくいとしたら、あるいはイメージしているフレーズが途切れてしまって間が保たないとしたら、残念ながらその音色は、君の演奏を阻害する音色なんだ。より工夫が必要となる。ディストーションを弱めてみる、ボックスを変えてみる、あるいは他のボックスを足してみる――。こうして石黒尚樹の音色が出来上がっていく」
「博士、ちょっと感動しています」
「知能指数は1300。ルチ将軍に投票したいものは投票しなくていい」
「は?」
「無投票はルチ将軍に投票したとみなす」
「――博士?」
「ルチ将軍以外に投票するものは投票箱を自分で用意すること」
「博士、博士」
「ただしそんなことをしたら死刑」
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